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札幌紀行 vol.1:お仕事

平成25年2月28日
【札幌での出来事】
突然で恐縮ですが、今回は先日大雪の札幌で雪祭りは
終わったにもかかわらず雪まみれになったお話をして
みたいと思います。
40年ぶりの札幌、松山から羽田経由新千歳空港に向か
います。
札幌東急催事1
実は明日から札幌東急百貨店にて毎年恒例となってい
る「松山の物産と観光展」が始まり、地元松山の出店業
者の一人として、みかんやジュースを販売しに行きます。
実務は倅2人がやってくれるので心配ないのですが、
東急側から島のちょっと変わった住人にも是非来てもら
いたいという要請?があったようで、少し迷いましたが
せっかくなら、行きたいところも二か所程あったため重い
腰を上げました。(そのことは後で詳しくお話します)
IMG_1079.jpg
以前の記事でもご紹介しましたが、40年前タバコ屋は
同志社大学自動車部恒例、地獄の北海道遠征で札幌に
立ち寄ったものの、北海道を一周するため時間がなく、
札幌市内を見学した記憶がありません。今回のホテルが
JR札幌駅の近くだったので、せめて時計台まで行ってみ
ようと出かけました。
結果、タバコ屋には場違いのようで、若いカップルが夜に
もかかわらず沢山押しかけていました。
それにしても日本のエーゲ海からいきなりやって来た島の
タバコ屋にとってはこの肌を突き刺すような寒さは一体どう
いうことなのか、すべって転びながら、早々にホテルへ逃
げ帰りました。
(関連:今出川でのこと vol.3:地獄の北海道遠征参照願い
ます)
札幌東急催事3
雪です、大雪です。タバコ屋の苦手な雪が降り続いてい
ます。JRも運休が相次いでいるようです。どうしよう大丈
夫だろうか。札幌東急の正面ですが実際は細かな雪が
間断なく降っています。
札幌東急催事4
この催事は年に一度なので遠方からのお客様も多く、
JRが運休ということになると、ヤバイことになりはしないか
心配です。
余談ですが、タバコ屋の若かりし頃は雪というとどのクル
マもチェーンを巻いてカシャカシャ走ってましたが、スノー
タイヤという文明の利器のおかげで、そんな車は一台も
走っていませんでした。みなさんスノータイヤ装着にて
普通に(ゆっくり)走ってました。
札幌東急催事5
百貨店の裏口にある荷物の搬入口もご覧のとおりでかな
り混乱が予想されます。
札幌東急催事6
やがて定刻となりいよいよ「開展式」です。真ん中は松山
市の野志市長、向かって左は観光協会会長の元国会議
員関谷さん、その左は札幌東急店長の楠野さん、その左
は今回の催事軍団の司令官であるお漬物屋漬新さんの
新田さん、その他松山市のスタッフや親善大使のマドンナ
嬢とか合わせて20人以上が来られているようです。
向かって右は札幌市の行政担当の方や地元メディア(新
聞、TV等)の来賓の方々です。
札幌東急催事7
その松山市長、野志さんが挨拶で松山の宣伝を兼ねて
熱弁をふるわれている場面です。野志さんは地元TV局の
現役アナウンサーだった方で人気グルメ番組を担当してい
て地元のオバサン達には抜群の知名度のある方です。

ところで、松山市の関係者の方々が着用している陣羽織
とおぼしきお衣装、かなり個性的だと思いませんか。
背中には松山城がプリントされており、家紋の入る位置
にはJAPANのロゴが・・。
国際見本市などにも着用するためだとか。タバコ屋は元
ゴフク屋でもあり、とても気になりました。
札幌東急催事9
いよいよテープカットです。真ん中の女性は札幌市の農
政関係のエライさんで、来賓の祝辞を述べられました。
タバコ屋は写真を撮りながらもJRのことが気になって仕方
がありませんでした。後でやはりかなりの本数が運休にな
ったと分かりました。しかし最悪の場面で、慌てず騒がず
ベストを尽くすのがプロというものです。
札幌東急催事15
いよいよ開店です。看板の左に40とあるのは札幌東急が
開店40周年を迎えることを示しています。ということはタバ
コ屋が同志社大学を卒業する頃にオープンした訳で、
多分幾度かの改装を重ねて今日に至っていると思います。
松山の特産ではないのですが、愛媛県宇和島は日本一
の真珠産地であり、その関係で多分特別出演ということ
で、真珠、珊瑚等の特設コーナーが真正面に設けられま
した。
札幌東急催事10
松山の代表銘菓といえばやはり一六タルトさんでしょうか。
この前の記事でもお話しましたが、タルトというスイーツは、
ザビエルが来日した戦国時代、ポルトガルによってもたら
されたもので、その原型は平たいパイのような焼き菓子だ
ったものを匠の民、伊予人がくるりと巻いて中にあんこを入
れ、全く別のお菓子に仕上げたアイデア商品だった訳です
が、そのハイカラなポルトガル語の名前だけが生き残り
今日に至っているようです。
ついでながら、先日同志社大学同期の元兵庫県警M君
よりご教授があり、ハイカラという言葉は神戸が発祥なん
だとか、まったく知りませんでした。ケイサツの言うことは
信じます。
札幌東急催事24-1 札幌東急催事17
左はその一六さんのもう一つのヒット商品「坂の上の雲」
と「いよかんマドレーヌ」です。手前味噌になりますが、
いよかんマドレーヌはタバコ屋の店「希望の島本舗」でも
「中島いよかんマドレーヌ」という名前で発売しており、
知名度がちがうのでタバコ屋のほうはつつましく並べさ
せて頂きました。
右の写真は今年度ゆるキャラ日本一に輝いた今治市の
バリーさんにちなんだ、たまごボーロです。どういう訳か
どさくさで参加していました。
中島いよかんマドレーヌ2
「中島いよかんマドレーヌ」のことですが、恥ずかしながら
島のおみやげがほとんどないので、タバコ屋が思い余っ
て開発した品です。
ちなみにこのユニークなパッケージをデザインして頂いた
のは三原の八天堂のクリームパンをプロデュース&デザ
インした広島の某有名デザイナーO氏です。タバコ屋が
発行した情報誌「中島ヂャイアント」の製作も手掛けて頂
きました。その方は我が松山の伊丹十三氏をいたく気に
入っておられるので、松山とのご縁は浅からぬものが
あります。
中島ヂャイアント
一昨年発行したものですが、昭和30年代の中島がテー
マで、お客様から懐かしいね、面白いねと言って頂くので、
近々第2号を出したいと思っています。中島の梅ちゃん
先生物語みたいになってくれたらいいなと思います。
札幌東急催事11
何と言っても行列の出来る人気商品がじゃこ天です。
日本人は練り物(カマボコ、チクワ、平天類)が大好きで、
特にじゃこ(えそ)を丸ごとすり潰したじゃこ天は愛媛独特
のものです。
ルーツは江戸時代、宇和島藩主として遠く仙台伊達藩よ
りその分家として着任した伊達秀忠公(正宗の息子さん)
が仙台発祥の練り物文化を伊予宇和島にもたらしたもの
と言われています。
札幌東急催事12
今回の催事用にしつらえられた垂れ幕です。「いで湯と
城と文学のまち」となっており、とにかく札幌と違い、雪な
ど滅多に降らない温暖な地ゆえ、タバコ屋を筆頭に大変
のほほんとしたお国柄です。(高校の先輩でもある、故
伊丹十三氏やノーベル文学賞を受賞した大江健三郎氏
などは例外の方です。)
ついでながら伊丹さんと大江さんはお嫁さんがらみで
親戚だった(義理の兄弟)のを皆さんご存知でしたか。
また遠い明治の松山中学時代の先輩である正岡子規が
残した俳句に「春や昔十五万石の城下かな」というのが
あります。
松山藩は徳川親藩だったので幕末には賊軍となり維新
直後は土佐藩の管理下に置かれ辛酸を舐めました。
その屈辱をバネに正岡子規、秋山好古、真之兄弟、等の
逸材が輩出し、日露戦争の苦難の勝利につながる輝か
しい明治の歴史を作りました。
(関連記事:農業とレストア vol.7参照願います)
札幌東急催事14
今回の催事軍団の司令官である漬物屋さん「漬新」の
新田さんが接客中です。伊予特産の、緋のかぶら漬けで
有名な老舗です。
ところで緋のかぶらを赤く染める時、中島特産のだいだい
を使用すると色鮮やかで甘みのある良質の緋かぶら漬け
が出来るのを皆さんご存知でしたか。

余談ながら、タバコ屋は従来漬物には無頓着でしたが、
昔ゴフク屋をしていた頃、京都高倉三条の千切屋(ちき
りや)さんでよく仕入れをしていましたその千切屋さんで
大安とかの大手メーカーでなく、うまい芝漬けを作ってい
る処はないものかとお聞きしたところ今熊野のニシダヤ
さんを紹介してくれました。小さなお店ですが、その味が
爾来忘れられません。タバコ屋の考える、ホンモノの味
でした。
ですからもし小さなお店で頑張っている若い店主さんが
いたらタバコ屋は以下の如く励ましてあげたいと思いま
す。「小さなお店であることを恥じることはないよ、たった
一人でもよい、有難うおいしかったよと言って下さる客と
言う名の友人を作ろうよ」と、
私が経営を教わった師匠がかつて言われたコトバです。
札幌東急催事13 札幌東急催事16
海産物はご存知のとおりロシアの観光客が瀬戸内海を
旅行してこの池は何と言う名前ですかと言ったくらいです
から、スケールは北の大海とは比較になりませんが、
それなりに塩分濃度が濃く、いわゆる小味(コク)の利い
たオサカナ味が特徴となっています。
左はさばのバッテラ寿司(タバコ屋の好物で私はバッテー
ラと言いますが)右は瀬戸内界隈ではダシによく使われる
いりこです。
札幌東急催事27
同じく海産物ですが手前に並んでいる黒い袋は中島産の
ひじきです。実はタバコ屋も本家本元として「島ひじき」を
発売していますが、今回はみかんやジュースのカテゴリ
ーで参戦しているのと、この業者さんが催事の先輩でも
あるので出品を控えました。
札幌東急催事25
陶芸に興味のある方ならとても気になる砥部焼のコーナ
ーです。この松山産の砥部焼は九州の伊万里等いわゆ
る皇室献上型ではなく、庶民のカジュアルな生活陶器か
ら派生したもので、ぼってり厚みのある作品は高貴で繊
細な工芸品というよりは、気取らない生活用品という位置
づけです。手前では製作実演をしています。
札幌東急催事26
その砥部地区在住で愛媛を代表する詩人であった、故
坂村真民さんのパネルです。相田みつをさんらとも親交
があり、松山で長く教師生活を送りました。代表的な詩は
念ずれば花ひらく」というタイトルで、詩の内容は省略致
しますが、言ってみれば人生の応援歌を一生書き続けた
方でした。その言葉は真民さんのお母さんが貧しい生活
の中、いつも口癖に言っていたコトバだそうで、NHK紅白
歌合戦で絶賛を浴びた美輪明宏さんにも通ずるところが
あると思います。ちなみに真民さんの出身地は熊本で、
美輪さんは確か長崎でしたよね。
(関連記事:農業とレストア vol.7参照願います)
札幌東急催事18
ここで茶屋で一服しませんか。店名は五志喜(ごしき)と
ありますが、実は松山の素麺の老舗「五色素麺」さんが
設営したにわか茶屋です。(もちろん松山では五志喜の
お店があります)
札幌東急催事23
五色そうめんさんはのれんにもあるように創業が享保7年
で、麺の食文化は江戸時代からすでに確立されていたと
いうことです。
関西では奈良の三輪素麺、兵庫の揖保の糸が有名です
よね。そのルーツを辿っていけば遠く飛鳥・奈良の時代
まで遡ることになります。
札幌東急催事19 札幌東急催事20
札幌東急催事21 札幌東急催事22
茶屋のメニューは左より鯛ニューメン(素麺温か版)、
鯛丼セット、左下より坊ちゃんうどん、みかんを入れた
いなり、お寿司等です。
お勧めはやや高いですが鯛丼です。瀬戸内海といえば
平家全盛の頃より鯛というのが決まり相場でしょう。

ご休憩が終わられたようでしたらいよいよタバコ屋のコー
ナーである「希望の島」へと御案内致します。食後のデザ
ートに日本のエーゲ海といわれる中島からお届けした
みかん、ジュース等をお楽しみ下さい。
札幌東急催事トミナガ6
お楽しみどころかやや殺気立った風景ですが、札幌とい
うより北海道のお客様は、その広さと正比例してかなり
大らかで大陸的なお買い物傾向にて、大阪、東京では
10kg箱で購入される方はほとんどいませんが、札幌は逆
でほとんど10kg箱です。正直、その買いっぷりにはビビリ
ました。
札幌東急催事トミナガ5
有難いやら嬉しいやら、野志市長みずから店頭に立って
頂き、販売をお手伝い頂きました。もと地元TV局(南海放
送)のグルメ番組担当キャスターだけあって、お客様の応
対、説明は的確かつ抜群で、タバコ屋も聞き惚れるほど
でした。
札幌東急催事トミナガ8
タバコ屋の上の倅ユー君です。彼は今回の遠征の実施部
隊長で商品の事前準備や販売応援のマネキンさんの手配
等、すべてやってくれているので、タバコ屋はお客様に愛
嬌を振りまくのが仕事です。
余談ですが、彼は大学卒業後、芦屋のいかりスーパーへ
一年研修生として派遣、その後は古くからの取引先で以
前の記事でご紹介したこともある東京三越内のフルーツ
専門店のサン・フルーツさんに数年間お世話になりました。
したがって年は若いですがフルーツのプロフェッショナル
です。
(関連記事:農業とレストア vol.5参照願います)
札幌東急催事トミナガ7
タバコ屋の下の倅のマー君です。前述のように北海道の
お客様は10kg単位で買われるのでほとんどが自宅への
お届けとなります。
その対応をしているところですが彼は大学卒業後、広島
のさる外資系の機械を研磨するディスク等を製造する
メーカーに入社していました。タバコ屋の大学の同期でM
君も日本ダイヤモンド工業というところへ入社していました
から多分そこと同じようなことをする会社だったと思います。

しかしマー君もふるさとが良かったのかどうか、さっさと退
社してタバコ屋の「希望の島」を手伝ってくれています。
今では手伝うと言うよりは仕切ってくれて、私はやることが
段々なくなりつつあります。
札幌東急催事トミナガ4
当日は地元札幌のメディアもかなり入っていましたので、
そのスタッフとおぼしき方が撮影をしているようです。
札幌東急催事トミナガ9
「希望の島」のジュースを年配のお客様にご試飲して頂
いているところです。男爵いもや毛蟹は札幌の方には珍
しくないでしょうが、日本版エーゲ海のジュースはチョット
気になるようです。
札幌東急催事29
妙齢のマドンナ大使も、松山の魅力を少しでもアピール
しようと頑張ってくれました。かつて明治の文豪夏目漱石
も英語教師としてタバコ屋の母校である松山東校の前身、
松山中学に赴任して以来、正岡子規と友情を深めるとと
もに、この矢絣のきものと袴姿のお嬢さんのイメージが
忘れがたく、小説「坊ちゃん」を書くに至ったのかも知れ
ません。

大雪で遠方のお客様は、来たくても来れなかった状況の
なかで我々は最善を尽くすしかありません。誠意あるの
みです。
札幌東急催事30
今回の催事とは全く関係ありませんが、同じ札幌東急店
内に出店されている帯広の「六花亭」さんです。
かつてタバコ屋が若かりし頃、商人向けの雑誌「商業界」
が主催する「商業界ゼミナール」という全国の商店主を
箱根に集めて開催された研修会で、同じ机を並べてお店
のあるべき姿を真剣に学んだ仲間です。
あの時のO君(オーナーの息子さん)は今頃どうしている
んだろう。会いたい気持ちもありましたが、帯広は遠いし、
大雪でJRもストップしたので自動的に断念となりました。

催事はこれから一週間続くのですが、タバコ屋は倅二人
がやってくれるので長居は無用と二日ほどでおいとます
ることにしました。
札幌その後のことについては続編でお話することにし、
今日は紙数も尽きたようなのでこの辺でいったん終わり
に致します。


好みの基準 vol.1

平成25年2月19日
農業のこと沢山書いたので、ここはコーヒータイムにし
ませんか。
人は皆、様々な生い立ちを持ち、生まれ持っての感性や
環境によって好みや関心事は千差万別だと思います。
戦後の何もなかった時代はものを作ろうにも材料がなか
った訳で品物の購入と言ってもほとんど選択の余地が
ありませんでした。
しかし現在は豊かな時代となり、作り手も様々な考え、
センスでものを作り、買い手も迷ってしまうほど様々な品
が選べるようになりました。

今回はお遊び記事として、タバコ屋の個人的な好みにも
とづく最新のオクルマ選びをしてみたいと思います。
選ぶにしても何か基準が必要だと思うので、ここでは乗用
車、または商用車程度に限定し、国産車、外車を問わず
ぶっ込みで、ややこしいメカの部分は避けておもにデザ
インや機能の面から思いつくままに選ぶことと、一つの
キーワードを設けそれに一番ピッタリのイメージを持つ
最新のオクルマを選ぶことにします。

■ハイカラ賞・・・アウディA1
アウディA1-2
近年ますます存在感を増しているアウディはVWのレク
サス版とも言える立ち位置でしょうか。つまりVWのある車
種の部品を流用して、筋トレやお化粧直しを施し、全く別
の車に仕上げるという手法です。このA1はどうもVWポロ
の兄弟車らしいのですが、そうは見えませんよね。とても
ハイカラな感じがします。

外観の特徴である引きつり目と鰐口は、昔大人しすぎた
デザインの反動とも言えるもので、どうも若者受け狙いら
しいです。
それはご愛嬌としても、ボディに無駄なラインがなく塊感
が上手に表現出来ているのは日本車(特にHONDA)に
は見習ってほしいところで、タバコ屋にとってはとても魅
力的に映ります。
HONDAの名誉のために付け加えますが、かつてローヴァ
ーと提携していた頃は今のアウディ的なデザインをしてい
ました。国産メーカーで唯一ハイカラなデザインが出来る
のはHONDAだと信じているのですが・・・。
アウディA1-4
リア部分もルーフラインからCピラーにかけてとても個性
的かつなめらかで良いと思います。ただテールランプは
ヘッドランプのモチーフを使ったんでしょうがあまり好まし
くない(チープ)です。担当デザイナーも今頃になって、
あ!しまったと思っている筈です。
アウディA1-12
スポーツ仕様のコクピットですが、ドイツ車らしいシンプル
でソリッドな高質感が出ていて、このクラスに似合わない
雰囲気を醸し出しています。蛇足ながらカーナビがポップ
アップ収納式なのはとてもいいと思います。

■復刻賞・・・BMWミニ
BMWミニ-16
かつて世界の海に君臨した大英帝国は世界中からぼっ
たくった富を、スペイン、ポルトガルのように浪費はせず、
産業を起す元手とし、その後18世紀から19世紀にかけて
のイギリス産業革命により圧倒的に世界をリードしたの
ですが、それ以降世界に君臨するための費用がハンパ
でなかったのと、英国病とという不治の文明病にかかり
その富も底を突いてしまいました。
現在はアメリカがそれに取って代わっているのは皆さん
ご存知の近代史の事実です。
旧ミニ-3
その黄昏帝国にあって、栄華を極めたオクルマ産業も
落日を迎えようとしていたその時、最後の残り火が燃え
るようにアレック・イシゴニスという不世出の天才デザイ
ナーが出現し、当時の常識を覆す斬新な設計をした車
がオースチン・ミニでした。
しかし黄昏の大英帝国にはもうそれを維持する力は残っ
ていませんでした。我がHONDAがオースチン消滅後の
ローヴァーと一時提携し、もう少しで傘下に収めようとす
る直前、BMWがいきなりそのローヴァーを買収し、ミニの
ブランドだけを切り取って行きました。その後BMWも随分
手を焼いたようですが、ミニのモチーフを上手に生かし
最新のBMWメカで補強することにより、現代版ミニとして
見事に復刻を果たしたのです。
HONDAが撤退したのは悔しいですが、当時HONDAは寝
る間もないくらい忙しく、とてもそこまで手が届かなかった
かも知れません。BMW、敵ながらあっぱれです。
(関連記事:復刻と改造参照願います)
BMWミニ-7
コンパクトな大衆車でありながら、スポーティで軽快感
がありアウディA1より古い設計ながら新鮮さを失いませ
ん。丸っこいデザインなので愛嬌があるというか憎めない
デザインですよね。
BMWミニ-3
外観におとらずコクピットも旧ミニのモチーフをうまく生か
した超個性的かつ愛嬌のあるデザインです。真ん中の
スピードメーターはどちらかと言うと体重計や、八百屋の
ハカリを連想してしまいます。
ゲルマンにはこういうファニーな発想は出来ないと思うの
ですが、アングロサクソンとの合作ゆえこのようなユニー
クな形が出来たのでしょうか、それともラテンを応援に呼
んだのかもわかりません。

■スタイリッシュ賞・・・アストンマーティンDB9
アストンマーチンDB9-4
落日の大英帝国にあって唯一消滅から免れたのがアス
トンマーティンでした。とにかく浮世離れしたお値段の車
なのと、ハイソ階級(古いな~)に顧客がそこそこいたの
で、何とか生き延びられたのかも知れません。(尚、ここ
でいうハイソ階級と言うのは一生働かなくても食える階級
のことを言います。)
DB5から始まってボンドカーとしても有名で、話題にはこと
欠かないオクルマです。

どうせタバコ屋などは坂の上の雲のクルマなので買うと
か買わないとか言うのではなく、そのデザインが圧倒的
に美しいです。
もうマリリンモンローのオクルマ版です。保守的かも知れ
ませんがいわゆるロングノーズ・ショートデッキで無駄な
空間の塊のような造形ですが、圧倒的なボリューム感が
あり、しばし見とれてしまいそうです。
(関連記事:GTのお話 vol.1参照願います)
DB9コクピット-3
コクピットは重厚かつシンプルでイギリスの趣味の良さを
感じさせるデザインです。上質のレザーシートの香りに
包まれて過ごせば多分一日座っていても飽きないような
気がします。

■スポーツマン賞・・・スバルXV
XV-5.jpg
世界の強豪をものともせず蹴散らして、WRCラリーチャン
ピオンとなった我がスバルの誇るインプレッサをベースに、
今世界中が血眼になって開発しているSUV仕立てにした
のがこのXVです。
最近のスバルのデザインはアメリカ志向で(当然なので
しょうが)ややエグイ表現が目立ちますが、中ではお品の
よい形にまとまっており、しかもスポーティムードが漂って
います。多分このクラスのSUVでは世界トップクラスの性
能ではないかと思います。
何はともあれスバルが作ったSUVというだけで、マニアに
とってはこたえられないものがあるのではないでしょうか。
デザインについては、概ねクリーンなラインで好感が持て
ますがホイールがエグイなと思われるのと、フロントグリル
のメッキバーとかやめてスバルのロゴマークだけにすれ
ば良いのにと思います。
XV-3.jpg
リアは非常にSUVらしさを表現出来ていていいんじゃない
でしょうか。
蛇足ながらナンバープレートの位置がバンパーのところ
に付いているクルマがありますが、そうするとリアゲート
部分が間が抜けたようになりタバコ屋はあまり好きでは
ありません。その点、XVは合格です。
XV-14.jpg
タバコ屋が一番感心したのがコクピットデザインです。
以前からスバルのコクピットは国産車のなかでは群を抜
いて上質感がありヨーロッパにひけをとらないセンスの
良さを感じていました。
このXVではそれがさらに磨かれ、外観もさることながら、
室内の方が優れているようにも思われ、とても好感が持
てます。タバコ屋もやんちゃなZ嬢を抱えているので身動
き取れませんがここだけの話、XVには年甲斐もなくムラ
ムラきています。はかない夢でしょうが・・・。

■びっくり省エネ賞・・・トヨタオートボディCOMS
coms-2.jpg
はてこの見かけないノリモノは一体何でしょうか。場所は
中島のタバコ屋が親しくしているご寺院の参道です。
種明かしをすると、実はここのご住職が島の檀家さん回
りをする時に、道が狭いのでスクーターだと雨の日が濡
れるし、何かいいものはなかろうかと探していたところ、
トヨタのディーラーに飾られていたので即購入されたもの
だそうです。
トヨタオートボディとは何のことはない、トヨタの系列会社
であるトヨタ車体のことで、以前からミニバンなども独自
に作りトヨタブランドで販売して来ました。そこが開発した
電気自動車COMSだったのです。
coms-4.jpg
最初タバコ屋もビックリ仰天して眺め回りましたが、とに
かくユニークで超コンパクトなノリモノです。
後からご住職に聞いた話ですと、原付バイクのカテゴリ
ーだそうで、一回の充電で50~60km程度走るそうです。
ヘルメットもシートベルトも要らずエコカー減税でお金は
返ってくるは、税金はなしに等しいは、良いことずくめだ
そうです。タバコ屋も人生観変えるときが近づいている
ようです。
coms-5.jpg
多分開発チームも遊び心満載で設計したに違いなく、
モモ風のステアリングや強度補強の構造材とおぼしき
パイプなどにそれが見て取れます。やや不便だと感じた
のが、布製のドアから出入りする時はジッパーで開閉す
る必要があることでしょうか。
それ以外はまさに異星人風のしつらえで、最近電動老人
車はよく見かけるのですが、このオクルマは異質でした
のであえて取り上げました。
マイクロコミューター1
これは市販車ではありませんが、HONDAが水面下で開
発中のマイクロコミューターです。動力源は多分EVなの
でしょうが上記のように維持コストにおける様々なメリット
があり、近い将来普及するかもわかりません。
余談ですが昨今ニッサンのゴーンさんがEV、EVと言うも
ので、何やら目新しいもののように聞こえますが、数十年
前よりEVは老人用電動車として普及しておりメカとしては
何も新しさを感じません。もっとタバコ屋をビックリ仰天さ
せるようなノリモノが現れないものでしょうか。
例えばスターウォーズのルークが乗っていた浮き上がっ
て走るノリモノとか。

コーヒータイムのつもりが、コーヒーも冷めてしまい紙数
も尽きたようです。独断と偏見の選択でしたが、また次の
機会にお遊びコーナーを設けたいと思います。

尚、記事中のイギリス近代の歴史についてはタバコ屋の
個人的見解であることをご了解願います。


農業とレストア(付録)

平成25年2月18日
農業、それも柑橘農業について商業などとからませた
「農業とレストア」シリーズvol.1~7いかがでしたでしょう
か。少しでも柑橘のことに関心を持って頂けると有難い
です。
農商一如(のうしょういちにょ)」という言葉があります。
タバコ屋がかつて経営のことを教わった師匠が言われた
コトバですが、農業も商業も目的は一つで同じものなん
ですよ、という意味だそうです。工業が入っていませんが
同様のものでしょう。さて、その目的とは・・・。

農業は食べ物や鑑賞の花などを作ることにより消費者
(生活者)の暮らしを守り、より豊かにすること、または
自給自足を目指すなら自分や家族の食生活を守ること、
商業は自分で作るかあるいは仕入れたものを客(生活
者)に売り、客の暮らしを助け、より豊かにすること、が
目的であると。またその師匠はこうも言われました。

店は客のためにある」と・・・。けだし名言だと思います。
店は経営者のためにあるのでもなければ、一儲けして
資本を溜め込む道具でもなく、客と言う名の生活者
利便のためにあります。
また農業も換金する行為は伴いますが、その真の目的は
消費者という名の生活者の食生活を守るためにあると思
います。
つまり農業も商業も最終目的は生活者がより豊かになれ
るためのお手伝いをするオシゴトなのです。
ただし昨今はそれに流行り、すたりという要素が絡み、
ある程度時代のトレンドを反映したものでなくては立ち行
かなくなってきているのは事実です。時代の要請とでも
言うんでしょうか、
梅ちゃん先生10
NHKの朝ドラ、梅ちゃん先生のタイトルシーンですが戦後
の数十年間の町の様子がよく再現されていると思います。
タバコ屋が生まれ育った瀬戸内海の中島にもこういう風情
がありました。
(関連記事:アイデンティティ参照願います)
商業ではゴフク屋、カナモノ屋、デンキ屋、駄菓子屋、
その他諸々、我々団塊世代の前後が子供の頃には当た
り前に親しんできた店々が知らないうちになくなりました。
かつて銀座通りなどと呼ばれた各地の商店街は今や
シャッター街と化してしまいました。

商いが良心的かどうかということとは別に時代のニーズ
に合っているかどうかということは大切なことで、そこに
自己革新(イノベーション)がなされない限りは滅び消え
去るということでしょう。
千疋屋小田急店
これはタバコ屋のお取引先である、東京の千疋屋という
果物専門店の新宿小田急支店です。一般の青果店では
なく高級果物店であるにしても、一昔前のようにみかんと
りんごとバナナのてんこ盛りではなく百花繚乱、とにかく
果物一つとっても多様化しています。
(関連記事:荒ぶる心 vol.5:ポルシェのこと参照願います)

余談になりますが、日本人というのは食べ物、特に果物
を芸術品にまで仕上げないと気がすまない民族で、この
お店などに並んでいる品は、それこそ食べる芸術品とも
呼べるものです。
欧米人にとっては理解に苦しむ習性の一つでありそれだ
け農業に携わる人も大変だと言うことです。
ネーブル園地4
一例を言いますと、この写真のネーブルです。
ちなみにネーブルとはへそという意味なのですが、皆さん
ご存知でしたか。その由来はおしりのところにへそがある
ことから来ていますが、そのへそには内部にもう一つ小さ
な果実がへそくりされているというシャレにもならないユニ
ークな構造を持っています。
この変り種オレンジは原種が地中海からブラジルへ渡り、
かの地で変異発生したものですが、何故ネーブルがブラ
ジルへ渡ったかということについては前の記事で述べた
大航海時代のポルトガルがブラジルを征服し、植民地に
していたことと大いに関係があります。
(関連記事:農業とレストア vol.5参照願います)

その後アメリカのチベット婦人という著名な園芸家の手に
より改良育成されました。チベット婦人はワシントン郊外
に住んでいたので以後、ワシントンネーブルと呼ばれる
ようになりました。
日本にも昭和初期に導入され、匠の民族日本人はこれを
芸術品に仕上げねば気が済まず、静岡の白柳さんという
篤農家により改良が重ねられた結果、白柳ネーブルとし
て世に出ることとなり、柑橘の女王として一世を風靡しま
した。その芸術品とも言えるネーブルでさえも今は時代
から忘れ去られようとしています。
IMG_2154.jpg
前回の記事でもご紹介した、タバコ屋のお取引先である
芦屋のいかりスーパーさんはこのネーブルがお好みで、
お客様のニーズがあるからなんでしょうが、変わっている
というかマニアックなお店ですよね。
関西在住(大阪以西)の方で、ネーブルが食べたい時は
お近くのいかりスーパーへお出かけ頂きたいと思います。
(関連記事:ヤマトとラムネ参照願います)
せとか園地9
それに代わって今もてはやされているのが、せとかという
品種です。これも話せば長くなりますが、日本初(世界
初)の人工交配種(混血児)である清見タンゴールを親に、
さらに外来種のアンコールとマーコットを交配させるとい
う複雑な交配過程により誕生したハイブリッドな混血児
(タンゴール)なのです。尚、開発したのは長崎県口之津
にある国立農業試験場です。

ガソリンあるいは電気だけの単一機能だったものが組合
せの妙によりハイブリッド(HV)が出現しさらにPHVになり、
ますますハイテクになっていくオクルマとある意味似たも
のがあります。

そのせとかですが、果肉がジューシーで柔らかく、香りが
良く、食味よしで、色香を備えた言わばマリリンモンロー
嬢なのです。しかしこの売れっ子スターも次のライバル
が現れるとネーブルと同じ運命を辿ることになります。
果物は嗜好品の要素もあり、実生活に大きな比重を持っ
てはいないでしょうが、基本的な傾向を申し上げました。

このように農業についても食生活(食文化)の変化により、
生活者が食べなくなったものを作ったのでは自身の生活
が破綻してしまいます。それはやや大きく捉えると産地の
興亡がかかっているとも言えるのです。またその素材を
生かした食品工業も同じ運命です。工業においても同様
で、一時は黒いダイヤと呼ばれ、あれほど栄えた三池炭
鉱、夕張炭鉱は廃墟と化しています。

タバコ屋の今回のテーマであるみかん畑の復元(レストア)
一つ取ってみても、以前と全く同じに修復するのではなく、
新しい時代に合わせた品種構成をし、再出発をしなけれ
ばなりません。
言い換えれば、農業も商業も時代適応しつつ生活者の
役に立つオシゴトをしていく必要があると思います。工業
もいっしょです。
自己革新」コトバ四文字で言うのは簡単ですが、なかな
か困難なテーマです。タバコ屋は柑橘農業のシロウトと
して何を為すべきかについて、随分苦しみぬいた末、
上記の食べるファッションの方向でなく、香りを楽しむ
いうコンセプトに辿り着きました。あとは実務ということ
ですが、これも根気と体力が必要で(それとオカネも)
元同志社大学ガクラン体育会の意地にかけても実現し
たいところです。

尚、上記の食べるファッション柑橘は現在さまざまな品
種が開発されており、タバコ屋が扱っているものでも
両手で足りないほどです。このことについてはまた別の
機会に楽しい解説(裏話)をお届けしたいと思います。


農業とレストア vol.7

平成25年2月13日
さて柚子(ユズ)のことです。この極めて東洋的かつ日本
的な柑橘はタバコ屋の島では栽培されておらず、なじみ
があまりないのですが、栽培適地かどうかということも
あるのでしょう、温暖な瀬戸内海沿岸部や島嶼部では
ユズの栽培をあまり見かけません。どちらかというと寒さ
の厳しい山間部や山深い里山で栽培されているイメー
ジがあり、事実柑橘の中では耐寒性が最も強いと言わ
れています。
ユズ1
話は飛びますが、かつてタバコ屋が通った松山東高校の
古い先輩になりますが、明治の世に松山中学と呼ばれて
いた頃、正岡子規(本名のぼる)、秋山真之(さねゆき)、
がいて真之の兄好古(よしふる)とともに、後日というか
近年、司馬遼太郎氏による小説、「坂の上の雲」でその
3人が主人公となりました。
皆さんもNHK-TV大河スペシャルで夢と希望にあふれた
明治を生き生きと描いた大作ドラマとして放映されたこと
は記憶に新しいと思います。
正岡子規1
その主人公の一人、子規のことです。彼はそれまでの
カビが生えたような日本の短歌、俳句を否定し、見たま
まを写生するという近代写実俳句に至る革新(イノベー
ション)をやった先駆者ですが、当時の「文明開化」とい
う熱にうなされたような時代の中で、子規もじっとしておれ
ず、日清戦争に新聞記者として従軍、結果は肺結核にか
かり、晩年は脊椎カリエス(結核菌が脊髄に転移する病
気)という難病に冒され、真之や夏目漱石などの錚々た
る親友を持ちながらも、若干36歳の若さで亡くなりました。

「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」
子規が松山から上京する途中に立ち寄った法隆寺で詠ま
れた秋の句だと言われていますが、鮮やかな秋の色をし
た柿と、美しい秋空の下に広がる法隆寺の抒情的な情景
と、荘厳な時の鐘の音を句に含め、人の五感を刺激して
秋を感じさせる名句だと言われています。
タバコ屋は子規の後輩ではありますが、俳句の素養がな
いので十分に意図を解せません。ただユズが里山でたわ
わに実っている秋の風景に思いをはせる時、同時に柿の
ことが思われ子規の一句となりました。
子規や坂の上の雲のことについてはまた別の機会にお話
したいと思います。
ユズ4
ユズのルーツはレモンやダイダイ等、主な芳香系柑橘
のふるさと、インドアッサム地方ではなく中国、揚子江上
流の山間部が原産であると言われますが、日本へは、
ダイダイ同様遣隋使、遣唐使によって持ち帰られ、飛鳥、
奈良時代にはすでに栽培されていたという記録があるよ
うで橘、橙(ダイダイ)、柚子(ユズ)、は日本の古代柑橘
御三家
とも言えるほど歴史の古いものです。

ユズは他の芳香系柑橘(レモン、ダイダイ等)同様、酸
味が強く、生食には適しませんが、香りがよく、果皮と
ともに多くの料理に用いられています。
果汁は焼き肉、焼き魚、炊き込みご飯などに香味を添え、
また果皮は細切りして吸い物に浮かせる等、広く用いら
れます。また果皮、果肉に砂糖を加え、煮つめて柚(ゆ)
ねり(日本版ジャム)にしたり、実の中をくりぬいて、そこ
に餅粉、砂糖などを入れた柚餅子(ゆべし)と呼ばれる
お菓子に加工したりあるいは果汁を用いて柚(ゆず)みそ、
柚餅(もち)に利用するなど、日本の食文化の形成には
一役買ってきました。
お料理以外では、冬至の日に果実を風呂(ふろ)に入れ
柚湯を楽しむ風習もあります。これらはすべて他の芳香
系柑橘(レモンダイダイ、カボス、スダチ等)と同じ用途
であり、現状日本では洋のフレーバーの代表がレモン、
和のフレーバーの代表がユズだと言えるのではないでし
ょうか。(ダイダイはややマイナー)
ユズ5
ゆず、この日本的な名前のフォーク歌手ユニットがあり
ますよね。岩沢さんと北川さんのペアで(最近はデュオと
言うそうです)
当初「Light's」という名前だったそうですが、名前のごとく
軽すぎるので、当時一緒にやっていたアルバイト先の
食事会で食べた柚子シャーベットから「ゆず」へと変更、
NHK紅白歌合戦に何度か出場の後、『栄光の架橋』が
NHKの2004年アテネ・オリンピック放送の公式テーマソ
ングに起用され、それ以降ゆずの知名度は更に高まり
ニューフォークというジャンルを確立し、今日に至ってい
ます。
美輪明宏5
ただタバコ屋世代はゆずよりも美輪明宏さんの「よいと
まけの歌」のほうが強烈なインパクトとして残っており、
かあちゃんがドカチン(中島では土木作業のことをその
ように呼びます)で働いて帰った後、とうちゃんはショウ
チュウまたは酒を飲むでしょうが、かあちゃんはゆず入
りの汁で疲れを癒したと思うのです。
タバコ屋のゆずに対するイメージは高貴なものというより
は、そういう汗臭いもっと泥臭いものです。
美輪明宏1
余談ながら、美輪明宏さんはかつて小説家、三島由紀夫
氏が健在の頃、仲が良かったそうですが、さもありなんと
思わせるような妖艶なオーラを放っています。
ところで、話はさかのぼりますがフランシスコ・ザビエル
が日本にキリスト教(カトリック)を布教した15世紀の頃、
日本の大名階級では男色はいわば公然のたしなみで、
美少年を君主の横にはべらせるのは半ばファッションに
近いものでした。(タバコ屋の私見です)
そこへもってきて、キリスト教は教義の中で男色を厳しく
禁じていましたので、当初は好意的だった諸大名も、
それには猛反発、キリシタンはけしからんということにな
りました。
もっとも弾圧した本当の理由は当時のスペインがポルト
ガルからの派遣だったザビエルのイエズス会より後に
負けてはならじと宣教師をジパングに派遣したのですが、
実はキリスト教に名を借りて日本を占領しようという下心
があることがわかったためでした。
(関連記事:農業とレストア vol.1参照願います)

ユズの話に戻ります。
先ほどユズは山間部や山深い里山のイメージがあると
申し上げましたが、タバコ屋は10年ほど前、自社のジュ
ース工場を作るにあたり、その山深い「ユズの里」で実際
に果汁を搾っている所があると聞き、見聞に行ってきまし
た。それは愛媛県南西部の山間日吉村という所でした。
日吉村1
愛媛としては山深い場所で、行った時もかなり雪が残っ
ておりタバコ屋の島に比べ厳しい環境の土地だと感じま
した。カゴの中に入っているのはこれから搾る加工用の
ユズです。
日吉村2 日吉村3
左はおばちゃんたちが不良果(腐敗果や規格外サイズ
のもの)を選別している工程です。右はシャワーで洗浄
中です。
日吉村4
洗浄したユズはこの搾汁機でプレスされ果汁を取り出し
ます。これは内臓の2本の縦ベルトで果実を挟み込んで
プレスするのですが、シンプルなメカニズムながら、果実
を丸ごとゆるく搾ることで、苦味を押さえることが出来る
スグレモノです。ただ風味を優先する結果、搾汁率とか
の効率は非常に悪いものです。
後日、ごっくん馬路村で有名な高知県のJA馬路村の工場
も見に行きましたが、同じキカイでした。手前味噌ながら、
タバコ屋のジュース工場はこのキカイと同じものを使って
います。
日吉村5 日吉村6
左は搾汁した果汁から種や異物を除去するろ過器です。
ろ過された後、18リットルずつ充填機で自動的にパック
詰めされます。中にポリの容器があり、ダンボールは
その保護用です。
日吉村7 日吉村8
搾汁した後のカス(残渣)は全量ではないですが一部柚
子皮としてお菓子屋さん等に販売するようです。残りは
オガクズ等といっしょに発酵させて堆肥にします。
つまり完全リサイクルシステムが出来上がっているので
す。右はパック詰めしたユズ果汁の出荷をしているとこ
ろです。
日吉村9 日吉村10
その日吉村にある地産地消の直売所です。建物が出来
たてだったせいもありますが、非常にきれいに手入れさ
れていました。
もちろんユズの里なので、ポン酢をはじめあらゆるものに
加工され、バラエティに富んだ品揃えでした。
日吉村11
やや意外だったのは、真冬なのにゆずソフトとアイスの
直売所があったことです。一体誰が食べるんだろう・・・。
そうかヒーターの効いたオクルマで来るので冬でも売れ
るんですね。

商いのプロであるタバコ屋としては中島にもこのような
直売所が出来たらいいのにな~と思い、「私がやらねば
誰がやる
」と維新の志士のごとく密かに心の腕まくりをし
たのでした。
余談ですが、サントリーの経営理念は極めてシンプルで
やってみなはれ」だそうです。言われてみれば、駄目で
元々、やってみないとええか悪いかわかりませんものね。
サントリーの若い社員は燃えるやろな~。

そのような訳で、ユズのこと長々とご説明しましたが、
先日いつもコメント頂く、同志社大学自動車部出身の
U氏が述べられていたように、
「桃栗3年柿8年、梅は酸い酸い(すいすい)13年、柚子
は大馬鹿18年」
ということわざがあるごとく、ユズは成長に時間がかか
り結実までには辛抱がいるということです。またトゲが
あるので、ユズの採取はすり傷だらけを覚悟する必要
があります。もっとも、最近は世界に冠たる改良技術で
早く実のなる品種、トゲのない品種が開発されているよ
うです。
タバコ屋も「香りの百貨店」を目指す以上、ユズの栽培
に取り組む必要があるのではないかと思っています。
その際は坂本冬美さんが歌っている「白い香りの島へ」
の歌詞の一部を変更しないといけません。
♪レモン、いよかん、みかんの花が咲いて~の部分は
♪レモン、だいだい、ユズの花が咲いて~となります。
(関連記事:農業とレストア vol.4参照願います)

以上をもって、タバコ屋が考える香りの柑橘についての
概要はおおむねわかって頂けたのではないでしょうか。
適所・適果、まだまだ日本各地には優秀な香りの柑橘
があると思いますが(例えば沖縄のシークワーサーとか)
この項はひとまず終わりにさせて頂きたいと思います。

(尚、写真の一部はウィキペディアより引用させて頂きま
した。歴史の記述の一部についてはタバコ屋の個人的
見解であることをご了解願います。)


農業とレストア vol.6

平成25年2月10日
先の記事でレモンが洋のテイストの代表なら和のテイ
ストの代表がダイダイとゆずであると申し上げました。
さて橙(ダイダイ、代々とも書きます)のことです。
だいだい3
熟す前の11月頃の写真です。
レモン同様、芳香系柑橘のふるさとインドヒマラヤ山麓
アッサム地方が原産地ですが、橙もシルクロードを経て
レモンと同様に地中海沿岸に伝わりました。やや苦味が
あるためビターオレンジという名前でその子孫が今に
伝わり、丈夫なことから街路樹に使われたり、マーマレー
ドの原料などに利用されています。
片や東方へはどういう訳かレモンでなく橙だけが伝わり
中国を経て恐らく遣隋使、遣唐使が日本に持ち帰ったと
推察されています。(諸説あり)
日本の古来からある橘も有名ですが、古事記に出てくる
柑橘は橙であるとする説が有力で、日本で最も古くから
ある柑橘の一つとされています。
だいだい5
橙の果実は食用には適さず、その芳香性や果実の特質
により古来、ご神果(神にお供えする果実)、またご神木
として珍重されて来ました。果実の特質というのは最初
は緑、冬に熟して朱赤、春には黄緑となり回生をするた
め、代々にわたり実が続くという縁起かつぎから、代々と
か回青橙(カイセイトウ)とも呼ばれています。
鏡餅飾り3
その縁起の良さから、神饌以外でも正月の鏡餅飾り、
しめ飾り、戦後はマイカーのフロントグリルにぶら下げ
る正月マスコット?としても使われてきました。
いずれにせよ、日本の神様に捧げる高貴な果実として
扱われて来ました。
しめ飾り1 しめ飾り2
尚、しめ飾りは日本版リースとも言えますが、昨今では
しめ飾りをリースそのもののデザインで洋風にするのが
はやってき出しましたよね。
正月クルマ飾り2
かなりコンパクトでおしゃれな感じのクルマ飾りです。
普通はもっと大きくて安っぽいのですが、これはかなり
高級感アリ。
オクルマがパリのエスプリと言われるプジョーだからで
しょうか。クルマ用の場合はダイダイでは大きすぎるの
で小みかんを付けたり、あるいは省略したりしているよう
です。

余談になりますが橘も古来より橙同様の高貴な果実とさ
れ、家紋等にそのなごりが残っています。
橘家紋
橘の花をデフォルメした橘紋ですが、それにしても日本の
家紋デザインというのは西欧の家紋とはまた違ったシン
プルな美しさというのがあり、以前の記事で触れたタバコ
屋の母校同志社大学の校章などと合わせてとても優れ
た感性だと思うのです。
つまり事物を単純化、シンプル化する造形才能を持って
いるわけで、オクルマのデザインなどにももっと生かせ
たら、日本のアイデンティティが際立って発揮出来るの
にと思ったりします。
(関連記事:八重のこと vol.2参照願います)
たち吉2のコピー
突然の写真で恐縮ですが、京都の創作陶器店、たち吉
さんの丸に橘の家紋を使った社名ロゴマークです。
文字といいマークといい、タバコ屋のお気に入りです。
実はタバコ屋がゴフク屋をやっていた頃、お客様に差し
上げる記念品や景品等によく利用させて頂きました。
食器が主で、和食器はたち吉、洋食器はアダム&イブ
というブランドで展開しています。

ダイダイの話に戻ります。
芳香性の柑橘はどれもかなり共通した用途があります
が、ダイダイも、お供えやお飾り用、オクスリ(漢方では
古くから胃腸薬として用いられてきました)としての用途
を始め、その香りの良さからポン酢(ポンス、またはポン
ズ)として使用されてきました。
だいだい2
写真はまだ熟す前のダイダイを鍋物のポン酢として使用
するためカットしたものです。
和にマッチする強い芳香と酸味のなかにほのかな甘さを
持ち、お料理に多用されて来ましたが、鍋物のポン酢以
外でも調理酢として酢の物やお寿司に使うと味がまろや
かになり食通に好まれてきました。
また意外なところで緋かぶらの色付け、七味とうがらしの
原料の一部には、なくてはならないものです。
スペイン、ポルトガルが血眼になって追い求めた香辛料
というジャンルにもダイダイは大きな位置を占めている訳
です。

ところでポンスまたはポンズというのはポルトガル語だっ
たのを皆さんご存知でしたか。恥ずかしながらタバコ屋は
知りませんでした。
多分フランシスコザビエルが南蛮文化(ポルトガル文化)
を日本に初めて伝えて以来、ベランダ、タルト、カステラ
などの外来語同様、ビターオレンジ=ダイダイ、の搾り汁
のことを日本でもポンスと呼ぶようになり、それがポン酢
になったようです。
(関連記事:八重のこと(付録)参照願います)
だいだい1
ついでながらダイダイのことをタバコ屋の島や瀬戸内周
辺ではカブスという呼び名で親しんできました。
どうもカブスという言い方は江戸時代頃からのようでそれ
以前には阿部橘とも呼ばれていたらしく(つまり古代より
栄えた奈良県桜井市阿部で採れる橘)まあいろいろな呼
び名があるものです。
カブスの語源については諸説あるものの、通説ではおも
しろくないのでここはタバコ屋の勝手な想像では、ポンス
同様ポルトガル語ではないのかと思ったりします。
何かカブスというのが日本語になじまないと言うのが根拠
ですが、どの文献にもそのようなことは書かれてないので
ここだけの話にしておいて下さい。

尚、タバコ屋の島では見かけ倒しで役に立たない人のこ
とをお飾りカブスと言います。高貴な果実に反してカブスに
はどういう訳か私の島ではあまりいいイメージがありませ
ん。またカブスの呼び名から派生したと思われる、大分特
産のカボスもダイダイの枝分かれ品種で同じような特性、
用途で親しまれています。
蛇足ながら、山口県の萩では夏みかんのことをダイダイ
と呼ぶようで、もうそうなるとかなり混乱してきます。
だいだい果汁
手前味噌になりますが、タバコ屋の自社工場で搾った、
ダイダイ果汁です。皆さん意外に思われるかも知れませ
んが、多分もっと透明な液体のイメージがあると思うの
です。実際搾ってみるとこのような黄色がかった色の果
汁なんです。

ラベルに丸しぼり果汁と書いていますが、果実を洗浄後
に丸ごと搾るのが特徴で、苦味が出ないようゆるく搾る
ため、30%前後の搾汁率となり非常に贅沢な搾り方です。
それ故、ダイダイならではのまろやかな和のフレーバー
が楽しめるという訳です。
ただし一般のご家庭では、お醤油とダイダイ酢を別々に
用意し、合わせながら食べるというのはじゃまくさいので、
あまり人気がありません。やはりこのダイダイ果汁という
のは一次加工製品ともいえるもので、更にこれをお醤油
その他とブレンドした二次加工製品であるポン酢醤油に
仕上げる必要があると思います。
いわゆる付加価値度を上げるということですが、ヒット商
品を作るためにはある一面じゃまくさがり屋さんを喜ばせ
ることを考えればよいのかも知れません。

余談ですが、希望の島というブランドは商標登録されて
いますが、丸しぼり果汁についても4~5年間その名前を
使用して販売していましたが、その後登録の必要性を感
じ、申請したところ実はポッカさんが同名で登録しており、
使用は難しいと思われました。
しかし、捨てる神あれば拾う神ありで、名前の使用開始
時期がタバコ屋のほうがポッカさんより早かったようで
特許庁から許可が出て使用が認められることになりまし
た。何とも幸運でした。

その割には(オカネが掛かったわりには)上記の理由で
あまり売れていません。ニーズに合わない商品だった訳
で、結果は大失敗ということになりました。
ビターオレンジを搾って苦い思いをしたと言う洒落にもな
らないお話でした。
だいだい苗
ダイダイは頑健で病害虫や寒さにも強いので、無農薬栽
培にはもってこいの品種です。タバコ屋は苗から育て、
おいしいポン酢に加工したいと思っています。写真は
その苗を植え付けたところですが、育つまでには時間も
かかり気の遠くなるような話です。

紙数も尽きたようなので今日はこれくらいにして、次回
はゆずのことについてお話したいと思います。

(尚、写真の一部はウィキペディアより引用させて頂き
ました。ダイダイの呼び方の由来考証については一部
タバコ屋の私見もあり正規の文献の引用ではないことを
ご了解願います。)


農業とレストア vol.5

平成25年2月5日
前回の記事で、新しい切り口として「香りの柑橘」という
テーマで取り組んでみたいと申し上げました。
いよかんも香りがよく芳香系柑橘と言えますが、おもに
香りだけを楽しむものとして、レモン、ライム、だいだい、
ゆず、すだち、等があります。ライムは一般的でないの
と、すだちは摘果(果実の間引き)作業の副産物として
青みかんを採取すれば、すだちと同様のものが取れる
のでこの2点は除外したいと思います。
レモン2
レモンのルーツはインドヒマラヤ山麓のアッサム地方
といわれており、シルクロードを経て地中海沿岸へと伝
わりました。
やがて15世紀以降、スペイン、ポルトガルによる中世の
大航海時代が始まるにつれ、長期の航海で船乗りが
原因不明の病気でバタバタ倒れるようになりました。
それはずっと後になりビタミンCの欠乏による壊血病で
あることがわかりましたが、その予防や治療にどうも
レモンが効くということが体験的に分かり始めたのです。
今ではビタミンCなど子供の常識ですが当時の医学知識
というものはその程度でした。
尚、長期の航海時には散髪屋が乗り込んでいましたが、
簡単な外科治療は散髪屋が兼業でやっていたそうです。
傷口の縫合が済んだら次は理髪に髭剃りと、分からない
でもないですが、今ではとても考えられないようなデタラ
メさです。皆さんご存知でしたか。タバコ屋は知りません
でした。メスとハサミは使いようということなんでしょうか。
帆船9
余談になりますが、大航海時代といえば未知の海域へ
の挑戦と新航路の開拓、新大陸の発見等、随分雄大で
聞こえがいいようですが、スペインのやったことといえば
船による集団強盗、略奪、強姦、殺人とこの世の悪行は
何でもありで、狂気の犯罪百貨店を船ごと輸出したような
ものでした。
持ち帰ったものといえば当時金より高価だったインドの
香辛料や金銀宝石等の財宝でしたが、やっかいなことに
西インド諸島(カリブ)の風土病であった梅毒というおまけ
まで持ち帰ったのでした。
それを奨励したのが国王(当時はフェリッペ2世)だったの
でA級戦犯は国王ということになります。その結果スペイ
ンには莫大な富が転がり込み、ヨーロッパ最強国として
君臨しました。
帆船6
当時の帆船を復元(レストア)したものです。こんなショ
ボイ船で外洋に乗り出した訳ですから、命知らずのなら
ず者でないと出来なかったのかも知れません。
当然?トイレなどはありませんでした。どこで用を足した
かですって?・・・。それは甲板の端っこです!。

ただしスペインは武力によるパクリ行為に慣れてしまい、
強奪した金で地道な殖産興業をやらず、無敵艦隊の構
築等、消費することばかりにアッパッパ~と使い果たし
たので、頼みの無敵艦隊が後日イギリスにやられた後
は坂道を転がり落ちるように没落し、今ではセミの抜け
殻のような国に成り果てましたよね。
それにつけてもタバコ屋はモノ作り大国日本を誇りに思
います。
エンリケ航海王子
ポルトガルも似たり寄ったりのチンピラ国家でしたが、
スペインとやや違ったのはエンリケ航海王子という賢者
がいたことです。
彼は熱心なキリスト教信者で10世紀頃に起こった十字
軍の後釜的な組織であるキリスト騎士団の団長を務め、
未知の国の侵略と言うよりは、キリスト教(カトリック)の
布教とキリスト教的秩序の普及を目指したのです。
今から思えば無茶で、未開地の住民にキリスト教への
改宗を迫り、従わない場合は暴力(殺人)も辞さない
方針でした。
ポルトガル版尊王攘夷運動とも言えますが、事実フラ
ンシスコ・ザビエル等が起した過激なカトリック集団で
あるイエズス会を丸抱えとしインドや極東への布教派
遣を強力に後押ししました。
清廉なエンリケ航海王子のせいではなかったにしても、
結局は未開地の征服と植民地化を推し進めた訳で、
あきれたことに後日にはスペインとの間で当時ろくに
わかっていなかった世界地図をりんごを縦に割るように
2国で勝手に2分割したりして無茶苦茶なことをやった
訳です。
しかし皮肉にもポルトガルによる冒険航海(漂着)の
おかげで日本には鉄砲が伝わり、またザビエルにより
キリスト教を始めとする南蛮文化が伝わった訳で、これ
により中国以外にも別の世界があることを日本は知る
ことになりました。

これらの濡れ手で粟みたいな時代の後を継いだのが
イギリスとオランダで、彼らはスペイン、ポルトガルほど
荒っぽくはなかったものの世界初のカイシャ組織である
東インド会社なるものを発明し、結局は植民地帝国主義
を推進していくことになります。
会社と言っても貿易のほかに国から、条約の締結や交
戦権などを委託されていたので、ほとんど国家と呼べる
ものでした。
今では大英博物館など大そう権威のあるものですが、
早い話ドロボウの戦利品陳列場みたようなものです。
ヴァスコダガマ1 コロンブス1
当時の冒険的航海者と言えば、南アフリカ南端(喜望峰)
経由でインドへの航路を発見したヴァスコダ・ガマやイン
ドへ行きたくて大西洋を横断し島を発見、やった~といっ
て西インド諸島(実際はカリブ)と命名して、結果的には
アメリカの発見者となったコロンブス、また南アメリカ南
端経由で太平洋を横断し、フィリピン諸島等を発見後、
スペインに帰還し初の世界一周を果たし、地球は丸い
ことを証明したマゼラン(途中死亡)等が挙げられます。
マゼラン
彼らに共通していたのは、イスラム勢力に押さえられて
いた地中海を通らずに、何とかして宝の山インドや黄金
の国ジパングへ行きたかったことです。

話は前後しますがそもそも十字軍の遠征は地中海一帯
で勢力を拡大していたイスラム教勢力を排除するために
キリスト教の騎士団が起したものですが、スペイン、ポル
トガルのイベリア半島は7世紀頃より数百年、北アフリカ
のムーア人を中心とするイスラム勢力により征服されて
いたのです。
十字軍遠征と前後して起こったレコンキスタ(国土回復
運動)により12世紀頃にはポルトガルが独立し15世紀に
はスペインのグラナダにあるイスラム勢力最後の砦であ
ったアルハンブラ宮殿が陥落し、スペインが独立しました。
アルハンブラ宮殿3
スペインの作曲家でギタリストのF・タレガによる「アルハ
ンブラの思い出」はその哀愁ただようトレモロの曲であま
りにも有名ですよね。皆さんも何度か聞かれた名曲です
が、ムーア人たちの悲しい歴史が込められています。

ただしレコンキスタを果たしたキリスト教勢力も、大航海
時代にあたり何の技術もなく、別名航海と貿易の民でも
あったイスラム勢力の技術、人材を丸パクリすることで
やっと成し遂げることが出来ました。例えば羅針盤とか、
星の位置から現在地を割り出す航海術等は皆イスラム
から教わったものでした。

レモンの話に戻ります。そのような訳で、当時レモンは
香りを楽しむどころではなく、長期航海の命を守る機能
食品(救命サプリメント)として重宝され、栽培が奨励さ
れたのでした。
明治の世に日本に紹介、導入された当時は貴重な品で
珍重されましたが、おもに太平洋戦争後アメリカから
大量に輸入されだしてからはフルーツというよりベジタ
ブル・フルーツとして多用されることとなりました。
タバコ屋が同志社大学在学中の頃から、船で輸送中の
腐敗を防ぐため、強力な防カビ剤を散布しそれが遺伝
子を傷つける発ガン物質だったため大騒ぎになりました。
いわゆるポストハーベスト問題です。
当時タバコ屋は農業とは関係なかったですが、そのこと
はよく覚えており、後日無農薬栽培に取り組むことにな
ったのもそのことが遠い要因になりました。
レモン1
まだ完全に熟す前の11月頃の写真です。一般にグリー
ンレモンと呼ばれ、さわやかな芳香と酸っぱさが喜ばれ、
この頃から出荷が始まります。
三越恵比寿店
突然の写真で恐縮ですが東京恵比寿にある三越恵比寿
・ガーデンプレイスです。
この店はエビスビールの工場跡地再開発の一環で、その
一角に三越が出店し、郊外型ショッピングセンターの実験
店舗として開発したものです。
「カジュアルな都会生活」をコンセプトにした比較的コンパ
クトな親しみの持てる店舗ですが、レモンと何の関係が
あるんだろう?・・・。それが大ありなんです。
以前の記事で東京圏の三越のフルーツ売り場はすべて、
タバコ屋の古くからの取引先であるサン・フルーツさんが
運営していることは既に述べました。
サンフルーツ
三越恵比寿・ガーデンプレイスの果物食品売場で、若い
頃の浅田美代子ちゃんのような可愛いお嬢さんがグリー
ンレモンを品出ししている最中です。
手前味噌ながら、よく見るとダンボール箱に「希望の島
と書いてあるのが僅かに見えますよね。弊社がお届け
した「希望の島レモン」です。ガーデンプレイスではやや
早めの11月から国産グリーンレモンとして販売頂いて
います。
(関連記事:荒ぶる心 vol.5:ポルシェのこと参照願います)
IMG_3432.jpg
関西ではいかりスーパーの主要店舗で同様に販売頂い
ています。写真はJR大阪駅構内のいわゆるエキナカと
いわれる店舗です。
三越恵比寿店4
その美代子ちゃんが元気一杯試食販売をしているところ
です。レモンではなくカリフォルニア産のオレンジと国産
のラ・フランスを売ろうとしているようです。若いというこ
とは素晴らしいです。
タバコ屋も以前はよく催事とかでお手伝いに行き、声を
涸らして頑張りましたが、今となっては気味悪がられる
だけです。
レモン3
ところで、レモンは葉っぱや若芽、花にも果実と同じよう
に芳香があるのをご存知でしたか。タバコ屋は恥ずかし
ながら知りませんでした。徳島の山奥では葉っぱを売っ
て3億円の年商を上げているおばちゃん(というよりばあ
ちゃん)グループがあると聞いています。
レモンも同様で果実ばかり売るのが能ではありません。
葉っぱや若芽も売れないものだろうか・・。
(関連記事:人生いろどり参照願います)

例えは悪いですが、独創的な二重空冷エンジンの設計
は出来ませんが、葉っぱや若芽売るくらいならタバコ屋
にも出来るのではないかと思ったりします。
以前いちごクラブで苦い経験をしていますので、安易な
ブランディングはやりたくないですが、ここは慎重に考え
て可能性を探って見たいと思います。
逆転の発想と言えるかどうか、何も紅茶に浮かべるの
はレモンの輪切りでないといけないというルールはない
のです。香りが楽しめれば若芽でも良いかと・・・。

ご参考のためにレモンの利用方法についてタバコ屋なり
のご紹介をさせて頂きます。
『レモンの使い方いろいろ』
●お料理のフレッシュな引き立て役として自在にお使い
下さい。
●手作りのレモネード、お湯と蜂蜜を加えてのホット
レモン、焼酎のお湯割り等に御利用下さい。
●輪切りにしてお風呂に浮かせるとお湯の粒子が細か
くなり体の芯から温まり、また肌がなめらかになります。
●お洗濯の仕上げ洗いにレモン水を少し落としてくださ
い。さわやかな香りが楽しめます。

長い歴史のあるレモンにまつわるお話を致しました。
「香りの柑橘」の中で、レモンが洋のテイストの代表なら、
和の代表は「だいだい」と「ゆず」ではないでしょうか。
次回はそのことについてお話してみたいと思います。

(尚、大航海時代の写真についてはウィキペディアより
引用させて頂きました。歴史の記述についてはタバコ屋
の個人的見解であることを御了解願います)


農業とレストア vol.4

平成25年2月3日
タバコ屋は島の農業で何を作るべきか、トテモ重要な
課題です。かつて中島がみかんバブルを経験したこと
はすでに述べました。その時の主役は温州(うんしゅう)
みかんでした。
やがていよかんがもてはやされ愛媛の代表柑橘として、
その中でも中島は中心的な産地として一世を風靡した
時代もありました。
この二つの果実がマルビの島だった中島を一躍マルキ
ンの島に変えたのです。
(余談ながらマルビ、マルキンは広島出身のイラストレー
ター渡辺和博さんが発明したコトバで一時はやりコトバ
となりましたよね。エンスーという言葉も彼が発明した
ものです。残念なことに渡辺さんは、先年若くして亡く
なられました。)
温州みかん
いきなりですが温州みかんの写真です。温州みかんの
原産地は九州鹿児島と言われており、はるか昔中国か
ら遣唐使によって持ち帰られた原種から巡り巡って江戸
時代頃に偶然に出来た品種と言われ、それゆえ明治期
にはサツマとも呼ばれていました。
余談になりますが、江戸時代嵐を衝いて江戸までみかん
を届け大儲けした紀伊国屋文左衛門が運んだのはこの
温州みかんでした。
フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教(カトリック)と
南蛮文化(ポルトガル文化)をもたらした数年前、偶然に
も種子島に漂着したポルトガル人が伝えた鉄砲は数年
を経ずして紀州の根来衆に伝わり製法を習得、その後
急速にいくさ面での近代化が進んだように、当時九州
方面と紀州は海路で繋がっており、おそらくサツマと呼
ばれた美味なる果実は海路紀州に伝わり栽培が始まっ
ていたはずで、それを紀伊国屋文左衛門がうまくやった
ということなのです。

現在は、和歌山、愛媛、静岡が主産地で、むきやすく
美味なうえサイズも手頃で、長年にわたる品種改良も
あり、みかんといえば温州みかんのことを指すほど親し
まれています。
今では国果(国を代表する果実)とも呼ばれるほどにな
りましたが、前にも述べたように核家族化に代表される
ライフスタイルの激変から、家族がこたつに入ってみかん
を食べるといった生活様式は今やノスタルジーとなりつつ
あり、生産量も最盛期の半分以下に落ち込んでいます。

中島は降水量が少なく温暖で日照量も多く、いわば地中
海とよく似た気候で、おまけに潮風による海水ミネラル
成分のスプレー効果によって非常にコクのある味が特徴
です。
いよかん1
皆さんおなじみのいよかんです。タバコ屋はこんな立派
なものは作れませんが、匠が作るとこのように見事なも
のが出来ます。

みかん(タンジェリン)とオレンジを交配したものをタンゴ
ールと言いますが、いよかんはごくまれに自然交配した
タンゴールで、ルーツは山口県に自生していた穴門
(あなど)みかんと言われるものです。明治期に温暖な
伊予松山に持帰られ適地を得た後、それがいつしか
「いよかん」と呼ばれるようになりました。

現在のいよかんは松山市の宮内さんと言う篤農家が
自園にて枝変わりの新種を発見し改良を重ねた結果、
「早生(わせ)いよかん」または「宮内いよかん」として
世に出すこととなり今日に至っています。従来からの
晩生(おくて)いよかんは香りはいいものの大玉果に
なりにくく早生いよかんに主役の座を譲りました。

現在では愛媛県を代表する柑橘として広く普及し、特
に中島のいよかんはコクのある「島いよかん」として高
い評価を得て来ました。
ティファニーの朝食(ありえませんが)のデザートに出し
ても恥ずかしくないプレステージを持つに至っています。
もともと浮き皮のためむきやすく、甘酸っぱくてジューシ
ーかつ強い芳香は心なしか春の訪れを感じさせるもの
があります。
品川プリンスホテル2
余談にながら、かつてタバコ屋は品川プリンスホテルへ
飛び込み営業に行き、レストラン・ハプナのデザートメニ
ューとして中島いよかんをご採用頂いたことがあります。
同志社大学自動車部での地獄の夏合宿からみれば、
飛び込み営業などものの数ではありませんでした。
今では懐かしい思い出です。

地獄の夏合宿といえばOBの方ならおわかりでしょうが、
当時香里園に体育会の合宿所があり、自炊の買出しは
近くのダイエー香里ショッパーズプラザでした。
ここは前回の記事でお話した郊外型ショッピングセンタ
ーの日本でのハシリ(第一号)でダイエー渾身の実験
店舗でした。当番の日はカレーやおでんの材料をよく
買い出しに行きました。
合宿所には管理人のおっちゃんがいて、それがいわゆる
おネエタイプ?にて、とても優しく、ここだけの話ですが
消灯前後におっちゃんの部屋へ数人で押しかけウイス
キーのサイダー割りを内緒でご馳走になるのが地獄で
の唯一の楽しみでした。
ただ合宿は自動車部だけでなく、野球部サッカー部な
ども共同使用でしたが、中でも柄が悪かったのがアメリ
カンフットボール部で、消灯頃うるさいと言ってふすまを
蹴破って殴り込んできて、あわや乱闘になる寸前までい
ったこともありましたが、それも遠い昔の思い出となりま
した。

みかんの話に戻ります。確かに戦後の中島は、温州みか
んといよかんで栄えてきたのですが、今やそれも過去の
話となりつつあります。
坂本冬美5
突然の写真ですが言わずと知れた坂本冬美さんです。
以前の記事でご紹介しましたが、冬美さんはさるご縁
で旧中島町時代のテーマソングを歌って頂いたことで、
名誉町民となり、現在も島のアイドルとして何度も来島
され、その都度熱狂的な歓迎を受けています。

それにつけても、女盛りとはこういうことを言うのでしょ
うか・・・。その目で見られるとタバコ屋はハイライトと
ゴールデンバットいっぺんに10本くらい吸ったように
クラクラ来てしまうので、見つめないで下さい。
またタバコ屋に恋してるとか言われたら全財産投げ出し
そうです。

不謹慎な話で恐縮ですがもし新島八重女史が冬美さん
の容姿であったなら、慶応、早稲田、京大など問題外で、
東の東大、西の同志社と謳われることになっていたでし
ょう。
その冬美さんが歌っていて、中島行きのフェリー内でも
流されている曲が「白いかおりの島へ」です。浜口庫之
助作曲、池田充男作詞の歌の歌詞をご紹介しますと、
♪青い海がある かもめがとんでいる~
♪白い砂がある 裸足(はだし)で来ませんか~
♪春の瀬戸内 島から島へ~
♪船をはしらせ めぐってみませんか~
♪レモン・伊予柑 みかんの花が咲いて~
♪島はいいかおり さわやか花ざかり~
メロディーがないのでいま一つイメージが湧かないかも
知れませんが、冬美さんが演歌を歌う時のように力まず
にさわやかに歌っているのが特徴です。あの鼻にかかる
魅力的な声で・・・。
(関連記事:鉄腕ダッシュと水軍参照願います)

それはさておき、タバコ屋は前回の記事で人まねをした
くない、独自のやり方で農業に取り組みたいと言いました。
どうもその答えがこの歌の中に隠されているような気が
します。
そうです、キーワードは「白い香りの島へ」です。過去も
現在もほとんどの農家さんは、お金になりそうな品種、
トレンディーな品種を追っかけて四苦八苦してきました。
長期的視野もへちまもあったものではありません。
コンセプトとかテーマとか、そんなこと考える暇があった
ら畑に行って仕事しろが合言葉です。

香りに白いも黒いもなく、極めて情緒的な表現ですが、
白い香りというと何やらさわやかで、思わず冬美さんを
思い起こしそうなイメージですよね。
何を作るのかというのはずいぶん長い間悩んでいた課
題ですが、ズバリ答えは「香り」です。タバコ屋は今後
香りの柑橘をテーマに取り組んでみようかと思うのです。

柑橘には元々芳香系のものが多いのですが、ほとんど
がインドの奥地アッサムが原産地です。例えばレモン、
ライム、だいだい、ゆず、どれも個性的で独特の癒し系
フレグランスを持っています。
不思議なことにこの芳香系柑橘はいのししもヒヨ鳥も関
心を示さず、というより嫌いなようで、畑が荒らされない
ので一石二鳥です。
今、一般の農家さんが血まなこで取り組んでいる新品種
はどれも甘くてジューシー系のもので、いのしし、ヒヨ鳥
の大好物です。

何を作るのかということについてやっと方向が定まり、
皆さんにお話しすることが出来たので嬉しいです。
今回はこれくらいに留め、次回はその「香りの柑橘」に
ついて詳しくお話したいと思います。


農業とレストア vol.3

平成25年2月2日
前回の記事でタバコ屋は農業をどのように見ているのか、
また何をやりたいのかについてお話しました。
その一つ一つが実現にはかなりの困難が伴うもので
簡単には問屋が卸さない訳です。
そこで今回は、何を作ればいいのかについてお話したい
と思います。

話は飛びますが今から25年前、タバコ屋がみかん事業に
乗り出した頃、つまり平成の始め頃の事です。事業に乗り
出した原因は当時滅多にないことでしたが、台風19号が
九州と四国の間の豊後水道というせまい海域をすり抜け、
瀬戸内海に侵入、中島を直撃、その後広島に上陸し大暴
れした後、今度は日本海を北上し、こともあろうに青森県
の弘前へ再上陸、結果は瀬戸内海西部の中島を中心と
するみかん産地と遠く青森県弘前のりんご産地に壊滅的
な被害を与えました。
タバコ屋は当時農業とは何のかかわりも持っていません
でしたがこのままでは中島はだめになるという自分なりの
危機感を強く持ち、JAにまかせておくだけでなく自分でも
出来ることはやってみようと、まずは自分のツテを頼り
みかんの販売に乗り出したという訳です。
程なくして根源的な疑問、斜陽化しつつあるのに何故
みかん産地の復興をはかり、同じみかんを作らないと
いけないのかという問題を考えるに至り、時代はみかん
ではなくいちごを要求していると自分なりの結論を出し
ました。
アイベリー3
そこからが大変でした。ある方のご縁でアイベリーという
大玉のいちごを産地である新居浜で生産しつつあるのを
耳にし、そこへお邪魔し、指導を頂くとともに中島でも生産
者を募り3名の生産者の方と共同開発をやることになりま
した。
とにかく見たこともないような大玉のいちごで口に入らない
ほどなのです。タバコ屋お得意のカルチャーショックを受
けました。
アイベリー5
ブランディングはタバコ屋の得意科目だったので、いちご
クラブ
という名称で売り出すことにしました。当時タバコ屋
は本業のスーパーでニチイ(後のマイカル)の主催する
全国規模のNACというボランタリーチェーンに加盟して
いましたので、売り先はニチイ及びNAC加盟店にお願い
し、生産から販売までの流れを作れたかに見えました。
事実数年間はうまくいったのです。
しかし生産に大問題が起こりました。みかん農家が兼業
で始めたので、みかんといちごはその管理作業の時期
がことごとく重複し片手間ではなかなか出来ないことが
わかったのです。また病気等の対処法のノウハウもなか
ったので生産者の方がもう出来ないと言ってきたのです。

当時はタバコ屋も本業が忙しく、自社生産などは思いも
よらず結局断念し、いちごのブランド化は出来ずじまい
でした。口に入らないくらい大きく甘いいちごで後ろ髪を
引かれる思いでしたが、生産出来ないのであれば仕方
がありません。
当時はそのストレスでふさふさしていたタバコ屋の頭髪
は抜け落ち、また500円大のハゲがあちこち出来(円形
脱毛症)、自分でもかなり無理をしていると感じました。
(ただしいちごを断念したあとは、嘘のように直りました)

何を作るかという問題について、タバコ屋なりに冒険は
してみたのですが大やけどをしてしまい結果として苦い
レンコン汁を飲むことになりました。
ただ、叶匠寿庵さんで強い衝撃を受けそのモチーフが
色濃く残っていて、アイベリーに対しても初恋の残像
もいうべき愛着があり、完全にあきらめた訳ではありま
せん。
マリリンマンロー3
例えが悪いですが食べるモンローとでも言いましょうか、
夏目雅子ちゃんとはまた違う圧倒的な迫力なのです。
いつかきっとアイベリーの復刻を・・・かなわぬ夢かも
知れません。
マリリンマンロー2
皆さんご存知でしょうけど、マリリンはその恵まれた?
ボディゆえ映画等でイメージが歪められましたが本人
は清純な役柄を望んでいて、映画会社を困らせたそう
です。「ティファニーで朝食を」もマリリンとJ・ペパードの
共演だったらまた違ったものになっていたでしょう。

何を作るかということは大切で、その読みが的確だった
場合は大ヒットにも繋がる場合があるでしょうが、逆に
失敗した場合は破産してしまうこともあるでしょう。
(以前の記事でHONDAが独創的な1300を開発したも
のの、偉大なる失敗作となったことは述べました。)
そこで現実にはリスクヘッジということを考える訳で、
複数のものを並行して作りながら徐々に有利なものに
軸足を移すというのが比較的安全なやり方ということに
なります。

タバコ屋が閉鎖された離島で、先々代の創業時はゴフク
屋だったものが時代とともに総合衣料品店となりタバコ
屋を兼業、また主婦の店というセルフサービス方式の
食品店を始めるなど、それなりのリスクを背負ってきまし
た。また私の代になってからはニチイ(マイカル)と共同
で総合スーパーの開発、また後日には独自でホームセ
ンターの開設等そのことをいっそう推し進めて来た様に
思います。
尚、どうでもよいことながら、新規分野に参入することを
業界用語ではラインロビングと言います。
(関連記事:人生いろどり参照願います)
キングカレン
スーパーと言えば今ではワールドスタンダードな生活
文化の一つとしてなくてはならぬものとなっていますが、
この画期的な業態はアメリカのマイケル・カレンという当
時クローガーという食品店に勤めていた青年が発明した
コンセプトでセルフサービス、現金払い、部門ミックスに
よる安さの演出等、旧態然とした当時の商いの形態を根
底から覆すものでした。
提案はしたものの、雇い主のクローガーは相手にしてく
れず、カレンは職を辞しキング・カレンという店名の自身
の店でその斬新なショウバイ方法を実践することとなりま
した。やがてその商法は大ヒット、その後チェーンストア
方式も取り入れ、どの町でも同品質の買い物が出来るよ
うにしました。
やがてこのやり方は他社もまねすることになり全米に波
及、大量生産大量販売という時代の要請にもマッチし、
また広い駐車場を構えクルマで買い物に行く習慣のある
アメリカにはもってこいの形態でもあり、スーパーマーケ
ットはアメリカ小売業の主要業態へと成長しました。

昭和初期から太平洋戦争にかけての時代の出来事です
が、アメリカの一青年が発想した全く新しい小売業の形
態は新しいキカイの発明とかいうことではなく、革新的な
ソフトウエアの発明だったということです。

戦後は日本でも創業間もないダイエー、ジャスコ、ヨーカ
ドーなどがそのやり方を熱心に研究(パクリ)、当初主婦
の店という名称で業態の模倣からスタートしましたが、
その後改良熟成が進み、やや変形した日本独自のGMS
(ゼネラルマーチャンダイズストア=衣食住の総合品揃え
店でいわゆる総合スーパー)を全国の主要駅前に出店し、
一時代を築きました。
現在は郊外型のショッピングセンターにその主役の座を
譲りましたが、初期にはそういう歴史がありました。
ゆめタウン西条店
前回の記事でご紹介したO氏の地元、東広島市の西条
町にある郊外型のショッピングセンターゆめタウンです。
YOUとMEでゆめタウンとはダジャレのような店名ですが、
広島のスーパー、イズミが経営しています。倅が近畿大
学在学中に訪問した時、立ち寄ったものです。
多分このショッピングセンター開設時は許認可の問題で
O氏も相当ご尽力と言うか関与されたのではないかと推
察します。
皆さんよくご存知なので説明の必要もないですが、一般
に大手のスーパーまたは百貨店が核テナント(胴元)と
なり、専門店や飲食その他のサービス業を周辺配置した
いわゆるワンストップショッピングが可能な現代的ショッ
ピングセンターです。

現代はカレンのスーパーマーケット第一号店からは随分
進歩しましたが、本場アメリカではさらに進化して数万坪
の敷地に巨大モールを作りアミューズメント(レジャー)
施設まで組み込んで、ワンストップどころか1日中過ご
せる夢の国と化しました。

日本でもイオンモールとか各地に大規模なものが作ら
れつつある昨今です。それに比し、昔の商店街はシャ
ッター通りとなり、風情やふれ合いがなくなりつつある
のは全国共通現象です。
時代の流れとはいえ、三丁目の夕日の世界で育った
タバコ屋世代にとっては一抹の寂しさがあります。
何も全部が全部アメリカのやり方を真似しなくても良か
ろうにと思ったりもします。
トミナガ
タバコ屋の店はこれらとは比較にもなりませんが、言って
みれば総合スーパーのミニチュア版ということになります。
余談ながら、早いもので気が付くともう30年以上も経ちま
したがオープン時の基本設計はニチイの店舗開発部の
スタッフが手掛けました。ニチイとしては当時5,000人程度
の人口しかなかった島に店舗を作るのは初めてで、その
設計事例がなく、やむなく駅前に出店していた比較的小型
の総合店を参考にして設計したそうです。
手前がスーパー、奥がホームセンターです。
トミナガ店内
スーパー店内です。離島の店なので、他店との競争とい
うよりは島の暮らしを守るというのがタバコ屋のコンセプ
トです。
末永3
突然の写真で恐縮です。以前の記事でご紹介した同志社
大学自動車部の同期で九州羽犬塚在住のSU氏が長躯
中島に訪問頂いた時の写真です。愛車はPORSHE 911-
カレラ4Sで、このようなスーパーカーが島に行幸されるこ
とはもう二度とないと思いますが・・・。
(関連記事:荒ぶる心 vol.5:ポルシェのこと参照願います)
ただしこういうオクルマが見たい方はタバコ屋の取引先
でもある芦屋のいかりスーパーへお出かけ下さい。
ポルシェを始めレンジローバーとかごろごろ停まってい
ますので。

農業で何を作るかについてもっとお話しかかったので
すが、かなり脱線してしまいました。紙数も尽きたよう
なので今日はこの辺で一旦終わりに致します。


★★島のタバコ屋の独り言★★
【7月31日:ああ創業100年】 島のタバコ屋、即ち富永呉服店が創業100年を迎えたことは先般お伝えした通りですが、皆さんよくご存知の世界的宇宙物理学者、故ホーキング博士によれば、100年なんて宇宙的時間軸で言えば、一瞬のまばたきに過ぎない訳で「島でのことも夢のまた夢」ということになりましょう。それはともかく4才の頃から道端の草にも「コンニチハ」なんて愛想を振り撒いて来たタバコ屋にしてみれば「店は客のためにある!」以上、未来永劫、店の続く限りそのテーゼを実践し続けるしかないのです。京都で300年続く老舗料亭、老舗呉服問屋もその志があったのかどうか、お聞きしたことはありませんが、当らずとも遠からじではないでしょうか。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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