東京大紀行 vol.4:ウォーターフロント

平成29年1月20日
タバコ屋が40才の頃ということは今から25年以上も前の
時代ですが、ウォーターフロントと言う言葉(記号)が盛
んに使われたことがありました。湾岸、ベイサイド等色々
表現方法はあるでしょうが要するに都市の海岸もしくは
港沿いまたは埋立地のことです。間違っても瀬戸内海
の島の波打ち際
のことではございません。
織田信長1
古い話で恐縮ながら、今から400年以上前の戦国時代
から織豊時代(安土桃山時代)にかけてのお話しになり
ます。当時は下克上の何でもありの時代でその混乱(カ
オス)の中から風雲児、織田信長が出現しその後継者
として取るに足らない一農民の倅だった豊臣秀吉の二
人が2代かかって天下統一を成し遂げたことは今さら言
うまでもないサクセスストーリーですよね。
(関連記事:終わりなき旅 vol.4:姫路での再会参照願い
ます)
安土城2

安土城3
その織田信長なんですが、出身が美濃であり美濃と言
うのは廻りが平野で交通の便がよく、古くから農業より
も広域の商業で栄えた地でした。ゆえに戦国武将として
は革新的な思想の持ち主で、当時築城は攻撃されにく
い峻険な山の頂上に造営するのが常識でしたが、天下
統一が近付いた頃、何と琵琶湖湖畔の安土に居城を
構えたのです。その理由は信長が商人的感覚を持って
おり、交易のための水上交通の要所に拠点を置くと言う
発想をしたことと、防衛についても片一方が水面なので
比較的守りやすいという、一石二鳥を狙っており、言って
みればウォーターフロント開発の先駆者でした。また志
半ばにて倒れはしましたが、その間約10年にもわたって
大坂石山の地にあった一向宗の本拠地(石山本願寺)
を執拗に攻略したのも、湾岸の大坂を貿易の一大拠点
として活用する構想があったためです。
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大阪城7
一方豊臣秀吉は信長の構想(ビジョン)を忠実に受け継
ぎ天下統一事業と並行してその大坂の地に空前絶後の
巨城「大坂城」を築き天下にその威を示したのでした。
それにより大坂の地は以前にも増して商業をベースに
して大繁栄を遂げ、また従来より貿易港として栄えた
大坂南郊の堺を控えており、大坂は名実ともに豊臣政
権の首都として最重要拠点となりました。また天下統一
直前に徳川家康に江戸入植を勧めたのも海に面した大
平野(湿地帯)を有していたからで、その後江戸幕府と
なり当時世界有数の大都市になったのも、その発想の
ルーツは豊臣秀吉でした。
安土城5
いずれにせよ、信長、秀吉の商人的、事業家的発想が
安土、大坂、引いては江戸に結びついた訳で、この二
人がNIPPONのウォーターフロント開発の元祖と申せま
しょう。

さて話しはタバコ屋が40才頃の平成2~3年頃に飛びま
す。いわゆるバブル時代の末期に当たり金融や不動産
関係の業種は黄色信号が灯っていたのですが、流通業
は依然として急成長を遂げていました。
ダイエー1
代表的企業としてはダイエー、ジャスコ、ヨーカドー、ニチ
イ等々ですが、既にそれから遡ること20年以上前から全
国の駅前周辺に都心型の多層型(日本的)ショッピング
センターを怒涛の如く出店していました。
ダイエー5-3
忘れもしませんが、タバコ屋が同志社大学自動車部に
入部したての頃、合宿は京都大阪の中間にある香里に
合宿所があり、そこに通っていたのです。食事の買出し
と調理はもっぱら下級生の仕事で、よく買出しに出かけ
ましたがその入部した年、昭和44年(1969年)に香里園
駅の近くにダイエー香里ショッパーズプラザがオープン
したのです。
ダイエー5
これは後で知ったことですが、当時飛ぶ鳥を落とす勢い
だったスーパーのダイエーが、日本初の郊外型ショッピ
ングセンターを香里園にオープンさせたのです。1階が
食品で2階が衣料品、雑貨、3~4階が立体駐車場で、
何もかも安いプライスの品で構成され百貨店とはまた
違ったモダンでデイリー(カジュアル)な雰囲気を持って
いました。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.2参照願います)
マイカル本牧1
全国の大都市駅前にショッピングセンターをほぼ出店し
終えた革新的流通勢力(総合スーパー)は次の戦略と
して、郊外に1万坪!程度の敷地を有し、ショッピング
だけでなく映画やレジャーが楽しめるアメリカ型の複合
ショッピングセンターを模索するようになりました。中でも
それに最も熱心だったのがニチイで開発には莫大なオ
カネが必要だったにも拘わらず果敢に挑戦しつつありま
した。横浜本牧のマイカルタウンなどがその走りでした
が、当時のオカネで1年間に500億円も投資していたよう
で、その金額は新日鉄とかNISSANなど大手メーカーと
ほぼ同額でしたからそのスケールはハンパではなかっ
たということです。(尚マイカルとはニチイの後日の社名
です)
スーパートミナガ2
一方ニチイはそれより10年程前から全国の主に地方の
小規模な小売業者を対象に商品供給や店舗運営ノウ
ハウを提供する独特なボランタリーチェーン(ゆるい提
携)を推進しつつありました。名称はニッポン・アライド
・チェーン(通称NAC)でしたが、ご縁あってタバコ屋は
そのNACに加盟させて頂き、昭和53年(1978年)瀬戸
内海の小さな島、中島に近代的な総合スーパーを開設
することとなりました。
(関連記事:人生いろどり参照願います)
マイカル宇多津1
そのニチイは後年、郊外型複合ショッピングセンターを
開発するにあたり、1万坪級!の広大な敷地は全国そう
ザラにある訳ではないので、湾岸埋立地に造られた既
存の造船所や工場が閉鎖や移転した跡地、いわゆる
ウォーターフロントを再利用しようとしたのでした。この
目論見は理に叶ったものであったにも拘わらず、何分
投資がハンパではなかったので持ちこたえることが出
来ず、結局破綻してしまったのでしたが、一時代を象徴
する出来事として、皆さんの知るところです。
マイカル茨木1
ちなみに当時マイカルが推進していたイメージコンセプト
はYMCAL(ヤング・マインド・カジュアル・アメニティ・ライ
フ)と言うややマニアックかつ難解なもので当時の社長
だった京都出身の小林敏峯さんの考えたことなんでしょ
うが、過ぎたるは・・・という結果になりましたよね。どの
ようなことであれ難解なものはダメです。シンプルイズ
ベストなんです。じかにお聞きした訳ではありませんが
MYCAL(マイカル)という社名自体も(マインド・オブ・
ヤング・カジュアル・アメニティ・ライフ)の略称だったの
かも知れません。

小林敏峯社長とは偶然同姓にてシャレにもなりません
が、オクルマ・ジャーナリスト業界でかつてはカリスマ的
存在だった故小林彰太郎さんの口癖であった「ヤング・
アット・ハート」という言葉(記号)も同様の意味があった
と思います。直訳すれば「熱き心に」ならぬ「若き心に」
とでも言うんでしょうか。
(関連記事:時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと参照願
います)

それにしてもSATYやVIVREなどというストアブランドは
若い方にはチンプンカンプンでしょうが、我々万博世代、
特に関西方面にお住まいの方にとっては懐かしいヨコ
モジ記号ではないでしょうか。

蛇足ながら、マイカルの崩壊はカリスマ社長だった小林
敏峯さんが難しいご病気で急逝したことにより求心力を
急激に失い、残された経営陣では彼の壮大なビジョンを
継承し発展させ得なかったというのが真相だと思います。
それは400年前の豊臣家が滅亡に至る過程にも似たよ
うなドラマがありましたよね。
イオン1

モール7
マイカルの志が途中で破綻してしまったのはストアコン
セプトが時代を先取りし過ぎていたとも言えますが、ある
意味その後今日に至る大規模複合ショッピングセンター
の礎となりました。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)

さてウォーターフロントをご説明するための長い前置き
となってしまいました。今回のお話は現代の大東京湾
岸(ウォーターフロント)での出来事なんです。
東京湾岸2
今話題の豊洲、築地等、大東京のかなりの重要部分は
広大な江戸湾の埋め立てを中心に、徳川時代に始まり
長い年月にわたって造成開発されてきた人工都市であ
ることは皆さんご存知の事ながら、今回はそのウォータ
ーフロントの一角にある大田市場訪問のお話しです。
DSCN8336.jpg
以前の記事にも書かせて頂き、このブログにも何度か
ご登場頂いている、同志社アーモストクラブ(通称DAC)
のOBでそのOB会報(DACニュース)の編集長でもある
吉﨑さんが川崎にお住まいで長きにわたり三菱銀行に
お勤めの後、今は奥様と悠々自適のご生活にて、時折
ふるさと大阪の緑地公園に所有されているマンションに
息抜きに帰られている由、また吉﨑さんにとってはご自
分の庭みたいな京都及びオーテス・ケーリ先生ゆかりの
アーモスト館にも度々行き来されている現況だとお聞き
しています。
(関連記事:京都・宇治・巡礼 vol.1参照願います)

今回の上京に当たり、第3日目の予定として、その吉﨑
さんに久しぶりにお会いしたかったのと、タバコ屋として
はまだ一度も見学したことのなかったウォーターフロント
の大田市場を訪問したいと思い、その旨を吉﨑さんに
ご相談したところ、吉﨑さんも興味を示されたようでトン
トン拍子に話が進み、一緒に見学することとなりました。
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前回の記事でCLUB-S30の昼食ミーティングの模様をご
報告しましたが、すべての予定が終わった後、銀座三越
の塩昆布?みたいな名前の婦人服ショップ(マーク・ジェ
イコブス)で店長を拝命している娘の陽子のところへ一
晩殴り込みを掛けたのでしたが結局HOTELに泊まる方
がまだマシだったくらいの高いお化粧料(おひねり)を渡
すハメになったのでした。娘に嫌がられつつも阿佐ヶ谷
での一夜を過ごしました。
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さて吉﨑さんとお約束した当日となりました。東京モノレ
ールの流通センター駅で待ち合わせることにしましたが
吉﨑さんがやや遅れるとのことで、タバコ屋は徒歩にて
大田市場を目指すことにしました。写真はその流通セン
ター駅を大田市場の反対方向に向けて撮ったものです。
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京浜運河に掛かる大和大橋を大田市場に向けてただひ
たすら歩きます。(後でわかりましたが、直通バスで行っ
たほうが時間も断然早く迷わなくてよっぽどマシでした)
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さすが大東京の台所を賄う大田市場の周辺です。途中
にはデッカイ倉庫群があちこち建っていてスケールの大
きさを感じました。
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かれこれ20分以上歩いたところにそれらしき看板があり
近付いてよく見るとそこは大田市場花き部とあり、花を
扱うところで目指す青果市場はもっと先だと守衛さんに
言われました。
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いよいよ大田市場と書かれた大きな建物が見えて来ま
した。もうすぐそこです。
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目指す大田市場到着です。建物には東京都中央卸売
市場 大田市場と書かれています。吉﨑さんが到着す
るまでしばらく休憩です。
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吉﨑さんが到着されました。息せき切っているのでお尋
ねしたところ市場に隣接する広大な野鳥公園の方向へ
行ってしまい、大回りとなったのでダッシュして来られた
とのこと。スマートな体型ながらお若いです。
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一昨年5月にはタバコ屋の住む中島へ遠路ご夫婦でお
越し頂き貴重なひと時を過ごさせて頂いたのでしたが、
その時以来にて懐かしい再会でした。
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話せば長くなりますが、このブログにも時々ご登場頂く
同志社自動車部の一期後輩で福ちゃんこと石川女史と
吉﨑さんの親友で同期の中山さんもご一緒で計4名で
のご来島でした。福ちゃんと吉﨑さんとのご縁と言うの
は福ちゃんの幼なじみである京都河道屋の植田さんが
吉﨑さんとは同志社香里の同期であり親友であったこ
とからソバボウロ繋がりで交流されているという訳です。

ご案内する所とて何もない島ながら一通り島内巡りをし
た後、タバコ屋のスーパーに戻り、恥ずかしながらオリ
ジナルの中島いよかんマドレーヌ等を品定めして頂い
たりしました。
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夜は倅のマー君やタバコ屋のカミサンも交えての楽しい
夕食会となり、その後2次会に繰り出したまでは良かっ
たのですが福ちゃんが得意の喉をご披露されている時、
ちょっとしたハプニングがありタバコ屋はそれがトラウマ
になりつつあります。何があったのかですって。それは
タバコ屋が福ちゃんのスカートを踏んづけてしまって彼
女共々転倒しかかったオソマツな出来事です。

翌日には司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」の主人
公である秋山好古、真之兄弟の実家や松山城、あるい
は高校時代の先輩である伊丹十三記念館や同志社ゆ
かりの東雲(しののめ)女学校等をご案内致しました。
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松山城ではかつての自動車部時代の乙女に還られたの
かどうか、このようなお茶目なことをされる某女史もいら
っしゃいました。
(関連記事:校長先生西瀬戸を行く vol.2:松山編参照
願います)
ことり10

ことり5
お腹がすいたところで、かつて高校時代タバコ屋がよく
通ったことり食堂へご案内して昔懐かしい鍋焼きうどん
を召し上がって頂いたりもしました。ちなみに50年前か
らメニューも味も器さえも全く変わっていないのです!。

タバコ屋はかつてショーバイと言うのは時流適応業で
あると偉いコンサルのセンセから教わりましたが、ことり
食堂なんてその真逆のやり方で、それでも大繁盛してる
んですから世の中わかりませんよね。
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かくして、もう二度とない一期一会のひと時はあっという
間に過ぎてしまい、それぞれ帰途につかれたのでしたが
ただ残念なことに吉﨑さんのご親友の中山さんはその
後、難しい病気が急激に悪化し若くして天に召されてし
まったのです。まさに一期一会の貴重な旅となりました。
DSCN9967.jpg
話しが随分それてしまいました。大田市場に戻ります。
さすが日本一の青果市場だけあって上段に専用の見学
通路があり、係員さんの簡単な説明の後さっそく見て回
ることにしました。吉﨑さんは同志社ではタバコ屋より一
期後輩に当たりますが、同じ商学部にて、学んだ講義等
も似たようなものにて、見学当日もその当時の話題となり
「経済原論」の平山センセなんかカビの生えたような退屈
な講義をされていて、タバコ屋はあれで大学の講義に失
望したんですよと申し上げたら、吉﨑さんも同意見でした。

だってタバコ屋は一回生の当時、アメリカから導入されつ
つあった最新のスーパーマーケット理論を書籍等で既に
見聞していましたので、大学ではその最先端の知識が
吸収出来るものと淡い期待を抱いていたのです。それは
3回生の専門ゼミ課程でも満たされることはなく、例えは
悪いながらも、ジェット機の最新技術を学びに来たのに
プロペラ機の技術しか教えてもらえなかった訳で、その
反動が自動車部での精力的な活動源になったとも言え
ますがそれはもう言いますまい。
DSCN9970.jpg
とにかく見渡す限りの膨大なみかん、りんご、メロン、バナ
ナ等、この世のフルーツ全部集合です。特にみかん、りん
ごが量的には突出していました。東京の巨大な胃袋を満
たすためにこれだけの量が1日で消えてしまうとお聞きし
て2度ビックリでした。タバコ屋はみかんの産地で生まれ
育ち、また何の因果かみかんを扱う事業も手掛けている
のでこの日本一の市場は死に土産に見ておきたかった
のですが、これで思いが叶いました。ただしセリはもうと
っくに終わっていました。
DSCN9976.jpg
主に果物の部を見学したかったので、野菜の部は素通り
し、あとは仲卸さん達がズラリと入居している区域を見学
しました。
DSCN9978.jpg
その仲卸さんストリートを歩いている途中、全く予期せぬ
ビックリポン事件がありました。タバコ屋が数十年前から
お取引頂いており三越果物売場を運営されているサン・
フルーツさんの仕入れ担当で、中島にも度々お越し頂い
た事のあるMさんにバッタリお会いしたのです。
Mさんも20年以上お勤めされた名門サン・フルーツを
つい最近退社され第二の人生を模索中であることをお
聞きしていたのですが、偶然お会いしたことで双方懐か
しさが込み上げ近日中の再会を約してお別れしました。
(後日談ながらつい先日そのMさんが約束どおり中島に
視察訪問されました。かくなる上はタバコ屋も再度Mさん
のところへ表敬訪問する必要がありますよね)

蛇足ながら、ご一緒した吉﨑さんも三菱銀行東京勤務
時代、お歳暮等のギフトを発注するにあたって、神田明
神下のサン・フルーツ本社へは何度か足を運ばれてい
る由、タバコ屋も絡めて不思議なご縁としか言いようが
ありません。
DSCN9974.jpg
見学コースのうち屋上の通路沿い駐車場部分に福岡ナ
ンバーのハデなオクルマが停まっていました。これは
アメリカのかつてのビッグ3の一つクライスラー社(現在
はフィアットと合併したのでFCA社)の唯一まともに売れ
ている品(失礼)と言ってもよい300シリーズセダンです。
まるでエジプトのファラオの被り物のようなデザインの
ホイールと超扁平ワイドタイヤを装着しており、オーナー
さんのものすごい趣味の片鱗が偲ばれました。内装は
もう見なくてもわかります。
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かくして急ぎ足でしたが、念願の大田市場見学を終え
市場の裏側にあるバス停へと向かいました。2人とも往
路にこりて大森までバスで移動することにしました。
この後は地元川崎の吉﨑さんの気配りにて新橋へ、そ
の後浜松町界隈を散策することになりました。
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まずは新橋駅前の新橋マリンビルにある「せとうち旬彩
館」に向かいます。ここは愛媛県と香川県が合同で展開
している今流行のいわゆるご当地特産品のアンテナショ
ップで愛媛から上京したタバコ屋のために吉﨑さんが粋
な計らいをしてくれました。ちなみに吉﨑さんは三菱銀行
にご奉職されていた東京時代にここ新橋支店に2年間お
勤めだったそうで彼にとってこの界隈は庭みたいなもの
なんです。
旬彩館1
店内は愛媛と香川の特産品が所狭しと並べられている
のですが、実はタバコ屋の展開しているみかん事業の
「希望の島」ブランド商品の一部であるジュース類やレモ
ン果汁等を採用展示して頂いており、既に何度も訪問
している馴染みのショップでもあります。
旬彩館2
2階は「かおりひめ」という名前のせとうち郷土料理のお
店で満員の大盛況ではありましたがちょうどお腹もすい
てきたところだったのでここでランチタイムとなりました。
レーズンウィッチ1
食事後、吉﨑さんがおもむろに「有楽町で逢いましょう」
ならぬ「小川軒へ行きましょう」と言われるので、え?今
食事したばかりなのに、ラーメン屋か洋食屋へランチの
はしごかなと思いましたが、田舎者の早とちりにて、そこ
は有名な洋菓子屋さんだったのです。吉﨑さんは名物
のレーズンウィッチを買いたかったようでしたが、いつも
早々に売り切れるそうでこの日も売り切れにて仕方なく
他の品を買い求めました。
六花亭マルセイバターサンド1
ふと思ったのですが、以前から経営者研修セミナーの
同期生だったご縁で面識があった帯広の六花亭さんの
マルセイバターサンドとよく似た品だなと思いました。
小川軒さんはトビキリの老舗なので、似たような品であ
るとすれば、それは六花亭さんのパクリだと思います。
(関連記事:札幌紀行 vol.1:お仕事参照願います)
DSCN9985.jpg
次はタバコ屋の推測ながら、吉﨑さんの気配りでこの後
羽田へ向かうため近い場所がよかろうと浜松町へ移動し
「旧芝離宮恩賜庭園」を見学することになりました。
旧芝離宮恩賜庭園は江戸幕府の老中・大久保忠朝の
上屋敷内に造営した楽寿園を起源とする回遊式庭園で
明治以後は宮内庁管理の離宮を経て大正13年(1924年)
東京市に下賜され、旧芝離宮恩賜庭園として現在に至っ
ているそうです。
DSCN9989.jpg
さっそく入り口案内所を訪れたのですが、ここでビックリ
ポンなことが起こりました。というのは吉﨑さんが同志社
アーモスト館(学生寄宿舎)のOBであることはすでにご紹
介しましたがその一期後輩で大西君という方がこの施設
の庭園管理スタッフとして働いているというのです。ちょう
ど事務所にいらっしゃったのでお会いし、吉﨑さんは先程
小川軒で買い求めたお菓子を手土産に渡されつつ、タバ
コ屋に引き会わせてくれました。
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恐縮ながらその大西君が自ら園内を案内してくれること
になりました。その道すがら今度は2度目のビックリポン
な事が起こりました。その訳というのは、大西君がかつ
て同志社自動車部に数ヶ月ながら在籍していたと言う
のです。ということはタバコ屋が現役の3回生の時に1回
生として入部された筈であり後輩の肥塚、水谷、高須君
達と同期だった筈です。
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ごっつい体格の大西君でしたが、タバコ屋は痴呆がかっ
て来たのかどうか、当時のことがどうしても思い出せない
のです。多分今のご体格とはやや違っていたことと僅か
の期間の在籍だったので記憶に残っていないのかも知
れません。
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余談ながら大西君は昭和46年頃(1971年頃)には同志
社大学自動車部の部員としてまたその後はお聞きする
ところアーモスト館の寄宿生として、双方にご縁があっ
た訳で、奇しくもかつては同時期の創始にて今では80
有余年の歴史を有するアーモスト館と自動車部ではあ
りますが、タバコ屋や大西君が在籍していた当時、アー
モスト館館長としてまた自動車部の部長先生として随分
お世話になった故オーテス・ケーリ先生がその両方に
関わっていらっしゃったというのも数奇なご縁と申せま
しょう。
(関連記事:終わりなき旅 vol.3:宴のあとさき参照願い
ます)

その意味で、やや大げさながらケーリ先生同様双方に
関係していた唯一の生き証人として、大西君の存在意
義は大きいものがあると思います。歴史にIFはないもの
の、大西君が最後まで部活を全うしてくれていたら、また
別の物語となったことでしょう。
DSCN9998.jpg
ざっくばらんな大西君の薀蓄話として、江戸時代末期、
お台場が砲台として江戸湾の防衛拠点だったのに対し、
このウォーターフロントの美しく広大な庭園は、幕府の
要人の政治サロンだったそうで、よく手入れされたお庭
の一角で抹茶でも立てながら重要な政治案件が語られ
たことでしょう。「クロフネ来たけど一体どないすんねん」
とか。

ついでながら、このような名所旧跡を復刻(レストア)し、
維持して行くには古今東西を問わず、莫大な費用と手
間がかかる訳で、現在は樹木医の資格を持つ大西君
を始めとするメンテナンス専門部隊が常駐管理してい
るそうです。
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昨年訪問させて頂いた平尾センセの地元である宇治の
平等院も同様に数十人の維持管理スタッフが常駐して
お手入れをしている旨お聞きしました。まさにゴミ一つ、
チリ一つ落ちていない状態にて、究極の環境整備と申
せましょう

ま、それからすればタバコ屋の赤いお嬢さんのレストア
なんぞはままごと遊びの範疇かも知れません。
DSCN0002.jpg
大西君とお別れした後、タバコ屋は羽田に向かったので
したが、義理堅い吉﨑さんはわざわざ羽田まで見送りに
同行して頂きました。お茶でもと思いましたが出発ゲート
が混んでいて、時間も迫りつつあったので仕方なく断念し
ましたが、吉﨑さんとのあっという間の再会と別れとなり
ました。温かいお人柄に触れ機知に富んだお話しやおも
てなしに対し、タバコ屋はややウルッと来るものがあり、
吉﨑さんに感謝しつつ松山へと飛び立ったのでした。

いつもながら脱線だらけの長たらしい記事にて恐縮です
が、今回の東京大紀行4部作いかがだったでしょうか。
またご意見をコメント欄にご投稿頂ければ幸いです。

東京大紀行 vol.3:上板橋にて

平成29年1月15日
思えば、タバコ屋が平素親しくさせて頂いている静岡の
川嶋さんのご推薦で、新規入部させて頂いた初代フェ
アレディZオーナーズクラブであるCLUB-S30ですが、
事務局長遠田さんから10月始め頃、1通のメールが届
いたことに端を発します。
240Z-2.jpg
内容は11月27日(日)東京・上板橋でかつてのNISSAN
ワークスドライバー北野元(もと)氏やプライベーターな
がら240ZGを駆りワークスに伍して豪快な走りを披瀝し
た柳田春人氏、また当時のNIPPONのレース界の生き
字引みたいな方でかつてレーシングエンジンのチュー
ナーとして名を馳せた東名自動車の創設者のお一人で
ある久保靖夫氏を来賓としてお迎えし、昼食を頂きなが
ら当時のお話を交え懇親を深めようというものでした。
都平健二1
渡邉会長、川嶋副会長、遠田事務局長等クラブ役員さ
んの当初9月頃の構想では、上記の業界有名人に加え
同じく元NISSANワークスドライバーの都平健二氏、
長谷見昌弘氏、星野一義氏にも参加して頂くべく調整
されたそうですが、日程その他が折り合わず、結局
上記のご来賓のメンバーに落ち着きました。
マックーン5
蛇足ながら上の都平さんの写真、かつてS・マックイーン
が製作、主演した「栄光のルマン」のマックイーンのスチ
ール写真を思い出したのはタバコ屋だけではないと思う
んですけど・・・。映画製作はシロウトであったマックイー
ンはこの映画に入れ込み過ぎて(マニアック過ぎて)莫大
な費用がかかってしまい、興行的には成功したにも拘わ
らずマックイーンは破産してしまったのでした。どの世界
でも、過ぎたるは・・・のセオリーがあるようです。
マックーン7
ただ、マックイーンの隠れファンであるタバコ屋の老婆心
から申し上げますと、俳優さんというのは洋の東西を問
わず、金銭感覚は無きに等しいため、「栄光のルマン」
製作に当たってはちゃんとソロバン勘定を合わせられる
コンサルを雇うべきだったんです。それは我らが裕ちゃ
んの「栄光への5,000キロ」も同様にて、その際一言タバ
コ屋にご相談頂ければ、感動の映画製作と並行してソロ
バン勘定も合わせて差し上げられたのにと思います。
栄光のルマン4
「マックイーンさん撮影用ポルシェ917とフェラーリ512S
は合わせて10台も必要ないでしょうが」とか。
何、タバコ屋への謝礼なんてマックイーンさんも裕ちゃん
も考えなくていいんです。色紙と、にわか購入のヘルメッ
トにサインを頂けるだけでもう・・・、お宝ですから。
(関連記事:荒ぶる心 vol.4:栄光のルマン参照願います)
裕次郎記念館P510-0
ちなみにタバコ屋は過去から現在に至るまでこれほど迫
真的でスリリングなレース映画を見たことがありません。
我らが裕ちゃんの「栄光への5,000キロ」とともにタバコ屋
にとっては不朽の2大名作コンペティション映画です。
(関連記事:札幌紀行 vol.2:小樽へ参照願います)
栄光のルマン6
どうでも良いことながら、都平さん、マックイーン、裕ちゃ
ん演じる五代のヘルメットデザインがほぼ同じだと思い
ませんか。最初の写真、240Zのレースシーンで写ってい
るドライバーは北野さんですが、そのヘルメットもよく見
ると同じデザインですよね。
栄光のルマン2
タバコ屋は時代錯誤ながらも、この時代(昭和40年代)
に使用されたヘルメットデザインに強い郷愁と愛着を覚
えています。全く架空のお話しながら、もしタバコ屋が
死に土産に鈴鹿サーキットを赤いお嬢ちゃんで疾走す
るようなことがあるとすれば、そらもうエンジンも足回り
もヘナヘナでも何でもいいから、いの一番にこのデザイ
ンのヘルメットだけは使用したいものです。ま、その前
に購入する必要がありますけど・・・。
(マクラーレン・HONDA-MP4/4)
F1マクラーレンホンダMP4・4-1
(PORSCHE-917Kショートボディ)
栄光のルマン9-1
蛇足のつけ足しながら、タバコ屋が過去現在を問わず
最もお気に入りのレーシングカーは、かつてのF1で大
活躍し世界を席巻したマクラーレン・HONDA-MP4/4
及びマックイーンの「栄光のルマン」の時代にこれまた
F1とはカテゴリーは異なるもののスポーツカー分野で大
活躍したPORSCHE-917(特にショートボディの917K)
だと今でも思っています。
(関連記事:荒ぶる心 vol.5:ポルシェのこと参照願い
ます)
240Z-3.jpg
話しを元に戻します。来賓の北野元氏はCLUB-S30の
名誉会長でもあり、また柳田春人氏は名誉副会長、
久保靖夫氏は名誉会員兼当クラブ技術顧問という晴れ
がましいお立場です。ついでながら、その他の名誉会
員には、故人となられましたが、初代Zの生みの親であ
る片山豊氏を始め、Zデザイナーの松尾良彦氏、総括
設計者の植村斎氏、等々初代Zゆかりの錚々たる方々
が名を連ねています。

さて今回の上板橋ですが何故この地になったかと申しま
すと北野氏が板橋で2輪用タイヤショップ「ウルフ」を経営
されていてそのすぐ近くにある北野氏行きつけのお店で
もある「レッドロブスター」というアメリカンシーフードレス
トランをご紹介頂き会場はその場所に決まったようです。

前日平尾センセと新橋に宿泊したタバコ屋でしたが、当
日は二人して池袋経由で東武東上線に乗車し上板橋を
目指すことに致しました。東武東上線!懐かしい名前で
す。実は10年程前、還暦が近付いた頃タバコ屋は死に
土産に初代フェアレディZの取得を模索していましたが、
40年も前に製造されていた旧車にて市場にはほとんど
出回っておらず、安易には入手困難な状態でした。

そんな時、皆さんご存知の旧車専門誌ノスタルジックヒ
ーロー(通称ノスヒロ)誌上にちょくちょくお名前が出てい
たリバイブジャロピーさんが目に留まり、HPを拝見した
ところZとGTR専門のレストア屋さんであることがわかり、
また紹介記事もほのぼのとしてタバコ屋の好みだった
ので思い切ってオーナーの西通男さんに電話し諸々の
お話しをした結果、この方ならタバコ屋の希望を叶えて
くれると思ったので、後日訪問することに致しました。
その西さんの工房所在地が東武東上線の終点である
寄居町だったのです。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴及び
終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照願います)
(サン・フルーツ銀座三越店)
DSCN1688.jpg
(京橋千疋屋本店)
DSCN2501-1.jpg
前の記事でトウキョーはタバコ屋にとって外国だと申し
上げましたが、実はそれ以前よりタバコ屋が試みていた
中島特産みかんの産地直送事業によりそのトウキョー
にお取引先が出来、三越全店でフルーツ売場を展開さ
れているサンフルーツさんや京橋千疋屋さん等、著名
なお店とご縁を重ねつつありました。ですので商談上京
の折にその寄居町の西さんを訪ねることにしました。
(関連記事:千葉・東京巡礼 vol.2:銀座界隈参照願い
ます)

ホンダ2-1

余談ながら、東武東上線沿線はHONDAにとっては縄張
り地区で和光、朝霞、小川町の重要拠点を始め、将来
国内でのアキュラ展開を目指してその生産拠点として目
論んでいた寄居等、関西の鈴鹿周辺に次ぐ重要エリア
で、自称元HONDA-PTA会長のタバコ屋にしてみれば、
かなり気になっていた場所でした。
寄居工場7-2

寄居工場4
結局寄居はリーマンショック以降紆余曲折の末、アキュ
ラではなくフィットの専用工場としてまた今後の製造方式
のモデル工場(マザー工場)として平成25年(2013年)
に完成したのでした。賢明な選択ですよね。
(関連記事:オハイオの夢参照願います)

さてジャロピーさんです。実際お会いしてみてNISSAN
旧車専門のNISISANとはしゃれにもなりませんが、Iが
一文字増えはするものの誠実素朴なお方でした。後日
そのNISISANよりご連絡頂きフルレストアした240Zを
購入しませんかとのことで、次の上京の機会に再度訪
問致しました。さっそく拝見し横に同乗させてもらって試
乗にも出かけました。
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シルバーメタリックの240Zでしたが、さすが匠の手で仕
上げられたものにてコンディションは新車同然、ビス1本
に至るまでピカピカ状態でした。試乗に際してはレスポン
スが凄まじく踏めば即座に5,000回転くらいは回っている
ような感じを受けました。キャブレターはウエーバーの3
連装、排気はもちろん6気筒独立式(タコ足)で、サイレン
サーは縦2連のトラストマフラーが付いていました。
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タバコ屋は若かりし頃、かつて自動車部で所有していた
スカイライン2000GTの重くて眠いL型エンジンのフィーリ
ングしか知らず、L型エンジンってチューニング次第でこ
んなに軽やかに豪快に回るものなのかと驚きました。
ただ残念なことにトラストマフラーがけたたましい爆音を
発するのには閉口し、この状態では瀬戸内海のガラパ
ゴス島では走れないだろうな~という予感がしました。
またリミテッドスリップデフ(LSD)のカシャカシャ音も若干
気になりました。
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NISISANがご提示頂いたオネダンは非常に良心的で、
諭吉の100枚重ねの束を3つ程度用意すればよく、買え
ば買えない事はなかったのですが、当時のタバコ屋は
Zに関する経験と知識が全くなく、結局、マフラーやLSD
なんか取り替えれば済むのに、自分の好みにするには
ボディの再塗装も含め相当追加の費用が掛かるだろう
とビビってしまい、またその頃、下の倅が大学に行って
いて費用もかさんでおり、HONDAレジェンドを所有して
いる上にZを購入することについて、カミサンを説得する
自信をやや失ったせいもあって、あれこれ迷った挙句、
その極上の240Z購入を辞退してしまったのでした。

当然そのピカピカの240Zはすぐに売れ口が付きNISIS
ANにお聞きしたところでは三重県のさる外科医のドクタ
ーのところにお輿入れされたそうです。タバコ屋にとって
は今でもその極上品を購入出来なかったことがトラウマ
になっています。

例えは悪いものの恋愛や結婚においても「ああ、あの
時なあ」と言うのを経験された方も結構いらっしゃるの
ではないでしょうか。
納車後のZ
もうZの取得を諦めかかったタバコ屋でしたが、それから
1年程たった頃、松山の友人からZの出物があるけど見
に来ませんかとお誘いがあり拝見したところタバコ屋の
好みとは正反対のローダウン、チンスポ付きのS30Z改
2.8L湾岸ミッドナイト仕様でした。もうZのボディ自体の取
得が難しいと判断していたタバコ屋は気に入らないなが
らもベース車両と割り切って購入することに決めました。
その費用は車検も含めて諭吉100枚の束1つ程度でした。

さっそくNISISANに連絡し、これをベースにレストアを実
施して頂くよう依頼したまではよかったのですが、お送り
してみるとボディの程度が悪く、NISISANもフルレストアし
た場合はいくらかかるかわかりませんよと言われるし、
また遠方ゆえレストアの進捗をたびたびお邪魔して拝見
することもかなわず、遠交(援交とは違います)の限界を
感じて、結局NISISANからは純正シートやZ432用純正
マフラー等々、重要なパーツ提供と軽整備のみをやって
頂き、レストアは地元松山でやることになった訳ですが、
地方都市ゆえ信頼出来る専門業者など皆無ではあった
ものの、それからレストア地獄の5年間が待っていようと
は夢にも思いませんでした。

余談ながら、タバコ屋がCLUB-S30に入部後にわかっ
たことなんですが、リバイブ・ジャロピーのオーナー西さ
んはCLUB-S30の重要な会員さんのお一人でした。
ご縁と言うものはわからないもので、世の中案外狭いも
のですよね。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)
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DSCN9801.jpg

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目くら蛇に怖じずとはよく言ったもので、悪戦苦闘の末
何とかレストアを施し、タバコ屋の好みに仕上げたのが
現在の赤いお嬢さんなんですが、出来の悪い子供ほど
可愛いとは巷間よく言われることながら、フェアレディと
いう高貴なお名前に似合わず、タバコ屋にとってはまる
で悪魔の如きやんちゃなお嬢ちゃんです。
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東武東上線のことから話しがすっかり脱線してしまいま
したので元に戻します。タバコ屋と平尾センセは上板橋
の駅に到着し旧商店街を通って目指す「レッドロブスター
上板橋店」に到着です。時間も早かったので会員さんは
まだお見えになっていなかったようですが、ただお一人
群馬の前橋で歯科医ドクターをされている金子さんにお
会いし初対面ゆえご挨拶をさせて頂きました。
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やがて事務局の遠田さん、渡邉会長が到着されタバコ
屋は新入部員のため初対面だったのでさっそく今回の
ご好意(平尾センセと2名で特別参加させて頂いたこと)
に対して感謝とご挨拶を申し上げました。

ここでよもやまさかのことが起こりました。渡邉会長が
初対面の挨拶もそこそこに、いきなり「これから北野さん
をお迎えに行きますのでご一緒しませんか」と仰るので
す。タバコ屋と平尾センセは夢心地にて了解しすぐ近く
で北野さんが経営されている2輪タイヤショップ「ウルフ」
へ出かけました。
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結局歩いて5分程度の道を往復し北野さん、渡邉会長
金子ドクター、タバコ屋、平尾センセのメンバーで昼食
会場まで同行致しました。
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会場には川嶋副会長も到着し、会が始まる前にはタバ
コ屋が依頼していたロゴプリントと刺繍入りのクラブジャ
ケットを川嶋さん自らが持参してくれていました。
また想定外にも渡邉会長がZの設計者であり事実上の
開発総責任者であった植村斎さんが書かれたZ開発記
「フェアレディZ開発の記録」の直筆サイン入り本と色紙
を2人にプレゼントして頂いたのです。もう恐縮至極にて
返す言葉もなかったのですが、せっかくのご好意なので
有難く拝受致しました。
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いよいよランチミーティングが始まりました。各地から
というよりはおもに東京周辺から十数名のメンバーさん
が出席されていましたが、川嶋さんのお話によれば、
タバコ屋は最遠方からの出席者だと言うことでした。
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当然のことながら、まずは名誉会長の北野元氏よりご
挨拶がありました。タバコ屋が昔雑誌で拝見していた頃
の北野さんは口ヒゲを蓄え精悍で怖い感じの方でした
が現在は角が取れ?非常に穏かな印象でした。
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続いて雨の柳田こと名誉副会長の柳田春人氏より挨拶
がありました。かつて240ZGレース仕様を操りワークスに
引けを取らない活躍をされた名ドライバーです。
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奥のご来賓席は当然、久保さんを加えた御三家が着座
され、あとは渡邉会長、川嶋副会長、遠田事務局長が座
り、和やかに懇談が進むであろうと予測されました。
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しかしここでとんでもない事態が発生したのです。川嶋
副会長がそっと耳打ちし、ご遠方から来られたのでお2
人で北野さん達とお話されてはどうですかと言って新参
の2名のためにお席を用意して頂いたのでした。推測な
がら渡邉会長と打ち合わせての気配りだったのでしょう。
これには平尾センセ共々ビックリ仰天しましたが、2度と
ない機会だと思ったので僭越は承知ながら、有難く同席
させて頂くことにしました。
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当日のランチはシーフードのフルコースでディナーとも
言えるメニュー内容でした。メインディッシュは看板どおり
でっかいロブスターでしたが大変美味にてお酒も進むに
つれ、最初の緊張は解けご来賓や川嶋さん達ともお話し
をさせて頂くことが出来ました。
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以前から北野さんが京都出身であることは存じ上げて
いたのですが、お話しが進む中、君ら同志社自動車部
のOBですか。同志社ゆうたらええとこのボンが行く大学
と違いますか?とか仰り、やや事実とは異なるご認識を
されているようでした。実態はボンビー学生の集まりでし
たわと申し上げたかったのですが、ただ北野さんのお話
しを拝聴するに留めました。平尾センセは自称ミツビシ
PTA会長を自負するミツビシオタクにてワークスの増岡
氏他とも交流があり話題も豊富なので、いろいろお話が
はずんでいたようです。ただ一通りお話しと食事が進行
した後、新参の我々が来賓席を占拠していては他の先
輩メンバーさん達に申し訳がないので、お席を替わって
頂くことにしました。
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その後、写真の空飛ぶZ432オーナーこと奈良ご在住の
現役ANA国際線パイロット遠藤氏を始め各自が持ち寄っ
た思い出の品や本などにご来賓のサインをお願いされて
いました。
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ちょっとマニアックな持参品として、Z432搭載のS20エン
ジンのヘッドカバーにサインをすべく北野氏、柳田氏が
やや苦労されている様子です。
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変り種と言っては失礼ながら、240ZGを所有でイギリス国
籍のアラントーマス氏と思しき御仁も楽しそうに歓談され
ていました。
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壁にはクラブ20周年記念行事として現在進行中のフラッ
グリレーの旗も飾られました。恥ずかしながらタバコ屋も
先般倉敷にて旗の端っこの方にサインさせて頂きました。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ参照願い
ます)
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名誉会員でクラブの技術顧問でもある久保氏とお話しし
ているところですが、久保氏の着用されているのが今回
タバコ屋が購入したクラブジャケットです。メーカーはミズ
ノ製ですが、背中と胸には別注のロゴがプリントされ、袖
にはクラブロゴの刺繍ワッペンが貼られていてなかなか
マニアックなジャケットです。

肝心のお話しの中味はというと、かつてタバコ屋のZをレ
ストアするに当たり、エンジンのレスポンスが悪いので
どう改善するかとなった時、松山のエンジン屋さんはピス
トンリングが磨耗しているので交換ボアアプするしかない
という見解だったのに対しタバコ屋はおかしいと感じたの
で、当時思い余って、面識のない久保さんに飛び込みで
直接お聞きしたことがあったのです。久保さんの見解は
ピストンリングの磨耗なんてありえない、それはソレックス
キャブの調整不良です。と仰いました。実際その通りだっ
たのですが、松山の業者はリングのせいだと言い張り、
ボアアップ以外は請合わないと言い出したので仕方なく
3Lにボアアップした経緯があったのです。その頃の思い
出話しをした訳ですが、久保さんは多忙のためそのこと
は覚えていらっしゃらなかったようです。オクルマにしろ
ヒトにしろ藪医者にかかるととんでもないハメになるとい
う見本みたいな出来事でした。
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奈良から単駆Z432で駆けつけられた遠藤さんとのワンシ
ョットですが、タバコ屋はもともと細い目をつむってしまっ
ています。平尾センセもうちょっと何とかなりませんでした
かね。
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ランチミーティングは食事もお話しも進行し、いよいよ
コーヒータイムとなりました。タバコ屋はほとんどのメン
バーさんと面識がないのですが、皆さん楽しそうに歓談
されているところへ割って入るのもいかがなものかと思
い、今後に委ねることに致しました。つたない経験から
判断しても、学生時代4年間同じ釜の飯を食って初めて
同釜の親友ということになる訳ですから、何でも時間は
掛かるのです。
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楽しくも濃厚なランチミーティングもいよいよお開きの時
間となりました。皆で記念撮影です。平尾センセが写っ
ていませんが、ご自分のNikon一眼レフで撮影したもの
で写らないのは当然ですよね。正面左手前でフラッグを
持っていらっしゃるのが事務局長の遠田さんです。
IMG_2194.jpg
さてその後皆さん各地へ散っていかれましたが、川嶋さ
んは静岡から愛車のブリティッシュグリーンS30Zで来ら
れていたので記念に一枚撮らせて頂きました。
今時、ジャガーEタイプを彷彿とさせるメッシュホイールを
ご着用のオクルマなんてそうざらに見つかるものではご
ざいません。しかもボディカラーにジャストマッチで大変
渋いご趣味です。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ参照願い
ます)
IMG_2196.jpg
前述の奈良の遠藤さんもZ432で上京でしたが、平尾セン
セは初対面だったので、オクルマのご紹介をしたところ
根堀り葉堀り細部までご撮影に励む平尾センセでした。
手前味噌ながら、10年前寄居のNISISANちで拝見した
240Zもスペックこそ違え、ボディはずばりこのイメージ
及びコンディションでした。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照
願います)
IMG_2197.jpg
ホームステイ3人衆?の記念写真です。Zを巡る不思議
なご縁ですが、今後も大切にしていきたいものです。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願い
ます)
DSCN9917.jpg
また事務局長の遠田さんは都内新宿にお住まいのバリ
バリの江戸っ子にて愛車240ZGでお越しでした。
DSCN9926.jpg
川嶋さんと遠藤さんをお見送りしたあと、遠田さんをお
見送りしようとした時とんでもない事態が発生しました。
駐車場の床にあるフラップの昇降装置(赤い箱)の片方
がオクルマのサイレンサーに当たって出られなくなった
のです。遠田さんはお店の方にフラップを下げてもらい
脱出を試みましたが、BOXが当たっているのでうまくい
きません。見かねたタバコ屋達は手押しで左右に小刻
みに幅寄せを敢行し、大汗をかいた後、遠田さんの大
切なオクルマを傷付けることなく脱出に成功致しました。
DSCN9928.jpg
遠田さんには入部にあたり何かと親切にして頂いてい
るので、ささやかながらお役に立てたかな思い、赤いハ
ンカチならぬ白いハンカチで額の汗をぬぐったタバコ屋
でした。
JSCN9932.jpg
すべての行事が終わり、タバコ屋はもう一泊するものの
平尾センセは京都へお帰りになるので東京駅までご一
緒しそこで名残を惜しむことになったのでしたが、どうし
たことでしょう、東京駅の地下は来る東京オリンピックに
向けて大改装中で、まあえげつないほどショーバイっ気
丸出しで、お土産店のオンパレードでした。若いカップル
の立ち寄るカフェらしきものはちらほらあったものの全席
禁煙、お酒なしときては2人の取り付く島はありません。
ビール1
結局30分近く歩いた末、やっと万博世代の感性にピッタ
リのビヤホール銀座ライオンを見つけたのですがそれも
日曜日休館にて、途方に暮れかかりましたがやっと小さ
な中華料理店を見つけ、そこで今日の余韻を楽しみつつ
別れの杯ならぬビールで乾杯したのでした。

このあと娘の陽子のところへ殴り込みを掛けるのですが
長くなるので今回はこれで筆を置きます。次回 vol.4を
お楽しみに。

東京大紀行 vol.2:目黒界隈

平成29年1月14日
瀬戸内海のガラパゴス中島で生息している身とは言え
幼少時より年に一度は梅田HANKYUUの大食堂や枚方
パークで馴染んできたタバコ屋です。また長じては大学
生活を京都同志社で4年間過ごすことになりました。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.2参照願います)
阪急お子様ランチ
また卒業後も家業がゴフク屋兼総合衣料品店だった故
に京都室町、大阪船場へは足繁く通ったため、タバコ屋
にとっては大阪・京都というのは僭越ながら自分の庭み
たいなもので、愛着と郷愁を覚えます。
(関連記事:オハイオの夢参照願います)
ユニクロ1
ちなみにユニクロの柳井さんとは多分同年代で、彼の
実家は山口県光市のVANジャケットのメンズ専門店、
一方タバコ屋は瀬戸内海の小島の総合衣料品店という
違いはありましたが、考えていた事は似たようなもんで
す。だって同世代ですもの。
IVY-1.jpg
当時石津謙介さんの仕掛けたアイビーファッションが
一世を風靡しましたよね。ミユキ族とかハマトラとか。
ボートハウスも今となっては懐かしいブランドです。
オクルマ業界もその影響を受け、今はなき徳大寺有恒
さんこと杉江博愛(すぎえ ひろよし)さん達が創業した
オクルマ用品のファッションメーカーである「レーシング
メイト」なども懐かしい思い出です。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)
レーシングメイト2
話しが脱線してしまいましたが、一方東京というのは
タバコ屋にとって基本的に外国で、高校時代に修学旅
行で行ったくらいで、守屋浩でもないでしょうが「僕の恋
人東京へ行っちっち」程度のイメージしかありませんで
した。しかし大学時代ともなると自動車部の全国組織で
ある日本学生自動車連盟を介して全関西、全国大会と
いった全国規模の運転競技(コンペティション)が行わ
れ、トウキョーの明治、青学、慶応、早稲田といった連
中と覇を競いながらも交流を重ねることとなり、田舎者
のタバコ屋はトウキョーにも沢山の大学があることを知
りました。
フランシスコザビエル1
余談ながら、同志社は新島襄先生を創設者とするプロ
テスタント系キリスト教を建学理念とするのに対し、同じ
キリスト教系でも青学(青山学院大学)はフランシスコ
ザビエルのイエズス会を源流とするカトリック系キリスト
教がルーツであり、生い立ちを異にします。そのせいか
どうか、本来なら親戚付き合いをしてもよさそうなのに、
タバコ屋の記憶では青学とはまったく交流がなく、逆に
建学のルーツはキリスト教とは全く関係のない明治大
学の自動車部と親戚付き合いをしていました。何故な
んだろう。今から思えば富士吉田での合同合宿時や
東京以北の遠征時は明治に随分お世話になったもの
でした。
(関連記事:異説:007私を愛したスパイ参照願います)

長い前置きはさて置き、今回のお話しの主題である「全
国少年少女チャレンジ創造コンテスト全国大会」のこと
です。前述の平尾センセからのご案内によると11月26
日の開催で、偶然にもCLUB-S30の昼食ミーティングが
翌27日だったので、両方に参加することにしたのは前
稿でお話しした通りです。

会場は目黒区、大岡山にある東京工業大学キャンパス
内体育館となっていました。はて東京オンチのタバコ屋
にとっては目黒なんて山手線の駅があることくらいは知
っていましたが行った事もなく、ましてや大岡山なんて
生まれて初めて訪問する場所でした。
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やって来ました大岡山、東京工大キャンパスです。つい
最近この大学の栄誉教授である大隅 良典(おおすみ
よしのり)先生の長年の研究成果である「細胞が自らの
タンパク質を食べて栄養源にする自食作用『オートファ
ジー』の仕組みを解明した」ことにより一部のガンの治
療に道を開いたとして平成28年度(2016年度)ノーベル
生理学・医学賞を受賞されたのですが、大学の正面に
はその垂れ幕が大きく飾られていました。

タバコ屋は医学のことはわかりませんが、自分の体内に
ある正常細胞が、遺伝子の故障によりガンとなってしまっ
た異変細胞を食べてしまって消滅させ、正常に戻すこと
が出来るとすれば、そら天照大神が天の岩戸からお出ま
しになって以来の一大事件と申せましょう。
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キャンパス入り口には親切にも大会会場の案内板が
あり、それに沿って会場へと向かいます。
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京都チームを引率されている平尾センセはタバコ屋が多
分迷子になるであろうと思いわざわざ大岡山の駅までお
出迎え頂いたのですが、センセとご一緒に会場に向かう
途中、東京工大自動車部の宣伝?看板を目ざとく見つ
け記念に1枚写すことになりました。免許が安く取れま~
すなんて効能書きがありましたが、これを見てかつての
タバコ屋も同志社大学自動車部に入部したての頃、先
輩にグラウンドで免許特訓をして頂き、帰省した時に松
山の試験場で1発合格した思い出があります。従いまし
てコストは試験場での受験費用のみで大変安上がりな
免許取得ではありました。

どうでもよいことながら、彼がぶら下げているぶっとい
一眼レフカメラはNikonなんですが、センセはNikonク
ラブの会員で結構オカネ掛かっていると推察致します。
ちなみに我々万博世代の3大趣味と言えばオクルマ、
カメラ、オーディオあたりではなかったかと思いますが、
そのどれもが現在では当時と全く様変わりのスペックと
なり時代の流れを痛感します。だって45年も前のことで
すから。ただしタバコ屋を含むボンビー学生はそれらを
雑誌でただ見てるだけ~でしたが。
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いよいよ会場到着です。タバコ屋は以前京都で恒例開
催のやはり動くオモチャを使用した創造性表現及びエキ
サイティングな走行スピードを競う(ミニ四駆的)「トイコン
テスト」という大会に同志社のアオリイカこと平尾センセ
に煽られて(強制されて)見学に行ったことがあるのです
が、今回の全国大会はオクルマ業界用語で言えばそれ
のデチューン版(ゆるくしたもの)とも言えるものでした。
(関連記事:校長先生の見果てぬ夢 vol.1:プロローグ
及び校長先生の見果てぬ夢 vol.2:晴れ舞台参照願い
ます)
DSCN9837.jpg
全国から集まったお子達が体育館に所狭しと集結です。
引率のセンセも自校の生徒が冷静に競技に向かえる様
アドバイスしながらも内心気が気ではありません。
選手宣誓
熱血指導を実践している平尾センセ始め京都教育陣の
スタッフが指導するお子達は優秀でないはずがなく、常
に強豪チームの一角を占めており、今回も女子チーム3
名が試合に先立ち選手宣誓をしました。

ちなみにこの全国大会は公益社団法人発明協会が主
催運営している恒例行事で、お子達の創造性を高め
未来のノーベル賞をも受賞出来るような人材を育むこと
が目的です。
DSCN9861.jpg
競技の方法は、まず予選段階において審査員スタッフ
の前でチームメンバーが自分達の創作した作品のコン
セプトとからくり?の作動説明(プレゼン)をした後、実際
に作動させながら規定時間内にゴールを目指すというも
ので、スペック通りに作動しなかったり、時間内にゴール
出来なかった場合は減点され、勝ち残ったチームが決勝
へ進むという方式です。
DSCN9830.jpg
競技前の京都チームの事前メンテナンス状況です。本番
で、あれ動かないとかがあっては最悪なので念入りに調
整しているようです。
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京都は強豪なのでワークス部隊?を2チーム派遣して
いました。一つは電車をテーマにしたもので、もう一つ
はかぐや姫をテーマにしたものでした。
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甲乙付け難かったものの、決勝にはかぐや姫チームが
勝ち残り、入賞の運びとなりました。お子達とは言え浴
衣がチームユニホームとはなかなか平尾センセも粋な
計らいをするものです。
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全国大会ゆえに各地から様々な工夫をこらした作品が
登場していて、ご紹介すればキリがないのでやめてお
きますが、お子達とは思えない程ハイテクメカが搭載さ
れた作品がありました。京都はもとより愛知なども地元
有力メーカーがかなり肩入れをしていて舞台裏ではその
メーカーさん派遣のアドバイザーがあれこれ助言をして
おり、コンセプトは子供らしいものの、そのメカは非常に
高度なものだとタバコ屋は感じました。
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競技の直前、引率の平尾センセがお子達にアドバイスを
しているところです。「君ら、普段通りにやれば絶対うまく
いくんやからあわてんようにな」とか何とか言われている
のでしようがタバコ屋には聞こえませんでした。また隣の
同じく引率のTセンセも心配そうな表情です。また手前は
島津製作所OBで愛媛県出身!のアドバイザーY氏です。
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愛媛県松山市のチームは決勝に残れなかったので早々
と作品を荷造り撤収の準備です。タバコ屋は地元なので
放っておくわけにはいかず思わず声をお掛けしたところ
松山市南郊の砥部小学校からのご参加でした。ご苦労
様です。平尾センセがかつてタバコ屋のところへ訪問頂
いた時「念ずれば花開く」の句碑で有名な坂村真民先生
の記念館にお立寄り頂いたのですが、その地区にある
小学校です。
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電車チームは残念だったものの、かぐや姫チームは決勝
で入賞を果たしました。平尾センセにしてみれば開会式で
京都チームが選手宣誓をしているだけにベスト3とか行き
たかったのではないかと推察しますが、まあこれも人間の
欲と煩悩の世界にてキリがないことです。
DSCN9872.jpg
競技も無事終わり表彰式の風景です。
DSCN9874.jpg
タバコ屋の不確かな記憶ですが、愛知の小学校が優勝し
たと思います。勝手な想像ながら、やはり大トヨタが控え
ているだけに側面のバックアップも半端ではなかったので
はと思います。
DSCN9822.jpg
戦い済んで日が暮れて・・・。平尾センセはこの足で京都
へ帰る同僚のセンセ達をお見送りしたあと、タバコ屋と一
緒に今夜の宿泊地新橋へ移動することにしました。

余談ながら、京都御所に隣接する真っ平な敷地の同志
社とは異なり東京工大のキャンパスはブラタモリのタモ
リさんが喜びそうなかなりの高低差(アップダウン)のあ
る敷地で、初めて訪問したにも拘わらず印象的でした。
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新橋到着後、今夜の別予定である同志社大学自動車部
OBで3期先輩の石原さんと夕食を共にすべく恵比寿へ移
動です。東京にお住まいの石原先輩は広島に本社がある
精密機器メーカーの会長さんなのですが、恵比寿駅近く
の広島県人が経営されている居酒屋で石原先輩、平尾
センセ、タバコ屋の3人が落ち着きました。ただし怖い先
輩でしたので終始緊張の数時間後、2次会には近くのテ
キーラ専門のバーへ連れて行って頂きました。近況やら
今後のOB会のことやら夜の更けるのも忘れて楽しく語り
合ったのでした。
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ようやくお開きとなったまでは良かったのですが、タバコ屋
は大ポカにて持参していた石原先輩への手土産を渡し忘
れていることに気付き、あわててタクシーで西麻布のご自
宅までお届けするという事態となりました。結局タクシーも
頼りないおっちゃんでしたが、恵比寿から西麻布周辺を走
りまくって新橋に帰った時は野口英世の肖像のお札が5枚
程度消失することになったのでした。バカですよね。

次回はいよいよCLUB-S30の昼食ミーティングの模様を
ご報告致します。お楽しみに。

東京大紀行 vol.1:プロローグ

平成28年1月8日
皆さん明けましておめでとうございます。今年もポジティ
ブで楽しい記事をお届けしたいと思いますのでよろしく
お願い致します。
clubs30.gif
さて、昨年の11月東京でのある昼食会のご案内が届き、
それに出席することになりました。その昼食会とは初代
フェアレディZオーナーズクラブである「CLUB-S30」主催
の昼食ミーティングで「日産ワークスドライバー&メカニッ
クを囲む会」というテーマで元日産ワークスの北野元氏
やプライベートの強豪、柳田春人氏、また元レーシング
メカニックとして高名な久保靖夫氏をゲストにお迎えして
昼食を共にするというものでした。
240Z-1.jpg
青春時代を京都同志社でオクルマと共に過ごしたタバコ
屋にとっては当時のNISSANワークスという名前は憧れを
通り越して坂の上の雲の上の存在でしたから、そのゆか
りの方々にお会い出来ることは、千載一遇の機会であり
この際、死に土産に行ってみようと思いました。

また広島に本社があるものの年の半分以上東京在住と
お聞きしている同志社自動車部OBで3期先輩のトテモ
怖かった石原先輩にお会いしたく、僭越は省みずお願
いしたところ快くご了解を頂きました。
平尾(生き方探求館)
一方、このブログの常連ゲストでありタバコ屋の同志社
自動車部時代の同釜である京都の元校長、平尾センセ
は日頃「京都まなびの街 生き方探究館」にてお子達相
手にご自分のライフワークである動くオモチャ制作を通じ
て創造性を育むべく熱血指導をしているのですが、今度
東京でその動くオモチャを使った創造性を競う全国大会
があり、京都チームの引率として出場するので応援をよ
ろしくというご案内がありました。
著作4
両方の日程をよく見ると何と1日違いで前後しているでは
ありませんか。これはひょっとすると両方に参加出来る
かも知れないと思い、センセにCLUB-S30のミーティング
のことや日程のことをお知らせすると平尾センセは元々
「ネジお父さん」という異名があるくらいのオクルマエンス
ーゆえに、逆に2人で2ヶ所へ相互乗り入れはど~やと
言い放ちました。アオリイカこと平尾センセのポジティブ
な発想の面目躍如と言ったところでしょうか。

ただしCLUB-S30のミーティングは会員制なので、原則
会員しか参加出来ないのですが、タバコ屋の赤いお嬢
さんをホームステイさせたご縁で親しくさせて頂いている
静岡の川嶋さんが偶然ながらCLUB-S30の副会長をさ
れており、また赤いお嬢さんを引き取りにお邪魔した時、
平尾氏も同行してもらったので川嶋さんとは面識があり
ました。
IMG_2321.jpg
そこで今回のミーティングにタバコ屋と平尾センセと2名
で特別に参加させて頂けないでしょうかと恐る恐るお願
いしたところ、原則会員制ゆえに平尾さんは姿が見えな
かった(透明人間?)ということにして、参加して頂いて
結構です。ということになりました。どうも会長や事務局
長にも根回しして頂いたようで、川嶋さんの粋な計らい
により実現の運びとなりました。
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さらに、普段瀬戸内海のガラパゴス中島にて文明と旧友
に飢えているタバコ屋はこの際同志社アーモストクラブ
(DAC)OBでDAC及び自動車部両部の創部80周年記念
大会が前後して行われて以来、双方に深いご縁のある
オーテス・ケーリ先生繋がりでご縁になり親しくさせて頂
いている川崎在住の吉﨑さんにも翌日お会いして、まだ
一度も見学したことのない全国の野菜果物の一大集荷
場であり東京の台所でもある、大田市場の見学その他
で旧交を温めたく思いました。幸い吉﨑さんも快諾して
頂きました。
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太田市場の見学を思い立ったのはタバコ屋が島の特産
品であるみかんの販売や加工製造事業を長年手掛けて
来たにも拘わらず、日本一の青果市場である大田市場
を訪問したことがなかったためで、これもNISSANワーク
スの方々との面会同様、死に土産にしようと思ったのと、
吉﨑さんも行ったことがないらしく興味を持たれていた
ようなので、実現に至った次第です。
クラブS30表紙1
欲張りなタバコ屋は結局、CLUB-S30から配達された1
通のメールから3日間に及ぶ東京大紀行を実施するに
至った訳ですが、その詳しい模様はCM2の後で、では
なくvol.2以降の記事にてご紹介したいと思います。

次の記事の予告 vol.8

平成28年12月22日
島のタバコ屋は、何の因果か、島の特産品であるみかん
やそれを加工したジュースを全国にお届けする事業を
約15年ほど前に立ち上げてしまったのでしたが、時を経
て、やがてその事業は倅が引き継ぐことになりました。
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タバコ屋は懐ろ手で、「励みなされよ」と言えばよい立場
なれど、「事件は現場で起こってる」を地で行くが如く、
お客様からのご注文がハンパではなく、倅がその対応
に四苦八苦しているのを見るにつけ、居ても立ってもお
れず、「俺な~お給料いらんし、みかんの出荷手伝うわ」
と軽率にも言ってしまったのでした。
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おかげでここ1週間ほどはブログの記事を書く余裕もなく
内心あせっています。年末にはやや時間の余裕も出来
るでしょうから、先日京都の平尾センセと共に過ごした
東京での数日の出来事をご報告したいと思います。
お楽しみに。

蘇る青春 vol.2:旧車恋しや

平成28年12月3日
前回の記事に引き続き、クラシックカーショーのはしごを
して来ましたのでその模様をご報告したいと思います。
ショーの名前は「クラシックCarニバルin小松」で場所は
松山ハイウェイ石鎚山SAにしつらえられた特設会場で
す。例によってあおりイカの辻田氏にお誘い頂いたの
ですが、松山に泊りがけだったので朝早く出発しスムー
ズに会場へ到着出来ました。彼はもう何年も前からの
常連客らしく事前レクチャーにて案外出品車よりもそれ
を見に来るギャラリーの方のオクルマに珍車、希少車
が多くて見応えがあり、面白いですよということでした。
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9時前には会場のギャラリー用駐車場に到着、お隣は
高知からお越しのケンメリスカイライン2000GTでした。
それにしても今から思うと初代のフェアレディZは大変
コンパクトなサイズでスカGやお隣のエスティマと比べ
ても大変つつましく感じます。

実は泊りがけでクラシックカーショーのはしごをしたのに
はもう一つの理由がありました。以前よりタバコ屋の愛
車、赤いお嬢ちゃんこと初代フェアレディZはデザインを
優先したためオメメが奥まった位置にありボディが邪魔し
て夜間ヘッドライトを照射した時、内側が暗いんです。
物理の法則ながら、特にロービームの時は付けマツゲ
が邪魔して手元が暗くなるのは推測出来ますよね。
DSCN9519.jpg
そこでさっそくタバコ屋が勝手に任命させて頂いている
メカニカルコンサルタントの元校長センセ、平尾氏に相
談したところ、まずヘッドライトを現状の小糸製HIDライ
トからシビエのハロゲンライトに交換するよう勧められ
ました。というか、もうさっさとヤフオクで探し出し、これ
やこれやとか言って半強制的に買わされました。
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ちなみにシビエは今ではもうクラシックアイテムで現在
は社外の復刻品しか新品で入手出来ません。たまたま
新品がオークションに出ていたので2万円強の大枚をは
たいて購入しました。ついでながら売主は沖縄在住の
愛媛県出身者で、ややの親近感を覚えました。
タバコ屋のシビエに対するイメージとしてはあの特徴的
なスーパーオスカーのややえぐれた凹面のレンズ断面
を想像していたのでしたが、届いたのは逆に凸面に膨
らんだ形状でした。効果はともかく、ファッションとしては
現状の小糸製がフラットな平面レンズで気に入っており、
このシビエの装着は保留にすることにして、別に補助
ライトを2個装着することにしました。
スーパーオスカー1
その間、ことの経緯を知ったおなじみ梅田の悪徳改め
良識公認会計士(失礼)である同志社大学自動車部三
期後輩の上山センセが、ご親切にも上の写真のシビエ・
スーパーオスカーの手持ちの中古品を送ってきてくれた
のです。
大変有難いお申し入れだったのですが何分スーパーオ
スカーは馬鹿でかく(直径18cm)ヘッドライトと同じ直径
でしかも奥行きがあるので、バンパーに装着した場合
ボディに干渉する恐れがあるのと、バランスの面でもか
なり難点があり、これもあきらめることにしました。
ドライビングランプ868S
思い余って再び平尾コンサルタントにご相談したところ、
昔取った杵柄にて、さっそく補助ライトのチョイスを提案
してくれました。かつて故渡辺和博さん著作の「お父さん
のネジ」の愛読者でそれを実践しているラリーオタクの
平尾氏にしてみれば、朝飯前の所業にてたちどころに
競技用と思しきマニアックなIPFの補助ライトを探し出し
てくれました。タバコ屋のイメージとしては補助ライトは
シビエ、マーシャル、キャレロ、といった懐かしいメーカ
ーなんですが国産ではPIAAくらいしか知らずIPFという
メーカーは初耳でした。しかもオネダンが大変手頃で
2個セットで1マン円程度なのでさっそく購入することに
しました。
IPFロゴ1-1
何でも自分でやらねば気が済まないマニアックなネジ
お父さん
の平尾センセならご自分で装着するところで
しょうが、タバコ屋の場合は松山の行き付けのメカニッ
ク氏に依頼してバンパー下に装着してもらうことにしま
した。余談ながら平尾センセの場合は自分の趣味の事
で人様に迷惑をかけてはいけないというポリシーがあり、
タバコ屋には人様のお仕事を取ってはいけないというポ
リシーがあるので、やることは同じでも方法が異なる訳
です。以下劇的ビフォーアフターです。
(装着前)
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バンパーに直接穴をあけるのは嫌だったので、バンパー
の内側にスチールのベロを2ヶ所溶接してそこに取り付け
てもらいました。ちなみにアイデアはタバコ屋です。
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(装着後)
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レンズ径は16cmでヘッドライトよりやや小さいサイズです。
イメージどおりの仕上がりです。
DSCN9546.jpg
やや遠目から見ても、取り付け位置、サイズバランスと
もなかなかいい感じだと思います。
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保護カバーをはずした状態です。余計なことながらライト
を上下さかさまに取り付けたのでレンズは180度ひっくり
返しています。
DSCN9728.jpg
HIDのヘッドライトをハイビームにした時の照射状態です。
当然ながら手前が暗いのが見て取れます。タバコ屋は
この青白い光があまり好きではありません。
DSCN9730.jpg
補助ライト点灯時の状態です。手前は随分明るくなりまし
たが補助ライトはハロゲン球なのでやや赤みがかった色
であり、2色のマッチングはあまり良くないと感じました。
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機能を取るかファッションを取るか、タバコ屋はハムレット
並みに悩みましたが、今回はこれでよしとします。

話しが脱線してしまいましたが、クラシックカーショーの
前日、担当メカのU君からオクルマを受け取り、上機嫌
でいざ出陣となったタバコ屋ではありました。石鎚山SA
でのショーの話しに戻ります。
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待つこと1時間、来るわ来るわ懐かしい旧車が勢揃い
です。このイベントは地元の周桑商工会青年部が15年
前から町おこしを目的に開催してきたもので今年は15
回目だそうです。数百台が大集合にて全部はとても紹介
出来ませんが、特別気になったオクルマをご紹介しまし
ょう。
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懐かしいダイハツミゼットです。タバコ屋が小学生の頃
ですから昭和35年頃(1960年頃)だったと思いますが、
タバコ屋の島でもハイカラな農家さんがいてこのミゼット
を購入していました。今から思えば積める荷物など知れ
たものでしたが、キカイ好きの方にはたまらなく魅力的
に写ったのだと思います。
蛇足ながら、元祖リアオーバーフェンダーはこのミゼット
からだと思いますが、間違ってますかね。
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運転席はもうこれ以上簡素化出来ないほどシンプルで
すが当時はこれで十分事足りたのでしょう。実はこれを
買ったのはタバコ屋の親戚のお兄さんでしたが、その弟
で悪ガキ大将がいて、中学生の癖に無免許でミゼットを
乗り回していました。タバコ屋もそれに便乗して横に乗せ
てもらった懐かしい思い出があります。
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新旧2台のNコロことHONDA-N360が仲良く並んでいまし
た。それも申し合わせたかのように2トーンカラーに塗っ
たおしゃれな外観でした。このパターンを流行らせた元祖
は言うまでもなくオースティン・ミニで、そもそもN360開発
者の本田宗一郎からして、その開発コンセプトはミニの
パクリだった訳ですから。
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その派生車種であるステップ・バンです。当時としては
とてもハイカラな商用車というか若者のレジャーカーでし
た。出品車は残念ながら十分なレストアがされておらず
かなりくたびれた状態でしたがこういう晴れ舞台に出品
されるのであれば、せめて外観だけでも小ぎれいにして
ほしかったと思います。
DSCN9662-1.jpg
クラシックカーでは超定番の後期型箱スカGTRです。どう
でも良いことながら、正確に言えばオーバーフェンダーは
リアのみが正しいのですが、このオクルマは何故かフロ
ントもオーバーフェンダーでかなりのワイドタイヤした。
パワステなしのステアリングではさぞかし操作が重いと
思うんですけど余計なお世話かも。
DSCN9662-2.jpg
それにしても、この角度からの眺めはいつ見てもセクシー
ですよね。尤も、その時代々により殿方が欲情する対象
(価値観)は変わるものなんでしょうが、タバコ屋を含む
万博世代はこれを見て、鼻から出血する方が多いのは
事実です。
DSCN9643.jpg
かに目で親しまれた大英帝国のオースティン・ヒーレー
です。第二次世界大戦に勝利はしたものの、へとへとに
疲れ果てたイギリスは戦後細々とこのようなオクルマを
世に出し、主に親戚のアメリカに買ってもらっていた訳で
すが、やがて気合十分の我らがNIPPON車、特にブルー
バード1600-SSSや初代フェアレディZの猛烈な殴り込み
により、ジャガーEタイプはもとより、ことごとく駆逐されて
しまったのでした。当時小川ローザのオー、モウレツ!
なんてCMが流行しましたよね。タバコ屋もローザ嬢が押
さえていた下半身のある部分なんかはかなり気になって
いましたけど。
ちなみにお隣はスズキ・フロンテクーペですが、馬鹿にし
ちゃいけません。何を隠そうこのオクルマは当時世界中
に大売り出し中だった、若き日のジウジアーロ氏がデザ
インしたものなんです。ご存知でしたか?。
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ヴィンテージ・ポルシェです。多分550スパイダーです。
若い方はチンプンカンプンでしょうが、かつて戦後間もな
い頃活躍し、残念なことに昭和30年(1955年)若干24才
で自動車事故によりこの世を去ったアメリカの若手スタ
ー、ジェームズ・ディーンが愛用していたオクルマですよ
ね。事故の時もこのオクルマで撮影現場に向かう途中
だったとか。う~ん愛媛にこのようなマニアックな希少車
をお持ちの方がいらっしゃったとは、レストアの状態も完
璧で、もう絶句です。
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多分2代目ポルシェ911です。タバコ屋が同志社大学自動
車部を卒業後の昭和49年(1974年)から10年以上も生産
されたオクルマで初代ナローポルシェと共にポルシェと言
えばこの2代目ポルシェ911の印象が強いです。
ただしサファリ、モンテで我がフェアレディ240Zと死闘を繰
り広げたポルシェは初代の911でした。今回のショーでは
外国車では圧倒的にポルシェが多かったように思います。

さて、出品車の紹介はこれくらいにして、辻田さんご推奨
のギャラリーの方々の愛車をご紹介したいと思います。
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まず度胆を抜かされたのがフェラーリ・テスタロッサでバブ
ル華やかな頃のいわゆるスーパーカーブームの代名詞
のようなオクルマですよね。う~んしかしタバコ屋の好み
ではないので、ご立派と言うしかありません。後方は3代
目のフェアレディZでしょうか。もはや軽快さも躍動感も失
われつつあった頃のモデルで、タバコ屋はあまり多くを語
りたくありません。
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高知からお越しの言わずと知れたフェアレディ240ZGです。
もうレストアの見本のようで、新車同然にピカピカでした。
ZGのカラーは圧倒的にマルーン(あずき色)が多いので
すが、このホワイトも清潔感があってなかなかいいなと思
いました。
DSCN9634.jpg
そのリヤビューです。ZGにかかわるあらゆる文法が満た
されており、どこにもスキがありませんがオーナーの方
は相当なオカネを注ぎ込んだに違いありません。出品車
と比べてもベストで本日の白眉と申せましょう。
DSCN9636.jpg
ビックリしたのは現代のスーパーカーの一つ、マクラーレ
ンMP4・12Cが来ていた事です。公道では滅多にお目に
かかることはないオクルマですがしかも愛媛ナンバーだ
ったのには二度ビックリでした。只今F1ではHONDAと組
んで頑張ってはいますが何分強豪がひしめいているの
で全く勝てません。今や人気のなくなってしまったF1で
すが来年あたり新生マクラーレン・HONDAで初優勝し
てほしいものです。
(関連記事:荒ぶる心 vol.6:マクラーレン物語参照願い
ます)
DSCN9641-1.jpg
そのHONDAがマクラーレンと組んでF1に挑戦し、天才
ドライバーアイルトン・セナを擁してF1を席巻しつつあっ
た頃に開発された初代NSXです。当時としては画期的
なオールアルミのモノコックボディを採用し、国産車初
のミッドシップエンジン搭載のスーパーカーとして衝撃
的なデビューを果たしました。またその走行フィールの
熟成にあたっては、当時の著名なジャーナリストである
ポール・フレール氏やアイルトン・セナを総動員して改良
した結果、NIPPONの自動車史上初めてフェラーリに負
けない国産スーパーカーが出来上がったという訳です。
(関連記事:品性とダイナミズム vol.2:NSXどうやねん
参照願います)
DSCN9641-2.jpg
ただ残念なことに後ろにゴルフバッグが積める様に配慮
したり日本流気配りをしすぎたせいで妙に縦長の扁平な
デザインになってしまい、タバコ屋の好きな塊感の表現
はついに出来ずじまいでした。
DSCN9663.jpg
もうひとつビックリポンだったのはこのオクルマです。皆さ
ん何だと思いますか。タバコ屋はてっきりF1のハミルトン
選手が愛用しているイタリアのスーパーカー、パガーニだ
と思ったのでしたが、全く筋違いで正解はHONDA-NSX
だったのです。
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まあここまでボディを変えてあれば、見分けが付く人はま
ずいないと思います。タバコ屋もコクピットとエンジンルー
ムを覗いて初めてわかったくらいですから。しかし改造も
ここまでくるとNSXもう一台買うくらいかかったのではない
かと思います。本日のビックリ大賞差し上げます。
DSCN9684.jpg
最新のポルシェ911カレラです。ポルシェの美点はモデ
ルチェンジに当たって、基本デザインは変えず時代に合
わせて各部を徐々にリファインしていく方法をとっている
ことです。ギュッと詰まった塊感の中に無駄なラインや過
剰なデコレーションがなく、タバコ屋が好きなデザインの
オクルマ、例えばアストンマーティンやレンジローヴァー
とそのポリシーが良く似ています。一瞬ながらタバコ屋と
自動車部同期で九州のラーメン王こと末永氏の愛車と
見まがうほどでした。
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高知からお越しの方でしたが、ポルシェ911カレラでした。
末永センセのオクルマはこれの上等版で911カレラ4Sと
いう4輪駆動タイプです。ちなみに末永氏はポルシェクラ
ブの会員なのですが、このオクルマもよくよく見るとバン
パー右にポルシェクラブのバッジが貼られていました。
末永センセのお友達かも知れません。
しかしまあこのリア斜めからのお尻の眺めはプリプリ感
があって、タバコ屋ならずともクラクラッと来ますよね。
(関連記事:荒ぶる心 vol.5:ポルシェのこと参照願います)
DSCN9715.jpg
自動車部OBでタバコ屋の3期先輩の小田柿氏もご愛用
のトヨタMRSです。ただしこのオクルマは先ほどのNSX
同様かなりの改造がされていてボディは大迫力です。
一般にはこのようなオクルマのことをコンプリートカーと
言いますが、ミッドシップの本格的なスポーツカーながら
国産車には珍しく非常にシンプルなデザインでしかも控
えめなところがタバコ屋のお気に入りでもあります。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照
願います)
DSCN9717.jpg
そのリアビューですが一体式のオーバーフェンダーあり
~の、エアスリットはあり~の、おまけに羽根が付いてい
て大迫力です。このオクルマのオーナーには申し訳ない
のですが確かに大迫力ではあるものの、やり過ぎです。
見掛け倒しということもあり、やや品性に欠けると思いま
す。おかげでその横の2代目フェアレディZもタジタジ状
態です。
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余談ながら、タバコ屋はこのお気に入りのMRSのドアミラ
ーを流用して愛車Zに装着を試みましたが、奇跡的にも
カーブが一致してピッタリだったという経緯があります。

尚、旧車をレストアするに当たってタバコ屋は完璧なオリ
ジナル復刻派ではなく、ゆるやかな復刻派であり、ホイー
ルや今回の補助ライト装着でもお分かり頂けると思いま
す。ただこれ見よがしの過剰な改造はしたくありません。
(関連記事:好みの基準 vol.4:品性とダイナミズム参照
願います)
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それ以来この恐らく日本で1台しかないと思われるMRS
ミラー仕様フェアレディZ嬢を駆ってお出掛けするのが
タバコ屋の秘かな楽しみとなりました。写真は3年前に
同志社大学自動車部創部80周年大会が京都で開催さ
れた時、母校の今出川キャンパス前で写したものです。
(関連記事:終わりなき旅 vol.1:いざ京都へ参照願い
ます)

手前味噌のような記事になってしまいました。旧車マニア
の辻田さんに煽られて初めて参加させて頂いたクラシッ
クカーショーでしたが、辻田さんの予言通り出品車よりも
ある意味ギャラリーの方々のオクルマの方が見ごたえの
ある車が多かったように感じました。
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蛇足ながらその証拠にタバコ屋は見学するのが目的だ
ったにもかかわらず、駐車していた赤いお嬢ちゃんのま
わりに人だかりが出来てしまい、見学どころかタバコ屋
のオクルマのプレゼンに大忙しとなり、あげくの果ては
やれエンジンルームを見せてくれの、エンジン掛けてみ
ての、ご要望が多く正直見学どころではなかったんです。
ただ唯一の救いとして、タバコ屋のZを見て頂いたある
紳士が「これラリー車でしょう今日のイチオシはこのZや」
と言って頂いたのにはやや顔が赤らみました。

まだまだ面白いオクルマは沢山あったのですが、長くな
るので今回はここまでと致します。今回のクラシックカー
ショーはしご記事、いかがだったでしょうか。牛に引かれ
て善光寺参りという諺がありますが、辻田さんに煽られ
て旧車ショー詣でということになりました。
今回のクラシックカーショー報告記、皆さんは喜んで頂
けたでしょうか。

蘇る青春 vol.1:ああクラシックカー

平成28年11月23日
予告記事にてお話ししたとおり、昨今全国各地で様々
な団体主催のクラシックカーショーが大盛況ですよね。
ただクラシックカーと申しましても我々万博世代がイメー
ジするのは例えばブガッティとか言うような戦前の主に
欧米の純粋なクラシックカーではありません。
ブガッティタイプ35-5
また戦後の昭和20年代から30年代(1950~60年代)の
キャデラックなどのアメリカ車でもなくその後、高度成長
期の昭和40年代(1970年代)に生産された国産車及び
外車のことを指します。正確にはクラシックカーまでには
至らず、言わばネオクラシックカーとでも呼ぶようなオク
ルマ達です。その時期は国産車が力を付け世界に羽ば
たこうとした時期でもあり、我々万博世代にとってはキラ
星のごとく魅力に富んだオクルマが数多く輩出した時代
でした。
トヨタ2000GT-3
トヨタ2000GTを筆頭にS800やコロナ、セリカ、NISSAN
スカイラインGTやフェアレディZ、ブルーバード1600SSS
サニー、チェリー、HONDA-N360やS800、1300クーペ、
三菱ギャラン、ランサー、SUBARU-1000、いすず117
クーペ、ベレットGT、マツダコスモスポーツを始めカペラ
サバンナGTともう宙暗記ですらすらと車種名が言えるく
らい、あの熱病にうなされたような10年間(昭和40年~
50年)は国産車の夢の時代とも言え、その後は世界的
に排気ガス規制が厳しくなってその夢の時代はついに
終わったのでした。
(関連記事:GTのお話し vol.1参照願います)
懐かしの風景1
ちょうど我々戦後団塊世代の端世代である万博世代
(タバコ屋の造語です)はその頃に青春時代を過ごした
訳で、忘れようたって忘れられるものではありません。
やがて就職、結婚、子育てと無我夢中で走ってきて
ふと気が付くと人生の黄昏を迎える年となり、かつて若
かりし頃のホロ苦くも甘酸っぱい思い出に浸ることが多
くなっているのはタバコ屋だけではないと思います。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ vol.2参照願い
ます)
梅ちゃん先生16-1
そんな頃を見計らって、各地でクラシックカーショーなる
青春思い出フェスティバルが開催されるとなると、その
かつては若かったおっさん連中が殺到するのも無理は
ないと思うんです。一服の清涼剤の如くそこに行った間
だけでもかつての青春時代が蘇るような気がするので
はないでしょうか。
(関連記事:好みの基準 vol.6:セカンドカーのこと参照
願います)
著作4
余談ながら様々な趣味のカテゴリーにおいて、特別な
こだわりを持つ人のことを一般的にはマニアと言います
がオクルマ業界ではイラストレーターの故渡辺和博さん
が発明した用語のエンスー(エンスージアストのこと)と
言ったりします。また昨今ではオタクと言ったりしますよ
ね。そのエンスーやオタクのおっさん連中が我先にと集
まるのが昨今のクラシックカーショーなんです。
(関連記事:時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと参照
願います)
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長い前置きとなりました。恥ずかしながらタバコ屋はつい
昨年までそのクラシックカーショーなる思い出フェスティ
バルに行った事がありませんでした。それをそそのかし
た人がいるんです。松山市にお住まいのTさんと言いま
すがどうせわかるのでバラしますと辻田さんという方で
す。もう10年以上のお付き合いでそもそもタバコ屋の店
(スーパー)の食品売場の冷蔵、冷凍ケースをやりかえ
る時、ご縁あって施工頂いた業界大手の福島工業と言
うメーカーの担当者だったのですが、ウマが合ったのか
その後もお付き合いが続き、最近では数年前、弊社の
ジュース製造工場の冷凍庫もその方のお世話になりま
した。
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その辻田さんは私より数年先輩のおっさんで若かりし頃
はMAZDAのディーラーメカニックを皮切りにオクルマ業
界を歩き、最後は冷蔵庫屋さんに落ち着いたと言う変り
種です。ちなみにお住まいは道後の奥の溝野辺という地
区の大地主さんで定年退職後はタバコ屋同様、農業に
チャレンジしています。ちなみに彼の愛車は多分MADE
IN大英帝国のローヴァー400だと思うのですがそうだと
するとかつて我がHONDAがローヴァーと親戚関係にあ
った頃の作品で、エンジンはHONDA製ということになり
混血ハーフレディであると申せましょう。タバコ屋が「これ
下さい!」などとHONDAディーラーで叫んだ初代レジェ
ンドが開発された頃、ローヴァーサイドが発売した懐かし
いオクルマです。辻田さんのご趣味を反映しているのか
どうか、このオクルマは大英帝国製らしく押し出しは控え
めでお品がよく、俺が俺がと言ったドイツ野郎のアクの
強さは微塵も感じられません。
ちなみに彼の以前の愛車はオースティン・ミニでゲタ代わ
りにHONDAモンキーを3台所有また奥様は初代MAZDA
ロードスター御用達につき、相当なエンスー一家と言わ
ざるをえません。
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その辻田さんが昨年、松山城のふもとの公園で恒例行
事として「四国松山ノーマルレトロカーミーティング」とい
うのがあるんやけど一緒に見に行きませんかとお誘い
がありました。彼もバリバリのエンスーにて3度のメシよ
りオクルマが大好きにて、タバコ屋が地獄のレストアを
経て赤いお嬢ちゃん(フェアレディZ)を所有していること
は承知の上でのことでした。それまでレストアのことで
頭が一杯のタバコ屋でしたが、その地獄の5年も一段落
したため、意を決して見学に行くことにしました。
タバコ屋の場合島からフェリーで松山まで渡る必要が
あり、結構手間のかかる事ながら楽しみのためなので
苦にはなりませんでしたが当日のフェリーは半ば貸切り
状態でした。東京お台場等で開催される大規模なミーテ
ィングには程遠いもののそれなりに風情があり結構はま
ってしまったタバコ屋でした。
DSCN9577.jpg
さて今年のレトロカーミーティングです。例によって辻田
さんからお誘いがあり、出かけることになりました。
いきなりMAZDAロータリーコスモスポーツが鎮座してい
ました。当時はコスモの名の通り宇宙船か何かのイメー
ジがあり、浮世離れしたオクルマとしてタバコ屋はただ
雑誌等で見てるだけ~の存在でしたが、今現実に拝見
しても現実生活とはかけ離れた夢のオクルマとしての印
象が強かったように思います。ちなみに後方にその辻田
さんと親友のオジサンが写っています。
DSCN9585.jpg
懐かしの先代スカイラインGT-Bです。NIPPONのレース
草創期に式場壮吉氏操るポルシェ904と生沢徹氏の駆る
GT-Bが日本GPで大接戦を演じ、ただ1周だけポルシェ
を抜きその前を走ったということで当時の観衆が熱狂し
たというレジェンドを持つオクルマですよね。しかしポル
シェ904は純粋なレーシングカーでありGTBはいくらチュ
ーニングしたところで所詮は実用セダンであったため、
レースは当然ポルシェの勝利でした。
DSCN9592.jpg
その後継車であり桜井真一郎氏率いる旧プリンス技術
陣の渾身の作品であるスカイライン2000GTRです。これ
は箱スカと呼ばれる初代でも後期タイプで最も洗練され
たデザインを持っています。いわゆるネオクラシックカー
を代表するオクルマの一つでしょう。
DSCN9587.jpg
エンスーの皆さんには見慣れた風景ながらGTRの心臓
部はレーシングカーR380の直系であるS20エンジンで
す。今でこそあまりビックリするものではありませんが、
当時としてはレーシングエンジンをデチューンしたものと
して夢のようなエンジンでした。それにしても当日のオク
ルマは素晴らしいレストアコンディションで博物館レベル
だと思いました。余計なことながら当時のGTRにはストラ
ットタワーバーは付いていません。
DSCN9593.jpg
サニー1000です。もう懐かしくて涙が出そうになるオク
ルマです。何故かと申しますと私の父が初めて買った
乗用車がこのサニー1000-4ドアセダンで、タバコ屋が
同志社大学自動車部に入部したての頃で、島でもまだ
乗用車は珍しい時代でした。父親も嬉しかったのでしょ
う、用もないのによく島内を乗り回していたのを覚えて
います。うっすらと記憶にあるのはタコメーターが備わっ
ていたのでデラックスタイプを奮発したのだと思います。
チェリーX1-17
それにしてもこの初代サニーはとてもシンプルなライン
と面で構成されていて、今見てもGOOD-DESIGNだと
思います。このいじらしいほどのつつましいデザインの
おかげで非常に軽量で1,000ccのOHVエンジンながら
極めて軽快な走行フィールだったように記憶しています。
後からわかったことですがそのエンジンはA型エンジン
と呼ばれNISSANの傑作エンジンの一つに数えられ、
その後の意欲作、チェリーにも搭載されました。
(関連記事:好みの基準 vol.5:懐かしのチェリーX1
参照願います)
DSCN9601.jpg
言わずと知れた初代カローラです。いにしえより三河武
士は家康を筆頭に底意地が悪くえげつないことで知られ
ていますが(豊臣家を騙し滅亡に追いやった超A級戦犯)
この尾張名古屋製のカローラもプラス1,000ccの余裕と
いうキャッチフレーズで、排気量を1,100ccとし、サニーを
出し抜き一躍日本を代表するファミリーカーにのし上がり
ました。サニーも負けじと1200ccにアップし「隣のクルマ
が小さく見えま~す」なんてCM流しましたがもう手遅れ
で、その顧客ファーストの巧妙なプチ贅沢スペックにより
サニーはもう二度と覇権を取り戻すことは出来ませんで
した。

それはともかく、良くも悪くも当時の日本を代表するオク
ルマであるカローラはあれよあれよという間に世界でも
NO.1の量産車となり世界のベストセラーVWビートルや
ゴルフを差し置いて世界で最も沢山生産されたオクル
マとなりました。これは我々NIPPONの誇るべき出来事
ではないでしょうか。

原点に返れとは巷間よく言われる言葉ですが、この初
代カローラのデザインは今改めて見ると、シンプルで
余分なラインがなく、また日本の感性を表現したとも思
えるやわらかな曲線を多用していますよね。世界のベ
ストセラーとなったのも頷けるようなGOOD-DESIGN
だと思います。
2 花脊峠
このブログに度々ご登場頂く京都の平尾センセもかつて
紅顔の美青年だった頃、即ち同志社大学自動車部1回
生の頃に、多分ご両親におねだりして買ったのだと思う
のですが、そのカローラの新車(多分スポーツタイプ)を
購入し、さっそくラリー車に改造、その後大学主催ラリー
を荒らしまわり、同志社に平尾ありと言われる素地を作
ったいわくのオクルマが京都の山奥の雪道で悪戦苦闘
しているシーンです。
(関連記事:校長先生の青春 vol.1:ラリーへの熱き思い
参照願います)
DSCN9620.jpg
トヨタカリーナSRハードトップです。このオクルマ自体は
セリカの兄弟車で、地味なのがお好みのお方はこちらを
どーぞといって開発されたオクルマなんですが、エンジ
ンルームを拝見してビックリ仰天しました。
DSCN9619.jpg
もうこの世のものとは思われないような磨き方をされて
いて、どこもかしこもピカピカ状態、指紋も手垢もオイル
のシミも皆無で、しかも各部が顔が映るくらいに磨き込
まれていました。ここまでくるともうやり過ぎというもので、
ちょっと腰が引けましたがそれもそのはず、実はキカイ
の研磨剤を売り込むメーカーさんが出品していたデモカ
ーだったんです。そらもうガマの油売りの大道芸人よろ
しくセールスのおっさんは得意げに説明していました。
見物の数人は「それ下さい!」と言っていたみたいです。
DSCN9622.jpg
わざわざ神戸から松山までお越しの2代目フェアレディZ
嬢です。アメリカで爆発的に売れた初代を引き継ぎ、主
に空気抵抗の軽減を図った改良を施したモデルです。
オーナーさんには申し訳ないのですが、確かに空気抵
抗係数は格段に向上したのでしょうが、初代Zの軽快で
躍動感溢れるデザイン
は消滅しダルくて(失礼)鈍重な
イメージとなってしまいました。2代目は初代の大ヒット
を受け継ぎ、販売台数は過去最大を記録した成功作で
したが、その後のオイルショック等により初代Zのコンセ
プト即ち軽量スポーツGTカー(タバコ屋の造語です)か
らお座敷仕様の鈍重なGTへと変身していくプロローグ
となったオクルマでした。すみません酷評で。
(関連記事:好みの基準 vol.7:カーデザイン参照願い
ます)
DSCN9617.jpg
サニー1000同様涙が出るほど懐かしいHONDA-N360
(通称Nコロ)です。その訳は以前の記事で何度もクドク
ドと取り上げていますので、改めて申すことでもありませ
んが、タバコ屋が地獄の自動車部3回生の時、卒業され
る大伴先輩より大枚2マン円で譲り受けたオクルマだっ
たからです。
DSCN9616.jpg
4サイクルOHC2気筒エンジンは正直バイクエンジンで
非常にレスポンスがよく小気味良く7,000回転くらいまで
吹け上がるソレは当時の若かりし頃のタバコ屋にとって
はとても魅力的で、他の国産軽四カーとは一線を画して
いたと思います。おっさん世代に今でも熱烈なHONDA
ファンが存在する原点は案外このNコロあたりにあるの
ではないでしょうか。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)
DSCN9595.jpg
はるばる福岡からご出品頂いた、ご存知HONDA-S800
です。Nコロ同様HONDA-DNAの原点とも言えるオクル
マで、タバコ屋の独断ながら本田宗一郎はこのS600、
800でまず世に自らの志を示し(ショーバイ抜きで)、次
にN360でショーバイのネタにしたというところでしょうか。
ショーバイ抜きだけあって、エンジンはわずか800ccなが
ら当時としては高度なメカであったDOHCを採用し8,000
回転くらいは軽く回せるというこれもバイクエンジンの
四輪車版でした。余計なことながらS600、800の基本設
計は元航空エンジニアでHONDA-F1の総監督も務めた
中村良夫さんだとお聞きしています。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
DSCN9597.jpg
余談ながら10年ほど前に、還暦を間近に控えたタバコ
屋は死に土産として手に入れるオクルマとして、今まで
乗った事のないこのS800かそれともフェアレディZか随
分迷ったのでしたが、結局S800はあまりにもサイズが
可愛らしすぎるので、若干の実用も考えてフェアレディZ
に決めたのでしたが、その決断が5年間のレストア地獄
を招こうとは当時夢にも思いませんでした。
DSCN9626.jpg
ダイハツ-ミラの商用パネルバンです。出品車ではありま
せんでしたが、どうもこのイベントにピザか何かを売りに
来ていた業者さんのオクルマのようでしたが、タバコ屋が
以前から気になっていたシロモノです。ショーバイ用に割
り切った非常に合理的なデザインがされており、フランス
のシトロエンにも通じるエスプリが感じられます。でも実
際の使い勝手というか荷物の収容能力は大したことは
なく現代の軽四ハイトワゴンにははるかに劣ります。
要するに横文字ショーバイのお店や花屋さんあたりが
おしゃれに荷物を運ぶためのファッションカーというのが
真相です。
DSCN9611.jpg
やや興ざめしたのは会場の特等席に現代NIPPON最先
端のスーパーカーであるNISSAN-GTRがドンと飾られて
いたことです。もう何もかにもが超弩級スケールでそこの
けそこのけGTR様のお通りである、といった風情でただ
息を飲むばかりと申しますか、息苦しくなるというのが正
直な実感です。
DSCN9612.jpg
タバコ屋を含む万博世代が知っているGTRと言うのは、
当時としては腰を抜かすほどの高性能、大迫力のオク
ルマではあったものの、現代のGTRから見ればそれは
それは、ささやかで控えめなマシンであったことが今更
ながら思い起こされます。う~ん、体力はニューNSXと
互角なんでしょうけど、3丁目の夕日トレンドのタバコ屋
としては両車ともどうしても馴染めないのはお年のせい
なんでしょうかね。
(関連記事:品性とダイナミズム vol.2:NSXどうやねん
参照願います)

会場にはまだまだ沢山の興味深いオクルマが出品され
ていましたが、例によってタバコ屋流の長たらしい記事
になってもいけませんので、今回はこの辺で留めておき
ます。というのも例の辻田さんが今度は高速道路沿い
の石鎚山サービスエリアでこれまた毎年開催されてい
る別のクラシックカーショーにも行こうや~と言いだして
(クラシックカーショーのはしご)それがこのイベントの翌
日ときたもんですから、タバコ屋はモノ好きなことに松山
に泊りがけで翌日のショーへも行くことになったのです。
バカですよね。その模様は次の記事にて。お楽しみに。

次の記事の予告 vol.7

平成28日11月15日
昨今やたらと全国的にクラシックカーショーが大盛況で
すよね。愛好会主催あり、また町おこしの一環で自治体
や商工会等の主催ありで百花繚乱(ひゃっかりょうらん)
の模様です。出品(出車)される方もさることながらそれを
見に行くギャラリーは我らが万博世代が中心のおっさん
だらけときたもんですから、もう笑ってしまいます。
結局今後のNIPPONのトレンドリーダーと言えば、何の
こともない我らが万博世代のおっさんということじゃない
でしょうか。若人よおっさんをなめたらいかんぜよ!。
DSCN9577.jpg
多忙にかまけ、新しい記事の更新が出来ていませんが
次回はそのクラシックカーショーの話題をお届けしようと
思います。お楽しみに。

品性とダイナミズム vol.2:NSXどうやねん

平成28年10月16日 【ブログ閲覧4万人突破記念号
この度鳴り物入りで発売された帰国子女(アメリカ製の)
スーパーカー二代目HONDA-NSXのことです。もう数年
前からそのコンセプトモデルは発表されていましたので、
デザインやメカは皆さんもうすっかりご存知のことだと思
います。
市販型新NSX-39-1
どうも基本コンセプトと駆動部分の開発は日本が手掛け、
パッケージング(基本コンセプトに基づく骨格、足回り、
縦横高サイズ、各種パーツ配置等、全体のレイアウトや
素材等の仕様決定)やボディデザイン(造形)の開発を
アメリカが担当したようです。
エンジン製造はオハイオ州アンナにある工場で行い、
その他の部品製造と最終組み立ては同じくオハイオ州
のメアリーズビルHONDAオハイオ工場の隣に今回新設
されたパフォーマンス・マニュファクチャリング・センター
(P・M・C)という舌を噛みそうな名前のNSX専用工場で
行なわれます。
NSX工場(PMC)1-1
その理由は主たる販売先はアメリカなのでアメリカで製
造するべきであるというのが以前からのHONDAの方針
であり、かつて昭和57年(1982年)日本のメーカーでは
いち早くオハイオ州のメアリーズビルに工場を建設し、
アメリカ進出を果たしました。当時の生産車種は主に
アコードでしたが、そのゆかりの地で今度は世界屈指
のスーパーカーNSXが生産されることになったのです。
(関連記事:オハイオの夢参照願います)
NSX工場(PMC)5
いよいよ生産を開始したNSXですが、塗装ロボット等最
新鋭のハイテク設備は導入してはいるものの、特別念
入りな工程が要求されるせいで、かなりの部分がハンド
メイドに近いため年間生産量は僅か1,500~2,000台に
過ぎず、日本への割り当ては初年度100台だそうです。
マクラーレン650Sスパイダー6
これはマクラーレンのスポーツカー650Sの年間生産台
数とどっこいどっこいで、世界有数の量産メーカーであ
るHONDAにとっては歯がゆいような台数ですが、スー
パーカーというのはこの程度の台数でないと希少性と
クオリティの面でプレステージが保てないのだと思いま
す。しかしまあ、全然儲からないNSXのために専用工場
を作るなどはHONDAにしか出来ない暴挙?でその決意
の程やアッパレ!と言うしかありません。
販売ブランドは当然アキュラで、アキュラを展開してい
ない日本等ではHONDAブランドで販売するようです。
NSXⅡ-92
スーパーカーであるNSXのスペックを申し上げても所詮
浮世離れしたものですので意味はありませんが、ご参考
のために申し上げますと動力は1基の電気モーターを組
み込んだ3.5L-V6・DOHC ツインターボエンジンをミッド
シップに搭載し、9速!DCT(デュアルクラッチトランスミ
ッション)のATを介して後輪を駆動するとともに、2基の
電気モーターで左右前輪を別々に駆動制御する、いわ
ゆるハイブリッド4WD(SH-4WD)システムを採用してい
ます。時代のトレンドの最先端ではありますが駆動部分
のメカニズムは我々庶民にはチンプンカンプンで極めて
複雑かつ理解しづらいものになっています。
(関連記事:東京モーターショー異聞 vol.5:国産車編
参照願います)
NSXⅡ-82
まあHONDAらしいといえばそうなんでしょうが、はっきり
言って懲りすぎです。その結果ボディにアルミやカーボ
ン樹脂やプラスチックを多用しているにも拘わらず車両
重量は1.7t強もあるのです。その犯人の大部分は複雑
な駆動システムにあると思います。
NSXⅡ-93
性能は申し分ないもので、エンジン部分で500馬力+α
それに前輪2個の電気モーターによるおまけ分が80馬
力で合計580馬力となり世界の一流スーパーカーと比較
して遜色のないものとなっており、ちなみにスタートして
時速100kmに達するまでのお時間は3秒!、最高時速
は307kmだそうでそんなに急いでどうするのと言いたく
もなりますがスーパーカーにとってはその性能を発揮す
る場所のあるなしに拘わらず自身の存在価値に関わる
身分証明書(アイデンティティ)のようなものでしょうか。
ただ意外なのは加速力に比べ最高速が今一つなのは
重量が1.7tもあることが災いしているように思います。
つまりパワーウエイトレシオが今一つなんです。
市販型新NSX-36-1
余談ながら、元ニッサンワークスドライバーの黒沢元治
さんもNSXのサーキットにおけるロードインプレッション
で駆動部分の重さが運動性能に悪影響を与えている
ことを指摘していました。タバコ屋もメカオンチなりに理
解するところがありましたが、さすがプロですよね。
新NSXアロンソ2
余談のおまけとして、初代NSXの場合はかのポール・
フレール先生や天才ドライバー、アイルトン・セナ!が
走行フィールの熟成開発に濃厚に関与していた事は
知る人ぞ知る裏話ですが、二代目NSXの場合はそうい
うドラマチックなことは起こらず、マクラーレン・HONDA
のエースドライバーであるF・アロンソがいわば宣伝の
ためにちょこっとサービス試乗した程度でしょうか。
918スパイダー11-1
NSXは世界の名だたるスーパーカーの中でも駆動メカ
に関する限り極めて特殊なもので同じメカを採用してい
るのは僅かにポルシェ918スパイダーのみです。ちなみ
に918のお値段はこれまた浮世離れした8,000万でそれ
も世界限定918台の生産というダジャレみたいな極少生
産車にて現在は生産終了のため正規の購入は出来ま
せんからプレミアムが付いて数億円で取引されている
であろうというしろものです。
(関連記事:沖縄巡礼 vol.4:気がかりなこと参照願い
ます)
458イタリア1
一方二代目NSXはアメリカで1,800万程度、日本で2,370
万(アメリカからの輸入車価格)というスーパーカーとし
てはごく平均的なレベルながら我々庶民から見ると目が
飛び出るまえにそもそも無視してしまうというプライスで
すよね。ライバル(仮想敵)としてはズバリ、フェラーリ458
イタリア(後継フェラーリ488)またはポルシェ911ターボで
しょうか。
ポルシェ911-2
スーパーカーにとってある意味その性能やメカ以上に
大切なのがボディデザインだと思いますが、新型NSXの
エクステリアデザインはHONDAの最新の記号(モチーフ)
を採り入れた斬新なものだと思います。
NSXⅡ-7
まず全体のフォルムですが初代NSXのやや扁平な塊感
に欠けるデザインに比べるとダイナミックな塊感はグッと
増して好ましいものになりました。ただしミッドシップ2シー
タースポーツカーということでキャビンがやや前寄りなの
は仕方がないにしてもルーフのカーブの処理がまずく
(後方部を削りすぎて)余計、前のめり感と胴長感を与え
てしまっています。フロントAピラーの立ち上がりをもう少
し後ろから始めるのと、ルーフの後方ラインを改善すれ
ばバランスが取れてうまくいくと思うのですが、残念です。
HONDAのデザイナー諸君、こういう時はタバコ屋に一言
相談しなさい。
(関連記事:燃えよ剣参照願います)
市販型新NSX-47
フロント部ではお口パックリは良しとしてもおメメはLED
ライトが左右6個づつ合計12個も付いており評価が分か
れるところです。お鼻にはソリッド・ウイング・フェイスと
いう最新のHONDAのモチーフが組み込まれています。
HONDAとしてはこれを今後のアイデンティティ(HONDA
らしさ)にしたいのだと思います。
その結果、お顔は流麗な躍動感はあると思うのですが、
おメメのデザインに違和感があり正直あまり心ときめく
デザインだとは思えません。シャープ過ぎてキツい印象
が強すぎます。ニャロメの警官顔になっても困りますが
もう少し温かみのある大き目のおメメにして欲しかった
です。HONDA of アメリカの感性とはこういうものでしょ
うか。でもこの意欲的な近未来的デザインに対して素人
の軽率な意見は控えねばなりません。
NSXⅡ-85
サイドからリアにかけてですが、しろうと考えながらサイ
ドのエアインテークの開口部がやや小さく、容量不足だ
と思います。システムが複雑だけにすごい熱を発生する
はずですから、いずれ改良を余儀なくされるでしょう。
新フォードGT-16
ただこのリアクオーター部のユニークな点はCピラーが
ボディ部とフェンダー部に分離して隙間があるという点
で、この手法は古くはフェラーリ348や、かつてルマンを
席巻した名車フォードGT40の復刻版である最新のフォ
ードGTでも採用されていてNSXよりもっと極端にデザイ
ンされていますので一つのデザイントレンドなんでしょう。
ちなみにこのオクルマは世界限定500台のみの生産で
おネダンは日本円にして4,200万だそうですが、購入申
し込みは7,000件に達したと言いますからもうあきれます
よね。ま、スーパーカーとはこういったたぐいのモノなん
でしょうけど。
(関連記事:アウディの挑戦:栄光のルマン参照願います)
市販型新NSX-52-4
リアエンドは初代のNSXがトランクスペースを確保する
ため極端に長く不細工だったのに懲りて短くしたようで
すがそれでも重く大きなエンジン・ミッションを収めるため
と若干のトランクスペースを確保するためか、お尻部分
が妙に膨らんでおりスポーティさに欠けます。タバコ屋
の個人的な好みで言えばスパッと切り下ろしたいわゆる
コーダトロンカが好きなんですけどね。
市販型新NSX-64
この透視図を見て頂ければおわかりでしょうが、リアエン
ドのダルい膨らみはエンジン、ミッションのせいではなく
トランクスペースの確保かあるいはデザインのこだわり
によるものなのが見て取れます。従いましてメカのせい
ではないかというタバコ屋の思い込みは撤回致します。

もう一点指摘したいのはレジェンドでも失敗していますが
ナンバープレートの位置をバンパー下へ持ってくるとトラ
ンク部が間伸びしてしまい緊張感やメリハリに欠けること
なんですが、NSXも同じ過ちを犯しています。
具体的な処方箋としてはロゴマークはフロントのみとし、
リアにはACURA NSXまたはHONDA NSXのロゴを上
部にその下にナンバープレートを配置すれば完璧です。
インプレッサWRX-10
また欲を言えば、エキゾーストパイプはチマチマとセンタ
ーでまとめずに、丸くぶっといのを2本づつ左右に出して
欲しかったです。少なくとも後続車を近付けないための
抑止効果はあると思うんですけど。
そうなると、エキゾーストパイプ内側の整流用ディフュー
ザーフィンも大きくすることが出来、視覚的にもより迫力
が増すことでしょう。
市販型新NSX-49-1
ついでながら、ナンバープレートの位置に関してフロント
はお鼻の正面にくっ付けていて見っともないです。
道交法できまりがあるなら別ですがこれは逆にもっと下
に下げるべきです。
1市販型新NSXコクピット-2
さてインテリア&コクピットですが、近未来的かつ個性的
なデザインだと思います。ただ機能的には大きなタコメー
ターが正面に1個でスピードやその他の表示があれこれ
組み込まれており見づらいという意見が多いこととNSX
の特徴である4つの走行モード(Quiet・Sport・Sport+
・Track)やATのレンジ切り替えスイッチがレジェンドの
パクリと思われるデザインでセンターコンソール位置に
収まっていますが、その操作方法が今一つで使い勝手
が悪いという意見が多いようで、デザイナーは要反省。
1市販型新NSXコクピット-2-1
また機能以外ではやたらにメタルが多用されてギンギ
ラギンのコクピットとなっており、ダイナミズムはともかく
品性は到底感じられない仕上がりとなっています。
う~ん、これが現代アメリカの感性なんでしょうか。
ディスカバリースポーツ6-1-2
これはランドローヴァーのSUV、ディスカバリースポーツ
のコクピットで、カテゴリーも違い例えが適切ではないの
は承知ながらメタルの使い方を始めその控えめで洗練
されたデザインには得も言えぬ品性とプレステージが漂
っており、ここだけのお話しながらタバコ屋の最も好きな
コクピットデザインなんです。もしこのコクピットに1日中
座っていろと言われても何の苦にもならないと思います。
ディスカバリースポーツ6-1-4-1
コクピット正面はタバコ屋好みの2つのアナログメーター
がシンメトリカル(対称的)に配置されていて、シンプル
かつ視認性も良好です。またセンターコンソール部も
カーナビ等のマルチディスプレイ、エア噴出し口、アナ
ログダイヤル式の各種コントロールスイッチ部と続き、
非常にわかりやすく使い勝手が良いと思います。また
メタルもそこかしこに程よく!散りばめられており心憎
い演出によりプレステージ感を表現しています。
ただ、走行レンジセレクターは只今ダイヤル式が世界
中大流行ですが、タバコ屋はレバー式の方が正しいと
思っています。またサイドブレーキも電磁式よりは機械
レバー式の方が安心感があります。
ディスカバリースポーツ6-1-12
このデザインのキモはメーターフード以外ダッシュパネ
ル上に突起がなく極めてクリーンに仕上げられている点
で、それがまたタバコ屋のお気に入りということなんです
が、ま、NSXはアバンギャルドであり一方ディスカバリー
スポーツはトラディショナルですから単純比較は難しい
と思います。
ローヴァー3500-3
若い方はご存じないでしょうが、思えばかつてHONDAは
ローヴァー社と提携していた時期がありました。昭和50
年代後半(1980年頃)にHONDAは高級セダンの開発を
目指していましたが製造経験もノウハウもなかったため、
提携先のローヴァー社に教わることにしました。
すでにローヴァーは元祖高級SUVのレンジローヴァーや
カーグラフィック編集長の小林彰太郎氏が絶賛し愛用車
でもあった高級セダン、ローヴァー3500を製造していて、
HONDAはその弟子として高級セダンのイロハをローヴァ
ー社から学び、発売したのが初代レジェンドでした。
初代レジェンド-1
当初アコードハッチバックからアコードセダンに乗り換え
るつもりだったタバコ屋はその壮大なプロジェクトを知る
に及んで意味もなく感動し、さっそくディーラーに押しか
け熱病患者の如く「このレジェンド下さい!」と衝動的に
叫んだのを覚えています。小林彰太郎氏がローヴァー
を絶賛しており、そのローヴァーとHONDAの混血児なら
さぞかしベッピンさん!やろなと単純に考えたのかも知
れません。確かに初代レジェンドにはそこかしこに欧州
車、それもローヴァーの品の良い香りが漂っていました。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)

残念なことにその後HONDAはローヴァー社との提携を
解消してしまったのでしたが、今でもその親戚関係が継
続していれば、今回のNSX開発にあたってせめてコクピ
ットデザインにはもう少しイギリスの品性が生かせたの
ではないでしょうか。メタルの使い方とか。
(関連記事:好みの基準 vol.7:カーデザイン参照願い
ます)
NSXⅡ-77-1
話しをNSXに戻します。立派なシートの後ろには荷物ス
ペースというものがほとんどなく、ちょっとしたカバン等を
置く場合は助手席を使うしかありません。同乗者がいる
場合は手荷物置場はおひざの上もしくはリアトランクと
いうことになります。スーパーカーには忍耐が必要です。
市販型新NSX-52-1
さて我々庶民にとって日常生活には全く関係ないと思わ
れるスーパーカー二代目NSXについて長々とご説明した
訳ですが、結局NSXどうやねんということになるとこれは
高額な絵画、骨董のカテゴリーと同様のものであり、好き
か嫌いかということであって客観的な評価は難しいと思
います。

ここで長年にわたり自称元HONDA-PTA会長を拝命した
タバコ屋の意見を言わせてもらえば、HONDAが技術の
粋を結集して作ったNSXであり、世界に誇るオクルマ芸
術品が出来た訳で、その執念には敬意を表しますが、
メカに懲りすぎて重くてアメリカンなヘビースーパーカー
になってしまっています。何故このようなことになったか
と言うとそもそもHONDAのフラッグシップカーたる次期
NSXをどのようなものにすべきか、そのコンセプト及び
イメージをまとめるプロデューサー(プランナー)の感性
をカタチにした結果がそうなったのだと思います。

ただしそのアメリカの感性なるものは、現行のレジェンド
がアメリカ主導の開発となり、タバコ屋はことごとく失望
の悲哀を味わっているだけに、今回「NSXよおまえもか
と言いたくなってしまいます。
(関連記事:好みの基準 vol.4:品性とダイナミズム参照
願います)
ラ・フェラーリF150-21-1
世界の一流スポーツカーはポルシェ、フェラーリを始め、
ジャガー、アストンマーティン、マクラーレンと言ったとこ
ろでしょうが、例外なく強烈なアイデンティティ(自己証明
書)を持っています。それはすべてレースで培われたも
ので唯一の例外は元トラクターメーカーのランボルギー
ニのみではないでしょうか。
NSX10.jpg
ではHONDAのアイデンティティとは何かと言うと初代の
NSXが開発された昭和60年代、F1においてマクラーレン
と組み、また天才ドライバー・アイルトンセナを擁して連
戦連勝しHONDAエンジン以外ではF1で勝てないと言わ
しめた当時のイメージではないかと思います。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.4:絶頂期参照
願います)
F1マクラーレンホンダMP4・5-2
世界中を席巻したそのエンジンとは当初1.5L-V6ターボ、
ターボが禁止された後は3.5L-V10、3.5L-V12と続きま
した。そのイメージをNSXに生かすとすれば今回の3.5L-
V6ツインターボというのは妥当なものかもしれませんが
スーパーカーというのはある意味究極の贅沢、無駄が
必要であり、その意味ではV6というのはポテンシャルは
別にしてやや貧弱でチープなイメージがしてしまいます。
(関連記事:荒ぶる心 vol.6:マクラーレン物語参照願い
ます)
F1マクラーレンホンダMP4・5B-10
他のスーパーカーとの差別化の意味でも当時マクラー
レン・HONDA-MP4/5に搭載されアイルトンセナを世界
チャンピオンに導いた3.5L-V10エンジンをツインターボ
化し、550馬力+αを確保すればエンジン内に電気モー
ターを組み込むなどと複雑なことをしなくても済んだの
です。それにフロント2個の電気モーター80馬力のアシ
ストで630馬力程度は可能なはずで、仮にそうなると、
ポルシェ、フェラーリ、マクラーレンと互角どころかいき
なり優位に立てようというものです。
(関連記事:燃えよ剣 vol.2:HONDAの挑戦参照願い
ます)

ちなみに、他のスーパーカーメーカーは同一ボディに
2種類のエンジンを用意する場合が多いのでその意味
ではNSXも3.5L-V6と3.5L-V10を選択出来るようにす
れば解決するのですが、所詮は無い物ねだりと言うも
のでしょう。

ただしそんな恐ろしい性能を公道で試す場所はどこにも
ありませんから、オーナーの心の余裕として持っておく
べきことなのです。プレステージとはそういうものです。
そこのところがHONDAの頑固なエンジニアはどうしても
理解出来ないようです。
(関連記事:好みの基準 vol.4:品性とダイナミズム参照
願います)

さて今回のテーマである品性とダイナミズムについて
二代目NSXはどうなのかについて結論を申し上げねば
なりません。他のスーパーカーとは似ていないHONDA
独自のダイナミックな躍動感は感じますが、品性につい
てはアメリカンな内外デザインにてタバコ屋の好みでは
ありません。またダイナミズム特にメカについてはメチャ
複雑なやり方でそれを実現していてタバコ屋がイメージ
するシンプルかつダイナミックなプレステージの演出が
なされているとは思いません。それは重量が1.7t以上
あることでも明白です。
(関連記事:ブランドに秘められたもの vol.2:外国車
参照願います)
フェラーリ348-6
あえてタバコ屋の好みの事例を挙げるとすればボディ
デザインでは今はもうクラシックになりつつあり、古臭い
と言われるでしょうが、昭和64年(1989年)に発表された
フェラーリ348でしょうか。初代NSXと同時代のライバル
として同じミッドシップカーとしてピニンファリーナは過去
最高のオシゴトをしたと思います。
フェラーリ348-3
今回NSXで指摘したデザインの難点をこの348はすべて
見事に解決しています。タバコ屋のイメージする品性と
ダイナミズムというのはこういうものです。今見ても惚れ
惚れするプロポーションですよね。
(関連記事:好みの基準 vol.7:カーデザイン参照願い
ます)
エンツオ・フェラーリ4

尚、蛇足ながら日本人の名誉のために付け加えますと
フェラーリのデザインは近年外部のカロッツェリア(車体
架装業者)に頼ることなく社内でやることが多くなりその
一例としてエンツオ・フェラーリがあります。このボディ
デザインは当時フェラーリに在籍していた日本人デザイ
ナーのケン・オクヤマこと奥山清行氏が手掛けました。
彼は帰国後優秀な工業デザイナーとして多方面で活躍
し、JR新幹線の各種車両デザインにも深く関わっていま
すよね。
(関連記事:チンケとモダン参照願います)
エンツオ・フェラーリ5
ちなみに、このオクルマのフロントフェイスはタバコ屋に
とって348の次にお気に入りのデザインです。何故かと
申しますと、モダンでシンプルなデザインながら塊感と
躍動感(ダイナミズム)が表現されているからです。いっ
そケン・オクヤマ氏にNSXのデザインをしてもらったら
良かったかも知れません。尚このデザインはM・シュー
マッハが活躍した当時のF1カーがモチーフとなっていま
す。また先ほどの記事でNSXのサイド・エアインテーク
開口部が小さいと申しましたが、せめてエンツオ程度の
大きさにはすべきです。
市販型新NSX-48-1
NSXも最新の空力理論に基づく現代のダイナミズムが
存分に表現されているのでしょうが、タバコ屋世代には
それが十分理解出来ないのかも知れません。
古い奴ほど古いものを欲しがるものでございます??。
市販型新NSX-48
ちなみに上2枚の写真はタバコ屋のブログに度々ご登場
頂く元兵庫県警ギーちゃんこと森本氏のお膝元、神戸
のメリケン波止場と思しき場所で撮影されたものですが
すぐ近くの中突堤やポートタワーも写っていて、タバコ屋
が若かりし頃は大阪、京都への仕入れの際は中突堤で
早朝下船し、阪急電車で上阪したものでした。懐かしい
です。

それはともかく日本生まれアメリカ育ちのNSXは母国?
アメリカで只今大ヒットし年間2,000台足らずの生産ゆえ
納車まで数年かかるという噂ですが、日本では年間100
台の割り当てのため限られた僅かな方が購入すること
になるのでしょう。
市販型新NSX-42
ところで皆さんはNSXブランドの意味をご存知でしたか。
New Sportscar X(eXperimental)の略だそうで、
新しい(未知なる)スポーツカーという意味だそうです。
伝統的な社風として真似が大嫌いなHONDAのことです
からスーパーカーにおいてもフェラーリやポルシェとは
全く異なるメカニズムやデザインでアプローチしたかった
のでしょうし、初代以来ネーミングにもその気負いを表
現したのだと思います。恥ずかしながらタバコ屋はその
由来を知りませんでした。
市販型新NSX-61
想像ながらその購入者は熱烈なHONDAファン(HONDA
オタク)でしかもお金持ちの方、あるいは不純な動機なが
ら投機目的の方ではないかと思います。
多分現状のスペックとデザインではポルシェとフェラーリ
のオーナーはHONDAのディーラーへ息せき切って飛び
込み「これ下さい!」と叫んだりはしないと思います。
S660-12.jpg
それにしても二代目NSXはHONDAのフラッグシップカー
として「坂の上の雲」の場所にお住まい頂ければいいと
思うのですが、元HONDA応援団の一人として望まれる
のはNSXとS660の間を埋めるスポーツカーですよね。
新S2000-2
以前にはS2000がありましたので、写真は単なる想像図
ながらその復刻版が発売されれば最大購買層?である
タバコ屋世代としてもファーストカーなりセカンドカーなり
の候補として真剣に悩むのではないでしょうか。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ 及び
ダウンサイジングのススメ vol.2参照願います)

余計なことながら今世界で最も売れているスポーツカー
はMAZDAロードスターですからHONDA-S2000が復活
するとしたらまさにそのカテゴリーと言うことになります。

ダウンサイジングのススメ vol.2

平成28年9月28日
予告記事にてお知らせしたとおり、今回は今時代のトレ
ンドであるダウンサイジングについて再度お話ししてみ
たいと思います。
思えばタバコ屋世代というのは戦後の団塊世代の端っ
こに位置し、東京オリンピック、新幹線開通、大阪万博を
立て続けに経験した、日本の高度成長時代の申し子み
たいな世代なんです。
東京オリンピック7
当然思想や人生観は環境に作用される訳で、その当時
日本経済は常に右肩上がりのベクトルで、所得は倍増、
向上心旺盛、組織においては俺に付いて来いみたいな
モーレツで熱病にうなされた如くに突っ走った時代でした。
SONYもHONDAもそのような環境の中で昼夜を徹して頑
張り、その後の世界に冠たるMADE IN JAPANの確固た
る立ち位置を築いたのでした。
アメリカンドリーム2
また欧米に追い付き追い越せのスローガンのもと、当時
世界の頂点に立ちその絶頂期を謳歌していたアメリカの
衣食住に及ぶ眩しいほどのライフスタイルを丸ごと飲み
込み真似ることで、物心両面での飢餓感から脱出しよう
としました。一般には当時のことをアメリカン・ドリームと
言ったりしますよね。昭和30~40年にかけての古いお話
です。
(関連記事:初夢、イノベーション・オブザイヤー vol.1
参照願います)
ジュリアナ東京4
時は移り、平成初期のバブル時代、ジャパンアズNO.1
などと持ち上げられ、アメリカ、マンハッタンのビルを始
め不動産を買いまくった時期から一転、リーマンショック
により、ペシャンコに打ちのめされ重傷を負いながらも
何とか立ち直り、今日に至っているのが正直なところで
しょう。思えばタバコ屋も含めて人間のやっていることと
言ったらそれが東大卒のエリートであろうが一般庶民で
あろうが何と浅はかなことをやって来たんだろうかと思
います。そこに奥ゆかしさとか品性があったのでしょうか。
企業の良心というものがあったのでしょうか。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.4:絶頂期参照
願います)
とと姉ちゃん10
間もなくドラマは終結しますがNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」
が只今絶好調の視聴率にて全国の中年をとりこにして
いますよね。かく言うタバコ屋も毎朝かじり付いています。
暮しの手帖1
ご存知のごとく、このドラマは大橋鎭子さんと花森安治
さんが創刊した「暮しの手帖」の実話に基づいたもので、
戦後日本のすさんだ日常生活に生活者の視点に立った
あるべきライフスタイルの提案や公正な商品テストを実
施掲載した画期的な雑誌でした。
(関連記事:時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと参照
願います)
CG創刊号3
またオクルマ業界では小林彰太郎氏を中心として「カー
グラフィック」が創刊され、当時の稚拙なオクルマ業界に
欧米の先進的なオクルマを紹介し、ホンモノとは何かに
ついて提唱し、自らも走行テストを実施することで、その
後のNIPPON車に対し多大な啓蒙を果たしました。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.2:発展期参照
願います)
倉本長治1
さらに商業の世界では倉本長治氏が雑誌「商業界」に
おいて、戦後の無秩序な商いを嘆き、正しい商いの姿
を提唱し、また斬新なアメリカのスーパーマーケット理論
を日本に紹介すると共に、その後のダイエー、ジャスコ、
ニチイ等戦後日本の流通革命を成し遂げた若き商人達
を育てました。ちなみに倉本長治氏の提唱した理念とは
「店は客のためにある」という極めてまっとうなことだった
のですが、当時の現実はその逆だったということです。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)
倉本先生視察10
余談ながら、タバコ屋の先代は倉本長治氏の熱心な信
奉者の一人で、子供心に小さな島でそのことを実践しよ
うと悪戦苦闘していたのを覚えています。タバコ屋もその
理念だけは忘れないようにしてきたつもりですが、さて。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照
願います)
新島襄1
手前味噌のお話しになりますが、タバコ屋の母校同志社
大学の創始者である新島襄の建学理念は「良心の全身
に充満したる丈夫(ますらお)の起こり来たらんことを」と
いう当時の受講生に宛てた檄文に表現されていますが、
意訳ながら良心を内に秘め、同志社で学んだ後はあら
ゆる実業分野でその精神を生かして欲しいという願いが
込められているのではないでしょうか。
(関連記事:京都・宇治・巡礼 vol.1 及び
八重のこと vol.1参照願います)

その意味で「暮しの手帖」、「カーグラフィック」、「商業界」
という雑誌とその編集者はカテゴリーこそ違え、良心が
全身に充満した活動を実践した方々だったのではない
でしょうか。こう見ると、NIPPONも捨てたものではありま
せん。

さて長い前置きとなりました。そのような激動の時代を生
きてきたタバコ屋世代ですが、ほとんどの方が定年を迎
え、また実業の方は後継者に事業継承をして第二の人
生を歩み出そうとしています。
これからのかけがえのない第二の人生、大切なことは
「クオリティ・オブ・ライフ」ではないでしょうか。それは
何がクオリティなのかという価値観を意味します。
いつかはクラウン2
タバコ屋世代のかつての価値観は「大きいことはいい
ことだ」、隣のクルマが小さく見えま~すなんて他愛の
ないものでした。また「いつかはクラウン」ということで
とにかく立派なものに憧れてきました。

これからは違います。「小さいことはいいことだ」なんで
す。即ちキーワードは「ダウンサイジング」です。
今まで貯めてきたお金でフェラーリ、メルセデスを買うの
もいいでしょう。しかしそうではないです。逆なんです。
今までの価値観を捨て去る必要があります。これまでの
見聞や知識、経験をもとにして、それをギュッと凝縮した
うえで、価値観の転換を試みるのです。

ある意味それは自分自身の環境整備とも言えます。
当時とは環境がまるで変わったのですから、環境に合わ
せて自分自身を変える必要があります。過去のしがらみ
や、こだわりを思い切って捨て去り新しい第二の人生を
歩みたいものです。

また日本の人口の最大構成比を持つ我々万博世代が
どういう価値観を持つかで日本の衣食住からオクルマ
に至るまでの消費に重大な影響を及ぼす結果となるの
です。言い換えれば今後の消費のカギを握っているの
は我々万博世代なんです。その具体例としてタバコ屋
の好きなカテゴリーであるオクルマの分野についてお話
してみたいと思います。
S660-11.jpg
今、人気のSUBARUインプレッサ、MAZDAロードスター、
HONDA-S660、TOYOTA-86等々、メーカーは若い人に
乗ってもらいたくて開発したのに、買ってるのはほとんど
50才以上のオッサンという皮肉な現象が起きています。
ファーストカーとして買われる方もいるでしょうが、タバコ
屋の想像では半数近くの方がセカンドカーとして買って
いると思うんです。
新ロードスター3
ここから導き出される結論は今後団塊世代、万博世代
はセカンドカーを買うであろうということです。しかもこの
世代はオクルマに対して目が肥えているので並みのシロ
モノでは満足しないでしょう。今オッサン世代に人気のあ
るオクルマの共通キーワードを探してみると以下のよう
になります。
1.スポーティであること(若い頃を思い出させるような)
2.ブランドに歴史があること(ノスタルジーを感じさせる)
3.サイズが小さいこと(ダウンサイジング)
4.使い勝手が良いこと(ただ広いとか言う意味ではなく
自分にとってのスペースユーティリティや機能)
5.廉価であること(購入価格が新車で250万以内?)
ヴィジヴ21
さて以上のキーワードに加え最近の世界的なトレンドで
あるSUVという3文字を加えればメーカーとしてこれから
最も売れるであろうオクルマのかたちが見えてくると思う
のです。
それを満たしたオクルマが発売されれば我々万博世代
はCMなど流さなくても、ディーラーへ押しかけ商談もそこ
そこに「それ下さい!」と年甲斐もなく一方的に叫ぶこと
になるでしょう。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ参照願います)

では話しを一歩進めて近い将来はともかく、現実にはそ
のようなオクルマが存在するのか見ていくことにします。
ミニ・クロスオーバー7
1.BMWミニ・クロスオーバー・・・言わずと知れた初代オー
スティン・ミニ復刻版のSUV仕様です。BMWミニは現代に
おいて最も成功したリバイバル・カーだと思うのですが、
メカは最新のBMW流のものでそのコンセプトやボディデ
ザインに初代ミニの面影を色濃く反映させるという手法
はアッパレであり、我がNIPPON車も是非真似てほしい
やり方です。
ミニ・クロスオーバー10
ただコクピットのデザインが漫画じみていてミニ伝統のモ
チーフを移植したいという熱意はわかるのですがまるで
体重計のようなセンターメーターには思わず笑ってしまう
ほどで、変わり物好きのタバコ屋でもやや腰が引けます。
(関連記事:好みの基準 vol.1参照願います)
スバル1000-6
たとえばSUBARU-1000の復刻版を最新のメカとSUVで
しつらえたものが発売されたら、多分SUBARUのディーラ
ーは整理券を発行するほどの嬉しい悲鳴を上げることで
しょう。ついでにあのパタパタターという乾いた独特のエ
キゾースト音も再現出来たらもう言うことないです。
余談ながらSUBARUの名誉のために書き加えますと、
この画期的なSUBARU-1000のメカはアルファロメオが
アルファスッドの開発において丸パクリしたと言うのは
有名な裏話ですよね。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
N-ONE-4.jpg
近年HONDAはN360の復刻版として軽のN-ONEを発
売しましたが、残念なことに当時のNコロのイメージを上
手に復刻出来たとは言いがたく、どうしても愛着が湧か
ないのはタバコ屋だけではないと思います。そもそもお
顔がニャロメの警官顔ではファニーを通り越して気持ち
が萎えてしまうと言うもんです。おまけにリアのCピラー
は上でカットしたような処理がされていて何とも収まりが
悪くまた全体にボテッとしていて軽快感のないデザイン
です。つまりNコロの持ち味だったスポーティさに欠ける
ということです。
N360-3.jpg
当時のNコロはとても小さなサイズでしたがそれなりに
全体のバランスが取れていました。と言うか当時の本田
宗一郎の熱き想いがNコロには凝縮されていて、大衆車
ながら、スポーティマインドが満載されていました。今で
も思い出しますが、加速とシフトはバイクの感覚で当時
の若者なりにその痛快さを堪能出来た様に思います。
HONDAのデザイナー諸君に言いたい。「初代のモチー
フを生かす感性が不足している」と。だってBMWミニは
見事に復刻版を成功させたではないですか。
シティ1
かつてのHONDAはステップバン・バモスHONDA・初代
シティ等、ユニークで魅力的な数々のオクルマを世に輩
出して来ただけに再びその復刻版として世のオッサン連
中をアッと言わせるような面白グルマを出して欲しいもの
です。でも巨大企業となった今、HONDAにそれを求める
のは無い物ねだりに等しいのかも知れません。
FT86-2.jpg
またトヨタとSUBARUがコラボで作っている86(BRZ)です
がメカは申し分ないもののやはりデザインが当時の86の
イメージを反映させたものとは言えず違和感を感じます。
でも我々オッサンのセカンドカーとしてはそれなりにノス
タルジーを感じさせ、結構イイ線を行っているのかも知れ
ません。
ここだけの話しですけど、86が何故不細工なのかその理
由が最近わかりました。フェンダーのホイールアーチが
フロントAピラーより少し手前で終わっていてそこから直
線のラインが後方に繋がるので、要するに胴長の印象を
与えてしまっているんです。スポーツカーは胴長ではダメ
ですよね。
トヨタ2000GT-11
トヨタのデザイナー諸君、かつてトヨタ2000GTという珠玉
の如き完璧なデザインとメカのスポーツカーを作ったメー
カーがいくら量産車とはいえこのようなデザインのオクル
マを作ることは矜持に関わることではないんでしょうか。

もうこうなったら、トヨタはあてにせず一方のSUBARUに
期待してモデルチェンジを機に同一ボディだったものを
別のデザインにしてもらいたいものです。余計なお話な
がら最近のSUBARUデザインは随分アカ抜けて来てい
るのでサスガと思わせるものが出来るかも知れません。
インプレッサWRX-3
事実SUBARU-WRXプロトタイプは正直感動ものでした。
ただ市販版は大幅に手直しされて残念でしたが、もし
このままで市販されていたらタバコ屋は熱にうなされた
ような目をしてディーラーに行き「説明も試乗もいらない
から、これ下さい!」と叫んでいたと思います。
(関連記事:好みの基準 vol.4:品性とダイナミズム参照
願います)
チェリーX1-2
もう一つ残念なことはニッサン車が一つも出てこないこと
です。かつての栄光のNISSANはどこへ行ってしまったん
でしょうか。タバコ屋が秘かに復活を望んでいるオクルマ
それはNISSANチェリーX-1です。昭和40年代前半当時、
先進的なメカとデザインで颯爽と登場し、高性能でキビ
キビした走りはタバコ屋を始め当時の若者を魅了しまし
た。その復刻版がSUVの衣装をまとって発売されたらも
う万博世代のオッサン連中は懐かしさの余り、居ても立
ってもおれず、ディーラーへアポなしで押しかけて商談
もせずに「とにかく、これ下さい!」とヒステリックに叫ぶ
ことでしょう。
(関連記事:好みの基準 vol.5:懐かしのチェリーX1参照
願います)
新クロスポロ8
2.VWクロスポロ・・・VWのコンパクト量販車種を流行の
SUVにしつらえたもので、結構中年の奥様方に人気が
あるようです。優等生のVWが作ったSUVだけにドイツ
車らしい剛性感、清潔感にあふれており、タバコ屋も
セカンドカー候補の筆頭に上げているオクルマです。
10年前にデビューし、現在二代目に移行していますが
各部の改良は進んだものの、デザインが最近のVWの
トレンドを反映してビジネスライクなものとなり、やや
物足りないものがあります。
クロスポロ17
その点初代は愛嬌のある丸目デザインで、無駄なライン
がなくしかも塊感があって、タバコ屋は初代クロスポロに
対し愛着があることは以前の記事でもお話しました。
ただ直近に排ガスデータ不正でマイナスイメージがあ
るのは残念ですが、あせらず地道な努力をして名誉を
回復してほしいものです。
(関連記事:好みの基準 vol.6:セカンドカーのこと参照
願います)
Q1-4.jpg
親戚のアウディもSUVのQ1を発売していますが、メカは
クロスポロと似たようなもので、どちらにするかは好み
の問題でしょう。ええかっこしたいんであればQ1でしょう
か。
レネゲート3
3.ジープ・レネゲート・・・元祖SUVと言えばジープに止め
を差すのではないでしょうか。そのジープが作ったコンパ
クトSUVがレネゲートで、かつてのジープの面影を残しつ
つ、最新のメカとデザインで仕上げています。これです。
このやり方なんです。BMWミニ同様、成功する秘訣は。
CX-3-3.jpg
4.MAZDA-CX3・・・MAZDAがスカイアクティブメカを引っ
さげて登場させた力作だけにメカは申し分なくデザイン
も最新のトレンドをすべて取り入れた魅力的なもので
MAZDAのドル箱車種になるのではないかと思いますが、
多分オッサン世代も結構買っていると思います。セカンド
カーとして国産車では最適の一台ではないでしょうか。
欲を言えばお口のまわりのキラキラモールをやめて頂く
とよりタバコ屋好みとはなりますが。
ポルテ5
5.トヨタ・ポルテ・・・子育てはとっくの昔に終わったタバコ
屋世代において、現在直面しているのは親の介護では
ないでしょうか。その意味でセカンドカー選びについては
機能という点で、SUVではないもののコンパクトワゴンと
してトヨタ・ポルテが優れていると思います。トヨタではプ
チバンと呼んでいるらしいですが、ちょうどいいサイズに
スライドドア等、お子達や老人に優しい数々の機能が盛
り込まれています。さすが気配りのトヨタらしいおもてなし
車と言えます。デザインも国産車に似合わず無駄のない
シンプルなラインで構成されていてしかも塊感と愛嬌があ
り、また縦横バランスが非常に良く安定感があって、タバ
コ屋お気に入りの一台となっています。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ参照願います)

ちょうどいいサイズと言えばそれがCMコピーにもなって
いるHONDA・フリードがありますが、どういう訳かタバコ
屋はトヨタ・シエンタ同様好きになれません。何故だろう。
アクティバン4
軽のアクティ・バンはタバコ屋お気に入りで社用車として
2台使用しているんですけどね。
ついでながら、スペース/コスト・レシオ(タバコ屋の造語)
でいえばアクティ・バンは国産車最強の部類に入るので
はないでしょうか。ハイトルーフと相まって、たいがいの
ものは積み込めます。今流行の両側スライドドアですし。
ハスラー7
6.国産軽SUV・・・スズキ・ハスラーとダイハツ・キャストが
相次いで発売され大人気のようです。しかしこの二台は
オッサンよりは若い女性に人気があるようで、デザイン
もメカもコストパフォーマンスも申し分ありませんが実際
オッサンが購入するとなると何故かやや腰が引けます。
だって娘の車を買うのにくっ付いてきた感じのオヤジが
いきなり「これ下さい!」と言うのも気恥ずかしいじゃな
いですか。
(関連記事:東京モーターショー異聞 vol.5:国産車編
参照願います)
キャスト2
蛇足ながら、このブログに度々ご登場頂く、京都の元校
長、平尾センセも最近タバコ屋と同様の悩みに直面して
いるらしく長年愛用してきた栄光の三菱パジェロを手放し、
セカンドカーとして新たにニッサン・キックスを入手される
ようです。
パジェロミニ6
キックスは知る人ぞ知るSUV三菱パジェロ・ミニのバッジ
エンジニアリング車(三菱製OEM車)で平尾センセにして
みれば思い出のいっぱい詰まった愛車パジェロとお別れ
するのは我が子との別れの如く辛い思いなのでしょうが、
セカンドカーとして入手するキックスであれば、言わば
ダウンサイジングしたパジェロな訳ですので、諦めもつく
というものではないでしょうか。
パジェロミニ2
見方によれば2シーターのスポーツカーと言えなくもない
のでマニアックな平尾センセにはお似合いのセカンドカ
ーだと思います。(一説によるとDOHCインタークーラー
付きターボだそうで、すご過ぎ!)
45.jpg
尚、平尾センセはファーストカーとして現代の零戦、三菱
ランサー・エボリューションX(10)をお持ちな訳ですから、
今回の選択は贅沢な悩みと申せましょう。
(関連記事:京都・宇治・巡礼 vol.2 及び
好みの基準 vol.6:セカンドカーのこと参照願います)

さてここまでお読み頂いた読者の方はタバコ屋が何を
言いたいのか概ねわかって頂けたと思います。第二の
人生でオクルマのダウンサイジングが大切なのはもと
より、身の回り品のダウンサイジング(環境整備)にも
着手して頂きたいのです。
今までご夫婦で貯め込んで来たお子達との思い出の品
や衣料品、家具類、書籍、道具等々数え切れない品々
が我が家を所狭しと埋め尽くしているはずです。この際
目標として現在の1/2の量に減らしては如何でしょうか。
オクルマのダウンサイジングが3Lの排気量に乗ってい
たのであれば1.5Lに、2Lであれば1Lに減らす如く自分
の身の回りのものを思い切って1/2に減らすんです。
多分何も困らないし、かえってスッキリ気持ちとお部屋
の整理がついて爽やかな気分になれるのではないでし
ょうか。
老婆心ながら1/2に減らすと言うのはハンパではなく全
部捨て去るくらいの覚悟がないと出来ないことを申し添
えておきます。ダイエットも同様にて「さあ、明日からやる
ぞダイエット!、三日坊主でリバウンド」などという中年
のもの悲しい川柳もあるくらいで、実現はなかなか難し
いことです。
(関連HP:なんにもないぶろぐ参照願います)

ま、人様にお勧めするまでもなくこれはタバコ屋にとって
の目標でもあるのです。今まではより大きく、より立派に
という目標を突っ走って来ただけにギアをリバースにす
るのは思い切りのいることではありますが、その上で、
今後のクオリティ・オブ・ライフをゆっくり考えてみるのも
一興かと思います。

★★島のタバコ屋の独り言★★
【1月5日:クオリティ・オブ・ライフの実現 vol.3】高度成長期に青春時代を過ごした我々万博世代にとってリタイヤ後の3大趣味と言えば、カメラ、オクルマ、旅行ではないでしょうか。人生いろいろ、人様々でガーデニングや読書、映画や音楽鑑賞あるいはグルメ堪能、果ては居酒屋巡りを楽しんでいらっしゃる方も多いでしょう。TVではお宝鑑定団が大ブレークで骨董品が見直されまた戦後時代へのノスタルジーから各地でクラシックカーショーも大賑わいです。結婚、子育て、オシゴトで現役中は趣味の充実などほとんど出来なかったタバコ屋世代、限られた人生での自己実現は難しいことですが只残された人生を何もしないで天に召されるというのも勿体なくむなしい気がしませんか。
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