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赤いお嬢ちゃんの西日本大紀行:vol.7

平成30年12月5日
さて楽しくも濃密な九州、博多・羽犬塚訪問の旅も
終わりに近づきつつあります。早朝の末永邸にて
出発までのひと時、時間を惜しみつつ、なおも今後
の人生のことやら、思いの丈を話し合いました。
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恐縮ながら末永ご夫妻がタバコ屋の帰路、途中の
大分自動車道、山田S・Aまでお見送り頂けるそう
でモーニングコーヒーを頂いた後、さっそくお出か
け準備です。
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一期一会のこの旅で、大学時代からのクラブを通じ
ての交流とは言え、青春時代をともに過ごした同釜
の4年間は数十年にも匹敵する濃密な時間であった
訳で、改めてご縁の不思議とその結果、タバコ屋に
とって何ものにも替え難い価値(財産)となってい
ることを再認識致しました。
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思えば「ひと口、食べさしてみんね」から始まった
ご縁が、後日ご夫妻で遠き中島までご来島頂くまで
に至り、今回またタバコ屋は羽犬塚を再訪すること
になった訳です。楽しくもかけがえのない出会いで
した。末永ご夫妻に感謝!。
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さて、早朝の大分自動車道を山田S・Aへと向かい
ます。道路はガラガラではるか前方を行く末永氏の
PORSCHE911-カレラ4Sは快調にクルージング中
です。
恐れ多くもかしこくも、彼は先導車なので間違って
も近づいたり併走したりするようなハシタナイ真似
はすべきではありません。
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これは逆に彼のオクルマから写した赤いお嬢ちゃん
ですが、彼はマラソン大会の白バイの先導よろしく
余裕で走行しているのものの、当の赤いお嬢ちゃん
はかなり真剣にくっついていっているつもりです。
スピードは正直、申し上げられませんが、4速3,000
回転程度と言っておきましょうか。

余計なことながら、彼の大好きなヒコーキ離陸走行
(フル加速)時は、一気に間隔が広がり、最新鋭の
戦闘機といくらフルチューンしたとは言え、年老い
たヒストリックカーとのパワー&レスポンスの差を
つくづく感じたタバコ屋でした。
240Zサファリ1-2
思えばかつて昭和46年(タバコ屋が大学3年の時)
NISSANは世界で最も過酷なサファリラリーにこの
初代フェアレディZを投入し、E・ヘルマンの果敢な
ドライビングに加え、NISSANワークスの迅速な
サポートにより、初出場ながらナロー・ポルシェ等
並居る強豪を蹴散らして見事総合優勝を勝ち取り、
世界をアッと言わせたのでした。
240Zモンテ1
またその余力を駆って翌昭和47年には、雪と厳寒の
モンテカルロラリーに於いても名手アールトーネン
を擁し、フロントドライブ車では到底不可能と言わ
れた総合3位入賞を果たし、再び世界を驚かせま
した。

そのようなことをつらつら思い浮かべつつ、「皇女
和宮」
改め赤いお嬢ちゃまは、大分自動車道を
ひた走りつつあります。
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やがて、山田S・Aに到着しました。お別れまでの間
しばしの休憩です。ここだけの話しながら、実は
この二人、オクルマは異なりますがそれぞれ別の
特殊なクラブに所属しているんです。
末永君は「ポルシェクラブ・ジャパン」に所属して
いて、当然ながらメンバーはドクター、弁護士、
会計士等富裕層のお方が中心です。ツーリングは
もとより、時には鈴鹿サーキットで走行会があった
り、ポルシェのご親族の方を交えたパーティがあっ
たりして、正統なクラブならではの秘かな特典を味
わっているようです。

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方やタバコ屋は「クラブS30」に所属しています。
尚、S30とは初代フェアレディZの型式名称にて、
つまり初代Zだけに限定したオーナーズクラブと
いうことです。入会するキッカケとなったのは赤い
お嬢ちゃんのレストアでお世話になっている静岡
の川嶋さんがクラブの副会長をされていたご縁に
よるものです。ちなみに名誉会長は元NISSANの
ワークスドライバーで一世を風靡した北野元氏
です。

clubs30.gif

昔ヤクザ映画によく出演されていた某有名俳優が
言ったセリフに「古い奴ほど新しいものを欲しがる
ものでございます」というのがありましたが、二人
はさしづめ「古い奴ほど権威のあるクラブに入り
たがるものでございます」というセリフが当てはま
りそうな行動パターンですよね。
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二台のやや異彩を放つオクルマは、周囲の好奇な
視線を感じつつ仲良くご休憩後、いよいよお別れの
時間がやって来ました。会う時は嬉しい気持ちで一
杯でしたが別れとなるとつらいものがあり、タバコ
屋はウルッときたのでしたが最後は再会を約束しつ
つ笑顔でお別れすることにしました。
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雄大かつ異様な?阿蘇の山並みを右手に見ながら、
一路佐賀関を目指します。末永君のアドバイスで途
中、別府湾S・Aへ立ち寄ることにします。
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お隣に停まっているのは恐らくシボレーカマロで、
いわゆるスペシャリティカーもしくはGTカーと呼
ばれるカテゴリーに属するオクルマです。
スカイライン2000GTR-1
セダンから派生したスポーティなGTカーはかつて
箱スカハードトップ等も同じコンセプトで開発され
たオクルマだったと思います。
北海道遠征6-1
タバコ屋がかつて青春時代を過ごしたクラブでも
部員がバイトで貯めた貴重なオカネで、NISSAN
スカイライン2000GTを購入し、フラッグシップと
して大活躍しました。しかしながらこのアメリカン
マッチョなカマロはタバコ屋の趣味とはかなり異な
るので見てるだけ~に留めました。
初めての大分道でしたが、別府、大分を過ぎ、大分
宮河内インターを降りてからも一般道を走らねばな
らず、結構遠いです。

ところで皆さん、高度成長期時代の三種の神器と
言えば3C即ちクーラー、カラーテレビ、オクルマ
(カー)でしたが、現代のオクルマの3種の神器と
言えば何でしょうかね。
タバコ屋流の定義では、カーナビ、ETC、ドライブ
レコーダー(ドラレコ)かなと思うのですが如何で
しょうか。
コクピット1
恥ずかしながら、タバコ屋のヒストリックカーには
昨年までそのどれもが付いていませんでした。
だって製造された昭和48年当時、それらの不思議
なキカイなど実用化されるとは夢にも思わず、辛う
じてクーラーと称する快適装置がオプションで買え
た程度でした。極力オリジナルな状態にレストア
したかったタバコ屋はそれらの装置はあまり眼中
になかったのも事実です。
まあ、その気になれば付けられたのですが、滅多に
外出しないし、知らない道はなるべく走らないよう
にし、京都への往復等も極力一般道を走るように
心掛けていました。
Zレストア(川嶋さん)164
しかしその痩せ我慢も限界に達し、ついに昨年
静岡の川嶋さんちでエンジンのフルチューンをして
もらった時、ついでにカーナビとETCを装着して貰
いました。川嶋さんの配慮でカーナビはセンター
パネルの他の操作機器の邪魔にならないよう一番
小型のパナソニック(三洋)ゴリラを選定して頂き
ました。
おかげで今回、この二つの神器が大活躍し、初めて
の道や高速道路の快適走行が実現しました。
尚、流行のドラレコはあまり必要性を感じないので
装着していません。
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それやこれやで、やっと佐賀関に到着しました。
出港5分前でしたので慌しく乗船し四国側の三崎港
を目指します。
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出港間もなく見えるのが銅を精錬する佐賀関精錬所
の200mもある巨大な煙突です。再び元気でこの
煙突を見る機会が訪れるかどうか、あるいは今回
がタバコ屋の死に土産となるのか、感慨深いもの
がありました。

あとはもう松山道経由でひたすら中島を目指すのみ
だったのですが途中携帯に電話がかかり、ご葬儀が
発生し引き受けることになったので、感傷に浸る間
もなく急いで中島に帰る事になってしまいました。
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今回の九州大紀行は赤いお嬢ちゃんにとっても久し
ぶりの遠征で500km以上を高速走破し、途中羽犬
塚では末永君の激走試乗会でポルシェ流のかなり
ど派手な加速テストの洗礼を受けたりしたので、
カブリ気味だったSOLEXの体調もかえって良く
なり無事中島に帰還することが出来ました。
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最後になりましたが、このDATSUNマッドフラップ
は京都の「元祖アオリイカ大魔王」こと同期の
平尾センセに手作りで特製してもらい、さらにそれ
を静岡の川嶋さんに特注のフレームで装着して頂
いたものです。Zとサファリに精通したお二人の
匠の技と申せましょう。
裕次郎記念館P510-2
実はこのマッドフラップ装着については裏話があり
タバコ屋が小樽の裕ちゃん記念館で見た栄光への
5000キロ撮影時に使用したブルP510のマッドフラ
ップのお話を平尾センセにしたところ、彼は後日
裕ちゃん記念館へ行く機会があり同様に見学した
そうです。ただし彼の場合は立入り禁止の表示を
無視して?中に入り、フラップの形状や取付け方法
をつぶさに調査したそうで、おかげでかなりダサイ
とタバコ屋が思う純正の240Z用ではなくブルP510
用のフラップのスマートなイメージを再現すること
が出来た訳です。平尾センセもワルよの~。
ついでながら、大学現役当時このブルP510は我々
若者には憧れのオクルマだったのですが幸運にも
末永氏と福ちゃんのお二人はそのオクルマを所有
していたシアワセな時期がございました。

今回このマッドフラップが必要になるような悪路は
走行しませんでしたが、再び九州を訪問することが
出来ることを念じてこの稿を置く事に致します。
長文にわたるつたない記事をご精読頂き有難う
ございました。

余談ながら、次回からは只今進行中のタバコ屋の
お店(スーパーとホームセンター)の手製レストア
作業(環境整備)の模様をシリーズでお伝えしたい
と思います。お楽しみに。

赤いお嬢ちゃんの西日本大紀行:vol.6

平成30年12月2日
「みづま」の原口君と別れた後、大宰府インターか
ら九州自動車道に乗り一路八女インターを目指し
ます。
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いよいよ八女インターに到着です。赤いお嬢ちゃん
の向こうには「ようこそ八女へ 伝統工芸の里」と
書かれたプレートが目に留まりました。
末永君は親切にも八女インターまで迎えに来てくれ
ました。
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タバコ屋は八女と言えばお茶の一大産地のイメージ
が強かったのですが、伝統工芸の里とはこれ如何に
で後から調べてみると、お盆の迎われ行事等に使う
盆提灯や各種灯篭の大産地でした。そういえばたん
ぽぽ葬儀社で扱っている提灯は確か柳川にある
「ふじき工芸」というメーカーの品だったことを思
い出しました。
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余談になりますが、タバコ屋の先代は子供の頃、
実家(先代も本家の農家から養子に来ました)で
飼っていた牛に餌をやるためお兄さんと作業をして
いたところ、押切り(草のカッター)で誤って右の
人差し指を切断してしまい、その後の徴兵検査では
肝心の銃の引き金を引けないため不合格となりま
した。
それで徴兵の代わりとして九州の三池炭鉱だったの
かその近くだったのかへ作業員として徴用されたの
でした。実際はどうも石炭ではなく航空燃料等に使
う松根油(しょうこんゆ)を作るため、松の根を
掘らされていたらしく、その滞在先が末永君の在所
である羽犬塚だったのです。
羽犬塚駅
羽犬塚とは皆さん聞きなれない地名でしょうが、遥
か秀吉の時代より交通の要衝として栄えた町なん
です。
ちなみに羽犬塚の地名の由来は秀吉が天下統一の
ため九州遠征を行った時、この地で羽の生えた犬の
ごとく強い勢力の抵抗に会いやっとの思いで征伐し
たもののその勇猛さを称えて塚を作ったと言う説と
秀吉が可愛がっていた愛犬がこの地で死んだので
それを悼んで塚を作ったという二つの説があるよう
ですが、前説のほうが説得力があるような気がしま
せんか。

結局タバコ屋にとっては八女、羽犬塚は先代とのご
縁、同志社同期生としてのご縁、提灯の仕入先とし
てのご縁が二重三重にある訳で、感慨深いものが
あります。
蛇足ながら、タバコ屋の別事業である島のスーパー
でも八女茶が販売されています・・よ。
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さて、タバコ屋が走るヒコーキと命名した彼の愛車
PORSCHE911-カレラ4Sのご先導にて皇女和宮
ならぬ赤いお嬢ちゃまは羽犬塚の街中を練り歩き
(走り)、目指すは末永製麺本社です。
それにしても彼の愛車のグラマラス&セクシーな
リアフェンダー部はどうであろう。よわい60有余年
を生きさらばえたタバコ屋とて思わずムラムラが
起きそうな迫力です。ただPORSCHEが他メーカー
と違う点はそのデザインが極めて滑らかで破綻が
なく、オクルマ全体と一体化された一つの塊感とし
て表現されていることなんです。ヒコーキ並み!の
性能はもとより、この流麗なデザイン一つを取って
みてもPORSCHEが世界最高峰のオクルマである
ことがうかがい知れます。
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そのグラマラスなリアフェンダーが余計に強調され
るアングルですが、タバコ屋がこのPORSCHEを気
に入っているもう一つの理由はおどろおどろしい程
のリアウイングが生えていないことです。他のモデ
ルには一部あるようですが著しく品性に欠けます。
このモデルも恐らく高速時にはリアの一部がポップ
アップし、リアウイングの役割を果たすはずで大変
奥ゆかしくプレステージカーとして正しいやり方
です。だって必要な時だけ羽が生えるというのは
走るヒコーキとして当然だと思いますし、第一彼の
お住まいは羽根の生えた犬である羽犬塚ですから。

ちなみにサイドウインドーにはさり気なく同志社大
学自動車部80周年大会の記念ステッカーが貼られ
ているのに皆さんお気付きでしょうか。
蛇足ながら、写真ではよく見えませんが、ブレーキ
には高性能車の定番であるブレンボが装着されて
いるのは言うまでもありません。
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この場所は末永君のご自宅のすぐ近くの喫茶店なん
ですが、彼の親友で品の良いマスターが出てきて、
はあ~初代Zですか~。私の弟も若い頃乗ってまし
たよ~懐かしいな~と仰っていました。
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そのうちこれまた末永君のお友達でVWゴルフGTIと
おぼしき凄みのあるオクルマのオーナー氏もやって
来て、Zの写真ば、撮らしてもらってよかですか?
と仰るのでひと時オクルマばなしがはずみました。
それにしても4気筒のエンジンにエキゾーストパイ
プエンドが4本も出ているなんて凄くないですか?
(多分改造版でしょうけど)
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やがて末永製麺本社に到着しました。忘れもしませ
ん、タバコ屋は大学時代を皮切りにもう何度も訪問
させて頂いていますが、レンガ造りの塀のある八女
工業高校の南隣で、九州のラーメン王として営々と
製麺業に励んで来られた訳ですが、時代とともに
少しづつ周りの景観が変わってきているようです。

もう50年近くも前、亡くなられた先代ご夫婦がまだ
元気で現役だった頃、お邪魔した時はわざわざトン
コツラーメンを食べに柳川かどこか(確か川沿い
だったような)のラーメン店(屋台?)に連れて
行って頂いたのをボンヤリと覚えています。
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恥ずかしながら、タバコ屋はその時初めて世の中
に白濁したやたらコクのあるスープを使用し、しか
も麺がそうめんのように細いラーメンが存在するこ
とを知りました。それが世に言う「博多ラーメン」
だった訳です。いわゆるラーメンと言えば中華ソバ
程度の知識しかなかったタバコ屋にとっては、一種
のカルチャーショックだったと申せましょう。
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余談ながら、彼の同志社時代、家業が製麺業で
あったため、麺に対する味の探究心は留まる所を
知らず、当時自動車部御用達であった京楽食堂や
安さで大学生に人気のあった王将等々でタバコ屋
がラーメンを注文すると必ず「ひと口、食べさして
みんね」と言うのが、彼の定番セリフでした。
さてそれで彼の味覚センスは格段に磨かれたのか
どうか、それは今となっては多くを語りますまい。
北海道遠征25
当時の彼はと言いますと、写真の如く日活の二枚目
スターかと思わせるようなヨカ男で泣かせたオンナ
の子も何人かいたようです。例によって、同志社の
太宰治こと森本君が今にも自殺しそうな哀愁を帯び
たまなざしで写っており、今では一期後輩の奥村氏
のご正妻となられたクミちゃん、またプリプリボイ
ンの福ちゃんが写っています。ちなみに福ちゃんは
この北海道遠征の感動が忘れられず、思い高じて
洞爺湖のある伊達市へお輿入れしたというファミリ
ーヒストリーがございます。
どうでもよいことながら、洞爺湖の真中には中島と
いう島がありますがタバコ屋の中島とは関係がなさ
そうです。
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本題に戻ります。さっそくプール付きの豪邸である
末永邸のガレージに駐車させて頂きましたが、お隣
は奥様専用と思しきVWゴルフ・ヴァリアント
(英語ではステーションワゴンと言います)が停ま
っています。どうも末永家はご夫婦揃ってドイツ車
がお気に入りのようです。
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こうして並んでみますと赤いお嬢ちゃんがいかに
コンパクトかよくわかって頂けると思います。この
後さっそく奥様の典子妃と久しぶりの対面を果たし
ました。
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今からもう6年前の写真になりますがご夫妻で中島
にお越し頂いた時のものです。
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その翌年には再び同志社大学自動車部80周年大会
で再会し大会後、平尾センセ、福ちゃんとご一緒に
比叡山ドライブウェイで一期一会の楽しいひと時を
過ごしました。
僭越ながら、福ちゃんは現役当時アメリカンフット
ボール部を悩ませた、オカラダのある部分のふくよ
かさは健在です。それ以上はセクハラにて。

ここだけの話しですが典子妃は才色兼備のベッピン
さんで、今回お会いしても5年前と少しも変わって
いないように思われましたが、商家の女将として
今まで末永君を支え、頑張って来られた訳で、それ
なりのご苦労はお顔に表れていました。(末永家の
長男の宿命にて、先代ご両親が亡くなった後の
遺産整理の過程において他のご兄弟との確執等々
多々あり、随分つらい思いをされて来た事は風の
便りでお聞きしています)。
タバコ屋なら典子妃を床の間にお飾りし、箸より重
いものは一切持たさないようにしたのにと思うので
すが余計なお節介と言うものでしょう。

老婆心ながら、今から思えば45年前、京都から特定
の女性を羽犬塚へ連れて帰らなかったのは末永氏
の英断だったと申せましょう。だって三国一の花嫁
たる典子妃を貰われたのですから。
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おいしいコーヒーを頂いたあと、末永君のオススメ
で地元のスパ温泉に行くことになりました。その足
は奥様用のゴルフ・ヴァリアントにて、さっそく
ロードインプレッションと相成ったのですが、VW
を始めヨーロッパ車はウインカーの位置が日本車
とは左右逆で左に付いており、恥ずかしながら
慣れるまでの数回はウインカーの代わりにワイパ
ーを動かしてしまったことを白状致します。
それにしても、ドイツ車の内装というのはどのメー
カーも品性と清潔感に溢れていますよね。これは
民族性なのかどうか、メーター類にしてもこの
シンメトリカルなレイアウトはタバコ屋の大のお気
に入りで今時の国産車のチンケなレイアウトデザ
インを見るに付けいつも幻滅の悲哀を感じます。
(特にTOYOTAとHONDAは大反省をすべきでしょ
う。例外はMAZDA)
クロスポロ5
余談ながら、タバコ屋は普段のゲタ代わりとして
VWの旧型クロス・ポロを購入しようと試みたので
すが、松山の行きつけの整備工場のメカからポロ
はすぐ壊れるし、パーツ代も割高なのでおやめな
さいと言われ、やむなくMAZDAヴェリーサにした
という経緯があります。
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手前味噌になりますが、MAZDAヴェリーサは大衆
車ながら国産車では唯一ヨーロピアン・テイストを
持ったオクルマです。
ヴェリーサコクピット
外観同様、内装もシンプルかつシンメトリカルな
レイアウトデザインで、タバコ屋のお気に入りです
が、悲しいかな大衆車の宿命で、センターパネル
やシフトレバーはしょぼいです。(尚、写真はイメー
ジでタバコ屋の内装色とは異なります)
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さて、一風呂浴びた2人は引き返し、典子妃と3人
で以前にも一緒に食事をしたことのある地元の焼
肉有名店「大昌園」へと向かいました。
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典子妃は女性らしく、焼肉奉行を勤めて頂きながら
も、孫の楽しい話題や、つらかった思い出話、ご子
息夫婦のこと、今後のお店のことなど、3人で思い
の丈をお話ししました。
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意外だったのが、典子妃はスリムなので小食かと
思いきや、結構健啖家にてタバコ屋よりも食べっ
ぷりが良かったことです。聞くところによれば、
お肉が大好きで別腹だそうで、反面、普段の食事
はあまり召し上がらないとのことでした。
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やがてお時間となり、十分すぎる腹ごしらえと、
濃密な会話のひと時となりました。
(ご馳走様でした)
当初はご迷惑だと思い、宿泊はどこか近所のホテ
ルにでもと思ったのですが、ご夫妻よりのたっての
お誘いでご好意に甘えることにし、今宵は末永邸で
一夜のお世話になることに致しました。
自宅に帰ってからも、尽きることのないお話で夜が
更けましたが、タバコ屋も明日は早めに四国へ渡ら
ないと中島行きの最終フェリーに間に合わなくなる
ので自宅での二次会はお開きと致しました。

どうやら紙数も尽きたようですので、今回はこれく
らいにし、次回は帰路の模様をお伝えすることに致
します。お楽しみに。



赤いお嬢ちゃんの西日本大紀行:vol.5

平成30年11月30日
さて、同志社大学自動車部OB会九州支部定例会合
に出席させて頂いたタバコ屋は、前夜の余韻もさめ
やらぬまま翌日を迎え、いざ末永氏の待つ筑後市
羽犬塚へ表敬訪問を敢行しようとしています。
ただ、九州のラーメン王たる末永氏は製造にもタッ
チしているため午前中の訪問はご迷惑にて、午後
ゆっくりめに訪問ということになりました。すると
タバコ屋にしてみれば午前中の予定が空白となっ
てしまいます。
たんぽぽロゴ1
そこで一計を案じ、タバコ屋の別事業である島の葬
儀屋!「たんぽぽ葬祭サービス」で創業以来のお取
引先であり遺影写真の加工や写真額の仕入れ等で
お世話になっていて、福岡に本社のある「みづま」
という会社へ表敬訪問することに致しました。丁度
そこの営業担当、原口君がたまたま福岡にいたの
で宿泊ホテルに来てもらい、ひと時を過ごすことに
なりました。
タンポポ3
余談ながら「たんぽぽ」の社名の由来は、タバコ屋
の高校時代(県立松山東高校:旧制松山中学校:
漱石の坊ちゃんの舞台)の先輩で俳優兼映画監督
だった故伊丹十三氏がデビュー初期に制作した映
画で、宮本信子さん演じる潰れかかったラーメン店
を山崎努さん演じる店の常連のトラック運転手が窮
地を救い見事繁盛店に仕上げるという涙と笑いの
物語なんですがその映画のタイトルが「タンポポ」
でした。
タンポポ1
タバコ屋は創業にあたり、直感的に伊丹氏は大先輩
でもあり、その映画に感動した経緯から社名は
「たんぽぽ」にしようと決めました。以来20年余り
が経過しようとしています。
どうでもよいことながら、たんぽぽの社名ロゴは
タバコ屋の直筆によるものです。(コホン)
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いきなりの写真で恐縮ながら、その「みづま」の
原口君です。タバコ屋の倅とどっこいそっこいのお
年ながら好青年で、ポジティブかつ謙虚なお取引
姿勢には感心させられました。彼の会社の近くに
ある「星乃珈琲店」であれこれ雑談を兼ねた商談
を致しました。
聞く所によると彼の愛車はDAIHATSUコペンの
フルチューン車で以前はAUDIにお勤めのところを
その顧客であった「みづま」の社長にスカウトされ
て今日に至っているとか。どうりでオクルマのこと
やたら詳しいです。
ちなみにその「みづま」の社長というのは面識が
ありませんがタバコ屋と同級生のオッサン(失礼)
です。
スカイライン2000GTR-10-1
それにも増してビックリポンだったのが、彼のお父
さんがハコスカGTRのオーナーだそうなんです。
それもフルチューンしてあるらしく、彼の目論見に
よるといずれは形見として彼の所有物になる予定
だとか。
だとすると、彼には将来、時価2,000万近くの遺産
が労せずして転がり込むことになりますよね。
(写真はイメージです)
DSCN7025.jpg
それやこれやで思いもかけず楽しい時間を過ごす
ことになりました。タバコ屋はコンピューター関連
機器のプロでもある彼を気に入ってしまい、遺影
写真の打ち出し用の高価なEPSONプリンターを皮
切りに2機目のゲタ代わりのプリンターも発注し、
おまけにコンピューター関連のメンテナンスはすべ
て彼に任せることにしたのです。そのご縁で、すで
に2度も福岡くんだりから、エーゲ海のナカジマに
ご来島頂いています。
F1D中島悟3
余談ながら原口君オススメのEPSONと言えば、
かつて中嶋悟がF1で活躍した最後の年である平成
3年には我がHONDA-V10エンジンを搭載した
ティレル020を駆って渾身の活躍したのを思い出し
ますが、その時のスポンサーにEPOSONが名を連
ねていました。
HONDARA109(V10)-14D.jpg
比較にはならないものの、世界最高峰のF1を制し
たHONDA-V10とは異なり、タバコ屋が購入してい
た以前のEPSONプリンターは噛み込みが不調で
あまり良いイメージを持っていませんでしたが、
今回の2台はとてもスムーズで使いやすく、色調も
良く、まさしく絶好調にて、偶然にも原口君のお陰
でEPSONを見直すことになりました。
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奇しくも、当時ウイリアムズのスポンサーだった
ライバルのCANONのロゴも後方に見えますよね。
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話しが前後しますが、ホテルで原口君とお会いし、
彼の会社を訪問した後、羽犬塚の末永氏のところへ
は午後のお約束なので早すぎるため、昼にはちょっ
と早かったものの原口君のお誘いで福岡空港近くの
「平尾」という天ぷら専門店へ行くことになりまし
た。(同志社大学自動車部OB会にも同姓のセンセ
がいらっしゃいますが)
しかしまあ物凄い混み様で、ずらりと順番待ちの客
が並んでおり、とにかく揚げたての天ぷらにひと口
ありつきたいという善良な博多市民で溢れ返ってい
ました。
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メニューは極めてシンプルで、ご飯と味噌汁お漬物
が用意され、揚げたての天ぷらが次々5品ほど出て
くるといった趣向なのですが1,000円程度のお値段
の安さもあり、後から次々とお客が待っているので
早く食べないと申し訳ないような慌しさでした。
そらもうウマかバッテン、せからしか~。

話しの順序としましては、その後、食後のコーヒー
を兼ねて「星乃珈琲店」に行った次第です。

その後、彼と別れて一路八女の羽犬塚を目指すの
ですが紙数が尽きたようですので、今回はこれにて
一旦終了します。次回をお楽しみに。

赤いお嬢ちゃんの西日本大紀行:vol.4(番外編)

平成30年11月28日
本日、越前のアオリイカ、又の名を越前の秋山庄太郎
こと「激写の帝王」と言われているS52卒、野尻君より
貴重な画像を拝受しました。
今回、同志社大学自動車部OB会九州支部の会合を
ブログでご報告したところ、何を思ったか同期の二村君
の若かりし頃の写真を送ってきて頂きました。

奇しくも会合での彼の被写アングルと今回送られて来た
ものがよく似ているので、野尻君としても懐かしい思いが
高じて、我が意を得たりの心境で送って来られたものと
推察致します。

折角ですので、やや暴露めいたものになるのを覚悟で
二村(ふたむら)君の若かりし頃のお写真と先日のお写真
を比較掲載させて頂くことに致しましょう。
IMG_0226.jpg
当時の野尻君の京都下宿先での一コマらしいのですが、
髪黒々とツヤ光りしており、白髪の1本もない正真正銘の
青年です。壽屋のダルマの水割り片手にイカの燻製を
つまみながらなにやら書類に目を通している風情です。
推察ながら「野尻よ、今度の全関西フィギュア大会の合宿
なんやが、どうでも優勝せんといかんバッテン、おまんが
合宿でもっとキツカ言葉で部員に周知をせんといかんばい」
とか何とか言っているようにも感じられました。
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方や今回のお写真です。聞くところによると彼もご卒業後、
システムキッチン大手のタカラに入社され、数々の試練を
乗り越えて今日に至っている由、タバコ屋には味のある
オトナの風格が感じられました。
しかしまあ、オカラダのある部分は見事に減少(消失)して
しまいまたある部分は不必要に増加してしまっています
よね。それはタバコ屋にとっても似たり寄ったり(あるいは
もっと劣悪な)現象ではあるのですが・・・。

今回の番外編にあたり、二村君とそのお写真を提供して
頂いた野尻君には、長崎出身の叙情歌手さだまさしさん
の「防人の詩」をささげることに致しましょう。

おしえてください。
この世に生きとし生けるものの
すべての生命(いのち)に 限りがあるのならば
海は死にますか 山は死にますか
アタマはどうですか オナカもそうですか
おしえて・・・・・・ください。

赤いお嬢ちゃんの西日本大紀行:vol.3

平成30年11月24日
さて、前回より話しが前後しましたが、待望のお写真が
末永氏より届きましたので、その夜の模様をさっそくご
報告することに致しましょう。
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関門橋から一気に博多市内へと突入し、末永氏とお約束
の時間にホテルオークラ博多の正面玄関に到着です。
末永氏は、その模様をアイパッドで撮影してくれました。
タバコ屋はもう何度も訪れていますが、赤いお嬢ちゃんは
生まれて初めての博多訪問です。
持病の喘息(SOLEXキャブのカブリ現象)も柳井~下関間
の高速クルージングで随分解消し、静岡の川嶋さんが渾身
のチューニングをしてくれた本来の性能を取り戻しつつある
のを実感しました。
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赤いお嬢ちゃんをホテルオークラの地下駐車場に納めた後
末永氏との再会もそこそこに、とりあえずロビーに移動し、
メンバーが集まるのを待つことにしました。
するとさっそくS54卒、熊本で造り酒屋を営む竹田君が現れ
ました。何でも老舗の酒蔵で立派に事業を守られている由、
同じ経営者として初対面ながら親しみを覚えました。
続いて福岡在住のS56卒、敏腕税理士の占部君がやって
来ました。また竹田君と同期でYAMAHA勤務の石橋君、
同じく同期でJR西日本勤務の五十嵐君がやって来たので
ここいらで赤いお嬢ちゃんの御開陳ということになり、前回
の記事の経緯となりました。
尚、タバコ屋が親しくさせて頂いている福井在住のS52卒、
野尻君の親友で同期の元キャプテン、二村(ふたむら)君
と、S61卒の南君はやや遅れるとのことでした。
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九州支部OB会及びお食事会場は中洲の博多座の地下に
ある「御膳屋 庵離(いおり)」という見るからにかなり高級
そうな居酒屋料亭?でした。
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前回の記事のとおりで、タバコ屋は予期せぬ事件のお陰
でかなりもたつき、そのトバッチリを受けた小田君と一緒
にそぼふる雨の中、傘もささずに迷いながら会場を目指し
ました。
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当の末永君はかなりやきもきしていたらしく、「何シトー、
(何してんねん)すぐの近かとこバッテン、はよ来ンシャイ」
はよ来ンシャイと申されましても、ここはタバコ屋の地元
松山での五木ひろしの二番町ブルースでもあるまいに、
天下の繁華街中洲なんです。わかりまシェーン。
結論から言いますと、中洲の川沿いにちょいと歩いて大き
な橋を渡ればすぐ辿り着ける場所でした。アホみたい。

突然話しが飛びますが、タバコ屋がかつて30才台の若
かりし頃、1年間の若手経営者セミナーに自費で参加し
たことがありました。毎月1回、講義や野外実習、はた
また全国のホンモノを作っている産地、メーカー(例えば
有田の柿右衛門窯とか)を訪問するカリキュラムが組ま
れていました。
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その最後を締めくくる卒業記念のイベントは何と軽井沢
での「歩行ラリー大会」でした。研修生が何組かに分かれ
て、マニュアル(レギュレーション?)片手に右往左往し、
オクルマのラリー同様、チェックポイントをちゃんと通過し、
しかも、指示速度どうりにいかに正確にゴールするかと
いう、言わば頭脳とチームワークが問われる競技です。
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僭越ながら、タバコ屋のチームは見事優勝してしまった
のです。ちなみにチームメンバーはタバコ屋を筆頭に
今はなき全国チェーンの「ちゃんこ江戸沢」及び東京の
白金台にある精肉の「三河屋」、及び九州の「ロッキー
ホームセンター」の若き経営者の面々でした。
お陰で、後日の卒業生代表挨拶はタバコ屋がするはめ
になってしまったのでした。(コホン)
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それと今回の中洲徘徊事件とは何の関係もないながら
何とも情けない老いてしまった自分に歯がゆさを覚える
タバコ屋でした。(尚、歩行ラリーの写真はイメージです)
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話しを戻します。会席は推察ながら末永君経由、占部君
お手配によるこのような豪華なお席がしつらえられていて、
遅れて来たS52年卒の二村君、S61年卒の南君も揃った
ところで開会となりました。

予想外ながら、日本のエーゲ海からはるばるやって来た
珍客に花を持たせようという九州支部の温かいご配慮で
タバコ屋が僭越ながら、開会の乾杯の発声をさせて頂く
ことになりました。

「犬も歩けば棒にあたる」とは言いませんでしたが、
「田舎モンが中洲を歩けば路に迷う」とかなんとか下らな
いことを言って乾杯となりました。
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さて、今回の記事の主題はここからなんです。各OBの
方々、ご健在にて情報交換、意見交換が進みました。
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タバコ屋は一つ勘違いをしていました。占部君とは前回
京都での80周年大会で面識があったのですが、野尻君
の親友の二村君とは初対面だと思っていました。しかし
彼のほうから、二回目の再会ですねと言われてアレッと
思いました。
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よく聞いてみると、もう6年も前、京都岩倉のプリンスホテ
ルでS49年卒中心の前後卒業生同窓会があったのでし
たが、その時二村君も出席していたとのこと、タバコ屋
はモノ好きにもその会に単身殴り込んだ訳で、その時
同席していたということでした。二村君失礼しました。
この時の仕掛け人は一期後輩の奥村君と井村君だと
思うのですが、彼らの口車に乗ってのこのこと瀬戸の
小島から出かけて行ったタバコ屋は単純バカと言うべ
きで、特にネゴを担当した井村は「ワルよの~」。
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お食事も進んだところですが、話しを本題に戻します。
今回のタバコ屋の目玉提案は2つありました。
★一つ目は中四国支部において、支部長の石原先輩が
事情により広島からニュージーランドへ引っ越されるので
あとは富永君が支部長をやってくれないか、という半ば
一方的なご示唆?により支部長を拝命させられたのは
仕方ないのですが、京都本部の野尻会長及び事務局長
である同期の平尾センセの構想で、90周年大会までの間
各支部主催での全国OB総会をやろうではないかというこ
とで、先般名古屋大会が開催された次第です。
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名古屋大会では、S52卒の野尻君が、香里合宿所時代の
春木のおっちゃんのモモヒキ姿を暴露したりして大変な
盛り上がりでしたよね。壇上は野尻君、スクリーンは春木
のおっちゃんですけど。
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またポルシェご愛用のハイソサエテイ末永氏もこの日ば
かりは同期や先輩達とあの時に返り、盛り上がりました。
タバコ屋もこの写真見ると正直涙が滲んできます。
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また、地方大会でしか体験出来ないこと、この時はトヨタ
自動車博物館を見学し往年の名車と再会出来ました!。

どうでもよいことながら、このTOYOTA-2000GT、今は亡き
S43卒、ミナミのパチンコ王こと西山先輩が所有されてい
たのご存知でしたか。タバコ屋は先輩宅に泊めて頂いた
とき、そっと指でなぞっただけでしたが・・・。
またHONDA-S800と覇を競ったTOYOTA-S800は一期後
輩で先般亡くなった小西君や、越前のアオリイカこと野尻
君も所有していましたよね。

さて、過日、平尾センセより打診があり、来年は中四国
支部でやってもらえないかという「元祖アオリ大魔王!」
のお声があり、タバコ屋としても「死に土産」としてお引き
受けしようということになりました。ただし本来なら大都市
の広島でやるべきところタバコ屋には土地勘がないので
松山でよければという条件でお引き受けした訳です。
それで今回は九州支部の会合にお邪魔し、その協力要
請をしようと考えた次第なんです。
そのことは皆さん好意的に受け止めて頂いたようです。
やれやれ。
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★二つ目はテーブル上に並べたあるものの紹介だった
のですが、皆さんおわかりでしょうか。二村君は「へ~
何これ?」といった風情で見ていますよね。
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実は同志社ラリーのカーバッジなんです。赤いお嬢ちゃん
のボンネット上には2回から5回までのものが乗っています
が、失われた第1回のものを平尾センセは執念の捜索で
見つけ出し、それを「カンバッジ!」に復元したものです。
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カロッツェリア平尾氏は凝り性にて、特製のアクリルケース
にしつらえ保存版に仕上げました。見事な出来栄えです。
これを5年後の90周年大会にご希望者のみ有償記念品と
して配布してはどうだろうかという提案なんです。
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皆さん、お酒も進み、リラックスしてきたところでいろいろ
意見が飛び出しました。
まず、これはOBの中でもラリー競技がさかんに行われ
同志社ラリーが全盛を迎えた前後の世代には懐かしく
貴重な思い出として受け入れられるだろうと言うこと。
一方なじみのなかった世代のOBにとってはあまり関心
を持たれないのではないか。
また別の意見として、どうせ配布するのなら、もう少し普
遍性のある、クラブの襟バッジ、ネクタイ、ネクタイバー
とかを企画したらどうだろうか。
等々、なごやかな歓談の中でお話が進み、とりあえず
一次会はお開きということになりました。
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その後は博多在住の占部君のお世話で、中洲のとある
高級スナックで二次会となったのでした。(写真のお店は
イメージです)そこでも話しは随分白熱したものになりま
した。かいつまんで言いますと
★一つ目は全国各支部が積極的な活動をするためには
活動資金の一部を本部が拠出すべきである。
★二つ目は各支部のOB名簿の再整理と新しくOBとなる
方の支部別新規名簿の提供を図るべきである。
以上二点、タバコ屋が耳が痛いほどお聞かせ頂いた重要
提案でした。これはいずれ野尻会長、平尾センセの元にも
その声が届き、実現、実施されることでしょう。
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これにて本日の会合はお開きとなったのですが、その後
タバコ屋はどうしたのか、ですって?。残念な事に同期の
大百姓、小田君は下関に帰り、九州のラーメン王末永君
も羽犬塚にお帰りになりました。どちらも朝が早いんです。
残されたタバコ屋はそぼ降る雨の中、一人寂しく中洲の
華やいだ深夜の川沿いをさまよい、赤提灯といい匂いの
漂う一角へと吸い寄せられたのでした。
あ、おやじさん、おでんと熱燗のあと、とんこつラーメン!
同志社大学体育会自動車部OB会に再度乾杯!
これ以上書くと、また上山センセに叱られますので今日は
これにて。あすは九州のラーメン王末永氏表敬訪問です。

赤いお嬢ちゃんの西日本大紀行:vol.2

平成30年11月20日
今回の大紀行の一大目的である同志社大学自動車部
OB会、九州支部大会の模様をお伝えしたいのです。
ただ、その場の写真なしでは臨場感がありませんよね。

ここで関係者のお方にはお詫びをしないといけませんが、
タバコ屋は不覚にも会合でチヤホヤされた挙句、あまり
の嬉しさに、早々に酔っ払ってしまい、肝心のお写真を
写せてないのです。
その点九州支部長たる末永シェンセ(京都語ではセンセ)
は用意周到にて自前のアイパッドで写しまくっていました。
タバコ屋は言いました。末永よ、ブログにアップしたいので、
至急写真を送って頂きたいと。
彼曰く、送り方がわからんばってん、娘(お医者様です)に
聞いて送るけん、ちょっと待たんばい。しかしタバコ屋の
経験上、それはあまりアテにならないご返事でした。
そこで一計を案じ、今回はとりあえず会合の直前に起こっ
た別の事件?のご報告をすることでその穴埋めをする
ことに致しましょう。

その日は、夕刻から雨でした。ホテルオークラ博多の地下
駐車場で、赤いお嬢ちゃんの見せびらかし興行を終えた
タバコ屋は、宿泊予定の別のホテルへチェックインのため
同期の小田君と移動を試みました。
ここで事件が起こりました。ケイサツのお方が誘導のため
あちこち立たれていて監視厳しい折、中洲の繁華街のど
真ん中で、いきなりヘッドライトが消えてしまったのです。
はあ~!ヤバイとは思いましたが、ここは小田君がいる
ので冷静を装わねばなりません。
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いちかばちかで、先般装着していた補助のスポットライト
の点灯を試みました。幸運なことにどうもスポットは回路
が別系統だったようで、見事点灯したのです。
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これは博多中洲ではなく、タバコ屋の店の前で点灯テスト
を実施した時の模様ですが、スポットとは言えヘッドライト
の代用が務まる程の明るさです。
ついでながらこのスポットの購入コンサルタントは宇治の
アオリイカ大魔王こと平尾センセです。またその購入過程
では梅田でアクドク儲け狂っている後輩の上山氏が深く
関わっていることを申し添えておきましょう。
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そのような訳で、雨の御堂筋ならぬ雨の中洲小路で大汗
(冷や汗)をかいてしまったタバコ屋でしたが、この事件を
ポジティブに捉えるならば、赤いお嬢ちゃんとの数多くの
ほろ苦き苦難の思い出がまた一つ出来たと申せましょう。
尚、写真は2年前、宇治の平等院復刻完成をネタに平尾
センセ宅を夫婦連れで表敬訪問し、その帰路、雨のそぼ
降る御堂筋を一路大阪フェリーターミナルへと南下中の
模様です。

蛇足ながら、読者諸兄の愛用されているであろう現代の
オクルマではこういう怪奇現象は起こり得ないと思います
ので念のために申し添えます。

赤いお嬢ちゃんの西日本大紀行:vol.1

平成30年11月14日
島のタバコ屋は先般からご招待頂いていた同志社大学
自動車部・九州支部の会合に出席すべく、意を決して
西日本大紀行を敢行することに致しました。
目論見としては、まず下関在住で同期の小田君(旧姓
佐々木)のところへ表敬訪問し、彼と同行して博多を目
指し、会合出席の上、翌日はこれまた同期の八女在住
の末永君を表敬訪問するというスケジュールです。
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まずはタバコ屋の愛車「赤いお嬢ちゃん」こと初代Zを
同伴し、中島から松山三津浜港経由、中国路の柳井港
を目指します。
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やって来ました、柳井港です。これから中国自動車道を
ひた走り、下関大月インターを目指します。
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途中、小田君のオススメで美東サービスエリアに立ち寄り
ました。執念の若返り美容整形?(復刻レストア)を施した
とは言え、生後45年を経たお婆さん!ゆえ、途中のトラ
ブルを心配していますが、今のところ大丈夫のようです。
ついでながら、ここ最近遠出のたびに何らかのトラブルに
見舞われているのでハラハラものなんです。
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小田君のご自宅に到着です。彼は同志社大学ご卒業後、
縁あって隣町の小野田市から下関市の小田家に逆玉輿
で嫁がれました?(養子さん)。爾来、下関商工会議所の
事務局長として長年に亘り活躍し、現在はヒャクショウと
して日々汗を流しています。二度目の表敬訪問でしたが、
昔のことはすっかり忘れてしまっていて、その庄屋さんの
ようなお屋敷の立派な佇まいにタバコ屋はビビッてしまい
ました。快活な奥様との久しぶりの歓談の後、丁度お昼時
だったので、地元の有名なそば屋さんに連れて行って貰い
ました。
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それは「たかせ」というお店で、そばを屋根瓦で焼くという
とてもユニークな焼そばが看板メニューでした。
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還暦をとっくに過ぎたオッサン2人には多すぎるボリューム
でしたが、何とか平らげました。
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腹ごしらえも出来たところで、博多を目指したのですが、
途中、関門橋のたもとで、しばしトイレ休憩です。
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いよいよやって来ました。集合場所の博多ホテルオークラ
の地下駐車場に滑り込み、これから九州支部のOB諸氏に
赤いお嬢ちゃんのお披露目プレゼンテーションと相成ります。
この段取り一切は九州支部長を拝命した同期の末永君の
手配によるものですが、なかなか粋な計らいです。
タバコ屋はお披露目に際し、年甲斐も無くスロットルを無駄
に煽ったりして、やや自己陶酔に陥ったようですが、お陰で
関係のない人達(ヤジ馬)までが見物に来て、質問攻めに
合う等、想定外の事態となりました。
アヴェンタドール3
余談ながら、途中宿泊客と思しきランボルギーニが大音
響を轟かせて前を通り過ぎて行った時はやや興ざめと
なりました。それにしてもランボ(アヴェンタドール)は
正直、品性がなさ過ぎると思います。そう思う理由の一
つはレース、ラリーでの実績がなく物語性に欠ける事で
この極めて特殊なカテゴリーともなると、獰猛な野獣たる
濃厚な理由付けと、それに基づく凜とした品性(プライド)
が必要なのです。
まあ、これはタバコ屋の私見ですので、もしOB諸氏で
ランボを所有されている方がいらっしゃったら、お気を
悪くされないように願います。
この後、さっそく中洲の博多座というところの地下にある
居酒屋で九州支部OB会の開幕となったのですが、、、。

以前より、熱心な読者からタバコ屋のブログ記事は長過
ぎるとの苦言を頂戴しているので、今日はここまでと致し
ます。次回はその夜のOB会の模様をご報告致しましょう。

よもやまさかの日々

平成30年3月17日
いつもタバコ屋のつたないブログを読んで頂いている方
に申し訳ないと思いつつ、昨年の秋以降、年甲斐もなく
多忙となり、また2月以降は身の回りに予期せぬ出来事
が次々起こってブログを書く時間がなくなってしまいまし
た。今まで元気だった私の奥様が2月上旬に病気となり、
また超高齢(98才)だった実父が永眠しました。
それやこれやで昨今はてんやわんやの毎日を送ってまい
りました。
Z&レジェンド
好きなオクルマにおいても若干の変化が起こりつつあり
ます。まずダウンサイジングの実践として数年前に長年
連れ添ったHONDAレジェンドとお別れしたことはすでに
何度もお話ししていますが、普段の足としては赤いお嬢
ちゃんこと、フルチューンのフェアレディS30Zを乗り回す
訳にいかず、また畑仕事用のスズキキャリーで松山市内
を徘徊するのも気が引け、適当なオクルマを探していた
のですが、やっと希望の品を入手出来ました。それは中
古のマツダヴェリーサなんですが、タバコ屋は結構気に
入っています。詳細はまた別記事にてご紹介致しましょう。
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それと赤いお嬢ちゃんについては、昨年暮れに広島へ
乗っていった際、燃料メーターの故障で、ガス欠やら、
ガソリン垂れ流し事件やらいろいろ起こし、おかげで一
期後輩の東広島市の某えらいさん(奥村氏)には随分
ご心配やらご迷惑をお掛けしたことは記憶に新しいこと
です。只今入院して燃料計の修理中ですが、それにし
てもいつまでも手の掛かるお嬢さんです。
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写真は2月初め、雪をおして高知往復を敢行した時の
もので無謀にもサマータイヤで走り切ったのでしたが
皆さんは決してこのようなことはなさらないように。
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雪と言えば往年のモンテの名手アールトーネン氏が
ひょっこり出てきそうなシーンにて、タバコ屋は秘かに
気に入っています。尚、多分純正品以上の出来栄えの
DATSUNマッドフラップは同期の京都在住平尾センセの
完全ハンドメイドの一品(逸品)です。

東京大紀行 vol.4:ウォーターフロント

平成29年1月20日
タバコ屋が40才の頃ということは今から25年以上も前
の時代ですが、ウォーターフロントと言う言葉(記号)が
盛んに使われたことがありました。湾岸、ベイサイド、等
色々表現方法はあるでしょうが要するに都市の海岸もし
くは港沿いまたは埋立地のことです。間違っても瀬戸内
海の島の波打ち際
のことではございません。
織田信長1
古い話で恐縮ながら、今から400年以上前の戦国時代
から織豊時代(安土桃山時代)にかけてのお話しになり
ます。当時は下克上の何でもありの時代でその混乱(カ
オス)の中から風雲児、織田信長が出現しその後継者
として取るに足らない一農民の倅だった豊臣秀吉の二
人が2代かかって天下統一を成し遂げたことは今さら言
うまでもないサクセスストーリーですよね。
(関連記事:終わりなき旅 vol.4:姫路での再会参照願い
ます)
安土城2

安土城3
その織田信長なんですが、出身が美濃であり美濃と言
うのは廻りが平野で交通の便がよく、古くから農業より
も広域の商業で栄えた地でした。ゆえに戦国武将として
は革新的な思想の持ち主で、当時築城は攻撃されにく
い峻険な山の頂上に造営するのが常識でしたが、天下
統一が近付いた頃、何と琵琶湖湖畔の安土に居城を
構えたのです。その理由は信長が商人的感覚を持って
おり、交易のための水上交通の要所に拠点を置くと言う
発想をしたことと、防衛についても片一方が水面なので
比較的守りやすいという、一石二鳥を狙っており、言って
みればウォーターフロント開発の先駆者でした。また志
半ばにて倒れはしましたが、その間約10年にもわたって
大坂石山の地にあった一向宗の本拠地(石山本願寺)
を執拗に攻略したのも、湾岸の大坂を貿易の一大拠点
として活用する構想があったためです。
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大阪城7
一方豊臣秀吉は信長の構想(ビジョン)を忠実に受け継
ぎ天下統一事業と並行してその大坂の地に空前絶後の
巨城「大坂城」を築き天下にその威を示したのでした。
それにより大坂の地は以前にも増して商業をベースに
して大繁栄を遂げ、また従来より貿易港として栄えた
大坂南郊の堺を控えており、大坂は名実ともに豊臣政
権の首都として最重要拠点となりました。また天下統一
直前に徳川家康に江戸入植を勧めたのも海に面した大
平野(湿地帯)を有していたからで、その後江戸幕府と
なり当時世界有数の大都市になったのも、その発想の
ルーツは豊臣秀吉でした。
安土城5
いずれにせよ、信長、秀吉の商人的、事業家的発想が
安土、大坂、引いては江戸に結びついた訳で、この二
人がNIPPONのウォーターフロント開発の元祖と申せ
ましょう。

さて話しはタバコ屋が40才頃の平成2~3年頃に飛びま
す。いわゆるバブル時代の末期に当たり金融や不動産
関係の業種は黄色信号が灯っていたのですが、流通業
は依然として急成長を遂げていました。
ダイエー1
代表的企業としてはダイエー、ジャスコ、ヨーカドー、ニチ
イ等々ですが、既にそれから遡ること20年以上前から全
国の駅前周辺に都心型の多層型(日本的)ショッピング
センターを怒涛の如く出店していました。
ダイエー5-3
忘れもしませんが、タバコ屋が同志社大学自動車部に
入部したての頃、合宿は京都大阪の中間にある香里に
合宿所があり、そこに通っていたのです。食事の買出し
と調理はもっぱら下級生の仕事で、よく買出しに出かけ
ましたがその入部した年、昭和44年(1969年)に香里園
駅の近くにダイエー香里ショッパーズプラザがオープン
したのです。
ダイエー5
これは後で知ったことですが、当時飛ぶ鳥を落とす勢い
だったスーパーのダイエーが、日本初の郊外型ショッピ
ングセンターを香里園にオープンさせたのです。1階が
食品で2階が衣料品、雑貨、3~4階が立体駐車場で、
何もかも安いプライスの品で構成され百貨店とはまた
違ったモダンでデイリー(カジュアル)な雰囲気を持って
いました。以後、ダイエーはこの店舗スタイルと徹底し
たディスカウンント商法により、全国の主要都市駅前を
席捲する事になります。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.2参照願います)
マイカル本牧1
全国の大都市駅前にショッピングセンターをほぼ出店し
終えた革新的流通勢力(総合スーパー)は次の戦略と
して、郊外に1万坪!程度の敷地を有し、ショッピング
だけでなく映画やレジャーが楽しめるアメリカ型の複合
ショッピングセンターを模索するようになりました。中でも
それに最も熱心だったのがニチイで開発には莫大なオ
カネが必要だったにも拘わらず果敢に挑戦しつつありま
した。横浜本牧のマイカルタウンなどがその走りでした
が、当時のオカネで1年間に500億円も投資していたよう
で、その金額は新日鉄とかNISSANなど大手メーカーと
ほぼ同額でしたからそのスケールはハンパではなかっ
たということです。(尚マイカルとはニチイの後日の社名
です)
スーパートミナガ2
一方ニチイはそれより10年程前から全国の主に地方の
小規模な小売業者を対象に商品供給や店舗運営ノウ
ハウを提供する独特なボランタリーチェーン(ゆるい提
携)を推進しつつありました。名称はニッポン・アライド
・チェーン(通称NAC)でしたが、ご縁あってタバコ屋は
そのNACに加盟させて頂き、昭和53年(1978年)瀬戸
内海の小さな島、中島に近代的な総合スーパーを開設
することとなりました。
(関連記事:人生いろどり参照願います)
マイカル宇多津1
そのニチイは後年、郊外型複合ショッピングセンターを
開発するにあたり、1万坪級!の広大な敷地は全国そう
ザラにある訳ではないので、湾岸埋立地に造られた既
存の造船所や工場が閉鎖や移転した跡地、いわゆる
ウォーターフロントを再利用しようとしたのでした。この
目論見は理に叶ったものであったにも拘わらず、何分
投資がハンパではなかったので持ちこたえることが出
来ず、結局破綻してしまったのでしたが、一時代を象徴
する出来事として、皆さんの知るところです。
マイカル茨木1
ちなみに当時マイカルが推進していたイメージコンセプト
はYMCAL(ヤング・マインド・カジュアル・アメニティ・ライ
フ)と言うややマニアックかつ難解なもので当時の社長
だった京都出身の小林敏峯さんの考えたことなんでしょ
うが、過ぎたるは・・・という結果になりましたよね。どの
ようなことであれ難解なものはダメです。シンプルイズ
ベストなんです。じかにお聞きした訳ではありませんが
MYCAL(マイカル)という社名自体も(マインド・オブ・
ヤング・カジュアル・アメニティ・ライフ)の略称だったの
かも知れません。

小林敏峯社長とは偶然同姓にてシャレにもなりません
が、オクルマ・ジャーナリスト業界でかつてはカリスマ的
存在だった故小林彰太郎さんの口癖であった「ヤング・
アット・ハート」という言葉(記号)も同様の意味があった
と思います。直訳すれば「熱き心に」ならぬ「若き心に」
とでも言うんでしょうか。
(関連記事:時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと参照願
います)

それにしてもSATYやVIVREなどというストアブランドは
若い方にはチンプンカンプンでしょうが、我々万博世代、
特に関西方面にお住まいの方にとっては懐かしいヨコ
モジ記号ではないでしょうか。

蛇足ながら、マイカルの崩壊はカリスマ社長だった小林
敏峯さんが難しいご病気で急逝したことにより求心力を
急激に失い、残された経営陣では彼の壮大なビジョンを
継承し発展させ得なかったというのが真相だと思います。
それは400年前の豊臣家が滅亡に至る過程にも似たよ
うなドラマがありましたよね。
イオン1

モール7
マイカルの志が途中で破綻してしまったのはストアコン
セプトが時代を先取りし過ぎていたとも言えますが、ある
意味その後今日に至る大規模複合ショッピングセンター
の礎となりました。
尚、どうでも良いことながら、近年ではショッピングセンタ
ーでなくショッピングモールと呼んでいるようです。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)

さてウォーターフロントをご説明するための長い前置き
となってしまいました。今回のお話は現代の大東京湾
岸(ウォーターフロント)での出来事なんです。
東京湾岸2
今話題の豊洲、築地等、大東京のかなりの重要部分は
広大な江戸湾の埋め立てを中心に、徳川時代に始まり
長い年月にわたって造成開発されてきた人工都市であ
ることは皆さんご存知の事ながら、今回はそのウォータ
ーフロントの一角にある大田市場訪問のお話しです。
DSCN8336.jpg
以前の記事にも書かせて頂き、このブログにも何度か
ご登場頂いている、同志社アーモストクラブ(通称DAC)
のOBでそのOB会報(DACニュース)の編集長でもある
吉﨑さんが川崎にお住まいで長きにわたり三菱銀行に
お勤めの後、今は奥様と悠々自適のご生活にて、時折
ふるさと大阪の緑地公園に所有されているマンションに
息抜きに帰られている由、また吉﨑さんにとってはご自
分の庭みたいな京都及びオーテス・ケーリ先生ゆかりの
アーモスト館にも度々行き来されている現況だとお聞き
しています。
(関連記事:京都・宇治・巡礼 vol.1参照願います)

今回の上京に当たり、第3日目の予定として、その吉﨑
さんに久しぶりにお会いしたかったのと、タバコ屋として
はまだ一度も見学したことのなかったウォーターフロント
の大田市場を訪問したいと思い、その旨を吉﨑さんに
ご相談したところ、吉﨑さんも興味を示されたようでトン
トン拍子に話が進み、一緒に見学することとなりました。
DSCN2512.jpg
前回の記事でCLUB-S30の昼食ミーティングの模様をご
報告しましたが、すべての予定が終わった後、銀座三越
の塩昆布?みたいな名前の婦人服ショップ(マーク・ジェ
イコブス)で店長を拝命している娘の陽子のところへ一
晩殴り込みを掛けたのでしたが結局HOTELに泊まる方
がまだマシだったくらいの高いお化粧料(おひねり)を渡
すハメになったのでした。娘に嫌がられつつも阿佐ヶ谷
での一夜を過ごしました。
DSCN9944.jpg
さて吉﨑さんとお約束した当日となりました。東京モノレ
ールの流通センター駅で待ち合わせることにしましたが
吉﨑さんがやや遅れるとのことで、タバコ屋は徒歩にて
大田市場を目指すことにしました。写真はその流通セン
ター駅を大田市場の反対方向に向けて撮ったものです。
DSCN9947.jpg
京浜運河に掛かる大和大橋を大田市場に向けてただひ
たすら歩きます。(後でわかりましたが、直通バスで行っ
たほうが時間も断然早く迷わなくてよっぽどマシでした)
DSCN9949.jpg
さすが大東京の台所を賄う大田市場の周辺です。途中
にはデッカイ倉庫群があちこち建っていてスケールの大
きさを感じました。
DSCN9952.jpg
かれこれ20分以上歩いたところにそれらしき看板があり
近付いてよく見るとそこは大田市場花き部とあり、花を
扱うところで目指す青果市場はもっと先だと守衛さんに
言われました。
DSCN9958.jpg
いよいよ大田市場と書かれた大きな建物が見えて来ま
した。もうすぐそこです。
DSCN9960.jpg
目指す大田市場到着です。建物には東京都中央卸売
市場 大田市場と書かれています。吉﨑さんが到着す
るまでしばらく休憩です。
DSCN9964-1.jpg
吉﨑さんが到着されました。息せき切っているのでお尋
ねしたところ市場に隣接する広大な野鳥公園の方向へ
行ってしまい、大回りとなったのでダッシュして来られた
とのこと。スマートな体型ながらお若いです。
DSCN9965.jpg
一昨年5月にはタバコ屋の住む中島へ遠路ご夫婦でお
越し頂き貴重なひと時を過ごさせて頂いたのでしたが、
その時以来にて懐かしい再会でした。
DSCN5967.jpg
話せば長くなりますが、このブログにも時々ご登場頂く
同志社自動車部の一期後輩で福ちゃんこと石川女史と
吉﨑さんの親友で同期の中山さんもご一緒で計4名で
のご来島でした。福ちゃんと吉﨑さんとのご縁と言うの
は福ちゃんの幼なじみである京都河道屋の植田さんが
吉﨑さんとは同志社香里の同期であり親友であったこ
とからソバボウロ繋がりで交流されているという訳です。

ご案内する所とて何もない島ながら一通り島内巡りをし
た後、タバコ屋のスーパーに戻り、恥ずかしながらオリ
ジナルの中島いよかんマドレーヌ等を品定めして頂い
たりしました。
DSCN5943.jpg
夜は倅のマー君やタバコ屋のカミサンも交えての楽しい
夕食会となり、その後2次会に繰り出したまでは良かっ
たのですが福ちゃんが得意の喉をご披露されている時、
ちょっとしたハプニングがありタバコ屋はそれがトラウマ
になりつつあります。何があったのかですって。それは
タバコ屋が福ちゃんのスカートを踏んづけてしまって彼
女共々転倒しかかったオソマツな出来事です。

翌日には司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」の主人
公である秋山好古、真之兄弟の実家や松山城、あるい
は高校時代の先輩である伊丹十三記念館や同志社ゆ
かりの東雲(しののめ)女学校等をご案内致しました。
DSCF2299-1.jpg
松山城ではかつての自動車部時代の乙女に還られたの
かどうか、このようなお茶目なことをされる某女史もいら
っしゃいました。
(関連記事:校長先生西瀬戸を行く vol.2:松山編参照
願います)
ことり10

ことり5
お腹がすいたところで、かつて高校時代タバコ屋がよく
通ったことり食堂へご案内して昔懐かしい鍋焼きうどん
を召し上がって頂いたりもしました。ちなみに50年前か
らメニューも味も器さえも全く変わっていないのです!。

タバコ屋はかつてショーバイと言うのは時流適応業で
あると偉いコンサルのセンセから教わりましたが、ことり
食堂なんてその真逆のやり方で、それでも大繁盛してる
んですから世の中わかりませんよね。
DSCN5978.jpg
かくして、もう二度とない一期一会のひと時はあっという
間に過ぎてしまい、それぞれ帰途につかれたのでしたが
ただ残念なことに吉﨑さんのご親友の中山さんはその
後、難しい病気が急激に悪化し若くして天に召されてし
まったのです。まさに一期一会の貴重な旅となりました。
DSCN9967.jpg
話しが随分それてしまいました。大田市場に戻ります。
さすが日本一の青果市場だけあって上段に専用の見学
通路があり、係員さんの簡単な説明の後さっそく見て回
ることにしました。吉﨑さんは同志社ではタバコ屋より一
期後輩に当たりますが、同じ商学部にて、学んだ講義等
も似たようなものにて、見学当日もその当時の話題となり
「経済原論」の平山センセなんかカビの生えたような退屈
な講義をされていて、タバコ屋はあれで大学の講義に失
望したんですよと申し上げたら、吉﨑さんも同意見でした。

だってタバコ屋は一回生の当時、アメリカから導入されつ
つあった最新のスーパーマーケット理論を書籍等で既に
見聞していましたので、大学ではその最先端の知識が
吸収出来るものと淡い期待を抱いていたのです。それは
3回生の専門ゼミ課程でも満たされることはなく、例えは
悪いながらも、ジェット機の最新技術を学びに来たのに
プロペラ機の技術しか教えてもらえなかった訳で、その
反動が自動車部での精力的な活動源になったとも言え
ますがそれはもう言いますまい。
DSCN9970.jpg
とにかく見渡す限りの膨大なみかん、りんご、メロン、バナ
ナ等、この世のフルーツ全部集合です。特にみかん、りん
ごが量的には突出していました。東京の巨大な胃袋を満
たすためにこれだけの量が1日で消えてしまうとお聞きし
て2度ビックリでした。タバコ屋はみかんの産地で生まれ
育ち、また何の因果かみかんを扱う事業も手掛けている
のでこの日本一の市場は死に土産に見ておきたかった
のですが、これで思いが叶いました。ただしセリはもうと
っくに終わっていました。
DSCN9976.jpg
主に果物の部を見学したかったので、野菜の部は素通り
し、あとは仲卸さん達がズラリと入居している区域を見学
しました。
DSCN9978.jpg
その仲卸さんストリートを歩いている途中、全く予期せぬ
ビックリポン事件がありました。タバコ屋が数十年前から
お取引頂いており三越果物売場を運営されているサン・
フルーツさんの仕入れ担当で、中島にも度々お越し頂い
た事のあるMさんにバッタリお会いしたのです。
Mさんも20年以上お勤めされた名門サン・フルーツを
つい最近退社され第二の人生を模索中であることをお
聞きしていたのですが、偶然お会いしたことで双方懐か
しさが込み上げ近日中の再会を約してお別れしました。
(後日談ながらつい先日そのMさんが約束どおり中島に
視察訪問されました。かくなる上はタバコ屋も再度Mさん
のところへ表敬訪問する必要がありますよね)

蛇足ながら、ご一緒した吉﨑さんも三菱銀行東京勤務
時代、お歳暮等のギフトを発注するにあたって、神田明
神下のサン・フルーツ本社へは何度か足を運ばれてい
る由、タバコ屋も絡めて不思議なご縁としか言いようが
ありません。
DSCN9974.jpg
見学コースのうち屋上の通路沿い駐車場部分に福岡ナ
ンバーのハデなオクルマが停まっていました。これは
アメリカのかつてのビッグ3の一つクライスラー社(現在
はフィアットと合併したのでFCA社)の唯一まともに売れ
ている品(失礼)と言ってもよい300シリーズセダンです。
まるでエジプトのファラオの被り物のようなデザインの
ホイールと超扁平ワイドタイヤを装着しており、オーナー
さんのものすごい趣味の片鱗が偲ばれました。内装は
もう見なくてもわかります。
DSCN9983.jpg
かくして急ぎ足でしたが、念願の大田市場見学を終え
市場の裏側にあるバス停へと向かいました。2人とも往
路にこりて大森までバスで移動することにしました。
この後は地元川崎の吉﨑さんの気配りにて新橋へ、そ
の後浜松町界隈を散策することになりました。
IMG_0523.jpg
まずは新橋駅前の新橋マリンビルにある「せとうち旬彩
館」に向かいます。ここは愛媛県と香川県が合同で展開
している今流行のいわゆるご当地特産品のアンテナショ
ップで愛媛から上京したタバコ屋のために吉﨑さんが粋
な計らいをしてくれました。ちなみに吉﨑さんは三菱銀行
にご奉職されていた東京時代にここ新橋支店に2年間お
勤めだったそうで彼にとってこの界隈は庭みたいなもの
なんです。
旬彩館1
店内は愛媛と香川の特産品が所狭しと並べられている
のですが、実はタバコ屋の展開しているみかん事業の
「希望の島」ブランド商品の一部であるジュース類やレモ
ン果汁等を採用展示して頂いており、既に何度も訪問
している馴染みのショップでもあります。
旬彩館2
2階は「かおりひめ」という名前のせとうち郷土料理のお
店で満員の大盛況ではありましたがちょうどお腹もすい
てきたところだったのでここでランチタイムとなりました。
レーズンウィッチ1
食事後、吉﨑さんがおもむろに「有楽町で逢いましょう」
ならぬ「小川軒へ行きましょう」と言われるので、え?今
食事したばかりなのに、ラーメン屋か洋食屋へランチの
はしごかなと思いましたが、田舎者の早とちりにて、そこ
は有名な洋菓子屋さんだったのです。吉﨑さんは名物
のレーズンウィッチを買いたかったようでしたが、いつも
早々に売り切れるそうでこの日も売り切れにて仕方なく
他の品を買い求めました。
六花亭マルセイバターサンド1
ふと思ったのですが、以前から経営者研修セミナーの
同期生だったご縁で面識があった帯広の六花亭さんの
マルセイバターサンドとよく似た品だなと思いました。
小川軒さんはトビキリの老舗なので、似たような品であ
るとすれば、それは六花亭さんのパクリだと思います。
(関連記事:札幌紀行 vol.1:お仕事参照願います)
DSCN9985.jpg
次はタバコ屋の推測ながら、吉﨑さんの気配りでこの後
羽田へ向かうため近い場所がよかろうと浜松町へ移動し
「旧芝離宮恩賜庭園」を見学することになりました。
旧芝離宮恩賜庭園は江戸幕府の老中・大久保忠朝の
上屋敷内に造営した楽寿園を起源とする回遊式庭園で
明治以後は宮内庁管理の離宮を経て大正13年(1924年)
東京市に下賜され、旧芝離宮恩賜庭園として現在に至っ
ているそうです。
DSCN9989.jpg
さっそく入り口案内所を訪れたのですが、ここでビックリ
ポンなことが起こりました。というのは吉﨑さんが同志社
アーモスト館(学生寄宿舎)のOBであることはすでにご紹
介しましたがその一期後輩で大西君という方がこの施設
の庭園管理スタッフとして働いているというのです。ちょう
ど事務所にいらっしゃったのでお会いし、吉﨑さんは先程
小川軒で買い求めたお菓子を手土産に渡されつつ、タバ
コ屋に引き会わせてくれました。
DSCN9991.jpg
恐縮ながらその大西君が自ら園内を案内してくれること
になりました。その道すがら今度は2度目のビックリポン
な事が起こりました。その訳というのは、大西君がかつ
て同志社自動車部に数ヶ月ながら在籍していたと言う
のです。ということはタバコ屋が現役の3回生の時に1回
生として入部された筈であり後輩の肥塚、水谷、高須君
達と同期だった筈です。
DSCN9992.jpg
ごっつい体格の大西君でしたが、タバコ屋は痴呆がかっ
て来たのかどうか、当時のことがどうしても思い出せない
のです。多分今のご体格とはやや違っていたことと僅か
の期間の在籍だったので記憶に残っていないのかも知
れません。
IMG_1644.jpg
余談ながら大西君は昭和46年頃(1971年頃)には同志
社大学自動車部の部員としてまたその後はお聞きする
ところアーモスト館の寄宿生として、双方にご縁があっ
た訳で、奇しくもかつては同時期の創始にて今では80
有余年の歴史を有するアーモスト館と自動車部ではあ
りますが、タバコ屋や大西君が在籍していた当時、アー
モスト館館長としてまた自動車部の部長先生として随分
お世話になった故オーテス・ケーリ先生がその両方に
関わっていらっしゃったというのも数奇なご縁と申せま
しょう。
(関連記事:終わりなき旅 vol.3:宴のあとさき参照願い
ます)

その意味で、やや大げさながらケーリ先生同様双方に
関係していた唯一の生き証人として、大西君の存在意
義は大きいものがあると思います。歴史にIFはないもの
の、大西君が最後まで部活を全うしてくれていたら、また
別の物語となったことでしょう。
DSCN9998.jpg
ざっくばらんな大西君の薀蓄話として、江戸時代末期、
お台場が砲台として江戸湾の防衛拠点だったのに対し、
このウォーターフロントの美しく広大な庭園は、幕府の
要人の政治サロンだったそうで、よく手入れされたお庭
の一角で抹茶でも立てながら重要な政治案件が語られ
たことでしょう。「クロフネ来たけど一体どないすんねん」
とか。

ついでながら、このような名所旧跡を復刻(レストア)し、
維持して行くには古今東西を問わず、莫大な費用と手
間がかかる訳で、現在は樹木医の資格を持つ大西君
を始めとするメンテナンス専門部隊が常駐管理してい
るそうです。
DSCN8389-1.jpg
昨年訪問させて頂いた平尾センセの地元である宇治の
平等院も同様に数十人の維持管理スタッフが常駐して
お手入れをしている旨お聞きしました。まさにゴミ一つ、
チリ一つ落ちていない状態にて、究極の環境整備と申
せましょう

ま、それからすればタバコ屋の赤いお嬢さんのレストア
なんぞはままごと遊びの範疇かも知れません。
DSCN0002.jpg
大西君とお別れした後、タバコ屋は羽田に向かったので
したが、義理堅い吉﨑さんはわざわざ羽田まで見送りに
同行して頂きました。お茶でもと思いましたが出発ゲート
が混んでいて、時間も迫りつつあったので仕方なく断念し
ましたが、吉﨑さんとのあっという間の再会と別れとなり
ました。温かいお人柄に触れ機知に富んだお話しやおも
てなしに対し、タバコ屋はややウルッと来るものがあり、
吉﨑さんに感謝しつつ松山へと飛び立ったのでした。

いつもながら脱線だらけの長たらしい記事にて恐縮です
が、今回の東京大紀行4部作いかがだったでしょうか。
またご意見をコメント欄にご投稿頂ければ幸いです。

東京大紀行 vol.3:上板橋にて

平成29年1月15日
思えば、タバコ屋が平素親しくさせて頂いている静岡の
川嶋さんのご推薦で、新規入部させて頂いた初代フェ
アレディZオーナーズクラブであるCLUB-S30ですが、
事務局長遠田さんから10月始め頃、1通のメールが届
いたことに端を発します。
240Z-2.jpg
内容は11月27日(日)東京・上板橋でかつてのNISSAN
ワークスドライバー北野元(もと)氏やプライベーターな
がら240ZGを駆りワークスに伍して豪快な走りを披瀝し
た柳田春人氏、また当時のNIPPONのレース界の生き
字引みたいな方でかつてレーシングエンジンのチュー
ナーとして名を馳せた東名自動車の創設者のお一人で
ある久保靖夫氏を来賓としてお迎えし、昼食を頂きなが
ら当時のお話を交え懇親を深めようというものでした。
都平健二1
渡邉会長、川嶋副会長、遠田事務局長等クラブ役員さ
んの当初9月頃の構想では、上記の業界有名人に加え
同じく元NISSANワークスドライバーの都平健二氏、
長谷見昌弘氏、星野一義氏にも参加して頂くべく調整
されたそうですが、日程その他が折り合わず、結局
上記のご来賓のメンバーに落ち着きました。
マックーン5
蛇足ながら上の都平さんの写真、かつてS・マックイーン
が製作、主演した「栄光のルマン」のマックイーンのスチ
ール写真を思い出したのはタバコ屋だけではないと思う
んですけど・・・。映画製作はシロウトであったマックイー
ンはこの映画に入れ込み過ぎて(マニアック過ぎて)莫大
な費用がかかってしまい、興行的には成功したにも拘わ
らずマックイーンは破産してしまったのでした。どの世界
でも、過ぎたるは・・・のセオリーがあるようです。
マックーン7
ただ、マックイーンの隠れファンであるタバコ屋の老婆心
から申し上げますと、俳優さんというのは洋の東西を問
わず、金銭感覚は無きに等しいため、「栄光のルマン」
製作に当たってはちゃんとソロバン勘定を合わせられる
コンサルを雇うべきだったんです。それは我らが裕ちゃ
んの「栄光への5,000キロ」も同様にて、その際一言タバ
コ屋にご相談頂ければ、感動の映画製作と並行してソロ
バン勘定も合わせて差し上げられたのにと思います。
栄光のルマン4
「マックイーンさん撮影用ポルシェ917とフェラーリ512S
は合わせて10台も必要ないでしょうが」とか。
何、タバコ屋への謝礼なんてマックイーンさんも裕ちゃん
も考えなくていいんです。色紙と、にわか購入のヘルメッ
トにサインを頂けるだけでもう・・・、お宝ですから。
(関連記事:荒ぶる心 vol.4:栄光のルマン参照願います)
裕次郎記念館P510-0
ちなみにタバコ屋は過去から現在に至るまでこれほど迫
真的でスリリングなレース映画を見たことがありません。
我らが裕ちゃんの「栄光への5,000キロ」とともにタバコ屋
にとっては不朽の2大名作コンペティション映画です。
(関連記事:札幌紀行 vol.2:小樽へ参照願います)
栄光のルマン6
どうでも良いことながら、都平さん、マックイーン、裕ちゃ
ん演じる五代のヘルメットデザインがほぼ同じだと思い
ませんか。最初の写真、240Zのレースシーンで写ってい
るドライバーは北野さんですが、そのヘルメットもよく見
ると同じデザインですよね。
栄光のルマン2
タバコ屋は時代錯誤ながらも、この時代(昭和40年代)
に使用されたヘルメットデザインに強い郷愁と愛着を覚
えています。全く架空のお話しながら、もしタバコ屋が
死に土産に鈴鹿サーキットを赤いお嬢ちゃんで疾走す
るようなことがあるとすれば、そらもうエンジンも足回り
もヘナヘナでも何でもいいから、いの一番にこのデザイ
ンのヘルメットだけは使用したいものです。ま、その前
に購入する必要がありますけど・・・。
(マクラーレン・HONDA-MP4/4)
F1マクラーレンホンダMP4・4-1
(PORSCHE-917Kショートボディ)
栄光のルマン9-1
蛇足のつけ足しながら、タバコ屋が過去現在を問わず
最もお気に入りのレーシングカーは、かつてのF1で大
活躍し世界を席巻したマクラーレン・HONDA-MP4/4
及びマックイーンの「栄光のルマン」の時代にこれまた
F1とはカテゴリーは異なるもののスポーツカー分野で大
活躍したPORSCHE-917(特にショートボディの917K)
だと今でも思っています。
(関連記事:荒ぶる心 vol.5:ポルシェのこと参照願い
ます)
240Z-3.jpg
話しを元に戻します。来賓の北野元氏はCLUB-S30の
名誉会長でもあり、また柳田春人氏は名誉副会長、
久保靖夫氏は名誉会員兼当クラブ技術顧問という晴れ
がましいお立場です。ついでながら、その他の名誉会
員には、故人となられましたが、初代Zの生みの親であ
る片山豊氏を始め、Zデザイナーの松尾良彦氏、総括
設計者の植村斎氏、等々初代Zゆかりの錚々たる方々
が名を連ねています。

さて今回の上板橋ですが何故この地になったかと申しま
すと北野氏が板橋で2輪用タイヤショップ「ウルフ」を経営
されていてそのすぐ近くにある北野氏行きつけのお店で
もある「レッドロブスター」というアメリカンシーフードレス
トランをご紹介頂き会場はその場所に決まったようです。

前日平尾センセと新橋に宿泊したタバコ屋でしたが、当
日は二人して池袋経由で東武東上線に乗車し上板橋を
目指すことに致しました。東武東上線!懐かしい名前で
す。実は10年程前、還暦が近付いた頃タバコ屋は死に
土産に初代フェアレディZの取得を模索していましたが、
40年も前に製造されていた旧車にて市場にはほとんど
出回っておらず、安易には入手困難な状態でした。

そんな時、皆さんご存知の旧車専門誌ノスタルジックヒ
ーロー(通称ノスヒロ)誌上にちょくちょくお名前が出てい
たリバイブジャロピーさんが目に留まり、HPを拝見した
ところZとGTR専門のレストア屋さんであることがわかり、
また紹介記事もほのぼのとしてタバコ屋の好みだった
ので思い切ってオーナーの西通男さんに電話し諸々の
お話しをした結果、この方ならタバコ屋の希望を叶えて
くれると思ったので、後日訪問することに致しました。
その西さんの工房所在地が東武東上線の終点である
寄居町だったのです。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴及び
終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照願います)
(サン・フルーツ銀座三越店)
DSCN1688.jpg
(京橋千疋屋本店)
DSCN2501-1.jpg
前の記事でトウキョーはタバコ屋にとって外国だと申し
上げましたが、実はそれ以前よりタバコ屋が試みていた
中島特産みかんの産地直送事業によりそのトウキョー
にお取引先が出来、三越全店でフルーツ売場を展開さ
れているサンフルーツさんや京橋千疋屋さん等、著名
なお店とご縁を重ねつつありました。ですので商談上京
の折にその寄居町の西さんを訪ねることにしました。
(関連記事:千葉・東京巡礼 vol.2:銀座界隈参照願い
ます)

ホンダ2-1

余談ながら、東武東上線沿線はHONDAにとっては縄張
り地区で和光、朝霞、小川町の重要拠点を始め、将来
国内でのアキュラ展開を目指してその生産拠点として目
論んでいた寄居等、関西の鈴鹿周辺に次ぐ重要エリア
で、自称元HONDA-PTA会長のタバコ屋にしてみれば、
かなり気になっていた場所でした。
寄居工場7-2

寄居工場4
結局寄居はリーマンショック以降紆余曲折の末、アキュ
ラではなくフィットの専用工場としてまた今後の製造方式
のモデル工場(マザー工場)として平成25年(2013年)
に完成したのでした。賢明な選択ですよね。
(関連記事:オハイオの夢参照願います)

さてジャロピーさんです。実際お会いしてみてNISSAN
旧車専門のNISISANとはしゃれにもなりませんが、Iが
一文字増えはするものの誠実素朴なお方でした。後日
そのNISISANよりご連絡頂きフルレストアした240Zを
購入しませんかとのことで、次の上京の機会に再度訪
問致しました。さっそく拝見し横に同乗させてもらって試
乗にも出かけました。
IMG_0520.jpg
シルバーメタリックの240Zでしたが、さすが匠の手で仕
上げられたものにてコンディションは新車同然、ビス1本
に至るまでピカピカ状態でした。試乗に際してはレスポン
スが凄まじく踏めば即座に5,000回転くらいは回っている
ような感じを受けました。キャブレターはウエーバーの3
連装、排気はもちろん6気筒独立式(タコ足)で、サイレン
サーは縦2連のトラストマフラーが付いていました。
IMG_0516.jpg
タバコ屋は若かりし頃、かつて自動車部で所有していた
スカイライン2000GTの重くて眠いL型エンジンのフィーリ
ングしか知らず、L型エンジンってチューニング次第でこ
んなに軽やかに豪快に回るものなのかと驚きました。
ただ残念なことにトラストマフラーがけたたましい爆音を
発するのには閉口し、この状態では瀬戸内海のガラパ
ゴス島では走れないだろうな~という予感がしました。
またリミテッドスリップデフ(LSD)のカシャカシャ音も若干
気になりました。
IMG_0521.jpg
NISISANがご提示頂いたオネダンは非常に良心的で、
諭吉の100枚重ねの束を3つ程度用意すればよく、買え
ば買えない事はなかったのですが、当時のタバコ屋は
Zに関する経験と知識が全くなく、結局、マフラーやLSD
なんか取り替えれば済むのに、自分の好みにするには
ボディの再塗装も含め相当追加の費用が掛かるだろう
とビビってしまい、またその頃、下の倅が大学に行って
いて費用もかさんでおり、HONDAレジェンドを所有して
いる上にZを購入することについて、カミサンを説得する
自信をやや失ったせいもあって、あれこれ迷った挙句、
その極上の240Z購入を辞退してしまったのでした。

当然そのピカピカの240Zはすぐに売れ口が付きNISIS
ANにお聞きしたところでは三重県のさる外科医のドクタ
ーのところにお輿入れされたそうです。タバコ屋にとって
は今でもその極上品を購入出来なかったことがトラウマ
になっています。

例えは悪いものの恋愛や結婚においても「ああ、あの
時なあ」と言うのを経験された方も結構いらっしゃるの
ではないでしょうか。
納車後のZ
もうZの取得を諦めかかったタバコ屋でしたが、それから
1年程たった頃、松山の友人からZの出物があるけど見
に来ませんかとお誘いがあり拝見したところタバコ屋の
好みとは正反対のローダウン、チンスポ付きのS30Z改
2.8L湾岸ミッドナイト仕様でした。もうZのボディ自体の取
得が難しいと判断していたタバコ屋は気に入らないなが
らもベース車両と割り切って購入することに決めました。
その費用は車検も含めて諭吉100枚の束1つ程度でした。

さっそくNISISANに連絡し、これをベースにレストアを実
施して頂くよう依頼したまではよかったのですが、お送り
してみるとボディの程度が悪く、NISISANもフルレストアし
た場合はいくらかかるかわかりませんよと言われるし、
また遠方ゆえレストアの進捗をたびたびお邪魔して拝見
することもかなわず、遠交(援交とは違います)の限界を
感じて、結局NISISANからは純正シートやZ432用純正
マフラー等々、重要なパーツ提供と軽整備のみをやって
頂き、レストアは地元松山でやることになった訳ですが、
地方都市ゆえ信頼出来る専門業者など皆無ではあった
ものの、それからレストア地獄の5年間が待っていようと
は夢にも思いませんでした。

余談ながら、タバコ屋がCLUB-S30に入部後にわかっ
たことなんですが、リバイブ・ジャロピーのオーナー西さ
んはCLUB-S30の重要な会員さんのお一人でした。
ご縁と言うものはわからないもので、世の中案外狭いも
のですよね。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)
DSCN9803.jpg

DSCN9801.jpg

DSCN9807.jpg


DSCN9814.jpg
目くら蛇に怖じずとはよく言ったもので、悪戦苦闘の末
何とかレストアを施し、タバコ屋の好みに仕上げたのが
現在の赤いお嬢さんなんですが、出来の悪い子供ほど
可愛いとは巷間よく言われることながら、フェアレディと
いう高貴なお名前に似合わず、タバコ屋にとってはまる
で悪魔の如きやんちゃなお嬢ちゃんです。
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東武東上線のことから話しがすっかり脱線してしまいま
したので元に戻します。タバコ屋と平尾センセは上板橋
の駅に到着し旧商店街を通って目指す「レッドロブスター
上板橋店」に到着です。時間も早かったので会員さんは
まだお見えになっていなかったようですが、ただお一人
群馬の前橋で歯科医ドクターをされている金子さんにお
会いし初対面ゆえご挨拶をさせて頂きました。
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やがて事務局の遠田さん、渡邉会長が到着されタバコ
屋は新入部員のため初対面だったのでさっそく今回の
ご好意(平尾センセと2名で特別参加させて頂いたこと)
に対して感謝とご挨拶を申し上げました。

ここでよもやまさかのことが起こりました。渡邉会長が
初対面の挨拶もそこそこに、いきなり「これから北野さん
をお迎えに行きますのでご一緒しませんか」と仰るので
す。タバコ屋と平尾センセは夢心地にて了解しすぐ近く
で北野さんが経営されている2輪タイヤショップ「ウルフ」
へ出かけました。
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結局歩いて5分程度の道を往復し北野さん、渡邉会長
金子ドクター、タバコ屋、平尾センセのメンバーで昼食
会場まで同行致しました。
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会場には川嶋副会長も到着し、会が始まる前にはタバ
コ屋が依頼していたロゴプリントと刺繍入りのクラブジャ
ケットを川嶋さん自らが持参してくれていました。
また想定外にも渡邉会長がZの設計者であり事実上の
開発総責任者であった植村斎さんが書かれたZ開発記
「フェアレディZ開発の記録」の直筆サイン入り本と色紙
を2人にプレゼントして頂いたのです。もう恐縮至極にて
返す言葉もなかったのですが、せっかくのご好意なので
有難く拝受致しました。
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いよいよランチミーティングが始まりました。各地から
というよりはおもに東京周辺から十数名のメンバーさん
が出席されていましたが、川嶋さんのお話によれば、
タバコ屋は最遠方からの出席者だと言うことでした。
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当然のことながら、まずは名誉会長の北野元氏よりご
挨拶がありました。タバコ屋が昔雑誌で拝見していた頃
の北野さんは口ヒゲを蓄え精悍で怖い感じの方でした
が現在は角が取れ?非常に穏かな印象でした。
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続いて雨の柳田こと名誉副会長の柳田春人氏より挨拶
がありました。かつて240ZGレース仕様を操りワークスに
引けを取らない活躍をされた名ドライバーです。
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奥のご来賓席は当然、久保さんを加えた御三家が着座
され、あとは渡邉会長、川嶋副会長、遠田事務局長が座
り、和やかに懇談が進むであろうと予測されました。
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しかしここでとんでもない事態が発生したのです。川嶋
副会長がそっと耳打ちし、ご遠方から来られたのでお2
人で北野さん達とお話されてはどうですかと言って新参
の2名のためにお席を用意して頂いたのでした。推測な
がら渡邉会長と打ち合わせての気配りだったのでしょう。
これには平尾センセ共々ビックリ仰天しましたが、2度と
ない機会だと思ったので僭越は承知ながら、有難く同席
させて頂くことにしました。
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当日のランチはシーフードのフルコースでディナーとも
言えるメニュー内容でした。メインディッシュは看板どおり
でっかいロブスターでしたが大変美味にてお酒も進むに
つれ、最初の緊張は解けご来賓や川嶋さん達ともお話し
をさせて頂くことが出来ました。
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以前から北野さんが京都出身であることは存じ上げて
いたのですが、お話しが進む中、君ら同志社自動車部
のOBですか。同志社ゆうたらええとこのボンが行く大学
と違いますか?とか仰り、やや事実とは異なるご認識を
されているようでした。実態はボンビー学生の集まりでし
たわと申し上げたかったのですが、ただ北野さんのお話
しを拝聴するに留めました。平尾センセは自称ミツビシ
PTA会長を自負するミツビシオタクにてワークスの増岡
氏他とも交流があり話題も豊富なので、いろいろお話が
はずんでいたようです。ただ一通りお話しと食事が進行
した後、新参の我々が来賓席を占拠していては他の先
輩メンバーさん達に申し訳がないので、お席を替わって
頂くことにしました。
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その後、写真の空飛ぶZ432オーナーこと奈良ご在住の
現役ANA国際線パイロット遠藤氏を始め各自が持ち寄っ
た思い出の品や本などにご来賓のサインをお願いされて
いました。
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ちょっとマニアックな持参品として、Z432搭載のS20エン
ジンのヘッドカバーにサインをすべく北野氏、柳田氏が
やや苦労されている様子です。
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変り種と言っては失礼ながら、240ZGを所有でイギリス国
籍のアラントーマス氏と思しき御仁も楽しそうに歓談され
ていました。
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壁にはクラブ20周年記念行事として現在進行中のフラッ
グリレーの旗も飾られました。恥ずかしながらタバコ屋も
先般倉敷にて旗の端っこの方にサインさせて頂きました。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ参照願い
ます)
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名誉会員でクラブの技術顧問でもある久保氏とお話しし
ているところですが、久保氏の着用されているのが今回
タバコ屋が購入したクラブジャケットです。メーカーはミズ
ノ製ですが、背中と胸には別注のロゴがプリントされ、袖
にはクラブロゴの刺繍ワッペンが貼られていてなかなか
マニアックなジャケットです。

肝心のお話しの中味はというと、かつてタバコ屋のZをレ
ストアするに当たり、エンジンのレスポンスが悪いので
どう改善するかとなった時、松山のエンジン屋さんはピス
トンリングが磨耗しているので交換ボアアプするしかない
という見解だったのに対しタバコ屋はおかしいと感じたの
で、当時思い余って、面識のない久保さんに飛び込みで
直接お聞きしたことがあったのです。久保さんの見解は
ピストンリングの磨耗なんてありえない、それはソレックス
キャブの調整不良です。と仰いました。実際その通りだっ
たのですが、松山の業者はリングのせいだと言い張り、
ボアアップ以外は請合わないと言い出したので仕方なく
3Lにボアアップした経緯があったのです。その頃の思い
出話しをした訳ですが、久保さんは多忙のためそのこと
は覚えていらっしゃらなかったようです。オクルマにしろ
ヒトにしろ藪医者にかかるととんでもないハメになるとい
う見本みたいな出来事でした。
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奈良から単駆Z432で駆けつけられた遠藤さんとのワンシ
ョットですが、タバコ屋はもともと細い目をつむってしまっ
ています。平尾センセもうちょっと何とかなりませんでした
かね。
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ランチミーティングは食事もお話しも進行し、いよいよ
コーヒータイムとなりました。タバコ屋はほとんどのメン
バーさんと面識がないのですが、皆さん楽しそうに歓談
されているところへ割って入るのもいかがなものかと思
い、今後に委ねることに致しました。つたない経験から
判断しても、学生時代4年間同じ釜の飯を食って初めて
同釜の親友ということになる訳ですから、何でも時間は
掛かるのです。
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楽しくも濃厚なランチミーティングもいよいよお開きの時
間となりました。皆で記念撮影です。平尾センセが写っ
ていませんが、ご自分のNikon一眼レフで撮影したもの
で写らないのは当然ですよね。正面左手前でフラッグを
持っていらっしゃるのが事務局長の遠田さんです。
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さてその後皆さん各地へ散っていかれましたが、川嶋さ
んは静岡から愛車のブリティッシュグリーンS30Zで来ら
れていたので記念に一枚撮らせて頂きました。
今時、ジャガーEタイプを彷彿とさせるメッシュホイールを
ご着用のオクルマなんてそうざらに見つかるものではご
ざいません。しかもボディカラーにジャストマッチで大変
渋いご趣味です。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ参照願い
ます)
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前述の奈良の遠藤さんもZ432で上京でしたが、平尾セン
セは初対面だったので、オクルマのご紹介をしたところ
根堀り葉堀り細部までご撮影に励む平尾センセでした。
手前味噌ながら、10年前寄居のNISISANちで拝見した
240Zもスペックこそ違え、ボディはずばりこのイメージ
及びコンディションでした。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照
願います)
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ホームステイ3人衆?の記念写真です。Zを巡る不思議
なご縁ですが、今後も大切にしていきたいものです。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願い
ます)
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また事務局長の遠田さんは都内新宿にお住まいのバリ
バリの江戸っ子にて愛車240ZGでお越しでした。
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川嶋さんと遠藤さんをお見送りしたあと、遠田さんをお
見送りしようとした時とんでもない事態が発生しました。
駐車場の床にあるフラップの昇降装置(赤い箱)の片方
がオクルマのサイレンサーに当たって出られなくなった
のです。遠田さんはお店の方にフラップを下げてもらい
脱出を試みましたが、BOXが当たっているのでうまくい
きません。見かねたタバコ屋達は手押しで左右に小刻
みに幅寄せを敢行し、大汗をかいた後、遠田さんの大
切なオクルマを傷付けることなく脱出に成功致しました。
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遠田さんには入部にあたり何かと親切にして頂いてい
るので、ささやかながらお役に立てたかな思い、赤いハ
ンカチならぬ白いハンカチで額の汗をぬぐったタバコ屋
でした。
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すべての行事が終わり、タバコ屋はもう一泊するものの
平尾センセは京都へお帰りになるので東京駅までご一
緒しそこで名残を惜しむことになったのでしたが、どうし
たことでしょう、東京駅の地下は来る東京オリンピックに
向けて大改装中で、まあえげつないほどショーバイっ気
丸出しで、お土産店のオンパレードでした。若いカップル
の立ち寄るカフェらしきものはちらほらあったものの全席
禁煙、お酒なしときては2人の取り付く島はありません。
ビール1
結局30分近く歩いた末、やっと万博世代の感性にピッタ
リのビヤホール銀座ライオンを見つけたのですがそれも
日曜日休館にて、途方に暮れかかりましたがやっと小さ
な中華料理店を見つけ、そこで今日の余韻を楽しみつつ
別れの杯ならぬビールで乾杯したのでした。

このあと娘の陽子のところへ殴り込みを掛けるのですが
長くなるので今回はこれで筆を置きます。次回 vol.4を
お楽しみに。

★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
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