よもやまさかの日々

平成30年3月17日
いつもタバコ屋のつたないブログを読んで頂いている方
に申し訳ないと思いつつ、昨年の秋以降、年甲斐もなく
多忙となり、また2月以降は身の回りに予期せぬ出来事
が次々起こってブログを書く時間がなくなってしまいまし
た。今まで元気だった私の奥様が2月上旬に病気となり、
また超高齢(98才)だった実父が永眠しました。
それやこれやで昨今はてんやわんやの毎日を送ってまい
りました。
Z&レジェンド
好きなオクルマにおいても若干の変化が起こりつつあり
ます。まずダウンサイジングの実践として数年前に長年
連れ添ったHONDAレジェンドとお別れしたことはすでに
何度もお話ししていますが、普段の足としては赤いお嬢
ちゃんこと、フルチューンのフェアレディS30Zを乗り回す
訳にいかず、また畑仕事用のスズキキャリーで松山市内
を徘徊するのも気が引け、適当なオクルマを探していた
のですが、やっと希望の品を入手出来ました。それは中
古のマツダヴェリーサなんですが、タバコ屋は結構気に
入っています。詳細はまた別記事にてご紹介致しましょう。
IMG_3015-11.jpg
それと赤いお嬢ちゃんについては、昨年暮れに広島へ
乗っていった際、燃料メーターの故障で、ガス欠やら、
ガソリン垂れ流し事件やらいろいろ起こし、おかげで一
期後輩の東広島市の某えらいさん(奥村氏)には随分
ご心配やらご迷惑をお掛けしたことは記憶に新しいこと
です。只今入院して燃料計の修理中ですが、それにし
てもいつまでも手の掛かるお嬢さんです。
DSCN5834.jpg
写真は2月初め、雪をおして高知往復を敢行した時の
もので無謀にもサマータイヤで走り切ったのでしたが
皆さんは決してこのようなことはなさらないように。
DSCN5831.jpg
雪と言えば往年のモンテの名手アールトーネン氏が
ひょっこり出てきそうなシーンにて、タバコ屋は秘かに
気に入っています。尚、多分純正品以上の出来栄えの
DATSUNマッドフラップは同期の京都在住平尾センセの
完全ハンドメイドの一品(逸品)です。

東京大紀行 vol.4:ウォーターフロント

平成29年1月20日
タバコ屋が40才の頃ということは今から25年以上も前
の時代ですが、ウォーターフロントと言う言葉(記号)が
盛んに使われたことがありました。湾岸、ベイサイド、等
色々表現方法はあるでしょうが要するに都市の海岸もし
くは港沿いまたは埋立地のことです。間違っても瀬戸内
海の島の波打ち際
のことではございません。
織田信長1
古い話で恐縮ながら、今から400年以上前の戦国時代
から織豊時代(安土桃山時代)にかけてのお話しになり
ます。当時は下克上の何でもありの時代でその混乱(カ
オス)の中から風雲児、織田信長が出現しその後継者
として取るに足らない一農民の倅だった豊臣秀吉の二
人が2代かかって天下統一を成し遂げたことは今さら言
うまでもないサクセスストーリーですよね。
(関連記事:終わりなき旅 vol.4:姫路での再会参照願い
ます)
安土城2

安土城3
その織田信長なんですが、出身が美濃であり美濃と言
うのは廻りが平野で交通の便がよく、古くから農業より
も広域の商業で栄えた地でした。ゆえに戦国武将として
は革新的な思想の持ち主で、当時築城は攻撃されにく
い峻険な山の頂上に造営するのが常識でしたが、天下
統一が近付いた頃、何と琵琶湖湖畔の安土に居城を
構えたのです。その理由は信長が商人的感覚を持って
おり、交易のための水上交通の要所に拠点を置くと言う
発想をしたことと、防衛についても片一方が水面なので
比較的守りやすいという、一石二鳥を狙っており、言って
みればウォーターフロント開発の先駆者でした。また志
半ばにて倒れはしましたが、その間約10年にもわたって
大坂石山の地にあった一向宗の本拠地(石山本願寺)
を執拗に攻略したのも、湾岸の大坂を貿易の一大拠点
として活用する構想があったためです。
2f67a98f2801c31723bde622ff38f094.jpg

大阪城7
一方豊臣秀吉は信長の構想(ビジョン)を忠実に受け継
ぎ天下統一事業と並行してその大坂の地に空前絶後の
巨城「大坂城」を築き天下にその威を示したのでした。
それにより大坂の地は以前にも増して商業をベースに
して大繁栄を遂げ、また従来より貿易港として栄えた
大坂南郊の堺を控えており、大坂は名実ともに豊臣政
権の首都として最重要拠点となりました。また天下統一
直前に徳川家康に江戸入植を勧めたのも海に面した大
平野(湿地帯)を有していたからで、その後江戸幕府と
なり当時世界有数の大都市になったのも、その発想の
ルーツは豊臣秀吉でした。
安土城5
いずれにせよ、信長、秀吉の商人的、事業家的発想が
安土、大坂、引いては江戸に結びついた訳で、この二
人がNIPPONのウォーターフロント開発の元祖と申せ
ましょう。

さて話しはタバコ屋が40才頃の平成2~3年頃に飛びま
す。いわゆるバブル時代の末期に当たり金融や不動産
関係の業種は黄色信号が灯っていたのですが、流通業
は依然として急成長を遂げていました。
ダイエー1
代表的企業としてはダイエー、ジャスコ、ヨーカドー、ニチ
イ等々ですが、既にそれから遡ること20年以上前から全
国の駅前周辺に都心型の多層型(日本的)ショッピング
センターを怒涛の如く出店していました。
ダイエー5-3
忘れもしませんが、タバコ屋が同志社大学自動車部に
入部したての頃、合宿は京都大阪の中間にある香里に
合宿所があり、そこに通っていたのです。食事の買出し
と調理はもっぱら下級生の仕事で、よく買出しに出かけ
ましたがその入部した年、昭和44年(1969年)に香里園
駅の近くにダイエー香里ショッパーズプラザがオープン
したのです。
ダイエー5
これは後で知ったことですが、当時飛ぶ鳥を落とす勢い
だったスーパーのダイエーが、日本初の郊外型ショッピ
ングセンターを香里園にオープンさせたのです。1階が
食品で2階が衣料品、雑貨、3~4階が立体駐車場で、
何もかも安いプライスの品で構成され百貨店とはまた
違ったモダンでデイリー(カジュアル)な雰囲気を持って
いました。以後、ダイエーはこの店舗スタイルと徹底し
たディスカウンント商法により、全国の主要都市駅前を
席捲する事になります。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.2参照願います)
マイカル本牧1
全国の大都市駅前にショッピングセンターをほぼ出店し
終えた革新的流通勢力(総合スーパー)は次の戦略と
して、郊外に1万坪!程度の敷地を有し、ショッピング
だけでなく映画やレジャーが楽しめるアメリカ型の複合
ショッピングセンターを模索するようになりました。中でも
それに最も熱心だったのがニチイで開発には莫大なオ
カネが必要だったにも拘わらず果敢に挑戦しつつありま
した。横浜本牧のマイカルタウンなどがその走りでした
が、当時のオカネで1年間に500億円も投資していたよう
で、その金額は新日鉄とかNISSANなど大手メーカーと
ほぼ同額でしたからそのスケールはハンパではなかっ
たということです。(尚マイカルとはニチイの後日の社名
です)
スーパートミナガ2
一方ニチイはそれより10年程前から全国の主に地方の
小規模な小売業者を対象に商品供給や店舗運営ノウ
ハウを提供する独特なボランタリーチェーン(ゆるい提
携)を推進しつつありました。名称はニッポン・アライド
・チェーン(通称NAC)でしたが、ご縁あってタバコ屋は
そのNACに加盟させて頂き、昭和53年(1978年)瀬戸
内海の小さな島、中島に近代的な総合スーパーを開設
することとなりました。
(関連記事:人生いろどり参照願います)
マイカル宇多津1
そのニチイは後年、郊外型複合ショッピングセンターを
開発するにあたり、1万坪級!の広大な敷地は全国そう
ザラにある訳ではないので、湾岸埋立地に造られた既
存の造船所や工場が閉鎖や移転した跡地、いわゆる
ウォーターフロントを再利用しようとしたのでした。この
目論見は理に叶ったものであったにも拘わらず、何分
投資がハンパではなかったので持ちこたえることが出
来ず、結局破綻してしまったのでしたが、一時代を象徴
する出来事として、皆さんの知るところです。
マイカル茨木1
ちなみに当時マイカルが推進していたイメージコンセプト
はYMCAL(ヤング・マインド・カジュアル・アメニティ・ライ
フ)と言うややマニアックかつ難解なもので当時の社長
だった京都出身の小林敏峯さんの考えたことなんでしょ
うが、過ぎたるは・・・という結果になりましたよね。どの
ようなことであれ難解なものはダメです。シンプルイズ
ベストなんです。じかにお聞きした訳ではありませんが
MYCAL(マイカル)という社名自体も(マインド・オブ・
ヤング・カジュアル・アメニティ・ライフ)の略称だったの
かも知れません。

小林敏峯社長とは偶然同姓にてシャレにもなりません
が、オクルマ・ジャーナリスト業界でかつてはカリスマ的
存在だった故小林彰太郎さんの口癖であった「ヤング・
アット・ハート」という言葉(記号)も同様の意味があった
と思います。直訳すれば「熱き心に」ならぬ「若き心に」
とでも言うんでしょうか。
(関連記事:時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと参照願
います)

それにしてもSATYやVIVREなどというストアブランドは
若い方にはチンプンカンプンでしょうが、我々万博世代、
特に関西方面にお住まいの方にとっては懐かしいヨコ
モジ記号ではないでしょうか。

蛇足ながら、マイカルの崩壊はカリスマ社長だった小林
敏峯さんが難しいご病気で急逝したことにより求心力を
急激に失い、残された経営陣では彼の壮大なビジョンを
継承し発展させ得なかったというのが真相だと思います。
それは400年前の豊臣家が滅亡に至る過程にも似たよ
うなドラマがありましたよね。
イオン1

モール7
マイカルの志が途中で破綻してしまったのはストアコン
セプトが時代を先取りし過ぎていたとも言えますが、ある
意味その後今日に至る大規模複合ショッピングセンター
の礎となりました。
尚、どうでも良いことながら、近年ではショッピングセンタ
ーでなくショッピングモールと呼んでいるようです。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)

さてウォーターフロントをご説明するための長い前置き
となってしまいました。今回のお話は現代の大東京湾
岸(ウォーターフロント)での出来事なんです。
東京湾岸2
今話題の豊洲、築地等、大東京のかなりの重要部分は
広大な江戸湾の埋め立てを中心に、徳川時代に始まり
長い年月にわたって造成開発されてきた人工都市であ
ることは皆さんご存知の事ながら、今回はそのウォータ
ーフロントの一角にある大田市場訪問のお話しです。
DSCN8336.jpg
以前の記事にも書かせて頂き、このブログにも何度か
ご登場頂いている、同志社アーモストクラブ(通称DAC)
のOBでそのOB会報(DACニュース)の編集長でもある
吉﨑さんが川崎にお住まいで長きにわたり三菱銀行に
お勤めの後、今は奥様と悠々自適のご生活にて、時折
ふるさと大阪の緑地公園に所有されているマンションに
息抜きに帰られている由、また吉﨑さんにとってはご自
分の庭みたいな京都及びオーテス・ケーリ先生ゆかりの
アーモスト館にも度々行き来されている現況だとお聞き
しています。
(関連記事:京都・宇治・巡礼 vol.1参照願います)

今回の上京に当たり、第3日目の予定として、その吉﨑
さんに久しぶりにお会いしたかったのと、タバコ屋として
はまだ一度も見学したことのなかったウォーターフロント
の大田市場を訪問したいと思い、その旨を吉﨑さんに
ご相談したところ、吉﨑さんも興味を示されたようでトン
トン拍子に話が進み、一緒に見学することとなりました。
DSCN2512.jpg
前回の記事でCLUB-S30の昼食ミーティングの模様をご
報告しましたが、すべての予定が終わった後、銀座三越
の塩昆布?みたいな名前の婦人服ショップ(マーク・ジェ
イコブス)で店長を拝命している娘の陽子のところへ一
晩殴り込みを掛けたのでしたが結局HOTELに泊まる方
がまだマシだったくらいの高いお化粧料(おひねり)を渡
すハメになったのでした。娘に嫌がられつつも阿佐ヶ谷
での一夜を過ごしました。
DSCN9944.jpg
さて吉﨑さんとお約束した当日となりました。東京モノレ
ールの流通センター駅で待ち合わせることにしましたが
吉﨑さんがやや遅れるとのことで、タバコ屋は徒歩にて
大田市場を目指すことにしました。写真はその流通セン
ター駅を大田市場の反対方向に向けて撮ったものです。
DSCN9947.jpg
京浜運河に掛かる大和大橋を大田市場に向けてただひ
たすら歩きます。(後でわかりましたが、直通バスで行っ
たほうが時間も断然早く迷わなくてよっぽどマシでした)
DSCN9949.jpg
さすが大東京の台所を賄う大田市場の周辺です。途中
にはデッカイ倉庫群があちこち建っていてスケールの大
きさを感じました。
DSCN9952.jpg
かれこれ20分以上歩いたところにそれらしき看板があり
近付いてよく見るとそこは大田市場花き部とあり、花を
扱うところで目指す青果市場はもっと先だと守衛さんに
言われました。
DSCN9958.jpg
いよいよ大田市場と書かれた大きな建物が見えて来ま
した。もうすぐそこです。
DSCN9960.jpg
目指す大田市場到着です。建物には東京都中央卸売
市場 大田市場と書かれています。吉﨑さんが到着す
るまでしばらく休憩です。
DSCN9964-1.jpg
吉﨑さんが到着されました。息せき切っているのでお尋
ねしたところ市場に隣接する広大な野鳥公園の方向へ
行ってしまい、大回りとなったのでダッシュして来られた
とのこと。スマートな体型ながらお若いです。
DSCN9965.jpg
一昨年5月にはタバコ屋の住む中島へ遠路ご夫婦でお
越し頂き貴重なひと時を過ごさせて頂いたのでしたが、
その時以来にて懐かしい再会でした。
DSCN5967.jpg
話せば長くなりますが、このブログにも時々ご登場頂く
同志社自動車部の一期後輩で福ちゃんこと石川女史と
吉﨑さんの親友で同期の中山さんもご一緒で計4名で
のご来島でした。福ちゃんと吉﨑さんとのご縁と言うの
は福ちゃんの幼なじみである京都河道屋の植田さんが
吉﨑さんとは同志社香里の同期であり親友であったこ
とからソバボウロ繋がりで交流されているという訳です。

ご案内する所とて何もない島ながら一通り島内巡りをし
た後、タバコ屋のスーパーに戻り、恥ずかしながらオリ
ジナルの中島いよかんマドレーヌ等を品定めして頂い
たりしました。
DSCN5943.jpg
夜は倅のマー君やタバコ屋のカミサンも交えての楽しい
夕食会となり、その後2次会に繰り出したまでは良かっ
たのですが福ちゃんが得意の喉をご披露されている時、
ちょっとしたハプニングがありタバコ屋はそれがトラウマ
になりつつあります。何があったのかですって。それは
タバコ屋が福ちゃんのスカートを踏んづけてしまって彼
女共々転倒しかかったオソマツな出来事です。

翌日には司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」の主人
公である秋山好古、真之兄弟の実家や松山城、あるい
は高校時代の先輩である伊丹十三記念館や同志社ゆ
かりの東雲(しののめ)女学校等をご案内致しました。
DSCF2299-1.jpg
松山城ではかつての自動車部時代の乙女に還られたの
かどうか、このようなお茶目なことをされる某女史もいら
っしゃいました。
(関連記事:校長先生西瀬戸を行く vol.2:松山編参照
願います)
ことり10

ことり5
お腹がすいたところで、かつて高校時代タバコ屋がよく
通ったことり食堂へご案内して昔懐かしい鍋焼きうどん
を召し上がって頂いたりもしました。ちなみに50年前か
らメニューも味も器さえも全く変わっていないのです!。

タバコ屋はかつてショーバイと言うのは時流適応業で
あると偉いコンサルのセンセから教わりましたが、ことり
食堂なんてその真逆のやり方で、それでも大繁盛してる
んですから世の中わかりませんよね。
DSCN5978.jpg
かくして、もう二度とない一期一会のひと時はあっという
間に過ぎてしまい、それぞれ帰途につかれたのでしたが
ただ残念なことに吉﨑さんのご親友の中山さんはその
後、難しい病気が急激に悪化し若くして天に召されてし
まったのです。まさに一期一会の貴重な旅となりました。
DSCN9967.jpg
話しが随分それてしまいました。大田市場に戻ります。
さすが日本一の青果市場だけあって上段に専用の見学
通路があり、係員さんの簡単な説明の後さっそく見て回
ることにしました。吉﨑さんは同志社ではタバコ屋より一
期後輩に当たりますが、同じ商学部にて、学んだ講義等
も似たようなものにて、見学当日もその当時の話題となり
「経済原論」の平山センセなんかカビの生えたような退屈
な講義をされていて、タバコ屋はあれで大学の講義に失
望したんですよと申し上げたら、吉﨑さんも同意見でした。

だってタバコ屋は一回生の当時、アメリカから導入されつ
つあった最新のスーパーマーケット理論を書籍等で既に
見聞していましたので、大学ではその最先端の知識が
吸収出来るものと淡い期待を抱いていたのです。それは
3回生の専門ゼミ課程でも満たされることはなく、例えは
悪いながらも、ジェット機の最新技術を学びに来たのに
プロペラ機の技術しか教えてもらえなかった訳で、その
反動が自動車部での精力的な活動源になったとも言え
ますがそれはもう言いますまい。
DSCN9970.jpg
とにかく見渡す限りの膨大なみかん、りんご、メロン、バナ
ナ等、この世のフルーツ全部集合です。特にみかん、りん
ごが量的には突出していました。東京の巨大な胃袋を満
たすためにこれだけの量が1日で消えてしまうとお聞きし
て2度ビックリでした。タバコ屋はみかんの産地で生まれ
育ち、また何の因果かみかんを扱う事業も手掛けている
のでこの日本一の市場は死に土産に見ておきたかった
のですが、これで思いが叶いました。ただしセリはもうと
っくに終わっていました。
DSCN9976.jpg
主に果物の部を見学したかったので、野菜の部は素通り
し、あとは仲卸さん達がズラリと入居している区域を見学
しました。
DSCN9978.jpg
その仲卸さんストリートを歩いている途中、全く予期せぬ
ビックリポン事件がありました。タバコ屋が数十年前から
お取引頂いており三越果物売場を運営されているサン・
フルーツさんの仕入れ担当で、中島にも度々お越し頂い
た事のあるMさんにバッタリお会いしたのです。
Mさんも20年以上お勤めされた名門サン・フルーツを
つい最近退社され第二の人生を模索中であることをお
聞きしていたのですが、偶然お会いしたことで双方懐か
しさが込み上げ近日中の再会を約してお別れしました。
(後日談ながらつい先日そのMさんが約束どおり中島に
視察訪問されました。かくなる上はタバコ屋も再度Mさん
のところへ表敬訪問する必要がありますよね)

蛇足ながら、ご一緒した吉﨑さんも三菱銀行東京勤務
時代、お歳暮等のギフトを発注するにあたって、神田明
神下のサン・フルーツ本社へは何度か足を運ばれてい
る由、タバコ屋も絡めて不思議なご縁としか言いようが
ありません。
DSCN9974.jpg
見学コースのうち屋上の通路沿い駐車場部分に福岡ナ
ンバーのハデなオクルマが停まっていました。これは
アメリカのかつてのビッグ3の一つクライスラー社(現在
はフィアットと合併したのでFCA社)の唯一まともに売れ
ている品(失礼)と言ってもよい300シリーズセダンです。
まるでエジプトのファラオの被り物のようなデザインの
ホイールと超扁平ワイドタイヤを装着しており、オーナー
さんのものすごい趣味の片鱗が偲ばれました。内装は
もう見なくてもわかります。
DSCN9983.jpg
かくして急ぎ足でしたが、念願の大田市場見学を終え
市場の裏側にあるバス停へと向かいました。2人とも往
路にこりて大森までバスで移動することにしました。
この後は地元川崎の吉﨑さんの気配りにて新橋へ、そ
の後浜松町界隈を散策することになりました。
IMG_0523.jpg
まずは新橋駅前の新橋マリンビルにある「せとうち旬彩
館」に向かいます。ここは愛媛県と香川県が合同で展開
している今流行のいわゆるご当地特産品のアンテナショ
ップで愛媛から上京したタバコ屋のために吉﨑さんが粋
な計らいをしてくれました。ちなみに吉﨑さんは三菱銀行
にご奉職されていた東京時代にここ新橋支店に2年間お
勤めだったそうで彼にとってこの界隈は庭みたいなもの
なんです。
旬彩館1
店内は愛媛と香川の特産品が所狭しと並べられている
のですが、実はタバコ屋の展開しているみかん事業の
「希望の島」ブランド商品の一部であるジュース類やレモ
ン果汁等を採用展示して頂いており、既に何度も訪問
している馴染みのショップでもあります。
旬彩館2
2階は「かおりひめ」という名前のせとうち郷土料理のお
店で満員の大盛況ではありましたがちょうどお腹もすい
てきたところだったのでここでランチタイムとなりました。
レーズンウィッチ1
食事後、吉﨑さんがおもむろに「有楽町で逢いましょう」
ならぬ「小川軒へ行きましょう」と言われるので、え?今
食事したばかりなのに、ラーメン屋か洋食屋へランチの
はしごかなと思いましたが、田舎者の早とちりにて、そこ
は有名な洋菓子屋さんだったのです。吉﨑さんは名物
のレーズンウィッチを買いたかったようでしたが、いつも
早々に売り切れるそうでこの日も売り切れにて仕方なく
他の品を買い求めました。
六花亭マルセイバターサンド1
ふと思ったのですが、以前から経営者研修セミナーの
同期生だったご縁で面識があった帯広の六花亭さんの
マルセイバターサンドとよく似た品だなと思いました。
小川軒さんはトビキリの老舗なので、似たような品であ
るとすれば、それは六花亭さんのパクリだと思います。
(関連記事:札幌紀行 vol.1:お仕事参照願います)
DSCN9985.jpg
次はタバコ屋の推測ながら、吉﨑さんの気配りでこの後
羽田へ向かうため近い場所がよかろうと浜松町へ移動し
「旧芝離宮恩賜庭園」を見学することになりました。
旧芝離宮恩賜庭園は江戸幕府の老中・大久保忠朝の
上屋敷内に造営した楽寿園を起源とする回遊式庭園で
明治以後は宮内庁管理の離宮を経て大正13年(1924年)
東京市に下賜され、旧芝離宮恩賜庭園として現在に至っ
ているそうです。
DSCN9989.jpg
さっそく入り口案内所を訪れたのですが、ここでビックリ
ポンなことが起こりました。というのは吉﨑さんが同志社
アーモスト館(学生寄宿舎)のOBであることはすでにご紹
介しましたがその一期後輩で大西君という方がこの施設
の庭園管理スタッフとして働いているというのです。ちょう
ど事務所にいらっしゃったのでお会いし、吉﨑さんは先程
小川軒で買い求めたお菓子を手土産に渡されつつ、タバ
コ屋に引き会わせてくれました。
DSCN9991.jpg
恐縮ながらその大西君が自ら園内を案内してくれること
になりました。その道すがら今度は2度目のビックリポン
な事が起こりました。その訳というのは、大西君がかつ
て同志社自動車部に数ヶ月ながら在籍していたと言う
のです。ということはタバコ屋が現役の3回生の時に1回
生として入部された筈であり後輩の肥塚、水谷、高須君
達と同期だった筈です。
DSCN9992.jpg
ごっつい体格の大西君でしたが、タバコ屋は痴呆がかっ
て来たのかどうか、当時のことがどうしても思い出せない
のです。多分今のご体格とはやや違っていたことと僅か
の期間の在籍だったので記憶に残っていないのかも知
れません。
IMG_1644.jpg
余談ながら大西君は昭和46年頃(1971年頃)には同志
社大学自動車部の部員としてまたその後はお聞きする
ところアーモスト館の寄宿生として、双方にご縁があっ
た訳で、奇しくもかつては同時期の創始にて今では80
有余年の歴史を有するアーモスト館と自動車部ではあ
りますが、タバコ屋や大西君が在籍していた当時、アー
モスト館館長としてまた自動車部の部長先生として随分
お世話になった故オーテス・ケーリ先生がその両方に
関わっていらっしゃったというのも数奇なご縁と申せま
しょう。
(関連記事:終わりなき旅 vol.3:宴のあとさき参照願い
ます)

その意味で、やや大げさながらケーリ先生同様双方に
関係していた唯一の生き証人として、大西君の存在意
義は大きいものがあると思います。歴史にIFはないもの
の、大西君が最後まで部活を全うしてくれていたら、また
別の物語となったことでしょう。
DSCN9998.jpg
ざっくばらんな大西君の薀蓄話として、江戸時代末期、
お台場が砲台として江戸湾の防衛拠点だったのに対し、
このウォーターフロントの美しく広大な庭園は、幕府の
要人の政治サロンだったそうで、よく手入れされたお庭
の一角で抹茶でも立てながら重要な政治案件が語られ
たことでしょう。「クロフネ来たけど一体どないすんねん」
とか。

ついでながら、このような名所旧跡を復刻(レストア)し、
維持して行くには古今東西を問わず、莫大な費用と手
間がかかる訳で、現在は樹木医の資格を持つ大西君
を始めとするメンテナンス専門部隊が常駐管理してい
るそうです。
DSCN8389-1.jpg
昨年訪問させて頂いた平尾センセの地元である宇治の
平等院も同様に数十人の維持管理スタッフが常駐して
お手入れをしている旨お聞きしました。まさにゴミ一つ、
チリ一つ落ちていない状態にて、究極の環境整備と申
せましょう

ま、それからすればタバコ屋の赤いお嬢さんのレストア
なんぞはままごと遊びの範疇かも知れません。
DSCN0002.jpg
大西君とお別れした後、タバコ屋は羽田に向かったので
したが、義理堅い吉﨑さんはわざわざ羽田まで見送りに
同行して頂きました。お茶でもと思いましたが出発ゲート
が混んでいて、時間も迫りつつあったので仕方なく断念し
ましたが、吉﨑さんとのあっという間の再会と別れとなり
ました。温かいお人柄に触れ機知に富んだお話しやおも
てなしに対し、タバコ屋はややウルッと来るものがあり、
吉﨑さんに感謝しつつ松山へと飛び立ったのでした。

いつもながら脱線だらけの長たらしい記事にて恐縮です
が、今回の東京大紀行4部作いかがだったでしょうか。
またご意見をコメント欄にご投稿頂ければ幸いです。

東京大紀行 vol.3:上板橋にて

平成29年1月15日
思えば、タバコ屋が平素親しくさせて頂いている静岡の
川嶋さんのご推薦で、新規入部させて頂いた初代フェ
アレディZオーナーズクラブであるCLUB-S30ですが、
事務局長遠田さんから10月始め頃、1通のメールが届
いたことに端を発します。
240Z-2.jpg
内容は11月27日(日)東京・上板橋でかつてのNISSAN
ワークスドライバー北野元(もと)氏やプライベーターな
がら240ZGを駆りワークスに伍して豪快な走りを披瀝し
た柳田春人氏、また当時のNIPPONのレース界の生き
字引みたいな方でかつてレーシングエンジンのチュー
ナーとして名を馳せた東名自動車の創設者のお一人で
ある久保靖夫氏を来賓としてお迎えし、昼食を頂きなが
ら当時のお話を交え懇親を深めようというものでした。
都平健二1
渡邉会長、川嶋副会長、遠田事務局長等クラブ役員さ
んの当初9月頃の構想では、上記の業界有名人に加え
同じく元NISSANワークスドライバーの都平健二氏、
長谷見昌弘氏、星野一義氏にも参加して頂くべく調整
されたそうですが、日程その他が折り合わず、結局
上記のご来賓のメンバーに落ち着きました。
マックーン5
蛇足ながら上の都平さんの写真、かつてS・マックイーン
が製作、主演した「栄光のルマン」のマックイーンのスチ
ール写真を思い出したのはタバコ屋だけではないと思う
んですけど・・・。映画製作はシロウトであったマックイー
ンはこの映画に入れ込み過ぎて(マニアック過ぎて)莫大
な費用がかかってしまい、興行的には成功したにも拘わ
らずマックイーンは破産してしまったのでした。どの世界
でも、過ぎたるは・・・のセオリーがあるようです。
マックーン7
ただ、マックイーンの隠れファンであるタバコ屋の老婆心
から申し上げますと、俳優さんというのは洋の東西を問
わず、金銭感覚は無きに等しいため、「栄光のルマン」
製作に当たってはちゃんとソロバン勘定を合わせられる
コンサルを雇うべきだったんです。それは我らが裕ちゃ
んの「栄光への5,000キロ」も同様にて、その際一言タバ
コ屋にご相談頂ければ、感動の映画製作と並行してソロ
バン勘定も合わせて差し上げられたのにと思います。
栄光のルマン4
「マックイーンさん撮影用ポルシェ917とフェラーリ512S
は合わせて10台も必要ないでしょうが」とか。
何、タバコ屋への謝礼なんてマックイーンさんも裕ちゃん
も考えなくていいんです。色紙と、にわか購入のヘルメッ
トにサインを頂けるだけでもう・・・、お宝ですから。
(関連記事:荒ぶる心 vol.4:栄光のルマン参照願います)
裕次郎記念館P510-0
ちなみにタバコ屋は過去から現在に至るまでこれほど迫
真的でスリリングなレース映画を見たことがありません。
我らが裕ちゃんの「栄光への5,000キロ」とともにタバコ屋
にとっては不朽の2大名作コンペティション映画です。
(関連記事:札幌紀行 vol.2:小樽へ参照願います)
栄光のルマン6
どうでも良いことながら、都平さん、マックイーン、裕ちゃ
ん演じる五代のヘルメットデザインがほぼ同じだと思い
ませんか。最初の写真、240Zのレースシーンで写ってい
るドライバーは北野さんですが、そのヘルメットもよく見
ると同じデザインですよね。
栄光のルマン2
タバコ屋は時代錯誤ながらも、この時代(昭和40年代)
に使用されたヘルメットデザインに強い郷愁と愛着を覚
えています。全く架空のお話しながら、もしタバコ屋が
死に土産に鈴鹿サーキットを赤いお嬢ちゃんで疾走す
るようなことがあるとすれば、そらもうエンジンも足回り
もヘナヘナでも何でもいいから、いの一番にこのデザイ
ンのヘルメットだけは使用したいものです。ま、その前
に購入する必要がありますけど・・・。
(マクラーレン・HONDA-MP4/4)
F1マクラーレンホンダMP4・4-1
(PORSCHE-917Kショートボディ)
栄光のルマン9-1
蛇足のつけ足しながら、タバコ屋が過去現在を問わず
最もお気に入りのレーシングカーは、かつてのF1で大
活躍し世界を席巻したマクラーレン・HONDA-MP4/4
及びマックイーンの「栄光のルマン」の時代にこれまた
F1とはカテゴリーは異なるもののスポーツカー分野で大
活躍したPORSCHE-917(特にショートボディの917K)
だと今でも思っています。
(関連記事:荒ぶる心 vol.5:ポルシェのこと参照願い
ます)
240Z-3.jpg
話しを元に戻します。来賓の北野元氏はCLUB-S30の
名誉会長でもあり、また柳田春人氏は名誉副会長、
久保靖夫氏は名誉会員兼当クラブ技術顧問という晴れ
がましいお立場です。ついでながら、その他の名誉会
員には、故人となられましたが、初代Zの生みの親であ
る片山豊氏を始め、Zデザイナーの松尾良彦氏、総括
設計者の植村斎氏、等々初代Zゆかりの錚々たる方々
が名を連ねています。

さて今回の上板橋ですが何故この地になったかと申しま
すと北野氏が板橋で2輪用タイヤショップ「ウルフ」を経営
されていてそのすぐ近くにある北野氏行きつけのお店で
もある「レッドロブスター」というアメリカンシーフードレス
トランをご紹介頂き会場はその場所に決まったようです。

前日平尾センセと新橋に宿泊したタバコ屋でしたが、当
日は二人して池袋経由で東武東上線に乗車し上板橋を
目指すことに致しました。東武東上線!懐かしい名前で
す。実は10年程前、還暦が近付いた頃タバコ屋は死に
土産に初代フェアレディZの取得を模索していましたが、
40年も前に製造されていた旧車にて市場にはほとんど
出回っておらず、安易には入手困難な状態でした。

そんな時、皆さんご存知の旧車専門誌ノスタルジックヒ
ーロー(通称ノスヒロ)誌上にちょくちょくお名前が出てい
たリバイブジャロピーさんが目に留まり、HPを拝見した
ところZとGTR専門のレストア屋さんであることがわかり、
また紹介記事もほのぼのとしてタバコ屋の好みだった
ので思い切ってオーナーの西通男さんに電話し諸々の
お話しをした結果、この方ならタバコ屋の希望を叶えて
くれると思ったので、後日訪問することに致しました。
その西さんの工房所在地が東武東上線の終点である
寄居町だったのです。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴及び
終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照願います)
(サン・フルーツ銀座三越店)
DSCN1688.jpg
(京橋千疋屋本店)
DSCN2501-1.jpg
前の記事でトウキョーはタバコ屋にとって外国だと申し
上げましたが、実はそれ以前よりタバコ屋が試みていた
中島特産みかんの産地直送事業によりそのトウキョー
にお取引先が出来、三越全店でフルーツ売場を展開さ
れているサンフルーツさんや京橋千疋屋さん等、著名
なお店とご縁を重ねつつありました。ですので商談上京
の折にその寄居町の西さんを訪ねることにしました。
(関連記事:千葉・東京巡礼 vol.2:銀座界隈参照願い
ます)

ホンダ2-1

余談ながら、東武東上線沿線はHONDAにとっては縄張
り地区で和光、朝霞、小川町の重要拠点を始め、将来
国内でのアキュラ展開を目指してその生産拠点として目
論んでいた寄居等、関西の鈴鹿周辺に次ぐ重要エリア
で、自称元HONDA-PTA会長のタバコ屋にしてみれば、
かなり気になっていた場所でした。
寄居工場7-2

寄居工場4
結局寄居はリーマンショック以降紆余曲折の末、アキュ
ラではなくフィットの専用工場としてまた今後の製造方式
のモデル工場(マザー工場)として平成25年(2013年)
に完成したのでした。賢明な選択ですよね。
(関連記事:オハイオの夢参照願います)

さてジャロピーさんです。実際お会いしてみてNISSAN
旧車専門のNISISANとはしゃれにもなりませんが、Iが
一文字増えはするものの誠実素朴なお方でした。後日
そのNISISANよりご連絡頂きフルレストアした240Zを
購入しませんかとのことで、次の上京の機会に再度訪
問致しました。さっそく拝見し横に同乗させてもらって試
乗にも出かけました。
IMG_0520.jpg
シルバーメタリックの240Zでしたが、さすが匠の手で仕
上げられたものにてコンディションは新車同然、ビス1本
に至るまでピカピカ状態でした。試乗に際してはレスポン
スが凄まじく踏めば即座に5,000回転くらいは回っている
ような感じを受けました。キャブレターはウエーバーの3
連装、排気はもちろん6気筒独立式(タコ足)で、サイレン
サーは縦2連のトラストマフラーが付いていました。
IMG_0516.jpg
タバコ屋は若かりし頃、かつて自動車部で所有していた
スカイライン2000GTの重くて眠いL型エンジンのフィーリ
ングしか知らず、L型エンジンってチューニング次第でこ
んなに軽やかに豪快に回るものなのかと驚きました。
ただ残念なことにトラストマフラーがけたたましい爆音を
発するのには閉口し、この状態では瀬戸内海のガラパ
ゴス島では走れないだろうな~という予感がしました。
またリミテッドスリップデフ(LSD)のカシャカシャ音も若干
気になりました。
IMG_0521.jpg
NISISANがご提示頂いたオネダンは非常に良心的で、
諭吉の100枚重ねの束を3つ程度用意すればよく、買え
ば買えない事はなかったのですが、当時のタバコ屋は
Zに関する経験と知識が全くなく、結局、マフラーやLSD
なんか取り替えれば済むのに、自分の好みにするには
ボディの再塗装も含め相当追加の費用が掛かるだろう
とビビってしまい、またその頃、下の倅が大学に行って
いて費用もかさんでおり、HONDAレジェンドを所有して
いる上にZを購入することについて、カミサンを説得する
自信をやや失ったせいもあって、あれこれ迷った挙句、
その極上の240Z購入を辞退してしまったのでした。

当然そのピカピカの240Zはすぐに売れ口が付きNISIS
ANにお聞きしたところでは三重県のさる外科医のドクタ
ーのところにお輿入れされたそうです。タバコ屋にとって
は今でもその極上品を購入出来なかったことがトラウマ
になっています。

例えは悪いものの恋愛や結婚においても「ああ、あの
時なあ」と言うのを経験された方も結構いらっしゃるの
ではないでしょうか。
納車後のZ
もうZの取得を諦めかかったタバコ屋でしたが、それから
1年程たった頃、松山の友人からZの出物があるけど見
に来ませんかとお誘いがあり拝見したところタバコ屋の
好みとは正反対のローダウン、チンスポ付きのS30Z改
2.8L湾岸ミッドナイト仕様でした。もうZのボディ自体の取
得が難しいと判断していたタバコ屋は気に入らないなが
らもベース車両と割り切って購入することに決めました。
その費用は車検も含めて諭吉100枚の束1つ程度でした。

さっそくNISISANに連絡し、これをベースにレストアを実
施して頂くよう依頼したまではよかったのですが、お送り
してみるとボディの程度が悪く、NISISANもフルレストアし
た場合はいくらかかるかわかりませんよと言われるし、
また遠方ゆえレストアの進捗をたびたびお邪魔して拝見
することもかなわず、遠交(援交とは違います)の限界を
感じて、結局NISISANからは純正シートやZ432用純正
マフラー等々、重要なパーツ提供と軽整備のみをやって
頂き、レストアは地元松山でやることになった訳ですが、
地方都市ゆえ信頼出来る専門業者など皆無ではあった
ものの、それからレストア地獄の5年間が待っていようと
は夢にも思いませんでした。

余談ながら、タバコ屋がCLUB-S30に入部後にわかっ
たことなんですが、リバイブ・ジャロピーのオーナー西さ
んはCLUB-S30の重要な会員さんのお一人でした。
ご縁と言うものはわからないもので、世の中案外狭いも
のですよね。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)
DSCN9803.jpg

DSCN9801.jpg

DSCN9807.jpg


DSCN9814.jpg
目くら蛇に怖じずとはよく言ったもので、悪戦苦闘の末
何とかレストアを施し、タバコ屋の好みに仕上げたのが
現在の赤いお嬢さんなんですが、出来の悪い子供ほど
可愛いとは巷間よく言われることながら、フェアレディと
いう高貴なお名前に似合わず、タバコ屋にとってはまる
で悪魔の如きやんちゃなお嬢ちゃんです。
DSCN9878.jpg
東武東上線のことから話しがすっかり脱線してしまいま
したので元に戻します。タバコ屋と平尾センセは上板橋
の駅に到着し旧商店街を通って目指す「レッドロブスター
上板橋店」に到着です。時間も早かったので会員さんは
まだお見えになっていなかったようですが、ただお一人
群馬の前橋で歯科医ドクターをされている金子さんにお
会いし初対面ゆえご挨拶をさせて頂きました。
DSCN9880.jpg
やがて事務局の遠田さん、渡邉会長が到着されタバコ
屋は新入部員のため初対面だったのでさっそく今回の
ご好意(平尾センセと2名で特別参加させて頂いたこと)
に対して感謝とご挨拶を申し上げました。

ここでよもやまさかのことが起こりました。渡邉会長が
初対面の挨拶もそこそこに、いきなり「これから北野さん
をお迎えに行きますのでご一緒しませんか」と仰るので
す。タバコ屋と平尾センセは夢心地にて了解しすぐ近く
で北野さんが経営されている2輪タイヤショップ「ウルフ」
へ出かけました。
DSCN9883.jpg
結局歩いて5分程度の道を往復し北野さん、渡邉会長
金子ドクター、タバコ屋、平尾センセのメンバーで昼食
会場まで同行致しました。
DSCN9886.jpg
会場には川嶋副会長も到着し、会が始まる前にはタバ
コ屋が依頼していたロゴプリントと刺繍入りのクラブジャ
ケットを川嶋さん自らが持参してくれていました。
また想定外にも渡邉会長がZの設計者であり事実上の
開発総責任者であった植村斎さんが書かれたZ開発記
「フェアレディZ開発の記録」の直筆サイン入り本と色紙
を2人にプレゼントして頂いたのです。もう恐縮至極にて
返す言葉もなかったのですが、せっかくのご好意なので
有難く拝受致しました。
DSCN9907.jpg
いよいよランチミーティングが始まりました。各地から
というよりはおもに東京周辺から十数名のメンバーさん
が出席されていましたが、川嶋さんのお話によれば、
タバコ屋は最遠方からの出席者だと言うことでした。
DSCN9892.jpg
当然のことながら、まずは名誉会長の北野元氏よりご
挨拶がありました。タバコ屋が昔雑誌で拝見していた頃
の北野さんは口ヒゲを蓄え精悍で怖い感じの方でした
が現在は角が取れ?非常に穏かな印象でした。
DSCN9895.jpg
続いて雨の柳田こと名誉副会長の柳田春人氏より挨拶
がありました。かつて240ZGレース仕様を操りワークスに
引けを取らない活躍をされた名ドライバーです。
DSCN9889.jpg
奥のご来賓席は当然、久保さんを加えた御三家が着座
され、あとは渡邉会長、川嶋副会長、遠田事務局長が座
り、和やかに懇談が進むであろうと予測されました。
DSCN9888.jpg
しかしここでとんでもない事態が発生したのです。川嶋
副会長がそっと耳打ちし、ご遠方から来られたのでお2
人で北野さん達とお話されてはどうですかと言って新参
の2名のためにお席を用意して頂いたのでした。推測な
がら渡邉会長と打ち合わせての気配りだったのでしょう。
これには平尾センセ共々ビックリ仰天しましたが、2度と
ない機会だと思ったので僭越は承知ながら、有難く同席
させて頂くことにしました。
DSCN9896.jpg
当日のランチはシーフードのフルコースでディナーとも
言えるメニュー内容でした。メインディッシュは看板どおり
でっかいロブスターでしたが大変美味にてお酒も進むに
つれ、最初の緊張は解けご来賓や川嶋さん達ともお話し
をさせて頂くことが出来ました。
DSCN9890.jpg
以前から北野さんが京都出身であることは存じ上げて
いたのですが、お話しが進む中、君ら同志社自動車部
のOBですか。同志社ゆうたらええとこのボンが行く大学
と違いますか?とか仰り、やや事実とは異なるご認識を
されているようでした。実態はボンビー学生の集まりでし
たわと申し上げたかったのですが、ただ北野さんのお話
しを拝聴するに留めました。平尾センセは自称ミツビシ
PTA会長を自負するミツビシオタクにてワークスの増岡
氏他とも交流があり話題も豊富なので、いろいろお話が
はずんでいたようです。ただ一通りお話しと食事が進行
した後、新参の我々が来賓席を占拠していては他の先
輩メンバーさん達に申し訳がないので、お席を替わって
頂くことにしました。
DSCN9905.jpg
その後、写真の空飛ぶZ432オーナーこと奈良ご在住の
現役ANA国際線パイロット遠藤氏を始め各自が持ち寄っ
た思い出の品や本などにご来賓のサインをお願いされて
いました。
IMG_2186.jpg
ちょっとマニアックな持参品として、Z432搭載のS20エン
ジンのヘッドカバーにサインをすべく北野氏、柳田氏が
やや苦労されている様子です。
DSCN9909.jpg
変り種と言っては失礼ながら、240ZGを所有でイギリス国
籍のアラントーマス氏と思しき御仁も楽しそうに歓談され
ていました。
DSCN9899.jpg
壁にはクラブ20周年記念行事として現在進行中のフラッ
グリレーの旗も飾られました。恥ずかしながらタバコ屋も
先般倉敷にて旗の端っこの方にサインさせて頂きました。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ参照願い
ます)
IMG_2191.jpg
名誉会員でクラブの技術顧問でもある久保氏とお話しし
ているところですが、久保氏の着用されているのが今回
タバコ屋が購入したクラブジャケットです。メーカーはミズ
ノ製ですが、背中と胸には別注のロゴがプリントされ、袖
にはクラブロゴの刺繍ワッペンが貼られていてなかなか
マニアックなジャケットです。

肝心のお話しの中味はというと、かつてタバコ屋のZをレ
ストアするに当たり、エンジンのレスポンスが悪いので
どう改善するかとなった時、松山のエンジン屋さんはピス
トンリングが磨耗しているので交換ボアアプするしかない
という見解だったのに対しタバコ屋はおかしいと感じたの
で、当時思い余って、面識のない久保さんに飛び込みで
直接お聞きしたことがあったのです。久保さんの見解は
ピストンリングの磨耗なんてありえない、それはソレックス
キャブの調整不良です。と仰いました。実際その通りだっ
たのですが、松山の業者はリングのせいだと言い張り、
ボアアップ以外は請合わないと言い出したので仕方なく
3Lにボアアップした経緯があったのです。その頃の思い
出話しをした訳ですが、久保さんは多忙のためそのこと
は覚えていらっしゃらなかったようです。オクルマにしろ
ヒトにしろ藪医者にかかるととんでもないハメになるとい
う見本みたいな出来事でした。
IMG_2187.jpg
奈良から単駆Z432で駆けつけられた遠藤さんとのワンシ
ョットですが、タバコ屋はもともと細い目をつむってしまっ
ています。平尾センセもうちょっと何とかなりませんでした
かね。
DSCN9908.jpg
ランチミーティングは食事もお話しも進行し、いよいよ
コーヒータイムとなりました。タバコ屋はほとんどのメン
バーさんと面識がないのですが、皆さん楽しそうに歓談
されているところへ割って入るのもいかがなものかと思
い、今後に委ねることに致しました。つたない経験から
判断しても、学生時代4年間同じ釜の飯を食って初めて
同釜の親友ということになる訳ですから、何でも時間は
掛かるのです。
IMG_2188.jpg
楽しくも濃厚なランチミーティングもいよいよお開きの時
間となりました。皆で記念撮影です。平尾センセが写っ
ていませんが、ご自分のNikon一眼レフで撮影したもの
で写らないのは当然ですよね。正面左手前でフラッグを
持っていらっしゃるのが事務局長の遠田さんです。
IMG_2194.jpg
さてその後皆さん各地へ散っていかれましたが、川嶋さ
んは静岡から愛車のブリティッシュグリーンS30Zで来ら
れていたので記念に一枚撮らせて頂きました。
今時、ジャガーEタイプを彷彿とさせるメッシュホイールを
ご着用のオクルマなんてそうざらに見つかるものではご
ざいません。しかもボディカラーにジャストマッチで大変
渋いご趣味です。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ参照願い
ます)
IMG_2196.jpg
前述の奈良の遠藤さんもZ432で上京でしたが、平尾セン
セは初対面だったので、オクルマのご紹介をしたところ
根堀り葉堀り細部までご撮影に励む平尾センセでした。
手前味噌ながら、10年前寄居のNISISANちで拝見した
240Zもスペックこそ違え、ボディはずばりこのイメージ
及びコンディションでした。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照
願います)
IMG_2197.jpg
ホームステイ3人衆?の記念写真です。Zを巡る不思議
なご縁ですが、今後も大切にしていきたいものです。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願い
ます)
DSCN9917.jpg
また事務局長の遠田さんは都内新宿にお住まいのバリ
バリの江戸っ子にて愛車240ZGでお越しでした。
DSCN9926.jpg
川嶋さんと遠藤さんをお見送りしたあと、遠田さんをお
見送りしようとした時とんでもない事態が発生しました。
駐車場の床にあるフラップの昇降装置(赤い箱)の片方
がオクルマのサイレンサーに当たって出られなくなった
のです。遠田さんはお店の方にフラップを下げてもらい
脱出を試みましたが、BOXが当たっているのでうまくい
きません。見かねたタバコ屋達は手押しで左右に小刻
みに幅寄せを敢行し、大汗をかいた後、遠田さんの大
切なオクルマを傷付けることなく脱出に成功致しました。
DSCN9928.jpg
遠田さんには入部にあたり何かと親切にして頂いてい
るので、ささやかながらお役に立てたかな思い、赤いハ
ンカチならぬ白いハンカチで額の汗をぬぐったタバコ屋
でした。
JSCN9932.jpg
すべての行事が終わり、タバコ屋はもう一泊するものの
平尾センセは京都へお帰りになるので東京駅までご一
緒しそこで名残を惜しむことになったのでしたが、どうし
たことでしょう、東京駅の地下は来る東京オリンピックに
向けて大改装中で、まあえげつないほどショーバイっ気
丸出しで、お土産店のオンパレードでした。若いカップル
の立ち寄るカフェらしきものはちらほらあったものの全席
禁煙、お酒なしときては2人の取り付く島はありません。
ビール1
結局30分近く歩いた末、やっと万博世代の感性にピッタ
リのビヤホール銀座ライオンを見つけたのですがそれも
日曜日休館にて、途方に暮れかかりましたがやっと小さ
な中華料理店を見つけ、そこで今日の余韻を楽しみつつ
別れの杯ならぬビールで乾杯したのでした。

このあと娘の陽子のところへ殴り込みを掛けるのですが
長くなるので今回はこれで筆を置きます。次回 vol.4を
お楽しみに。

東京大紀行 vol.2:目黒界隈

平成29年1月14日
瀬戸内海のガラパゴス中島で生息している身とは言え
幼少時より年に一度は梅田HANKYUUの大食堂や枚方
パークで馴染んできたタバコ屋です。また長じては大学
生活を京都同志社で4年間過ごすことになりました。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.2参照願います)
阪急お子様ランチ
また卒業後も家業がゴフク屋兼総合衣料品店だった故
に京都室町、大阪船場へは足繁く通ったため、タバコ屋
にとっては大阪・京都というのは僭越ながら自分の庭み
たいなもので、愛着と郷愁を覚えます。
(関連記事:オハイオの夢参照願います)
ユニクロ1
ちなみにユニクロの柳井さんとは多分同年代で、彼の
実家は山口県光市のVANジャケットのメンズ専門店、
一方タバコ屋は瀬戸内海の小島の総合衣料品店という
違いはありましたが、考えていた事は似たようなもんで
す。だって同世代ですもの。
IVY-1.jpg
当時石津謙介さんの仕掛けたアイビーファッションが
一世を風靡しましたよね。ミユキ族とかハマトラとか。
ボートハウスも今となっては懐かしいブランドです。
オクルマ業界もその影響を受け、今はなき徳大寺有恒
さんこと杉江博愛(すぎえ ひろよし)さん達が創業した
オクルマ用品のファッションメーカーである「レーシング
メイト」なども懐かしい思い出です。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)
レーシングメイト2
話しが脱線してしまいましたが、一方東京というのは
タバコ屋にとって基本的に外国で、高校時代に修学旅
行で行ったくらいで、守屋浩でもないでしょうが「僕の恋
人東京へ行っちっち」程度のイメージしかありませんで
した。しかし大学時代ともなると自動車部の全国組織で
ある日本学生自動車連盟を介して全関西、全国大会と
いった全国規模の運転競技(コンペティション)が行わ
れ、トウキョーの明治、青学、慶応、早稲田といった連
中と覇を競いながらも交流を重ねることとなり、田舎者
のタバコ屋はトウキョーにも沢山の大学があることを知
りました。
フランシスコザビエル1
余談ながら、同志社は新島襄先生を創設者とするプロ
テスタント系キリスト教を建学理念とするのに対し、同じ
キリスト教系でも青学(青山学院大学)はフランシスコ
ザビエルのイエズス会を源流とするカトリック系キリスト
教がルーツであり、生い立ちを異にします。そのせいか
どうか、本来なら親戚付き合いをしてもよさそうなのに、
タバコ屋の記憶では青学とはまったく交流がなく、逆に
建学のルーツはキリスト教とは全く関係のない明治大
学の自動車部と親戚付き合いをしていました。何故な
んだろう。今から思えば富士吉田での合同合宿時や
東京以北の遠征時は明治に随分お世話になったもの
でした。
(関連記事:異説:007私を愛したスパイ参照願います)

長い前置きはさて置き、今回のお話しの主題である「全
国少年少女チャレンジ創造コンテスト全国大会」のこと
です。前述の平尾センセからのご案内によると11月26
日の開催で、偶然にもCLUB-S30の昼食ミーティングが
翌27日だったので、両方に参加することにしたのは前
稿でお話しした通りです。

会場は目黒区、大岡山にある東京工業大学キャンパス
内体育館となっていました。はて東京オンチのタバコ屋
にとっては目黒なんて山手線の駅があることくらいは知
っていましたが行った事もなく、ましてや大岡山なんて
生まれて初めて訪問する場所でした。
IMG_2202.jpg
やって来ました大岡山、東京工大キャンパスです。つい
最近この大学の栄誉教授である大隅 良典(おおすみ
よしのり)先生の長年の研究成果である「細胞が自らの
タンパク質を食べて栄養源にする自食作用『オートファ
ジー』の仕組みを解明した」ことにより一部のガンの治
療に道を開いたとして平成28年度(2016年度)ノーベル
生理学・医学賞を受賞されたのですが、大学の正面に
はその垂れ幕が大きく飾られていました。

タバコ屋は医学のことはわかりませんが、自分の体内に
ある正常細胞が、遺伝子の故障によりガンとなってしまっ
た異変細胞を食べてしまって消滅させ、正常に戻すこと
が出来るとすれば、そら天照大神が天の岩戸からお出ま
しになって以来の一大事件と申せましょう。
DSCN9818.jpg
キャンパス入り口には親切にも大会会場の案内板が
あり、それに沿って会場へと向かいます。
DSCN9820.jpg
京都チームを引率されている平尾センセはタバコ屋が多
分迷子になるであろうと思いわざわざ大岡山の駅までお
出迎え頂いたのですが、センセとご一緒に会場に向かう
途中、東京工大自動車部の宣伝?看板を目ざとく見つ
け記念に1枚写すことになりました。免許が安く取れま~
すなんて効能書きがありましたが、これを見てかつての
タバコ屋も同志社大学自動車部に入部したての頃、先
輩にグラウンドで免許特訓をして頂き、帰省した時に松
山の試験場で1発合格した思い出があります。従いまし
てコストは試験場での受験費用のみで大変安上がりな
免許取得ではありました。

どうでもよいことながら、彼がぶら下げているぶっとい
一眼レフカメラはNikonなんですが、センセはNikonク
ラブの会員で結構オカネ掛かっていると推察致します。
ちなみに我々万博世代の3大趣味と言えばオクルマ、
カメラ、オーディオあたりではなかったかと思いますが、
そのどれもが現在では当時と全く様変わりのスペックと
なり時代の流れを痛感します。だって45年も前のことで
すから。ただしタバコ屋を含むボンビー学生はそれらを
雑誌でただ見てるだけ~でしたが。
DSCN9824.jpg
いよいよ会場到着です。タバコ屋は以前京都で恒例開
催のやはり動くオモチャを使用した創造性表現及びエキ
サイティングな走行スピードを競う(ミニ四駆的)「トイコン
テスト」という大会に同志社のアオリイカこと平尾センセ
に煽られて(強制されて)見学に行ったことがあるのです
が、今回の全国大会はオクルマ業界用語で言えばそれ
のデチューン版(ゆるくしたもの)とも言えるものでした。
(関連記事:校長先生の見果てぬ夢 vol.1:プロローグ
及び校長先生の見果てぬ夢 vol.2:晴れ舞台参照願い
ます)
DSCN9837.jpg
全国から集まったお子達が体育館に所狭しと集結です。
引率のセンセも自校の生徒が冷静に競技に向かえる様
アドバイスしながらも内心気が気ではありません。
選手宣誓
熱血指導を実践している平尾センセ始め京都教育陣の
スタッフが指導するお子達は優秀でないはずがなく、常
に強豪チームの一角を占めており、今回も女子チーム3
名が試合に先立ち選手宣誓をしました。

ちなみにこの全国大会は公益社団法人発明協会が主
催運営している恒例行事で、お子達の創造性を高め
未来のノーベル賞をも受賞出来るような人材を育むこと
が目的です。
DSCN9861.jpg
競技の方法は、まず予選段階において審査員スタッフ
の前でチームメンバーが自分達の創作した作品のコン
セプトとからくり?の作動説明(プレゼン)をした後、実際
に作動させながら規定時間内にゴールを目指すというも
ので、スペック通りに作動しなかったり、時間内にゴール
出来なかった場合は減点され、勝ち残ったチームが決勝
へ進むという方式です。
DSCN9830.jpg
競技前の京都チームの事前メンテナンス状況です。本番
で、あれ動かないとかがあっては最悪なので念入りに調
整しているようです。
DSCN9831.jpg
京都は強豪なのでワークス部隊?を2チーム派遣して
いました。一つは電車をテーマにしたもので、もう一つ
はかぐや姫をテーマにしたものでした。
DSCN9863.jpg
甲乙付け難かったものの、決勝にはかぐや姫チームが
勝ち残り、入賞の運びとなりました。お子達とは言え浴
衣がチームユニホームとはなかなか平尾センセも粋な
計らいをするものです。
DSCN9855.jpg
全国大会ゆえに各地から様々な工夫をこらした作品が
登場していて、ご紹介すればキリがないのでやめてお
きますが、お子達とは思えない程ハイテクメカが搭載さ
れた作品がありました。京都はもとより愛知なども地元
有力メーカーがかなり肩入れをしていて舞台裏ではその
メーカーさん派遣のアドバイザーがあれこれ助言をして
おり、コンセプトは子供らしいものの、そのメカは非常に
高度なものだとタバコ屋は感じました。
DSCN9849.jpg
競技の直前、引率の平尾センセがお子達にアドバイスを
しているところです。「君ら、普段通りにやれば絶対うまく
いくんやからあわてんようにな」とか何とか言われている
のでしようがタバコ屋には聞こえませんでした。また隣の
同じく引率のTセンセも心配そうな表情です。また手前は
島津製作所OBで愛媛県出身!のアドバイザーY氏です。
DSCN9864.jpg
愛媛県松山市のチームは決勝に残れなかったので早々
と作品を荷造り撤収の準備です。タバコ屋は地元なので
放っておくわけにはいかず思わず声をお掛けしたところ
松山市南郊の砥部小学校からのご参加でした。ご苦労
様です。平尾センセがかつてタバコ屋のところへ訪問頂
いた時「念ずれば花開く」の句碑で有名な坂村真民先生
の記念館にお立寄り頂いたのですが、その地区にある
小学校です。
DSCN9866.jpg
電車チームは残念だったものの、かぐや姫チームは決勝
で入賞を果たしました。平尾センセにしてみれば開会式で
京都チームが選手宣誓をしているだけにベスト3とか行き
たかったのではないかと推察しますが、まあこれも人間の
欲と煩悩の世界にてキリがないことです。
DSCN9872.jpg
競技も無事終わり表彰式の風景です。
DSCN9874.jpg
タバコ屋の不確かな記憶ですが、愛知の小学校が優勝し
たと思います。勝手な想像ながら、やはり大トヨタが控え
ているだけに側面のバックアップも半端ではなかったので
はと思います。
DSCN9822.jpg
戦い済んで日が暮れて・・・。平尾センセはこの足で京都
へ帰る同僚のセンセ達をお見送りしたあと、タバコ屋と一
緒に今夜の宿泊地新橋へ移動することにしました。

余談ながら、京都御所に隣接する真っ平な敷地の同志
社とは異なり東京工大のキャンパスはブラタモリのタモ
リさんが喜びそうなかなりの高低差(アップダウン)のあ
る敷地で、初めて訪問したにも拘わらず印象的でした。
DSCN9877.jpg
新橋到着後、今夜の別予定である同志社大学自動車部
OBで3期先輩の石原さんと夕食を共にすべく恵比寿へ移
動です。東京にお住まいの石原先輩は広島に本社がある
精密機器メーカーの会長さんなのですが、恵比寿駅近く
の広島県人が経営されている居酒屋で石原先輩、平尾
センセ、タバコ屋の3人が落ち着きました。ただし怖い先
輩でしたので終始緊張の数時間後、2次会には近くのテ
キーラ専門のバーへ連れて行って頂きました。近況やら
今後のOB会のことやら夜の更けるのも忘れて楽しく語り
合ったのでした。
sekai-boeki011.jpg
ようやくお開きとなったまでは良かったのですが、タバコ屋
は大ポカにて持参していた石原先輩への手土産を渡し忘
れていることに気付き、あわててタクシーで西麻布のご自
宅までお届けするという事態となりました。結局タクシーも
頼りないおっちゃんでしたが、恵比寿から西麻布周辺を走
りまくって新橋に帰った時は野口英世の肖像のお札が5枚
程度消失することになったのでした。バカですよね。

次回はいよいよCLUB-S30の昼食ミーティングの模様を
ご報告致します。お楽しみに。

東京大紀行 vol.1:プロローグ

平成28年1月8日
皆さん明けましておめでとうございます。今年もポジティ
ブで楽しい記事をお届けしたいと思いますのでよろしく
お願い致します。
clubs30.gif
さて、昨年の11月東京でのある昼食会のご案内が届き、
それに出席することになりました。その昼食会とは初代
フェアレディZオーナーズクラブである「CLUB-S30」主催
の昼食ミーティングで「日産ワークスドライバー&メカニッ
クを囲む会」というテーマで元日産ワークスの北野元氏
やプライベートの強豪、柳田春人氏、また元レーシング
メカニックとして高名な久保靖夫氏をゲストにお迎えして
昼食を共にするというものでした。
240Z-1.jpg
青春時代を京都同志社でオクルマと共に過ごしたタバコ
屋にとっては当時のNISSANワークスという名前は憧れを
通り越して坂の上の雲の上の存在でしたから、そのゆか
りの方々にお会い出来ることは、千載一遇の機会であり
この際、死に土産に行ってみようと思いました。

また広島に本社があるものの年の半分以上東京在住と
お聞きしている同志社自動車部OBで3期先輩のトテモ
怖かった石原先輩にお会いしたく、僭越は省みずお願
いしたところ快くご了解を頂きました。
平尾(生き方探求館)
一方、このブログの常連ゲストでありタバコ屋の同志社
自動車部時代の同釜である京都の元校長、平尾センセ
は日頃「京都まなびの街 生き方探究館」にてお子達相
手にご自分のライフワークである動くオモチャ制作を通じ
て創造性を育むべく熱血指導をしているのですが、今度
東京でその動くオモチャを使った創造性を競う全国大会
があり、京都チームの引率として出場するので応援をよ
ろしくというご案内がありました。
著作4
両方の日程をよく見ると何と1日違いで前後しているでは
ありませんか。これはひょっとすると両方に参加出来る
かも知れないと思い、センセにCLUB-S30のミーティング
のことや日程のことをお知らせすると平尾センセは元々
「ネジお父さん」という異名があるくらいのオクルマエンス
ーゆえに、逆に2人で2ヶ所へ相互乗り入れはど~やと
言い放ちました。アオリイカこと平尾センセのポジティブ
な発想の面目躍如と言ったところでしょうか。

ただしCLUB-S30のミーティングは会員制なので、原則
会員しか参加出来ないのですが、タバコ屋の赤いお嬢
さんをホームステイさせたご縁で親しくさせて頂いている
静岡の川嶋さんが偶然ながらCLUB-S30の副会長をさ
れており、また赤いお嬢さんを引き取りにお邪魔した時、
平尾氏も同行してもらったので川嶋さんとは面識があり
ました。
IMG_2321.jpg
そこで今回のミーティングにタバコ屋と平尾センセと2名
で特別に参加させて頂けないでしょうかと恐る恐るお願
いしたところ、原則会員制ゆえに平尾さんは姿が見えな
かった(透明人間?)ということにして、参加して頂いて
結構です。ということになりました。どうも会長や事務局
長にも根回しして頂いたようで、川嶋さんの粋な計らい
により実現の運びとなりました。
DSCN8336.jpg
さらに、普段瀬戸内海のガラパゴス中島にて文明と旧友
に飢えているタバコ屋はこの際同志社アーモストクラブ
(DAC)OBでDAC及び自動車部両部の創部80周年記念
大会が前後して行われて以来、双方に深いご縁のある
オーテス・ケーリ先生繋がりでご縁になり親しくさせて頂
いている川崎在住の吉﨑さんにも翌日お会いして、まだ
一度も見学したことのない全国の野菜果物の一大集荷
場であり東京の台所でもある、大田市場の見学その他
で旧交を温めたく思いました。幸い吉﨑さんも快諾して
頂きました。
DSCN5960.jpg
太田市場の見学を思い立ったのはタバコ屋が島の特産
品であるみかんの販売や加工製造事業を長年手掛けて
来たにも拘わらず、日本一の青果市場である大田市場
を訪問したことがなかったためで、これもNISSANワーク
スの方々との面会同様、死に土産にしようと思ったのと、
吉﨑さんも行ったことがないらしく興味を持たれていた
ようなので、実現に至った次第です。
クラブS30表紙1
欲張りなタバコ屋は結局、CLUB-S30から配達された1
通のメールから3日間に及ぶ東京大紀行を実施するに
至った訳ですが、その詳しい模様はCM2の後で、では
なくvol.2以降の記事にてご紹介したいと思います。

アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ

平成28年7月24日
生命(いのち)に終わりがある、恋にも終わりが来る~~
・・・泣かないで、泣かないで、粋な別れをしようぜ。
冒頭から恐縮ながら、これは昭和40年(1965年)浜口庫
之助作詞作曲により我らが石原裕ちゃんがリリースした
「粋な別れ」の歌詞の一部なんですが、もう足の長さは
タバコ屋の1.5倍はあろうかと言う当時の裕ちゃんは理屈
抜きにメチャカッコよかったですよね。
今回の倉敷アイビースクエアでの出会いと別れも裕ちゃ
んに倣って最後は「粋な別れ」としたいものです。
(関連記事:札幌紀行 vol.2:小樽へ参照願います)
粋な別れ1-1
CLUB-S30ご一行は地元佐藤さん駆るイエローのZ432
の先導でそのアイビースクエアに到着しました。
DSCN8959.jpg
う~ん、一度訪問したことはあるのですが、そのエントラ
ンスゲートはなかなかトラディショナルな風情にてタバコ
屋好みです。
みなさんご存知のことながら、このアイビースクエアは元
々、明治22年(1889年)倉敷紡績(クラボー)創業時に建
てられた工場跡地で、昭和48年(1973年)、ということは
タバコ屋が同志社大学自動車部を卒業した年、及び愛車
の赤いお嬢ちゃんが製造された年に観光施設&ホテルと
して復刻(レストア)された由緒ある施設ですよね。
余談ながら平成19年(2007年)には国の近代化産業遺産
にも認定され、言わば西の「富岡製糸場」といった感じで
しょうか。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願います)
DSCN8964.jpg
ご一行は旅装を解いた後夕食まで時間があるので生憎
の雨ではあったものの、倉敷美観地区を見学かたがた
そぞろ歩きをすることにしました。静岡の川嶋さんと観音
寺の宮武さんが何やら話しながら歩いています。会話は
想像ながら「江戸時代から栄えた倉敷がこうやって当時
の街並みを大切にレストア保存しているように、我々も
初代フェアレディZを大切に守り保存して次世代に伝えた
いですよね」と、どちらからともなく話し掛けられているよ
うです。ちなみに右の川嶋さんご着用のTシャツのバック
デザイン、なかなかおしゃれですよね。CLUB-S30のロゴ
がしっかり入っています。ただし今ではもう手に入らない
プレミアム品です。
DSCN8971.jpg
風情にあふれた倉敷の美観地区を歩いたあと、市内の
中心部に移動し、夕食は地元の佐藤さんの娘婿さんが
営業している居酒屋でお世話になることにしました。
岡山特産のままかりの開き等々、地元の海鮮品を肴に
お口に広がる瀬戸内海を堪能しながら、夜が更けるまで
Zにまつわる表話から裏話まで熱く語り合いました。
DSCN8974.jpg
さて一夜が開け、お別れの朝が訪れました。お遊びで正
面玄関から撮ったエントランスゲートです。こじつけながら
アルハンブラ宮殿にも似た風情があると思いませんか。
蛇足ながら、イスラーム建築様式の特徴はR(円弧)を多
用していることですよね。
(関連記事:混沌と秩序 vol.2:流通編(前編)参照願います)
DSCN8977-1.jpg
せっかくの再会なので川嶋さんが2台のZを撮影しましょ
うということになり、そのアングルを思案中です。タバコ屋
もその横で覗き込んでいます。架空の会話ながら「川嶋
さんもうちょっと前のほうがいいんじゃないですか」とか。
ちなみにメカマニアの川嶋さんのお気に入りのカメラは
オリンパスの一眼レフでした。
DSCN8979.jpg
ブリティッシュグリーンと赤の2台のZです。なかなかこの
ような組み合わせの色での撮影は機会がないと思われ
る貴重なワンショットです。
余談ながら、川嶋さんとタバコ屋の好みが似ていると感じ
たのはフロントバンパーに付いているオーバーライダー
(縦方向の補助バンパー)で、本来は輸出仕様の240Zに
しか付いていないのですが、偶然にも2人ともそれを敢え
て装着しています。またバンパー下にはシビエの補助ラ
ンプが装着されていて、現在では生産されていないため
かなり入手困難な品です。タバコ屋もいずれ付けたいと
思っている品にて、羨ましい思いがしました。
注意深い読者は地元の佐藤さんの黄色いZ432が見当た
らないと思われるでしょうが、Zを保管しているガレージが
やや遠方にあるらしく、この朝は違うオクルマ(クラウン)
で来られていたので3台での撮影は成りませんでした。
DSCN8981.jpg
最後の行事としてサインをし終えたCLUB-S30のリレー
旗を皆で持っての記念撮影です。左から佐藤さん、宮武
さん、川嶋さんです。川嶋さんは今度新しく製作したクラ
ブTシャツにお召し替えをされていました。
DSCN8982.jpg
さて、その後はティファニー改めアイビーで朝食をという
ことになりました。佐藤さんは地元の旧車コンンクールで
上位入賞しその時の盾やらご持参頂きました。
CLUB-S30創部当時からの生え抜きのメンバーさんだけ
にいろいろ面白いお話も聞かせて頂き2,000円の朝食も
高く感じなかったのはタバコ屋だけではないと思います。
(関連記事:
4千坪のガーデニング vol.2:ティファニーで朝食を
参照願います)
DSCN8981-2.jpg
さていよいよ出立です。2頭の悍馬にムチを入れ今まさに
ジュリアス・シーザーがローマの凱旋門から出陣なんて
いう荒唐無稽なシーンを思い浮かべたりしますが、現実
は川嶋さんはこの後鳴門経由で元来た道を静岡まで自
走して帰られ、タバコ屋は反対方向に走り、松山経由で
島の波打ち際に帰るという算段です。冒頭のサブタイトル
粋な別れ」というのはまさにこのシーンのことを言うのか
も知れません。
DSCN8981-3.jpg
ここだけの話しながら、アイビースクエア開設以来、こん
なシーンは2度と撮れませんから、初代Zのデザイナーの
松尾良彦さん及び設計者の植村斎(ひとし)さんにプレゼ
ントしたいくらいです。
DSCN8985.jpg
昨日走った倉敷への道を逆走し水島インターに向かい
ます。先導は佐藤さんのクラウン、川嶋さん、タバコ屋、
宮武さんと続きます。
DSCN8987.jpg
佐藤さんとは水島インターでお別れし、今度は川嶋さん
の先導で瀬戸大橋を渡ります。川嶋さんは丁寧な走り
ながらも結構ハイスピードで走行されます。橋を渡り終
わったところの坂出ジャンクションでいよいよ本当のお
別れとなりました。お互い手を振りながら再会を誓った
のでしたが、タバコ屋はウルッと来るものがありました。
でも「粋な別れ」に涙は禁物ですよね。
DSCN8990.jpg
旧車持ちにとっては最もいやな雨が落ちて来だしました。
途中豊浜サービスエリアで休憩を兼ねて給油です。
ガソリンタンクは50Lあるはずなんですが、まあ減るのが
早いこと、エコランを心掛けてはいるものの300km程度の
航続距離でしょうか。
DSCN8992.jpg
いつもの中島行きフェリー乗り場のある三津浜港に帰っ
て来ました。楽しかった2日間はあっという間に過ぎてし
まいましたが、川嶋さんとのご縁から新たに奈良の遠藤
さん、倉敷の佐藤さん、観音寺の宮武さんともご縁を頂き
快い疲れでフェリーの時間待ちをするタバコ屋でした。

2回にわたる倉敷訪問記、いかがだったでしょうか。いつ
もの長たらしい記事で恐縮ながら、長時間のご精読有難
うございました。

(尚、記事中の写真の一部は川嶋さん、宮武さんが写さ
れたものを使用させて頂きました)

アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ

平成28年7月13日
今月の気になる写真の欄にもご紹介しましたが、実は
姫路での同志社大学自動車部OB会の興奮醒めやらぬ
20日ほど後、今度は倉敷にてCLUB-S30というクラブの
ミーティングがあり、タバコ屋はそこへ出掛けることに致
しました。
IMG_0480.jpg
話せば長くなるのですが、遡ること5年前、丁度タバコ屋
の赤いお嬢ちゃんのレストアが終わりかかった頃でした
が、エンジンや足回りのデリケートな部分が気に入らず
思い悩んでいたところ、ひょんなきっかけで静岡の川嶋
さんという、Zのエンスーと知り合いになりました。あれこ
れメールでやり取りしているうちに、彼も大学は関東の
某国立大学ながら同じ自動車部の出身で、しかもタバコ
屋同様、当時学生ラリーを主催していろいろ深刻なトラブ
ルも発生し、タバコ屋もそうでしたがホロ苦どころか激苦
の経験の持ち主でした。その意味では一種同釜の戦友
として急速に交流が深まりました。
DSC_0661.jpg
お仕事もオクルマの製造設備やメカに関わる基幹部品を
製造するメーカーにお勤め後、定年退職し、その後は趣
味のオクルマ、特にフェアレディーZに関係するミッション
やパーツの製作、修理及び場合によれば丸ごとレストア
も請け合うという、言ってみれば初代Zを保存維持し後世
に伝えると言う、崇高な理念に基づくオシゴトや活動をさ
れています。ビフォー・アフター風の表現で恐縮ながら、
私は彼のことを敬意を込めて初代Zの伝道師、または
静岡のフランシスコ・ザビエルとお呼びしたいと思います。
フランシスコザビエル1
ちなみに彼のオクルマやバイクの大好き度はハンパで
はなく初代フェアレディZを3台!所有されているのを皮
切りにSUBARUレガシイ・ブリッツェン仕様車、同フォレ
スター、及びスズキ・ジムニーをお持ちです。またバイク
のことはわかりませんが3台程度お持ちのようです。

余計なことながら、人間がおサルさんと決定的に異なる
道を歩み始めたのは道具(火を含む)の使用だと何かの
本に書いていましたが、彼のFACTORYの壁にはオクル
マをさわるのに必要なツールがずらりと並んで壮観でし
た。整然としている中に適度な散らかりも見られ、彼の
お人柄そのままのぬくもりが感じられます。
(彼のHP:ビンテージクラフト・イーザ参照願います)
imageCA4T2O36.jpg
レストアの最後の段階で悩んでいたタバコ屋は大学こそ
違え、同じ同釜の元自動車部だった親近感もあり、思い
切って箱入り娘の赤いお嬢ちゃんを遠い異国の地静岡
の彼のところへホームステイに出すことを決めました。
1369489614.jpg
約一ヵ月後、彼はメカオンチのタバコ屋にもわかりやすく
説明頂きながら見事に何ヶ所もの気に入らない所を修復
してくれました。ディーラーの1級整備士が何人かかって
もやれないような(やりもしませんが)部分をていねいに
それこそ名医が執刀するごとく、また匠が複雑な木組み
を組み合わせるが如く、赤いお嬢ちゃんをローマの休日
改め老婆の休日??状態から蘇らせてくれました。
もっとも彼にしてみれば、3台も同じようなお子さんを抱え
ているのですから、ホームステイのZ嬢のしつけはお手の
ものだったのかも知れません。
IMG_2320.jpg
余談話ながら、ホームステイに際しては行きは陸送でし
たが帰りはお嬢ちゃんに面会方々直接引き取りをする
ことにしました。何分不安だったので、同期で京都在住
の平尾センセにご相談したところ、俺も行ったるわ!と
男気を出してくれたので、その好意に甘えることにし結
局2人で訪問し、訪問記念に川嶋さんのZと仲良く地元
の景勝の地、日本平(にほんだいら)へヒルクライムを
実施しました。
IMG_2321.jpg
帰りは腕利きの平尾センセのドライヴで、試乗を兼ねて
京都宇治まで帰り、奥様から歓待を受けた後大阪港から
フェリーで無事島まで帰還したという訳です。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願い
ます)
clubs30.gif
後で知ったことなんですがその彼は日本で最も権威の
ある初代フェアレディZオーナーの愛好会であるCLUB
-S30の副会長さんだったんです。ビックリ・ポンです。
タバコ屋もそのクラブの存在は以前より知っていました
が、敷居が高くて尻込み状態でした。しかし最近になっ
て雑談中に、良かったらクラブに入りませんかとお誘い
頂き、推薦しても頂いたので思い切って入会することに
決めたのです。間違ってもかつて今出川キャンパスで
先輩からのイケイケ詐欺同然で自動車部に入部した時
の状況とは異なり、月とスッポンでした。
(関連記事:異説007私を愛したスパイ参照願います)

そのCLUB-S30ですが今年が20周年だそうで記念企画
として、クラブの旗を全国(及びアメリカ)のメンバーさん
でタスキリレーをし、各々がそれにサインをするという壮
大な計画がスタートしたそうで、川嶋さんはその言い出
しっぺとして、東京スタートの旗を静岡から倉敷まで運ぶ
聖火ランナーを引き受けられたようです。彼から倉敷で
お会いしませんかとの連絡を頂き、かつてお世話になり
親しくさせて頂いている川嶋さんのお誘いゆえ、後先考
えず即座に「倉敷に参ります!」とご返事したのでした。
吉田松陰1
かつて吉田松陰は親友との旅行の約束を果たすため、
脱藩までしたそうですが、そこまで思い詰めずとも、延々
500km以上を手弁当で単独走破してくる川嶋さんに対し
せめて倉敷でお迎えするのが人の道筋であろうとタバコ
屋は思いました。姫路の旅装も解くか解かぬかのうちに
再出撃となったのは以上の理由によるものです。
(関連記事:終わりなき旅 vol.4:姫路での再会参照願い
ます)

実は倉敷には京都在住の私の従兄弟夫婦がお住まいで
今回の倉敷巡礼に際しては知らせようかどうしようか迷い
ましたが、目的が異なるので二足のわらじはどちらかに
ご迷惑をかけると思い従兄弟への知らせは断念しました。
ちなみに長岡京市在住のその従兄弟はお互い小さい頃
から兄弟のようにして育ったのですが、今ではパンパー
スの主たる材料である高分子吸収体等のケミカル製品を
製造する日本触媒という国際特許だらけのメーカーの偉
いさんで、現在は倉敷の子会社の社長として赴任してい
ます。
(関連記事:夏の日の思い出 vol.1:プロローグ参照願い
ます)
DSCN8881.jpg
長い前置きとなりました。いよいよ6月27日当日、倉敷に
向け出発です。40年以上前のオクルマであり最近やっと
i-パッドを流用してカーナビを装着したくらいで、ETCなど
という文明の利器を持たない赤いお嬢ちゃんは高速道
路は苦手で、しばらくは下道を走ったのですが約束の時
間に遅れてもいけないので、伊予小松インターから高速
道路に乗り、途中石鎚サービスエリアで休憩しました。
DSCN8892.jpg
いよいよ瀬戸大橋です。久しぶりの走行ですがガラ空き
状態で快適に走れました。皆さん信じないでしょうがこの
時のエンジン回転数は5速1,500rpmで速度は約80km
です。タバコ屋は普段はエコランを心掛け、アルトのおば
ちゃんが抜いていこうが、リーゼントのレクサスのお兄さ
んがすっ飛んで行こうが気になりません。お先にどうぞ。
DSCN8899.jpg
瀬戸大橋も渡り終え、約束の水島インターに到着です。
ここを降りたところで待ち合わせることになっています。
DSCN8900-1.jpg
話しは並行しますが、川嶋さんに連絡すると現在吉備イ
ンターまで来ているとのことで、単独かと思いきやどうも
Z-3台コンボイでの編隊走行をしてこちらへ向かっている
ようです。
DSCN8903.jpg
待つこと30分、来た、来た~。川嶋さんを先頭に計3台の
Zとの遭遇です。挨拶やら名刺交換もそこそこに、さっそく
お互いのオクルマの観賞大会となりました。
DSCN8904.jpg
向かって左から地元倉敷の佐藤さんの黄色いZ432です。
続いてブリティッシュグリーンの川嶋さんのZ、タバコ屋の
赤いお嬢ちゃん、手前は奈良!から駆けつけて来られた
遠藤さんのシルバーのZ432です。
DSCN8914.jpg
佐藤さんのZ432のエンジンルームです。後からお聞きし
たお話しですが佐藤さんのZは昭和44年(1969年)発売
当時のニッサン広報車だそうで、当時のカー雑誌のイン
プレッションはほとんどこのZを試乗して書かれていると
言う、訳あり、いわくつきのオクルマでした。また旧車専
門誌のノスタルジックヒーロー(通称ノスヒロ)にも7年程
前に掲載されたことがあるそうで、そう言えばタバコ屋も
どっかで見た記憶があったのはそのせいでした。
旧プリンスが開発しR380に搭載されたレーシングエンジ
ンを市販用にデチューンして当時のGTRとZ432に搭載さ
れた名機S20エンジンです。こんなの実物は滅多に見ら
れないのでタバコ屋は佐藤さんにおねだりしてボンネット
フードをご開帳頂き、しげしげと拝見させて頂きました。
DSCN8905.jpg
次は奈良の遠藤さんのZ432です。驚いたことに当時メー
カーオプションだった純正のマグネシウムホイールを装
着されていました。これは確か神戸製鋼製で当時アルミ
ホイールはまだ普及していなかったので、このマグホイ
ールは足回りの軽量化には貴重なアイテムだったので
すがとても高価で、一般庶民には手が出ないしろもので
した。
DSCN8908.jpg
同様におねだりしてボンネット開けてもらって、もうビック
リポンを通り越してビックリ仰天しました。何これ、博物館
かメーカーのミュージアムからいきなり抜け出てきたよう
な目も覚めるほどに素晴らしいコンディションのエンジン
ルームではないですか。それもよくある過剰にレストアし
キンキラピカピカにしたエンジン廻りでなく、製造工場で
作りたてがそのまま出てきたような清楚な佇まいなんで
す。ツインカムエンジンのヘッドカバーがまた素晴らしく
グリーンがかったグレーの結晶塗装が何とも美しい!。
DSCN8909.jpg
反対側から見たエンジンルームですが、ソレックスの3連
装キャブレター及び赤い純正のエアクリーナーBOXと合
わせ工業製品を通り越した機能美に溢れていますよね。
もうこうなったら何馬力あろうが、ゼロヨン何秒かかろう
がどうでもよくこの景色を眺めているだけで一幅の名画
を拝見しているようであり、タバコ屋はしばし時間を忘れ
て見とれてしまいました。ちなみに遠藤さんのご職業は
ANAの国際線パイロットだそうで、そのセンスの良さが
滲み出ているようでした。
DSCN8911.jpg
尚、蛇足ながら遠藤さんは静岡の川嶋さん同様、計3台
の初代Zをお持ちだそうで、タバコ屋はこのカテゴリーの
お方のことを敬意を込めてスーパーエンスーと命名する
ことに致します。ただし子育てや親の介護でオカネに余
裕のない方はこのようなマネは決してしないで下さいね。
DSCN8902.jpg
CLUB-S30の副会長でもある静岡の川嶋さんのZです。
3台ご所有のうちツーリング用にしつらえたノーマルに
近いZだそうですが、確か静岡へお邪魔した時はL型2L
エンジンにウエーバーキャブが3連装で付いていました。
偶然ながら川嶋さんを含め今回4台のZのエキゾースト
エンドはすべてZ432純正の縦2本(縦デュアル)マフラー
が装着されていました。また渋いご趣味を反映してか、
ブリティッシュレーシンググリーンの洋服にメッシュのス
ニーカーを組み合わせるというシックなしつらえでした。
DSCN8900.jpg
タバコ屋のZはこのブログで何度もご紹介しているので
気恥ずかしいですが、一応簡単に再紹介しておきます。
10年程前、ポンコツの湾岸ミッドナイト仕様のZを入手し、
タバコ屋が若かりし頃、キラ星の如く輝いていた栄光の
DATSUN240Zサファリラリー・ワークスカーのイメージ
に近付けようと5年がかりで地獄のレストアを行ったもの
のエンジンや足回りが気に入らず、結局静岡の川嶋さん
ちでホームステイをさせて頂きチューニングを施した結果
やっとまともに走れるようになったという経緯があります。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照願
います)
DSCN8880.jpg
余談ながら、クラブ会員さんでまだ面識の無い池内ドクタ
ーなどは、思い高じて本物そっくりのワークス240Zを復刻
製作し、クラシック・モンテ等に出場されているのは有名
ですよね。しかしタバコ屋はそのようなことが出来る身分
でもないので、せめて外観のムードだけでも楽しむことで
ヨシとしています。
エンジン
エンジンは購入時L型2.8L改でしたが3Lにボアアップし
現在に至っています。それも見掛け倒しで、ソレックス
キャブのチューニングがうまくいってなければまともに
走ることもままならず、その結果アルトのおばちゃんに
スッと抜かれていくという有様でした。ま、川嶋さんの手
でファインチューニングを施してくれたおかげで、その事
態は免れるようになりました。
しかし悲しいことに人間の欲望は限りがなく、子育てに
おいても這えば立て、立てば歩めの親心と申しまして、
次々にエスカレートしていくのです。その具体的なケース
は図らずもこの後のシーンで露見することとなりました。

今回のミーティングに参加されたもうお一人は、会員さん
で以前Z432に乗られていた観音寺市の宮武さんですが
残念なことに現在は手放されているそうで、別のオクル
マで参加されました。でも元オーナーだけあってZ432に
ついてはメチャお詳しい方でした。
DSCN8922.jpg
さて名画改め名車観賞会も終わり、近くの鷲羽山ドライブ
ウエイを山頂までヒルクライムしましょうということになり
ました。地元の佐藤さんの黄色いZ432が先導することに
なり、佐藤さんはゆっくり行きますから飛ばしたい人は先
に行ってもいいですよと仰ったので、のんびりモードかと
思いきや、何が何が、とてつもないハイスピードではない
ですか。この場面は3速で4,000rpm、速度は??ですが、
佐藤さんと遠藤さんのツインカムZ432はコーナーからの
立ち上がり加速が凄いんです。完全に置いて行かれそう
になり途中で一旦追い付くものの次のコーナー立ち上が
りでまた遅れるという有様でした。タバコ屋は3Lエンジン
ゆえトルクには自信がありましたがそうでもなさそうです。
特に4,000rpmを過ぎるとしんどそうに吹け上がるのです。
ガソリンがうまく来ないのか、排気がふん詰まり状態なの
か、とにかくハイチューンエンジンとは言い難いパワーの
出方です。先日宇治を訪問し平尾センセにご試乗頂いた
時は、センセ曰く、あんまり欲出したらあかんで、これぐら
いでヨシとしようや、車重が軽いんやからパワーばっかり
上げると足回りがついていけんようになるんやから、と仰
っては頂いたのですが、う~んこうなればまたいつか川
嶋さんちでエンジンの吸気と排気をよりスムーズにしたい
という更なる煩悩と言うか欲が出てきてしまったようです。
ここだけの話しながら当分はお浄土もしくは天国へ行け
そうもありません。
IMG_0671.jpg
ついでながら、以前自称HONDA-PTA会長を拝命し、20
年も連れ添った2代目レジェンドに乗っていた頃、3.2Lの
SOHC-V6エンジンながら7,000rpmくらいまでスムーズに
吹け上がっていた記憶があるだけに、ややの歯がゆさを
覚えたタバコ屋でした。
DSCN8924.jpg
山頂のホテル到着です。やれやれでした。せっかくなの
で、Z4台が仲良く並んで記念撮影となりました。
DSCN8928.jpg
偶然ながら、緑、赤、黄色と交通信号みたいにそれぞれ
個性的なボディカラーが揃い、こんな光景は滅多に見れ
ないタバコ屋は、しばしうっとりのお時間でした。
DSCN8930.jpg
一部の読者はお気付きのように車高は皆さん標準かもし
くは下げているのに、タバコ屋は逆に上げておりやや背
高で気恥ずかしい気もしないではありませんでした。
それはさておき、お昼時でもありホテルでランチをと言う
ことになりましたが見晴らしの良い所だったせいかお値
段は聞いてビックリ5,000円だったのでご辞退することに
し、市内に下って佐藤さんの親友の片山さんと言う方が
やっているレストランで昼食を頂くことにしました。

なお、残念なことに奈良の遠藤さんはお仕事の都合で
(ANAの国際線パイロット)奈良に引き返さねばならず、
ここでお別れすることとなりました。
DSCN8942.jpg
ここに到着してからがまたビックリポンで何と駐車場には
レストランオーナーの所有車であるミツビシ500が停まっ
ているではないですか。はっきり言ってこのオクルマは
タバコ屋が小学生の頃に走っていたしろもので、50年以
上経った今、走行出来る状態で残っているというのは奇
跡に近いと思います。佐藤さんのお話ではこのオーナー
は地元の三菱クラブの会長さんだそうで、ここ倉敷市は
ミツビシの水島製造所があるところでもあり、何やかや
でミツビシとはご縁が深いのだと思いました。
DSCN8944.jpg
さっそく店内をお借りしてタスキリレーの旗へめいめいが
サインしていきます。観音寺市の元Z432オーナー宮武
さんが真剣な顔つきでサインされています。
宮武さんの後ろは左からレストラン「ワーゲン」のオーナ
ー片山さん、真ん中は佐藤さん、右が川嶋さんですが、
佐藤さんと川嶋さんはCLUB-S30の特製Tシャツをお召し
です。これがまたカッコ良く何でも6年程前に某スポーツ
メーカーで作ってもらった特注品らしく、生地も機能的で
しっかりしたものゆえ、タバコ屋はよそ行き用にほしくなり
ましたがもう絶版品にて、無いものねだりとなりました。
ついでながら三菱クラブの会長さんのお店がワーゲンな
んてちょっと笑ってしまいますよね。せめてコルトとか。
DSCN8948.jpg
サインし終わったクラブロゴ入りのフラッグです。これから
全国(アメリカを含む)を巡礼した後にはもう書き込みの余
地がないほどになることでしょう。ちなみにCLUB-S30のロ
ゴの真下にサインされているのは初代Zの設計者である
植村斉(ひとし)氏のもので、今後名誉会員で元NISSAN
ワークスドライバーの北野元氏等のお名前も刻まれること
でしょう。
DSCN8949.jpg
余談ながら、岡山、特に倉敷市を中心とする周辺地域
はかつて学生服の一大産地であり、戦後のいわゆる団
塊の世代と呼ばれるベビーブーム、お子様ブームの時
には一大繁栄を誇りましたが、それが去った後、今度は
ジーンズの産地として再興を果たしました。そのブームも
今では過去のものとなりつつありますが写真はこのレス
トランンのオーナーである片山さんが道楽で三菱ならず、
かつてジーンズの有名ブランドだったビッグジョンの私設
応援団長も務めており、今でもジーンズの名を冠したラリ
ーを開催されているようです。
富永商店3-1
突然の古い写真で恐縮ながらこれは昭和38年(1963年)
戦後荒れ果てた商業の啓蒙、指導者として全国の若き
商業者達に商いの正しい道を説き、その弟子のダイエー
を初めイトーヨーカドー、ジャスコ、ニチイ等の流通革新
者(イノベーター)を生むに至った精神的支柱として、神
の如く尊敬された、雑誌「商業界」主幹(エディター)であ
った故倉本長治先生が、こともあろうにタバコ屋の島、
中島へ訪問視察された時のものです。
話せば長くなるお話ながら、タバコ屋は元々ゴフク屋で
100年前からこの西瀬戸の島、中島で商いをさせて頂い
て来ました。先代は戦後の混乱期に若者らしい正義感
から、闇市の横行や販売価格の無秩序さに疑問を持ち
ふとしたキッカケで雑誌「商業界」を読むに至り、倉本
編集長の熱心な支持者(弟子)になったと言う訳なんで
す。その意味ではダイエー、ジャスコ、ニチイの創業者と
同じ体温だったのではないでしょうか。
(関連記事:混沌と秩序 vol3:流通編(後編)参照願い
ます)
倉本先生視察10
そのようなご縁で、倉本主幹がご夫婦で西瀬戸の小さな
島を訪問視察された訳ですが、先代にすればもう天にも
昇る気持ちではなかったかと思われます。だって師とも
神とも仰ぐお方が、よもやまさか自分の島を訪問し、目の
前の自分の店に立っていらっしゃることは夢か幻かの如
く感じたのではないでしょうか。
蛇足ながら当時NHKでは「夢であいましょう」が放映され
ており、最近泉下の人となられた永六輔氏や中村八大
氏、黒柳徹子さん、坂本九ちゃん等々、が大活躍してい
ました。タバコ屋の先代も倉本師と夢でしか逢えなかっ
たものが現実となった喜びはひとしおであったと思われ
ます。
この写真は視察後、記念公演をされた時のもので、看板
には商人の父と書かれていますよね。こうなったらもう技
術うんぬんの話しではなく宗教、神のカテゴリーのお話し
になると思います。真ん中のサングラスを掛けられた方
が倉本師でその左端がタバコ屋の先代です。先代の嬉
しくてたまらない表情が見て取れます。だって主イエスに
等しい方とひとときを共に出来たのですから。
トト姉ちゃん1
倉本長治先生の業績を長々と申し上げるのはこの稿の
趣旨ではありませんが、わかりやすく言えばただ今NHK
朝ドラで絶好調のトト姉ちゃんのパートナーであった異
色の編集者、プロデューサー、花森安治氏の「暮しの手
帳」に通じる精神をお持ちで、今から思えば花森さん同
様生活者サイドに立ったお店のあり方を模索されたの
だと思います。
暮らしの手帳1
ちなみに倉本先生の指導理念は「店は客のためにある
という簡潔な言葉に集約されており多分その理念は花森
安治さんの「生活者特に世のご婦人方に正しい生活知識
を広めたい」と言う理念と同様のものであったと思います。
(関連記事:人生いろどり参照願います)

あらぬ方に脱線してしまいました。最初の富永商店の写
真に戻って頂きたいと思います。写真奥にトンボ学生服
の看板が見て取れると思いますが、そのトンボとは岡山
の学生服三大メーカーの一つ、帝国興業といういかめし
い名前のメーカーの愛称ブランドでした。
タバコ屋を始めとする全国の戦後団塊世代はメーカーは
別にしてほとんど倉敷周辺の岡山のメーカーの学生服を
愛用して育ったんです。
余談ながら、富永商店は先代がいち早くトンボ学生服を
導入、拡販したため本社から表彰され当時のタバコ屋を
含む島の小学生50人くらいが今流行の本社工場見学に
招待された淡くも楽しかったセピア色の記憶が今でも脳
裏に残っています。
DSCN8943.jpg
一風変わったレストランでの出来事に話を戻します。
サイン大会の後、レストランオーナーのご好意でジュー
ジューの鉄板ステーキ定食を破格の2,000円で頂いたご
一行でしたが、先ほどの鷲羽山ホテルとの格差を思い、
ああ「店は客のためにある」とはこう言うことなんやと、
変に独りよがりの納得をしたタバコ屋でした。
小林彰太郎1-1
ついでの話しとして、カテゴリーは異なるものの日本の
自動車ジャーナリストの草分けで、かつてのタバコ屋世
代のバイブルでもあったカーグラフィック初代編集長だ
った故小林彰太郎氏のいつもの口癖というかオクルマ
の評価基準は「VALUE FOR MONEY」でした。わかり
やすく言えば今をときめくニトリでもないでしょうがおネダ
ン以上、即ち価格に見合う価値があるかどうかということ
でしょうか。小林先生程の教養も見識もないタバコ屋で
もわかるような気はします。
ポールフレール1
余談ながら小林彰太郎氏の親友は故ポール・フレール
氏で日本のモータリゼーションの質的向上は彼を抜き
にしては語れないと思います。特にHONDAとMAZDAに
とっては流通業における倉本長治師の如くでした。
ポールフレール8
言葉は悪いですが当時のオクルマ世界ではカッペだった
NIPPONの2社は、かつてルマン24時間レースにおいて
フェラーリを優勝に導く等、輝かしい実績を持つポール・
フレール氏のアドバイスは神の声に等しい響きを持って
いたと思います。その神の声を素直に聞いたHONDAと
MAZDAの純真さに対し、タバコ屋は素直にエールを送り
たいと思います。
ポール・フレール氏が発した神のアドバイストとは一体
何だったのでしょうか。これはあくまでもタバコ屋の推測
に過ぎませんが、それは「人馬一体」という思想ではな
かったかと思うんです。それを世の人々はスポーツカー
と申します。
img6[2]
ちなみにHONDAの初代NSXの開発に当たってはポー
ル・フレール氏の的確なアドバイスにより、フェラーリに
匹敵する高い評価を得たことは知る人ぞ知る裏話です。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.2:発展期参照願
います)
DSCN8953.jpg
さてサイン会と腹ごしらえの終わった一行は一路倉敷市
へと向かいます。ここは土地勘のある倉敷在住の佐藤さ
んの黄色いZ432に先導して頂きます。
DSCN8956.jpg
タバコ屋もジュージューステーキ定食でお腹が一杯で、
やや眠くなるのを我慢しつつコンボイ走行です。後ろから
は気を使いつつ伴走頂いている川嶋副会長、しんがりは
観音寺の宮武さんです。

この後、ご一行は倉敷市内へ殴り込みと相成るのですが
例によってタバコ屋の寄り道が多く、紙数も尽きてしまい
ました。この続きはvol.2にてお伝えしたいと思いますので
お楽しみに。

(尚、文中の一部の写真については川嶋さんのHP及び
彼から頂いた写真より流用させて頂きました)

京都・宇治・巡礼 vol.3

平成28年6月4日
【宇治巡礼編その2】
長いプロローグとなりました。今朝はいよいよ今回の主
目的である平等院へお出かけです。平尾センセとの積年
の約束がやっと叶いました。
DSCN8385.jpg
驚いたことに本堂の拝観許可は一日限定50名だそうで、
連休明けとは言うものの平尾センセが心配し、恐縮なこ
とに奥様が早朝より並んでその拝観キップを手に入れて
頂きました。

DSCN8388.jpg
生憎の雨ではありましたが、却って雨のほうが風情があ
って良かったと思います。ご存知の如く平等院(鳳凰堂)
ははるか1,000年の昔、平安時代の天喜元年(1053年)
時のエスタブリッシュメント(支配者)であった、関白藤原
頼道によって建立された浄土宗と天台宗をミックスしたよ
うな単独寺院で、本来はこのあたり一帯は藤原家の別荘
地として各種の建物があったようです。平等院はその藤
原家の権勢の象徴のようなものですが、当時は疫病が流
行し、バタバタと人が死んでいったり大地震等の天変地異
も頻繁に起こっていて、今のような科学知識も医学知識も
なかった時代であり、陰陽師による怪しげな星占い?や
最澄、空海が中国から持ち帰った天台、真言の祈祷仏教
の類が最先端の科学、思想知識であったと言いますから
もう笑ってしまいますよね。しかし当時の支配階級は大真
面目でそれらを信じていました。
DSCN8392.jpg
安寧な死後の世界を願い、最新仏教知識による西方浄土
の世界を具体的な形にしたのが鳳凰堂だと思います。
西方浄土なるものは誰も見たこともなく、行った経験もな
い訳で、誰かが考えた想像の世界(フィクション)ではある
ものの、現世の苦しみから逃れ、そういう世界があって欲
しい、いやあるはずだと真剣に考えていたのではないかと
思います。
(関連記事:校長先生の青春 vol.2:されどもラリー参照
願います)
DSC_0028.jpg
当時の支配者階級は経済力にものを言わせ、そのような
ものを建立することで自らも死後その世界へ行けることを
願ったんだと思います。(これはタバコ屋の私見です)
尚、肝心の鳳凰堂内部は撮影禁止だったのでご本尊の
阿弥陀如来像等をご紹介することが出来ません。
DSCN8390.jpg
雨の鳳凰堂前庭にてさっそくご一行様、記念のパチリと
なりました。しかしこの鳳凰堂はもとより日本の寺社建築
はすでに平安時代にはその基本デザインや建築手法が
確立されており、ルーツは中国のケバい、グロテスクな寺
院建築ながら、匠の民日本人の感性により、シンプルで
シンメトリカルな品性ある建築美を生み出しました。
タバコ屋はアメリカンなものが大好きではありますが、この
平等院を始めとする日本の寺社建築はとてもお気に入り
です。
(関連記事:博多・熊本巡礼 vol.1:大宰府界隈参照願い
ます)
DSCN8393.jpg
実は平等院鳳凰堂は2度目の訪問で、前回はもう50年も
前の中学校修学旅行にて奈良の大仏さんなどと一緒に
見学した記憶があります。その時は長い風雪で塗装等も
剥がれてしまいくたびれた遺構といった印象でしたが、
今回はレストアによりシャキンとした往年の輝きを取り戻
しており、見ごたえがありました。
蛇足ながら、建物から中の仏像からお庭に至るまで、ほと
んどが国宝または重要文化財指定であり、その保存、維
持には大変な手間とオカネが必要なことは言うまでもあり
ません。
yjimageJS50PN5G.jpg
ところで、鳳凰堂の由来は本堂の屋根に羽ばたいている
一対の鳳凰から来ていることは小学生でも知っています
よね。この鳳凰も想像上(フィクション)の鳥でそのルーツ
はもちろんフィクション大国中国です。
DSCN8398.jpg
さて平等院を後にし、昨日夕食を頂いた料亭竹林のある
表参道経由で宇治川対岸にある次の目的地宇治上神社
へ向かいます。
DSCN8402.jpg
この宇治上神社も平等院に負けず劣らず国宝であり世界
文化遺産指定遺構群の一つで、いつ建立されたのかわか
らないほど古く歴史のある神社なのですが、場所も中心地
からやや離れたところにあり、ひなびた感じでした。
DSCN8403.jpg
タバコ屋は陰陽師とは違い占い、祈祷、ご祈念の類は全く
信じない自力本願タイプですが、悲しいことにバカを出せ
と言われればジージ、バーバと相場は決まっており、孫の
ためにお守りを衝動的に買ってしまいました。
yjimageQSKMG0YA.jpg
再び宇治川を渡って表参道側に戻り、ブラタモリ風の散策
となったのですが、途中「能登掾(のとのじょう)稲房安兼」
という変わった名前の老舗団子屋さんがあり、地元を問わ
ず超有名なお店だそうで、出来立てのお抹茶団子を頂き
ました。ただ残念なことに日持ちしないと言うことで、お土
産に持ち帰ることは断念しました。
(関連記事:校長先生の青春 vol.2:されどもラリー参照
願います)
p1[1]
全くの余談ながら表参道散策中にとある場所でタバコ屋
お気に入りの初代VWクロスポロを見かけました。実車は
白のボディでしたが、思わず平尾奥様に実はこのオクル
マ、私のお気に入りなんですよと申し上げましたが、奥様
は前日行った植物公園の写真整理のことで頭が一杯だっ
たようで、あまり関心を示さなかったようでした。
(関連記事:好みの基準 vol.6:セカンドカーのこと参照
願います)
DSCN8409.jpg
結構な距離を歩いたのでお腹もすいたところで、やや早い
ランチタイムとなりました。そこでアポなしながら老舗の元
お茶問屋「中村藤吉」さんが経営する繁盛店の純和風カフ
ェに行くことにしました。名産の宇治茶を使ったスイーツが
メインで若い男女が多数押しかけていましたが、ランチも
食べられるということで茶そばを注文しおいしく頂きました。
ふと以前伊勢神宮へ参拝した際立ち寄った赤福本店のカ
フェを思い出しました。
(関連記事:伊勢巡礼 vol.3:太陽の神参照願います)

尚、昔は平安貴族のひなびた別荘地という佇まいで静か
な街だったそうですが、近年、平等院が世界遺産に指定
されて以来、俄然騒がしくなり世界中から観光客が押し
寄せ、参道には新しいお店もボンボン建って宇治の街も
様変わりですわと平尾奥様が仰っていました。
DSCN8417.jpg
腹ごしらえも出来たところでその元お茶問屋「中村藤吉」
本店にお邪魔することにしました。賑やかな表参道より
一筋裏にある、地元宇治の方々が昔から利用している
本来の商店街の一角にありました。
DSCN8412.jpg
せっかくの宇治訪問なのでお土産に何を買って帰ろうか
と、タバコ屋の奥様が品定め中です。
DSCN8419.jpg
午後のティータイムとなり平尾センセの細やかなお心遣い
にて、降りしきる雨の中、ビックリポンなことに何と宇治市
営!のお茶席「對鳳庵(たいほうあん)」へご案内頂きまし
た。う~んさすがお茶処、宇治市です。
DSCN8423.jpg
妙齢とは言いがたい昔のお嬢さんが抹茶を立ててくれまし
た。市の職員さんなんだろうか、それとも契約職員さんな
のか、とても和やかな時間を演出して頂きました。
DSCN8424.jpg
オクルマやカメラのことは滅法お詳しい平尾センセながら
ことお茶席についてはどうなのか、かなりぎこちないお作
法で抹茶を頂いていたようです。人のことは言えませんが。
DSCN8418.jpg
楽しかった時間はあっという間に過ぎ去り、お別れの時
刻が近づいてきました。宇治散策中愛車を停めさせて
頂いた浮舟園に戻り、帰り支度となりました。
平尾センセの旗艦パジェロ君とタバコ屋の赤いZ嬢が別
れを惜しむが如く仲良く停まっています。それにしても
パジェロ君のデカイこと。踏み潰されそうです。
DSCN8430.jpg
普通なら宇治でお別れするところですが、せっかく来たん
やから京田辺の自動車部ガレージへ一緒に行かへんか
ということになり、またまたセンセにご先導頂き、ガレージ
に到着です。一時かなり荒れた状態でタバコ屋もOBの一
人として気を揉んでいましたが、平尾センセ始め、今井氏
、横井氏、安田女史、等々の涙ぐましいご尽力により随分
綺麗になっていました。ただフィギュア競技やジムカーナ
の練習に使用する手前のグラウンドにはまだ解体パーツ
の破片が散乱していたりして危険であり現役諸君も何故
それくらいの気配りが出来ないのだろうかと残念に思い
ました。一日居ても飽きない特別の場所ではありますが、
時間もあまりないので、平尾センセとはいよいよここでお
別れすることに致しました。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.3参照願います)
IMG_1454.jpg
大阪・京都間なら走り慣れた道なのでカーナビなど不要で
すし、そもそも40年以上前に製造されたZ嬢にカーナビを
装着するなど、そのような設計にはなっておらず、ヤボな
ことでしたが、今回の帰路、京田辺~大阪間は初めての
走行で、この俄か仕掛けのカーナビが役立ちました。
恥ずかしながら、出発に先立ち、机の引き出しに眠りつつ
あったアイパッドの活用を思い立ち、装着を試みました。
イエローハットで半額セールのホルダーを2,000円で購入
し、シガーライター部に差し込むUSB電源は担当のメカ君
がプレゼントしてくれ、またケーブルはパッド付属の標準
品でOKだったので、僅かな出費でカーナビ装着が出来ま
した。ソフトはヤフーカーナビを使うことにしました。

さて京田辺~大阪間ですが、どんどん山の中へ入って行
き、生駒とか四条畷とかの標識が出て心配でしたが門真
市に出ることが出来、あとはR1に合流して、無事大阪に
到着です。
DSCN8434.jpg
シャレにもなりませんが、♪雨の御堂筋を南下中です。
道頓堀付近を通過です。この黄昏の御堂筋の都会の
喧騒を奥様に見せてやりたい気持ちもありました。
DSCN8435.jpg
難波高島屋の前まで来ました。もう間もなく大阪南港に
到着です。
DSCN8436.jpg
いつもの南港脇のコンビニに到着です。帰路、下道を通
ったので京田辺から2時間以上掛かりましたが無事南港
に辿り着きホット一息です。
DSCN8444.jpg
朝の三津浜港で中島行きフェリーの乗船待機中です。
前回の上洛時はファンベルトの緩みに気付かず、殆ど
充電なしで走った結果、最後の東予港で立ち往生、SOS
で松山からバッテリーを届けてもらうという不様なことに
なったのでしたが、今回は奥様同乗ということもあり完璧
な整備をして行った結果ノントラブルでした。往復フェリー
を使用したため300km余りのツーリングでしたが、平尾
センセとのささやかな約束を果たし、奥様とも再会出来、
充実した足掛け4日間の旅でした。
(関連記事:校長先生の見果てぬ夢 vol.2:晴れ舞台
参照願います)

今回の京都・宇治・巡礼に際し、名プロデュースをして頂
いた平尾センセご夫妻に感謝を申し上げ今回のお話を終
わらせて頂きます。長時間のご精読有難うございました。

(尚、今回3回シリーズの記事中の写真の一部は、平尾
センセ及びアーモスト館OB会の吉﨑さんから頂いたもの
を掲載させて頂きました。また歴史、宗教に関する記述
はタバコ屋の私見であることをご了解願います)

京都・宇治・巡礼 vol.2

平成28年6月3日
【宇治巡礼編その1】
さて前回、京都巡礼を終え続いて現代のゼロ戦、ミツビシ
ランサーエボリューションX(10)での光栄なるご先導によ
り、タバコ屋の赤いお嬢ちゃん一行は宇治の高級住宅街
尖山(とんがりやま)にある平尾センセのご自宅に到着で
す。彼のもう一台の愛車であるミツビシパジェロ・ロング
ボディ君も出迎えてくれました。
DSCN8346.jpg
いきなりの余談ながら、この2代目のパジェロ君、今まで
の平尾センセのライフスタイルからすると、パジェロ君が
旗艦でランサーエボは下駄代わりという構成だと思うの
ですが、時代は変わり時は経ち、今後のクオリティオブ・
カーライフの構想に彼も頭を痛めていると思います。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願い
ます)
IMG_3312.jpg
老婆心ながらタバコ屋の考えを申しますと、ランサーエボ
を旗艦(ファーストカー)とし、惜別の情去りがたしながら
パジェロ君とはお別れし、新たに下駄代わりとしてパジェ
ロ・ミニなんかどうでしょうか。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照
願います)
パジェロミニ2
多分ミツビシPTA会長を自認する彼のことにて、ミツビシ
車以外にはお乗りにならないでしょうし、誇り高き彼のこ
とですから今さら軽カーなど乗りたくないかも知れません。
しかし老後に備えて今から準備が必要です。普段のゲタ
代わりと割り切ってはいかがでしょうか。特に奥様が経済
的な面から大賛成だと思うのですが、どうしても大義名分
が必要なら今世界的なトレンドであるダウンサイジングの
実践という考えもありますが・・・。タバコ屋の単なる偏見
と見込み違いであればお許し頂きたいと思います。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ参照願います)
DSCN8344.jpg
それはさておき、センセのご自宅を訪問し、私はちょくちょ
くながら、奥様同士は2年前中島に夫婦でご訪問頂いて
以来の再会となりました。
(関連記事:校長先生西瀬戸を行く vol.1:中島編参照
願います)
DSCN8347.jpg
ご自宅では奥様自ら入れて頂いた美味な宇治茶を頂き
ながら、ミニカーのコレクターとして有名な経済評論家の
森永卓郎さんにもひけを取らないくらいの膨大なミニカー
コレクションを拝見したり、また平尾センセ自作のティラノ
サウルスの動く模型を見せて頂いたりして楽しい時間を
過ごしました。頭の回転が早く、手先の器用な平尾セン
セらしい作品です。
IMG_0716.jpg
また以前と違って孫の話題が格段に増えたのは申すまで
もありません。平尾センセが目に入れても痛くないお孫さ
んの詩乃ちゃんです。今からうさぎさんの乗り物に乗った
りしていると、将来はミシェル・ムートン女史のようになら
ないかとタバコ屋は心配?です。尚ムートン女史とは女
性で初めてWRC(世界ラリー選手権)で優勝した恐ろしい
レディーのことです。蛇足ながら背後の専用キャビネット
に収まったミニカー群、凄いと思いませんか。
IMG_2929-1.jpg
手前味噌で恐縮ながら、これは前回訪問した時にセンセ
の貴重なコレクションの中から頂いたもので、言わずと知
れたNISSANフェアレディ240Zサファリラリー仕様車です。
昭和46年(1971年)当時世界で最も過酷なサファリラリー
においてE・ハーマンの果敢なドライブによりポルシェ等
世界の強豪を押さえて初出場、初優勝と言う快挙を成し
遂げたズバリそのオクルマを忠実に再現したものです。
かなり高価な品であるのは間違いなく、持って帰れと言わ
れるのを固辞しましたが、立場の異なる奥様にしてみれ
ば我が家のゴミが減りますのでどうかお持ち帰り下さいと
言われ、断り切れませんでした??。以来専用ケースを
別注し我が家の家宝として飾らせて頂いています。
尚、皆さんお気付きでしょうが、タバコ屋の赤いお嬢ちゃん
はレストアに際し、このワークス240Zのイメージをモチーフ
にしていることは言うまでもありません。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.3:予期せぬ別れ参照願い
ます)
宇治市植物公園1 宇治市植物公園2
宇治植物公園タペストリー 宇治植物公園バラ4
さて奥様連と殿方連では趣味がくっきり二分しています
ので、その後はおじいさんは山へ芝刈りに、おばあさん
は川へ洗濯にでもないでしょうが、奥様連は宇治市営の
植物公園へ、殿方連は山間部ワインディングロードへ赤
いお嬢ちゃんの試乗会のため移動することに致しました。
IMG_2321.jpg
今回はレストア成った宇治の平等院を見学するのが主な
目的ながら、かつてラリーで鍛えたスゴ腕の平尾センセに
赤いお嬢ちゃんの体力測定をして頂くという目的もありま
した。と申しますのも先般赤いお嬢ちゃんは奈良の某チュ
ーニング&レストアショップでエンジンの改良手術を受け
たばかりだったからです。
スパークレストア21
さて宇治山中ワインディングロードでの試乗会の結果は
・・・。ドクター曰く、欲言うたらキリがないけど、以前より
トルクアップして乗りやすくなってるし、レスポンスについ
てはSOLEX特有のクセッちゅうもんもあるんやから43年
前の旧車でこのレベルやったら上等やで。とSOLEX経験
者らしいマニアックなお言葉を頂きました。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願い
ます)

ドクターから合格印を押されたので内心やれやれでした
が、平尾ドクターは別のことに関心があったらしく、実は
試乗会に行く前にご自宅でいきなり型紙を取り出してき
てこれと同じもんラバーで作って差し上げるから装着した
らどうやといわれました。
フェアレディZ(ワークスラリー仕様)リアビュー
それはタバコ屋も秘かにほしいと思っていたDATSUNの
マッドフラップ(泥除け)でした。タバコ屋は単なるファッシ
ョンとして考えているのですが、平尾センセは下心があり
このオクルマでクラシックラリーに出ようや~としきりに
煽っているのです。その際マッドフラップが付いていない
と車検に通らないらしいのです。タバコ屋は耳栓をして
センセの煽り話は聞かないようにしていますが、さて・・。
DSCN8361.jpg
日も暮れて来たところで、夕食はセンセ夫妻のご好意で、
竹林という宇治の老舗料亭で一緒に頂くことになりました。
DSCN8362.jpg
表参道と言えば原宿明治神宮をイメージしてしまいますが
宇治平等院にもピッタりのネーミングではないでしょうか。
このナプキンはグッドデザインだと思いましたが、意外な
ことに女将がお持ち帰り頂いて結構ですよと言われたの
でそのように致しました。
DSCN8365.jpg
平尾センセのご好意での席なのでメニューはお任せでした
が、どうも竹林オリジナル懐石のフルコースのようです。
前菜からして凝った内容で、兜の形の器に入った竹の子
や粽(ちまき)等、O・M・O・T・E・N・A・S・Iの細やかな気配
りが感じられる一品でした。
DSCN8366.jpg DSCN8367.jpg
お吸い物、お刺身と続き、もう若くはないタバコ屋夫婦は
すでに満タンに近くなってきました。
DSCN8368.jpg
メインディッシュは色鮮やかな青竹の器に盛られた鴨肉の
焼き物とお豆腐の味噌田楽で、ふと昔ばあちゃんがよく作
ってくれたなすびの鴫(シギ)焼きを思い出しました。
尚、なすびの鴫焼きとはなすびを炒めた味噌田楽のこと
です。
(関連記事:夏の日の思い出 vol.1:プロローグ参照願い
ます)
DSCN8369.jpg
ここでも、昔話に花が咲き大いに盛り上がったのでしたが
ここだけの話、奥様にしてみればやんちゃな子供をもう一
人抱えているようなもので、マイウエイの平尾センセをよく
支えて来られたと思います。ちなみに奥様も元幼稚園の
センセです。
DSCN8372.jpg DSCN8373.jpg
DSCN8374.jpg DSCN8375.jpg
その後も、次から次へと美味なお品が出てきてもう食べ
切れないほどでした。フレンチとはまた違った日本料理の
細やかな感性を味わいつつ、4人での貴重な時間を過ご
させて頂きました。
DSCN8377.jpg
それやこれやで、楽しい時間が過ぎて行き、宿泊は平尾
センセの計らいで、花やしき浮舟園というシックな老舗旅
館で旅の宿を過ごすことになりました。
DSCN8379.jpg
箱入り娘のZ嬢もここなら安心してお休み頂けるという
平尾センセのご配慮でした。
DSCN8356.jpg
浮舟園から眺めた宇治川風景です。皆さんご存知のよう
に宇治川は西の山崎あたりで桂川と合流し淀川となって
大阪湾に注ぐのですが、山崎と言えばかつて豊臣秀吉が
本能寺の変を知り、中国大返しという奇跡的な反転をして
山崎(大山崎)あたりで明智光秀を討ち取り、その後天下
人へと上り詰めていく訳ですが、その近くの天王山に本陣
を構えたところから、歴史の転換点を天下分け目の天王
山と言ったりしますよね。
DSCN8357.jpg
それはともかく、私見ながらこの水豊かで風光明媚な宇治
は遠く平安時代からハイソサエティの別荘地?として栄え
たんではないかと思うのです。その象徴が平等院だと思い
ます。宇治川沿いの伏見、桃山も同様ながら、西の桂川
沿いには桂離宮で有名な桂があり、やや南にはかつて
奈良から京都へ遷都する前に都の造営がされ、一時期
の都であった長岡京があります。山崎の地が何故貴族の
リゾート地にならなかったのかについては、地理的な諸
条件があったのではないかと思うのですが、シロウトの
タバコ屋にはわかりません。
長岡京
長岡京といえば、タバコ屋の叔母が住んでいて大学入学
当時、2年間は叔母の家でお世話になりました。その後
先輩の誘いで自動車部御用達であった新町ガレージ横の
小森酒店に下宿したものの卒業までの2年間は仲間達に
踏み荒らされて来た苦々しくも懐かしい思い出があります。
(関連記事:今出川でのこと vol.2参照願います)

さて寄り道が多く、なかなか平等院まで辿り着けませんが
本日はこれくらいにして本番の平等院の模様は次回の記
事vol.3にてお話するlことに致します。お楽しみに。

京都・宇治・巡礼 vol.1

平成28年6月2日
【京都巡礼編】
このブログには度々ご登場頂いて、もうその業界では
知らない人はいないんじゃないかと思われる人、そうです
京都の平尾センセのことです。何の因果か知れませんが
彼とは同志社大学自動車部の同期として、数々の辛酸
を舐め、また喜びも共有して来ました。辛酸70、喜び30
と言ったところでしょうが、叫びたいくらいの蒼き青春が
ありました。当時の自動車部は想像を絶するスパルタン
な環境でしたが、今から思えばその中へ身を置いた言わ
ば戦友とも言える仲だと思います。
(関連記事:校長先生の青春 vol.1:ラリーへの熱き思い
参照願います)
学生ラリー1
皆さん奇異に思われるでしょうが、同志社大学自動車部
というのは体育会なんです。多分フィギュアという体力の
要る運転競技があるためだと思うんですがその結果、
そこいらのやわな同好会とは訳が違います。言わば筋金
入りです。オキテがある世界だったんです。
(47年前入部してわかりました)
IMG_1742.jpg
そのことは今回のテーマではありませんので歴史の闇に
葬ることにして、実はその平尾センセより昨年来、お誘い
があり、宇治の平等院がレストア(修復)されたので夫婦
で見に来~や、と再三のオファーを頂いていました。
タバコ屋は数年前より地区会総代職(地区長)を拝命して
いましたので自由に旅行などすることが出来ず延び延び
になっていましたが、今春でそのオシゴトから開放されま
したのでやっと今回実現の運びとなりました。

平尾センセの粋な計らいで、世界中から観光客が押し寄
せる5月の連休を避け、その直後のやや静かになった時
を見計らって訪問することに致しました。
DSCN8256.jpg
さていよいよ出発の朝です。想定外ながら東京町田から
お輿入れの若嫁真由子さんと初孫亮君が見送りに大浦港
まで来てくれました。我が家のアイドルともしばしのお別れ
です。
DSCN7422.jpg
大阪までの往復はいつもの慣れたオレンジフェリーを利
用することにしました。以前の記事にも書きましたが、昔
は関西汽船が走っていてよく乗っていたので、大阪まで
は海路を利用することが一番抵抗がないですし、夜寝て
いる間に移動出来るので疲れません。ただ関西汽船が
無くなった最近は、残念なことに松山港からの出港では
なく、1時間ほど東に走った東予港からなのでかなり不便
です。
DSCN7230.jpg
早朝6時に大阪南港に到着し、さっそく京都へ向かいます。
ルートは高速道路を利用すれば早いのですが愛車の赤い
お嬢ちゃんが43年も前に製造された旧車であることと、
今回夫婦揃って多分初めての関西方面オクルマ旅行です
ので、奥様に大阪界隈の街並みを見せてやりたい気持ち
もありました。途中コンビニで腹ごしらえの後、大阪難波
経由、四ツ橋筋を北上します。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.1参照願います)
DSCN8259.jpg
梅田に向かう途中ビックリポンなことにオレンジも鮮やか
マクラーレン650Sスパイダーに遭遇しました。この浮世
離れしたオクルマはMP4-12Cの後継車種で、我がNSX
のライバルです。ま私共にはご縁のないシロモノですが。
マクラーレン650Sスパイダー1
ちなみに650Sの車名の由来は3.8Lツインターボエンジン
の馬力が650馬力あるためです。かつてのマクラーレン
HONDA-F1が1,000馬力!でしたがこれは純粋なレース
のためのオクルマであり、市販車で650馬力もあるのは
もう暴力的という以外の何物でもありません。またスパ
イダーとはオープンカーのことで屋根が無いかまたは
脱着可能な屋根を装備しているオクルマのことを言い
ます。
市販型新NSX-9
ただNSXも負けてはおらず、3.5Lツインターボエンジン+
3個のモーター駆動で570馬力を発生しこれもオバケ級で
す。加速はモーター付きのNSXの方が優れていて、何と
0-100km加速タイムはわずか3秒程で、もうこうなれば走
るヒコーキです。
DSCN8260.jpg
早朝の梅田近く、信濃橋交差点付近です、間もなく梅田
から右折して梅田新道を東進、蒲生4丁目を左折してR1
を一路京都へと向かいます。
DSCN8263.jpg
このルートを走る時、いつも立ち寄る枚方郊外のコンビニ
です。連休明けなのと早朝だったので、R1は嘘のように
空いており赤いお嬢ちゃんは快音を響かせて快調に走
ってくれました。
DSCN8265.jpg
いよいよ京都到着です。京阪国道口から東寺を左に見て
堀川通りへ向かいます。
DSCN8268.jpg
タバコ屋の家の宗旨である浄土真宗西本願寺派の本山
である、西本願寺(通称お西さん)を左手に見て、いよい
よ平尾センセのお勤め先である京都府庁舎横にある
「京都まなびの街生き方探究館」という長たらしい名前の
施設へ向かいます。
DSCN8343.jpg
ここは京都市教育委員会が廃校になった中学校を再利
用して、京都の有力な製造メーカー(京セラ、オムロン、
島津製作所、堀場製作所、ワコール等々)錚々たる会社
の展示ブースを設け小中学生にモノづくりの大切さや創
意工夫の重要さを啓蒙する目的で作られました。
(関連記事:校長先生の見果てぬ夢 vol.1:プロローグ
参照願います)
DSCN8291.jpg
何でも、京都はノーベル賞受賞者を日本で一番多く輩出
しているそうで、その学術、研究レベルがいかに高いかを
物語っています。写真は平尾センセとタバコ屋の奥さんが
記念にパチリしました。
DSCN8274.jpg
日本で初めてレントゲン装置を実用化した島津製作所の
ブースです。この装置が医療の分野に与えた影響と功績
は計り知れないほどで、最近のMRIを始め、物体を破壊せ
ずに中味を調べる装置への応用等、すべてこのレントゲン
技術が生かされています。
DSCN8282.jpg
オクルマの排気ガスの成分測定装置等を作っている堀場
製作所のブースです。先般のVWの排気ガス表示不正を
発見する際に堀場製作所の機器が活躍し、一躍有名にな
りました。走行中の排気ガスを実際に測定するにはコン
パクトな堀場の測定機器がなくてはならないそうで、現在
世界中から引っ張りダコ状態です。
(関連記事:時事雑感 vol.6:VWの不正参照願います)
DSCN8290.jpg
日本電産のブースです。あまり馴染みのないメーカー名
ですが、あらゆる種類の電気モーターを作っています。
プラモデル等に使う小さなモーターはマブチが有名です
が、パソコン用からオクルマの電気モーターまで作って
おり世界一のシェアを持つトップメーカーです。
DSCN8281.jpg
元ゴフク屋のタバコ屋としてはワコールのブースも気に
なりました。女性のデリケートな部分を覆う下着の専門
メーカーとして有名ですが、例えばブラジャーの研究に
はオッパイの研究をしなくてはならず、日本女性のその
部分の形状、硬軟、時代による形状変化等膨大なデー
タの蓄積があるそうです。
DSCN8298.jpg
また別のフロアには八ツ橋や西利といった有名店舗及び
区役所、銀行、各種職業模擬店舗を作り、区役所で住民
登録をした後、模擬通貨を使用して実際の買い物等の体
験を通じて児童、学生に社会のしくみをわかりやすく理解
させる等、古い校舎からは想像も出来ない最先端の取り
組みがされています。
DSCN8301.jpg
そのため、全国の教育委員会から見学が引きもきらない
そうで、中央の文科省からも先日大臣が視察に来られた
そうです。模擬施設とはいえ、スチューデントシティ区役所
とはまた粋な名前を付けたものです。
IMG_0904.jpg
平尾センセは校長職退職後、この施設でおもにモノづくり
の面から簡単で安価な素材を使用した動くオモチャづくり
の指導を行っており、好きこそものの上手なれということ
わざ通り今ではその教育ジャンルで日本を代表する権威
になりつつあるようです。(タバコ屋の個人的推測です)
DSCN8292.jpg
写真は工作教室で見かけたかの有名なKTC(京都ツール)
の工具一式セットですが、多分何十万円もする高価な品
だと思います。実はこの施設の開設時平尾センセがKTC
に掛け合って何セットも寄贈頂いたそうです。太っ腹!。
DSCN8302.jpg
元の教室部分を改造して作られた展示ブース入口には
「京都モノづくりの殿堂」というパネルが掲げられていま
した。言い得ていると思います。丁度その日は休館日だ
ったのですが、平尾センセの特別な計らいで貸切り独占
見学をさせて頂きました。それも熱血センセの解説付き
ですからもう最高の贅沢と申せましょう。タバコ屋は2度
目の訪問でしたが、奥様は初めてであり、改めて取り組
みの真剣さやユニークさに感動したのでした。
DSCN8339.jpg
さて見学も終わり、次はお互いの母校である同志社大学
今出川キャンパスを訪問することに致しました。せっかく
の京都なので一期後輩の福ちゃんこと石川女史に会いた
くて旅の出発前に打診したところ、彼女もタバコ屋同様、
孫の機嫌取りやら何やかやで超多忙の所でしたが何とか
1時間程ご一緒して頂けることとなりました。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.1:今出川慕情参照願い
ます)
DSCN8304.jpg
福ちゃんとの待ち合わせにやや時間もあり、3人でキャン
パス内を散策することに致しました。日曜日でもあり人影
もまばらでここでも貸切り状態で、昔日を偲びながらゆっ
たりと散策出来ました。
DSCN8306.jpg
日本で最も古いプロテスタント教会であり重要文化財の
同志社礼拝堂(通称今出川チャペル)です。新島襄が存
命中の明治19年(1886年)に建設されました。平尾セン
セは中学から同志社でしたので、当時はここで定期的に
礼拝行事をされていたそうです。私の実母もプロテスタン
トクリスチャンだったので、口には出しませんでしたが息
子にはこういう環境の大学へ行って欲しかったんだと思
います。
DSCN8311.jpg
今出川キャンパスのランドマークと言いますかその象徴
がこのクラーク記念館です。開設は明治27年(1894年)!
で新島襄ゆかりのB.W.クラーク夫妻からの寄付によって
建てられ当初は神学館として使用されましたが、近年は
その役割を終え同志社のシンボル的建物となっています。
長き風雪に耐えては来たものの近年傷みがひどく数年前
から大規模な修復工事が行われ、最近完成しました。
チャペル同様国の重要文化財に指定されています。
(関連記事:八重のこと vol.1参照願います)
クラーク館
以前にもお話しましたが、47年前このあたりでクラブの入
部勧誘合戦が繰り広げられ、イケイケ詐欺同然のように
して入部してしまった島のタバコ屋でした。
余談ながら創始者の新島襄の本名は七五三太(しめた)
ですが、この場合はしまったでしょうか。
DSCN8316.jpg
烏丸通りの反対側にある校門正面には同志社大学の
創始者新島襄がその建学精神を表した「良心の碑」が
建っています。その碑には「良心ノ全身ニ充満シタル
丈夫(ますらお)ノ起リ来ラン事ヲ」と書かれています。
求道者であった新島襄の純粋な情熱、理想が読み取
れますよね。
IMG_3565.jpg
ひるがえって、タバコ屋はここで4年間を過ごしましたが
かなり野蛮なクラブ生活のせいもあり、その理念を身に
付ける事が出来たかどうか、はなはだ疑問であり、また
社会に出て今日に至るもそれを実践出来たとは思いま
せんが、タバコ屋が経営するみかん工場の一隅には
全身是良心」の額を掛けてささやかな心の支えとして
います。蛇足ながら全身是良心という言葉はタバコ屋の
造語です。
DSCN8320.jpg
やがて福ちゃんこと石川女史が颯爽と登場されました。
素敵なスカーフをお召しでしたが、新真知子巻きだった
のかどうか聞きそびれました。
DSCN8330.jpg
キャンパスに隣接し、当時毎日クラブのトレーニング場と
して通っていた懐かしい相国寺の山門、境内です。
(関連記事:異説:007私を愛したスパイ参照願います)
DSCN8332.jpg
ここを通り抜けて、当時自動車部の部長先生をして頂い
ていたオーテス・ケーリ先生のお住まい兼学生寮だった
アーモスト館へ向かうことにしました。
平尾センセのお話によると、意外でしたが背後のこじんま
りした住宅は高校当時の教師先生のお住まいで、平尾生
徒もよくお出入りしていたそうです。
DSCN8334.jpg
同志社アーモスト館に到着です。アーモスト館は昭和7年
(1932年)に竣工した歴史ある建物で有形文化財に指定
されています。アーモストの名のとおり新島襄がアメリカ
渡航時代に学んだアーモスト(アマースト)大学の父兄や
OBの寄付により、設計は著名なW.M.ヴォーリーズによっ
て実現した建物です。かつての同志社は創始者である
新島襄ゆかりのプロテスタント(新教)の会派である会衆
派のアメリカの教会や熱心な信者、及び新島襄が学んだ
アーモスト大学(アマースト大学)の父兄やOBからの寄付
によって随分助けられて来た訳で、その代表的な建物の
一つがアーモスト館なんです。
20160508-022-2.jpg
さっそく4人で記念撮影と相成りました。平尾氏は写すほう
が忙しいです。ここだけの話しながらこのアーモスト館の
アーリーアメリカンなエクステリアデザイン、正直タバコ屋
はかなりお気に入りです。推測ながら竣工当時は京都の
人たちも腰を抜かすくらいシックでモダンな建物だったと
思います。
オーティスケリー先生3
館長を長くお勤めされたオーテス・ケーリ先生は、我々
学生にとっては坂の上の雲のその上の天上人であり
クラブの幹部時代、年に1~2度試合結果報告に行った
り、部誌の巻頭言の原稿を頂きに行く程度でした。
ケイトねえちゃん
偶然ながら、数年前アーモスト館の80周年と自動車部
の80周年が前後して重なり、その時期にひょんなご縁で
アーモスト館OB会(DAC)のお世話をしている吉﨑さんと
知り合いになりました。共通の師と思い出を共有してい
たため急速に親しくさせて頂くことになり、今日に至って
います。
(関連記事:今出川でのこと vol.1及び
大阪・京都・奈良・巡礼 vol.2参照願います)
IMG_2229.jpg
今出川キャンパスをぐるりと一周した後、ランチタイムと
いきたかったのですが、福ちゃんが連休最後の日曜日
にてお孫さん達とお食事会を予定しているらしく、せめて
お茶でもと思い、今度新築された良心館のカフェに向か
いましたが日曜日にて閉館しており、中に入ることさえ
出来ませんでした。
IMG_2256.jpg
仕方なく烏丸通り向かい側の元学生会館改め寒梅館の
カフェで積もる話に花が咲きました。
ティファニーで朝食を12
かつてはここでタバコ屋も素うどんもしくはきつねうどんを
すすった時期がありました。まるでティファニーで朝食を
世界ですよね。「今出川で素うどんを」あまり絵にならない
風景だとは思います。
20160508-021-1.jpg
短時間の再訪でしたが、キャンパス内は重要文化財級
の歴史的建物だらけで、そのレストア(修復)費用だけで
も莫大なものでしょうが、それに加え良心館やら志高館
やら新しい建物がボンボン出来たので、投資額はハンパ
ではないと思うんです。国の助成金がかなり出るのでしょ
うが、数万人の学生諸君の授業料や父兄、OBからの寄
付金、また有力OB企業からの寄付等によって賄われて
いるんだと思います。しかしまあ凄いスケールです。
これで医学部でも出来た暁には新島襄、八重夫妻もビッ
クリポンのメガプレステージユニバーシティが誕生するこ
とになります。つまり西のKEIO~大学ということです。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.3参照願います)
DSCN8325.jpg
感心したのはほとんどの建物が、建てられた時代はそれ
ぞれ異なるもののデザイン、カラー、素材ともよく吟味され
統一感があって、明確な同志社アイデンティティーとして
表現されていることです。それは一種のブランドと言える
かも知れません。でも大切なのは中身ですよね。

さて歴史は一瞬にして45年前にタイムスリップしてしまっ
たのでしたが、当時の辛い思い出、少しの楽しい思い出
がこのひと時で走馬灯の如く駆け巡った不思議な時間で
はありました。
DSCN8327.jpg
福ちゃんとお別れした後、ランチをということでかつての
自動車部御用達だった京楽食堂の前まで行きましたが
やはりここもお休みでした。残念。それにしても45年前と
同じ場所で同じメニューで今日まで食堂を続けているの
ですから京楽のおっちゃんも大したもんです。
DSCN8342.jpg
後ろ髪を引かれる思いではありましたが、懐かしい我が
同志社大学を後にして、その後平尾センセの職場の近く
京都府庁前のそば屋へ行き、お昼ごはんとなりました。
メニューは京楽風?玉子丼+そば定食を頂きました。
IMG_3715.jpg
腹ごしらえも出来たところで今回の主目的地である宇治
へと移動です。当然のことながら、先導車は平尾センセ
ご自慢のミツビシランサーエボリューションX(10)で、残
念なことに生産終了となった今、日本の名車の一つに
加えられるべきオクルマだと思います。
IMG_3740.jpg
余談ながら写真は3年前自動車部創部80周年大会の翌
日比叡山へ行った時のもので、自動車部OB会九州支部
長の末永氏及びその愛車ポルシェ997(911)カレラ4Sと
一緒に仲良く写っています。両車ともカテゴリーは異なる
ものの現代の自動車技術の粋を結集したオクルマで、
数々の栄光の物語を保有している点でも共通しており、
NIPPONとドイツを代表する傑作車と申せましょう。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング及び
終わりなき旅 vol.3:宴のあとさき参照願います)

続いて宇治でのことをお話したいところですが、紙数も尽
きたようですので、本日はこれまでと致します。
楽しい夕食ディナーと翌日の平等院界隈の模様は次回
の記事vol.2にてお話したいと思います。お楽しみに。

★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
メニューの見方について
各カテゴリー別に最新記事10件が表示されます。10件以上の場合は最下行のホーム右の矢印で次のページをご覧頂けます。
記事の見方について
島のタバコ屋手帳のタイトルをクリックすると最新記事10件が表示されます。また個々の記事のタイトルをクリックするとその記事と投稿コメントが表示されます。
最新記事(30件)
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる