蘇る青春 vol.2:旧車恋しや

平成28年11月30日
前回の記事に引き続き、クラシックカーショーのはしごを
して来ましたのでその模様をご報告したいと思います。
ショーの名前は「クラシックCarニバルin小松」で場所は
松山ハイウェイ石鎚山SAにしつらえられた特設会場で
す。例によってあおりイカの辻田氏にお誘い頂いたの
ですが、松山に泊りがけだったので朝早く出発しスムー
ズに会場へ到着出来ました。彼はもう何年も前からの
常連客らしく事前レクチャーにて案外出品車よりもそれ
を見に来るギャラリーの方のオクルマに珍車、希少車
が多くて見応えがあり、面白いですよということでした。
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9時前には会場のギャラリー用駐車場に到着、お隣は
高知からお越しのケンメリスカイライン2000GTでした。
それにしても今から思うと初代のフェアレディZは大変
コンパクトなサイズでスカGやお隣のエスティマと比べ
ても大変つつましく感じます。

実は泊りがけでクラシックカーショーのはしごをしたのに
はもう一つの理由がありました。以前よりタバコ屋の愛
車、赤いお嬢ちゃんこと初代フェアレディZはデザインを
優先したためオメメが奥まった位置にありボディが邪魔し
て夜間ヘッドライトを照射した時、内側が暗いんです。
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そこでさっそくタバコ屋が勝手に任命させて頂いている
メカニカルコンサルタントの元校長センセ、平尾氏に相
談したところ、まずヘッドライトを現状の小糸製HIDラン
プからシビエのハロゲンライトに交換するよう勧められ
ました。というか、もうさっさとヤフオクで探し出し、これ
やこれやとか言って半強制的に買わされました。
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ちなみにシビエは今ではもうクラシックアイテムで現在
は社外の復刻品しか新品で入手出来ません。たまたま
新品がオークションに出ていたので2万円強の大枚をは
たいて購入しました。ついでながら売主は沖縄在住の
愛媛県出身者で、ややの親近感を覚えました。
タバコ屋のシビエに対するイメージとしてはあの特徴的
なスーパーオスカーのややえぐれた凹面のレンズ断面
を想像していたのでしたが、届いたのは逆に凸面に膨
らんだ形状でした。効果はともかく、ファッションとしては
現状の小糸製がフラットな平面レンズで気に入っており、
このシビエの装着は保留にすることにして、別に補助
ライトを2個装着することにしました。
スーパーオスカー1
その間、ことの経緯を知ったおなじみ梅田の悪徳改め
良識公認会計士(失礼)である同志社大学自動車部三
期後輩の上山センセが、ご親切にも上の写真のシビエ・
スーパーオスカーの手持ちの中古品を送ってきてくれた
のです。
大変有難いお申し入れだったのですが何分スーパーオ
スカーは馬鹿でかく(直径18cm)ヘッドライトと同じ直径
でしかも奥行きがあるので、バンパーに装着した場合
ボディに干渉する恐れがあるのと、バランスの面でもか
なり難点があり、これもあきらめることにしました。
ドライビングランプ868S
思い余って再び平尾コンサルタントにご相談したところ、
昔取った杵柄にて、さっそく補助ライトのチョイスを提案
してくれました。かつて故渡辺和博さん著作の「お父さん
のネジ」の愛読者でそれを実践しているラリーオタクの
平尾氏にしてみれば、朝飯前の所業にてたちどころに
競技用と思しきマニアックなIPFの補助ライトを探し出し
てくれました。タバコ屋のイメージとしては補助ライトは
シビエ、マーシャル、キャレロ、といった懐かしいメーカ
ーなんですが国産ではPIAAくらいしか知らずIPFという
メーカーは初耳でした。しかもオネダンが大変手頃で
2個セットで1マン円程度なのでさっそく購入することに
しました。
IPFロゴ1-1
何でも自分でやらねば気が済まないマニアックなネジ
お父さん
の平尾センセならご自分で装着するところで
しょうが、タバコ屋の場合は松山の行き付けのメカニッ
ク氏に依頼してバンパー下に装着してもらうことにしま
した。余談ながら平尾センセの場合は自分の趣味の事
で人様に迷惑をかけてはいけないというポリシーがあり、
タバコ屋には人様のお仕事を取ってはいけないというポ
リシーがあるので、やることは同じでも方法が異なる訳
です。以下劇的ビフォーアフターです。
(装着前)
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バンパーに直接穴をあけるのは嫌だったので、バンパー
の内側にスチールのベロを2ヶ所溶接してそこに取り付け
てもらいました。ちなみにアイデアはタバコ屋です。
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(装着後)
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レンズ径は16cmでヘッドライトよりやや小さいサイズです。
イメージどおりの仕上がりです。
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やや遠目から見ても、取り付け位置、サイズバランスと
もなかなかいい感じだと思います。
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保護カバーをはずした状態です。余計なことながらライト
を上下さかさまに取り付けたのでレンズは180度ひっくり
返しています。
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HIDのヘッドライトをハイビームにした時の照射状態です。
当然ながら手前が暗いのが見て取れます。タバコ屋は
この青白い光があまり好きではありません。
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補助ライト点灯時の状態です。手前は随分明るくなりまし
たが補助ライトはハロゲン球なのでやや赤みがかった色
であり、2色のマッチングはあまり良くないと感じました。
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機能を取るかファッションを取るか、タバコ屋はハムレット
並みに悩みましたが、今回はこれでよしとします。

話しが脱線してしまいましたが、クラシックカーショーの
前日、担当メカのU君からオクルマを受け取り、上機嫌
でいざ出陣となったタバコ屋ではありました。石鎚山SA
でのショーの話しに戻ります。
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待つこと1時間、来るわ来るわ懐かしい旧車が勢揃い
です。このイベントは地元の周桑商工会青年部が15年
前から町おこしを目的に開催してきたもので今年は15
回目だそうです。数百台が大集合にて全部はとても紹介
出来ませんが、特別気になったオクルマをご紹介しまし
ょう。
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懐かしいダイハツミゼットです。タバコ屋が小学生の頃
ですから昭和35年頃(1960年頃)だったと思いますが、
タバコ屋の島でもハイカラな農家さんがいてこのミゼット
を購入していました。今から思えば積める荷物など知れ
たものでしたが、キカイ好きの方にはたまらなく魅力的
に写ったのだと思います。
蛇足ながら、元祖リアオーバーフェンダーはこのミゼット
からだと思いますが、間違ってますかね。
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運転席はもうこれ以上簡素化出来ないほどシンプルで
すが当時はこれで十分事足りたのでしょう。実はこれを
買ったのはタバコ屋の親戚のお兄さんでしたが、その弟
で悪ガキ大将がいて、中学生の癖に無免許でミゼットを
乗り回していました。タバコ屋もそれに便乗して横に乗せ
てもらった懐かしい思い出があります。
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新旧2台のNコロことHONDA-N360が仲良く並んでいまし
た。それも申し合わせたかのように2トーンカラーに塗っ
たおしゃれな外観でした。このパターンを流行らせた元祖
は言うまでもなくオースティン・ミニで、そもそもN360開発
者の本田宗一郎からして、その開発コンセプトはミニの
パクリだった訳ですから。
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その派生車種であるステップ・バンです。当時としては
とてもハイカラな商用車というか若者のレジャーカーでし
た。出品車は残念ながら十分なレストアがされておらず
かなりくたびれた状態でしたがこういう晴れ舞台に出品
されるのであれば、せめて外観だけでも小ぎれいにして
ほしかったと思います。
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クラシックカーでは超定番の後期型箱スカGTRです。どう
でも良いことながら、正確に言えばオーバーフェンダーは
リアのみが正しいのですが、このオクルマは何故かフロ
ントもオーバーフェンダーでかなりのワイドタイヤした。
パワステなしのステアリングではさぞかし操作が重いと
思うんですけど余計なお世話かも。
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それにしても、この角度からの眺めはいつ見てもセクシー
ですよね。尤も、その時代々により殿方が欲情する対象
(価値観)は変わるものなんでしょうが、タバコ屋を含む
万博世代はこれを見て、鼻から出血する方が多いのは
事実です。
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かに目で親しまれた大英帝国のオースティン・ヒーレー
です。第二次世界大戦に勝利はしたものの、へとへとに
疲れ果てたイギリスは戦後細々とこのようなオクルマを
世に出し、主に親戚のアメリカに買ってもらっていた訳で
すが、やがて気合十分の我らがNIPPON車、特にブルー
バード1600-SSSや初代フェアレディZの猛烈な殴り込み
により、ジャガーEタイプはもとより、ことごとく駆逐されて
しまったのでした。当時小川ローザのオー、モウレツ!
なんてCMが流行しましたよね。タバコ屋もローザ嬢が押
さえていた下半身のある部分なんかはかなり気になって
いましたけど。
ちなみにお隣はスズキ・フロンテクーペですが、馬鹿にし
ちゃいけません。何を隠そうこのオクルマは当時世界中
に大売り出し中だった、若き日のジウジアーロ氏がデザ
インしたものなんです。ご存知でしたか?。
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ヴィンテージ・ポルシェです。多分550スパイダーです。
若い方はチンプンカンプンでしょうが、かつて戦後間もな
い頃活躍し、残念なことに昭和30年(1955年)若干24才
で自動車事故によりこの世を去ったアメリカの若手スタ
ー、ジェームズ・ディーンが愛用していたオクルマですよ
ね。事故の時もこのオクルマで撮影現場に向かう途中
だったとか。う~ん愛媛にこのようなマニアックな希少車
をお持ちの方がいらっしゃったとは、レストアの状態も完
璧で、もう絶句です。
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多分2代目ポルシェ911です。タバコ屋が同志社大学自動
車部を卒業後の昭和49年(1974年)から10年以上も生産
されたオクルマで初代ナローポルシェと共にポルシェと言
えばこの2代目ポルシェ911の印象が強いです。
ただしサファリ、モンテで我がフェアレディ240Zと死闘を繰
り広げたポルシェは初代の911でした。今回のショーでは
外国車では圧倒的にポルシェが多かったように思います。

さて、出品車の紹介はこれくらいにして、辻田さんご推奨
のギャラリーの方々の愛車をご紹介したいと思います。
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まず度胆を抜かされたのがフェラーリ・テスタロッサでバブ
ル華やかな頃のいわゆるスーパーカーブームの代名詞
のようなオクルマですよね。う~んしかしタバコ屋の好み
ではないので、ご立派と言うしかありません。後方は3代
目のフェアレディZでしょうか。もはや軽快さも躍動感も失
われつつあった頃のモデルで、タバコ屋はあまり多くを語
りたくありません。
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高知からお越しの言わずと知れたフェアレディ240ZGです。
もうレストアの見本のようで、新車同然にピカピカでした。
ZGのカラーは圧倒的にマルーン(あずき色)が多いので
すが、このホワイトも清潔感があってなかなかいいなと思
いました。
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そのリヤビューです。ZGにかかわるあらゆる文法が満た
されており、どこにもスキがありませんがオーナーの方
は相当なオカネを注ぎ込んだに違いありません。出品車
と比べてもベストで本日の白眉と申せましょう。
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ビックリしたのは現代のスーパーカーの一つ、マクラーレ
ンMP4・12Cが来ていた事です。公道では滅多にお目に
かかることはないオクルマですがしかも愛媛ナンバーだ
ったのには二度ビックリでした。只今F1ではHONDAと組
んで頑張ってはいますが何分強豪がひしめいているの
で全く勝てません。今や人気のなくなってしまったF1で
すが来年あたり新生マクラーレン・HONDAで初優勝し
てほしいものです。
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そのHONDAがマクラーレンと組んでF1に挑戦し、天才
ドライバーアイルトン・セナを擁してF1を席巻しつつあっ
た頃に開発された初代NSXです。当時としては画期的
なオールアルミのモノコックボディを採用し、国産車初
のミッドシップエンジン搭載のスーパーカーとして衝撃
的なデビューを果たしました。またその走行フィールの
熟成にあたっては、当時の著名なジャーナリストである
ポール・フレール氏やアイルトン・セナを総動員して改良
した結果、NIPPONの自動車史上初めてフェラーリに負
けない国産スーパーカーが出来上がったという訳です。
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ただ残念なことに後ろにゴルフバッグが積める様に配慮
したり日本流気配りをしすぎたせいで妙に縦長の扁平な
デザインになってしまい、タバコ屋の好きな塊感の表現
は出来ずじまいでした。
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もうひとつビックリポンだったのはこのオクルマです。皆さ
ん何だと思いますか。タバコ屋はてっきりF1のハミルトン
選手が愛用しているイタリアのスーパーカー、パガーニだ
と思ったのでしたが、全く筋違いで正解はHONDA-NSX
だったのです。
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まあここまでボディを変えてあれば、見分けが付く人はま
ずいないと思います。タバコ屋もコクピットとエンジンルー
ムを覗いて初めてわかったくらいですから。しかし改造も
ここまでくるとNSXもう一台買うくらいかかったのではない
かと思います。本日のビックリ大賞差し上げます。
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最新のポルシェ911カレラです。ポルシェの美点はモデ
ルチェンジに当たって、基本デザインは変えず時代に合
わせて各部を徐々にリファインしていく方法をとっている
ことです。ギュッと詰まった塊感の中に無駄なラインや過
剰なデコレーションがなく、タバコ屋が好きなデザインの
オクルマ、例えばアストンマーティンやレンジローヴァー
とそのポリシーが良く似ています。一瞬ながらタバコ屋と
自動車部同期で九州のラーメン王こと末永氏の愛車と
見まがうほどでした。
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高知からお越しの方でしたが、ポルシェ911カレラでした。
末永センセのオクルマはこれの上等版で911カレラ4Sと
いう4輪駆動タイプです。ちなみに末永氏はポルシェクラ
ブの会員なのですが、このオクルマもよくよく見るとバン
パー右にポルシェクラブのバッジが貼られていました。
末永センセのお友達かも知れません。
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自動車部OBでタバコ屋の3期先輩の小田柿氏もご愛用
のトヨタMRSです。ただしこのオクルマは先ほどのNSX
同様かなりの改造がされていてボディは大迫力です。
一般にはこのようなオクルマのことをコンプリートカーと
言いますが、ミッドシップの本格的なスポーツカーながら
国産車には珍しく非常にシンプルなデザインでしかも控
えめなところがタバコ屋のお気に入りでもあります。
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そのリアビューですが一体式のオーバーフェンダーあり
~の、エアスリットはあり~の、おまけに羽根が付いてい
て大迫力です。このオクルマのオーナーには申し訳ない
のですが確かに大迫力ではあるものの、見掛け倒しとい
うこともあり、やや品性に欠けると思います。おかげで
その横の2代目フェアレディZもタジタジ状態です。
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余談ながら、タバコ屋はこのお気に入りのMRSのドアミラ
ーを流用して愛車Zに装着を試みましたが、奇跡的にも
カーブが一致してピッタリだったという経緯があります。

手前味噌のような記事になってしまいました。旧車マニア
の辻田さんに煽られて初めて参加させて頂いたクラシッ
クカーショーでしたが、辻田さんの予言通り出品車よりも
ある意味ギャラリーの方々のオクルマの方が見ごたえの
ある車が多かったように感じました。
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蛇足ながらその証拠にタバコ屋は見学するのが目的だ
ったにもかかわらず、駐車していた赤いお嬢ちゃんのま
わりに人だかりが出来てしまい、見学どころかタバコ屋
のオクルマのプレゼンに大忙しとなり、あげくの果ては
やれエンジンルームを見せてくれの、エンジン掛けてみ
ての、ご要望が多く正直見学どころではなかったんです。
ただ唯一の救いとして、タバコ屋のZを見て頂いたある
紳士が「これラリー車でしょう今日のイチオシはこのZや」
と言って頂いたのはやや顔が赤らみました。

まだまだ面白いオクルマは沢山あったのですが、長くな
るので今回はここまでと致します。今回のクラシックカー
ショーはしご記事、いかがだったでしょうか。牛に引かれ
て善光寺という諺がありますが、辻田さんに煽られて
旧車ショー詣でということになりました。
今回のクラシックカーショー報告記、皆さんは喜んで頂
けたでしょうか。

蘇る青春 vol.1:ああクラシックカー

平成28年11月23日
予告記事にてお話ししたとおり、昨今全国各地で様々
な団体主催のクラシックカーショーが大盛況ですよね。
ただクラシックカーと申しましても我々万博世代がイメー
ジするのは例えばブガッティとか言うような戦前の主に
欧米の純粋なクラシックカーではありません。
ブガッティタイプ35-5
また戦後の昭和20年代から30年代(1950~60年代)の
キャデラックなどのアメリカ車でもなくその後、高度成長
期の昭和40年代(1970年代)に生産された国産車及び
外車のことを指します。正確にはクラシックカーまでには
至らず、言わばネオクラシックカーとでも呼ぶようなオク
ルマ達です。その時期は国産車が力を付け世界に羽ば
たこうとした時期でもあり、我々万博世代にとってはキラ
星のごとく魅力に富んだオクルマが数多く輩出した時代
でした。
トヨタ2000GT-3
トヨタ2000GTを筆頭にS800やコロナ、セリカ、NISSAN
スカイラインGTやフェアレディZ、ブルーバード1600SSS
サニー、チェリー、HONDA-N360やS800、1300クーペ、
三菱ギャラン、ランサー、SUBARU-1000、いすず117
クーペ、ベレットGT、マツダコスモスポーツを始めカペラ
サバンナGTともう宙暗記ですらすらと車種名が言えるく
らい、あの熱病にうなされたような10年間(昭和40年~
50年)は国産車の夢の時代とも言え、その後は世界的
に排気ガス規制が厳しくなってその夢の時代はついに
終わったのでした。
(関連記事:GTのお話し vol.1参照願います)
懐かしの風景1
ちょうど我々戦後団塊世代の端世代である万博世代
(タバコ屋の造語です)はその頃に青春時代を過ごした
訳で、忘れようたって忘れられるものではありません。
やがて就職、結婚、子育てと無我夢中で走ってきて
ふと気が付くと人生の黄昏を迎える年となり、かつて若
かりし頃のホロ苦くも甘酸っぱい思い出に浸ることが多
くなっているのはタバコ屋だけではないと思います。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ vol.2参照願い
ます)
梅ちゃん先生16-1
そんな頃を見計らって、各地でクラシックカーショーなる
青春思い出フェスティバルが開催されるとなると、その
かつては若かったおっさん連中が殺到するのも無理は
ないと思うんです。一服の清涼剤の如くそこに行った間
だけでもかつての青春時代が蘇るような気がするので
はないでしょうか。
(関連記事:好みの基準 vol.6:セカンドカーのこと参照
願います)
著作4
余談ながら様々な趣味のカテゴリーにおいて、特別な
こだわりを持つ人のことを一般的にはマニアと言います
がオクルマ業界ではイラストレーターの故渡辺和博さん
が発明した用語のエンスー(エンスージアストのこと)と
言ったりします。また昨今ではオタクと言ったりしますよ
ね。そのエンスーやオタクのおっさん連中が我先にと集
まるのが昨今のクラシックカーショーなんです。
(関連記事:時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと参照
願います)
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長い前置きとなりました。恥ずかしながらタバコ屋はつい
昨年までそのクラシックカーショーなる思い出フェスティ
バルに行った事がありませんでした。それをそそのかし
た人がいるんです。松山市にお住まいのTさんと言いま
すがどうせわかるのでバラしますと辻田さんという方で
す。もう10年以上のお付き合いでそもそもタバコ屋の店
(スーパー)の食品売場の冷蔵、冷凍ケースをやりかえ
る時、ご縁あって施工頂いた業界大手の福島工業と言
うメーカーの担当者だったのですが、ウマが合ったのか
その後もお付き合いが続き、最近では数年前、弊社の
ジュース製造工場の冷凍庫もその方のお世話になりま
した。
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その辻田さんは私より数年先輩のおっさんで若かりし頃
はMAZDAのディーラーメカニックを皮切りにオクルマ業
界を歩き、最後は冷蔵庫屋さんに落ち着いたと言う変り
種です。ちなみにお住まいは道後の奥の溝野辺という地
区の大地主さんで定年退職後はタバコ屋同様、農業に
チャレンジしています。ちなみに彼の愛車は多分MADE
IN大英帝国のローヴァー400だと思うのですがそうだと
するとかつて我がHONDAがローヴァーと親戚関係にあ
った頃の作品で、エンジンはHONDA製ということになり
混血ハーフレディであると申せましょう。タバコ屋が「これ
下さい!」などとHONDAディーラーで叫んだ初代レジェ
ンドが開発された頃、ローヴァーサイドが発売した懐かし
いオクルマです。辻田さんのご趣味を反映しているのか
どうか、このオクルマは大英帝国製らしく押し出しは控え
めでお品がよく、俺が俺がと言ったドイツ野郎のアクの
強さは微塵も感じられません。
ちなみに彼の以前の愛車はオースティン・ミニでゲタ代わ
りにHONDAモンキーを3台所有また奥様は初代MAZDA
ロードスター御用達につき、相当なエンスー一家と言わ
ざるをえません。
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その辻田さんが昨年、松山城のふもとの公園で恒例行
事として「四国松山ノーマルレトロカーミーティング」とい
うのがあるんやけど一緒に見に行きませんかとお誘い
がありました。彼もバリバリのエンスーにて3度のメシよ
りオクルマが大好きにて、タバコ屋が地獄のレストアを
経て赤いお嬢ちゃん(フェアレディZ)を所有していること
は承知の上でのことでした。それまでレストアのことで
頭が一杯のタバコ屋でしたが、その地獄の5年も一段落
したため、意を決して見学に行くことにしました。
タバコ屋の場合島からフェリーで松山まで渡る必要が
あり、結構手間のかかる事ながら楽しみのためなので
苦にはなりませんでしたが当日のフェリーは半ば貸切り
状態でした。東京お台場等で開催される大規模なミーテ
ィングには程遠いもののそれなりに風情があり結構はま
ってしまったタバコ屋でした。
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さて今年のレトロカーミーティングです。例によって辻田
さんからお誘いがあり、出かけることになりました。
いきなりMAZDAロータリーコスモスポーツが鎮座してい
ました。当時はコスモの名の通り宇宙船か何かのイメー
ジがあり、浮世離れしたオクルマとしてタバコ屋はただ
雑誌等で見てるだけ~の存在でしたが、今現実に拝見
しても現実生活とはかけ離れた夢のオクルマとしての印
象が強かったように思います。ちなみに後方にその辻田
さんと親友のオジサンが写っています。
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懐かしの先代スカイラインGT-Bです。NIPPONのレース
草創期に式場壮吉氏操るポルシェ904と生沢徹氏の駆る
GT-Bが日本GPで大接戦を演じ、ただ1周だけポルシェ
を抜きその前を走ったということで当時の観衆が熱狂し
たというレジェンドを持つオクルマですよね。しかしポル
シェ904は純粋なレーシングカーでありGTBはいくらチュ
ーニングしたところで所詮は実用セダンであったため、
レースは当然ポルシェの勝利でした。
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その後継車であり桜井真一郎氏率いる旧プリンス技術
陣の渾身の作品であるスカイライン2000GTRです。これ
は箱スカと呼ばれる初代でも後期タイプで最も洗練され
たデザインを持っています。いわゆるネオクラシックカー
を代表するオクルマの一つでしょう。
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エンスーの皆さんには見慣れた風景ながらGTRの心臓
部はレーシングカーR380の直系であるS20エンジンで
す。今でこそあまりビックリするものではありませんが、
当時としてはレーシングエンジンをデチューンしたものと
して夢のようなエンジンでした。それにしても当日のオク
ルマは素晴らしいレストアコンディションで博物館レベル
だと思いました。余計なことながら当時のGTRにはストラ
ットタワーバーは付いていません。
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サニー1000です。もう懐かしくて涙が出そうになるオク
ルマです。何故かと申しますと私の父が初めて買った
乗用車がこのサニー1000-4ドアセダンで、タバコ屋が
同志社大学自動車部に入部したての頃で、島でもまだ
乗用車は珍しい時代でした。父親も嬉しかったのでしょ
う、用もないのによく島内を乗り回していたのを覚えて
います。うっすらと記憶にあるのはタコメーターが備わっ
ていたのでデラックスタイプを奮発したのだと思います。
チェリーX1-17
それにしてもこの初代サニーはとてもシンプルなライン
と面で構成されていて、今見てもGOOD-DESIGNだと
思います。このいじらしいほどのつつましいデザインの
おかげで非常に軽量で1,000ccのOHVエンジンながら
極めて軽快な走行フィールだったように記憶しています。
後からわかったことですがそのエンジンはA型エンジン
と呼ばれNISSANの傑作エンジンの一つに数えられ、
その後の意欲作、チェリーにも搭載されました。
(関連記事:好みの基準 vol.5:懐かしのチェリーX1
参照願います)
DSCN9601.jpg
言わずと知れた初代カローラです。いにしえより三河武
士は家康を筆頭に底意地が悪くえげつないことで知られ
ていますが(豊臣家を騙し滅亡に追いやった超A級戦犯)
この尾張名古屋製のカローラもプラス1,000ccの余裕と
いうキャッチフレーズで、排気量を1,100ccとし、サニーを
出し抜き一躍日本を代表するファミリーカーにのし上がり
ました。サニーも負けじと1200ccにアップし「隣のクルマ
が小さく見えま~す」なんてCM流しましたがもう手遅れ
で、その顧客ファーストの巧妙なプチ贅沢スペックにより
サニーはもう二度と覇権を取り戻すことは出来ませんで
した。

それはともかく、良くも悪くも当時の日本を代表するオク
ルマであるカローラはあれよあれよという間に世界でも
NO.1の量産車となり世界のベストセラーVWビートルや
ゴルフを差し置いて世界で最も沢山生産されたオクル
マとなりました。これは我々NIPPONの誇るべき出来事
ではないでしょうか。

原点に返れとは巷間よく言われる言葉ですが、この初
代カローラのデザインは今改めて見ると、シンプルで
余分なラインがなく、また日本の感性を表現したとも思
えるやわらかな曲線を多用していますよね。世界のベ
ストセラーとなったのも頷けるようなGOOD-DESIGN
だと思います。
2 花脊峠
このブログに度々ご登場頂く京都の平尾センセもかつて
紅顔の美青年だった頃、即ち同志社大学自動車部1回
生の頃に、多分ご両親におねだりして買ったのだと思う
のですが、そのカローラの新車(多分スポーツタイプ)を
購入し、さっそくラリー車に改造、その後大学主催ラリー
を荒らしまわり、同志社に平尾ありと言われる素地を作
ったいわくのオクルマが京都の山奥の雪道で悪戦苦闘
しているシーンです。
(関連記事:校長先生の青春 vol.1:ラリーへの熱き思い
参照願います)
DSCN9620.jpg
トヨタカリーナSRハードトップです。このオクルマ自体は
セリカの兄弟車で、地味なのがお好みのお方はこちらを
どーぞといって開発されたオクルマなんですが、エンジ
ンルームを拝見してビックリ仰天しました。
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もうこの世のものとは思われないような磨き方をされて
いて、どこもかしこもピカピカ状態、指紋も手垢もオイル
のシミも皆無で、しかも各部が顔が映るくらいに磨き込
まれていました。ここまでくるともうやり過ぎというもので、
ちょっと腰が引けましたがそれもそのはず、実はキカイ
の研磨剤を売り込むメーカーさんが出品していたデモカ
ーだったんです。そらもうガマの油売りの大道芸人よろ
しくセールスのおっさんは得意げに説明していました。
見物の数人は「それ下さい!」と言っていたみたいです。
DSCN9622.jpg
わざわざ神戸から松山までお越しの2代目フェアレディZ
嬢です。アメリカで爆発的に売れた初代を引き継ぎ、主
に空気抵抗の軽減を図った改良を施したモデルです。
オーナーさんには申し訳ないのですが、確かに空気抵
抗係数は格段に向上したのでしょうが、初代Zの軽快で
躍動感溢れるデザイン
は消滅しダルくて(失礼)鈍重な
イメージとなってしまいました。2代目は初代の大ヒット
を受け継ぎ、販売台数は過去最大を記録した成功作で
したが、その後のオイルショック等により初代Zのコンセ
プト即ち軽量スポーツGTカー(タバコ屋の造語です)か
らお座敷仕様の鈍重なGTへと変身していくプロローグ
となったオクルマでした。すみません酷評で。
(関連記事:好みの基準 vol.7:カーデザイン参照願い
ます)
DSCN9617.jpg
サニー1000同様涙が出るほど懐かしいHONDA-N360
(通称Nコロ)です。その訳は以前の記事で何度もクドク
ドと取り上げていますので、改めて申すことでもありませ
んが、タバコ屋が地獄の自動車部3回生の時、卒業され
る大伴先輩より大枚2マン円で譲り受けたオクルマだっ
たからです。
DSCN9616.jpg
4サイクルOHC2気筒エンジンは正直バイクエンジンで
非常にレスポンスがよく小気味良く7,000回転くらいまで
吹け上がるソレは当時の若かりし頃のタバコ屋にとって
はとても魅力的で、他の国産軽四カーとは一線を画して
いたと思います。おっさん世代に今でも熱烈なHONDA
ファンが存在する原点は案外このNコロあたりにあるの
ではないでしょうか。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)
DSCN9595.jpg
はるばる福岡からご出品頂いた、ご存知HONDA-S800
です。Nコロ同様HONDA-DNAの原点とも言えるオクル
マで、タバコ屋の独断ながら本田宗一郎はこのS600、
800でまず世に自らの志を示し(ショーバイ抜きで)、次
にN360でショーバイのネタにしたというところでしょうか。
ショーバイ抜きだけあって、エンジンはわずか800ccなが
ら当時としては高度なメカであったDOHCを採用し8,000
回転くらいは軽く回せるというこれもバイクエンジンの
四輪車版でした。余計なことながらS600、800の基本設
計は元航空エンジニアでHONDA-F1の総監督も務めた
中村良夫さんだとお聞きしています。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
DSCN9597.jpg
余談ながら10年ほど前に、還暦を間近に控えたタバコ
屋は死に土産として手に入れるオクルマとして、今まで
乗った事のないこのS800かそれともフェアレディZか随
分迷ったのでしたが、結局S800はあまりにもサイズが
可愛らしすぎるので、若干の実用も考えてフェアレディZ
に決めたのでしたが、その決断が5年間のレストア地獄
を招こうとは当時夢にも思いませんでした。
DSCN9626.jpg
ダイハツ-ミラの商用パネルバンです。出品車ではありま
せんでしたが、どうもこのイベントにピザか何かを売りに
来ていた業者さんのオクルマのようでしたが、タバコ屋が
以前から気になっていたシロモノです。ショーバイ用に割
り切った非常に合理的なデザインがされており、フランス
のシトロエンにも通じるエスプリが感じられます。でも実
際の使い勝手というか荷物の収容能力は大したことは
なく現代の軽四ハイトワゴンにははるかに劣ります。
要するに横文字ショーバイのお店や花屋さんあたりが
おしゃれに荷物を運ぶためのファッションカーというのが
真相です。
DSCN9611.jpg
やや興ざめしたのは会場の特等席に現代NIPPON最先
端のスーパーカーであるNISSAN-GTRがドンと飾られて
いたことです。もう何もかにもが超弩級スケールでそこの
けそこのけGTR様のお通りである、といった風情でただ
息を飲むばかりと申しますか、息苦しくなるというのが正
直な実感です。
DSCN9612.jpg
タバコ屋を含む万博世代が知っているGTRと言うのは、
当時としては腰を抜かすほどの高性能、大迫力のオク
ルマではあったものの、現代のGTRから見ればそれは
それは、ささやかで控えめなマシンであったことが今更
ながら思い起こされます。う~ん、体力はニューNSXと
互角なんでしょうけど、3丁目の夕日トレンドのタバコ屋
としては両車ともどうしても馴染めないのはお年のせい
なんでしょうかね。
(関連記事:品性とダイナミズム vol.2:NSXどうやねん
参照願います)

会場にはまだまだ沢山の興味深いオクルマが出品され
ていましたが、例によってタバコ屋流の長たらしい記事
になってもいけませんので、今回はこの辺で留めておき
ます。というのも例の辻田さんが今度は高速道路沿い
の石鎚山サービスエリアでこれまた毎年開催されてい
る別のクラシックカーショーにも行こうや~と言いだして
(クラシックカーショーのはしご)それがこのイベントの翌
日ときたもんですから、タバコ屋はモノ好きなことに松山
に泊りがけで翌日のショーへも行くことになったのです。
バカですよね。その模様は次の記事にて。お楽しみに。

次の記事の予告 vol.7

平成28日11月15日
昨今やたらと全国的にクラシックカーショーが大盛況で
すよね。愛好会主催あり、また町おこしの一環で自治体
や商工会等の主催ありで百花繚乱(ひゃっかりょうらん)
の模様です。出品(出車)される方もさることながらそれを
見に行くギャラリーは我らが万博世代が中心のおっさん
だらけときたもんですから、もう笑ってしまいます。
結局今後のNIPPONのトレンドリーダーと言えば、何の
こともない我らが万博世代のおっさんということじゃない
でしょうか。若人よおっさんをなめたらいかんぜよ!。
DSCN9577.jpg
多忙にかまけ、新しい記事の更新が出来ていませんが
次回はそのクラシックカーショーの話題をお届けしようと
思います。お楽しみに。

品性とダイナミズム vol.2:NSXどうやねん

平成28年10月16日 【ブログ閲覧4万人突破記念号
この度鳴り物入りで発売された帰国子女(アメリカ製の)
スーパーカー二代目HONDA-NSXのことです。もう数年
前からそのコンセプトモデルは発表されていましたので、
デザインやメカは皆さんもうすっかりご存知のことだと思
います。
市販型新NSX-39-1
どうも基本コンセプトと駆動部分の開発は日本が手掛け、
パッケージング(基本コンセプトに基づく骨格、足回り、
縦横高サイズ、各種パーツ配置等、全体のレイアウトや
素材等の仕様決定)やボディデザイン(造形)の開発を
アメリカが担当したようです。
エンジン製造はオハイオ州アンナにある工場で行い、
その他の部品製造と最終組み立ては同じくオハイオ州
のメアリーズビルHONDAオハイオ工場の隣に今回新設
されたパフォーマンス・マニュファクチャリング・センター
(P・M・C)という舌を噛みそうな名前のNSX専用工場で
行なわれます。
NSX工場(PMC)1-1
その理由は主たる販売先はアメリカなのでアメリカで製
造するべきであるというのが以前からのHONDAの方針
であり、かつて昭和57年(1982年)日本のメーカーでは
いち早くオハイオ州のメアリーズビルに工場を建設し、
アメリカ進出を果たしました。当時の生産車種は主に
アコードでしたが、そのゆかりの地で今度は世界屈指
のスーパーカーNSXが生産されることになったのです。
(関連記事:オハイオの夢参照願います)
NSX工場(PMC)5
いよいよ生産を開始したNSXですが、塗装ロボット等最
新鋭のハイテク設備は導入してはいるものの、特別念
入りな工程が要求されるせいで、かなりの部分がハンド
メイドに近いため年間生産量は僅か1,500~2,000台に
過ぎず、日本への割り当ては初年度100台だそうです。
マクラーレン650Sスパイダー6
これはマクラーレンのスポーツカー650Sの年間生産台
数とどっこいどっこいで、世界有数の量産メーカーであ
るHONDAにとっては歯がゆいような台数ですが、スー
パーカーというのはこの程度の台数でないと希少性と
クオリティの面でプレステージが保てないのだと思いま
す。しかしまあ、全然儲からないNSXのために専用工場
を作るなどはHONDAにしか出来ない暴挙?でその決意
の程やアッパレ!と言うしかありません。
販売ブランドは当然アキュラで、アキュラを展開してい
ない日本等ではHONDAブランドで販売するようです。
NSXⅡ-92
スーパーカーであるNSXのスペックを申し上げても所詮
浮世離れしたものですので意味はありませんが、ご参考
のために申し上げますと動力は1基の電気モーターを組
み込んだ3.5L-V6・DOHC ツインターボエンジンをミッド
シップに搭載し、9速!DCT(デュアルクラッチトランスミ
ッション)のATを介して後輪を駆動するとともに、2基の
電気モーターで左右前輪を別々に駆動制御する、いわ
ゆるハイブリッド4WD(SH-4WD)システムを採用してい
ます。時代のトレンドの最先端ではありますが駆動部分
のメカニズムは我々庶民にはチンプンカンプンで極めて
複雑かつ理解しづらいものになっています。
(関連記事:東京モーターショー異聞 vol.5:国産車編
参照願います)
NSXⅡ-82
まあHONDAらしいといえばそうなんでしょうが、はっきり
言って懲りすぎです。その結果ボディにアルミやカーボ
ン樹脂やプラスチックを多用しているにも拘わらず車両
重量は1.7t強もあるのです。その犯人の大部分は複雑
な駆動システムにあると思います。
NSXⅡ-93
性能は申し分ないもので、エンジン部分で500馬力+α
それに前輪2個の電気モーターによるおまけ分が80馬
力で合計580馬力となり世界の一流スーパーカーと比較
して遜色のないものとなっており、ちなみにスタートして
時速100kmに達するまでのお時間は3秒!、最高時速
は307kmだそうでそんなに急いでどうするのと言いたく
もなりますがスーパーカーにとってはその性能を発揮す
る場所のあるなしに拘わらず自身の存在価値に関わる
身分証明書(アイデンティティ)のようなものでしょうか。
ただ意外なのは加速力に比べ最高速が今一つなのは
重量が1.7tもあることが災いしているように思います。
つまりパワーウエイトレシオが今一つなんです。
市販型新NSX-36-1
余談ながら、元ニッサンワークスドライバーの黒沢元治
さんもNSXのサーキットにおけるロードインプレッション
で駆動部分の重さが運動性能に悪影響を与えている
ことを指摘していました。タバコ屋もメカオンチなりに理
解するところがありましたが、さすがプロですよね。
新NSXアロンソ2
余談のおまけとして、初代NSXの場合はかのポール・
フレール先生や天才ドライバー、アイルトン・セナ!が
走行フィールの熟成開発に濃厚に関与していた事は
知る人ぞ知る裏話ですが、二代目NSXの場合はそうい
うドラマチックなことは起こらず、マクラーレン・HONDA
のエースドライバーであるF・アロンソがいわば宣伝の
ためにちょこっとサービス試乗した程度でしょうか。
918スパイダー11-1
NSXは世界の名だたるスーパーカーの中でも駆動メカ
に関する限り極めて特殊なもので同じメカを採用してい
るのは僅かにポルシェ918スパイダーのみです。ちなみ
に918のお値段はこれまた浮世離れした8,000万でそれ
も世界限定918台の生産というダジャレみたいな極少生
産車にて現在は生産終了のため正規の購入は出来ま
せんからプレミアムが付いて数億円で取引されている
であろうというしろものです。
(関連記事:沖縄巡礼 vol.4:気がかりなこと参照願い
ます)
458イタリア1
一方二代目NSXはアメリカで1,800万程度、日本で2,370
万(アメリカからの輸入車価格)というスーパーカーとし
てはごく平均的なレベルながら我々庶民から見ると目が
飛び出るまえにそもそも無視してしまうというプライスで
すよね。ライバル(仮想敵)としてはズバリ、フェラーリ458
イタリア(後継フェラーリ488)またはポルシェ911ターボで
しょうか。
ポルシェ911-2
スーパーカーにとってある意味その性能やメカ以上に
大切なのがボディデザインだと思いますが、新型NSXの
エクステリアデザインはHONDAの最新の記号(モチーフ)
を採り入れた斬新なものだと思います。
NSXⅡ-7
まず全体のフォルムですが初代NSXのやや扁平な塊感
に欠けるデザインに比べるとダイナミックな塊感はグッと
増して好ましいものになりました。ただしミッドシップ2シー
タースポーツカーということでキャビンがやや前寄りなの
は仕方がないにしてもルーフのカーブの処理がまずく
(後方部を削りすぎて)余計、前のめり感と胴長感を与え
てしまっています。フロントAピラーの立ち上がりをもう少
し後ろから始めるのと、ルーフの後方ラインを改善すれ
ばバランスが取れてうまくいくと思うのですが、残念です。
HONDAのデザイナー諸君、こういう時はタバコ屋に一言
相談しなさい。
(関連記事:燃えよ剣参照願います)
市販型新NSX-47
フロント部ではお口パックリは良しとしてもおメメはLED
ライトが左右6個づつ合計12個も付いており評価が分か
れるところです。お鼻にはソリッド・ウイング・フェイスと
いう最新のHONDAのモチーフが組み込まれています。
HONDAとしてはこれを今後のアイデンティティ(HONDA
らしさ)にしたいのだと思います。
その結果、お顔は流麗な躍動感はあると思うのですが、
おメメのデザインに違和感があり正直あまり心ときめく
デザインだとは思えません。シャープ過ぎてキツい印象
が強すぎます。ニャロメの警官顔になっても困りますが
もう少し温かみのある大き目のおメメにして欲しかった
です。HONDA of アメリカの感性とはこういうものでしょ
うか。でもこの意欲的な近未来的デザインに対して素人
の軽率な意見は控えねばなりません。
NSXⅡ-85
サイドからリアにかけてですが、しろうと考えながらサイ
ドのエアインテークの開口部がやや小さく、容量不足だ
と思います。システムが複雑だけにすごい熱を発生する
はずですから、いずれ改良を余儀なくされるでしょう。
新フォードGT-16
ただこのリアクオーター部のユニークな点はCピラーが
ボディ部とフェンダー部に分離して隙間があるという点
で、この手法は古くはフェラーリ348や、かつてルマンを
席巻した名車フォードGT40の復刻版である最新のフォ
ードGTでも採用されていてNSXよりもっと極端にデザイ
ンされていますので一つのデザイントレンドなんでしょう。
ちなみにこのオクルマは世界限定500台のみの生産で
おネダンは日本円にして4,200万だそうですが、購入申
し込みは7,000件に達したと言いますからもうあきれます
よね。ま、スーパーカーとはこういったたぐいのモノなん
でしょうけど。
(関連記事:アウディの挑戦:栄光のルマン参照願います)
市販型新NSX-52-4
リアエンドは初代のNSXがトランクスペースを確保する
ため極端に長く不細工だったのに懲りて短くしたようで
すがそれでも重く大きなエンジン・ミッションを収めるため
と若干のトランクスペースを確保するためか、お尻部分
が妙に膨らんでおりスポーティさに欠けます。タバコ屋
の個人的な好みで言えばスパッと切り下ろしたいわゆる
コーダトロンカが好きなんですけどね。
市販型新NSX-64
この透視図を見て頂ければおわかりでしょうが、リアエン
ドのダルい膨らみはエンジン、ミッションのせいではなく
トランクスペースの確保かあるいはデザインのこだわり
によるものなのが見て取れます。従いましてメカのせい
ではないかというタバコ屋の思い込みは撤回致します。

もう一点指摘したいのはレジェンドでも失敗していますが
ナンバープレートの位置をバンパー下へ持ってくるとトラ
ンク部が間伸びしてしまい緊張感やメリハリに欠けること
なんですが、NSXも同じ過ちを犯しています。
具体的な処方箋としてはロゴマークはフロントのみとし、
リアにはACURA NSXまたはHONDA NSXのロゴを上
部にその下にナンバープレートを配置すれば完璧です。
インプレッサWRX-10
また欲を言えば、エキゾーストパイプはチマチマとセンタ
ーでまとめずに、丸くぶっといのを2本づつ左右に出して
欲しかったです。少なくとも後続車を近付けないための
抑止効果はあると思うんですけど。
そうなると、エキゾーストパイプ内側の整流用ディフュー
ザーフィンも大きくすることが出来、視覚的にもより迫力
が増すことでしょう。
市販型新NSX-49-1
ついでながら、ナンバープレートの位置に関してフロント
はお鼻の正面にくっ付けていて見っともないです。
道交法できまりがあるなら別ですがこれは逆にもっと下
に下げるべきです。
1市販型新NSXコクピット-2
さてインテリア&コクピットですが、近未来的かつ個性的
なデザインだと思います。ただ機能的には大きなタコメー
ターが正面に1個でスピードやその他の表示があれこれ
組み込まれており見づらいという意見が多いこととNSX
の特徴である4つの走行モード(Quiet・Sport・Sport+
・Track)やATのレンジ切り替えスイッチがレジェンドの
パクリと思われるデザインでセンターコンソール位置に
収まっていますが、その操作方法が今一つで使い勝手
が悪いという意見が多いようで、デザイナーは要反省。
1市販型新NSXコクピット-2-1
また機能以外ではやたらにメタルが多用されてギンギ
ラギンのコクピットとなっており、ダイナミズムはともかく
品性は到底感じられない仕上がりとなっています。
う~ん、これが現代アメリカの感性なんでしょうか。
ディスカバリースポーツ6-1-2
これはランドローヴァーのSUV、ディスカバリースポーツ
のコクピットで、カテゴリーも違い例えが適切ではないの
は承知ながらメタルの使い方を始めその控えめで洗練
されたデザインには得も言えぬ品性とプレステージが漂
っており、ここだけのお話しながらタバコ屋の最も好きな
コクピットデザインなんです。もしこのコクピットに1日中
座っていろと言われても何の苦にもならないと思います。
ディスカバリースポーツ6-1-4-1
コクピット正面はタバコ屋好みの2つのアナログメーター
がシンメトリカル(対称的)に配置されていて、シンプル
かつ視認性も良好です。またセンターコンソール部も
カーナビ等のマルチディスプレイ、エア噴出し口、アナ
ログダイヤル式の各種コントロールスイッチ部と続き、
非常にわかりやすく使い勝手が良いと思います。また
メタルもそこかしこに程よく!散りばめられており心憎
い演出によりプレステージ感を表現しています。
ただ、走行レンジセレクターは只今ダイヤル式が世界
中大流行ですが、タバコ屋はレバー式の方が正しいと
思っています。またサイドブレーキも電磁式よりは機械
レバー式の方が安心感があります。
ディスカバリースポーツ6-1-12
このデザインのキモはメーターフード以外ダッシュパネ
ル上に突起がなく極めてクリーンに仕上げられている点
で、それがまたタバコ屋のお気に入りということなんです
が、ま、NSXはアバンギャルドであり一方ディスカバリー
スポーツはトラディショナルですから単純比較は難しい
と思います。
ローヴァー3500-3
若い方はご存じないでしょうが、思えばかつてHONDAは
ローヴァー社と提携していた時期がありました。昭和50
年代後半(1980年頃)にHONDAは高級セダンの開発を
目指していましたが製造経験もノウハウもなかったため、
提携先のローヴァー社に教わることにしました。
すでにローヴァーは元祖高級SUVのレンジローヴァーや
カーグラフィック編集長の小林彰太郎氏が絶賛し愛用車
でもあった高級セダン、ローヴァー3500を製造していて、
HONDAはその弟子として高級セダンのイロハをローヴァ
ー社から学び、発売したのが初代レジェンドでした。
初代レジェンド-1
当初アコードハッチバックからアコードセダンに乗り換え
るつもりだったタバコ屋はその壮大なプロジェクトを知る
に及んで意味もなく感動し、さっそくディーラーに押しか
け熱病患者の如く「このレジェンド下さい!」と衝動的に
叫んだのを覚えています。小林彰太郎氏がローヴァー
を絶賛しており、そのローヴァーとHONDAの混血児なら
さぞかしベッピンさん!やろなと単純に考えたのかも知
れません。確かに初代レジェンドにはそこかしこに欧州
車、それもローヴァーの品の良い香りが漂っていました。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)

残念なことにその後HONDAはローヴァー社との提携を
解消してしまったのでしたが、今でもその親戚関係が継
続していれば、今回のNSX開発にあたってせめてコクピ
ットデザインにはもう少しイギリスの品性が生かせたの
ではないでしょうか。メタルの使い方とか。
(関連記事:好みの基準 vol.7:カーデザイン参照願い
ます)
NSXⅡ-77-1
話しをNSXに戻します。立派なシートの後ろには荷物ス
ペースというものがほとんどなく、ちょっとしたカバン等を
置く場合は助手席を使うしかありません。同乗者がいる
場合は手荷物置場はおひざの上もしくはリアトランクと
いうことになります。スーパーカーには忍耐が必要です。
市販型新NSX-52-1
さて我々庶民にとって日常生活には全く関係ないと思わ
れるスーパーカー二代目NSXについて長々とご説明した
訳ですが、結局NSXどうやねんということになるとこれは
高額な絵画、骨董のカテゴリーと同様のものであり、好き
か嫌いかということであって客観的な評価は難しいと思
います。

ここで長年にわたり自称元HONDA-PTA会長を拝命した
タバコ屋の意見を言わせてもらえば、HONDAが技術の
粋を結集して作ったNSXであり、世界に誇るオクルマ芸
術品が出来た訳で、その執念には敬意を表しますが、
メカに懲りすぎて重くてアメリカンなヘビースーパーカー
になってしまっています。何故このようなことになったか
と言うとそもそもHONDAのフラッグシップカーたる次期
NSXをどのようなものにすべきか、そのコンセプト及び
イメージをまとめるプロデューサー(プランナー)の感性
をカタチにした結果がそうなったのだと思います。

ただしそのアメリカの感性なるものは、現行のレジェンド
がアメリカ主導の開発となり、タバコ屋はことごとく失望
の悲哀を味わっているだけに、今回「NSXよおまえもか
と言いたくなってしまいます。
(関連記事:好みの基準 vol.4:品性とダイナミズム参照
願います)
ラ・フェラーリF150-21-1
世界の一流スポーツカーはポルシェ、フェラーリを始め、
ジャガー、アストンマーティン、マクラーレンと言ったとこ
ろでしょうが、例外なく強烈なアイデンティティ(自己証明
書)を持っています。それはすべてレースで培われたも
ので唯一の例外は元トラクターメーカーのランボルギー
ニのみではないでしょうか。
NSX10.jpg
ではHONDAのアイデンティティとは何かと言うと初代の
NSXが開発された昭和60年代、F1においてマクラーレン
と組み、また天才ドライバー・アイルトンセナを擁して連
戦連勝しHONDAエンジン以外ではF1で勝てないと言わ
しめた当時のイメージではないかと思います。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.4:絶頂期参照
願います)
F1マクラーレンホンダMP4・5-2
世界中を席巻したそのエンジンとは当初1.5L-V6ターボ、
ターボが禁止された後は3.5L-V10、3.5L-V12と続きま
した。そのイメージをNSXに生かすとすれば今回の3.5L-
V6ツインターボというのは妥当なものかもしれませんが
スーパーカーというのはある意味究極の贅沢、無駄が
必要であり、その意味ではV6というのはポテンシャルは
別にしてやや貧弱でチープなイメージがしてしまいます。
(関連記事:荒ぶる心 vol.6:マクラーレン物語参照願い
ます)
F1マクラーレンホンダMP4・5B-10
他のスーパーカーとの差別化の意味でも当時マクラー
レン・HONDA-MP4/5に搭載されアイルトンセナを世界
チャンピオンに導いた3.5L-V10エンジンをツインターボ
化し、550馬力+αを確保すればエンジン内に電気モー
ターを組み込むなどと複雑なことをしなくても済んだの
です。それにフロント2個の電気モーター80馬力のアシ
ストで630馬力程度は可能なはずで、仮にそうなると、
ポルシェ、フェラーリ、マクラーレンと互角どころかいき
なり優位に立てようというものです。
(関連記事:燃えよ剣 vol.2:HONDAの挑戦参照願い
ます)

ちなみに、他のスーパーカーメーカーは同一ボディに
2種類のエンジンを用意する場合が多いのでその意味
ではNSXも3.5L-V6と3.5L-V10を選択出来るようにす
れば解決するのですが、所詮は無い物ねだりと言うも
のでしょう。

ただしそんな恐ろしい性能を公道で試す場所はどこにも
ありませんから、オーナーの心の余裕として持っておく
べきことなのです。プレステージとはそういうものです。
そこのところがHONDAの頑固なエンジニアはどうしても
理解出来ないようです。
(関連記事:好みの基準 vol.4:品性とダイナミズム参照
願います)

さて今回のテーマである品性とダイナミズムについて
二代目NSXはどうなのかについて結論を申し上げねば
なりません。他のスーパーカーとは似ていないHONDA
独自のダイナミックな躍動感は感じますが、品性につい
てはアメリカンな内外デザインにてタバコ屋の好みでは
ありません。またダイナミズム特にメカについてはメチャ
複雑なやり方でそれを実現していてタバコ屋がイメージ
するシンプルかつダイナミックなプレステージの演出が
なされているとは思いません。それは重量が1.7t以上
あることでも明白です。
(関連記事:ブランドに秘められたもの vol.2:外国車
参照願います)
フェラーリ348-6
あえてタバコ屋の好みの事例を挙げるとすればボディ
デザインでは今はもうクラシックになりつつあり、古臭い
と言われるでしょうが、昭和64年(1989年)に発表された
フェラーリ348でしょうか。初代NSXと同時代のライバル
として同じミッドシップカーとしてピニンファリーナは過去
最高のオシゴトをしたと思います。
フェラーリ348-3
今回NSXで指摘したデザインの難点をこの348はすべて
見事に解決しています。タバコ屋のイメージする品性と
ダイナミズムというのはこういうものです。今見ても惚れ
惚れするプロポーションですよね。
(関連記事:好みの基準 vol.7:カーデザイン参照願い
ます)
エンツオ・フェラーリ4

尚、蛇足ながら日本人の名誉のために付け加えますと
フェラーリのデザインは近年外部のカロッツェリア(車体
架装業者)に頼ることなく社内でやることが多くなりその
一例としてエンツオ・フェラーリがあります。このボディ
デザインは当時フェラーリに在籍していた日本人デザイ
ナーのケン・オクヤマこと奥山清行氏が手掛けました。
彼は帰国後優秀な工業デザイナーとして多方面で活躍
し、JR新幹線の各種車両デザインにも深く関わっていま
すよね。
(関連記事:チンケとモダン参照願います)
エンツオ・フェラーリ5
ちなみに、このオクルマのフロントフェイスはタバコ屋に
とって348の次にお気に入りのデザインです。何故かと
申しますと、モダンでシンプルなデザインながら塊感と
躍動感(ダイナミズム)が表現されているからです。いっ
そケン・オクヤマ氏にNSXのデザインをしてもらったら
良かったかも知れません。尚このデザインはM・シュー
マッハが活躍した当時のF1カーがモチーフとなっていま
す。また先ほどの記事でNSXのサイド・エアインテーク
開口部が小さいと申しましたが、せめてエンツオ程度の
大きさにはすべきです。
市販型新NSX-48-1
NSXも最新の空力理論に基づく現代のダイナミズムが
存分に表現されているのでしょうが、タバコ屋世代には
それが十分理解出来ないのかも知れません。
古い奴ほど古いものを欲しがるものでございます??。
市販型新NSX-48
ちなみに上2枚の写真はタバコ屋のブログに度々ご登場
頂く元兵庫県警ギーちゃんこと森本氏のお膝元、神戸
のメリケン波止場と思しき場所で撮影されたものですが
すぐ近くの中突堤やポートタワーも写っていて、タバコ屋
が若かりし頃は大阪、京都への仕入れの際は中突堤で
早朝下船し、阪急電車で上阪したものでした。懐かしい
です。

それはともかく日本生まれアメリカ育ちのNSXは母国?
アメリカで只今大ヒットし年間2,000台足らずの生産ゆえ
納車まで数年かかるという噂ですが、日本では年間100
台の割り当てのため限られた僅かな方が購入すること
になるのでしょう。
市販型新NSX-42
ところで皆さんはNSXブランドの意味をご存知でしたか。
New Sportscar X(eXperimental)の略だそうで、
新しい(未知なる)スポーツカーという意味だそうです。
伝統的な社風として真似が大嫌いなHONDAのことです
からスーパーカーにおいてもフェラーリやポルシェとは
全く異なるメカニズムやデザインでアプローチしたかった
のでしょうし、初代以来ネーミングにもその気負いを表
現したのだと思います。恥ずかしながらタバコ屋はその
由来を知りませんでした。
市販型新NSX-61
想像ながらその購入者は熱烈なHONDAファン(HONDA
オタク)でしかもお金持ちの方、あるいは不純な動機なが
ら投機目的の方ではないかと思います。
多分現状のスペックとデザインではポルシェとフェラーリ
のオーナーはHONDAのディーラーへ息せき切って飛び
込み「これ下さい!」と叫んだりはしないと思います。
S660-12.jpg
それにしても二代目NSXはHONDAのフラッグシップカー
として「坂の上の雲」の場所にお住まい頂ければいいと
思うのですが、元HONDA応援団の一人として望まれる
のはNSXとS660の間を埋めるスポーツカーですよね。
新S2000-2
以前にはS2000がありましたので、写真は単なる想像図
ながらその復刻版が発売されれば最大購買層?である
タバコ屋世代としてもファーストカーなりセカンドカーなり
の候補として真剣に悩むのではないでしょうか。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ 及び
ダウンサイジングのススメ vol.2参照願います)

余計なことながら今世界で最も売れているスポーツカー
はMAZDAロードスターですからHONDA-S2000が復活
するとしたらまさにそのカテゴリーと言うことになります。

ダウンサイジングのススメ vol.2

平成28年9月28日
予告記事にてお知らせしたとおり、今回は今時代のトレ
ンドであるダウンサイジングについて再度お話ししてみ
たいと思います。
思えばタバコ屋世代というのは戦後の団塊世代の端っ
こに位置し、東京オリンピック、新幹線開通、大阪万博を
立て続けに経験した、日本の高度成長時代の申し子み
たいな世代なんです。
東京オリンピック7
当然思想や人生観は環境に作用される訳で、その当時
日本経済は常に右肩上がりのベクトルで、所得は倍増、
向上心旺盛、組織においては俺に付いて来いみたいな
モーレツで熱病にうなされた如くに突っ走った時代でした。
SONYもHONDAもそのような環境の中で昼夜を徹して頑
張り、その後の世界に冠たるMADE IN JAPANの確固た
る立ち位置を築いたのでした。
アメリカンドリーム2
また欧米に追い付き追い越せのスローガンのもと、当時
世界の頂点に立ちその絶頂期を謳歌していたアメリカの
衣食住に及ぶ眩しいほどのライフスタイルを丸ごと飲み
込み真似ることで、物心両面での飢餓感から脱出しよう
としました。一般には当時のことをアメリカン・ドリームと
言ったりしますよね。昭和30~40年にかけての古いお話
です。
(関連記事:初夢、イノベーション・オブザイヤー vol.1
参照願います)
ジュリアナ東京4
時は移り、平成初期のバブル時代、ジャパンアズNO.1
などと持ち上げられ、アメリカ、マンハッタンのビルを始
め不動産を買いまくった時期から一転、リーマンショック
により、ペシャンコに打ちのめされ重傷を負いながらも
何とか立ち直り、今日に至っているのが正直なところで
しょう。思えばタバコ屋も含めて人間のやっていることと
言ったらそれが東大卒のエリートであろうが一般庶民で
あろうが何と浅はかなことをやって来たんだろうかと思
います。そこに奥ゆかしさとか品性があったのでしょうか。
企業の良心というものがあったのでしょうか。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.4:絶頂期参照
願います)
とと姉ちゃん10
間もなくドラマは終結しますがNHK朝ドラ「とと姉ちゃん」
が只今絶好調の視聴率にて全国の中年をとりこにして
いますよね。かく言うタバコ屋も毎朝かじり付いています。
暮しの手帖1
ご存知のごとく、このドラマは大橋鎭子さんと花森安治
さんが創刊した「暮しの手帖」の実話に基づいたもので、
戦後日本のすさんだ日常生活に生活者の視点に立った
あるべきライフスタイルの提案や公正な商品テストを実
施掲載した画期的な雑誌でした。
(関連記事:時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと参照
願います)
CG創刊号3
またオクルマ業界では小林彰太郎氏を中心として「カー
グラフィック」が創刊され、当時の稚拙なオクルマ業界に
欧米の先進的なオクルマを紹介し、ホンモノとは何かに
ついて提唱し、自らも走行テストを実施することで、その
後のNIPPON車に対し多大な啓蒙を果たしました。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.2:発展期参照
願います)
倉本長治1
さらに商業の世界では倉本長治氏が雑誌「商業界」に
おいて、戦後の無秩序な商いを嘆き、正しい商いの姿
を提唱し、また斬新なアメリカのスーパーマーケット理論
を日本に紹介すると共に、その後のダイエー、ジャスコ、
ニチイ等戦後日本の流通革命を成し遂げた若き商人達
を育てました。ちなみに倉本長治氏の提唱した理念とは
「店は客のためにある」という極めてまっとうなことだった
のですが、当時の現実はその逆だったということです。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)
倉本先生視察10
余談ながら、タバコ屋の先代は倉本長治氏の熱心な信
奉者の一人で、子供心に小さな島でそのことを実践しよ
うと悪戦苦闘していたのを覚えています。タバコ屋もその
理念だけは忘れないようにしてきたつもりですが、さて。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照
願います)
新島襄1
手前味噌のお話しになりますが、タバコ屋の母校同志社
大学の創始者である新島襄の建学理念は「良心の全身
に充満したる丈夫(ますらお)の起こり来たらんことを」と
いう当時の受講生に宛てた檄文に表現されていますが、
意訳ながら良心を内に秘め、同志社で学んだ後はあら
ゆる実業分野でその精神を生かして欲しいという願いが
込められているのではないでしょうか。
(関連記事:京都・宇治・巡礼 vol.1 及び
八重のこと vol.1参照願います)

その意味で「暮しの手帖」、「カーグラフィック」、「商業界」
という雑誌とその編集者はカテゴリーこそ違え、良心が
全身に充満した活動を実践した方々だったのではない
でしょうか。こう見ると、NIPPONも捨てたものではありま
せん。

さて長い前置きとなりました。そのような激動の時代を生
きてきたタバコ屋世代ですが、ほとんどの方が定年を迎
え、また実業の方は後継者に事業継承をして第二の人
生を歩み出そうとしています。
これからのかけがえのない第二の人生、大切なことは
「クオリティ・オブ・ライフ」ではないでしょうか。それは
何がクオリティなのかという価値観を意味します。
いつかはクラウン2
タバコ屋世代のかつての価値観は「大きいことはいい
ことだ」、隣のクルマが小さく見えま~すなんて他愛の
ないものでした。また「いつかはクラウン」ということで
とにかく立派なものに憧れてきました。

これからは違います。「小さいことはいいことだ」なんで
す。即ちキーワードは「ダウンサイジング」です。
今まで貯めてきたお金でフェラーリ、メルセデスを買うの
もいいでしょう。しかしそうではないです。逆なんです。
今までの価値観を捨て去る必要があります。これまでの
見聞や知識、経験をもとにして、それをギュッと凝縮した
うえで、価値観の転換を試みるのです。

ある意味それは自分自身の環境整備とも言えます。
当時とは環境がまるで変わったのですから、環境に合わ
せて自分自身を変える必要があります。過去のしがらみ
や、こだわりを思い切って捨て去り新しい第二の人生を
歩みたいものです。

また日本の人口の最大構成比を持つ我々万博世代が
どういう価値観を持つかで日本の衣食住からオクルマ
に至るまでの消費に重大な影響を及ぼす結果となるの
です。言い換えれば今後の消費のカギを握っているの
は我々万博世代なんです。その具体例としてタバコ屋
の好きなカテゴリーであるオクルマの分野についてお話
してみたいと思います。
S660-11.jpg
今、人気のSUBARUインプレッサ、MAZDAロードスター、
HONDA-S660、TOYOTA-86等々、メーカーは若い人に
乗ってもらいたくて開発したのに、買ってるのはほとんど
50才以上のオッサンという皮肉な現象が起きています。
ファーストカーとして買われる方もいるでしょうが、タバコ
屋の想像では半数近くの方がセカンドカーとして買って
いると思うんです。
新ロードスター3
ここから導き出される結論は今後団塊世代、万博世代
はセカンドカーを買うであろうということです。しかもこの
世代はオクルマに対して目が肥えているので並みのシロ
モノでは満足しないでしょう。今オッサン世代に人気のあ
るオクルマの共通キーワードを探してみると以下のよう
になります。
1.スポーティであること(若い頃を思い出させるような)
2.ブランドに歴史があること(ノスタルジーを感じさせる)
3.サイズが小さいこと(ダウンサイジング)
4.使い勝手が良いこと(ただ広いとか言う意味ではなく
自分にとってのスペースユーティリティや機能)
5.廉価であること(購入価格が新車で250万以内?)
ヴィジヴ21
さて以上のキーワードに加え最近の世界的なトレンドで
あるSUVという3文字を加えればメーカーとしてこれから
最も売れるであろうオクルマのかたちが見えてくると思う
のです。
それを満たしたオクルマが発売されれば我々万博世代
はCMなど流さなくても、ディーラーへ押しかけ商談もそこ
そこに「それ下さい!」と年甲斐もなく一方的に叫ぶこと
になるでしょう。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ参照願います)

では話しを一歩進めて近い将来はともかく、現実にはそ
のようなオクルマが存在するのか見ていくことにします。
ミニ・クロスオーバー7
1.BMWミニ・クロスオーバー・・・言わずと知れた初代オー
スティン・ミニ復刻版のSUV仕様です。BMWミニは現代に
おいて最も成功したリバイバル・カーだと思うのですが、
メカは最新のBMW流のものでそのコンセプトやボディデ
ザインに初代ミニの面影を色濃く反映させるという手法
はアッパレであり、我がNIPPON車も是非真似てほしい
やり方です。
ミニ・クロスオーバー10
ただコクピットのデザインが漫画じみていてミニ伝統のモ
チーフを移植したいという熱意はわかるのですがまるで
体重計のようなセンターメーターには思わず笑ってしまう
ほどで、変わり物好きのタバコ屋でもやや腰が引けます。
(関連記事:好みの基準 vol.1参照願います)
スバル1000-6
たとえばSUBARU-1000の復刻版を最新のメカとSUVで
しつらえたものが発売されたら、多分SUBARUのディーラ
ーは整理券を発行するほどの嬉しい悲鳴を上げることで
しょう。ついでにあのパタパタターという乾いた独特のエ
キゾースト音も再現出来たらもう言うことないです。
余談ながらSUBARUの名誉のために書き加えますと、
この画期的なSUBARU-1000のメカはアルファロメオが
アルファスッドの開発において丸パクリしたと言うのは
有名な裏話ですよね。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
N-ONE-4.jpg
近年HONDAはN360の復刻版として軽のN-ONEを発
売しましたが、残念なことに当時のNコロのイメージを上
手に復刻出来たとは言いがたく、どうしても愛着が湧か
ないのはタバコ屋だけではないと思います。そもそもお
顔がニャロメの警官顔ではファニーを通り越して気持ち
が萎えてしまうと言うもんです。おまけにリアのCピラー
は上でカットしたような処理がされていて何とも収まりが
悪くまた全体にボテッとしていて軽快感のないデザイン
です。つまりNコロの持ち味だったスポーティさに欠ける
ということです。
N360-3.jpg
当時のNコロはとても小さなサイズでしたがそれなりに
全体のバランスが取れていました。と言うか当時の本田
宗一郎の熱き想いがNコロには凝縮されていて、大衆車
ながら、スポーティマインドが満載されていました。今で
も思い出しますが、加速とシフトはバイクの感覚で当時
の若者なりにその痛快さを堪能出来た様に思います。
HONDAのデザイナー諸君に言いたい。「初代のモチー
フを生かす感性が不足している」と。だってBMWミニは
見事に復刻版を成功させたではないですか。
シティ1
かつてのHONDAはステップバン・バモスHONDA・初代
シティ等、ユニークで魅力的な数々のオクルマを世に輩
出して来ただけに再びその復刻版として世のオッサン連
中をアッと言わせるような面白グルマを出して欲しいもの
です。でも巨大企業となった今、HONDAにそれを求める
のは無い物ねだりに等しいのかも知れません。
FT86-2.jpg
またトヨタとSUBARUがコラボで作っている86(BRZ)です
がメカは申し分ないもののやはりデザインが当時の86の
イメージを反映させたものとは言えず違和感を感じます。
でも我々オッサンのセカンドカーとしてはそれなりにノス
タルジーを感じさせ、結構イイ線を行っているのかも知れ
ません。
ここだけの話しですけど、86が何故不細工なのかその理
由が最近わかりました。フェンダーのホイールアーチが
フロントAピラーより少し手前で終わっていてそこから直
線のラインが後方に繋がるので、要するに胴長の印象を
与えてしまっているんです。スポーツカーは胴長ではダメ
ですよね。
トヨタ2000GT-11
トヨタのデザイナー諸君、かつてトヨタ2000GTという珠玉
の如き完璧なデザインとメカのスポーツカーを作ったメー
カーがいくら量産車とはいえこのようなデザインのオクル
マを作ることは矜持に関わることではないんでしょうか。

もうこうなったら、トヨタはあてにせず一方のSUBARUに
期待してモデルチェンジを機に同一ボディだったものを
別のデザインにしてもらいたいものです。余計なお話な
がら最近のSUBARUデザインは随分アカ抜けて来てい
るのでサスガと思わせるものが出来るかも知れません。
インプレッサWRX-3
事実SUBARU-WRXプロトタイプは正直感動ものでした。
ただ市販版は大幅に手直しされて残念でしたが、もし
このままで市販されていたらタバコ屋は熱にうなされた
ような目をしてディーラーに行き「説明も試乗もいらない
から、これ下さい!」と叫んでいたと思います。
(関連記事:好みの基準 vol.4:品性とダイナミズム参照
願います)
チェリーX1-2
もう一つ残念なことはニッサン車が一つも出てこないこと
です。かつての栄光のNISSANはどこへ行ってしまったん
でしょうか。タバコ屋が秘かに復活を望んでいるオクルマ
それはNISSANチェリーX-1です。昭和40年代前半当時、
先進的なメカとデザインで颯爽と登場し、高性能でキビ
キビした走りはタバコ屋を始め当時の若者を魅了しまし
た。その復刻版がSUVの衣装をまとって発売されたらも
う万博世代のオッサン連中は懐かしさの余り、居ても立
ってもおれず、ディーラーへアポなしで押しかけて商談
もせずに「とにかく、これ下さい!」とヒステリックに叫ぶ
ことでしょう。
(関連記事:好みの基準 vol.5:懐かしのチェリーX1参照
願います)
新クロスポロ8
2.VWクロスポロ・・・VWのコンパクト量販車種を流行の
SUVにしつらえたもので、結構中年の奥様方に人気が
あるようです。優等生のVWが作ったSUVだけにドイツ
車らしい剛性感、清潔感にあふれており、タバコ屋も
セカンドカー候補の筆頭に上げているオクルマです。
10年前にデビューし、現在二代目に移行していますが
各部の改良は進んだものの、デザインが最近のVWの
トレンドを反映してビジネスライクなものとなり、やや
物足りないものがあります。
クロスポロ17
その点初代は愛嬌のある丸目デザインで、無駄なライン
がなくしかも塊感があって、タバコ屋は初代クロスポロに
対し愛着があることは以前の記事でもお話しました。
ただ直近に排ガスデータ不正でマイナスイメージがあ
るのは残念ですが、あせらず地道な努力をして名誉を
回復してほしいものです。
(関連記事:好みの基準 vol.6:セカンドカーのこと参照
願います)
Q1-4.jpg
親戚のアウディもSUVのQ1を発売していますが、メカは
クロスポロと似たようなもので、どちらにするかは好み
の問題でしょう。ええかっこしたいんであればQ1でしょう
か。
レネゲート3
3.ジープ・レネゲート・・・元祖SUVと言えばジープに止め
を差すのではないでしょうか。そのジープが作ったコンパ
クトSUVがレネゲートで、かつてのジープの面影を残しつ
つ、最新のメカとデザインで仕上げています。これです。
このやり方なんです。BMWミニ同様、成功する秘訣は。
CX-3-3.jpg
4.MAZDA-CX3・・・MAZDAがスカイアクティブメカを引っ
さげて登場させた力作だけにメカは申し分なくデザイン
も最新のトレンドをすべて取り入れた魅力的なもので
MAZDAのドル箱車種になるのではないかと思いますが、
多分オッサン世代も結構買っていると思います。セカンド
カーとして国産車では最適の一台ではないでしょうか。
欲を言えばお口のまわりのキラキラモールをやめて頂く
とよりタバコ屋好みとはなりますが。
ポルテ5
5.トヨタ・ポルテ・・・子育てはとっくの昔に終わったタバコ
屋世代において、現在直面しているのは親の介護では
ないでしょうか。その意味でセカンドカー選びについては
機能という点で、SUVではないもののコンパクトワゴンと
してトヨタ・ポルテが優れていると思います。トヨタではプ
チバンと呼んでいるらしいですが、ちょうどいいサイズに
スライドドア等、お子達や老人に優しい数々の機能が盛
り込まれています。さすが気配りのトヨタらしいおもてなし
車と言えます。デザインも国産車に似合わず無駄のない
シンプルなラインで構成されていてしかも塊感と愛嬌があ
り、また縦横バランスが非常に良く安定感があって、タバ
コ屋お気に入りの一台となっています。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ参照願います)

ちょうどいいサイズと言えばそれがCMコピーにもなって
いるHONDA・フリードがありますが、どういう訳かタバコ
屋はトヨタ・シエンタ同様好きになれません。何故だろう。
アクティバン4
軽のアクティ・バンはタバコ屋お気に入りで社用車として
2台使用しているんですけどね。
ついでながら、スペース/コスト・レシオ(タバコ屋の造語)
でいえばアクティ・バンは国産車最強の部類に入るので
はないでしょうか。ハイトルーフと相まって、たいがいの
ものは積み込めます。今流行の両側スライドドアですし。
ハスラー7
6.国産軽SUV・・・スズキ・ハスラーとダイハツ・キャストが
相次いで発売され大人気のようです。しかしこの二台は
オッサンよりは若い女性に人気があるようで、デザイン
もメカもコストパフォーマンスも申し分ありませんが実際
オッサンが購入するとなると何故かやや腰が引けます。
だって娘の車を買うのにくっ付いてきた感じのオヤジが
いきなり「これ下さい!」と言うのも気恥ずかしいじゃな
いですか。
(関連記事:東京モーターショー異聞 vol.5:国産車編
参照願います)
キャスト2
蛇足ながら、このブログに度々ご登場頂く、京都の元校
長、平尾センセも最近タバコ屋と同様の悩みに直面して
いるらしく長年愛用してきた栄光の三菱パジェロを手放し、
セカンドカーとして新たにニッサン・キックスを入手される
ようです。
パジェロミニ6
キックスは知る人ぞ知るSUV三菱パジェロ・ミニのバッジ
エンジニアリング車(三菱製OEM車)で平尾センセにして
みれば思い出のいっぱい詰まった愛車パジェロとお別れ
するのは我が子との別れの如く辛い思いなのでしょうが、
セカンドカーとして入手するキックスであれば、言わば
ダウンサイジングしたパジェロな訳ですので、諦めもつく
というものではないでしょうか。
パジェロミニ2
見方によれば2シーターのスポーツカーと言えなくもない
のでマニアックな平尾センセにはお似合いのセカンドカ
ーだと思います。(一説によるとDOHCインタークーラー
付きターボだそうで、すご過ぎ!)
45.jpg
尚、平尾センセはファーストカーとして現代の零戦、三菱
ランサー・エボリューションX(10)をお持ちな訳ですから、
今回の選択は贅沢な悩みと申せましょう。
(関連記事:京都・宇治・巡礼 vol.2 及び
好みの基準 vol.6:セカンドカーのこと参照願います)

さてここまでお読み頂いた読者の方はタバコ屋が何を
言いたいのか概ねわかって頂けたと思います。第二の
人生でオクルマのダウンサイジングが大切なのはもと
より、身の回り品のダウンサイジング(環境整備)にも
着手して頂きたいのです。
今までご夫婦で貯め込んで来たお子達との思い出の品
や衣料品、家具類、書籍、道具等々数え切れない品々
が我が家を所狭しと埋め尽くしているはずです。この際
目標として現在の1/2の量に減らしては如何でしょうか。
オクルマのダウンサイジングが3Lの排気量に乗ってい
たのであれば1.5Lに、2Lであれば1Lに減らす如く自分
の身の回りのものを思い切って1/2に減らすんです。
多分何も困らないし、かえってスッキリ気持ちとお部屋
の整理がついて爽やかな気分になれるのではないでし
ょうか。
老婆心ながら1/2に減らすと言うのはハンパではなく全
部捨て去るくらいの覚悟がないと出来ないことを申し添
えておきます。ダイエットも同様にて「さあ、明日からやる
ぞダイエット!、三日坊主でリバウンド」などという中年
のもの悲しい川柳もあるくらいで、実現はなかなか難し
いことです。
(関連HP:なんにもないぶろぐ参照願います)

ま、人様にお勧めするまでもなくこれはタバコ屋にとって
の目標でもあるのです。今まではより大きく、より立派に
という目標を突っ走って来ただけにギアをリバースにす
るのは思い切りのいることではありますが、その上で、
今後のクオリティ・オブ・ライフをゆっくり考えてみるのも
一興かと思います。

次の記事の予告 vol.6

平成28年9月19日
以前、と言うか今年の2月にダウンサイジングのススメ
という記事を書かせて頂きました。何やらかつての慶応
義塾大学創立者の書いた本のパクリみたいな気もしな
いではありませんが、とにかく今時代は特にオクルマ業
界はダウンサイジングの方向に向かっていることを力説
致しました。ま、事実はそのように推移しているのですが、
我々高度成長時代の申し子、いわゆる万博世代にとって
のセカンドカー選びに際し、そのダウンサイジング思想が
どのように反映されるのかの再確認を次の記事でお話し
してみたいと思います。お楽しみに。

時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと

平成28年8月19日
最近のNHK朝ドラはビックリ・ポンのあさが来たを始め
ヒットの連発で、只今放送中のとと姉ちゃんも大人気に
て、タバコ屋も前回のあさちゃんのめざましい活躍以来、
毎朝TVにかじり付いています。
今は故人となりましたが、京都長岡京に在住だった叔父
がお勤め中はTVなんか見ない人でしたが、定年退職後
は当時の朝ドラにかじり付いていたのを思い出し、ああ
自分もそのような年になったのかと感慨深いものがあり
ます。
(関連記事:島のビックリポン酢開発 vol.4参照願います)
とと姉ちゃん2
さてこの物語は戦後荒廃した日本の日常生活を憂い、
衣食住にわたりその生活文化の検証と提言及び啓蒙
に多大な影響力を及ぼした雑誌「暮しの手帖」を創刊し
た大橋鎭子とそのパートナーだった花森安治が苦闘を
重ねた実話をもとにしていますよね。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照
願います)
とと姉ちゃん7
高畑充希(たかはた みつき)さん演じるとと姉ちゃんこと
小橋常子は幾多の困難を乗り越えて「あなたの暮し」と
いう雑誌を支えていくのですが、これは今風に言えば
生活情報発信誌とも言える斬新なもので、当時の生活
者、特に女性からは圧倒的な支持を受けました。
とと姉ちゃん9
只今ドラマは佳境に入りつつありますが、そのキモは
2つあり一つは雑誌に広告を載せないということで、広
告を載せるとそのスポンサーからの影響を受け記事内
容が歪められるおそれがあったからです。
二つ目は戦後当時粗悪商品の多かった時代にあって
メーカーに頼らず自社で商品テストを実施し、雑誌を通
じて読者に商品の優劣やその選択及び正しい使用法
を啓蒙したことでした。
暮しの手帖1
そのような熱き編集理念を実践した雑誌ですから当時
公平な情報など皆無に等しかった生活者から圧倒的な
支持を得たことは当然だったのかも知れません。
朝鮮戦争特需1
「暮しの手帖」が創刊されたのは昭和28年(1953年)で
すが、昭和30年代に入ると朝鮮戦争による特需により
日本が奇跡的な復興を果たし、高度成長を始めた頃で
白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫が3種の神器としてもては
やされました。
(関連記事:初夢、イノベーション・オブザイヤー vol.1
参照願います)
零戦-11
話しはいきなり飛びます。戦争により完膚なきまでに破
壊された航空機産業は戦後アメリカにより、封印されて
しまった訳ですが、そのかわりに台頭してきたのがオク
ルマ産業で、行き場を失った多くの優秀なヒコーキ技術
者が心機一転、今まで培った技術を駆使して国産車の
開発、製造に乗り出すことになりました。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
アメリカンドリーム3
皆さん意外でしょうが、当時オクルマで世界最高峰の技
術と品質を誇っていたのはアメリカでした。2番3番はな
きに等しい状態でしたが、しいて言えば大衆車の分野で
イギリス、フランス、ドイツが続いていたくらいでしょうか。
つまり戦争により国力を消耗し尽くしてしまっていた各国
はオクルマをまともに作る力が残っていませんでした。
唯一アメリカだけはあれほどの戦争でもびくともせず逆
に戦後の一大繁栄を謳歌した訳です。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)

しかし時間が経つにつれ、アメリカ以外の戦勝国も敗戦
国も徐々に国力を回復し、国産車の開発、製造により
急速に力を付け、果ては豊かな国アメリカへの輸出を
開始するに至りました。

奇跡の復興を遂げた日本も例外ではありませんでした
が、戦時中世界でもトップクラスの技術を誇った航空機
はともかく、オクルマでは欧米各国に比べ歴史と技術の
蓄積がなく、国産車とはいえお粗末なものしか作る能
力がなかったのです。
CG創刊号1-2
そのような時代背景のもと昭和37年(1962年)ジャーナ
リストの小林彰太郎氏を中心とするメンバーにより二玄
社からCARグラフィックが創刊されました。
その編集理念は「暮しの手帖」とよく似ており、厳正中立
な評論と豊富な海外レース情報を中心に、美しい写真で
紙面を飾るというもので、ややこじつけながらオクルマ版
「暮しの手帖」とも言えるものでした。
小林彰太郎1-1
ただ編集長の小林彰太郎氏はイギリス車の熱心な信奉
者であり、創刊当時から一貫してイギリス車はもとより
ヨーロッパ車は大絶賛で、一方国産車はボロクソという
評価でした。当時日本はそれだけの実力しかなかった
訳で厳正中立な評価と言う点では当然でした。
当時の国産車メーカーの技術者はCARグラフィックの記
事により随分悔しい思いをしたと思うのですが、それが
バネともなり、短期間で飛躍的な性能向上を果たすこと
になります。
つまり「暮しの手帖」が日常生活のバイブルならCARグラ
フィックはオクルマのバイブルであり啓蒙書でもあった訳
です。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照願
います)
CG2
その後、昭和40年代に入りタバコ屋が同志社大学自動
車部に在籍していた頃には誌名もCAR GRAPHICと改
められ、我々オクルマ好きのビンボー学生にとっても
バイブルとなっていきました。ただし当時かなり高価な
雑誌だったので常時は購入することが出来ず、今出川
キャンパスに程近い本屋のおじさんのハタキを覚悟で
立ち読みをさせて頂いたことは1度や2度ではありませ
んでした。
CG5 雑誌NAVI-4
やがてCAR GRAPHICは絶頂期を迎え、昭和59年(19
84年)には姉妹誌としてNAVIを創刊しました。
CAR GRAPHICがハードウエア主体の記事に対しNAVI
はソフトウエア主体の記事で、各界専門家の対談やエッ
セイ等、ユニークな記事が満載でした。
著作1
今は故人となりましたがヘタウマ漫画やマルビ・マルキ
ン等のおもしろ流行語を発明する等で有名だったナベゾ
画伯こと渡辺和博氏が「エンスーへの道」というタイトル
のコラムにユニークな漫画入りの記事を連載していまし
た。
著作4
ちなみに、今では当たり前となったオクルマ・オタクを指
すエンスージアストを略した「エンスー」という流行語は
渡辺氏が発明したものです。
(関連記事:島のスイーツ開発 vol.5:ナベゾさんのこと
参照願います)

「暮しの手帖」の最大の特徴であった独自の商品テスト
を行い公正な評価をするという点においてはCAR GRA
PHICでも自社で最新のオクルマを購入し長期テストに
よる性能の総合評価を実施していました。
ただとても高価な商品なので注目されている一部の車
だけを購入しあとはメーカー広報車を借り出してその性
能をチェックする現実的な方法を採っていました。
暮しの手帖3
さて現在です。商品は過剰なほど溢れ返りまたその品
質も戦後当時とは雲泥の差で向上しました。またそれ
を伝える雑誌等の情報も同様に溢れ返り、おまけに
インターネットという瞬時に世界を駆け巡る情報伝達手
段が普及するに及んで、「暮しの手帖」やCAR GRAPH
ICのような雑誌による情報発信は時代の役割を終えた
ように思います。両方とも存続しているものの、かつて
我々が熱病にうなされるように読みあさり、影響を受け
たそれらの雑誌は時代の主役ではなくなりつつあります。
(注:NAVIは平成22年(2010年)より休刊)

ただいくら時代が変わろうとも、生活者、消費者に正し
い情報を伝えたいという熱い理念は残るべきで、その
手段は雑誌ではなくインターネット(WEB)によって引き
継がれていきつつあるのだと思います。

当世オクルマ寸評 vol.2:HINATAのこと

平成28年8月8日
暑中と言うべきか、残暑と言うべきか連日猛暑の日々
が続いていますが、皆さんお変わりないでしょうか。
さて冒頭タイトルのHINATAって何のことだろうと思われ
る読者の方もいらっしゃると思うので若干説明をさせて
頂きます。HINATAとは昨年度の東京モーターショー及
び大阪モーターショーにおいて発表されたダイハツの
現行ムーヴ・コンテに代わる次世代コンセプトカーとして
発表された意欲的なモデルのことです。
ムーブ・コンテ1
写真は現行のムーヴ・コンテですが、カクカク・シカジカ
などというCMコピーで皆さんはご記憶のオクルマかも
知れません。このオクルマはタントのようなトールボーイ
(背高車)やミラのような這いつくばったようなオクルマ
でもなくその中間的な車高サイズにて、縦・横・高さとも
バランスの取れたデザインにて、タバコ屋は秘かに気に
入っていたオクルマでした。ただダイハツらしくと言いま
しょうか、エンジン音はゴーという味気ないサウンドで、
また乗り心地は可も無く不可も無くのレベルにて、ダッシ
ュボードに至っては、冷蔵庫の操作パネルをコピーした
かのような味気なさであり、エクステリアデザインのみは
気に入ってはいたものの到底購入意欲は起こらないシ
ロモノでした。
ヒナタ1-1
そこへ颯爽とプロトタイプデビューしたのがHINATAでし
た。縦・横・高さのバランスの良さ、塊感がありしかも温
かみを感じさせるような丸っこい全体のライン、ハイカラ
かつカジュアルな感覚はタバコ屋お気に入りのセンスで
した。
ヒナタ2
以前にもタバコ屋の好みは別記事にてくどくどと申し上
げていますが、このダイハツHINATAはズバリその感性
をカタチにしてくれたものでした。
ヒナタ5
ただしダッシュボードは最悪で、幼稚園のお絵描きボード
みたいな感じで、幻滅の悲哀を感じましたがコンセプトモ
デルと言う事で市販車段階では修正されるだろうという
かすかな望みは持っていました。
(関連記事:東京モーターショー異聞 vol.5:国産車編
参照願います)
ヒナタ3
実はタバコ屋の愛車である赤いお嬢ちゃんを普段のゲタ
代わりに使用するには土台無理があり、2人しか乗れな
いのはもちろんのこと、特に夏には完全暖房仕様のオク
ルマに乗ることは地獄を意味しており、セカンドカーを取
得することは現実問題として、どなたにも納得して頂ける
ことではないでしょうか。
クロスポロ17
第一候補としてはタバコ屋お気に入りのVWクロスポロ
なんですが、その理由は機能としては4ドア+リアハッチ
の5ドアタイプで使い勝手が良く、しかもFWD(前輪駆動)
のお手軽SUVながら車高が高いので乗降性に優れて
いることなんです。
それと同等にお気に入りなのがその愛くるしいデザイン
でそれも2代目ではなく初代でなくてはなりません。
クロスポロ8
またダッシュボードはタバコ屋好みのシンメトリカル(対
称的)でシンプルながらも品性の漂うものです。大衆車
なので高級感はありませんがチープな安物感はないで
すよね。国産車ではこのクロスポロに匹敵するオクルマ
は見当たりませんが、唯一ダイハツの意欲作HINATAの
みが気を吐いておりタバコ屋としても大変気になる存在
でした。
キャンバス1
さて最近のスクープニュースによりますと、これが次期
ムーヴ・コンテでコンセプトモデルHINATAの市販車版だ
そうです。ネーミングはキャンバスになるそうで、断定的
なことは言えませんがそれが事実とすれば、え~何これ
と言いたいです。角と丸のデザインがごちゃ混ぜでオカ
オは漫画チックであり、もうHINATAと同じデザイナーが
関わったとは思えないほど別物になってしまいました。
タバコ屋流に言えばチンケなデザインです。
キャンバス3
そのリアデザインですがHINATAの良さであった丸みを
帯びたラインは失われ、ありきたりのカクカクシカジカな
デザインとなっています。残念です。こんなもんどこにで
もあるやんか~と叫びたい気分です。HINATAのデザイ
ンを返せと言いたいです。コンセプトモデルどおりに市
販しなさいと命令したいです。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.1参照願います)
キャンバス2
後部ドアは常識的なスライドドアのようですがHINATAで
は観音扉となっており現実的ではないと思っていました。
ここはまともに修正がされているようです。
キャンバス4
ダッシュボードもお絵描きボードから現実的な家電製品
の操作パネル感覚に修正はされたようですが、これでは
新しい製品に対する何の感動も起こりません。ああまた
かくらいの感情しか起きません。何もBMWミニのように
超個性的なダッシュボードにしろとは言ってないのです
が、これではステアリングのロゴを替えるだけでスズキ
の新車ですと言ったっておかしくないと思います。

問題はコストではないと思うんです。限られた予算の中
で高級感は出せなくてもいいからいかに知性と品性が
表現出来るかということでしょうが、そこには確かな経
験と先見性に裏付けられたデザイナーの卓越した感性
が必要になるでしょう。

以前の記事で国産車のデザインの不甲斐なさを嘆き、
感性の限界という言葉を使いましたが今回のHINATA
の市販化においてまたもや同じ言葉を使用せねばなり
ません。ダイハツのデザイナー諸君これは一体どういう
ことなんでしょうか。彼らの感性はHINATAに対するタバ
コ屋のいじらしいほどの期待を無残に打ち砕いてくれま
した。(関連記事:感性の限界 参照願います)

つい最近、トヨタとは親戚関係を通り越して家族の一員
となったダイハツですが、タバコ屋は今後ダイハツに対
しハイカラとかカジュアルとかデザインに関わる期待と
いうものを持てないような気がします。HINATAの市販化
への期待が大きかっただけに、その失望も大きいと言う
ことでしょうか。
(関連記事:好みの基準 vol.7:カーデザイン参照願い
ます)
クロスポロ3
かくなるうえは現在は市販されていない初代クロスポロ
を中古車で入手する以外、タバコ屋のセカンドカー構想
は多分実現することが出来ないでしょう。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ 及び
終わりなき旅 vol.6:同窓会余話参照願います)

アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ

平成28年7月24日
生命(いのち)に終わりがある、恋にも終わりが来る~~
・・・泣かないで、泣かないで、粋な別れをしようぜ。
冒頭から恐縮ながら、これは昭和40年(1965年)浜口庫
之助作詞作曲により我らが石原裕ちゃんがリリースした
「粋な別れ」の歌詞の一部なんですが、もう足の長さは
タバコ屋の1.5倍はあろうかと言う当時の裕ちゃんは理屈
抜きにメチャカッコよかったですよね。
今回の倉敷アイビースクエアでの出会いと別れも裕ちゃ
んに倣って最後は「粋な別れ」としたいものです。
(関連記事:札幌紀行 vol.2:小樽へ参照願います)
粋な別れ1-1
CLUB-S30ご一行は地元佐藤さん駆るイエローのZ432
の先導でそのアイビースクエアに到着しました。
DSCN8959.jpg
う~ん、一度訪問したことはあるのですが、そのエントラ
ンスゲートはなかなかトラディショナルな風情にてタバコ
屋好みです。
みなさんご存知のことながら、このアイビースクエアは元
々、明治22年(1889年)倉敷紡績(クラボー)創業時に建
てられた工場跡地で、昭和48年(1973年)、ということは
タバコ屋が同志社大学自動車部を卒業した年、及び愛車
の赤いお嬢ちゃんが製造された年に観光施設&ホテルと
して復刻(レストア)された由緒ある施設ですよね。
余談ながら平成19年(2007年)には国の近代化産業遺産
にも認定され、言わば西の「富岡製糸場」といった感じで
しょうか。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願います)
DSCN8964.jpg
ご一行は旅装を解いた後夕食まで時間があるので生憎
の雨ではあったものの、倉敷美観地区を見学かたがた
そぞろ歩きをすることにしました。静岡の川嶋さんと観音
寺の宮武さんが何やら話しながら歩いています。会話は
想像ながら「江戸時代から栄えた倉敷がこうやって当時
の街並みを大切にレストア保存しているように、我々も
初代フェアレディZを大切に守り保存して次世代に伝えた
いですよね」と、どちらからともなく話し掛けられているよ
うです。ちなみに右の川嶋さんご着用のTシャツのバック
デザイン、なかなかおしゃれですよね。CLUB-S30のロゴ
がしっかり入っています。ただし今ではもう手に入らない
プレミアム品です。
DSCN8971.jpg
風情にあふれた倉敷の美観地区を歩いたあと、市内の
中心部に移動し、夕食は地元の佐藤さんの娘婿さんが
営業している居酒屋でお世話になることにしました。
岡山特産のままかりの開き等々、地元の海鮮品を肴に
お口に広がる瀬戸内海を堪能しながら、夜が更けるまで
Zにまつわる表話から裏話まで熱く語り合いました。
DSCN8974.jpg
さて一夜が開け、お別れの朝が訪れました。お遊びで正
面玄関から撮ったエントランスゲートです。こじつけながら
アルハンブラ宮殿にも似た風情があると思いませんか。
蛇足ながら、イスラーム建築様式の特徴はR(円弧)を多
用していることですよね。
(関連記事:混沌と秩序 vol.2:流通編(前編)参照願います)
DSCN8977-1.jpg
せっかくの再会なので川嶋さんが2台のZを撮影しましょ
うということになり、そのアングルを思案中です。タバコ屋
もその横で覗き込んでいます。架空の会話ながら「川嶋
さんもうちょっと前のほうがいいんじゃないですか」とか。
ちなみにメカマニアの川嶋さんのお気に入りのカメラは
オリンパスの一眼レフでした。
DSCN8979.jpg
ブリティッシュグリーンと赤の2台のZです。なかなかこの
ような組み合わせの色での撮影は機会がないと思われ
る貴重なワンショットです。
余談ながら、川嶋さんとタバコ屋の好みが似ていると感じ
たのはフロントバンパーに付いているオーバーライダー
(縦方向の補助バンパー)で、本来は輸出仕様の240Zに
しか付いていないのですが、偶然にも2人ともそれを敢え
て装着しています。またバンパー下にはシビエの補助ラ
ンプが装着されていて、現在では生産されていないため
かなり入手困難な品です。タバコ屋もいずれ付けたいと
思っている品にて、羨ましい思いがしました。
注意深い読者は地元の佐藤さんの黄色いZ432が見当た
らないと思われるでしょうが、Zを保管しているガレージが
やや遠方にあるらしく、この朝は違うオクルマ(クラウン)
で来られていたので3台での撮影は成りませんでした。
DSCN8981.jpg
最後の行事としてサインをし終えたCLUB-S30のリレー
旗を皆で持っての記念撮影です。左から佐藤さん、宮武
さん、川嶋さんです。川嶋さんは今度新しく製作したクラ
ブTシャツにお召し替えをされていました。
DSCN8982.jpg
さて、その後はティファニー改めアイビーで朝食をという
ことになりました。佐藤さんは地元の旧車コンンクールで
上位入賞しその時の盾やらご持参頂きました。
CLUB-S30創部当時からの生え抜きのメンバーさんだけ
にいろいろ面白いお話も聞かせて頂き2,000円の朝食も
高く感じなかったのはタバコ屋だけではないと思います。
(関連記事:
4千坪のガーデニング vol.2:ティファニーで朝食を
参照願います)
DSCN8981-2.jpg
さていよいよ出立です。2頭の悍馬にムチを入れ今まさに
ジュリアス・シーザーがローマの凱旋門から出陣なんて
いう荒唐無稽なシーンを思い浮かべたりしますが、現実
は川嶋さんはこの後鳴門経由で元来た道を静岡まで自
走して帰られ、タバコ屋は反対方向に走り、松山経由で
島の波打ち際に帰るという算段です。冒頭のサブタイトル
粋な別れ」というのはまさにこのシーンのことを言うのか
も知れません。
DSCN8981-3.jpg
ここだけの話しながら、アイビースクエア開設以来、こん
なシーンは2度と撮れませんから、初代Zのデザイナーの
松尾良彦さん及び設計者の植村斎(ひとし)さんにプレゼ
ントしたいくらいです。
DSCN8985.jpg
昨日走った倉敷への道を逆走し水島インターに向かい
ます。先導は佐藤さんのクラウン、川嶋さん、タバコ屋、
宮武さんと続きます。
DSCN8987.jpg
佐藤さんとは水島インターでお別れし、今度は川嶋さん
の先導で瀬戸大橋を渡ります。川嶋さんは丁寧な走り
ながらも結構ハイスピードで走行されます。橋を渡り終
わったところの坂出ジャンクションでいよいよ本当のお
別れとなりました。お互い手を振りながら再会を誓った
のでしたが、タバコ屋はウルッと来るものがありました。
でも「粋な別れ」に涙は禁物ですよね。
DSCN8990.jpg
旧車持ちにとっては最もいやな雨が落ちて来だしました。
途中豊浜サービスエリアで休憩を兼ねて給油です。
ガソリンタンクは50Lあるはずなんですが、まあ減るのが
早いこと、エコランを心掛けてはいるものの300km程度の
航続距離でしょうか。
DSCN8992.jpg
いつもの中島行きフェリー乗り場のある三津浜港に帰っ
て来ました。楽しかった2日間はあっという間に過ぎてし
まいましたが、川嶋さんとのご縁から新たに奈良の遠藤
さん、倉敷の佐藤さん、観音寺の宮武さんともご縁を頂き
快い疲れでフェリーの時間待ちをするタバコ屋でした。

2回にわたる倉敷訪問記、いかがだったでしょうか。いつ
もの長たらしい記事で恐縮ながら、長時間のご精読有難
うございました。

(尚、記事中の写真の一部は川嶋さん、宮武さんが写さ
れたものを使用させて頂きました)

アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ

平成28年7月13日
今月の気になる写真の欄にもご紹介しましたが、実は
姫路での同志社大学自動車部OB会の興奮醒めやらぬ
20日ほど後、今度は倉敷にてCLUB-S30というクラブの
ミーティングがあり、タバコ屋はそこへ出掛けることに致
しました。
IMG_0480.jpg
話せば長くなるのですが、遡ること5年前、丁度タバコ屋
の赤いお嬢ちゃんのレストアが終わりかかった頃でした
が、エンジンや足回りのデリケートな部分が気に入らず
思い悩んでいたところ、ひょんなきっかけで静岡の川嶋
さんという、Zのエンスーと知り合いになりました。あれこ
れメールでやり取りしているうちに、彼も大学は関東の
某国立大学ながら同じ自動車部の出身で、しかもタバコ
屋同様、当時学生ラリーを主催していろいろ深刻なトラブ
ルも発生し、タバコ屋もそうでしたがホロ苦どころか激苦
の経験の持ち主でした。その意味では一種同釜の戦友
として急速に交流が深まりました。
DSC_0661.jpg
お仕事もオクルマの製造設備やメカに関わる基幹部品を
製造するメーカーにお勤め後、定年退職し、その後は趣
味のオクルマ、特にフェアレディーZに関係するミッション
やパーツの製作、修理及び場合によれば丸ごとレストア
も請け合うという、言ってみれば初代Zを保存維持し後世
に伝えると言う、崇高な理念に基づくオシゴトや活動をさ
れています。ビフォー・アフター風の表現で恐縮ながら、
私は彼のことを敬意を込めて初代Zの伝道師、または
静岡のフランシスコ・ザビエルとお呼びしたいと思います。
フランシスコザビエル1
ちなみに彼のオクルマやバイクの大好き度はハンパで
はなく初代フェアレディZを3台!所有されているのを皮
切りにSUBARUレガシイ・ブリッツェン仕様車、同フォレ
スター、及びスズキ・ジムニーをお持ちです。またバイク
のことはわかりませんが3台程度お持ちのようです。

余計なことながら、人間がおサルさんと決定的に異なる
道を歩み始めたのは道具(火を含む)の使用だと何かの
本に書いていましたが、彼のFACTORYの壁にはオクル
マをさわるのに必要なツールがずらりと並んで壮観でし
た。整然としている中に適度な散らかりも見られ、彼の
お人柄そのままのぬくもりが感じられます。
(彼のHP:ビンテージクラフト・イーザ参照願います)
imageCA4T2O36.jpg
レストアの最後の段階で悩んでいたタバコ屋は大学こそ
違え、同じ同釜の元自動車部だった親近感もあり、思い
切って箱入り娘の赤いお嬢ちゃんを遠い異国の地静岡
の彼のところへホームステイに出すことを決めました。
1369489614.jpg
約一ヵ月後、彼はメカオンチのタバコ屋にもわかりやすく
説明頂きながら見事に何ヶ所もの気に入らない所を修復
してくれました。ディーラーの1級整備士が何人かかって
もやれないような(やりもしませんが)部分をていねいに
それこそ名医が執刀するごとく、また匠が複雑な木組み
を組み合わせるが如く、赤いお嬢ちゃんをローマの休日
改め老婆の休日??状態から蘇らせてくれました。
もっとも彼にしてみれば、3台も同じようなお子さんを抱え
ているのですから、ホームステイのZ嬢のしつけはお手の
ものだったのかも知れません。
IMG_2320.jpg
余談話ながら、ホームステイに際しては行きは陸送でし
たが帰りはお嬢ちゃんに面会方々直接引き取りをする
ことにしました。何分不安だったので、同期で京都在住
の平尾センセにご相談したところ、俺も行ったるわ!と
男気を出してくれたので、その好意に甘えることにし結
局2人で訪問し、訪問記念に川嶋さんのZと仲良く地元
の景勝の地、日本平(にほんだいら)へヒルクライムを
実施しました。
IMG_2321.jpg
帰りは腕利きの平尾センセのドライヴで、試乗を兼ねて
京都宇治まで帰り、奥様から歓待を受けた後大阪港から
フェリーで無事島まで帰還したという訳です。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願い
ます)
clubs30.gif
後で知ったことなんですがその彼は日本で最も権威の
ある初代フェアレディZオーナーの愛好会であるCLUB
-S30の副会長さんだったんです。ビックリ・ポンです。
タバコ屋もそのクラブの存在は以前より知っていました
が、敷居が高くて尻込み状態でした。しかし最近になっ
て雑談中に、良かったらクラブに入りませんかとお誘い
頂き、推薦しても頂いたので思い切って入会することに
決めたのです。間違ってもかつて今出川キャンパスで
先輩からのイケイケ詐欺同然で自動車部に入部した時
の状況とは異なり、月とスッポンでした。
(関連記事:異説007私を愛したスパイ参照願います)

そのCLUB-S30ですが今年が20周年だそうで記念企画
として、クラブの旗を全国(及びアメリカ)のメンバーさん
でタスキリレーをし、各々がそれにサインをするという壮
大な計画がスタートしたそうで、川嶋さんはその言い出
しっぺとして、東京スタートの旗を静岡から倉敷まで運ぶ
聖火ランナーを引き受けられたようです。彼から倉敷で
お会いしませんかとの連絡を頂き、かつてお世話になり
親しくさせて頂いている川嶋さんのお誘いゆえ、後先考
えず即座に「倉敷に参ります!」とご返事したのでした。
吉田松陰1
かつて吉田松陰は親友との旅行の約束を果たすため、
脱藩までしたそうですが、そこまで思い詰めずとも、延々
500km以上を手弁当で単独走破してくる川嶋さんに対し
せめて倉敷でお迎えするのが人の道筋であろうとタバコ
屋は思いました。姫路の旅装も解くか解かぬかのうちに
再出撃となったのは以上の理由によるものです。
(関連記事:終わりなき旅 vol.4:姫路での再会参照願い
ます)

実は倉敷には京都在住の私の従兄弟夫婦がお住まいで
今回の倉敷巡礼に際しては知らせようかどうしようか迷い
ましたが、目的が異なるので二足のわらじはどちらかに
ご迷惑をかけると思い従兄弟への知らせは断念しました。
ちなみに長岡京市在住のその従兄弟はお互い小さい頃
から兄弟のようにして育ったのですが、今ではパンパー
スの主たる材料である高分子吸収体等のケミカル製品を
製造する日本触媒という国際特許だらけのメーカーの偉
いさんで、現在は倉敷の子会社の社長として赴任してい
ます。
(関連記事:夏の日の思い出 vol.1:プロローグ参照願い
ます)
DSCN8881.jpg
長い前置きとなりました。いよいよ6月27日当日、倉敷に
向け出発です。40年以上前のオクルマであり最近やっと
i-パッドを流用してカーナビを装着したくらいで、ETCなど
という文明の利器を持たない赤いお嬢ちゃんは高速道
路は苦手で、しばらくは下道を走ったのですが約束の時
間に遅れてもいけないので、伊予小松インターから高速
道路に乗り、途中石鎚サービスエリアで休憩しました。
DSCN8892.jpg
いよいよ瀬戸大橋です。久しぶりの走行ですがガラ空き
状態で快適に走れました。皆さん信じないでしょうがこの
時のエンジン回転数は5速1,500rpmで速度は約80km
です。タバコ屋は普段はエコランを心掛け、アルトのおば
ちゃんが抜いていこうが、リーゼントのレクサスのお兄さ
んがすっ飛んで行こうが気になりません。お先にどうぞ。
DSCN8899.jpg
瀬戸大橋も渡り終え、約束の水島インターに到着です。
ここを降りたところで待ち合わせることになっています。
DSCN8900-1.jpg
話しは並行しますが、川嶋さんに連絡すると現在吉備イ
ンターまで来ているとのことで、単独かと思いきやどうも
Z-3台コンボイでの編隊走行をしてこちらへ向かっている
ようです。
DSCN8903.jpg
待つこと30分、来た、来た~。川嶋さんを先頭に計3台の
Zとの遭遇です。挨拶やら名刺交換もそこそこに、さっそく
お互いのオクルマの観賞大会となりました。
DSCN8904.jpg
向かって左から地元倉敷の佐藤さんの黄色いZ432です。
続いてブリティッシュグリーンの川嶋さんのZ、タバコ屋の
赤いお嬢ちゃん、手前は奈良!から駆けつけて来られた
遠藤さんのシルバーのZ432です。
DSCN8914.jpg
佐藤さんのZ432のエンジンルームです。後からお聞きし
たお話しですが佐藤さんのZは昭和44年(1969年)発売
当時のニッサン広報車だそうで、当時のカー雑誌のイン
プレッションはほとんどこのZを試乗して書かれていると
言う、訳あり、いわくつきのオクルマでした。また旧車専
門誌のノスタルジックヒーロー(通称ノスヒロ)にも7年程
前に掲載されたことがあるそうで、そう言えばタバコ屋も
どっかで見た記憶があったのはそのせいでした。
旧プリンスが開発しR380に搭載されたレーシングエンジ
ンを市販用にデチューンして当時のGTRとZ432に搭載さ
れた名機S20エンジンです。こんなの実物は滅多に見ら
れないのでタバコ屋は佐藤さんにおねだりしてボンネット
フードをご開帳頂き、しげしげと拝見させて頂きました。
DSCN8905.jpg
次は奈良の遠藤さんのZ432です。驚いたことに当時メー
カーオプションだった純正のマグネシウムホイールを装
着されていました。これは確か神戸製鋼製で当時アルミ
ホイールはまだ普及していなかったので、このマグホイ
ールは足回りの軽量化には貴重なアイテムだったので
すがとても高価で、一般庶民には手が出ないしろもので
した。
DSCN8908.jpg
同様におねだりしてボンネット開けてもらって、もうビック
リポンを通り越してビックリ仰天しました。何これ、博物館
かメーカーのミュージアムからいきなり抜け出てきたよう
な目も覚めるほどに素晴らしいコンディションのエンジン
ルームではないですか。それもよくある過剰にレストアし
キンキラピカピカにしたエンジン廻りでなく、製造工場で
作りたてがそのまま出てきたような清楚な佇まいなんで
す。ツインカムエンジンのヘッドカバーがまた素晴らしく
グリーンがかったグレーの結晶塗装が何とも美しい!。
DSCN8909.jpg
反対側から見たエンジンルームですが、ソレックスの3連
装キャブレター及び赤い純正のエアクリーナーBOXと合
わせ工業製品を通り越した機能美に溢れていますよね。
もうこうなったら何馬力あろうが、ゼロヨン何秒かかろう
がどうでもよくこの景色を眺めているだけで一幅の名画
を拝見しているようであり、タバコ屋はしばし時間を忘れ
て見とれてしまいました。ちなみに遠藤さんのご職業は
ANAの国際線パイロットだそうで、そのセンスの良さが
滲み出ているようでした。
DSCN8911.jpg
尚、蛇足ながら遠藤さんは静岡の川嶋さん同様、計3台
の初代Zをお持ちだそうで、タバコ屋はこのカテゴリーの
お方のことを敬意を込めてスーパーエンスーと命名する
ことに致します。ただし子育てや親の介護でオカネに余
裕のない方はこのようなマネは決してしないで下さいね。
DSCN8902.jpg
CLUB-S30の副会長でもある静岡の川嶋さんのZです。
3台ご所有のうちツーリング用にしつらえたノーマルに
近いZだそうですが、確か静岡へお邪魔した時はL型2L
エンジンにウエーバーキャブが3連装で付いていました。
偶然ながら川嶋さんを含め今回4台のZのエキゾースト
エンドはすべてZ432純正の縦2本(縦デュアル)マフラー
が装着されていました。また渋いご趣味を反映してか、
ブリティッシュレーシンググリーンの洋服にメッシュのス
ニーカーを組み合わせるというシックなしつらえでした。
DSCN8900.jpg
タバコ屋のZはこのブログで何度もご紹介しているので
気恥ずかしいですが、一応簡単に再紹介しておきます。
10年程前、ポンコツの湾岸ミッドナイト仕様のZを入手し、
タバコ屋が若かりし頃、キラ星の如く輝いていた栄光の
DATSUN240Zサファリラリー・ワークスカーのイメージ
に近付けようと5年がかりで地獄のレストアを行ったもの
のエンジンや足回りが気に入らず、結局静岡の川嶋さん
ちでホームステイをさせて頂きチューニングを施した結果
やっとまともに走れるようになったという経緯があります。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照願
います)
DSCN8880.jpg
余談ながら、クラブ会員さんでまだ面識の無い池内ドクタ
ーなどは、思い高じて本物そっくりのワークス240Zを復刻
製作し、クラシック・モンテ等に出場されているのは有名
ですよね。しかしタバコ屋はそのようなことが出来る身分
でもないので、せめて外観のムードだけでも楽しむことで
ヨシとしています。
エンジン
エンジンは購入時L型2.8L改でしたが3Lにボアアップし
現在に至っています。それも見掛け倒しで、ソレックス
キャブのチューニングがうまくいってなければまともに
走ることもままならず、その結果アルトのおばちゃんに
スッと抜かれていくという有様でした。ま、川嶋さんの手
でファインチューニングを施してくれたおかげで、その事
態は免れるようになりました。
しかし悲しいことに人間の欲望は限りがなく、子育てに
おいても這えば立て、立てば歩めの親心と申しまして、
次々にエスカレートしていくのです。その具体的なケース
は図らずもこの後のシーンで露見することとなりました。

今回のミーティングに参加されたもうお一人は、会員さん
で以前Z432に乗られていた観音寺市の宮武さんですが
残念なことに現在は手放されているそうで、別のオクル
マで参加されました。でも元オーナーだけあってZ432に
ついてはメチャお詳しい方でした。
DSCN8922.jpg
さて名画改め名車観賞会も終わり、近くの鷲羽山ドライブ
ウエイを山頂までヒルクライムしましょうということになり
ました。地元の佐藤さんの黄色いZ432が先導することに
なり、佐藤さんはゆっくり行きますから飛ばしたい人は先
に行ってもいいですよと仰ったので、のんびりモードかと
思いきや、何が何が、とてつもないハイスピードではない
ですか。この場面は3速で4,000rpm、速度は??ですが、
佐藤さんと遠藤さんのツインカムZ432はコーナーからの
立ち上がり加速が凄いんです。完全に置いて行かれそう
になり途中で一旦追い付くものの次のコーナー立ち上が
りでまた遅れるという有様でした。タバコ屋は3Lエンジン
ゆえトルクには自信がありましたがそうでもなさそうです。
特に4,000rpmを過ぎるとしんどそうに吹け上がるのです。
ガソリンがうまく来ないのか、排気がふん詰まり状態なの
か、とにかくハイチューンエンジンとは言い難いパワーの
出方です。先日宇治を訪問し平尾センセにご試乗頂いた
時は、センセ曰く、あんまり欲出したらあかんで、これぐら
いでヨシとしようや、車重が軽いんやからパワーばっかり
上げると足回りがついていけんようになるんやから、と仰
っては頂いたのですが、う~んこうなればまたいつか川
嶋さんちでエンジンの吸気と排気をよりスムーズにしたい
という更なる煩悩と言うか欲が出てきてしまったようです。
ここだけの話しながら当分はお浄土もしくは天国へ行け
そうもありません。
IMG_0671.jpg
ついでながら、以前自称HONDA-PTA会長を拝命し、20
年も連れ添った2代目レジェンドに乗っていた頃、3.2Lの
SOHC-V6エンジンながら7,000rpmくらいまでスムーズに
吹け上がっていた記憶があるだけに、ややの歯がゆさを
覚えたタバコ屋でした。
DSCN8924.jpg
山頂のホテル到着です。やれやれでした。せっかくなの
で、Z4台が仲良く並んで記念撮影となりました。
DSCN8928.jpg
偶然ながら、緑、赤、黄色と交通信号みたいにそれぞれ
個性的なボディカラーが揃い、こんな光景は滅多に見れ
ないタバコ屋は、しばしうっとりのお時間でした。
DSCN8930.jpg
一部の読者はお気付きのように車高は皆さん標準かもし
くは下げているのに、タバコ屋は逆に上げておりやや背
高で気恥ずかしい気もしないではありませんでした。
それはさておき、お昼時でもありホテルでランチをと言う
ことになりましたが見晴らしの良い所だったせいかお値
段は聞いてビックリ5,000円だったのでご辞退することに
し、市内に下って佐藤さんの親友の片山さんと言う方が
やっているレストランで昼食を頂くことにしました。

なお、残念なことに奈良の遠藤さんはお仕事の都合で
(ANAの国際線パイロット)奈良に引き返さねばならず、
ここでお別れすることとなりました。
DSCN8942.jpg
ここに到着してからがまたビックリポンで何と駐車場には
レストランオーナーの所有車であるミツビシ500が停まっ
ているではないですか。はっきり言ってこのオクルマは
タバコ屋が小学生の頃に走っていたしろもので、50年以
上経った今、走行出来る状態で残っているというのは奇
跡に近いと思います。佐藤さんのお話ではこのオーナー
は地元の三菱クラブの会長さんだそうで、ここ倉敷市は
ミツビシの水島製造所があるところでもあり、何やかや
でミツビシとはご縁が深いのだと思いました。
DSCN8944.jpg
さっそく店内をお借りしてタスキリレーの旗へめいめいが
サインしていきます。観音寺市の元Z432オーナー宮武
さんが真剣な顔つきでサインされています。
宮武さんの後ろは左からレストラン「ワーゲン」のオーナ
ー片山さん、真ん中は佐藤さん、右が川嶋さんですが、
佐藤さんと川嶋さんはCLUB-S30の特製Tシャツをお召し
です。これがまたカッコ良く何でも6年程前に某スポーツ
メーカーで作ってもらった特注品らしく、生地も機能的で
しっかりしたものゆえ、タバコ屋はよそ行き用にほしくなり
ましたがもう絶版品にて、無いものねだりとなりました。
ついでながら三菱クラブの会長さんのお店がワーゲンな
んてちょっと笑ってしまいますよね。せめてコルトとか。
DSCN8948.jpg
サインし終わったクラブロゴ入りのフラッグです。これから
全国(アメリカを含む)を巡礼した後にはもう書き込みの余
地がないほどになることでしょう。ちなみにCLUB-S30のロ
ゴの真下にサインされているのは初代Zの設計者である
植村斉(ひとし)氏のもので、今後名誉会員で元NISSAN
ワークスドライバーの北野元氏等のお名前も刻まれること
でしょう。
DSCN8949.jpg
余談ながら、岡山、特に倉敷市を中心とする周辺地域
はかつて学生服の一大産地であり、戦後のいわゆる団
塊の世代と呼ばれるベビーブーム、お子様ブームの時
には一大繁栄を誇りましたが、それが去った後、今度は
ジーンズの産地として再興を果たしました。そのブームも
今では過去のものとなりつつありますが写真はこのレス
トランンのオーナーである片山さんが道楽で三菱ならず、
かつてジーンズの有名ブランドだったビッグジョンの私設
応援団長も務めており、今でもジーンズの名を冠したラリ
ーを開催されているようです。
富永商店3-1
突然の古い写真で恐縮ながらこれは昭和38年(1963年)
戦後荒れ果てた商業の啓蒙、指導者として全国の若き
商業者達に商いの正しい道を説き、その弟子のダイエー
を初めイトーヨーカドー、ジャスコ、ニチイ等の流通革新
者(イノベーター)を生むに至った精神的支柱として、神
の如く尊敬された、雑誌「商業界」主幹(エディター)であ
った故倉本長治先生が、こともあろうにタバコ屋の島、
中島へ訪問視察された時のものです。
話せば長くなるお話ながら、タバコ屋は元々ゴフク屋で
100年前からこの西瀬戸の島、中島で商いをさせて頂い
て来ました。先代は戦後の混乱期に若者らしい正義感
から、闇市の横行や販売価格の無秩序さに疑問を持ち
ふとしたキッカケで雑誌「商業界」を読むに至り、倉本
編集長の熱心な支持者(弟子)になったと言う訳なんで
す。その意味ではダイエー、ジャスコ、ニチイの創業者と
同じ体温だったのではないでしょうか。
(関連記事:混沌と秩序 vol3:流通編(後編)参照願い
ます)
倉本先生視察10
そのようなご縁で、倉本主幹がご夫婦で西瀬戸の小さな
島を訪問視察された訳ですが、先代にすればもう天にも
昇る気持ちではなかったかと思われます。だって師とも
神とも仰ぐお方が、よもやまさか自分の島を訪問し、目の
前の自分の店に立っていらっしゃることは夢か幻かの如
く感じたのではないでしょうか。
蛇足ながら当時NHKでは「夢であいましょう」が放映され
ており、最近泉下の人となられた永六輔氏や中村八大
氏、黒柳徹子さん、坂本九ちゃん等々、が大活躍してい
ました。タバコ屋の先代も倉本師と夢でしか逢えなかっ
たものが現実となった喜びはひとしおであったと思われ
ます。
この写真は視察後、記念公演をされた時のもので、看板
には商人の父と書かれていますよね。こうなったらもう技
術うんぬんの話しではなく宗教、神のカテゴリーのお話し
になると思います。真ん中のサングラスを掛けられた方
が倉本師でその左端がタバコ屋の先代です。先代の嬉
しくてたまらない表情が見て取れます。だって主イエスに
等しい方とひとときを共に出来たのですから。
トト姉ちゃん1
倉本長治先生の業績を長々と申し上げるのはこの稿の
趣旨ではありませんが、わかりやすく言えばただ今NHK
朝ドラで絶好調のトト姉ちゃんのパートナーであった異
色の編集者、プロデューサー、花森安治氏の「暮しの手
帳」に通じる精神をお持ちで、今から思えば花森さん同
様生活者サイドに立ったお店のあり方を模索されたの
だと思います。
暮らしの手帳1
ちなみに倉本先生の指導理念は「店は客のためにある
という簡潔な言葉に集約されており多分その理念は花森
安治さんの「生活者特に世のご婦人方に正しい生活知識
を広めたい」と言う理念と同様のものであったと思います。
(関連記事:人生いろどり参照願います)

あらぬ方に脱線してしまいました。最初の富永商店の写
真に戻って頂きたいと思います。写真奥にトンボ学生服
の看板が見て取れると思いますが、そのトンボとは岡山
の学生服三大メーカーの一つ、帝国興業といういかめし
い名前のメーカーの愛称ブランドでした。
タバコ屋を始めとする全国の戦後団塊世代はメーカーは
別にしてほとんど倉敷周辺の岡山のメーカーの学生服を
愛用して育ったんです。
余談ながら、富永商店は先代がいち早くトンボ学生服を
導入、拡販したため本社から表彰され当時のタバコ屋を
含む島の小学生50人くらいが今流行の本社工場見学に
招待された淡くも楽しかったセピア色の記憶が今でも脳
裏に残っています。
DSCN8943.jpg
一風変わったレストランでの出来事に話を戻します。
サイン大会の後、レストランオーナーのご好意でジュー
ジューの鉄板ステーキ定食を破格の2,000円で頂いたご
一行でしたが、先ほどの鷲羽山ホテルとの格差を思い、
ああ「店は客のためにある」とはこう言うことなんやと、
変に独りよがりの納得をしたタバコ屋でした。
小林彰太郎1-1
ついでの話しとして、カテゴリーは異なるものの日本の
自動車ジャーナリストの草分けで、かつてのタバコ屋世
代のバイブルでもあったカーグラフィック初代編集長だ
った故小林彰太郎氏のいつもの口癖というかオクルマ
の評価基準は「VALUE FOR MONEY」でした。わかり
やすく言えば今をときめくニトリでもないでしょうがおネダ
ン以上、即ち価格に見合う価値があるかどうかということ
でしょうか。小林先生程の教養も見識もないタバコ屋で
もわかるような気はします。
ポールフレール1
余談ながら小林彰太郎氏の親友は故ポール・フレール
氏で日本のモータリゼーションの質的向上は彼を抜き
にしては語れないと思います。特にHONDAとMAZDAに
とっては流通業における倉本長治師の如くでした。
ポールフレール8
言葉は悪いですが当時のオクルマ世界ではカッペだった
NIPPONの2社は、かつてルマン24時間レースにおいて
フェラーリを優勝に導く等、輝かしい実績を持つポール・
フレール氏のアドバイスは神の声に等しい響きを持って
いたと思います。その神の声を素直に聞いたHONDAと
MAZDAの純真さに対し、タバコ屋は素直にエールを送り
たいと思います。
ポール・フレール氏が発した神のアドバイストとは一体
何だったのでしょうか。これはあくまでもタバコ屋の推測
に過ぎませんが、それは「人馬一体」という思想ではな
かったかと思うんです。それを世の人々はスポーツカー
と申します。
img6[2]
ちなみにHONDAの初代NSXの開発に当たってはポー
ル・フレール氏の的確なアドバイスにより、フェラーリに
匹敵する高い評価を得たことは知る人ぞ知る裏話です。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.2:発展期参照願
います)
DSCN8953.jpg
さてサイン会と腹ごしらえの終わった一行は一路倉敷市
へと向かいます。ここは土地勘のある倉敷在住の佐藤さ
んの黄色いZ432に先導して頂きます。
DSCN8956.jpg
タバコ屋もジュージューステーキ定食でお腹が一杯で、
やや眠くなるのを我慢しつつコンボイ走行です。後ろから
は気を使いつつ伴走頂いている川嶋副会長、しんがりは
観音寺の宮武さんです。

この後、ご一行は倉敷市内へ殴り込みと相成るのですが
例によってタバコ屋の寄り道が多く、紙数も尽きてしまい
ました。この続きはvol.2にてお伝えしたいと思いますので
お楽しみに。

(尚、文中の一部の写真については川嶋さんのHP及び
彼から頂いた写真より流用させて頂きました)

★★お知らせと独り言★★
【7月9日】クオリティ・オブ・ライフの実現その2。前回に今後の残された人生において一定の整理、整頓と後始末が大切だと申しあげましたが、それだけで後は朽ち果てるだけで良いものでしょうか。タバコ屋はそうではないと思います。人生の後始末であろうがなんであろうが、計画は必要であると思うんです。大げさに言えば第二の人生のビジョンでしょうが、あるのとないのでは大きな差が出来ると思います。その意味で今後第二の人生設計図を真剣に引きなおさねばなりません。図面が出来ている方には釈迦に説法のお話しながら、タバコ屋はまだ未完成です。皆さんはいかがですか。ただ誰にも共通していることは、ありもしないお金や財産は持っていけないし、人脈という財産も後には残せないということでしょうか。
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