時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと

平成28年8月19日
最近のNHK朝ドラはビックリ・ポンのあさが来たを始め
ヒットの連発で、只今放送中のとと姉ちゃんも大人気に
て、タバコ屋も前回のあさちゃんのめざましい活躍以来、
毎朝TVにかじり付いています。
今は故人となりましたが、京都長岡京に在住だった叔父
がお勤め中はTVなんか見ない人でしたが、定年退職後
は当時の朝ドラにかじり付いていたのを思い出し、ああ
自分もそのような年になったのかと感慨深いものがあり
ます。
(関連記事:島のビックリポン酢開発 vol.4参照願います)
とと姉ちゃん2
さてこの物語は戦後荒廃した日本の日常生活を憂い、
衣食住にわたりその生活文化の検証と提言及び啓蒙
に多大な影響力を及ぼした雑誌「暮しの手帖」を創刊し
た大橋鎭子とそのパートナーだった花森安治が苦闘を
重ねた実話をもとにしていますよね。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照
願います)
とと姉ちゃん7
高畑充希(たかはた みつき)さん演じるとと姉ちゃんこと
小橋常子は幾多の困難を乗り越えて「あなたの暮し」と
いう雑誌を支えていくのですが、これは今風に言えば
生活情報発信誌とも言える斬新なもので、当時の生活
者、特に女性からは圧倒的な支持を受けました。
とと姉ちゃん9
只今ドラマは佳境に入りつつありますが、そのキモは
2つあり一つは雑誌に広告を載せないということで、広
告を載せるとそのスポンサーからの影響を受け記事内
容が歪められるおそれがあったからです。
二つ目は戦後当時粗悪商品の多かった時代にあって
メーカーに頼らず自社で商品テストを実施し、雑誌を通
じて読者に商品の優劣やその選択及び正しい使用法
を啓蒙したことでした。
暮しの手帖1
そのような熱き編集理念を実践した雑誌ですから当時
公平な情報など皆無に等しかった生活者から圧倒的な
支持を得たことは当然だったのかも知れません。
朝鮮戦争特需1
「暮しの手帖」が創刊されたのは昭和28年(1953年)で
すが、昭和30年代に入ると朝鮮戦争による特需により
日本が奇跡的な復興を果たし、高度成長を始めた頃で
白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫が3種の神器としてもては
やされました。
(関連記事:初夢、イノベーション・オブザイヤー vol.1
参照願います)
零戦-11
話しはいきなり飛びます。戦争により完膚なきまでに破
壊された航空機産業は戦後アメリカにより、封印されて
しまった訳ですが、そのかわりに台頭してきたのがオク
ルマ産業で、行き場を失った多くの優秀なヒコーキ技術
者が心機一転、今まで培った技術を駆使して国産車の
開発、製造に乗り出すことになりました。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
アメリカンドリーム3
皆さん意外でしょうが、当時オクルマで世界最高峰の技
術と品質を誇っていたのはアメリカでした。2番3番はな
きに等しい状態でしたが、しいて言えば大衆車の分野で
イギリス、フランス、ドイツが続いていたくらいでしょうか。
つまり戦争により国力を消耗し尽くしてしまっていた各国
はオクルマをまともに作る力が残っていませんでした。
唯一アメリカだけはあれほどの戦争でもびくともせず逆
に戦後の一大繁栄を謳歌した訳です。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)

しかし時間が経つにつれ、アメリカ以外の戦勝国も敗戦
国も徐々に国力を回復し、国産車の開発、製造により
急速に力を付け、果ては豊かな国アメリカへの輸出を
開始するに至りました。

奇跡の復興を遂げた日本も例外ではありませんでした
が、戦時中世界でもトップクラスの技術を誇った航空機
はともかく、オクルマでは欧米各国に比べ歴史と技術の
蓄積がなく、国産車とはいえお粗末なものしか作る能
力がなかったのです。
CG創刊号1-2
そのような時代背景のもと昭和37年(1962年)ジャーナ
リストの小林彰太郎氏を中心とするメンバーにより二玄
社からCARグラフィックが創刊されました。
その編集理念は「暮しの手帖」とよく似ており、厳正中立
な評論と豊富な海外レース情報を中心に、美しい写真で
紙面を飾るというもので、ややこじつけながらオクルマ版
「暮しの手帖」とも言えるものでした。
小林彰太郎1-1
ただ編集長の小林彰太郎氏はイギリス車の熱心な信奉
者であり、創刊当時から一貫してイギリス車はもとより
ヨーロッパ車は大絶賛で、一方国産車はボロクソという
評価でした。当時日本はそれだけの実力しかなかった
訳で厳正中立な評価と言う点では当然でした。
当時の国産車メーカーの技術者はCARグラフィックの記
事により随分悔しい思いをしたと思うのですが、それが
バネともなり、短期間で飛躍的な性能向上を果たすこと
になります。
つまり「暮しの手帖」が日常生活のバイブルならCARグラ
フィックはオクルマのバイブルであり啓蒙書でもあった訳
です。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照願
います)
CG2
その後、昭和40年代に入りタバコ屋が同志社大学自動
車部に在籍していた頃には誌名もCAR GRAPHICと改
められ、我々オクルマ好きのビンボー学生にとっても
バイブルとなっていきました。ただし当時かなり高価な
雑誌だったので常時は購入することが出来ず、今出川
キャンパスに程近い本屋のおじさんのハタキを覚悟で
立ち読みをさせて頂いたことは1度や2度ではありませ
んでした。
CG5 雑誌NAVI-4
やがてCAR GRAPHICは絶頂期を迎え、昭和59年(19
84年)には姉妹誌としてNAVIを創刊しました。
CAR GRAPHICがハードウエア主体の記事に対しNAVI
はソフトウエア主体の記事で、各界専門家の対談やエッ
セイ等、ユニークな記事が満載でした。
著作1
今は故人となりましたがヘタウマ漫画やマルビ・マルキ
ン等のおもしろ流行語を発明する等で有名だったナベゾ
画伯こと渡辺和博氏が「エンスーへの道」というタイトル
のコラムにユニークな漫画入りの記事を連載していまし
た。
著作4
ちなみに、今では当たり前となったオクルマ・オタクを指
すエンスージアストを略した「エンスー」という流行語は
渡辺氏が発明したものです。
(関連記事:島のスイーツ開発 vol.5:ナベゾさんのこと
参照願います)

「暮しの手帖」の最大の特徴であった独自の商品テスト
を行い公正な評価をするという点においてはCAR GRA
PHICでも自社で最新のオクルマを購入し長期テストに
よる性能の総合評価を実施していました。
ただとても高価な商品なので注目されている一部の車
だけを購入しあとはメーカー広報車を借り出してその性
能をチェックする現実的な方法を採っていました。
暮しの手帖3
さて現在です。商品は過剰なほど溢れ返りまたその品
質も戦後当時とは雲泥の差で向上しました。またそれ
を伝える雑誌等の情報も同様に溢れ返り、おまけに
インターネットという瞬時に世界を駆け巡る情報伝達手
段が普及するに及んで、「暮しの手帖」やCAR GRAPH
ICのような雑誌による情報発信は時代の役割を終えた
ように思います。両方とも存続しているものの、かつて
我々が熱病にうなされるように読みあさり、影響を受け
たそれらの雑誌は時代の主役ではなくなりつつあります。
(注:NAVIは平成22年(2010年)より休刊)

ただいくら時代が変わろうとも、生活者、消費者に正し
い情報を伝えたいという熱い理念は残るべきで、その
手段は雑誌ではなくインターネット(WEB)によって引き
継がれていきつつあるのだと思います。

当世オクルマ寸評 vol.2:HINATAのこと

平成28年8月8日
暑中と言うべきか、残暑と言うべきか連日猛暑の日々
が続いていますが、皆さんお変わりないでしょうか。
さて冒頭タイトルのHINATAって何のことだろうと思われ
る読者の方もいらっしゃると思うので若干説明をさせて
頂きます。HINATAとは昨年度の東京モーターショー及
び大阪モーターショーにおいて発表されたダイハツの
現行ムーヴ・コンテに代わる次世代コンセプトカーとして
発表された意欲的なモデルのことです。
ムーブ・コンテ1
写真は現行のムーヴ・コンテですが、カクカク・シカジカ
などというCMコピーで皆さんはご記憶のオクルマかも
知れません。このオクルマはタントのようなトールボーイ
(背高車)やミラのような這いつくばったようなオクルマ
でもなくその中間的な車高サイズにて、縦・横・高さとも
バランスの取れたデザインにて、タバコ屋は秘かに気に
入っていたオクルマでした。ただダイハツらしくと言いま
しょうか、エンジン音はゴーという味気ないサウンドで、
また乗り心地は可も無く不可も無くのレベルにて、ダッシ
ュボードに至っては、冷蔵庫の操作パネルをコピーした
かのような味気なさであり、エクステリアデザインのみは
気に入ってはいたものの到底購入意欲は起こらないシ
ロモノでした。
ヒナタ1-1
そこへ颯爽とプロトタイプデビューしたのがHINATAでし
た。縦・横・高さのバランスの良さ、塊感がありしかも温
かみを感じさせるような丸っこい全体のライン、ハイカラ
かつカジュアルな感覚はタバコ屋お気に入りのセンスで
した。
ヒナタ2
以前にもタバコ屋の好みは別記事にてくどくどと申し上
げていますが、このダイハツHINATAはズバリその感性
をカタチにしてくれたものでした。
ヒナタ5
ただしダッシュボードは最悪で、幼稚園のお絵描きボード
みたいな感じで、幻滅の悲哀を感じましたがコンセプトモ
デルと言う事で市販車段階では修正されるだろうという
かすかな望みは持っていました。
(関連記事:東京モーターショー異聞 vol.5:国産車編
参照願います)
ヒナタ3
実はタバコ屋の愛車である赤いお嬢ちゃんを普段のゲタ
代わりに使用するには土台無理があり、2人しか乗れな
いのはもちろんのこと、特に夏には完全暖房仕様のオク
ルマに乗ることは地獄を意味しており、セカンドカーを取
得することは現実問題として、どなたにも納得して頂ける
ことではないでしょうか。
クロスポロ17
第一候補としてはタバコ屋お気に入りのVWクロスポロ
なんですが、その理由は機能としては4ドア+リアハッチ
の5ドアタイプで使い勝手が良く、しかもFWD(前輪駆動)
のお手軽SUVながら車高が高いので乗降性に優れて
いることなんです。
それと同等にお気に入りなのがその愛くるしいデザイン
でそれも2代目ではなく初代でなくてはなりません。
クロスポロ8
またダッシュボードはタバコ屋好みのシンメトリカル(対
称的)でシンプルながらも品性の漂うものです。大衆車
なので高級感はありませんがチープな安物感はないで
すよね。国産車ではこのクロスポロに匹敵するオクルマ
は見当たりませんが、唯一ダイハツの意欲作HINATAの
みが気を吐いておりタバコ屋としても大変気になる存在
でした。
キャンバス1
さて最近のスクープニュースによりますと、これが次期
ムーヴ・コンテでコンセプトモデルHINATAの市販車版だ
そうです。ネーミングはキャンバスになるそうで、断定的
なことは言えませんがそれが事実とすれば、え~何これ
と言いたいです。角と丸のデザインがごちゃ混ぜでオカ
オは漫画チックであり、もうHINATAと同じデザイナーが
関わったとは思えないほど別物になってしまいました。
タバコ屋流に言えばチンケなデザインです。
キャンバス3
そのリアデザインですがHINATAの良さであった丸みを
帯びたラインは失われ、ありきたりのカクカクシカジカな
デザインとなっています。残念です。こんなもんどこにで
もあるやんか~と叫びたい気分です。HINATAのデザイ
ンを返せと言いたいです。コンセプトモデルどおりに市
販しなさいと命令したいです。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.1参照願います)
キャンバス2
後部ドアは常識的なスライドドアのようですがHINATAで
は観音扉となっており現実的ではないと思っていました。
ここはまともに修正がされているようです。
キャンバス4
ダッシュボードもお絵描きボードから現実的な家電製品
の操作パネル感覚に修正はされたようですが、これでは
新しい製品に対する何の感動も起こりません。ああまた
かくらいの感情しか起きません。何もBMWミニのように
超個性的なダッシュボードにしろとは言ってないのです
が、これではステアリングのロゴを替えるだけでスズキ
の新車ですと言ったっておかしくないと思います。

問題はコストではないと思うんです。限られた予算の中
で高級感は出せなくてもいいからいかに知性と品性が
表現出来るかということでしょうが、そこには確かな経
験と先見性に裏付けられたデザイナーの卓越した感性
が必要になるでしょう。

以前の記事で国産車のデザインの不甲斐なさを嘆き、
感性の限界という言葉を使いましたが今回のHINATA
の市販化においてまたもや同じ言葉を使用せねばなり
ません。ダイハツのデザイナー諸君これは一体どういう
ことなんでしょうか。彼らの感性はHINATAに対するタバ
コ屋のいじらしいほどの期待を無残に打ち砕いてくれま
した。(関連記事:感性の限界 参照願います)

つい最近、トヨタとは親戚関係を通り越して家族の一員
となったダイハツですが、タバコ屋は今後ダイハツに対
しハイカラとかカジュアルとかデザインに関わる期待と
いうものを持てないような気がします。HINATAの市販化
への期待が大きかっただけに、その失望も大きいと言う
ことでしょうか。
(関連記事:好みの基準 vol.7:カーデザイン参照願い
ます)
クロスポロ3
かくなるうえは現在は市販されていない初代クロスポロ
を中古車で入手する以外、タバコ屋のセカンドカー構想
は多分実現することが出来ないでしょう。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ 及び
終わりなき旅 vol.6:同窓会余話参照願います)

アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ

平成28年7月24日
生命(いのち)に終わりがある、恋にも終わりが来る~~
・・・泣かないで、泣かないで、粋な別れをしようぜ。
冒頭から恐縮ながら、これは昭和40年(1965年)浜口庫
之助作詞作曲により我らが石原裕ちゃんがリリースした
「粋な別れ」の歌詞の一部なんですが、もう足の長さは
タバコ屋の1.5倍はあろうかと言う当時の裕ちゃんは理屈
抜きにメチャカッコよかったですよね。
今回の倉敷アイビースクエアでの出会いと別れも裕ちゃ
んに倣って最後は「粋な別れ」としたいものです。
(関連記事:札幌紀行 vol.2:小樽へ参照願います)
粋な別れ1-1
CLUB-S30ご一行は地元佐藤さん駆るイエローのZ432
の先導でそのアイビースクエアに到着しました。
DSCN8959.jpg
う~ん、一度訪問したことはあるのですが、そのエントラ
ンスゲートはなかなかトラディショナルな風情にてタバコ
屋好みです。
みなさんご存知のことながら、このアイビースクエアは元
々、明治22年(1889年)倉敷紡績(クラボー)創業時に建
てられた工場跡地で、昭和48年(1973年)、ということは
タバコ屋が同志社大学自動車部を卒業した年、及び愛車
の赤いお嬢ちゃんが製造された年に観光施設&ホテルと
して復刻(レストア)された由緒ある施設ですよね。
余談ながら平成19年(2007年)には国の近代化産業遺産
にも認定され、言わば西の「富岡製糸場」といった感じで
しょうか。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願います)
DSCN8964.jpg
ご一行は旅装を解いた後夕食まで時間があるので生憎
の雨ではあったものの、倉敷美観地区を見学かたがた
そぞろ歩きをすることにしました。静岡の川嶋さんと観音
寺の宮武さんが何やら話しながら歩いています。会話は
想像ながら「江戸時代から栄えた倉敷がこうやって当時
の街並みを大切にレストア保存しているように、我々も
初代フェアレディZを大切に守り保存して次世代に伝えた
いですよね」と、どちらからともなく話し掛けられているよ
うです。ちなみに右の川嶋さんご着用のTシャツのバック
デザイン、なかなかおしゃれですよね。CLUB-S30のロゴ
がしっかり入っています。ただし今ではもう手に入らない
プレミアム品です。
DSCN8971.jpg
風情にあふれた倉敷の美観地区を歩いたあと、市内の
中心部に移動し、夕食は地元の佐藤さんの娘婿さんが
営業している居酒屋でお世話になることにしました。
岡山特産のままかりの開き等々、地元の海鮮品を肴に
お口に広がる瀬戸内海を堪能しながら、夜が更けるまで
Zにまつわる表話から裏話まで熱く語り合いました。
DSCN8974.jpg
さて一夜が開け、お別れの朝が訪れました。お遊びで正
面玄関から撮ったエントランスゲートです。こじつけながら
アルハンブラ宮殿にも似た風情があると思いませんか。
蛇足ながら、イスラーム建築様式の特徴はR(円弧)を多
用していることですよね。
(関連記事:混沌と秩序 vol.2:流通編(前編)参照願います)
DSCN8977-1.jpg
せっかくの再会なので川嶋さんが2台のZを撮影しましょ
うということになり、そのアングルを思案中です。タバコ屋
もその横で覗き込んでいます。架空の会話ながら「川嶋
さんもうちょっと前のほうがいいんじゃないですか」とか。
ちなみにメカマニアの川嶋さんのお気に入りのカメラは
オリンパスの一眼レフでした。
DSCN8979.jpg
ブリティッシュグリーンと赤の2台のZです。なかなかこの
ような組み合わせの色での撮影は機会がないと思われ
る貴重なワンショットです。
余談ながら、川嶋さんとタバコ屋の好みが似ていると感じ
たのはフロントバンパーに付いているオーバーライダー
(縦方向の補助バンパー)で、本来は輸出仕様の240Zに
しか付いていないのですが、偶然にも2人ともそれを敢え
て装着しています。またバンパー下にはシビエの補助ラ
ンプが装着されていて、現在では生産されていないため
かなり入手困難な品です。タバコ屋もいずれ付けたいと
思っている品にて、羨ましい思いがしました。
注意深い読者は地元の佐藤さんの黄色いZ432が見当た
らないと思われるでしょうが、Zを保管しているガレージが
やや遠方にあるらしく、この朝は違うオクルマ(クラウン)
で来られていたので3台での撮影は成りませんでした。
DSCN8981.jpg
最後の行事としてサインをし終えたCLUB-S30のリレー
旗を皆で持っての記念撮影です。左から佐藤さん、宮武
さん、川嶋さんです。川嶋さんは今度新しく製作したクラ
ブTシャツにお召し替えをされていました。
DSCN8982.jpg
さて、その後はティファニー改めアイビーで朝食をという
ことになりました。佐藤さんは地元の旧車コンンクールで
上位入賞しその時の盾やらご持参頂きました。
CLUB-S30創部当時からの生え抜きのメンバーさんだけ
にいろいろ面白いお話も聞かせて頂き2,000円の朝食も
高く感じなかったのはタバコ屋だけではないと思います。
(関連記事:
4千坪のガーデニング vol.2:ティファニーで朝食を
参照願います)
DSCN8981-2.jpg
さていよいよ出立です。2頭の悍馬にムチを入れ今まさに
ジュリアス・シーザーがローマの凱旋門から出陣なんて
いう荒唐無稽なシーンを思い浮かべたりしますが、現実
は川嶋さんはこの後鳴門経由で元来た道を静岡まで自
走して帰られ、タバコ屋は反対方向に走り、松山経由で
島の波打ち際に帰るという算段です。冒頭のサブタイトル
粋な別れ」というのはまさにこのシーンのことを言うのか
も知れません。
DSCN8981-3.jpg
ここだけの話しながら、アイビースクエア開設以来、こん
なシーンは2度と撮れませんから、初代Zのデザイナーの
松尾良彦さん及び設計者の植村斎(ひとし)さんにプレゼ
ントしたいくらいです。
DSCN8985.jpg
昨日走った倉敷への道を逆走し水島インターに向かい
ます。先導は佐藤さんのクラウン、川嶋さん、タバコ屋、
宮武さんと続きます。
DSCN8987.jpg
佐藤さんとは水島インターでお別れし、今度は川嶋さん
の先導で瀬戸大橋を渡ります。川嶋さんは丁寧な走り
ながらも結構ハイスピードで走行されます。橋を渡り終
わったところの坂出ジャンクションでいよいよ本当のお
別れとなりました。お互い手を振りながら再会を誓った
のでしたが、タバコ屋はウルッと来るものがありました。
でも「粋な別れ」に涙は禁物ですよね。
DSCN8990.jpg
旧車持ちにとっては最もいやな雨が落ちて来だしました。
途中豊浜サービスエリアで休憩を兼ねて給油です。
ガソリンタンクは50Lあるはずなんですが、まあ減るのが
早いこと、エコランを心掛けてはいるものの300km程度の
航続距離でしょうか。
DSCN8992.jpg
いつもの中島行きフェリー乗り場のある三津浜港に帰っ
て来ました。楽しかった2日間はあっという間に過ぎてし
まいましたが、川嶋さんとのご縁から新たに奈良の遠藤
さん、倉敷の佐藤さん、観音寺の宮武さんともご縁を頂き
快い疲れでフェリーの時間待ちをするタバコ屋でした。

2回にわたる倉敷訪問記、いかがだったでしょうか。いつ
もの長たらしい記事で恐縮ながら、長時間のご精読有難
うございました。

(尚、記事中の写真の一部は川嶋さん、宮武さんが写さ
れたものを使用させて頂きました)

アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ

平成28年7月13日
今月の気になる写真の欄にもご紹介しましたが、実は
姫路での同志社大学自動車部OB会の興奮醒めやらぬ
20日ほど後、今度は倉敷にてCLUB-S30というクラブの
ミーティングがあり、タバコ屋はそこへ出掛けることに致
しました。
IMG_0480.jpg
話せば長くなるのですが、遡ること5年前、丁度タバコ屋
の赤いお嬢ちゃんのレストアが終わりかかった頃でした
が、エンジンや足回りのデリケートな部分が気に入らず
思い悩んでいたところ、ひょんなきっかけで静岡の川嶋
さんという、Zのエンスーと知り合いになりました。あれこ
れメールでやり取りしているうちに、彼も大学は関東の
某国立大学ながら同じ自動車部の出身で、しかもタバコ
屋同様、当時学生ラリーを主催していろいろ深刻なトラブ
ルも発生し、タバコ屋もそうでしたがホロ苦どころか激苦
の経験の持ち主でした。その意味では一種同釜の戦友
として急速に交流が深まりました。
DSC_0661.jpg
お仕事もオクルマの製造設備やメカに関わる基幹部品を
製造するメーカーにお勤め後、定年退職し、その後は趣
味のオクルマ、特にフェアレディーZに関係するミッション
やパーツの製作、修理及び場合によれば丸ごとレストア
も請け合うという、言ってみれば初代Zを保存維持し後世
に伝えると言う、崇高な理念に基づくオシゴトや活動をさ
れています。ビフォー・アフター風の表現で恐縮ながら、
私は彼のことを敬意を込めて初代Zの伝道師、または
静岡のフランシスコ・ザビエルとお呼びしたいと思います。
フランシスコザビエル1
ちなみに彼のオクルマやバイクの大好き度はハンパで
はなく初代フェアレディZを3台!所有されているのを皮
切りにSUBARUレガシイ・ブリッツェン仕様車、同フォレ
スター、及びスズキ・ジムニーをお持ちです。またバイク
のことはわかりませんが3台程度お持ちのようです。

余計なことながら、人間がおサルさんと決定的に異なる
道を歩み始めたのは道具(火を含む)の使用だと何かの
本に書いていましたが、彼のFACTORYの壁にはオクル
マをさわるのに必要なツールがずらりと並んで壮観でし
た。整然としている中に適度な散らかりも見られ、彼の
お人柄そのままのぬくもりが感じられます。
(彼のHP:ビンテージクラフト・イーザ参照願います)
imageCA4T2O36.jpg
レストアの最後の段階で悩んでいたタバコ屋は大学こそ
違え、同じ同釜の元自動車部だった親近感もあり、思い
切って箱入り娘の赤いお嬢ちゃんを遠い異国の地静岡
の彼のところへホームステイに出すことを決めました。
1369489614.jpg
約一ヵ月後、彼はメカオンチのタバコ屋にもわかりやすく
説明頂きながら見事に何ヶ所もの気に入らない所を修復
してくれました。ディーラーの1級整備士が何人かかって
もやれないような(やりもしませんが)部分をていねいに
それこそ名医が執刀するごとく、また匠が複雑な木組み
を組み合わせるが如く、赤いお嬢ちゃんをローマの休日
改め老婆の休日??状態から蘇らせてくれました。
もっとも彼にしてみれば、3台も同じようなお子さんを抱え
ているのですから、ホームステイのZ嬢のしつけはお手の
ものだったのかも知れません。
IMG_2320.jpg
余談話ながら、ホームステイに際しては行きは陸送でし
たが帰りはお嬢ちゃんに面会方々直接引き取りをする
ことにしました。何分不安だったので、同期で京都在住
の平尾センセにご相談したところ、俺も行ったるわ!と
男気を出してくれたので、その好意に甘えることにし結
局2人で訪問し、訪問記念に川嶋さんのZと仲良く地元
の景勝の地、日本平(にほんだいら)へヒルクライムを
実施しました。
IMG_2321.jpg
帰りは腕利きの平尾センセのドライヴで、試乗を兼ねて
京都宇治まで帰り、奥様から歓待を受けた後大阪港から
フェリーで無事島まで帰還したという訳です。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願い
ます)
clubs30.gif
後で知ったことなんですがその彼は日本で最も権威の
ある初代フェアレディZオーナーの愛好会であるCLUB
-S30の副会長さんだったんです。ビックリ・ポンです。
タバコ屋もそのクラブの存在は以前より知っていました
が、敷居が高くて尻込み状態でした。しかし最近になっ
て雑談中に、良かったらクラブに入りませんかとお誘い
頂き、推薦しても頂いたので思い切って入会することに
決めたのです。間違ってもかつて今出川キャンパスで
先輩からのイケイケ詐欺同然で自動車部に入部した時
の状況とは異なり、月とスッポンでした。
(関連記事:異説007私を愛したスパイ参照願います)

そのCLUB-S30ですが今年が20周年だそうで記念企画
として、クラブの旗を全国(及びアメリカ)のメンバーさん
でタスキリレーをし、各々がそれにサインをするという壮
大な計画がスタートしたそうで、川嶋さんはその言い出
しっぺとして、東京スタートの旗を静岡から倉敷まで運ぶ
聖火ランナーを引き受けられたようです。彼から倉敷で
お会いしませんかとの連絡を頂き、かつてお世話になり
親しくさせて頂いている川嶋さんのお誘いゆえ、後先考
えず即座に「倉敷に参ります!」とご返事したのでした。
吉田松陰1
かつて吉田松陰は親友との旅行の約束を果たすため、
脱藩までしたそうですが、そこまで思い詰めずとも、延々
500km以上を手弁当で単独走破してくる川嶋さんに対し
せめて倉敷でお迎えするのが人の道筋であろうとタバコ
屋は思いました。姫路の旅装も解くか解かぬかのうちに
再出撃となったのは以上の理由によるものです。
(関連記事:終わりなき旅 vol.4:姫路での再会参照願い
ます)

実は倉敷には京都在住の私の従兄弟夫婦がお住まいで
今回の倉敷巡礼に際しては知らせようかどうしようか迷い
ましたが、目的が異なるので二足のわらじはどちらかに
ご迷惑をかけると思い従兄弟への知らせは断念しました。
ちなみに長岡京市在住のその従兄弟はお互い小さい頃
から兄弟のようにして育ったのですが、今ではパンパー
スの主たる材料である高分子吸収体等のケミカル製品を
製造する日本触媒という国際特許だらけのメーカーの偉
いさんで、現在は倉敷の子会社の社長として赴任してい
ます。
(関連記事:夏の日の思い出 vol.1:プロローグ参照願い
ます)
DSCN8881.jpg
長い前置きとなりました。いよいよ6月27日当日、倉敷に
向け出発です。40年以上前のオクルマであり最近やっと
i-パッドを流用してカーナビを装着したくらいで、ETCなど
という文明の利器を持たない赤いお嬢ちゃんは高速道
路は苦手で、しばらくは下道を走ったのですが約束の時
間に遅れてもいけないので、伊予小松インターから高速
道路に乗り、途中石鎚サービスエリアで休憩しました。
DSCN8892.jpg
いよいよ瀬戸大橋です。久しぶりの走行ですがガラ空き
状態で快適に走れました。皆さん信じないでしょうがこの
時のエンジン回転数は5速1,500rpmで速度は約80km
です。タバコ屋は普段はエコランを心掛け、アルトのおば
ちゃんが抜いていこうが、リーゼントのレクサスのお兄さ
んがすっ飛んで行こうが気になりません。お先にどうぞ。
DSCN8899.jpg
瀬戸大橋も渡り終え、約束の水島インターに到着です。
ここを降りたところで待ち合わせることになっています。
DSCN8900-1.jpg
話しは並行しますが、川嶋さんに連絡すると現在吉備イ
ンターまで来ているとのことで、単独かと思いきやどうも
Z-3台コンボイでの編隊走行をしてこちらへ向かっている
ようです。
DSCN8903.jpg
待つこと30分、来た、来た~。川嶋さんを先頭に計3台の
Zとの遭遇です。挨拶やら名刺交換もそこそこに、さっそく
お互いのオクルマの観賞大会となりました。
DSCN8904.jpg
向かって左から地元倉敷の佐藤さんの黄色いZ432です。
続いてブリティッシュグリーンの川嶋さんのZ、タバコ屋の
赤いお嬢ちゃん、手前は奈良!から駆けつけて来られた
遠藤さんのシルバーのZ432です。
DSCN8914.jpg
佐藤さんのZ432のエンジンルームです。後からお聞きし
たお話しですが佐藤さんのZは昭和44年(1969年)発売
当時のニッサン広報車だそうで、当時のカー雑誌のイン
プレッションはほとんどこのZを試乗して書かれていると
言う、訳あり、いわくつきのオクルマでした。また旧車専
門誌のノスタルジックヒーロー(通称ノスヒロ)にも7年程
前に掲載されたことがあるそうで、そう言えばタバコ屋も
どっかで見た記憶があったのはそのせいでした。
旧プリンスが開発しR380に搭載されたレーシングエンジ
ンを市販用にデチューンして当時のGTRとZ432に搭載さ
れた名機S20エンジンです。こんなの実物は滅多に見ら
れないのでタバコ屋は佐藤さんにおねだりしてボンネット
フードをご開帳頂き、しげしげと拝見させて頂きました。
DSCN8905.jpg
次は奈良の遠藤さんのZ432です。驚いたことに当時メー
カーオプションだった純正のマグネシウムホイールを装
着されていました。これは確か神戸製鋼製で当時アルミ
ホイールはまだ普及していなかったので、このマグホイ
ールは足回りの軽量化には貴重なアイテムだったので
すがとても高価で、一般庶民には手が出ないしろもので
した。
DSCN8908.jpg
同様におねだりしてボンネット開けてもらって、もうビック
リポンを通り越してビックリ仰天しました。何これ、博物館
かメーカーのミュージアムからいきなり抜け出てきたよう
な目も覚めるほどに素晴らしいコンディションのエンジン
ルームではないですか。それもよくある過剰にレストアし
キンキラピカピカにしたエンジン廻りでなく、製造工場で
作りたてがそのまま出てきたような清楚な佇まいなんで
す。ツインカムエンジンのヘッドカバーがまた素晴らしく
グリーンがかったグレーの結晶塗装が何とも美しい!。
DSCN8909.jpg
反対側から見たエンジンルームですが、ソレックスの3連
装キャブレター及び赤い純正のエアクリーナーBOXと合
わせ工業製品を通り越した機能美に溢れていますよね。
もうこうなったら何馬力あろうが、ゼロヨン何秒かかろう
がどうでもよくこの景色を眺めているだけで一幅の名画
を拝見しているようであり、タバコ屋はしばし時間を忘れ
て見とれてしまいました。ちなみに遠藤さんのご職業は
ANAの国際線パイロットだそうで、そのセンスの良さが
滲み出ているようでした。
DSCN8911.jpg
尚、蛇足ながら遠藤さんは静岡の川嶋さん同様、計3台
の初代Zをお持ちだそうで、タバコ屋はこのカテゴリーの
お方のことを敬意を込めてスーパーエンスーと命名する
ことに致します。ただし子育てや親の介護でオカネに余
裕のない方はこのようなマネは決してしないで下さいね。
DSCN8902.jpg
CLUB-S30の副会長でもある静岡の川嶋さんのZです。
3台ご所有のうちツーリング用にしつらえたノーマルに
近いZだそうですが、確か静岡へお邪魔した時はL型2L
エンジンにウエーバーキャブが3連装で付いていました。
偶然ながら川嶋さんを含め今回4台のZのエキゾースト
エンドはすべてZ432純正の縦2本(縦デュアル)マフラー
が装着されていました。また渋いご趣味を反映してか、
ブリティッシュレーシンググリーンの洋服にメッシュのス
ニーカーを組み合わせるというシックなしつらえでした。
DSCN8900.jpg
タバコ屋のZはこのブログで何度もご紹介しているので
気恥ずかしいですが、一応簡単に再紹介しておきます。
10年程前、ポンコツの湾岸ミッドナイト仕様のZを入手し、
タバコ屋が若かりし頃、キラ星の如く輝いていた栄光の
DATSUN240Zサファリラリー・ワークスカーのイメージ
に近付けようと5年がかりで地獄のレストアを行ったもの
のエンジンや足回りが気に入らず、結局静岡の川嶋さん
ちでホームステイをさせて頂きチューニングを施した結果
やっとまともに走れるようになったという経緯があります。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照願
います)
DSCN8880.jpg
余談ながら、クラブ会員さんでまだ面識の無い池内ドクタ
ーなどは、思い高じて本物そっくりのワークス240Zを復刻
製作し、クラシック・モンテ等に出場されているのは有名
ですよね。しかしタバコ屋はそのようなことが出来る身分
でもないので、せめて外観のムードだけでも楽しむことで
ヨシとしています。
エンジン
エンジンは購入時L型2.8L改でしたが3Lにボアアップし
現在に至っています。それも見掛け倒しで、ソレックス
キャブのチューニングがうまくいってなければまともに
走ることもままならず、その結果アルトのおばちゃんに
スッと抜かれていくという有様でした。ま、川嶋さんの手
でファインチューニングを施してくれたおかげで、その事
態は免れるようになりました。
しかし悲しいことに人間の欲望は限りがなく、子育てに
おいても這えば立て、立てば歩めの親心と申しまして、
次々にエスカレートしていくのです。その具体的なケース
は図らずもこの後のシーンで露見することとなりました。

今回のミーティングに参加されたもうお一人は、会員さん
で以前Z432に乗られていた観音寺市の宮武さんですが
残念なことに現在は手放されているそうで、別のオクル
マで参加されました。でも元オーナーだけあってZ432に
ついてはメチャお詳しい方でした。
DSCN8922.jpg
さて名画改め名車観賞会も終わり、近くの鷲羽山ドライブ
ウエイを山頂までヒルクライムしましょうということになり
ました。地元の佐藤さんの黄色いZ432が先導することに
なり、佐藤さんはゆっくり行きますから飛ばしたい人は先
に行ってもいいですよと仰ったので、のんびりモードかと
思いきや、何が何が、とてつもないハイスピードではない
ですか。この場面は3速で4,000rpm、速度は??ですが、
佐藤さんと遠藤さんのツインカムZ432はコーナーからの
立ち上がり加速が凄いんです。完全に置いて行かれそう
になり途中で一旦追い付くものの次のコーナー立ち上が
りでまた遅れるという有様でした。タバコ屋は3Lエンジン
ゆえトルクには自信がありましたがそうでもなさそうです。
特に4,000rpmを過ぎるとしんどそうに吹け上がるのです。
ガソリンがうまく来ないのか、排気がふん詰まり状態なの
か、とにかくハイチューンエンジンとは言い難いパワーの
出方です。先日宇治を訪問し平尾センセにご試乗頂いた
時は、センセ曰く、あんまり欲出したらあかんで、これぐら
いでヨシとしようや、車重が軽いんやからパワーばっかり
上げると足回りがついていけんようになるんやから、と仰
っては頂いたのですが、う~んこうなればまたいつか川
嶋さんちでエンジンの吸気と排気をよりスムーズにしたい
という更なる煩悩と言うか欲が出てきてしまったようです。
ここだけの話しながら当分はお浄土もしくは天国へ行け
そうもありません。
IMG_0671.jpg
ついでながら、以前自称HONDA-PTA会長を拝命し、20
年も連れ添った2代目レジェンドに乗っていた頃、3.2Lの
SOHC-V6エンジンながら7,000rpmくらいまでスムーズに
吹け上がっていた記憶があるだけに、ややの歯がゆさを
覚えたタバコ屋でした。
DSCN8924.jpg
山頂のホテル到着です。やれやれでした。せっかくなの
で、Z4台が仲良く並んで記念撮影となりました。
DSCN8928.jpg
偶然ながら、緑、赤、黄色と交通信号みたいにそれぞれ
個性的なボディカラーが揃い、こんな光景は滅多に見れ
ないタバコ屋は、しばしうっとりのお時間でした。
DSCN8930.jpg
一部の読者はお気付きのように車高は皆さん標準かもし
くは下げているのに、タバコ屋は逆に上げておりやや背
高で気恥ずかしい気もしないではありませんでした。
それはさておき、お昼時でもありホテルでランチをと言う
ことになりましたが見晴らしの良い所だったせいかお値
段は聞いてビックリ5,000円だったのでご辞退することに
し、市内に下って佐藤さんの親友の片山さんと言う方が
やっているレストランで昼食を頂くことにしました。

なお、残念なことに奈良の遠藤さんはお仕事の都合で
(ANAの国際線パイロット)奈良に引き返さねばならず、
ここでお別れすることとなりました。
DSCN8942.jpg
ここに到着してからがまたビックリポンで何と駐車場には
レストランオーナーの所有車であるミツビシ500が停まっ
ているではないですか。はっきり言ってこのオクルマは
タバコ屋が小学生の頃に走っていたしろもので、50年以
上経った今、走行出来る状態で残っているというのは奇
跡に近いと思います。佐藤さんのお話ではこのオーナー
は地元の三菱クラブの会長さんだそうで、ここ倉敷市は
ミツビシの水島製造所があるところでもあり、何やかや
でミツビシとはご縁が深いのだと思いました。
DSCN8944.jpg
さっそく店内をお借りしてタスキリレーの旗へめいめいが
サインしていきます。観音寺市の元Z432オーナー宮武
さんが真剣な顔つきでサインされています。
宮武さんの後ろは左からレストラン「ワーゲン」のオーナ
ー片山さん、真ん中は佐藤さん、右が川嶋さんですが、
佐藤さんと川嶋さんはCLUB-S30の特製Tシャツをお召し
です。これがまたカッコ良く何でも6年程前に某スポーツ
メーカーで作ってもらった特注品らしく、生地も機能的で
しっかりしたものゆえ、タバコ屋はよそ行き用にほしくなり
ましたがもう絶版品にて、無いものねだりとなりました。
ついでながら三菱クラブの会長さんのお店がワーゲンな
んてちょっと笑ってしまいますよね。せめてコルトとか。
DSCN8948.jpg
サインし終わったクラブロゴ入りのフラッグです。これから
全国(アメリカを含む)を巡礼した後にはもう書き込みの余
地がないほどになることでしょう。ちなみにCLUB-S30のロ
ゴの真下にサインされているのは初代Zの設計者である
植村斉(ひとし)氏のもので、今後名誉会員で元NISSAN
ワークスドライバーの北野元氏等のお名前も刻まれること
でしょう。
DSCN8949.jpg
余談ながら、岡山、特に倉敷市を中心とする周辺地域
はかつて学生服の一大産地であり、戦後のいわゆる団
塊の世代と呼ばれるベビーブーム、お子様ブームの時
には一大繁栄を誇りましたが、それが去った後、今度は
ジーンズの産地として再興を果たしました。そのブームも
今では過去のものとなりつつありますが写真はこのレス
トランンのオーナーである片山さんが道楽で三菱ならず、
かつてジーンズの有名ブランドだったビッグジョンの私設
応援団長も務めており、今でもジーンズの名を冠したラリ
ーを開催されているようです。
富永商店3-1
突然の古い写真で恐縮ながらこれは昭和38年(1963年)
戦後荒れ果てた商業の啓蒙、指導者として全国の若き
商業者達に商いの正しい道を説き、その弟子のダイエー
を初めイトーヨーカドー、ジャスコ、ニチイ等の流通革新
者(イノベーター)を生むに至った精神的支柱として、神
の如く尊敬された、雑誌「商業界」主幹(エディター)であ
った故倉本長治先生が、こともあろうにタバコ屋の島、
中島へ訪問視察された時のものです。
話せば長くなるお話ながら、タバコ屋は元々ゴフク屋で
100年前からこの西瀬戸の島、中島で商いをさせて頂い
て来ました。先代は戦後の混乱期に若者らしい正義感
から、闇市の横行や販売価格の無秩序さに疑問を持ち
ふとしたキッカケで雑誌「商業界」を読むに至り、倉本
編集長の熱心な支持者(弟子)になったと言う訳なんで
す。その意味ではダイエー、ジャスコ、ニチイの創業者と
同じ体温だったのではないでしょうか。
(関連記事:混沌と秩序 vol3:流通編(後編)参照願い
ます)
倉本先生視察10
そのようなご縁で、倉本主幹がご夫婦で西瀬戸の小さな
島を訪問視察された訳ですが、先代にすればもう天にも
昇る気持ちではなかったかと思われます。だって師とも
神とも仰ぐお方が、よもやまさか自分の島を訪問し、目の
前の自分の店に立っていらっしゃることは夢か幻かの如
く感じたのではないでしょうか。
蛇足ながら当時NHKでは「夢であいましょう」が放映され
ており、最近泉下の人となられた永六輔氏や中村八大
氏、黒柳徹子さん、坂本九ちゃん等々、が大活躍してい
ました。タバコ屋の先代も倉本師と夢でしか逢えなかっ
たものが現実となった喜びはひとしおであったと思われ
ます。
この写真は視察後、記念公演をされた時のもので、看板
には商人の父と書かれていますよね。こうなったらもう技
術うんぬんの話しではなく宗教、神のカテゴリーのお話し
になると思います。真ん中のサングラスを掛けられた方
が倉本師でその左端がタバコ屋の先代です。先代の嬉
しくてたまらない表情が見て取れます。だって主イエスに
等しい方とひとときを共に出来たのですから。
トト姉ちゃん1
倉本長治先生の業績を長々と申し上げるのはこの稿の
趣旨ではありませんが、わかりやすく言えばただ今NHK
朝ドラで絶好調のトト姉ちゃんのパートナーであった異
色の編集者、プロデューサー、花森安治氏の「暮しの手
帳」に通じる精神をお持ちで、今から思えば花森さん同
様生活者サイドに立ったお店のあり方を模索されたの
だと思います。
暮らしの手帳1
ちなみに倉本先生の指導理念は「店は客のためにある
という簡潔な言葉に集約されており多分その理念は花森
安治さんの「生活者特に世のご婦人方に正しい生活知識
を広めたい」と言う理念と同様のものであったと思います。
(関連記事:人生いろどり参照願います)

あらぬ方に脱線してしまいました。最初の富永商店の写
真に戻って頂きたいと思います。写真奥にトンボ学生服
の看板が見て取れると思いますが、そのトンボとは岡山
の学生服三大メーカーの一つ、帝国興業といういかめし
い名前のメーカーの愛称ブランドでした。
タバコ屋を始めとする全国の戦後団塊世代はメーカーは
別にしてほとんど倉敷周辺の岡山のメーカーの学生服を
愛用して育ったんです。
余談ながら、富永商店は先代がいち早くトンボ学生服を
導入、拡販したため本社から表彰され当時のタバコ屋を
含む島の小学生50人くらいが今流行の本社工場見学に
招待された淡くも楽しかったセピア色の記憶が今でも脳
裏に残っています。
DSCN8943.jpg
一風変わったレストランでの出来事に話を戻します。
サイン大会の後、レストランオーナーのご好意でジュー
ジューの鉄板ステーキ定食を破格の2,000円で頂いたご
一行でしたが、先ほどの鷲羽山ホテルとの格差を思い、
ああ「店は客のためにある」とはこう言うことなんやと、
変に独りよがりの納得をしたタバコ屋でした。
小林彰太郎1-1
ついでの話しとして、カテゴリーは異なるものの日本の
自動車ジャーナリストの草分けで、かつてのタバコ屋世
代のバイブルでもあったカーグラフィック初代編集長だ
った故小林彰太郎氏のいつもの口癖というかオクルマ
の評価基準は「VALUE FOR MONEY」でした。わかり
やすく言えば今をときめくニトリでもないでしょうがおネダ
ン以上、即ち価格に見合う価値があるかどうかということ
でしょうか。小林先生程の教養も見識もないタバコ屋で
もわかるような気はします。
ポールフレール1
余談ながら小林彰太郎氏の親友は故ポール・フレール
氏で日本のモータリゼーションの質的向上は彼を抜き
にしては語れないと思います。特にHONDAとMAZDAに
とっては流通業における倉本長治師の如くでした。
ポールフレール8
言葉は悪いですが当時のオクルマ世界ではカッペだった
NIPPONの2社は、かつてルマン24時間レースにおいて
フェラーリを優勝に導く等、輝かしい実績を持つポール・
フレール氏のアドバイスは神の声に等しい響きを持って
いたと思います。その神の声を素直に聞いたHONDAと
MAZDAの純真さに対し、タバコ屋は素直にエールを送り
たいと思います。
ポール・フレール氏が発した神のアドバイストとは一体
何だったのでしょうか。これはあくまでもタバコ屋の推測
に過ぎませんが、それは「人馬一体」という思想ではな
かったかと思うんです。それを世の人々はスポーツカー
と申します。
img6[2]
ちなみにHONDAの初代NSXの開発に当たってはポー
ル・フレール氏の的確なアドバイスにより、フェラーリに
匹敵する高い評価を得たことは知る人ぞ知る裏話です。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.2:発展期参照願
います)
DSCN8953.jpg
さてサイン会と腹ごしらえの終わった一行は一路倉敷市
へと向かいます。ここは土地勘のある倉敷在住の佐藤さ
んの黄色いZ432に先導して頂きます。
DSCN8956.jpg
タバコ屋もジュージューステーキ定食でお腹が一杯で、
やや眠くなるのを我慢しつつコンボイ走行です。後ろから
は気を使いつつ伴走頂いている川嶋副会長、しんがりは
観音寺の宮武さんです。

この後、ご一行は倉敷市内へ殴り込みと相成るのですが
例によってタバコ屋の寄り道が多く、紙数も尽きてしまい
ました。この続きはvol.2にてお伝えしたいと思いますので
お楽しみに。

(尚、文中の一部の写真については川嶋さんのHP及び
彼から頂いた写真より流用させて頂きました)

島のビックリポン酢開発 vol.4

平成28年7月3日
島の特産品であるいよかんを使ったビックリポン酢を作
りたいという構想は実は5年ほど前から温めていたんで
すが自社製造という訳にもいかないので、古くから当社
とお取引のある松山三津地区の村要本店さんにお願い
しようと決めていました。折に触れての村上社長とのお
話しで、そのうち、あすなろ、で3~4年ほど経ち、タバコ
屋の内部体制も整ってきたので、昨年正式にお願いし
たところ快諾頂き、約1年を要して試作を重ねやっと満
足出来るものが仕上がりました。
あさが来た6
商品プロデュース及びパッケージデザインについては
これも以前からお世話になっている広島のギミックさん
にお願いしたところ快く引き受けて頂きました。商品試作
と平行して作業を進めて頂いた結果、この度デザインも
仕上がり、いよいよ我が子を世に出す運びとなりました。
あさが来た18
さてパッケージデザインです。タバコ屋がぼんやりとイメ
ージしていたのはかつて幼かった頃、昭和30年代の原
風景、即ち三丁目の夕日の世界の瀬戸内海版でした。
あさが来た24
モチーフとしては朝ドラのあさが来たのタイトルバックが
大好きなんですがこれはタバコ屋と同級生の副田高行
さんがプロデュースし、7才年上の藤枝リュウジさんとい
うおじさんがイラストを担当しました。
副田高行3 藤枝リュウジ
意外でしょうが、言ってみればタバコ屋と同世代のおじさ
ん連中が創作したものであるからこそ、共感出来るもの
があるのかも知れません。
秋元康 AKB48山本彩
またテーマ曲は作詞が今をときめく秋元康さん、作曲が
角野寿和・青葉紘季さんの共作で、歌うのは山本彩さん
を中心とするAKB48の皆さんということで意表を突いた
構成ですよね。
島ぽんPOP1
そのタバコ屋のささやかな願いをギミックさんに託して待
つこと数ヶ月、デザインが出来上がりました。ギミックさん
はやってくれました。力作です。タバコ屋の祈りのような
思いをズバリ表現してくれました。VERRY GOODです。
(関連記事:島のビックリポン酢開発 vol.3参照願います)
キャッチ
最重要なキーワードとして「お口に広がる瀬戸内海」の
キャッチコピーが採用されました。これは今回が初めて
ということではなく、スイーツを中心とするタバコ屋の加
工製品に一貫して使用されてきたもので、お口の恋人
ロッテの玉置さんでもないでしょうが、京都出身の名コピ
ーライター、仲畑貴志さんの代表作である「お尻だって洗
ってほしい」にひけを取らない作品であるとタバコ屋は秘
かに思っています。
お尻だって洗ってほしい
ここだけの話しながら、TOTOはこのキャッチコピーにより
ウォシュレット市場で爆発的な売上とシェアを獲得するに
至った訳で、仲畑さん様々だった訳ですが、タバコ屋にも
同様のことが起こるやも知れないのです。しかしそれは
獲らぬ狸の皮算用と申しましてタバコ屋は初めからそん
ないかがわしい考えは持ち合わせていません。
だって人生は紙飛行機、風の中を力の限りただ進むだ
けなんですから。
(関連記事:島のスイーツ開発 vol.1:プロローグ参照願
います)
島ぽんラベル2
さて肝心の商品名ですが、島のビックリポン酢のコンセプ
トにちなみ「ほやけん島ぽん」に決定致しました。当初は
「ほやけん島ぽん酢」というネーミングも検討されましたが
インパクトに欠けるので「島ぽん」でいくことにしました。
ところで頭にほやけんというのが付きますが「ほやけん」
というのは伊予ことばで「だから」という意味なんです。
特別な意味と言うよりは伊予の中島らしいネーミングを
ということでギミックさんが頭を捻ってくれました。
「ほやけん島ぽん」何か懐かしいほのぼのとしたノスタル
ジー(郷愁)を感じませんか。

キャラクターとして、可愛らしいAKBならぬ中島きよみさん
を抜擢しました。今回製造を担当して頂く村要本店の若
奥様のイメージにもやや似たところがあり、気に入って
います。奥様の名誉のために申し添えますと、実際はず
っとお綺麗なお方です。

ビンのデザイン及び容量は村要本店さんの充填キカイ
の制約があり、360ml入りのシンプルなものとなりました。
尚、キャップはヒンジ式で少しづつふり掛けられる切り口
のものを採用しました。
島ぽんしおり1
ここまで来て、ギミックさんは粋な計らいをしてくれました。
販売時に添えるしおりのデザインもして頂いたのです。
タイトルは「思い出の島からこんにちは」で、このコピー
も他のスイーツ製品に使用されている一貫したものです。
そこには、かつてタバコ屋が運行していた島の三輪バス
ヂャイアント号や汽船のはやとり、くれひめ、また村要本
店さんのマツダ三輪トラック等、昭和30年代前半の懐か
しい風景が散りばめられています。このような環境の中
で、ボクらは育ったんです。
(関連記事:あこがれの宮島 vol.2:再訪参照願います)
島ぽんPOP2
このブログをご覧頂いているご縁の方々には随分気を
揉ませましたが、1年近くに及ぶ開発を経ていよいよこ
れで島のいよかんポン酢の完成です。
まだあげ初めし前髪の乙女の如き恥じらいの香り立ち
ゆく「ほやけん島ぽん」
、今後一体どのような評価を頂く
ことになるのでしょうか。

さて我が子を世に出すにあたりいくらのおネダンにする
かですが、大量生産のミツカンさんなどは比較にならず、
また関西では有名な旭ポン酢さんが同容量で700円程
度(税別)でお売りになってはいますが、知名度は比較
になりません。島ぽんは自家製造品ではなく一部の原
材料を村要本店さんに持込み製造して頂くいわゆる委
託製造品であるため、おネダンも全くの自由にはなりま
せん。色々迷った挙句、600円(税別)程度でスタートさ
せて頂けないかと思っています。実質ハンドメイドの品
ゆえ割高なのは重々承知ながら一度ご試食頂き、ご意
見を賜りたいと思っています。

島のビックリポン酢開発ストーリー、今回を以って取りあ
えずの区切りと致します。長期間のご精読有難うござい
ました。

(尚、NHK朝ドラ「あさが来た」に関連する写真は、ヤフー
画像より流用させて頂きました)

終わりなき旅 vol.8:姫路城でのこと

平成28年7月2日
限定読者向け、青春ノスタルジック劇場その5
楽しかった同窓会もあとは姫路城の見学を残すのみとな
りました。宴会が終わって各期部屋に帰った後も話は尽
きず、就寝は多分午前2時過ぎで、皆さん寝不足状態だ
と推察致します。
DSCN8692.jpg
ホテルのビュッフェでバイキング朝食後、いざ出発です。
昨日同様、昭和46年組と48年組は一緒に見学すること
にしました。今日は日差しが強いので、BMW隊はオープ
ントップを閉めてお出かけです。メタルトップなので閉め
ると普通のセダンに早変わりと言うスーパーマジックをご
披露頂きました。
DSCN8608.jpg
姫路城の手前にある公園、参道?に到着です。とても綺
麗に整備されていて、建物のイメージも統一され好感が
持てました。最近はどこの都市でもそうなんでしょうが、
電柱が1本もなくすっきりして広々感がありました。これで
松山のようにチンチン電車が走っていれば申し分のない
風情ですが、そのような歴史にはならなかったようです。
DSCN8698.jpg
姫路城エントランスです。ここでタバコ屋はやや細かい芸
を披露し、道中のエナジー補給にと皆さんにアメを配りま
した。ただしムチは持って来ていませんでした。
DSCN8702.jpg
どうも大手門らしき菱の門と呼ばれる大きな門をくぐりま
した。左手看板には「国寶(宝)姫路城」と書かれている
のが見て取れます。
姫路城1
皆さんご存知のように姫路城のルーツは遠く600年以上
前の南北朝時代に、赤松貞範が砦もしくは館を造営した
のが始まりとされ、その後戦国時代にこの辺一帯を支配
していた小寺家の家臣黒田重隆により城としての体裁が
整えられさらにその孫の黒田孝高(よしたか)通称官兵衛
の代には天下統一の途にあった羽柴秀吉と呼応し、その
参謀(ブレーン)になるとともに、自身の城を秀吉に提供し
より本格的な城へと拡充していきました。
姫路城7
西の毛利勢、九州の島津勢、及び四国の長宗我部勢に
睨みを利かす西端の戦略拠点として姫路城は重要であっ
た訳で、ちなみに有名な秀吉の中国大返しの時にはここ
がその合戦準備の出発拠点となりました。秀吉も姫路城
がなければ途中もうへとへとで、合戦どころではなかった
と思います。写真左が現在の姫路城天守閣で右が秀吉
当時の天守閣です。スケールの差はあれ、戦略上の重
要度は一緒でした。
姫路城2
関ヶ原の合戦後、徳川時代には戦功のあった池田輝政
が城主となり、今日のようなさらに大規模な城へと改修
され、その後家康の孫で当初は豊臣秀頼の正室であり
大阪城落城時に助け出された千姫が再度嫁いだ本多
忠刻(ただとき)の本多家が治めましたが、重要な戦略
拠点であったことから、有能な藩主が求められ、その後
榊原、酒井、松平家と頻繁に城主が変わりました。
姫路城はその都度、整備拡充がされ、明治以降は陸軍
の連隊本部として使用されました。また先の大戦の空襲
から奇跡的に逃れることが出来、今日見るような一大ス
ケールの城郭が構築、保存されたという訳です。
姫路城11
当然ながら遺構はすべて国宝または国の重要文化財と
なっており、その秀麗な外観から別名白鷺城とも呼ばれ
ますよね。今回の大規模な修復作業(レストア)で往年の
輝きを取り戻した姫路城です。森と泉に囲まれたブルー
シャトウでもないでしょうが、海と田園に囲まれたホワイト
キャッスル(白亜の城)と言ったところでしょうか。ただし
白く輝き過ぎて白鷺城改め白スギ城という意地悪な声
も一部にはあるようですけど。
IMG_4392-1.jpg
余談ながら姫路城は名古屋城、大阪城とともに日本三
名城の一つとして、また津山城、及びタバコ屋の地元
松山城とともに三大平山城として有名ですよね。写真は
我が松山城で、手前味噌で恐縮ながら先般平尾ご夫妻
が、中島、松山を訪問された時のものです。その天守閣
はコンパクトながら縦横、石垣の傾斜等、バランスの取
れたGOODデザインだと思うんですが・・・ね。
(関連記事:校長先生西瀬戸を行く vol.2:松山編参照
願います)
DSCF2299-1.jpg
これは若干違う角度から松山城天守閣を望んだものです
が、実は平尾センセご夫妻のご訪問時の翌年、福ちゃん
こと石川女史がご友人達(オーテス・ケーリ先生ゆかりの
アーモスト館OB吉﨑さんご夫妻、他)とともに中島、松山
へ行幸された時のもので、千姫に勝るとも劣らぬ品性と
知性を兼ね備えた福ちゃんにもこのような茶目っ気たっ
ぷりの一面があることに驚かれるOB諸氏もいらっしゃる
のではないでしょうか。
D002.jpg
実は今回の見学に際し、同期の平尾センセとギーちゃん
こと森本氏は少し遅れて参加したと前の記事で申しました
が、我々が前日書写山円教寺の見学をしている間、彼ら
が到着し、先に姫路城を見学し、同窓会に出た後とんぼ
返りするという強行スケジュールとなりました。
D006-1.jpg
かつては一緒に学生ラリーに参加し、数々の優秀な成績
を収めて来た元戦友、姫路城にて相集うの図ですが、お
互い気持ちはヤングアットハートなれど、外観はご覧のと
おりにて、年は争えません。タバコ屋もしかりですが。
DSCN8704.jpg
さて地元の庄坪氏のお奨めで本丸へ行く前に西の丸を
目指すことにしました。正室の千姫は高層の本丸が峻険
なのであまり好きではなかったらしく、もっぱら低層の西
の丸を愛用されたとか。女性でなくても普段の非戦時下
に天守閣での生活というのは現実的ではなかったと思い
ます。第一、天守閣だけでなく城郭そのものが城主の威
容を示すためと、戦闘、籠城のためのものなので、食事、
風呂、トイレといった住生活面の配慮は設計時にあまり
真剣には考えられていなかったと思います。
ヴェルサイユ宮殿4
余談ながらフランスを代表するパリのヴェルサイユ宮殿
もルイ16世とその夫人マリーアントワネットが住んでいた
18世紀頃には信じ難いことにトイレなどなく、広大な庭の
茂みで用を足したりオマルを使っていたと言いますから
もう無茶苦茶ですよね。お尻だって洗って欲しいなんて
悠長なこと言っている場合じゃなかったんです。
マリーアントワネット2
マリーアントワネット妃が用を足された後、お尻は誰が
きれいにして差し上げて、またオマルは誰が片付けてい
たんだろう?などとタバコ屋は余計な空想をしてしまいま
す。但しタバコ屋は変態ではなくただ好奇心からその~。

ところで、世界で一番清潔好きな民族は昔も今も我が
NIPPON民族であることは皆さんご存知でしたか?。
だって秀吉当時すでに厠(かわや)=トイレというものが
水洗ではないものの立派に存在していましたから。
(関連記事:
島のスイーツ開発 vol.4:マリー・アントワネットのこと
参照願います)
DSCN8705.jpg
西の丸へ行く途中からみた天守閣です。はるか向こうに
霞んでいますから、そら千姫様だって行きたくなかったと
思います。
DSC08012.jpg
余談ながら、西の丸の天守には千姫とそのお嬢さんの姫
君が百人一首かもしくはカルタ取りをして遊んでいる等身
大の人形が飾ってあったのですが、それを見学していた
さるご婦人が、あれ花札やってんのやろか?と申されたの
には思わず苦笑してしまいました。やんごとなき姫君殿が
花札などする訳ないっちゅうの。
DSCN8707.jpg
西の丸を大急ぎで見学した後、いよいよ本丸天守閣へ
向かいます。ター坊こと井上氏もやれやれと言った面持
ちで振り返っています。
DSCN8712.jpg
いよいよ天守閣に到着です。エヴェレスト登山でもあるま
いに、登頂記念に案内旗と一緒に天守を写しました。

余談ながら、この日はものすごく日差しがきつかったの
で屋外での写真がことごとく色が飛んでしまいました。
タバコ屋のカメラはNIKONのデジカメなんですけど、セン
サーの性能が良いのか暗いところは抜群にきれいに撮
れるんですけど極端に明るいところは光を拾いすぎて
うまく撮れません。
DSCN8708.jpg
天守閣に入るとお城を中心にした当時の姫路城下町の
模型がありました。
DSCN8709.jpg
昭和の大改修時に天守閣の骨組みを徹底調査したそう
ですが、それはその時の検討用模型だそうです。外観は
5層ながら内部は6層という凝った構造で、当時の城郭建
築技術の粋を集めたものだと思います。

蛇足ながら、タバコ屋がやや気になったのは、天守部分
が上下に大きいので基礎に対して頭でっかちのように感
じます。何故なのかと思いましたが、シロウトなりに答え
が見つかりました。皆さん何故だと思いますか。

お答えします。それは基礎の石垣の傾斜角度が立ち過
ぎているからなんです。それで天守部がやや窮屈な感じ
になっています。従って基礎部分のスカートの傾斜をも
っと緩やかにしてやれば、今以上にバランスの取れた
天守閣が出来上がります。尚、戦略的には角度を緩や
かにすると敵がよじ登りやすくなるので現実的ではない
かも知れません。
DSCN8710.jpg
午前10時を過ぎてくると空いてるはずの天守閣も混み始
め、只今世界中から観光客が押し寄せているため、国際
色豊かな方々が押し合いへし合いの見学となりました。
おかげで、天守の最上階の6階では一時立ち往生で見学
を待たされることになりました。
DSCN8711.jpg
トコロテン式の見学をやっと終え、天守閣の広場で休憩
です。これからは46年組と48年組は別行動にてやや早
い昼食を摂ることにしました。我々はふもとにある好古園
という庭園内の活水亭というレストランでランチタイムと
なりました。
DSCN8724.jpg
昼食後、庭園の見学をしましたが、やはりお殿様の作っ
た庭園と言うのはどこでもそうでしょうが財力に物を言わ
せたビッグスケールの物が多く、ここも例外ではありませ
んでした。
DSCN8727.jpg
手前味噌ながら、タバコ屋も只今3,000坪余りのガーデ
ニング(別名みかん栽培)を展開中ですが、優雅な平地
でのお庭とは異なり急傾斜地の山でのことで、悪戦苦闘
をしています。ちなみに同期生の庄坪氏を始め、佐々木
氏や一期後輩の奥村氏等もオシゴトのかたわらもしくは
退職後、農業にいそしんでいるようです。ただし彼らはお
米のカテゴリーで、みかん農業はタバコ屋だけではない
でしょうか。
(関連記事:4千坪のガーデニング vol.1:3種の神器参照
願います)
DSCN8721.jpg
優雅な庭園の見学も終わり、お別れの時間が近付いて
まいりました。姫路駅へ移動し純喫茶で一服することに
致しました。その理由は約2名アヘン患者がおり、純喫
茶なら必ず喫煙OKだからです。ちなみに純喫茶などと
いう言葉は今時もう死語だとは思いますが・・・。
P1010239-1.jpg
いよいよお別れです。楽しかった同窓会もあっという間
に終わってしまいました。三々五々各地へ散って行きま
したが、タバコ屋は夜遅くに大阪南港から東予港行きの
フェリーに乗るため梅田へと向かいました。
DSCN8729.jpg
新装なった梅田のJRターミナルビルです。タバコ屋は元
ゴフク屋であったため月に1度は大阪、京都へ仕入れに
来ていましたので、慣れた街ではありますがそれにして
も、その変貌ぶりにはとまどってしまいます。
DSCN8736.jpg
地下鉄の御堂筋線に乗り、大国町経由で大阪南港に向
かいます。
DSCN8742.jpg
大阪南港に到着です。前回宇治の平尾氏邸訪問時は
ここからZ嬢で乗り込んだのでしたが今回は徒歩ですの
でガス欠やバッテリー上がりの心配もなく、お気楽モード
です。
DSCN8748.jpg
夜10時の出航にもかかわらず、早くから乗船出来るので
船内で入浴や食事をすることが出来るため、タバコ屋は
結構気に入っています。ちなみに料金は会員ですと往復
2割引となり何と10,000円程で行って帰ることが出来ます。
夜間の移動ですので泊り代はほぼタダという感じでしょう
か。でも早く移動したいというイラ助の方にはあまりお奨
め出来ない方法です。
IMG_2411-1.jpg
何やかやで、懐かしくも楽しい同窓会旅行でした。帰り際
には、もう年も年やしメンバーが減ることはあっても増え
ることはないんやから、せめて年に1回は同窓会をしよう
や~という意見が圧倒的であり、架空の会話ながら隣の
庄坪氏が「おいチャン太よ、今度の姫路同窓会えらい好
評やったけど次どないすんねん」と言っている様な気が
します。麦藁帽子のおっさんは、いずれ松山道後での同
窓会をお世話するハメになるのではなかろうかと悪い予
感が頭をよぎったのでした。

今回の同窓会5部作いかがだったでしょうか。私的なこと
がほとんどで、また仲間のことゆえ、気安さから失礼な
表現があったやも知れませんが、同釜ゆえにお許し頂き
たいと思います。長時間のご精読有難うございました。

(尚、記事中の写真の一部は平尾氏や三宅氏から頂いた
ものやウィキペディア等から流用したものを掲載させて頂
きました。また歴史や人物にかかわる記述の一部はタバ
コ屋の私見であることを御了解願います。)

終わりなき旅 vol.7:同窓会余話2

平成28年6月29日
限定読者向け、青春ノスタルジック劇場その4
間違いだらけの愛車選び(OB所有車シミュレーション)
追加編
実はこのブログに度々ご登場頂き、折に触れてコメント
もよく頂戴している上山青年こと、同志社大学自動車
部、昭和51年卒の上山氏が今回の愛車選びに際して
居ても立てもたまらず、コメントをお送り頂きました。
DSCN7237.jpg
彼はタバコ屋が4回生の時の1回生で、赤裸々な同釜
生活には至らなかったものの、タバコ屋のブログや創
部80周年大会をきっかけに今では当時の学生時代の
ごとく親しく交流させて頂いています。上下の写真は彼
や平尾センセ及びギーちゃんこと森本氏といっしょに昨
年度の大阪モーターショーにご一緒した時の写真です。
ただし上山青年と言うイメージには程遠い現在のお姿
は自動車部のユル・ブリンナーとも言われており、当時
とのギャップはお許し頂きたいと思います。
余計なことながら、ギーちゃんが抱えている手提げ袋は
タバコ屋のものなんですが、葬儀のとき骨壷を抱える喪
主のような仕草にて、思わず笑ってしまいますよね。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.1参照願います)
DSCN7249.jpg
写真は大阪モーターショーでボルボの社員をつかまえて
意地悪な質問をしているところです。想像のセリフなが
ら「俺、ボルボ乗ってんねんけど今度の新車どうなのよ、
当然4WDとかもあるやろね。ちょっと、セールスさん俺の
話し聞いてんの?」

今回の同窓会には昭和51年組は参加していませんが、
彼の愛車遍歴については多少のことは存じているつも
りですので、ここは番外編として、上山青年の愛車選び
について追加ご提案してみたいと思います。
蛇足ながら、高校時代、福井県出身の秀才だった彼は
商科系では最高峰である公認会計士の資格を取得し、
現在は梅田界隈でシロウト相手に悪どく稼いでいると
いう噂ですが、真偽の程はわかりません。
末永ポルシェ3
ついでの話として、彼の3期先輩ということはタバコ屋の
同期である九州の末永氏のご長男も優秀で、上山青年
同様、公認会計士の資格を取得し只今見習い中です。
末永氏は今回の同窓会には出席出来ませんでしたが、
愛車はポルシェ997(911)4Sで写真はその自慢の息子
さんとともに愛車の納品時に立ち会っている場面です。
(関連記事:荒ぶる心 vol.5:ポルシェのこと参照願います)

上山氏の愛車遍歴については、投稿コメント欄をご覧頂
くことにしますがHONDAに始まりVW、アウディ、ボルボと
続き、かなりエンスーな部類に入るお方だと思います。
■上山氏 現行所有車:ボルボXC70
     オススメ車:ポルシェ・マカン
マカン12
親孝行者の彼は雪深い福井に残したお母様の面倒を
見るため、ちょこちょこ帰省するので、オクルマの前提
条件として4WDでなくてはならず、また現役当時から
凝ったメカのオクルマでないと気に入らなかった彼の
ことですから、ボルボまで行き着いた以上、あとはもう
ポルシェしか選択肢はないと思います。また2人乗りの
911やケイマンだと福井に持って帰るお土産やお母様
に頂いたお漬物や新米を積むスペースがないので車
高が高く荷物スペースも十分ある4WD-SUVがお奨め
です。ただしタバコ屋同様年金生活、後期高齢者に突
入して行きますので兄貴分のカイエンではデカすぎると
思われます。
マカンGTS-6
老婆心ながらマカンの購入時は新車か中古車かわかり
ませんがお値段まかりませんかというセリフだけはお控
え下さい。セールスのご返事はマカンないです!と言う
に決まってますから。

姫路同窓会も只今脱線中ですが、あと姫路城見学の模
様をお伝えしたいと思いますので、お楽しみに。


終わりなき旅 vol.6:同窓会余話

平成28年6月17日
限定読者向け、青春ノスタルジック劇場その3
間違いだらけの愛車選び(OB所有車シミュレーション)
今回自動車部OBの同窓会と言うことでOB各位個性的
なオクルマで参集頂いたのでしたが、同窓会の宴会に
て若干そのことに触れましたので、ついでの座興ながら
一歩進めて、OB各位のイメージにふさわしいオクルマを
タバコ屋の独断と偏見でご選定申し上げたいと思います。

昭和46年卒OB諸氏
■福永氏 現行所有車:VWゴルフ
     オススメ車:現行ピッタリ
ゴルフ7-3
ユーモアがありながらも堅実な福永先輩らしいご選択だ
と思います。これでフェンダー横に同志社のステッカーを
貼り付ければ完璧だと思います。
■下村氏 現行所有車:BMW335iカブリオレ
     オススメ車:現行ピッタリ
BMW335iカブリオレ1
現役時代からハイカラな先輩でしたのでGOODチョイス
だと思います。出来ればHONDA1300クーペ9のノリで
Mスペックにされてはいかがでしょうか。
■大伴氏 現行所有車:?
     オススメ車:BMWミニクーパーS
新型BMWミニ-4
話せば長くなりますが、かつて大伴先輩が愛用していた
のはライトブルーとホワイトの2トーンに塗り分けたおしゃ
れなミニクーパーならぬHONDA-N360(通称Nコロ)でし
た。卒業に際し、小森酒店入居組のタバコ屋と同期の佐
々木でお下がり共同購入させて頂きましたが、当時の熱
き思いは今でも変わっていないと思います。
■杉森氏 現行所有車:?
     オススメ車:ニッサンGTR
GTR1.jpg
現役時代からサニー1200GX-5というマニアックなオク
ルマに慣れ親しんだ経緯から、もうGTR以外では満足さ
れないのでは。しかし現在のGTRは我々が現役当時の
スカイライン2000GTRからは進化し過ぎて今やスーパー
カーのカテゴリーに入ってしまい、一般庶民には手の届
かない世界に行ってしまいました。
■山田氏 現行所有車:?
     オススメ車:トヨタニュープリウス
新型プリウス11
当時から大人びた先輩でしたので、そこいらのチャラチャ
ラしたオクルマには関心がないと思うんです。燃費40km
/Lという驚異的なメカを引っさげて、どや大伴凄いやろと
言い出しそうな・・・。
■小野田氏 現行所有車:?
      オススメ車:ロールスロイス・ゴースト
ゴースト12
あくまでもジェントルに、いざとなればパワフルに、物静
かなオーナー社長、小野田先輩にはピッタリです。
余計なことながら、小野田先輩はアヘン患者ではないの
で喜ばしいことではありますがこの際ロールスオーナー
の大先輩である吉田茂氏にならいシガー(葉巻)をたし
なまれてはいかがでしょうか。
■和田氏 現行所有車:?
     オススメ車:MAZDA CX-5
CX5-4.jpg
広島在住でMAZDAに乗ることは半ば義務ではないか
と思うんですが、鼓動デザインとSKYACTIVで大変身、
大躍進中のCX-5もしくはCX-3のご購入をお勧めします。
ただし、MAZDAスタジアムへカープの試合を見に行く時
は大渋滞でしょうから歩いたほうが早いかも。
■中村氏 現行所有車:?
     オススメ車:HONDA-S660
S660-12.jpg
物静かで無口な外見に似合わず、内に秘めたものは熱
いものがあるのではないかと推察してのオススメです。
かつてHONDA-S600・800が憧れであった世代にて、
今になってもその当時の熱気が忘れられないのでは。

昭和48年卒OB諸氏
■庄坪氏 現行所有車:VWティグアン
     オススメ車:現行ピッタリ
DSCN8695.jpg
逆玉輿とはいえ、古武士を彷彿とさせる質実剛健な性
格の庄坪氏にはドイツ物しかもVWがピッタリです。また
彼は体のデカさに反し地味な性格なので、光物や貼物
はお嫌いでしょうが、せめてフェンダーに同志社のステ
ッカーを貼って頂くとささやかなアイデンティティーが示
せましょう。
■増本氏 現行所有車:某東洋系メーカー高級サルーン
     オススメ車:ボルボV40クロスカントリー
V40クロスカントリー3
北欧民族系の彼が現在乗っている某高級サルーンは
ヴァイキング一家の食卓にキムチが出て来るような感じ
で、イメージが全くミスマッチであり、こうなれば彼の如く
またかつて北海道遠征時に立ち寄った霧の摩周湖の如
く、神秘的かつ知的で品性漂うオクルマと言えばもうボル
ボ以外に選択肢はないと思います。それも流行のSUVで
いかがでしょうか。
■酒井氏 現行所有車:NISSANノート
     オススメ車:TOYATA-86(orSUBARU-BRZ)
86-3.jpg
もう子育ても親の見送りも終わりカミサンと2人なんです
からオクルマも2人乗りのスポーツカーはどうでしょうか。
TOYOTAでもSUBARUでもお好きな方をどうぞ。どうせ
姉妹車ですから。ここだけの話で皆さんにこっそりお教え
しますけど、こういった類のオクルマ買うのは、昔は若い
衆と相場決まってましたけど、きょうびはオッサンが買っ
ているんです。オッサン恐るべし。
■三宅氏 現行所有車:TOYATAマークX
     オススメ車:MAZDAロードスター
旧ロードスター1
何と言ってもあの大変身されつつあるヒゲのお顔に合わ
せて国産車ではロードスター以外の選択肢は考えられ
ません。最近発売された4代目よりも3代目のほうが粋で
シックだと思います。当然ながらボディ色はブリティッシュ
グリーンで内装色はタンでしょう。どうしても国産車がい
やと仰るなら、イタリアの蛇のマークの某スポーツカーが
似合うかも。
■平尾氏 現行所有車:ミツビシ2代目パジェロ
           ミツビシランサーエボX(10)
     オススメ車:ミツビシパジェロ・ミニ
パジェロミニ6
ラリーおたくでミツビシPTA会長を自認する彼のことゆえ
ミツビシ車以外の選択肢はあり得ず、名車ランサーエボ
X(10)はファーストカーとして温存し、ゲタ代わりにパジェ
ロ・ミニを使用されてはいかがでしょうか。物足りないで
しょうが、お顔は2代目パジェロにそっくりだし、普段の足
と割り切ればいいと思います。パジェロ・ロングボディは
年金生活者にはデカ過ぎます。
■井上氏 現行所有車:TOYATAマークX
     オススメ車:SUBARUインプレッサ
WRX・STI207-3
同期の中では比較的オクルマどうでもいい族の一人な
んですが、彼も立て続けに不幸が続き、寂しさをまぎら
わせる意味でも、また第二の伴侶を見つけるデートカー
としても、熱い走りのインプレッサはいかがでしょうか。
これで比叡山ドライブウェイにでも行かれては・・・。
■森本氏 現行所有車:旧車TOYATAセリカGT(年式?)
     オススメ車:TOYATAクラウン
クラウンパトカー1
森本氏にクラウンをお勧めするには訳があります。現役
当時、ギーちゃんのあだ名が付いたのはバイト先の東邦
織物社長の孫が義三君で、その子がやたら森本氏にな
ついたため、あだ名がギーちゃんになったというエピソー
ドがあるだけに、当時のバイト車がクラウンであったこと
にちなみ当時を懐かしんで再度クラウンに乗られてはい
かがでしょうか。元お勤めの兵庫県警のパトカーも殆ど
がクラウンだと思うんですけど。
■タバコ屋 現行所有車:NISSANフェアレディZ-S30改
      オススメ車:VW初代クロスポロ
クロスポロ5
地獄のレストアを経験しながらも執念で赤いお嬢ちゃん
こと現代のシーラカンスZを愛用していますが、それにも
限度があり、特に夏には全暖房付きではないフツーの
オクルマに乗りたいところです。それも今流行のSUVで。
何故、初代なのかですって?、それはお顔に愛嬌があっ
て可愛いからです。

昭和49年卒OB諸氏
■井村氏 現行所有車:SUBARUレガシイ
     オススメ車:現行ピッタリ
DSCN8578.jpg
高砂の元神童もあれこれ愛車遍歴はあったようですが、
お気に入りのSUBARUに落ち着くべきでしょう。その上
80周年大会では、OBの中にSUBARUの開発スタッフが
いて、壇上で熱き握手を交わした果報者でもあるので
なおさらではないでしょうか。
■奥村氏 現行所有車:TOYOTAプリウス(裏情報にて)
     オススメ車:MAZDA-6(アテンザ)
アテンザ14
東広島市の元行政幹部だった彼にしてみれば和田先輩
同様、MAZDA以外のオクルマに乗ることは罪悪ではない
かと思うんです。SUVもいいですが、我々現役時代にロ
ータリーエンジンを搭載し、メチャ高性能だった懐かしい
カペラの末裔として、MAZDA-6を選択するのも意味が
あることだと思います。プリウスでガソリン節約している
場合ではないのです。尚同期の令夫人にはMAZDAヴェ
リーサをお勧め願います。
■河合氏 現行所有車:?
     オススメ車:ジャガーXEサルーン
ジャガーXE-41
現役時代は石油会社の御曹司であり、現在は老人ホー
ムの理事長というお立場からして、また勝新バリの容貌
からしても、アグレッシブなジャガーのサルーンがお似合
いではないでしょうか。それもショーファー付きの後席で。
■増田氏 現行所有車:?
     オススメ車:フォードマスタング
新マスタング4
タバコ屋は現役時代、彼との接点があまりなかったので
ご性格や好みがよくわかりませんが、お召し物やヘビメ
タっぽいチェーンなど身に着けていることから、マッスル
なアメリカのオクルマなんか似合うんじゃないかと思いま
す。増田改めマスタングなんていうダジャレではありませ
ん。
■福ちゃん 現行所有車:ご子息はJEEPラングラー
      オススメ車:アウディA1
アウディA1-4
良家のお嬢さんにも拘らず、嫁入り後は数々の試練を乗
り越えて来た福ちゃんですが、ご実家が大きなご商売を
されている関係上、ファーストカーは凄いオクルマがある
でしょうから、この際錦の市場付近をウロウロするゲタ代
わりとしてキュートなA1をお勧めします。まあ福ちゃんに
してみれば、ママチャリのほうがよっぽど便利やわと仰る
かも知れませんけど。

以上とりとめもなく、間違いだらけの愛車選びをご披露
しましたが、タバコ屋がお奨めしたオクルマの中にメルセ
デスとレクサスがないことに気付かれた方もいらっしゃる
でしょう。それはタバコ屋にとってやや眩し過ぎるせいか
も知れません。尚、文中失礼な記述があったとしたら、
座興に免じてお許し頂きたいと思います。

終わりなき旅 vol.5:ああ同窓会

平成28年6月9日
限定読者向け、青春ノスタルジック劇場その2
書写山円教寺見学を終え、書写山からさらに北へ走り、
目指すは「ホテル夢の井」です。
DSCN8693.jpg
昭和46年卒OB諸氏は福永先輩の愛車VWゴルフと下村
先輩の愛車BMW335iカブリオレに分乗遊ばされ先行です。
自動車部OBらしく、どちらも世界に冠たるドイツ物です。
う~ん、BMWの左右2本出しのエキゾーストパイプなんか、
凄みがあってなかなか渋いと思いませんか。
BMW335iカブリオレ1
一般的にカブリオレと言うのはオクルマ用語でロードスタ
ーと言ったりしますが、要するに幌付きのオープンカーの
事を指します。ただしBMWの場合は凝っていて屋根がメタ
ル(金属)製なのでメタルトップと言ったりしますよね。
VWゴルフ1
福永先輩の愛車VWゴルフはもう知らない方はいない程
有名で自動車部OBでVWゴルフを違うスポーツに理解す
る方がいるとすればそれはモグリと言うもんです。
ちなみにゴルフは平成25年度の日本カーオブザイヤーを
外国車で初めて受賞しました。
(関連記事:
東京モーターショー異聞 vol.4:カーオブザイヤー参照願い
ます)
DSCN8695.jpg
対する昭和48年組は地元姫路在住の吉田(庄坪)氏のご
好意で愛車のVWティグアンという舌を噛みそうな名前の
SUV車と明石在住の増本氏の愛車で現代的な?お名前
の某東洋系メーカー製高級サルーンに分乗しました。
DSCN8697.jpg
VWティグアンはゴルフの兄弟車でそのSUV版という位置
付けの世界戦略車ですが、日本ではあまり知られていま
せん。このマイナーなオクルマを購入された庄坪氏(以下
旧名で呼ばせて頂きます)のオコトバによると、日本車は
どれもこれも変てこりんでエグいデザインばかりで買う気
が起こらへんのでティグアンにしたんや。と言われタバコ
屋は、我が意を得たりと思いました。このティグアン、やや
ビジネスライクながらも清潔感のあるGOODデザインだと
思います。
DSCN8694.jpg
片や増本氏は愛車の掲載を固辞されましたが、この程
度ならお許し頂けるのではないでしょうか。某高級サルー
ンのシートは総皮張りのゴージャスなものでした。ただ
書写山へ行くのにナビを使用したのでしたが、セッティン
グの手違いで左前方に目的地が見えていながら、その
先右方向ですの案内に皆がアレレ・・・。尚、後席でくつ
ろぐ高貴なお方は、同期のター坊こと井上氏です。
ついでながら、これで革張りのシートの背中に猛獣が斜
めに飛び跳ねているようなロゴでも付いていたら、我々
はまず二礼二拍手一礼の上、靴を脱いでから乗車する
ことになるでしょうけど。
DSCN8637.jpg
「ホテル夢の井」到着です。先輩方はトランクから荷物を
降ろしているようです。静岡から駆けつけた小野田先輩
が腕組みをしているようですが、「おい大伴、早くしろよ、
俺の荷物が出せないじゃね~か」とか関東弁で仰ってい
るのかも。
DSCN8638.jpg
ホテルロビーでチェックイン中ですが、実はこのブログに
度々ご登場頂く、主役級のお二人が別コースにて合流し
てくれました。京都宇治のご存知平尾センセと、神戸の
元兵庫県警のエライさんギーちゃんこと森本氏です。
DSCN8641.jpg
平尾センセは最近自治会のお世話役を拝命しつつあり、
急遽会合か何かで集合時間に間に合わなくなり、後から
の参加となりました。一方ギーちゃんはこの度お嬢さんが
結婚されることになり、その結婚式が前日だったので後
始末等、何やかやでこれも遅れての参加となりました。
ただタバコ屋が、何してんねん、はよ来いや~と携帯で
煽ったので彼はあわてて新幹線に飛び乗ったようです。
DSCN8642.jpg
さて今回のメインイベント、自動車部OB同窓会宴会が始
まりました。まずは幹事長の福永先輩がご挨拶です。
DSCN8648.jpg
続いて福永氏とともにお世話をし今回の同窓会を成功に
導いた立役者の一人、庄坪氏よりご挨拶です。
DSCN8646.jpg
タバコ屋が1回生の時に3回生だった先輩諸氏で、当時は
怖いお兄さんでしたが、今では角が取れて皆さん穏やか
なお顔になっていました。先輩の名誉のために申し添えま
すと認知証発症のお方は全く見られませんでした。
DSCN8647.jpg
昭和48年組と49年組です。思えば40数年前入部当時は50
人近くいた部員もOBの現在12名で、やはりかけがえのない
同期の桜です。
DSCN8645.jpg
49年組も同様にダーウィンの淘汰の法則を経て今日に
至っています。タバコ屋にとっては同期生はもとより49年
組はなくてはならない仲間です。
DSCN8650.jpg
酔っ払わないうちに記念撮影をということで皆さん集合
されました。一瞬にして40数年前にワープです。
(関連記事:終わりなき旅 vol.3;宴のあとさき参照願い
ます)
DSCN8654.jpg
下村先輩のご発声で乾杯です。
DSCN8656.jpg
福永先輩起立し、「おい大伴、一人づつ近況報告や言う
とんで、誰からしゃべるんや?」とか仰っているかも。
DSCN8657.jpg
下村先輩の近況報告です。学生時代からスマートでイケ
メンでした。胸を熱くした後輩女子も多数いたとか・・・。
ホンダ1300クーペ6
尚、タバコ屋は下村先輩率いる大型トラックの専攻でした
ので、アヘンの吸引はもとより、先輩の一挙一投足に影
響を受けましたが、一番の思い出は何と言っても当時若
者の憧れのオクルマの一つだったHONDA1300クーペを
新車購入し、ゲタがわりに乗り回していたことです。奈良
のご実家はかなりセレブなお家なのかも知れません。
鮮やかな黄色のクーペでしたが、上の写真と異なり実車
はもっとカッコよく1300クーペのスポーツタイプ9で、砲弾
型のフェンダーミラーが付いていました。
(関連記事:異説:007私を愛したスパイ参照願います)
ホンダ1300クーペ8
ある日のこと、チャン太(タバコ屋のあだ名)横に乗せたろ
かと言われたのか、タバコ屋の方から志願したのか忘れ
ましたが、生まれて初めてHONDA1300クーペに乗せて
頂きました。どこを走ったのか覚えていませんが、ガソリン
スタンドに立ち寄り、給油をしました。その時ハイオク10L
と言われたので田舎者のタバコ屋はアレ~?ガソリンて
満タン以外の入れ方があったんやと一人感心した記憶が
あります。
ホンダ1300エンジン-2
当時はHONDAがF1に挑戦していた時期で、その最先端
のF1技術を惜しげもなく市販車に投入したのがこの1300
シリーズでした。あまりにもマニアック過ぎたので販売は
不調で短命に終わりましたが、タバコ屋にとっては忘れ
難きオクルマです。だって市販車にキャブレター4個なん
てやり過ぎですよね。
(関連記事:GTのお話 vol.2参照願います)
DSCN8658.jpg
大伴先輩のスピーチです。福永先輩同様自動車部御用
達の下宿、小森酒店の元住人であり、大伴氏のお誘い
で、地獄の日々が待っているとも知らず3回生に上がる
時、その後釜に入居したのでしたが、以来2年間は同級
生やら後輩やらの待合所兼休憩室となってしまい、また
積み木遊戯の訓練所にも早代わりし、小森のおっちゃん
に、もっと静かにせんかいと叱られたこともありました。

しかし手前味噌ながら、タバコ屋は小森のおっちゃんに
結構気に入られていて、お酒の配達のアルバイトを頼ま
れクラブのバイトもさることながら時々配達していました。
そんな時はおっちゃんの晩酌のお相手として、晩御飯を
よばれたこともあります。
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かつて日本を代表する漫画家の手塚治虫、石森章太郎、
藤子不二雄、赤塚不二夫氏たちが無名時代、東京のトキ
ワ荘を根城にしていたことは有名な話ですが、新町ガレー
ジ横の小森酒店もやや似たところがあり、ここから多くの
自動車部先輩が巣立って行きました。ただその下宿生活
を拝命した当人にとってみれば、早い話クラブの人柱みた
いなものでたまったもんではありませんでした。申し遅れ
ましたが、タバコ屋は雌伏40年、亀の如く伏したままにて
未だに無名なんですけど。

またタバコ屋は同級生や後輩に、俺の青春を返せ!と叫
びたくなる時もありますが、もう既に手遅れと申せましょう。
願わくばこの下宿から日本を代表するような自動車メー
カーの社長が輩出してくれていたら、もう自動車部とは
別個に小森会とか作ってブイブイやっていたでしょうけど
時は経ち、小森酒店さんが下宿屋をやめてしまった今、
そのような願いは幻想に過ぎなくなりました。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.1:今出川慕情参照願い
ます)
DSCN8659.jpg
山田先輩のスピーチです。山田先輩は現役当時から大人
びたところがあり、他の同期の方々とは一線を画していた
ように思います。すべてに軽率なところがないと言うか・・・。
でも後輩の面倒見は同期生でも1~2を争い、コンパの後
にはあてもなくよくくっついて行ったものでした。でも我々
後輩の期待を裏切り、ピンサロとかではなくごくまっとうな
祇園のお店だったりして・・・。そもそも学生の分際でピン
サロなんて不謹慎ですよね。それも学ラン着用でですよ。
今となってはすべてが懐かしく、山田先輩はタバコ屋にと
っては、大日如来か阿弥陀如来かゼウスかといった坂の
上の雲のお方となっています。
DSCN8660.jpg
小野田先輩のスピーチです。皆さん爆笑中のようですが
タバコ屋にとっては小野田氏は大型トラック専攻の先輩
であり、馴染み深いものがあります。何分控えめでジェン
トルなご性格ゆえ、あまり俺が俺がとか、後輩をいじめた
りということは全くなさらなかったように思います。どこかの
街の市長さんかNHKの松平アナウンサーの後釜にピッタ
リのキャラだと推察しますが、ご卒業後は食品ギフトの会
社にお勤めされ、今ではご実家の製紙メーカーのオーナ
ー社長さんだとか。オーナーという言葉には大小拘わらず
重みがありますよね。
シルバーシャドウ5
ちなみに小野田先輩にお似合いのオクルマと言えばロー
ルスロイス・シルバーシャドウでしょうか、いかなる時でも
物静かに振る舞い、いざとなったらパワーもりもりと言う・・。
ゴースト12-1
ただ残念なことに現在は生産されておらずその後継車は
タバコ屋もお気に入りのロールスロイス・ゴーストです。
ブロックを削り出したような塊感とトラディショナルな品性
の表現は、線と面が主体の文化で育った日本人デザイナ
ーには無理なんでしょうか。ああ国産車よ・・・。
(関連記事:神様とリムジーン参照願います)

杉森先輩と中村先輩はスピーチに遭遇していないのです
がタバコ屋がトイレにでも行ったのか、それともシャイなご
性格ゆえ、辞退されたのか。
サニー1200GX-4
杉森先輩と言えば鬼の練習主任として、合宿の牢名主み
たいな存在でしたが、それはそれとして当時発売直後の
NISSANサニー1200GX-5を購入され、新町校舎の正門
前を颯爽と走り抜けていたのをはっきり覚えています。
A12エンジン
サニーに搭載されていたA12型1200CCエンジンはOHV
ながら高回転までブンブン回り、軽量ボディと相まって胸
のすく様な加速を実現していました。またクロスレシオ5速
ミッションを搭載しており、当時のオクルマ好きにとっては
たまらなく魅力的なスペックでした。
(関連記事:荒ぶる心 vol.3:チェリーX-1参照願います)
DSCN8663.jpg
昭和48年組、庄坪氏のスピーチです。彼も卒業後はタバ
コ屋と若干似た感じの逆玉輿にてご養子さんとなり、塗料
の元の顔料を製造するメーカーを退職後、米作りにいそし
みながら地元姫路の広畑区で地区長を拝命しており、何
と3,000人のまとめ役としてグチりながらも奮闘中です。
愛車は彼らしく堅実で、前出のVWティグアンです。
DSCN8662.jpg
庄坪氏同様、地元明石から参加の増本氏です。我々48年
組の1~2を争う秀才で、現役時代からその優秀さは飛び
抜けており卒業後はミツビシ電機姫路製作所に奉職され
トヨタ、ニッサンを相手にエレキ部品を作ってきました。
退職後はご他聞にもれず地元の地区会長を拝命し只今
奮闘中です。現役時代、タバコ屋は台湾、フィリピン系で
したが、彼の肌の白さはまさに北欧系で気品に満ちて
いました。女性のたとえながら色の白さは七難隠すと言
われますがまさにその通りで、タバコ屋があのようだった
ら惨めな思いをせずに済んだのにと思ったこともありまし
た。ただ彼もそのイメージに反して体のある部分が拡大
しつつあり、早急にレストア(復刻)が必要かと・・・。
ちなみに余計なお節介ながら北欧系の彼に似合うオク
ルマと言えば、もうボルボ以外有り得ませんよね。
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同期の酒井氏のスピーチです。現役時代はメチャスリム
で、アランドロンかマイケル・ダグラスかと言われたくらい
で品性漂う容貌でした。容貌とは裏腹にフィギュアの腕前
は他を寄せつけないものがあり、自動車部再興に随分
貢献しました。卒業後はスポーツ用品メーカー大手の
ミズノに奉職され定年まで堅実に過ごしましたが、寄る
年波には勝てず今ではご覧の体型となりました。愛妻の
作るお料理がおいしくついつい完食してきた結果だそう
です。彼も増本氏同様、頭髪の再塗装を皮切りにレスト
アが必要かも知れません。
DSCN8666.jpg
同期の三宅氏のスピーチです。さすが元岡山高島屋の
やり手外商マンだけあって、話し方も柔らかで話題豊富
です。ただ皆が唖然としたのは退職後ヒゲを蓄えつつあ
ることで金を蓄える方は飽きたのか別方向に向かってい
るようです。
旧ロードスター1
彼も岡山のセレブ連中とのお付き合いが多いので、今後
は容貌に合わせてブリティッシュグリーンのMAZDAロード
スターあたりを購入されるのが良いと思います。お洒落な
ドライビングシューズとグローブの手配もお忘れなく。
DSCN8668.jpg
このブログの人気者、元兵庫県警のギーちゃんです。
ここだけの話しながら、彼ほどあだ名で親しまれて来た
男も少なく、入学早々自己紹介でパンパカパーンとやっ
てしまい、以後パンパカになり、その後ある特別な物語
があってギーちゃんと呼ばれるようになり現在に至って
います。今回お嬢さんの結婚式を前日に済ませての参
加です。失礼ながら顔とオクルマが一致しないのですが
彼の愛車は旧車のTOYOTAセリカGTです。???
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同期の平尾センセのご登場です。彼についてはこのブロ
グで、他の同級生のブーイングが来るくらいご紹介してい
ますので今さらというところながら、本日も地区会のお世
話やら大学講師の講義準備やらでやっと同窓会に間に合
ったようです。強調していたのはお互い今日があるのは
自動車部での貴重な4年間の体験があったからこそであり
感謝していますという意味のことでした。一同ガッテン納得。
(関連記事:校長先生の青春 vol.1:ラリーへの熱き思い
参照願います)
DSCN8672.jpg
昭和49年組、元キャプテンの奥村氏のスピーチです。彼
もタバコ屋同様、クラーク記念館の前でイケイケ詐欺同然
入部勧誘に遭い入部してしまった一人です。気は優しくて
力持ちというのは彼のためにある言葉で、現役時代は持
ち前の体力で自動車部隆盛に尽力してくれました。
卒業後、ふるさとの東広島市に帰り市役所幹部として長
年行政畑を歩きました。彼らしく堅実なお勤めでしたが、
ただ仕事のやりすぎだったのか、家庭での心労があった
のかどうかわかりませんが、近年大病を患い九死に一生
を経て今日に至っています。
(関連記事:異説:007私を愛したスパイ参照願います)
DSCN8661.jpg
同じく49年組の井村氏のスピーチです。前回の記事でご
紹介しましたので多くを語りませんが、彼の奥様は森山
加代子似の(懐かしいお名前)目のクリクリしたべっぴん
さんで、何とご実家はタバコ屋と同じ愛媛だそうです。
余談ながら、高砂一帯は昔からいかなご漁がさかんで、
その稚魚を佃煮にした「くぎ煮」が名産となっており、年に
一度旬の時期にその奥様手作りのくぎ煮を送って頂いて
います。ノンベエのタバコ屋にはたまらない酒の肴なん
ですが、そのうち前の記事でご紹介したJR大阪駅のお土
産ショップで、井村家のくぎ煮とか並んでいるかも知れま
せん。尚、SUBARU追っかけ男の彼の愛車は当然ながら
レガシイです。国産車には珍しく知性と品性が感じられる
オクルマです。
(関連記事:アウディな人 vol.1:高砂での出来事参照願い
ます)
DSCN8674.jpg
49年組の増田氏のスピーチです。紆余曲折あってOB会
に加入して頂きました。現役時代、タバコ屋との接点はあ
まりなかったのですが、品性漂う彼がOB会に参加してく
れることは皆大歓迎です。
DSCN8675.jpg
紅一点、京都の老舗和紙店のイトハン、福ちゃんのスピ
ーチです。彼女も大学入学までお箸とエンピツ以上の重
いものは持ったことがないという良家のお嬢さんでしたが
自動車部入部以来、地獄から天国からまるで枚パーの
ジェットコースターのような生活を送り、卒業後は大恋愛
?の末、北海道へお輿入れ、生活文化の差異を乗り越
え奮闘しましたが、途中思わぬ病に侵され九死に一生を
得た後、現在は理解あるご主人やお子達、お孫さん達
に囲まれ、京都に住まわれることで安寧を得ています。
蛇足ながら、才女福ちゃんゆえ、健康回復後はじっとして
おれず、主婦業の合間に大学のセンセやら多忙な日々を
過ごされているようです。
ブルーバード3
ここだけのお話しながら、福ちゃんのお家なんか子供の
ころからお父様がオクルマを所有されていて、耳ピョコン
のダットサンブルーバード310で家族を連れてお出かけ
されていたとか。福ちゃんも自動車部員ということで多分
想像ながらお父様におねだりして買って貰ったのが、当
時の若人憧れのダットサンブルーバード1600セダンでし
た。新町ガレージに乗って来たのは良かったのですが、
駐車して授業に行っているスキに先輩に無断乗車され
たりしてさんざんな目に遭った苦い思い出のある福ちゃ
んです。
P510サファリ仕様-3-1
健康を回復された今、頼まれもしないご実家のお店の親
善大使として東京へ行かれることもあるとお聞きしていま
すが、ふと立ち寄った銀座三越前のニッサンギャラリーに
かつてサファリラリーで総合優勝という快挙を成し遂げた
DATSUN-P510ワークスサファリ仕様車を発見したりする
と、無性に40数年前の乙女の時代が懐かしく脳裏を駆け
巡るのかも知れません。
(関連記事:幸せの青い鳥参照願います)
DSCN8679.jpg
49年組、河合氏のスピーチです。彼は京都・河合石油の
御曹司で現役当時は勝新ばりのドスの利いたお顔と声で
したが、意外とひょうきんな性格で皆に人気がありました。
只今老人ホームの理事長さんですが、ただ老婆心ながら、
ご体型が逆進化を遂げているのでそれが心配です。痛風
とか大丈夫やろか。
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皆さん熱心にスピーチを聞かれている間、タバコ屋の俄
か作りの案内旗を床の間に飾らせて頂いていますが、
こんなんだったらもっと立派な旗を作って来るべきだった
と後悔しました。
DSCN8682.jpg
宴も最高潮に達したところで、恒例のカレッジソングを皆
で斉唱です。長くなじんだ歌とは言え歌詞が英語なので
お酒もかなり入った今、呂律が回りかねる状況でした。
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最後は49年組の奥村氏に一本締めをしてもらい一次席
はお開きということになりました。
DSCN8691.jpg
ただ3年振りの再会にて、このままただで収まる訳もなく
続いて二次席突入となりました。幹事さんもお疲れ気味
のようでしたので、二次席の進行はタバコ屋が勤めさせ
て頂くことになりました。品良く行きたかったのですが、
OBの中にはキャバレーの司会みたいやなと仰る不届き
な先輩もいらっしゃいました。

残念なことに、平尾氏、森本氏、福ちゃんは事情により
途中で帰られることになりました。タバコ屋の目論見と
してはゲスト歌手として東京からハスキーボイスで有名
な青江美奈さんと京都出身の青春歌手、美樹克彦さん
をお招きしてスタンバイしていたのですが?、そのような
訳で、中止となりました。またいつかご披露する日もある
ことでしょう。その後は延々と宴が続きましたが、明日も
あるので頃合いのところでお開きとなりました。

翌日の姫路城見学につきましては、紙数も尽きたどころ
か大幅にオーバーしましたので、次回の記事でご報告さ
せて頂くことにします。お楽しみに。

終わりなき旅 vol.4:姫路での再会

平成28年6月8日
限定読者向け、青春ノスタルジック劇場その1
「露と落ち、露と消えにし我が身かな、
浪速(なにわ)のことも夢のまた夢」

これは日本史は言うに及ばず世界史上でも稀な一大出
世を遂げた豊臣秀吉の辞世の句として有名ですよね。
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秀吉は尾張の貧しい農民の子として生まれながらも若く
して信長に仕え、目覚ましい活躍により頭角を表し、信長
の死後、恐らく日本史上初の完全なる天下統一を成し遂
げるという絵に描いたようなサクセスストーリーの実現者
だった訳ですが、秀吉の残した功績を見てみると、当時
としては革新的なものばかりで独創的なイノベーターとし
ての存在が窺い知れます。タバコ屋流の解釈によれば
以下のものが挙げられます。
1.戦国時代のいくさのやり方を一変させた。
刀槍、鉄砲による戦闘よりも掘割、土塁、防御柵などの
土木工事により敵を孤立させ戦闘不能にすることを最優
先し、また懐柔等の情報戦を併用して戦う前に勝利する
という戦法を確立したこと。
余談ながら、土木工事の天才だった秀吉が明治の世に
生きていたら日露戦争旅順203高地の莫大な損失と悲惨
な戦闘は避けられていたかも知れません。203高地の攻
略など放っておいて旅順まで直接トンネルを掘るとか・・・。
2.広域経済社会を実現した。
それまで自給自足経済だったものから貨幣を使用する流
通経済を推進し、商いによる利益やその延長上の貿易に
よる莫大な富を財政基盤とした。秀吉はもともと商いがさ
かんであった尾張の出身であり、すべての行動に商人的
な体質が色濃く反映されています。
大阪城2-1
大河淀川が大阪湾に注ぐその河口近くに空前絶後の巨
大な城を築き、なにわ(大阪)を首都としたのも軍事面は
もとより、全国の産物をそこに集め価格を決めて再び全
国に流すという今日的な集散地機能を持つ商業流通面
の要の地として大きな戦略的意味がありました。
お市の方3
その他、400年以上前の下克上戦国時代の出来事ゆえ
に現代の価値観とは全く異なり、若い頃からの手当たり
次第の女性スキャンダルや晩年の朝鮮出兵等、顔を背
ける方も多くいらっしゃるとは思いますが、モノサシが違う
ので一概に良否、善悪を論じることは出来ないのです。

さて前置きが長くなりました。いきなり秀吉の辞世の句を
持ち出しましたが、タバコ屋も齢(よわい)60有余年を生き
子育ても終えオシゴトも一段落の昨今、小学校以来の同
級生もかなり欠けて来つつあり、過去を振り返ることが多
くなってきている自分を感じます。そのような状況でタバコ
屋としても同級、同期生と会って在学当時の思い出話や
近況を語り合うことが無性の楽しみとなりつつあります。

実は今回その秀吉とも馴染みが深い姫路において同志
社大学自動車部OBの同窓会が行われることになりまし
た。発起は昭和46年卒のOB諸氏でそれに昭和48年組
と49年組が便乗することになりました。
お世話をする幹事は昭和46年卒、地元姫路の福永先輩
で、昭和48年組は同じく姫路の吉田(庄坪)氏、昭和49年
組は高砂の井村氏が担当して頂きました。

ご案内があった時には即座に出席を決め、愛車の赤いZ
お嬢ちゃんで駆けつける予定でしたが、つい最近に前回
の記事でお話した同期で宇治在住の平尾センセ宅訪問
で散財したのと、今回彼との前泊合流予定が事情により
中止になったので、その気が萎えてしまい、徒歩での参
加に変更することにしました。
DSCN8568.jpg
ええ年漕いだおっさんがもう遠足に行くような気分でそわ
そわ、そそくさと出発致しました。タバコ屋の奥様もあきれ
顔でした。いつものオレンジフェリーで今治近くの東予港
から乗船し、翌早朝大阪南港に到着です。
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お昼の集合なので、午前中は一期後輩の高砂市在住、
井村氏のお宅を訪問する予定ですが、時間も早いので
大阪駅で朝食をとることにしました。中央改札口周辺に
はいわゆるエキナカショップがあり、驚いたことにセブン
イレブンがお土産ショップを開設していました。
アントレ・マルシェという店名で直訳すれば市場入り口?
でしょうが、誰かこの本当の意味ご存知でしょうか。
DSCN8571.jpg
本来のセブンイレブン+近畿一円のお土産ショップと言う
業態で大変斬新なものです。タバコ屋としてはショウバイ
柄非常に気になりました。
DSCN8572.jpg
開店してまだ間がないようで、店内は非常にきれいで
お土産がずらりと並んでいました。大丸やら他のお土産
専門店がかなり食われるような気がします。
DSCN8577.jpg
さていよいよ高砂市へ向けて出発です。途中同期生の
増本氏の住む明石を通過しました。恥ずかしながらタバ
コ屋は今まで神戸以西は普通電車で走ったことがなく
明石は一瞬の通過でしたが結構大きな街の印象でした。
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意外なことに高砂市はJRが走ってなく、やや北の宝殿と
言う駅まで井村氏が出迎えてくれることになりました。
DSCN8578.jpg
赤シャツ姿で愛車SUBARUレガシイに乗り颯爽と現れた
井村氏ですが、タバコ屋にとって赤シャツと言えば地元
松山が舞台で夏目漱石の小説「坊ちゃん」に出てくる某
教頭のことを指します。彼は帝大出のエリート教師であり
坊ちゃんとはことごとく対立するのでしたが、現実の井村
氏もかつては自称高砂の神童と言われたらしく東大に行
っていたはずが大学紛争で受験中止となりやむなく同志
社へ入学したという逸材です。ただし問わず語りのお話
ゆえ、真偽の程はわかりません。ただ現実の彼も銀行に
ご奉職後、教師の道を歩まれており、「坊ちゃん」とオーバ
ーラップしています。また高砂市ゆかりの人物と言えば、
戦前の憲法学者として高名な美濃部達吉氏及びそのご
子息の元東京都知事、美濃部亮吉氏が有名ですよね。

自宅でご自慢のオーディオ装置を拝見し、しばしの歓談
の後、午後には同窓会でお会いすることにして、一足先
に姫路へ向かうことに致しました。
DSCN8593.jpg
タバコ屋は約束の時間よりやや早く着いたのでしたが、
やがて昭和46年卒の先輩諸氏が続々到着です。一瞬に
して40数年前の青春時代にワープです。
幹事長の福永先輩が「今日は俺らの期はな~8人の予定
やよってもうちょっとここで待っててや」と言ってるような・・。
DSCN8589.jpg
「山田元気そうやんか~、大伴も相変わらずやな~今日
はリュックなんか背負うて若作りやんか~。」先輩には失
礼ながらこの会話は実録ではなくタバコ屋の想像です。
DSCN8594.jpg
やがて昭和48年組も徐々に集まりつつあります。殆どの
メンバーが3年前の平成25年10月に開催された、同志社
大学自動車部創部80周年大会以来の再会です。大伴
先輩も懐かしさで48年組に何やら声を掛けています。
余談ながら、芸術家風のヒゲのおじさんにはタバコ屋も
一瞬とまどいましたが岡山の某高級百貨店でかつて辣
腕を振るい地元の新聞にデカデカと紹介された三宅氏
であることが判明しました。
同志社校章
おお君来たか、僕もまた、固く誓った友情は
年月経ても褪せはせぬ。ああ同志社の自動車部

読み人知らず・・・。何を隠そう実はタバコ屋の自作です。
DSCN8596.jpg
先輩諸氏とは夕方まで別行動なので一旦お別れし、タバ
コ屋達は幹事の吉田氏がアポしてくれていた駅前の商店
街にある「福亭」というレストランへ向かいました。
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3年ぶりの再会にて、皆でおいしくビールと食事を頂きま
した。尚ヒゲのおじさんこと三宅氏がお持ちの旗は今回
のためにタバコ屋が急遽作ってきた案内旗です。出発の
直前になってハタと思い付きました。シャレにもなりませ
んよね。
同窓会旗2
これがハタ坊の作った案内旗の原版です。自動車部の
ロゴは80周年大会のものを以前平尾氏から頂いていま
したので、流用致しました。尚、ポールは机の引き出しに
眠っていた指し棒を活用しました。
DSCN8611.jpg
今回の同窓会のフルコースメニューをご紹介しますと、
前菜は姫路城見学で、メインディッシュがホテル夢の井
での同窓会宴会であり、デザートが書写山円教寺(えん
ぎょうじ)見学でしたが、初日は日曜日ということで只今
世界中から観光客が押し寄せている姫路城はヤバイと
いうことになり、前菜とデザートがひっくり返りました。

まずは書写山円教寺へ向かいます。この円教寺という
お寺は天台宗寺院でタバコ屋は浅学無知ゆえ何も知り
ませんでしたが、ミニ比叡山とも呼ばれる有名寺院だっ
たのです。
DSCN8612.jpg
ロープウェイで入山し、そこそこ歩いた後、円教寺山門
到着です。ミニ比叡山と言うことは当時(平安時代末期)
仏教は国営でしたから、さしずめ比叡山が京都帝国大
学なら、円教寺は京都大学別院もしくは姫路帝国大学
と言う位置付けだったと思います。ま、当時の仏教なん
て我々庶民には全く関係ない象牙の塔即ちアカデミック
な世界だったんですけど、皆さんご存知でしたか?。

余談ながら、当時の仏教は国家護持のための思想科学
のような位置付けであり、庶民が仏教とかかわりを持つ
ようになるのは、鎌倉時代以降のことであり、親鸞、日蓮
道元と言った仏教界の革新者(イノベーター)が現れて
いわゆる仏教の民主化を実践し今日に至っています。
ただ残念なことにそれ以降、仏教の革新が行われたとは
思えませんが、皆さんのお考えはいかがでしょうか。
DSCN8613.jpg
かれこれ歩いた後、やっと本堂到着です。この階段を見
ると本堂に至る通路と言うよりは40数年前、香里体育ハ
ウスでの地獄の合宿を思い出してしまいます。今にも
杉森練習主任から、おまえら今からこの階段、ダッシュで
往復3回や、ま昼飯はそれからやなというお声が聞こえて
きそうな気がします。杉森先輩の名誉のために申し添え
ますと、現実にはそのような蛮行は行われませんでした
が、似たようなことはあったかも・・・。
DSCN8617.jpg
ここで面白いことが起こりました。別行動であったはずの
昭和46年組の先輩方が先に入山し、我々をお出迎えとな
りました。福永氏、下村氏、和田氏、手と手を交わし肩を
寄せ合い、想像ながら舟木一夫の「仲間たち」を歌ってい
るのかも知れません。
DSCN8620.jpg
左より福永氏、杉森氏、和田氏、山田氏、どなたもタバコ
屋にとっては坂の上の雲のお方ばかりです。何の話に花
が咲いているのかそれは知る由もありません。
DSCN8625.jpg
円教寺本堂大伽藍(大講堂)です。今で言えば東大安田
講堂と言ったところでしょうか。タバコ屋流解説によれば
祈りとスピーチの一大イベント会場と言った位置付けに
なります。
ちなみに、円教寺の宗旨はミニ比叡山と言うだけあって
平安時代の2大秀才である、最澄と空海のうちの最澄の
流れを汲む天台宗だそうで、最澄が命懸けで中国(唐)に
渡り習得して持ち帰った天台宗と言う名の最新仏教だっ
た訳です。ただし当時のエスタブリッシュメント(支配者
階級)はいくら国家護持のためとは言え、思想科学など
は難解で分からず、とにかく祈祷や祈念による現世利益
や疫病等による死への恐怖から逃れるための宗教を欲
していた訳で、天台宗もニーズ?に応じて変形していった
という歴史はあるように思います。
DSCN8633.jpg
本堂境内横でしばしの休憩です。「山田ええ汗かいたな、
大伴よジャケットいらへんかったん違うか、下村と和田は
スリムやし汗なんかかいてないやろ、何言うてんねん、
俺らもええ年やし、息切れしたわ、せやけど和田えらい
痩せたん違うか、あれ万歩計もう1万歩以上になってんで、
下の茶屋で冷えた抹茶でも飲んで帰らへんか~」
いずれも架空の会話です。
タバコ屋がカメラを向けたとき、ドキッとしましたがヒゲの
おじさんこと三宅氏もこちらにカメラを向けてました。
DSCN8634.jpg
40数年前の大学現役当時、部員のほとんどはアヘン患
者であり、当時タバコ屋も大型トラック専攻の下村先輩か
ら禁断のシガレット(銘柄ハイライト)吸引を教わったので
したが、今の世時その愛用者は国家財政に貢献している
にもかかわらず、罪悪人のように言われ、肩身の狭い思
いをしています。いっそのことタバコ禁止令なる法律を施
行したらどうかと思うんですが、そうなると島のタバコ屋も
廃業ですよね。
吉田茂ロールスロイス
ここだけの話、昭和20年代の戦後復興時代の宰相であ
った吉田茂氏なんか、晩年に至るまで極太の葉巻をスッ
パ、スッパと吸われていたと思うんですけど、あれはどう
なんやろか・・・。ちなみに愛用車はロールスロイス・フー
パーサルーンというモデルでしたが、当然ながらショー
ファー・ドリブン(お抱え運転手付き)でした。
DSCN8636.jpg
書写山円教寺の見学も終わり、再びロープウェイにて下
山です。気配りの人、大伴先輩はゴンドラの奥では写真
写りが悪いので、わざわざ3歩前進して来られました。

この後、書写山の道沿いにある「ホテル夢の井」へ移動
し、本番の同窓会宴会となったのですが、紙数も尽きて
しまいましたので、その模様は次回の記事でお伝えした
いと思います。お楽しみに。

★★お知らせと独り言★★
【7月9日】クオリティ・オブ・ライフの実現その2。前回に今後の残された人生において一定の整理、整頓と後始末が大切だと申しあげましたが、それだけで後は朽ち果てるだけで良いものでしょうか。タバコ屋はそうではないと思います。人生の後始末であろうがなんであろうが、計画は必要であると思うんです。大げさに言えば第二の人生のビジョンでしょうが、あるのとないのでは大きな差が出来ると思います。その意味で今後第二の人生設計図を真剣に引きなおさねばなりません。図面が出来ている方には釈迦に説法のお話しながら、タバコ屋はまだ未完成です。皆さんはいかがですか。ただ誰にも共通していることは、ありもしないお金や財産は持っていけないし、人脈という財産も後には残せないということでしょうか。
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