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島のビックリポン酢開発 vol.4

平成28年7月3日
島の特産品であるいよかんを使ったビックリポン酢を作
りたいという構想は実は5年ほど前から温めていたんで
すが自社製造という訳にもいかないので、古くから当社
とお取引のある松山三津地区の村要本店さんにお願い
しようと決めていました。折に触れての村上社長とのお
話しで、そのうち、あすなろ、で3~4年ほど経ち、タバコ
屋の内部体制も整ってきたので、昨年正式にお願いし
たところ快諾頂き、約1年を要して試作を重ねやっと満
足出来るものが仕上がりました。
あさが来た6
商品プロデュース及びパッケージデザインについては
これも以前からお世話になっている広島のギミックさん
にお願いしたところ快く引き受けて頂きました。商品試作
と平行して作業を進めて頂いた結果、この度デザインも
仕上がり、いよいよ我が子を世に出す運びとなりました。
あさが来た18
さてパッケージデザインです。タバコ屋がぼんやりとイメ
ージしていたのはかつて幼かった頃、昭和30年代の原
風景、即ち三丁目の夕日の世界の瀬戸内海版でした。
あさが来た24
モチーフとしては朝ドラのあさが来たのタイトルバックが
大好きなんですがこれはタバコ屋と同級生の副田高行
さんがプロデュースし、7才年上の藤枝リュウジさんとい
うおじさんがイラストを担当しました。
副田高行3 藤枝リュウジ
意外でしょうが、言ってみればタバコ屋と同世代のおじさ
ん連中が創作したものであるからこそ、共感出来るもの
があるのかも知れません。
秋元康 AKB48山本彩
またテーマ曲は作詞が今をときめく秋元康さん、作曲が
角野寿和・青葉紘季さんの共作で、歌うのは山本彩さん
を中心とするAKB48の皆さんということで意表を突いた
構成ですよね。
島ぽんPOP1
そのタバコ屋のささやかな願いをギミックさんに託して待
つこと数ヶ月、デザインが出来上がりました。ギミックさん
はやってくれました。力作です。タバコ屋の祈りのような
思いをズバリ表現してくれました。VERRY GOODです。
(関連記事:島のビックリポン酢開発 vol.3参照願います)
キャッチ
最重要なキーワードとして「お口に広がる瀬戸内海」の
キャッチコピーが採用されました。これは今回が初めて
ということではなく、スイーツを中心とするタバコ屋の加
工製品に一貫して使用されてきたもので、お口の恋人
ロッテの玉置さんでもないでしょうが、京都出身の名コピ
ーライター、仲畑貴志さんの代表作である「お尻だって洗
ってほしい」にひけを取らない作品であるとタバコ屋は秘
かに思っています。
お尻だって洗ってほしい
ここだけの話しながら、TOTOはこのキャッチコピーにより
ウォシュレット市場で爆発的な売上とシェアを獲得するに
至った訳で、仲畑さん様々だった訳ですが、タバコ屋にも
同様のことが起こるやも知れないのです。しかしそれは
獲らぬ狸の皮算用と申しましてタバコ屋は初めからそん
ないかがわしい考えは持ち合わせていません。
だって人生は紙飛行機、風の中を力の限りただ進むだ
けなんですから。
(関連記事:島のスイーツ開発 vol.1:プロローグ参照願
います)
島ぽんラベル2
さて肝心の商品名ですが、島のビックリポン酢のコンセプ
トにちなみ「ほやけん島ぽん」に決定致しました。当初は
「ほやけん島ぽん酢」というネーミングも検討されましたが
インパクトに欠けるので「島ぽん」でいくことにしました。
ところで頭にほやけんというのが付きますが「ほやけん」
というのは伊予ことばで「だから」という意味なんです。
特別な意味と言うよりは伊予の中島らしいネーミングを
ということでギミックさんが頭を捻ってくれました。
「ほやけん島ぽん」何か懐かしいほのぼのとしたノスタル
ジー(郷愁)を感じませんか。

キャラクターとして、可愛らしいAKBならぬ中島きよみさん
を抜擢しました。今回製造を担当して頂く村要本店の若
奥様のイメージにもやや似たところがあり、気に入って
います。奥様の名誉のために申し添えますと、実際はず
っとお綺麗なお方です。

ビンのデザイン及び容量は村要本店さんの充填キカイ
の制約があり、360ml入りのシンプルなものとなりました。
尚、キャップはヒンジ式で少しづつふり掛けられる切り口
のものを採用しました。
島ぽんしおり1
ここまで来て、ギミックさんは粋な計らいをしてくれました。
販売時に添えるしおりのデザインもして頂いたのです。
タイトルは「思い出の島からこんにちは」で、このコピー
も他のスイーツ製品に使用されている一貫したものです。
そこには、かつてタバコ屋が運行していた島の三輪バス
ヂャイアント号や汽船のはやとり、くれひめ、また村要本
店さんのマツダ三輪トラック等、昭和30年代前半の懐か
しい風景が散りばめられています。このような環境の中
で、ボクらは育ったんです。
(関連記事:あこがれの宮島 vol.2:再訪参照願います)
島ぽんPOP2
このブログをご覧頂いているご縁の方々には随分気を
揉ませましたが、1年近くに及ぶ開発を経ていよいよこ
れで島のいよかんポン酢の完成です。
まだあげ初めし前髪の乙女の如き恥じらいの香り立ち
ゆく「ほやけん島ぽん」
、今後一体どのような評価を頂く
ことになるのでしょうか。

さて我が子を世に出すにあたりいくらのおネダンにする
かですが、大量生産のミツカンさんなどは比較にならず、
また関西では有名な旭ポン酢さんが同容量で700円程
度(税別)でお売りになってはいますが、知名度は比較
になりません。島ぽんは自家製造品ではなく一部の原
材料を村要本店さんに持込み製造して頂くいわゆる委
託製造品であるため、おネダンも全くの自由にはなりま
せん。色々迷った挙句、600円(税別)程度でスタートさ
せて頂けないかと思っています。実質ハンドメイドの品
ゆえ割高なのは重々承知ながら一度ご試食頂き、ご意
見を賜りたいと思っています。

島のビックリポン酢開発ストーリー、今回を以って取りあ
えずの区切りと致します。長期間のご精読有難うござい
ました。

(尚、NHK朝ドラ「あさが来た」に関連する写真は、ヤフー
画像より流用させて頂きました)

島のビックリポン酢開発 vol.3

【平成28年5月16日】
さていよいよ島のビックリポン酢の開発も佳境に入って
まいりました。商品の試作に概ね目処がついたので、
次はブランディング作戦です。
前回予告致しましたが、親しくさせて頂いている広島の
ギミックさんで只今奇想天外なネーミングとデザインをし
て頂いているようです。今公表してしまいますと、完成時
の楽しみが半減しますので、それまでのお楽しみと致し
ます。ただ、朝が来たのあさちゃんもビックリポンなネー
ミングであることだけは内緒でお知らせしておきます。
あさが来た15
基本コンセプトは瀬戸内海の島からお届けする、島らし
い商品と意匠にし、ほのぼのとしたノスタルジーを感じさ
せるようなものに仕上がってほしいと願っています。

余談ながらそのギミックさんというのは、かつて若かりし
頃東京で今をときめく小説家の林真理子さんたちと席を
並べてコピーライターとか広告デザイナーのオベンキョウ
をされた方でタバコ屋のところの品々についても心に残る
キャッチコピーやデザインを考案頂きました。その代表は
おクチに広がる瀬戸内海」でタバコ屋は今でも名コピー
であると自画自賛しています。
キャッチ
ここだけの話ですが、かつて「お尻だって洗ってほしい」の
名コピーで一世を風靡した京都出身の仲畑貴志さんと肩
を並べる出来栄えだと秘かに思っています。
そのギミックさんですが、お名前は小原さんと言い、西日
本ではそのギョウカイでかなり有名な方なんです。広島生
まれの広島育ちのお方で、山陽筋でこれはというお店は
かなりの確率で小原さんが関係しているといっても過言で
はないほどです。尤も食品関係が主体ではありますが。
DSCN6190.jpg
その小原さんのご趣味と言うか道楽が意外にもお好み焼き
で、食べるほうではなく作る(焼く)ほうなんです。
昨年趣味が高じて長年の念願であったお好み焼き店を広島
愛宕町に開店されました。そこはもうギミック小原ワールドと
言ってもよいようなお店で、今まで注文先のデザインやプロ
デュースを手掛けて来た小原テイストの集大成みたいな
お店なんです。関心のある方は広島へ行かれた際は是非
立ち寄って見て下さい。ほんわかした気分に浸れますヨ。
ちなみにお店の名前は「あたご屋」です。
DSCN6193.jpg
何やら今回はギミックさんへのエールのような記事になっ
てしまいましたが、ビックリポン酢のブランディングについ
ての詳細が公表出来ない今はこの程度でお茶を濁させて
頂くことに致します。
ちなみに写真の広島お好み焼きは酒粕を使ったオリジナ
ルメニューの吟醸焼きです。
IMG_0904.jpg
蛇足ながら、このブログにいつもご登場頂く、京都の有名
元校長センセから昨年来、レストア(修復)成った平等院
見に来~なと半ば命令のように言われてきたタバコ屋で
すが地区総代という公務に足掛け4年間も縛られたため、
実現出来ませんでした。今春やっと開放されたためこの度
念願!!の京都・宇治巡礼を果たすこととなりました。
平尾センセのご配慮で、世界中から観光客が押し寄せる
5月の連休を避け、その連休明けに訪問させて頂きました。

それはもう、えもいわれぬ至福の空間と時間でタバコ屋に
とっては良い死に土産となった巡礼旅でした。その模様に
つきましてはまたビックリポン酢の記事と並行して3部作程
度でお話したいと思いますので、お楽しみに。
DSCN8379.jpg
どうでも良いことながら今回の巡礼にはこれまた奈良の某
有名ショップでエンジンレストアを果たした赤いお嬢ちゃん
ことフェアレディZ嬢を同伴したのは言うまでもありません。

若い頃には全く関心もない事で、新しいものにしか目が行き
ませんでしたが、今回の平等院といい赤いお嬢ちゃんといい
タバコ屋はここのところレストアづいていて古き良き物を修
復して大切に保存、もしくは使用することの重要さに気付き
つつある昨今です。

島のビックリポン酢開発 vol.2

平成28年4月23日
いよかん風味かダシ味かそれが問題だ
シェークスピア2
シェークスピアの代表作の一つ、ハムレットの中の有名
な台詞、「生きるべきか死すべきかそれが問題だ」でもな
いでしょうが、今回のビックリポン酢開発にあたりタバコ屋
がハムレットくらい真剣に悩んだのが上記の問題でした。
ハムレット3
開発のキモはいよかんわらべの風味を最大に生かすこと
ではあるものの、ポン酢である以上ベースのダシ味も重
要で、この両方の微妙なバランスにより最良のものが出
来ると思うのです。
わらべイメージ2
前回の記事でお話したように、まず当初に試みたのはいよ
かんのジュースを一定比率でブレンドしたのでしたが、香り
が弱くいくら配合比率を上げてもイメージするような風味が
出せませんでした。そこで以前から製品化していたいよかん
の青摘み果実を搾汁したわらべ果汁(当社名称)を使用した
ところ、とてもすがすがしい香りがしょうゆ味のダシとうまく
調和して、個性的なポン酢が作れそうな予感が致しました。
あとはチューニングです。オクルマの世界でもせっかく優
秀なベース車両があってもファインチューニングがされな
ければ本来の性能(良さ)が発揮出来ません。
IMG_3183-1.jpg
手前味噌の話で大変恐縮ながらタバコ屋が手塩に掛けた
赤いお嬢ちゃんこと昭和48年(1973年)製造の旧車フェア
レディS30Zはレストアするに当たり、要であるエンジンを
大幅に改造する等そのチューニングには随分な手間暇と
OKANEが掛かりました。(足掛け7年間に及んでいます)
エンジン
エンジンについて言いますと、標準の2Lから3Lにボアアッ
プ(排気量の拡大)していて、ガソリンをエンジンに送り込
むキャブレターはソレックスという名称の高性能なタイプを
装着しています。また写真ではキャブレターに隠れて見え
ませんが、排気は6気筒別々に配管されており排ガスが
抵抗なくスムーズに排出されるようにしています。(業界
用語ではタコ足と言います)またマフラーは縦型2連装の
デュアルタイプに交換していて(Z432用)サウンドだけで
なく実際の排気効率を高めています。それ以外にも吸排
気用のバルブを制御するカムを高速用に変更する等諸々
の改良がされています。
IMG_3240.jpg
その結果、標準の2Lタイプでは130馬力程度なのですが
タバコ屋のZは恐らく250~260馬力!くらい出ているので
はないかと思います(プロ業者の見解)。以前の記事でも
お話した高性能の目安であるパワーウエイトレシオは日本
流表示の場合4kg/PSとなり、欧米流表示の場合250PS/t
となって我ながらやや気恥ずかしくはありますが世界一流
のスポーツカー
に匹敵する数値です。(Zの車重は約1tで
重さ一緒で馬力が倍になればそら高性能になりますわ)
スパークレストア4
でもその性能をフルに引き出すにはファインチューニング
という名の匠のオシゴトをしなくてはなりません。

話をポン酢に戻します。狙いはいよかん風味を最大限引
き出し(そのために業界常識を無視してわらべ果汁を30%
配合しています。常識では15%未満)その上でベースの
醤油味のダシとベストマッチングさせなければなりません。
その場合、ダシ味が目立ちすぎると良くないのです。いよ
かんわらべの初々しい香りをメインに程良いダシの旨味が
香りを引き立てるようにチューニングする必要があります。
IMG_7299.jpg
試作品(プロトタイプ)は製造元の村要さんには気の毒な
ほど何度も何度も繰り返しベストマッチングを試みました。
実は今回の開発にあたり香りの原料であるいよかんわら
べ果汁をあまり作ってなかったので、このまま試作ばかり
を重ねると、肝心の原材料がなくなってしまうという心配も
出てきました。ダシについてはカツオダシ、昆布ダシ、を
組み合わせたり単品でやってみたりといろいろ試行錯誤
の結果、シンプルにカツオダシだけでいくことにしました。
いよかんわらべの香りを引き立てるにはこれがベストマッ
チングという一定の結論を見ました。
240Zモンテ13-1
さて今回のポン酢開発には村要本店さんには随分お世話
になりつつあるのですが、プロの老舗メーカーの村要さん
は言ってみれば(オクルマ業界用語で言えば)ワークス
んです。一方タバコ屋もショウバイに関しては5歳の時から
前ダレ掛けてきた筋金入りの商家育ちであるので、ある
意味プロ同士のワークス開発とも言えます。
どうでもよいことながら写真はかつてNISSANワークスが
昭和47年(1972年)豪雪のモンテカルロラリーにおいて名
手アールトーネンのスーパードライビングにより奇跡の3位
入賞を果たした時のワークスサービス隊の活躍風景です。
何故奇跡かと申しますと、フェアレディZはお鼻が長く、狭く
曲がりくねった道を高速で走るには適していませんでした。
それにも拘わらず3位入賞を果たせたのはひたすらアール
トーネンのドライビングテクニックが超一流だったせいによ
るものです。(たとえばサイドブレーキを使ったスピンターン
でヘアピンカーブを曲がるとか)
240Zサファリ1-2
蛇足ながら、その前年、昭和46年(1971年)に当時世界で
最も過酷なサファリラリーにおいてE・ハーマンの果敢なド
ライブによりフェアレディ240Zはポルシェ等世界の強豪を
押さえて初出場、初優勝と言う快挙を成し遂げました。
かつてのNISSANワークスは、まさに血湧き肉躍るといっ
た、タバコ屋を含むオクルマ大好きNIPPON若人の夢の
象徴となったのです。

ここで、今回製造面でお世話になる村要本店さんについて
少しご紹介したいと思います。村要さんは明治18年(1885
年)という気が遠くなるような昔の創業で以来131年の星霜
を重ねており松山でも業種を問わず指折りの老舗メーカー
です。当初はお酢の製造からスタートし大正末期からは
醤油、味噌の製造を手掛けるようになりました。現在は6代
目となる村上昌平氏が社長として頑張っています。

中島とのご縁も古く、またタバコ屋のお店との取引も40年
程も続いており、タバコ屋は若い時分から村要さんの味に
なじんできた訳です。今回のビックリポン酢開発に際して
は、まさしく最適のメーカーさんであると思っています。
DSCN8014.jpg
村要本店さんの正面ゲートです。クラシカル&レトロです。
古臭いと仰る方もいるでしょうし、最新鋭の工場も良いの
ですがこういった古きよき時代のたたずまいを残している
工場というのもタバコ屋は好みです。
DSCN8022.jpg
製造のメインはお醤油だとお聞きしていますが、要となる
麹を作る巨大な釜というか製造装置だと思われます。
DSCN8023.jpg
大豆、小麦、塩等の原料を麹によって醗酵させ、出来た
もろみを大きな布に包み何重にも重ねプレスして搾る装
置です。搾汁されたものがお醤油ということになります。
DSCN8024.jpg
手前のタンクはその貯蔵用のものだと思います。
DSCN8025.jpg
お醤油の殺菌装置ですが、おそらく熱交換により瞬時に
殺菌するタイプだと思います。熱交換の原理は簡単に言
いますと、ラジエターのようなものを2個並べて一方に高
温の蒸気を通し、もう一方に加熱したい液体を通すとその
液体は瞬時に高温となり殺菌が出来るという原理で、一
般的にはプレート殺菌装置と呼ばれます。
DSCN8026.jpg
比較的小ロットの製品を製造するための回転式蒸気釜
ですが、加熱調理及び殺菌用で、タバコ屋のポン酢を作っ
て頂く場合は、この釜が活躍することになると思います。
IMG_1050.jpg
醤油やお酢のビン詰め装置の一部です。タバコ屋もジュー
ス工場を立ち上げた経験から、こういった特殊な食品製造
用のキカイは大量生産してないため、ベラボーに高いんで
す。例えばビン詰め工程を手で触らずに全自動でやろうと
思えば一口1千万とかいうのは安いほうの部類でしょう。
ポルシェかマクラーレンが一台停まっていると考えれば
わかりやすいでしょうか。
DSCN8016.jpg
完成した醤油、お酢等の置き場だと思います。レトロな建
物が老舗の風情をよく表現していて好ましいと思います。
IMG_1062.jpg
工場見学させて頂いた時の写真です。左からタバコ屋の
倅で、当社のエース、マー君です。続いて今回のポン酢
開発の総合プロデューサー兼デザイナーである小原さん
です。タバコ屋の右手は村要本店のオーナー社長である
村上さんです。謙虚で誠実なお人柄には頭が下がります。
写真には写っていませんが村上社長には優しく聡明な
奥様がいらっしゃって内助の功を実践されています。
以上村要本店さんのご紹介をさせて頂きましたが、今回
はここまでとし、次回はいよいよ写真の小原さんにお願い
したビックリポン酢のブランディングについてお話したいと
思います。お楽しみに。


島のビックリポン酢開発 vol.1

平成28年3月23日
プロローグ
ポン酢というのは日本の伝統的な調味料であり、お鍋の
付けダレや焼き物に、また和風ドレッシングとして酢の物
やサラダ等々、多様な用途に使われています。
基本的にはお醤油+お酢+香りのベース+ダシ他調味
料をブレンドしたものですが、香りのベースとして古来より
日本の伝統的な芳香性柑橘であるゆず、だいだい、すだ
ち、カボス等々が使われ、種類も多く、またそれぞれの素
材を用いて様々なメーカーさんが製造しているため、もう
日本には星の数ほど製品があり、市場は完全に飽和状
態であり今更ポン酢開発なんてビックリポンの暴走行為
かも知れません。
ドラッグレース12
しかし、しかしです。捨てる神あれば拾う神ありと言うじゃ
ないですか。もし香りが独特の個性的なもので、お味が
万人に受け入れて頂ける美味なものであればやってみ
る価値はあるのではないでしょうか。タバコ屋はサントリ
ーで働いたことはありませんが、サントリーの経営理念
は「やってみなはれ!」であるとお聞きしています。
トリス1
タバコ屋も雌伏65年、亀のごとく伏したまま黄昏を迎えつ
つある島の商店主。物狂いで始めたみかんの産直事業
やジュース等製造業で慣れない事業ゆえ当初はうまくい
かず、一時枝ぶりの良い松を探した時期もあったものの、
果たせず今日まで生き長らえることになりました。

ある時、タバコ屋の同志社大学自動車部の一期後輩で
このブログにも度々ご登場頂く、京都の紙製品の老舗
である福井朝日堂のいとはんである福ちゃん(石川女史)
にお話したところ、大阪には旭ポン酢さんゆうて結構有
名なポン酢屋さんがあり、タカジンさんがTVで紹介して
から爆発的に売れ出し今では年間200万本!も売れて
るそうやから参考にしはったら?とアドバイス頂きました。
旭ポン酢1
調べてみるとたしかにそのとおりで、斜陽商品、飽和商
品であるはずのポン酢ながら実際にはメチャ売れている
商品もある訳で、内心意を強くした次第です。
ここはサントリーさんでもないでしょうが「死に土産にやっ
てみなはれ」と自分に言い聞かせました。
大浦湾遠景3
発想の原点は、中島が日本でも有数のいよかん産地で
あることでした。みかんの事業を手掛けている事もあり
いよかんはふんだんに入手出来る立場にあります。
またいよかんは主に生果実で食べるほかジュース、マー
マレードに加工されてきましたが、もともと芳香性の柑橘
で、その爽やかなフレーバーは和のテイストを持ち、心な
しか春の訪れを感じさせるものがあります。
いよかん園地2
またここに至るまでには伏線がありました。実はジュース
の製造を始めて間もない頃、ラインナップを充実するため
ジュースだけでなくレモンやだいだいのストレート果汁を、
香りを楽しむエッセンスとして開発しました。これはこれで
一定のニーズがありジュース程ではないにしても根強い
人気を頂くことになりました。
レモンイメージ
余談ながら、果汁の殺菌にあたりレモンは特に熱に弱く
加熱しすぎると独特の薬品臭がしてくるため低温殺菌が
必要で、それをマスターすることだけでも随分時間と労
力を要し、試行錯誤と失敗を繰り返した末、今では本来
の香りを保ったレモン果汁をお届けすることが出来るよ
うになりました。
わらべイメージ2
次に試みたのは温州みかんやいよかんの青摘み果実を
皮ごと搾り、香りの果汁として製品化することでした。何
故青摘み果実を使用したかと申しますと、まだ青い果実
にはこれから成長しようとする生命力に溢れたエネルギ
ーと若々しい芳香に満ちており、お肉で言えば子牛や子
羊の肉であって、良いものが出来ると考えたからでした。
世に出すにあたりさてその名前を何にするか悩みました
が、成熟する前の青い果実を搾ったもの故「わらべ果汁
とすることにしました。写真はそのわらべ果汁なんですけ
ど、内緒の話ながらわらべの文字はタバコ屋の直筆です。
IMG_1156_2.jpg
これまた余談ながら自然の命を丸ごと頂くという考え方は、
マクロビオテック等自然食の世界においてもかねてより主
張されていることであり、当社ではその考え方にもとづき
搾汁方法は果実丸ごと(皮ごと)搾る方法を採用していま
すが、欠点としてはきつく搾ると果皮の苦味がでるのでゆ
るく搾るため(搾汁率30~40%、大手メーカーは異なる
搾汁方法で70%)大変効率の悪い方法です。その搾汁
方針は製品名にも生かされており、当社製品名はすべて
丸しぼり果汁」として統一されています。
蛇足ながら、商標登録はポッカさんがされていますが、当
社の方が早くから開発使用していたため並行使用が認め
られている因縁のブランド名です。

またレモン果汁のところでもお話しましたが、果汁の風味
を生かすという点では、一般的にジュース業界で行われて
いるプレート殺菌法(100度以上の高温で瞬間殺菌)を用
いず、蒸気釜による中温度殺菌法(80~90度で10分程度
殺菌)を採用しており、自然の風味を損なわないような配
慮がなされています。これも搾汁方法同様大変効率の悪
いやり方ですが、レモン果汁の場合はそれでも風味を損
なうので低温殺菌(65度で20分程度殺菌)を施している訳
です。

世の中そんなに簡単に行く訳もございませんが、案の定
温州みかんは香りが弱く、また果汁の色がジュースのよ
うにややオレンジがかっていたので不評で結局廃止とな
りました。一方いよかん果汁のほうは香りがよく、色もレ
モン果汁とよく似た薄いクリーム色にてまずまずの仕上
がりでした。しかしレモンやだいだいのように香りの果汁
としての認知度が全くなく、近年では窓際のトットちゃん
のお立場となっていました。
旭ポン酢3
島のポン酢開発に当たり、タバコ屋が心がけたことは以
下のようなことでした。
1.世にポン酢と名の付くものは地場産、メーカー品を含
め数えきれないほどあり、あえて世に出すにはそれなり
の個性や話題性はもとより、歴史や物語を持ったもので
なくてはならない。
2.愛媛・中島がいよかんの代表産地であることから加工
製品化の一環としていよかんの更なる活用を図りたい。
3.現状、いよかんをベースにしたポン酢は殆んど市販さ
れておらず、さらにいよかんの芳香、特に青摘み果の、
みずみずしくも初々しい香りは個性的なポン酢のベース
として適していると考えられる。
IMG_1056.jpg
さて基本コンセプトは固まりました。しかしタバコ屋は自社
製造にてジュースやその他のストレート果汁及びジャム
等は賄えるもののポン酢の製造は専門メーカーさんにお
願いしなくてはいけません。幸いなことに松山の三津浜
地区に、タバコ屋のスーパーに戦後古くからお取引頂い
ている村要本店さんというお醤油とお酢のメーカーさんが
あり、創業100年以上の老舗で中島に住む人たちには長
年の馴染みの味であり、またそこの社長ご夫妻とは地域
のイベントや催事等でもよくご一緒していたので顔なじみ
でもありました。恐る恐るお願いしてみたところ、快く引き
受けて下さることになり、さあやるぞという気持ちになって
きました。

失敗は成功の元とは言うものの、よわい65才にして大失
敗というのもお恥ずかしいので、タバコ屋の基本作業は
この辺までとし、製品プロデュース及びブランディングは
タバコ屋がいつもお世話になっている広島のギミックさん
にお願いすることに決めたのですが、ギミックさんも西日
本一帯で広域にクライアントを抱える売れっ子デザイナー
ゆえ引き受けて頂けるかどうか心配でしたがこれも快諾
頂きあとは村要さんにお願いして試作を重ねベストな商
品を作るというところまでこぎつけました。
どんな製品開発であれ、幾度も試作を重ね、これならと
いう納得のもとで世に出す訳ですが、今回も試作につい
ては紆余曲折ありなかなか大変でしたし、現在も試作が
続いています。その模様については次回の記事にてお
話しようと思いますのでお楽しみに。

クグロフとミニ・クーパーの謎

平成26年2月7日
今迄の記事でタバコ屋がかなり力を入れて開発した期
待の新製品「中島いよかんクグロフ」についての開発ス
トーリーを数回に亘りお話し致しましたが、一応の締め
として今回はクグロフとミニ・クーパーとの似ても似つか
ぬ関係についてお話ししたいと思います。
旧ミニ-12
オクルマ好きなら誰でも知っていて日本人が大好きな英
国車と言えば写真のミニ・クーパーに決まっていますよ
ね。ミニ・クーパーのルーツをお話しするとあくびが出る
ほど時間が掛かりますのでかいつまんでご説明しますと、
メーカーはBMC社(ブリティッシュ・モーター・コーポレー
ション)で戦後の一時期までは輝いていたイギリスの自
動車産業でしたが、その後の急激な技術革新(イノベー
ション)についていけなくなり、オースチン社を中心とす
る数社が合併して出来たメーカーでした。
旧ミニ-3
BMC社は当時新進気鋭の天才設計者アレック・イシゴ
ニスを抜擢し、彼が温めていたアイデアをズバリ新型車
に採用することになります。
その名は「ミニ」でした。発売に当たってはオースチンミニ
とモーリスミニという名前でしたが同じものでした。その
構想は極めて革新的なもので、基本コンセプトは「人の
スペース最大、メカのスペース最小」というものでした。
後年我がHONDAはこのコンセプトをパクッたのかどうか
知りませんが「マン・マキシム メカ・ミニマム」というコン
セプトを打ち出しました。タバコ屋の推測では多分パク
リだと思います。では天才イシゴニスはそのコンセプトを
どのように実現したのでしょうか。
旧ミニ-16
ミニのエンジンルームです。彼は当時の常識をことごとく
覆す設計をしました。まずエンジンは縦置きが常識だっ
たものを横置きとし、前後のスペースを短縮しました。
ミッションは縦置きエンジンの後ろに直列にくっ付けるの
が常識でしたがエンジンの下部へ並列にくっ付け2階建
ての構造としました。それにより前後スペースは格段に
短縮されました。
そして前2輪を駆動させるFWDいわゆる前輪駆動とした
のです。FWDのメリットは後輪に動力を伝えるプロペラ
シャフトが不要となり、いわゆるフロアトンネルがなくな
ることでキャビンが広く使えることにあります。それと部
品点数が少なくて済むので大衆車にとっての至上命題、
コストダウンに貢献することにもなるのです。
ボディ形状はいわゆる2BOXスタイルとし車輪は出来る
だけ四隅に配置することによりキャビンスペースが最大
になるよう配慮しました。サスペンションには金属コイル
でなくゴムを使用する等、何もかも革新だらけの設計で
した。

当時、ロールスロイスのキャッチフレーズは「必要十分
な性能を備えています。これ以上何をお望みでしょうか」
と豪語していましたが、ミニは「実用車で、これ以上何の
機能をお望みでしょうか」と言わんばかりに他のライバ
ルを圧倒する画期的なデザインと機能で颯爽と登場し
たのです。人気が出ない訳がありません。その後の世
界的な大ヒットは言うまでもないことで、近年BMWによっ
て吸収され、BMWミニが誕生するまで40年もの長きに
わたり生産され続けてきました!。
(関連記事:復刻と改造参照願います)
チェリーX1-2
我がニッサンが昭和45年(1970年)に発売した意欲作
NISSANチェリーはミニ同様4気筒OHVエンジンを横置き
にし、ミッションはイシゴニス流の並列配置による前輪
駆動システムを採用していました。早い話がミニのパク
リですが当時タバコ屋は同志社大学自動車部の2回生
でした。

実はその翌年、販売促進の一環として我々の自動車部
にそのチェリーのスポーツタイプX-1を1年間モニターとし
て貸与頂くことになったのです。思いも掛けないことにて
クラブ内で一躍スター車輛としてもてはやされることに
なったのは言うまでもありません。1年間とは言え愛着
があり、キビキビとした俊敏な走りで思い出深いクルマ
でした。
北陸遠征-1
今では滑稽な裏話が一つあります。このチェリーX-1は
関西の有力な大学自動車部の数校に貸与されたので
すが、京大がもれていてある日その京大のキャプテン
以下数名が我が部室に怒鳴り込んで来たのです。
俺達の大学が漏れて何故おまえらの大学が貰えるのか
と。答えはクラブでの競技実績のあまりにも大きい差に
あったのですが、タバコ屋は当時キャプテンを拝命して
おり、そういうことはニッサンに行って申し述べるのがよ
ろしかろうと答えるに留め乱闘にはならずに済みました。
若気の至りとは言え予期せぬ出来事があったことを鮮
明に覚えていますが、その当時の懐かしい写真で北陸
遠征に行った時のものです。
(関連記事:荒ぶる心 vol.3:チェリーX1参照願います)
チェリーX1-3
このチェリーは元々ニッサンと合併直前だったプリンス
の設計部隊によって開発されたものでしたが直後に合
併となりニッサンブランドで発売されると言ういわく付き
のオクルマでもありました。多分プリンスの設計技術者
達はアレック・イシゴニスとその作品であるミニに惚れ込
んでいたのだと思います。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
チェリーX1-25
チェリーの高性能版X-1のエンジンルームです。OHVな
がら高性能エンジンとして評価の高かったA12型エンジ
ンは当時サニーにも搭載されていました。それをチェリー
は横置きにし、出力を高めるためサニーGX-5同様のSU
キャブレターを2連装していました。今から思えば軽度の
チューニングながらとにかく車重がたったの670kgと今
のクルマの半分くらいしかなく、80馬力程度だったにも
拘わらず、とにかくバカッ速かった記憶があります。
チェリーX1-22
コクピットのデザイン一つとっても、今では笑ってしまい
そうですが当時としては無駄を排し機能美に溢れたスポ
ーティなデザインだったように思います。但しそれは単な
るタバコ屋のノスタルジーであるのかも知れません。

無駄話を一つしますと、タバコ屋は今でもチェリーという
ネーミングが大変お気に入りであり、また初代チェリー
の愛くるしいデザインもネーミングと合わせて魅力的で
した。残念ながらその後2代目以降はデザインも改悪さ
れ、初代の魅力は失われてしまいました。また8年後に
はパルサーという名前に変わってしまいタバコ屋の落胆
が大きかったことは言うまでもありません。多分プリンス
の技術者達も同じ心境だったと思います。
IMG_3183-1.jpg
余談になりますが、タバコ屋の愛車、昭和48年製のフェ
アレディS30-Zが昭和44年(1969年)の発表ですから、
チェーリーはその1年後に発売されたということであり、
とにもかくにもタバコ屋の青春時代そのものでもあった
訳です。ちなみに後ろに写っている可愛い小島が今回
の開発のモチーフとなった「城」でタバコ屋だけの愛称
は「おにぎり山」です。
N360-3.jpg
実は日本にはもう一人、ミニに惚れ込んでいた男がいま
した。それは本田宗一郎氏でした。彼は当時通産省から
ママ子扱いをされながらも四輪車事業に進出すべく執念
を燃やしていました。
その苦労は実を結び記念すべき第一号として歴史に残
るあのHONDA-N360を発売するに至りました。当時の
若者は言わばクルマに飢えた状態でしたので革新的な
メカと高性能かつスタイリッシュなデザイン、おまけに安
価な価格設定と3拍子揃ったN360に人気が殺到したの
です。それでも貧しかったタバコ屋は新車など夢のまた
夢にて、大伴先輩からお古のN360をお下がりとしてタダ
同然の値段でそれも同期の佐々木君と共同購入し、随
分お気に入りで乗り回したものでした。若気の至りとは
このことを言います。
ホンダN360-3
そのN360ですがよく観察すると宗一郎氏が惚れ込んだ
だけあって、ミニのパクリと言えば聞こえが悪いので言
い方を変えればイシゴニスのコンセプトに共鳴し、優れ
た部分を設計に採り入れたものと言えます。ただエンジ
ン屋である宗一郎氏の矜持としてエンジンだけは空冷2
気筒OHC360ccのハイパワーエンジンを搭載しHONDA
としてのアイデンティティを保ったのだと思います。
以後チェリー、N360に限らず前輪駆動、横置きエンジン、
2BOXボディというパッケージコンセプトは異端児から時
代の主流へと変わることになりました。その意味で天才
アレック・イシゴニスの功績は多大なものがあると思い
ます。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.3:混迷期参照
願います)

タバコ屋はチェリーにしろ、N360にしろ、そのコンセプト
はミニのパクリであると申し上げましたが、それを悪い
ことだとは思いません。発明者の創意を尊びつつ、良
いものはどんどん真似るべきで小国がひしめき合って
いたヨーロッパも江戸時代頃から急激に近代化を遂げ
世界を支配し得た理由は隣国のいろんな知恵を真似し
合ったからなのです。その点日本はキリシタン化を恐れ
て鎖国してしまったため世界から取り残されたという訳
です。

タバコ屋の若かりし頃、日本は高度成長期と呼ばれる
急激な近代化を成し遂げましたが、その当時は貪欲に
世界の最先端技術を学ぶ(パクる)必要があり自動車
産業においてはやがて世界の頂点へと上り詰めること
になりますが、当時の若者の一人だったタバコ屋は「追
い付け、追い越せ」というキャッチフレーズはよく耳にし
たものの、正直日本がそこまでになるとは思いもよりま
せんでした。
クーパーF1-T51-2
話をミニ・クーパーに戻します。ミニが発売された当時、
カテゴリーは違うもののF1で大活躍をし成功を収めつつ
あったジョン・クーパーは好奇心に溢れていたというべき
か、商売上手だったと言うべきかミニの優れた潜在性能
に目を付け、当時のメーカーBMCに対しお得意のチュー
ンナップ技術によるスポーツタイプの提案をし、意外にも
それが採用されたのです。言ってみればブルーバードの
スポーツタイプSSSみたようなものでそのアイデアが採用
されるやいなや、世界中で大人気となりました。
車名はミニ・クーパーで更にチューンしたものはミニ・クー
パーSと呼ばれました。
(関連記事:荒ぶる心 vol.6:マクラーレン物語参照願い
ます)
旧ミニ-11
当時のF1レース各チームのボディはナショナルカラー
が塗られており、クーパーはイギリスのナショナルカラ
ーであるブリティッシュグリーンに2本の白いストライプ
を入れたものであったため、ミニ・クーパーも上の写真
のボディカラーが正式なものとされていました。
旧ミニ・モンテ-8
その後コンパクトな大衆車にも拘わらず高性能化され
たミニクーパーはモンテカルロラリーに出場し昭和39年、
40年(1964、65年)と連続優勝、41年も実質は優勝した
ものの車輛規定違反で失格、翌42年は再び優勝を飾る
等大活躍しました。
旧ミニ・モンテ-10
失礼ながらこんなちっぽけなクルマでもランチア、ポル
シェ等一流のスポーツカーを打ち負かすことが出来た
のです。その原因としては、ベースであるミニの車輛設
計が優れたものであったことと、それの改良チューニン
グを提案、実現したジョン・クーパーの着眼が良かった
ことが挙げられると思います。
BMWミニクロスオーバー2
ちなみにそれから50年経った今、BMWによってミニが
再び蘇り、世界中でベストセラーになりつつありますが
そのスポーツ精神は引き継がれ今度は世界一苛酷な
ダカールラリーへの挑戦を試み、今年も含めて3連覇を
果たす等、栄光の伝統は息づいています。
尚ラリー競技車はミニのSUV版であるミニ・クロスオー
バーですがこのラリー車には栄光のジョン・クーパーの
名が冠せられています。
BMWミニクロスオーバー3
余談ながら現代は50年前のようにのどかではなく、ラリ
ー車のスペックはBMW製3Lディーゼル・ツインターボで
300馬力以上の過激な戦闘仕様になっていて、実際は
もっと馬力を上げられるのでしょうが何しろ数千キロの
長丁場にて壊れるといけないので押さえているのだと
思います。
BMWミニ-7
かつてのオースチン・ミニのオリジナルデザインモチー
フを上手く採り入れ、ハイテク高性能のドイツメカを組み
合わせ、現代のミニとして見事に復活させたBMWは、ま
さに天晴れと言うべきでしょう。
一説によると日本のメーカーがその役をやるかも知れな
かったそうですが、かつてBMC(後のローヴァー)と提携し
レジェンドを産み出した我がHONDAがそうではなかった
のかと思います。
それ以前にも宗一郎氏がF1参戦の時クーパーF1を購
入して熱心に研究していたし、BMC-ミニはN360開発時
のお手本となったことは間違いなく、あれもこれも数奇
なご縁で繋がることばかりなのです。タバコ屋は現代の
BMWミニがお気に入りであることはさておき、HONDA
がそれをやりたかったことを確信している一人です。

歴史にIFはありませんがもし我がHONDAがイギリスの
BMCと親戚関係を続けていればデザインにおいても、
もっと品性にあふれたものが生み出されていると思うの
ですがタバコ屋の妄想かも知れません。
(関連記事:好みの基準 vol.1参照願います)
クグロフPOP3(保存用)
さて長い前置きとなりましたが、「中島いよかんクグロフ
」のことです。タバコ屋は今月の気になる写真欄でクグ
ロフのことを発作的に「食べるBMWミニクーパー」などと
口走ってしまいましたが、その根拠をお話ししないといけ
ません。
クグロフは既にお話ししたように数百年も前からフランス
アルザス地方に伝わる伝統的なお菓子で、ベースがしっ
かりしたものであると言うことです。しかもヴェルサイユ
のマリー王妃がこよなく愛したという、とびっきりのストー
リーが付いているお菓子なのです。
マリーアントワネット2
その素性の良いベースに対し、今回我がふるさと中島
産のいよかんを使って味とパッケージデザインのチュー
ニング?を施し、高性能版(高付加価値版)に作り直す
ことによって新しい別のものを生み出すと言う試みを致
しました。タバコ屋が「食べるミニ・クーパー」と言った理
由がこれでおわかり頂けたと思います。
(関連記事:マリー・アントワネットとフェアレディZの謎
参照願います)
IMG_3982-1.jpg
いろいろ紆余曲折がありましたが、最初クグロフに出会
って感じたその形が島をイメージさせる、それもタバコ
屋にとって思い出の詰まったある小島を思い起こさせ
るという「特定のモチーフ」が開発に生かされ、ブレるこ
となく最終の製品に反映することが出来たことは、関係
して頂いたすべての方に「有難う」と感謝したい気持ち
で一杯なんです。まだ売れてもないのに・・・。
(関連記事:島のスイーツ開発 vol.7:クグロフ発進参照
願います)
旧ミニ・モンテ-9
ミニ・クーパーの歴史を辿る時、それは最初からその形
であったものではなくまずミニというしっかりしたベース
があり、ジョン・クーパーの熱いアイデアとその実現に
よりミニの高性能版(高付加価値版)として世に出た訳
で、それがなければ世紀のベストセラー「ミニ」も、単に
革新的な大衆車であったというだけのストーリーで終わ
っていたと思うのです。ミニ・クーパーのモンテカルロラリ
ー等での活躍があったことでそれに別の物語が加わり
ミニ・ブランドに対し今日のようなアイデンティティが確立
したのだと思います。
旧ミニ・モンテ-3-1
そのようなことを思い合わせるにつけ、タバコ屋もクグ
ロフに対しややピント外れながら秘かにミニ・クーパー
のイメージを重ね合わせているのかも知れず、ある日
突然「食べるミニ・クーパー下さい!」などと年甲斐も
ないことを口走ってしまいそうなタバコ屋自身に対し、
思わず苦笑してしまう今日この頃です。

島のスイーツ開発 vol.7:クグロフ発進

平成26年1月30日
君の名は」現象にて、数寄屋橋のたもとならぬ島の波打ち際
で待てども来ぬ相手を待ちに待った甲斐がありました。
島のスイーツの切り札として秘かに開発していたクグロフが
今回やっと完成致しました。実際はじっと待っていた訳ではなく
試作プロトタイプの修正、パッケージデザイン確定、容器の選定、
食品衛生法やJAS法その他法規面の検証、賞味期限の確定等
やることが山ほどあり、オクルマの新車開発に比べれば「ややこ
の遊びですがそれでもタバコ屋レベルですと骨の折れる仕事です。
IMG_3982-1.jpg
かつて18世紀、フランスのマリー・アントワネット王妃がこよなく
愛したクグロフの形状が中島をイメージさせることからネーミングは
中島いよかんクグロフ「希望の島」としました。

しっとり感のあるスポンジの生地には中島特産のイヨカンピールを
練り込み、てっぺんには砂糖を溶かしたフォンダンを流しその上に
いよかんピールをあしらっています。写真ではいよかんピールの
トッピングがやや不十分でもう少しボリュームを持たせるようにした
いと思います。

今回のテーマはマリー王妃のクグロフと瀬戸内海の中島との世にも
不思議な合体にあったと申せましょう。
(関連記事:マリー・アントワネットのこと参照願います)
クグロフPOP3(保存用)
タバコ屋お気に入りのパッケージロゴデザインです。以前にもお話し
したように広島のデザイン会社G社のOプロデューサーに手掛けて
頂いた入魂の作です。尚、O氏の持ち味はタバコ屋の好きな渡辺
和博氏と合い通じるところがあり、わざとへたうまタッチにして温かみ
と優しさを表現するという手法で、ヘンですけど我がふるさと中島を
表現するには最高のものであると信じています。鰯の頭も信心から
と言うではないですか。いくら好きでも中島いよかんクグロフの
トータルデザインをジウジアーロ氏に依頼する訳にはいきません。
何故なら彼はイタリアーノで専門はオクルマだからです。
ちなみに山下清画伯のような個性的な作風が特徴のO氏のお名前
もキヨシさんと言いましてマツモトキヨシとは何の関係も無いながら
タバコ屋はキヨッチャンと呼ばせて頂くこともあります。
クグロフ帯デザイン4個用(保存用)
化粧箱に巻く包装用の帯デザインです。うまく表現出来ませんが
いよかんと中島とマリー王妃のヴェルサイユのイメージがうまく
表現されていると思いませんか。タバコ屋のお気に入りにて手前
味噌になってしまいますのでこれ以上の説明は控えましょう。
尚、一連のデザイン制作にはO氏のスタッフの一人、別のO氏が
深く関わっていることを申し添えておきます。
IMG_3976.jpg
中島いよかんクグロフの4個入りパケージです。商品、包装袋、
化粧箱、包装帯がブラウン、オレンジで統一されていてほんわか
タッチの中にも高級感を醸し出すよう配慮されています。食べる
BMWミニクーパーと言ってしまえば誇大表示で摘発されるかも
知れません。
クグロフしおり中面(保存用)
しおりに使用されるイラストデザインです。帯のデザインから一歩
進めて、今度はよりリアルに怪しげに表現されています。ちなみに
このイラストを描いたのはO氏のスタッフの一人でみずきさんと言う
お嬢さんです。皆さんに笑われるかも知れませんが、子供の頃に
見たモスラの島のイメージがふと思い出されたのですが、考えすぎ
でしょうか。
(関連記事:島のスイーツ開発 vol.6:舶来レトロ参照願います)
モスラ6
怪獣映画モスラは昭和36年封切られ大ヒットしましたが、娯楽の
少なかった当時のタバコ屋を含む子供達には強烈な印象が残っている
映画だと思います。荒唐無稽なストーリーはゴジラと同様なもので
水爆汚染されたとある島に住んでいた双子の小妖精が連れ去られ
それに怒った島の主、モスラが2人を取り戻すために東京に現れ
大暴れして取り戻すという内容です。
モスラ4
その双子の妖精役がザ・ピーナツだった訳で、2人の歌う呪文の
ような歌につられてモスラが現れるのでしたが、その劇中歌だった
モスラーやモスラー~~のメロディーは今でもはっきりと記憶に
残っています。当時のザ・ピーナツの何と初々しいことか。
モスラ3
そのモスラの島インファント島の写真です。実際はどこかへロケに
行って撮影したものでしょうが、形状が似ているというよりは怪しげ
なムードという意味でふとこの島が思い出されました。
中島-城
クグロフに戻ります。その形状が中島をイメージさせると申しました
が、実際は中島にある「城」と呼ばれる小さな小島がそのモチーフ
でした。ズバリこの島のイメージが今回の中島いよかんクグロフの
開発の原点となりました。タバコ屋の子供達が小さい頃よくお弁当
を持って遊びに連れて行った思い出の詰まったこの小島、タバコ屋
なりのニックネームは「おにぎり山」でした。当時としてはクグロフ
などというお菓子のことは知る由もありませんでした。
(関連記事:マリー・アントワネットとフェアレディZの謎参照願います)
クグロフPOP1(保存用)
ヴェルサイユとは行かないまでも何やらエキゾチックなイメージが
漂うこのイラストロゴですが、さて皆さんはどのようなイメージを
持たれることでしょうか。
クグロフPOP4
それはともかく、タバコ屋流の舶来レトロスイーツが完成しました。
果たして夢をのせて、希望をのせて、皆さんに召し上がって頂ける
かどうか、お口に広がる瀬戸内海とはどのようなものなのか、
この場でご試食頂けないのが残念ですが、皆さんのご意見を是非
お聞きしたいところです。
君の名は」と訪ねし人あれば「中島いよかんクグロフ 希望の島」と
お応えすることにして完成のご報告と致します。


マリー・アントワネットとフェアレディZの謎

平成25年12月29日
18世紀フランスはブルボン家ルイ16世の治世、世紀の
ファーストレディ、マリー・アントワネットは世が世なら華
麗なる王族のしかも華麗なる王妃として一生を全う出来
たのでしょうが、激動の時代はそれを許さず、最晩年
(といっても女盛りの37才でした)はフランス革命のいわ
ばスケープゴートとなってルイ16世と共に断頭台の露と
消えてしまったのです。可哀想なマリー・・・。
余談ながら、マリー王妃はファッションクリエイターでもあ
りました。皆さんも写真でお気付きでしょうがマリー王妃
は他の貴婦人達と差別化するためヘアを極端に高く結
い上げるスタイルを発明しましたが、またたく間にフラン
ス上流階級ご婦人方の流行り(トレンド)となったことは
言うまでもありません。でも今では何かヘンですよね。
(関連記事:
島のスイーツ開発 vol.4:マリー・アントワネットのこと
参照願います)
マリーアントワネット13
どこにでもいると思うのですが(日本にも)いわゆる一部
の扇動家により、当時のフランスの財政が破綻しそのし
わ寄せが農民や市民に重くのしかかったのはルイの野
郎とその妃(きさき)が放蕩三昧を重ねた結果であると
煽ったのです。
18世紀ヨーロッパ戦争1
実際は度重なる戦争による国庫支出がフランスの国家
財政を破綻させたのでしたが、無知蒙昧な国民にその
ようなからくりが分かる訳もなく、ただ王たるルイが悪い、
その妃のマリー妃の贅沢三昧のせいだと扇動家の煽り
によりネズミの大群となって王宮に押しかけ、ルイ16世
はその無能ぶりにより自業自得であるにしても、可哀想
に何の罪もないマリー妃までもが、フランス革命の血の
粛清の犠牲となったことは皆さんご存知の悲しい歴史
物語です。
新島八重13
ただタバコ屋がルイ16世であったとしたら、ヴェルサイユ
宮殿は国会議事堂に模様替えし(ただし当時はそんな
コンセプトは存在しませんでした)マリー妃には同志社
の八重のごとく、戦争で傷ついた兵士の看護組織を結
成し従事させたと思います。ただし今で言う赤十字
当時は夢にも考えられない時代でした。
(関連記事:八重のこと vol.1参照願います)

そのようにしていれば、国王はフランスの存亡を掛けて
戦っているんだと苦しんでいる国民に訴えることが出来、
またその苦しみを共有出来たと思うのですが、ルイ16世
(というかその当時のヨーロッパ王族や貴族)はそのよう
な思想の持ち合わせはなく、国民の不満の大爆発現象
としてフランス革命に至った訳です。

実際マリー王妃の生活は清楚とは言えずいわゆるスー
パーセレブ級ではありましたが、それとて国家間戦争に
おける莫大な戦費とその人的、物的消耗から考えると、
可愛いくらいの出費でした。
「欲しがりません勝つまでは」と言って国民と共に耐え忍
ぶとか言う発想自体が当時の絶対君主制という時代背
景からいって土台無理なことではありました。
大和4
皆さんにも問いかけますが、例えば戦艦大和作ってそれ
を戦争に使用し、3,000名余りの尊い命と共に海の藻屑
と葬り去るという、気が遠くなるような痛々しい損失から
見たら一王妃の贅沢三昧など取るにも足らぬことで第一
誰も死にませんし、その金額なんか知れたものです。
戦艦大和の建造に掛かった莫大な費用と言ったらフェラ
ーリなんかのおもちゃみたいなもん月まで数珠繋ぎにし
て往復出来るほど買える金額です。尚これはタバコ屋の
心情的見積りにて試算した訳ではありませんが、それく
らい桁違いということです。
(関連記事:高貴な色参照願います)

蛇足ながら、写真のフェラーリ348はタバコ屋の最もお気
に入りのフェラーリデザインです。いつものぼやきと無い
ものねだりですが、これに我がHONDAのDOHCエンジン
が載ればタバコ屋理想のスポーツカーとなります。
(関連記事:ブランドに秘められたもの vol.2:外国車参照
願います)
フェラーリ348-7
さて長い前置きとなりました。マリー王妃がこよなく愛した
クグロフのことは前回お話致しました。今回はマリー王
妃と西瀬戸内海の中島との似ても似つかぬ数奇なご縁
について、前回若干触れたもののより詳しくお話しなくて
はなりません。まず、マリー妃のクグロフが中島と何の関
係があるのかについてお話しを進める必要があると思い
ます。
giant-P09-10.jpg
これは以前タバコ屋が発行した「中島ヂャイアント」という
情報誌の最終ページです。左側に写っている島、幼い頃
から親しみ、よく遊びに行き、長じては子供を連れてピク
ニックによく連れて行った場所、そうです中島では「城」と
呼ばれている可愛らしい小島です。潮が満ちれば島とな
り退けば絶好の磯遊びの出来る繋がり島となるのです。
その風景はフランスの「モン・サン・ミシェル」や天童よし
みさんの「珍島物語」ほど大げさではないにしても、海岸
沿いであればどこにでもある風景でしょうが、中島では
この「城」が唯一タバコ屋のお気に入りの場所でした。
IMG_3771.jpg
皆さんすでにお気付きになったと思うのですがこの「城」
の形状クグロフに似ていると思いませんか。ややこじつ
けっぽいですが、タバコ屋はクグロフと出会った時、この
「城」が瞬時にイメージされました。
これだと思いました。クグロフへの思い入れには何の深
い意味もないのですが、ただ直感でクグロフがこの「城」
のイメージと重なり「島」のイメージへと膨らんでいきまし
た。タバコ屋お気に入りの「城」とクグロフのイメージが
一つになった、唯それだけのことだったんです。
ヂャイアント号3
またタバコ屋の幼い頃には写真のように、家族と言うか
一族でその城へ遊びに行ったりしていましたので余計に
愛着があろうと言うものです。ちなみに後ろにチラッと写
っている乗物はタバコ屋の店が運営していた民営バスの
ヂャイアント号」で、当時コニーブランドで知られていた
愛知機械製の特注ミニバスでした。左端には発売された
ばかりのSUBARUラビット号が写っています。
(関連記事:こまどり姉妹参照願います)
ヂャイアント号
3輪バスゆえ鼻は長いものの乗客スペースは10人乗り
程度だったとぼんやり記憶しているのですが、今なら大
き目のミニバン程度だったんではないでしょうか。島の
子供達は排気ガスのガソリンの臭いが珍しく、バスの後
を追っかけていった話をよく聞きました。また車体後部に
ぶら下がりバーというのが付いていて、定員オーバー
の時は後ろにぶら下ったそうです。今では社会問題にな
りそうな嘘の様な話が許されていたのどかな時代のお話
です。
つまり「城」には色んなハ・イ・カ・ラな思い出が詰まって
いるんです。尚、当時の子供は皆ゲタ履きでとてもハイカ
ラとは言えませんでしたが・・・。
(関連記事:仰天の出来事参照願います)
Z(城で)2-1
突然ですがこの写真はその「城」の前で写したタバコ屋
の愛車、赤いお嬢さんこと昭和48年製フェアレディZです。
ポンコツの家なき子同然だったしろものを、物好きなこと
に5年も掛けて元の姿に復刻し(その業界ではレストアと
言います)なおかつさらにタバコ屋好みに改造したお気
に入りのお嬢さんなんです。
エンスー業界ではこのお姿を見て嗚呼「栄光の240Z」と
言ったり、その場で失神してしまう方もいるらしいですが、
実際はそれを更にハイチューンした中年暴走族スペック
で、またの名をタバコ屋のマイフェアレディとも言います。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照
願います)
フェアレディ2000
フェアレディの車名の由来についてはご存知の方も多い
と思うのですが昭和30年代後半日本がやがて高度成長
時代に突入しようとする頃、ニッサンの川又社長はアメリ
カに進出するため当時のニューヨークを訪れました。
そこで見たものはミュージカルというハイカラな演劇でした。
出し物はマイフェアレディで主演は、映画サウンドオブミュ
ージックでも主役を演じたジュリー・アンドリュースでした
がその後オードリー主演で映画にもなり大ヒットしました。
そのマイフェアレディを観劇し大感激したというシャレに
もならないお話しですが、かつて自社のオクルマにブル
ーバードと命名した実績を持つネーミングマニアでもあ
る川又社長は、その当時開発中で完成間近であった某
スポーツカーにフェアレディと命名しました。
(関連記事:荒ぶる心 vol.1:フェアレディZ参照願います)
240Zモンテ8-2
高度成長時代の到来とともにその後継者である2代目
フェアレディは、名プロデューサーでありアメリカ日産の
社長でもあった片山豊氏と気鋭のデザイナー松尾良彦
氏により今度は究極の意味を持つZと言う名前をプラス
し、フェアレディZとして世に出ることとなりました。
その後国際ラリーやレースでの大活躍を背景にポルシェ
やジャガーを蹴散らし世界で最も成功しかつ最も売れた
スポーツカーとなったことは知る人ぞ知る物語です。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
マイフェアレディ1
そのマイフェアレディに話を戻します。華やかな前半生と
言うか最晩年を除き殆どその人生を送ったマリー・アント
ワネットとマイフェアレディの主役イライザを演じたオード
リー・ヘップバーンに何か共通性を覚えるタバコ屋ですが、
それは日本語で言えば「可憐」の一文字でしょうか。

クグロフとマリー王妃とフェアレディZの謎の関係、この
難解なパズルを解くに当たり回りくどい説明をしてきまし
たが、タバコ屋は今回の開発に当たり、中島を「クグロ
フの島」と名付けたいところですがそれでは何のことか
意味がわからず支離滅裂な結果となりますので、「城」
のことは「クグロフのへそ」とでも命名することにし、この
裏話はタバコ屋の懐の中にしまっておくことに致します。
クグロフ7
さてマリー王妃のクグロフを世に出すにあたり何と言う
名前にするか、悩んだ末、当社のハウスブランドでもあ
りタバコ屋の熱い願いも込められている「希望の島」と
命名することにしました。これは背番号3バッター長嶋み
たいなものでタバコ屋の切り札ネームであり、究極の名
前なんです。恐らく来年の2月頃には皆さんのお口に入
れて頂けるようになると思うのですが、その時には「お口
にひろがる瀬戸内海」となりますかどうか今しばらく仕上
げのお時間を頂きたいと思います。
「山は富士、海は瀬戸内、そこに浮かぶは希望の島」と
いきたいところですよね。

マリー王妃とフェアレディZの謎について分かったような
分からないような謎の解説でしたが、つまりクグロフ≒
マリー・アントワネット≒マイフェアレディ≒フェアレディZ
≒希望の島という難解な方程式を若干なりとご説明した
かったのです。クグロフの今後につきましてはその開発
状況を追ってご報告したいと思います。お楽しみに。

最後にここまで読み進んで頂いた読者の皆さんにタバコ
屋からやや早いお年玉プレゼントを差し上げたいと思い
ます。それはヴェルサイユ宮のお抱え宮廷画家もビック
リ仰天のあるイラストです。
クグロフPOP2(保存用)
何やら怪しげでもあり、エキゾチックなようなでもあり、
山下画伯のようでもあり、言わばハイカラへたうまとも言
えるイラストです。
しかしながら今までご説明してきたタバコ屋のククロフに
対するモチーフが巧みに表現されていると思いませんか。
やや手前味噌の感もありますがこのイラストもギミック社
のMH嬢が一週間掛りで手書きした意欲作だそうです。
ご苦労様、有難う。

タバコ屋は現在やや迷っています。このイラストはしおり
やPOPに使用するためのプロトタイプデザインなのです
が、かなりお気に入りなので、もっと前面に打ち出すか
どうか・・・。年も押し迫り時間もないのですべては来年と
言うことにはなりそうです。

島のタバコ屋のつたないブログも今年最後の記事になり
ました。1年間ご愛読頂き有難うございました。読者の皆
様に幸多かれと願うとともに来年も楽しい記事をお届け
したいと思っています。それでは良いお年をお迎え下さい。


島のスイーツ開発 vol.6:舶来レトロ

平成25年12月18日
タバコ屋が島の波打ち際でずぶ濡れになって待っていたのは
真知子でも春樹でもなくクグロフのパッケージデザインでした。
その時「君の名は」とか尋ねられたら意味もなく「クグロフ」とか
叫んでいたかも知れません。
君の名は4
戦後間もなく昭和22年にラジオドラマ化されその後映画化や
TVドラマ化され一世を風靡した「君の名は」のストーリーは荒唐
無稽でハチャメチャではあるものの、世の女性をとりこにした訳
ですから、そこに意外性というか奇想天外というかドラマチック
なものがあったんでしょうね。まドラマでは皆をやきもきさせなが
らも最後は余韻を残したハッピーな場面で終わるのですが・・・。
君の名は8
ヒット映画にはつきものの副産物として、主演の岸恵子さんが着用
していたショールの巻き方が「真知子巻き」として大流行しました。
君の名は9-1
ネコも杓子もと言っては失礼ですが、ゴフク屋さんではショールが
飛ぶように売れ街は真知子巻きの女性で溢れた時代がありました。
サブリナ2
これはオードリーヘップバーンが主演した「麗しのサブリナ」ですが
映画もさることながら彼女の着用した七分丈のパンツが世界中で
大流行となりました。以後そのデザインのパンツはサブリナパンツ
と呼ばれるようになったのですが、今再びユニクロあたりではこの
パンツをお化粧直しして販売しているらしく、柳井社長もパンツ、
パンツと煽り立てなくとも、そんなこと50年前からわかってます
がなと言いたい心境です。
それはさておき、この映画も昭和29年封切りで「君の名は」の
1年後であり、娯楽媒体のあまりなかった当時、世の女性方は
映画のファッションに大関心がありそれが即流行となりました。
尚、真知子巻きは誰のアイデアか知りませんが、オードリーの
場合はファッション関係はジヴァンシーが担当していました。
(関連記事:予期せぬ出来事参照願います)
ローマの休日7
「麗しのサブリナ」は写真の「ローマの休日」のすぐ後に封切られ
その後の「ティファニーで朝食を」など一連の大ヒットに繋がる
オードリー、デビュー初期のみずみずしい作品でした。
ちなみにグレゴリーペックの乗っているオクルマはローマの休日
らしく、イタリアフィアット社のトッポリーノ500で、時代こそ違え、
当時のイタリアで日本のカローラの如く売れていたベストセラーカー
でした。尚、トッポリーノとはイタリア語でハツカネズミのことです。
ウイリアム・ワイラー監督もイキな計らいをするもんです。
(関連記事:東京モーターショー異聞 vol.1参照願います)
マリーアントワネット3
フランス王妃マリーアントワネットのクグロフに戻ります。
前回もお話したように、島のスイーツとは何の関連もなく明らかに
ミスマッチです。さてこれをどうするか。それの前置きとして長々と
「君の名は」や「麗しのサブリナ」のお話しをしました。
クグロフ3
結論を言います。クグロフは数百年にわたりマリー王妃をはじめ
ヨーロッパの女性方に愛されてきたスイーツです。パッケージ
デザインさえうまくいけばミスマッチは解消されると思うのです。
支離滅裂でも奇想天外でもいいんです。商品がホンモノですから。
あとは「真知子巻き」や「サブリナパンツ」のような話題性が作れ
たらもう半ば成功です。
カステラ2
そのデザインのキーワードとは何か。それは「舶来レトロ」だと
思うのです。分かりやすい例で言いますと長崎の「福砂屋」の
カステラでしょうか、松山ではタルトですがカステラの方が分かり
易いと思います。南蛮渡来のカステラ、舶来です。エキゾチック
です。しかも数百年の時を経たホンモノが醸し出すレトロな感じ
を持っていると思うのです。コンセプトはこれだ!と勝手に決め
込み、待てども来ない日々を島の波打ち際で送っていました。
クグロフ1-1
ついにその日が来ました。待ち遠しかったクグロフのデザインが
来たのです。何と言うことでしょう!!。タバコ屋が島で勝手に
想像していたイメージずばりのデザインじゃないですか。
O氏とそのチームはやってくれました。ヴェルサイユのバラこそ
散りばめられていませんが、何やらマリー妃の王冠っぽい輪郭や
バラの代わりのみかんの枝葉がヴェルサイユ風で、おまけに中央
には大胆にも中島を連想させる島をモチーフにデフォルメしたクグ
ロフのイラストデザインを配置、もう言うことありません。
あえて言うなればロココ調改めコロコロ調とでも言いますか、
とにかくほのぼのインパクトデザインです。
やや大げさですがヴェルサイユのマリー王妃と瀬戸の中島の融合
がこれにより実現しました。
クグロフ7
ネーミングはサブが中島いよかんクグロフでメインが「希望の島
です。これも波打ち際での祈るような思いをずばりネーミングして頂き
ました。「舶来レトロ」、タバコ屋はそれがほんわかイメージのデザイン
でうまく表現されていると思うのですが皆さんはどう思われますか。
カラーも落ち着きのあるブラウン系でまとめられており、箱の色とよく
マッチしてレトロな雰囲気が出せているのではないでしょうか。
クグロフ4-1
帯のサイドデザインです。そもそも希望の島本舗のサブコピーから
して「思い出の島からこんにちは」ですから「舶来レトロ」にしてほし
かった理由はお分かり頂けると思います。尚、店名の真上にある
イラストは日本のエーゲ海、瀬戸内海に浮かぶ中島をイメージした
もので以前から使っているロゴです。みかんの枝葉も大正ロマン風
に描かれていてタバコ屋のお気に入りです。
クグロフ6
O氏は新人のMK嬢にクグロフのダミー(レプリカ)を一週間掛り
で作らせたらしく、見事な出来栄えでした。MKさん有難う。
2つある意味は、いよかんピールのトッピング方法でタバコ屋も
やや迷いがあるためです。どちらがいいでしょうかね。
それにしてもMK嬢のみずみずしいお手々にはクグロフのレプリカ
以上に見とれてしまいます。中年の嫌らしさと言わないで下さい。
たそがれ親父がもう還る事のない若かりし日を思い出し、羨ましく
思っているだけなんですから。ひたむきさが感じられる手です。

余談になりますが、お手々と言えばG社には先輩のM子嬢さんも
いらっしゃって、その方は狛犬発掘をご趣味としており先般もG社
のブログでその狛犬を紹介されていました。その時にM子嬢のお
手々もたまたま写っていて、やはりみずみずしい素敵なお手々
でした。若いということは素晴らしいことです。溜息数回・・・。
ご関心のある方はG社のブログをのぞいてみて下さい。
アドレスは http://blog.livedoor.jp/gimmick2012/ です。

蛇足ながら狛犬も舶来レトロで高麗(カラ)犬がなまって狛(コマ)犬
になったと言われており、そうなると朝鮮半島がそのルーツということ
ですがその高麗も中国と陸続きですから源ルーツは中国かも知れま
せん。龍(ドラゴン)とか架空の動物の創作を得意とする中国のこと
ですから、空想の動物狛犬もその可能性ありです。蛇足ついでに、
唐物とか言う場合に唐(トウ)の字を用いますが、これも当初は高麗
(カラ)物のことを言っていたのが中国(明)の方面まで範囲が広がり
朝鮮や中国(明)渡来のものがいつのまにかおしなべて唐(カラ)物と
言われるようになったとか。
IMG_3771-1.jpg
それはさておき、今回のマリーアントワネットのクグロフ開発において
重要な部分であるパッケージデザインのプロトタイプが出来ました。
あとは細部を詰めていけばうまくいくと信じています。これで商品と
デザインが揃いました。あとは並行して商品の賞味期限テストとか
表示が食品衛生法や其の他の法規に適合しているか、誇大表示は
ないか、また保健所での細菌検査等々、いろいろやらねばならない
ことが沢山あります。でも最大の問題「商品」と「デザイン」がとても
好ましいものになりつつあるので、嬉しさの余り発売前ではあります
が皆さんに新車開発極秘情報??をリークしてしまった次第です。

牛田のナベゾ氏、G社のスタッフの方には心よりお礼を申し上げます。
この続きはまた近いうちにご報告したいと思います。


島のスイーツ開発 vol.5:ナベゾさんのこと

平成25年12月16日
師走の12月も半ばだというのに年末気分の起らないタバコ屋
ですが、それには若干の理由がありました。以前の記事で島の
スイーツ開発第二弾としてクグロフなるものに白羽の矢を立て、
何度も試作を重ねて最終プロトタイプが出来上がったことはお話
致しました。
IMG_3771-1.jpg
あとは新商品デビューの大変重要な構成要素であるネーミングと
パッケージデザインをどうするかという問題でした。赤ちゃんが
生まれたら名前を付け、可愛いオベベも着せなくてはなりません。
タバコ屋は元ゴフク屋だけに、名前もさることながら、初着の柄
やデザインをどのようにするか、気が気ではありません。
タバコ屋は以前からお世話になっている安芸広島駅に近いG社の
Oプロデューサー兼デザイナー及びそのスタッフの方々にすべて
を託しました。ただし誤解を避けるために言いますとマルナゲでは
なくG社の尊厳と創造力に敬意を表してそのことを委ねました。
イッセイミヤケ2-1
知る人は知ってますが、そのG社というのは広島出身のイッセイ
ミヤケとか元祖へたうまイラストレーターの故渡辺和博さんほどの
知名度はないかも知れませんが広島を中心とする瀬戸内文化圏
では有名な会社で、風の便りでは寝る間もない程忙しい様子とか。
そのO氏にご本人の了解なしにタバコ屋が付けたニックネームは
瀬戸内の発掘王」です。もちろん石器や土器を発掘するのでは
なくて、瀬戸内沿いの各地の埋もれたご当地文化を発掘しそれに
独特の手法とセンスでスポットを当て、広く世に知らしめるという
崇高なお仕事をされている会社なんです。
giant-cover2.jpg
そのO氏がタバコ屋のために作ってくれた情報誌の表紙デザイン
です。初版はすべてお客様に配布しましたのでもう手許にはない
幻のデザインとなりましたが、タバコ屋は大のお気に入りです。
ちなみにそのO氏は三宅一生氏とは実家が同じ町内だそうで
また渡辺和博さんは高校の先輩だったそうです。どこにご縁が
あるやら不思議な気がしています。
渡辺和博1
ここまで書くともう渡辺和博さんのことをお話しない訳にはいかなく
なりました。実は渡辺さんは昭和25年生まれでタバコ屋とは同年
ながら早生まれで多分学年は1年先輩だと思います。当初は売れ
ないコピーライター、漫画家として不遇をかこっていたようですが
その独特のへたうま画法漫画はかなり注目はされていたようです。
渡辺和博イラスト13
忍者漫画カムイ伝が大ヒットした漫画雑誌ガロ(懐かしいな~)の
編集長を任されてからはメキメキ頭角を表し、自身でも漫画を書き
ガロ其の他に掲載しつつありました。
渡辺和博イラスト3
その後昭和59年にはベストセラーとなった「金魂巻」と言う分厚い
本を同じく広島出身の作家神足裕司氏と共著で出版しました。
当時はコピーライターとかイラストレーター、ミュージシャンと言った
横文字職業が脚光を浴びつつあった時代で、仕事が来れば何でも
こなすマルチぶりでしたが、神足氏はどちらかというとコピーライター
とかコラムニスト、渡辺氏はイラストレーター寄りだったと思います。
著作9
それにしても鐘の音のキンコンカンをもじって「金魂巻」とネーミング
したあたりどちらが名付けたのか知りませんが、並みの才能ではなく
何となくバブルのギトギト感をイメージさせる絶妙のタイトルだったと
思います。本の帯も金色でギトギトでしたし・・・。
何となくといえば、この本の発売に先立つこと4年前、昭和55年に
発表された田中康夫氏の小説「何となくクリスタル」は100万部を
超える大ベストセラーとなり、バブル時代のブランドブームを先取り
した小説としてもてはやされた時期もありましたよね。
渡辺和博イラスト6
この本は渡辺氏と交流のあった主に横文字職業の方々を鋭く観察
しそのライフスタイルを「マルビ=ビンボー」「マルキン=お金持ち」
の2種類に分類、独特のへたうまイラストを駆使して面白おかしく
対比解説した一種の世相(トレンド)分析本でした。
渡辺和博イラスト5
マルビ、マルキンというコピーはその年の第一回流行語大賞を受賞し
渡辺さんは一躍有名人となってしまいました。もっともそのコピー自体
は神足氏が発案したものらしくそれをへたうまイラストと軽妙洒脱な
解説でタバコ屋を含む若い読者に大きな驚きと共感を与えました。
渡辺和博イラスト8
渡辺さんの真骨頂は何だったのか、それは一言でいうと「よもだ
だと思うのです。よもだとは伊予言葉で不真面目とか悪ふざけ
もしくはおちょうしモンというニュアンスが強いですが一面では
ユーモアのセンスを持った洒脱な人という意味も含まれています。
渡辺和博イラスト7
そのよもだですが、彼は広島から上京しバブル時代前夜の東京で
いろんな刺激を受けつつも、自身の自虐的で洒脱な感性を生かし
一種の醒めたよもだ感覚で当時の最先端の東京模様を切り取って
見せたのだと思います。それが拍手喝采を浴びバブル時代の寵児
となったのでしょう。これは推測ですが彼の脳裏にはマルビとマル
キンの2極構造の中で、皆がマルキンの方に行ってほしいと言う
願いも含まれていたと思います。同年のタバコ屋は一億総中流とか
言われていた上昇志向の時代の空気をわかるような気がします。
著作2
タバコ屋は渡辺さんにお会いしたことはありませんが、広島の実家
は薬局のご商売をされてかなり裕福だったとお聞きしていますので
恐らく小さい頃からハイカラなモノには馴染んできたと思うのです。
渡辺和博イラスト2
趣味はバイクで、バイクやクルマにのめり込みひたすらその道を
極めるタイプの方をエンスーと言いますが、エンスージアストの略
で、その短縮版は渡辺さんが発明したコトバ(コピー)でした。
渡辺和博イラスト1
彼のイラスト(漫画)は一見雑でへたなように見えるのですが非常に
その対象の本質を鋭く捉え強調してあり、それこそエンスーが見れば
なるほどと思うような作品ばかりでした。
著作1
彼自身も重症のエンスーで、エンスー病は治らないという自虐的
な本まで書いていますので、間違いないでしょう。
雑誌NAVI-4
奇しくも渡辺さんが流行語大賞を受賞した昭和59年、自動車専門
誌NAVIが同じく専門誌CAR GRAPHICの姉妹誌として発刊され、
カーグラフィックが硬派編集長の小林彰太郎氏だったこともあって
かなりお堅い内容だったことに比べナビは当時のライフスタイルを
総合的に取り上げる等、多様でソフトな内容が特徴でした。
渡辺和博イラスト9
そのNAVIの創刊号より彼のコラムで毎回へたうまイラストとともに
彼自身も含めた世のエンスー達を「何と物好きな連中よ」と自虐的
に表現する軽妙な記事が載せられ、とても面白くタバコ屋も随分
ハマっていました。NAVIがCAR GRAPHICに比べかなりソフトで
ほんわかムードがあったのも渡辺さんのコラムとそのユニークな
記事内容が一役買っていたように思います。
渡辺和博イラスト10
実はエンスーというコトバが世界で初めて使われたのはこれもある
種エンスーな自動車専門誌であるNAVIにおいて渡辺さんが連載
を始めた「やっぱり自動車は面白い」というコラムでしたがエンスー
という言葉を発明して以降はタイトルも「エンスーへの道」に変わり
ました。また渡辺さんの表現の面白さは例えば「BMWな人」という
風に名詞を形容詞として使うことでした。何か俯瞰的な表現であり
ながら、ほのぼのとして優しい不思議なおかしみがありました。
いわゆるそこがタバコ屋の言う「よもだ」感覚だと思います。
ちなみにイラストのガレージ番長というのも彼が付けたネーミングで
ハイチューンしたスカイライン2000GT-Rのことを指します。
つまり彼の冴えたよもだ感性は権威あるものとか恐れ多いものを
すべて漫画化してしまい、読者に複雑な笑いを誘うものでした。
著作5
晩年は「お父さんのネジ」等、人を食ったような奇想天外な表題
のエンスー本を出版したりして読者を楽しませてくれましたが
よもやまさか肝臓ガンを患い平成19年、若干56才で天に召さ
れました。尚ご生前の愛称はナベゾだったそうです。タバコ屋も
渡辺さんの書き物を読ませて頂きながらエンスー道を極めたかっ
ただけに残念でなりません。合掌。
マリーアントワネット2
話をクグロフに戻します。マリーアントワネット王妃がこよなく
愛したこのお菓子、島とは何の関係もないこのスイーツ、完全な
ミスマッチとも言える今回の開発に対し、牛田のナベゾ氏こと
瀬戸内の発掘王とそのチームはどのように奇想天外なデザインを
発表されるのか。待つしかありません。しかし超多忙なG社にお
願いしたものですからご無理は言えません。
君の名は1-1
タバコ屋は古い話で恐縮ですが「君の名は」の春樹と真知子が
「あの橋のたもと」でお互い来ぬ人を待つが如くかなりあせりの
ようなものはありましたが、知らせが来ることを信じ島の波打ち際
で待ちました。ずぶ濡れになりながら。そしてつい先日待ちに待っ
たその知らせが来たのです!!・・・・・。

ただ残念なことに今回は渡辺和博さんのこと書きすぎて、紙数も
尽きたようですので近日中にその嬉しい知らせの詳細をお話し致
します。お楽しみに。


島のスイーツ開発 vol.4:マリー・アントワネットのこと

平成25年11月04日
18世紀のヨーロッパと言えば、イギリスで産業革命が起
こり、生産力が飛躍的に向上したことにより、それを武
力を背景とした貿易により国外に売りさばくといういわゆ
重商主義政策が採られ、それ以前の大航海時代の覇
者であったスペイン・ポルトガル、その後のオランダが後
退し、代わりにイギリス・フランスが台頭してきた時代で
した。
(関連記事:農業とレストア vol.5参照願います)
産業革命1
写真はジェームスワットが発明した蒸気機関ですがこの
人工動力により大量に生産可能となった繊維製品を狡
猾なイギリスはまずアフリカ西部に武器等とともに輸出、
その足で何と黒人を奴隷として拘束し、ブラジル、西イン
ド諸島、アメリカに輸出?、またその足でアメリカの綿花
やカリブの砂糖(紅茶用)を本国に輸入すると言う、いわ
ゆる三角貿易なるものを発明したのです。
カティサーク号2-1
イギリスはそれだけでは飽き足らず、今度は西アジアに
触手を伸ばし、まずインドへ繊維製品や武器を輸出、
インドからは当時アジア最強の大帝国であった清国へ
こともあろうにアヘンを輸出、清国からは紅茶を本国へ
輸入(後日にはインドでも紅茶の生産を始めました)する
という新たな三角貿易を発明しましたが、これらはどれも
イギリスのみに利をもたらし、他の国は踏んだり蹴ったり
という身勝手な貿易というか泥棒に近い仕業でした。
その当時活躍したのが以前の記事でもご紹介した紅茶
専用の高速運搬船、いわゆるティークリッパーです。
その後、ウイスキーの銘柄ともなった、カティーサーク号
はあまりにも有名ですよね。
(関連記事:紅茶とハイブリッド参照願います)
フランス植民地主義2
また当時の日本でいえば江戸時代中期に当たり、鎖国
政策を採っていたため、このヨーロッパの新しい大きな
うねりを正確に把握することが出来ず、ただ長崎の出島
と言う針でつついたような小さな窓からかろうじて入って
くるオランダや清国の情報を伝え聞いていたに過ぎませ
ん。イギリスとともに台頭してきたもう一つの重商主義国
フランスも同様のことをやり、いわゆる植民地時代へと
突入して行きました。
マリーアントワネット2
突然で恐縮ですが、このあでやかな女性はマリー・アン
トワネットの若かりし頃の肖像画で、フランスのみならず
近世ヨーロッパにおいて最も歴史を彩った女性の一人と
して説明の必要もない程に有名ではないでしょうか。
彼女の生きた時代と言うのはまさに上記のような時代
背景がありました。
ヴェルサイユ宮殿3-2
彼女はオーストリアのハプスブルグ家の女性大公マリア
・テレジアの王女としてウイーンで生まれ成長、その後
政略結婚によりフランスのルイ16世と結婚し、少女時代
の名前マリア・アントーニアからフランス王妃マリー・アン
トワネットと改められることになりました。
ヴェルサイユ宮殿1
嫁いだ先のヴェルサイユ宮殿は太陽王と言われた先々
代ルイ14世の作った壮麗な城で当時のフランス民衆、
貴族から集めた莫大な富を惜しげもなく注ぎ込んだ、
浮世とは全くかけ離れた建造物でした。
当時は絶対君主の時代でしたからどの国の国王も多か
れ少なかれこのような気絶するがごとき宮殿を造営し住
み得たのでしょう。
ヴェルサイユ宮殿4
ヴェルサイユ宮殿の内部です。電気などなかった当時
室内照明はシャンデリア等を使用するにしても、その点
灯、消灯はどうやったのだろうかと思います。またビロウ
な話で恐縮なのですが、当主はもちろんのこと、家臣の
貴族や使用人、各国からの来客等相当な人数が出入り
していたはずなのですが、水洗システムの完備していな
かった当時、トイレの処理はどうやっていたのかも気に
なるところです。

調べてみてビックリしました。すでに下水道設備が施さ
れていたローマ時代以前に逆戻りしたかのような荒っ
ぽさで、要するにトイレというものは全く設置されておら
ず、簡易トイレ(オマル)のようなもので済ませるかある
いは宮殿周りの茂みへ野放図に・・・。ウーン壮麗な建
物とは裏腹に実態は無茶苦茶というに近いものでした。
話がそれてすみません。
マリーアントワネット3
結婚当時のマリー・アントワネットの肖像画です。様々
な足跡を残した彼女ですが後世言われているのは、
ジャクリーン夫人やダイアナ妃をはるかにしのぐ当時の
スーパーセレブであったこと、フランス革命時に夫ルイ
16世と前後して断頭台の露と消えた悲劇の女王であっ
たこと、またオーストリア(ハプスブルグ家)の風習(生
活文化)をフランスに持ち込んだ人、等様々な評価が
されています。
ルイ16世2
ルイ16世の生きた18世紀からその後の20世紀に及ぶ
ヨーロッパは近隣諸国との間に戦争が絶え間なく起こ
り各国は莫大な戦費が必要であったことと、宮殿造営
やその維持等で浪費を重ねたことにより国家財政は破
綻し、そのトップバッターとしてフランス革命が起こった
訳で、ルイ16世とマリー・アントワネット王妃はその悪し
き象徴として歴史の舞台から消し去られたと言うことで
しょうか。
マリーアントワネット9
歴史的には辛辣な評価をされているマリー王妃ですが、
中傷であったものも多く、財政の破綻にしてもそのほと
んどは戦争での多大な出費が原因だった訳で、今では
その名誉はかなり回復されています。その彼女も4人の
子女に恵まれ、女性としての幸せなひとときもありました。

さて今回はフランス革命史をお話しすることではなくて、
マリー王妃の秘められたあることについてのお話がテ
ーマです。
マリーアントワネット7
先ほど、マリー・アントワネットはフランス宮廷にオースト
リアの生活文化を持ち込んだ人と言いましたが、それは
衣食住全般にわたるもので、輿入れ時にはお付の侍女
が多数同行したことは想像されるにしても、服装や小物
類(例えばハンカチの形状等)、入浴のし方、香水(ムン
ムン系を嫌いサワヤカ系を好んだそうです)また部屋の
しつらえ、調度品の好み、庭のデザインや花の種類等
ことごとくオーストリア流を持ち込んだと言われています。
ヴェルサイユ宮殿14-2
今となってはフランスの重要な観光財源として有効利用
されているヴェルサイユ宮殿ですが、かつてはブルボン
家の個人所有でありルイ16世やマリー・アントワネットが
暮らしていた訳で、後年バロック・ロココ様式といわれる
壮麗でやや装飾過剰な独特の建築及び庭園様式はこ
の頃に出来上がったと言われています。
マリーアントワネットの食卓3
食事やデザート及びティータイムについても同様で特に
デザートやティータイムに付きもののスイーツについて
は多くの女性同様、マリー王妃にも特別のお気に入りが
ありました。それは古くからオーストリアのアルザス地方
に伝わる「クグロフ」という焼き菓子でした。
恥ずかしながらタバコ屋は「マリー・アントワネットのクグ
ロフ」と言うスイーツ好きなら誰でも知っている言葉さえ
知りませんでした。
クグロフ3
マリー王妃のおやつタイムのイメージです。右端がその
クグロフで、らせん形の模様があるのと中心部が中空で
あること、粉砂糖がかけられていることが外観上の大き
な特徴です。ただしこれは一例であり多くのバリエーショ
ンがあるのは言うまでもありません。
クグロフ5
サイズについても同様で、4~5人で取り分けて頂く大き
なものから一口サイズの小さなものまであり、どれが正
しいと言うことではありませんが、マリー王妃の時代は
比較的大きな取り分けのサイズだったようです。
クグロフ4
焼き目の色具合も、これが正しいというものはなく、写真
のように濃い目のものから薄色まで様々で、お好み次第
と言うところでしょうか。連想クイズのようですが、これが
何に見えるかと言われれば、歯車とか言う人もあるかも
知れませんが、一般には「僧侶の帽子」と言われていて、
その発音がよく似ていることからクグロフという名前の由
来となったようですが真偽の程は定かではありません。

話はうんと飛びます。
タバコ屋は島のスイーツを開発するに当たりまず特産
のいよかんを使った「中島いよかんマドレーヌ」を世に
出しました。
中島いよかんマドレーヌ2
島のお客様や島外の方々にも徐々に認知されていく中、
それに続く第二弾として何か別の意味で個性的なスイ
ーツをご用意出来ないか考えていました。この度、ひょ
んな御縁で中島の味のふるさとでもある三津浜(中島の
対岸松山地区)の老舗洋菓子店「メルヘン」さんを知る
こととなり、そのことをお話ししたところ、開発には協力し
ましょうと快く引き受けて頂きました。そこで開発のベー
スとして勧めてくれたのがメルヘンさんの定番商品でも
ある「クグロフ」でした。
IMG_2708.jpg
当初、恥ずかしながらクグロフという焼き菓子そのもの
を目にしたことも、聞いたこともありませんでした。しかし
一目見た途端、直感的にこれはいけると感じました。
その理由は味もさることながら、そのおむすびを伏せた
ような、あるいは小さな島を思わせるようなユニークな
形状にありました。せっかくメルヘンさんが勧めてくれる
ものでもあり、これを煮詰めていけば面白いものが出来
るのではないか、それが第一印象でした。
マリーアントワネット8-1
マリー・アントワネットとクグロフには切っても切れない
関係があるにしても、島のスイーツとクグロフに何の関
係があるのかと言われれば返事に窮するところですが
クグロフの歴史はともかくその形状にタバコ屋が一目惚
れというのが正直なところでしょう。
IMG_2998.jpg
開発の前提としてはいよかん又はレモンのピール(果
皮の甘煮)や果汁を使用して頂くことでした。それ以上
のことは言わずにまず数種類の試作品(プロトタイプ)
を用意して頂きました。

1.左下:メルヘン製定番クグロフです。一口サイズで非
常にコンパクトですが、身が詰まった感じで重いんです。
真ん中の中空部分には砂糖の溶かしたものを入れて
トッピングしています。

2.左上:中空部分にタバコ屋製(希望の島本舗製)の
いよかんピールをトッピングしたものです。発想はいい
のですがいろどりが良くないので没としました。

3.右上:果頂部に砂糖の溶かしたものをふり掛けたタイ
プです。その頂にはいよかんのピールを添えています。
北国のお菓子ならこれで白雪の山のイメージがありとて
も良いのですが、中島は南の島でありイメージが合わな
いので没としました。

4.右下:右上のタイプと同様なのですが、右上は強め
に焼いたもの、右下は弱めに焼いたもので、焼き色の
違いだけの差です。タバコ屋の好みとしては、弱めの
きつね色に焼いて頂くようお願いしました。
IMG_3058.jpg
プロトタイプ第二弾が出来上がってきました。白砂糖を
溶かした部分にもいよかん果汁を混ぜ、ややクリーム
色になるよう着色して頂きました。ピールもその中へ溶
かし込んでいます。また生地の中全体にいよかんピー
ルの細片を練り込んでいます。
欲を言えば、クグロフ独特のらせん形状をもっとクッキリ
させたいところですが、これは型の問題で仕方ないかも
知れません。これで全体のコンセプト「中島のイメージを
形で表現する
」というテーマは概ね達成出来たように思
います。

次は味と食味です。当初は濃厚な味+硬くてややパサ
ツキ感があるものでしたので以下のように改良して頂
きました。
1.甘さを抑えて後味の良いものにする。

2.適度な硬さでしかもしっとり感のあるものにする。

さすが老舗メルヘンさんで、以上の希望はかなえてくれ
ました。ここまでには何度も試作を繰り返し、ああでもな
いこうでもないと検討を重ねた結果であることは言うまで
もありません。
IMG_3771-1.jpg
さて、希望の島本舗スイーツ第二弾のベースは出来上
がりました。これからは生まれたわが子に名前を付け、
かわいいおべべを着せなければなりません。
先日、いつもお世話になっている広島の気鋭デザイナー
兼プロデューサーであるギミックの小原さんを三津浜の
メルヘンさんにお招きし、試作品を見て頂くと共に試食、
検討会を致しました。

小原さんも当初はクグロフという得体の知れないスイー
ツを使って開発を進めることにやや難色を示されていま
したが、現地でいろいろお話しをし、試食をして頂いた結
果、そのネーミングやパッケージングについてご協力頂
けることとなりました。感謝です。

ギミックさんのアイデアにより、素敵な製品が出来上がる
のを期待して今回のお話しはここまでと致します。


★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
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