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京都・静岡巡礼 vol.3:予期せぬ別れ

平成25年6月27日
今回の静岡詣での帰りに同行の元校長先生のご自宅が
ある京都・宇治に立ち寄ったことはすでに述べました。
IMG_2336-1.jpg
短時間でしたが奥様の暖かいおもてなしも受け、リビング
でやや寛いでまわりのキャビネットを見たとたんビックリ仰
天しました。経済評論家でおなじみの森永卓郎さんがミニ
カーのコレクターであることは知る人ぞ知ることですが、
それに負けないくらいのミニカー(それも鉄道模型とかで
なくジドウシャばっかり)が壁面キャビネットにずらりと並
んでいました。
金額もさることながらこれだけ集めるには相当の時間と
エネルギーを要したと思われるのですが、いくら掛かった
のかお聞きするのもはしたないと思い伏せたものの、奥
様が言われるには言っても聞かないので諦めています・・。
とのことで、このセリフってTV「お宝鑑定団」でよく耳にす
る同じセリフじゃないかと思い、ということは、ホンモノが
数台は買える額じゃないかと・・・。
ガレージに鎮座する2台の戦闘機もハンパではないでしょ
うから合計額にするとウーン、家がもう一軒建つほどでは
なかろうかとおいしいコーヒーとフルーツを頂きながら、
元兵庫県警の同期生ギーちゃんのように考え込んでしま
いました。
IMG_0897.jpg
もう静岡詣での時に石坂浩二さん風のお顔をバラしてし
まったので、お許し頂けると思うのですが、彼の愛車で
ある現代の零戦ランサーエボリューションターボとやや
年食った零戦乗りです。
タバコ屋はおしりに羽根を生やすまでの度胸はありませ
んが、このヒコーキはフルチューンにて推定400馬力近
くは出ており、やはりヒコーキ用の羽根が必要なのだと
思います。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
ミニカーコレクションのことです。アタマのいい彼らしく、
ミニカーのジャンルごとに分かれており、拝見する方と
しては非常に見やすく整然としていました。またフツー
のオクルマ群と特殊車両群(いわゆるラリーカーやレー
シングカー)が別々のキャビネットに整理されておりその
特殊車両だけでも相当な数でした。
平尾ギャラン2
突然で恐縮ですが彼が某ナイトラリーで優勝した時の写
真です。彼は学生時代よりミツビシの熱烈な信奉者でミ
ツビシ京都地区PTA会長を自他共に認める入れ込みよ
うなのですが、そのミツビシラリー車をはじめニッサン等
のラリー車を中心にコレクションされていました。
DSC_0037-1.jpg
どうも数年前の東京モーターショーで思い出の写真展と
いう企画があったらしく、その優勝時の写真を彼が満足
げに指差しています。
蛇足ながら、お召しになっているジャケットは当然ですが
ミツビシワークス御用達、ラリーアートデザインのものと
思われます。
98dakar[1-1]
話は飛びますが、ミツビシはランサーエボリューションを
擁してWRCに参戦し平成10年には悲願の世界チャンピ
オンとなるのですが、ミツビシのイメージとしては、WRC
よりもパジェロでのパリ・ダカールラリーへの挑戦と昭和
60年(1985年)以降10数回に及ぶ優勝また日本人ドライ
バー篠塚、増岡選手たちの活躍のイメージが強いと思い
ます。
story3_03_2[1]
これは平成15年(2003年)パリダカで2年連続優勝を遂げ
た増岡選手の力走ですが、並み居る世界の強豪を相手
によくやったと驚嘆します。やはりかつて零戦を生み出し
たメーカーは伊達ではありません。
(関連記事:復刻と改造参照願います)
MiEV Evolution II-1
SUBARU等他の日本メーカー同様、リーマンショックの後
はモータースポーツ活動を控えていたミツビシですが、昨
今は舞台を換え、今度はアメリカのパイクスピーク・ヒル
クライムに電気自動車レーサーで再び増岡選手が挑みつ
つあります。挑戦2年目にして今年はEV部門はもとより、
総合優勝するんじゃないかという予想も出るくらいのスゴ
イ性能らしいです。もうかつての庭先をつつましく走る程
度のEVとは次元の違う進化を遂げつつあります。
長時間走るには電池の充電量に問題があり、やはりハイ
ブリッドが優れているのですが、単純にパワーだけだと圧
倒的に電気モーターの方がパワフルなのです。
p11[1-1]
しかし我々世代としては写真のパジェロが連戦連勝を重
ねたパリダカの方がなじみ深いのは年のせいなのか、
ミツビシPTA会長の元校長先生に本音を聞いてみたいと
ころです。
DSC_0674-2.jpg
そのようなことをぼんやり考えているうちに、日はすっかり
傾きタバコ屋は大阪からフェリーに乗らねばならないので、
至福の時を過ごしつつも別れの時間が近づいてきました。
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奥様にお別れの挨拶をしている時、彼がキャビネットの
中から何やらゴソゴソ取り出してきて、これ君にあげるわ
と言うのです。見るなり腰を抜かしてしまいました。何と
それは忘れもしない昭和46年(1971年)、NISSANワーク
スがエドガー・ハーマンを擁してサファリラリー総合優勝
を勝ち取ったカーNO.11のワークスカーズバリの精巧な
メタル製ミニチュアモデルでした。またタバコ屋が4年を
要してレストアを敢行したDATSUN 240Zそのものでもあ
りました。
IMG_2932.jpg
コクピットやリアのスペアタイヤ搭載状況などホンモノそっ
くりに作られていて、全長が20cm以上もあったのでかな
り高価なものであると思われ、頂く訳にはいかず固辞しま
したが、元校長先生曰く「今回はレストア成った240Zに静
岡で一緒に試乗することも出来、帰りのロングツーリング
も一緒に出来たんだから、その思い出にどうしても取って
おけ」と言い張るのです。タバコ屋は予期せぬ別れ際の
ビッグサプライズにどぎまぎするばかりでしたが、奥様も
少しは家の中の粗大〇〇を持って帰って下さいなと意外
なことを仰るものでしたから、お二人の意味の異なる?
ご好意にあえて甘えることにしました。

後ろ髪を引かれながらも現代の零戦のご先導により2台
とも周りのお家にひけめを感じるようなエキゾーストノート
を発しつつ、閑静な宇治のご自宅を後にし、京滋バイパ
スへと向かいました。
その後のことは前回申し上げたとおりで、フェリーの中で
の少量の日本酒にクラクラ酔っ払ってしまった理由の一
つも賢明な読者諸氏にはこれでお分かり頂けたと思うの
です。

それにしても、かつての零戦の末裔として、世界を相手に
果敢に戦ったこの3車が一緒の写真に収まることはもう
二度とないかも知れず、若干の感傷を覚えたタバコ屋で
はありました。


京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で

平成25年6月21日
赤いお嬢さんとの面会
話せば長くなるのですが、タバコ屋はブログ記事にて
自称HONDAのPTA会長であることを公言し、事実40年に
わたり性懲りもなくHONDA車を愛用してきました。
話は5~6年前に遡ります。還暦を間近に控え、過ぎし日を
振り返ることが多くなりました。京都今出川で過ごした大学
時代、中でも同志社大学自動車部での4年間の思い出は
それこそ生活の一部でもあったため終生忘れ得ぬものと
なっています。
日本の高度成長期真っ只中の昭和40年代半ばから後
半にかけてということは、年がバレてしまいますが、その
時代に多感な青春時代を過ごした訳で、マルビ学生の
身分ゆえ、雑誌で写真を見るのみでしたが買えもしない
憧れのクルマは多くありました。
トヨタ2000GTを皮切りにHONDA-S800、日産スカイライン
2000-GTR、いすず117クーペ、ブルーバード1600-SSS
等々、キラ星のごとく次々と魅力的なクルマが発売されま
した。

自動車部での4年間を通じて、それらのクルマは見たり触
ったり横に乗せてもらったりで、何らかの接点がありました。
しかしどういう訳かフェアレディZだけは雲の上の存在だっ
たこともあり、見ることも触ることも当然乗ることもありませ
んでした。還暦も近づき、このまま朽ち果てるのかと思うと、
一抹の寂しさもあり、フェアレディZに乗ってみたいと思うよ
うになりました。そこで清水から飛び降りる心境で一大決
心をし、それを実行することにしました。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)
長浜で7-3
いきなりの写真で恐縮ですが、4年の歳月をかけ、何とか
この程度に復刻(レストア)することが出来ました。しかし
それもここまでで自分のイメージするZにどうしても仕上が
らないのです。

そのような時、ふとしたHP上でのきっかけで静岡在住の
Kさんとご縁にさせて頂きました。彼はタバコ屋と同様の
年式のZを2台所有されているエンスーで(他にもレガシイ
他所有)退職後の趣味としてすべてご自分で整備される
超異色の方でした。その整備模様を拝見したり、お話させ
て頂く中で、彼ならきっとタバコ屋の願いを叶えてくれると
確信するに至りました。また彼も元国立大学の自動車部
キャプテンだったそうでタバコ屋と同釜であり、同じ立場だ
ったことがわかり益々信頼厚いものとなりました。

タバコ屋の悪いクセで、前置きが大変長くなりましたが、幸
いなことにKさんがタバコ屋の依頼を快く引き受けて下さり、
愛車Zを静岡のKさんちにホームステイさせて頂くこととなり
ました。
imageCA4T2O36.jpg
トランスポーターで遠路静岡のKさんちに到着したところ
です。問題箇所は専門的になってしまうので簡単に申し
ますと
1.ブレーキのマスターバック(踏力軽減装置)が壊れてし
まい交換部品もなく修理も難しいお手上げの状態を何と
かしたい。
2.フロント足回りのコイルを純正に交換したところウイリー
(前上がり)状態となり、乗りづらくいっそラリー車風に全
体の車高を上げたいが、パーツの入手困難で、何とかし
たい。
※若干の補足説明をしますと、Zには前期型と後期型が
あり、タバコ屋の前期型Zのフロントに後期型Zのコイル
(それしかなかった)を取り付けたところ、コイルが長いた
めウイリー状態になってしまった訳です。
3.レーシング用キャブレターであるソレックスキャブが完
調ではなくアルトのおばちゃんにも抜かれる始末で、本来
の実力が出ていないのが悔しく、何とかしたい。
4.ミッションが今一つ完調ではなく、ギアノイズやシンクロ
の劣化等が見られ、出来れば何とかしたい。
5.ウインカーやワイパーの作動が不完全なことや、時計
が壊れている等、細かな不調箇所を何とかしたい

結論から言いますと、細かい部分を除き、Kさんはすべて
をものの見事に解決してくれました。ご本人はさりげなく
謙遜されますが、タバコ屋にとってはもう諦めかけていた
ことゆえ神の手(GOD HAND)の仕業による神の業のよう
に思われました。
丁度今回の京都行きがあったものですから、ついでに静
岡まで足を伸ばし、愛娘との面会を打診したところ、それ
までに概ね仕上げておきますよと有難いご返事を頂き、
喜び勇んで「静岡詣で」を敢行することとなりました。
以前ブログでご紹介したこともある京都在住の元校長先
生でラリーマニアでもある同志社大学自動車部OBのH君
(平尾氏)にコトの顛末を話したところ、PTAとして?同行
頂けると言う事で、もし自走して帰る場合は心強く、願った
りのことでした。
日本平1
やってきました、「聖地静岡」です。静岡までH君と二人新幹線
で行きましたが、Kさんがご親切に駅まで愛車レガシイで
迎えに来て頂きました。初対面でしたが何だか昔からの
仲間だったような気がしてすぐにわかりました。レガシイ
B4ブリッツェンのダンピングの効いた心地よいシートで、
BOXERサウンドを聴きながらしばしの時間ガレージへと
向かいました。Kさんちは意外にも静岡駅から近く富士山
のよく見える景勝地三保の松原の近くでもあり、また家康
公ゆかりの史跡「久能山東照宮」のある名勝日本平のふ
もとにありました。ついでながらこの度、富士山及び三保
の松原が世界文化遺産に登録されましたよね。Kさんおめ
でとうございます。
日本平4
Kさんちの周辺は石垣いちごの産地だそうで、道路沿い
にいちごの直売所や観光農園の看板が出ていました。
DSC_0664-2.jpg
約1ヶ月のホームステイの間、Kさんに外科手術を皮切りに、
筋トレやら躾教室やらいろいろして頂き、すっかり逞しくなっ
た愛娘赤いお嬢さんが出迎えてくれました。
image1.jpg
フロントウイリー状態も解消され、バランスの良いサイド
プロポーションとなりました。腰高を嫌われる方もいらっし
ゃるでしょうがタバコ屋はこれがお気に入りなんです。
かつて40年前、輝いていた頃のNISSANがこのZを駆って
サファリ、モンテに果敢に挑戦した頃のワークスZの姿が
忘れられません。モンテはともかくサファリ仕様のZはかな
り車高を上げていたと思います。
240Zサファリ2 imageCAETPKYY-1.jpg
左はサファリ仕様ワークスZ、右はタバコ屋のZですが、概
ねいい感じに仕上がったと思います。皆さんはどう思われ
るでしょうか
IMG_2317-1.jpg
エンジンについてもレーシングSOLEXの難しいチューニン
グを完璧にやって頂き、見違えるようなレスポンスに仕上
がっていました。
余談ですが、Kさんによるとこのエンジンは3.1L、74度高速
用ハイカム、圧縮比10.5の本体に対し吸気系はレーシング
タイプの45φSOLEX3連キャブが装着され、排気系はタコ
足と呼ばれる各気筒独立した排気管が途中デュアルにま
とめられ最後はZ432用の純正エキゾーストマフラー(縦2
連マフラー)に導かれるというかなりなハイチューンエンジ
ンシステムだそうです。
タバコ屋としてもそのように言われると、何やら自分の娘
が担任の先生に褒められたようで嬉しいやら恥ずかしい
やらの気分でした。
imageCAXXNZJ0.jpg
ブレーキのマスターバック(踏力軽減装置、黒いドラム状
のもの)については交換部品がなく万事休すかと思った
のですが、Kさんがお手持ちの秘蔵パーツを特別譲って
くれることとなり、事なきを得ました。(自走して帰れたの
もある意味これのおかげ)
IMG_2316-1.jpg
作業ガレージ横にはKさんの愛車ワインレッドのS31Zが
停まっていました。Kさんは他にS30Zも所有されています
がどれもファインチューニングが施されていることは言う
までもありません。お話もそこそこにさっそく近くの日本平
に出向き試走をすることにしました。
IMG_2324-1.jpg
Kさんに先導をして頂き、ヒルクライムによる加速レスポン
スの確認と、車高を上げたことによる操縦性の変化の確
認です。すると、何と言うことでしょう、以前はアレルギー
やら喘息やらいろいろあったのがウソのように治っていま
した。ソレックスのレスポンスが抜群に良くなっただけで
なく、息付きも解消されておりこれならもうアルトのおばち
ゃんにも抜かれることはありませんし、以前悔しい思いを
したレクサスLSのお兄さんにスッと出し抜かれることもな
いでしょう。さすがレーシングSOLEXです。ソレックス独特
の迫力あるサウンドも心地よく今時の洗練されたコンピュ
ーターチューニングの音とは異次元の世界です。何やら
40年前に逆戻りしたような錯覚を覚えました。
IMG_2320-1.jpg
ランデブー走行にて頂上と思しき場所にやって来ました。
足腰もとてもしなやかに変身していて、以前はリアサスが
何か腰砕けでバタ付き、しっかり機能していない感覚でし
たが、これもエンジン同様、持病がうそのように治ってい
ました。ワインディングロードでしたがとてもしなやかに快
適に駆け抜けて行けました。
車高を上げたことによる視界の良さ、乗降のしやすさは特
筆ものでまた外観も四輪がぐっと踏ん張った感じでとても
好感が持てます。
(注:これはタバコ屋の変わった好みにて、一般にZは車
高を下げることが好まれます)
IMG_2323.jpg
その一連の難しいチューニングを手掛けて頂いたKさん
です。なかなかシブイ感じで愛車のワインレッドのZがよ
く似合っています。何でもこのチューニングしたZでよく富
士スピードウエイの走行会に行かれるそうで、納得いか
ない箇所や改良箇所はすべてご自分の手で整備されて
おり、お得意のミッションなどは自製して希望の方には販
売までされている由、もう匠の世界です。
この時、横に乗せて頂きましたが、Kさんのは確かウエー
バーでシュボボーシュワッ、シュワッという独特の迫力音
と胸のすく加速でしばし現実を忘れるほどでした。
IMG_2321.jpg
続いて同志社大学自動車部時代ラリーに熱中し、また
数々の大会で優勝、入賞する等、非凡な才能を持つH君
にドライブしてもらいロードインプレッションを横で聞いて
みることにしました。
彼はやはりラリードライバーらしく主に低速から中速にか
けての加減速を繰り返しソレックスの調子を確かめてい
ました。彼曰く、40年前のクルマとしてはとてもいい感じや
ないやろか、ソレックスもよくチューニングされてレスポン
スが良いし、足回りもふんばり感があるし・・・。
ということで、もうタバコ屋は大満足でした。
DSC_0670-1.jpg
短時間ながら日本平での試走を終え、ガレージ前で記念
撮影です。石坂浩二さんをかなり横に拡大したようなH君
とタバコ屋です。
このあと、二人で相談しこの状態なら今から自走して京
都へ帰りH君の自宅に寄った後大阪南港から夜のフェリ
ーに間に合うんじゃないかということで、午後2時を過ぎて
いましたが出発することにしました。
IMG_2326.jpg
来たばっかりなのにもう帰らねばならず、後ろ髪を引かれ
る思いでしたが、今回お世話になった同釜の仲間でもあ
るKさん(彼は国立大学の元自動車部キャプテン)と別れ
を惜しみつつ記念撮影をしました。
(尚、Kさんに興味のある方はHP「ビンテージクラフト イーザ
をご覧になってみて下さい。今回のことも詳しく載ってい
ます)
IMG_2331.jpg
時間短縮のため、静岡~東名~伊勢湾岸道路~東名阪
~新名神~名神宇治東と海岸沿いにショートカットしH君
のところには早く着くことが出来ました。写真は伊勢湾岸
道路で非常に広くて走りやすく、Zの実力を存分に味わうこ
とが出来ました。この時はH君が運転してくれたのですが、
彼はかなりのハイスピードを維持して快適に走行していま
した。それが果たして法定速度であったのかどうか、タバ
コ屋はまわりの景色に見とれてスピードメーターは見ずじ
まいでしたが、以前と違って抜かれるクルマより抜いてい
ったクルマの方が圧倒的に多かったような気がします。
IMG_2335-1.jpg
やや日も西に傾いてきた午後6時、宇治の閑静な高級住
宅街にあるH君の自宅に到着です。以前ブログでご紹介
した現代の零戦ランサーエボリューションターボがお行
儀よくご主人の帰りを待っていました。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)

その横には長年彼が愛用してきたラリー仕様のパジェロ
が鎮座していましたが、これらのオクルマをバックミラーで
見られた方は避けた方が無難だと思います。奥様にお会
いし(何十年ぶりやろ~)コーヒーの接待を頂き少しお話し
たあとH君の先導見送りで京滋バイパス~第二京阪~
阪神高速にて午後7時半頃には無事大阪南港に到着しま
した。

レジェンドに乗っていた時はいつもカーナビ使っていまし
たが今回はすべて人間ナビで、なければないで結構や
れるもんだと感じました。よく考えたら40年前の自動車部
時代、カーナビなんかなかったけど、北海道遠征とか結
構平気でやりましたよね。
フェリーの中では疲れが出たのか小瓶の日本酒1本で妙
に酔っ払ってしまいましたが、いろいろ感慨深かった今回
の旅を無事終えることが出来ました。静岡のKさん、同期
のH君には大感謝です。

(尚、写真の一部はKさんのHP、及びH君が写したものから
流用させて頂きました)


京都・静岡巡礼 vol.1:今出川慕情

平成25年6月20日
6月はいろんな行事が重なり、ブログを書く余裕がありま
せんでした。先日は京都、静岡に行って来ましたので、
その時の模様をご報告したいと思います。
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突然の写真で恐縮ですが、母校同志社大学今出川キャン
パス正面にそびえ立つ新装なった「良心館」です。レンガ
と御影石がふんだんに使われていて、いくら掛かったか
知りませんが高級感あふれる大学校舎らしいアカデミッ
クなムードを持った建物です。今日は我が自動車部の
OB役員会があり良心館の見学会もあるのですが時間の
余裕があったので付近を散策することにしました。
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烏丸通りに面した良心館の正面玄関付近です。とてもシッ
クなアーリーアメリカンゴシックのムードを漂わせたツイン
タワー?です。通りには電柱と電線がまったくないのも
GOODです。
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懐かしい新町校舎にやって来ました。我々が1~2回生の
頃通っていたのは今出川キャンパスから烏丸通りを隔て
た西隣の新町通りにあるこのキャンパスでした。正面の
校舎は「尋真館」と言い、40年前と変わらぬたたずまいで
した。
IMG_2234.jpg
しかし一歩キャンパスの中に入ると、すぐ隣に新しい校
舎が立っていて、右の古い校舎と通路で繋がり中庭も整
備され、40年前のやや味気ないキャンパスから一変して
いました。
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新町校舎北東角です。ここにはかつて我が自動車部の
部室及びガレージがあり、隣の教室に通うよりは部室に
通うほうが多かった4年間でしたが、悲しいことに我々の
卒業後、しばらくして京田辺の新キャンパスに移転し今で
はその跡地は奥の体育館に面した駐輪場となっていまし
た。今浦島は懐かしさとともに一抹の寂しさを覚えました。
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新町校舎と道を挟んですぐ北側にある、小森酒店です。
今は昔の面影はなくヤマザキのデイリーストアに変身し
ていました。実は40年前、小森酒店さんは下宿屋をして
いて2階の3部屋はいずれも自動車部御用達の部屋でし
た。タバコ屋も2年間お世話になりお酒の配達のアルバイ
ト等もやらせて頂き、思い出の一杯詰まった懐かしの場
所です。40年ぶりでしたが思い切って訪問すると、すでに
代が替わり息子さんご夫婦がお店を切盛りしていました。
事情をお話すると奥から忘れもしない小森のおっちゃんが
出て来て、涙のご対面となりました。いろいろお話している
とお世話になった奥さんは昨年お亡くなりになったそうで、
もう少し早くご訪問出来ていればと、悔やまれました。
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おなかもすいてきたのでOB役員会の前に腹ごしらえをす
ることにしました。向かったのは小森酒店から東へまっす
ぐ、烏丸通りに面した「京楽食堂」でした。つい最近、一期
後輩のI君より京楽のおっちゃん、元気でやってたで~と
聞かされていたので、会えるのを楽しみに寄ってみました。
運のいいことにちょうどおっちゃんは出前から帰ったところ
でバッタリ会う事が出来、40年ぶりの再会を果たすことが
出来ました。
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昔話もそうそうにさっそく注文することにしましたが、壁に
はかれこれ年季の入った短冊メニューが貼られていて、
まさか40年前のものではないでしょうが、そこには懐かし
いメニューが並んでいました。
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当時よく食べた親子丼とザルそばのハーフを注文しまし
たが40年前の京楽食堂そのままの味で、よく夕食時には
同宿で同期のS君と一緒に銭湯へ行った後に立ち寄った
ものです。また現役の幹部の時代はよく部室に出前をし
てもらったものでした。今から思うと若造相手におっちゃん
も機嫌よく出前などしてくれたものだと思います。
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良心館の見学時間が近づいてきました。北側からの眺
めです。年甲斐もなくダッシュで今出川キャンパス正面
ゲートへ向かいます。懐かしい面々に再会し一緒に今出
川キャンパス内を見学です。すっかり様変わりし重要文
化財でもある古い建物の中に新しい校舎が建ち、とても
調和がとれていると感じました。
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正面はプロテスタントでは日本最古のレンガ作り礼拝堂
です。国の重要文化財にも指定されている由緒ある歴史
建造物ですが、左の真新しい良心館と時代を隔ててよく
マッチしています。
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良心館内部の学生ラウンジです。カフェもあり我々の当
時の状況とはまったく別世界で、理想的な学習環境だと
思います。
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地下の学食へ行ってみました。昔と同様、市価に比べ
とても安い価格が付いていますが、ちなみに下段のかけ
うどんは168円となっています。40年前は60~80円くらい
だったと思うのですが記憶がはっきりしません。だれか
覚えていませんか。
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烏丸通りに面した良心館テラスです。とても明るく開放的
で、無理にティファニーで朝食を食べなくても、ここの地下
の学食でかけうどんを食べた後、このテラスでジョージア
を飲んでいればたとえボンビーな学生でもけっこうリッチ
な気分に浸れるような気がします。
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このテラスに佇むとまるで東京恵比寿のガーデンプレイス
に居るような錯覚にふととらわれました。双方とも歴史と
伝統の物語性(アイデンティティ)を持っていることが共通
しています。おそらくそのような目に見えない何かがこの
不思議なオーラを生み出しているのだと思います。ちなみ
に右奥でしばしくつろいでいるのは昔若かった我が自動
車部OB諸氏です。
志高館
ついでながらということで、今出川キャンパスから北へ
少し歩いたところにやはり新設された「志高館」へ行って
みることにしました。
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入口案内パネルには今話題の「八重の桜」のポスターが
貼られていました。プリプリボインの綾瀬はるかちゃんも
おキモノ着るとスレンダー美人に変身です。
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「志高館」正面ファサードです。国際学部の拠点となるそ
うですが、タバコ屋は建物に非常に興味があり、「良心館
」といい他の校舎といい、ここ最近は同一のコンセプトと
外観イメージでデザインされており、レンガ、御影石及び
アイボリー基調の壁材との調和により重厚かつモダンな
イメージを醸し出しています。素材がハイクオリティである
のは言うまでもないことです。
IMG_2266.jpg
そのテラス部分です。周辺地域の方々にも開放されてい
るそうで同志社大学ならぬ同志社神社、同志社公園の
趣です。
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懐かしい今出川キャンパス見学も無事終わり、いよいよ
肝心の自動車部OB役員会です。80周年大会を10月に
控え、徐々に気合が入ってきました。写真左からOB会長
のO氏、立って挨拶をしているのはタバコ屋と同期で今大
会実行委員長のI君、右は同じく同期のH君です。正面パ
ネルのキャッチフレーズ「自動車部好っきやねん!!」と
いうのはどなたが考えたのか分かりませんが、とても素晴
らしいコピーで「お尻だって洗ってほしい」の名コピーを発
案した京都出身のコピーライター仲畑貴志氏に通ずるもの
があると思いますが褒めすぎでしょうか。
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白熱した討議も終え、夕食会は今出川キャンパスの向か
いにある「寒梅館」7Fレストランで行われました。今は立派
な建物になりましたが、40年前は学生会館で地下に学食
があり例のかけうどん(別名素うどん)をよく食べた場所で
す。この寒梅館は10年程前に改築したものですが、基本
コンセプトはまずまずであるものの、作りが平面的でやや
ショボイ感じもします。最新の良心館や志高館と比べるの
は可愛そうですが、つい比べてしまいます。
蛇足ながら、前出の京楽食堂は寒梅館の北隣で、1~2回
生時は学食、3~4回生時はマルビ(ボンビー)に変わりは
ないものの、位だけ出世して京楽グルメを堪能したという
訳です。
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夕食会でのスピーチ風景です。一期後輩で東広島市で
行政に辣腕を奮ってきたヤリ手のO君です。現役時代は
キャプテンでした。右隣の淑女はO君と同期のF嬢です。
地元京都の某老舗和紙店のいとはんで、現在大学の講
師をお勤めされている才媛です。当日は知性が光るハイ
センスないでたちでさすが同志社OGと感服致しました。
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タバコ屋の同期で九州支部長を拝命したSU君です。遠路
駆けつけてくれました。ポルシェにあこがれ続け、よわい
還暦過ぎにしてついにその夢を実現したという執念の持
ち主です。
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前回の役員会を皮切りに今回も会を仕切って頂いた影の
立役者、自動車部OGのY女史です。市内で経営コンサル
タントをされており、どうりでやることなすことソツがなく、
洗練されており、この女史あらばもう80周年大会は成功
したも同然です。
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最後は我々にとっては坂の上の雲の方である大先輩N
氏のエールで校歌を歌って盛り上がりました。大分アル
コールも入り、本番は10月であるというのに興奮さめや
らず、この後、花見小路へ繰り出し、同期のH君のいきつ
けの某店で甘美な夜を過ごしたことなどは多くを語らず
に置くことと致します。
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タバコ屋も若い頃はゴフク屋をしていたこともあり、京都
には室町界隈へ定期的に来ていましたが、仕事だけで
あわただしく帰ることが多く、今出川に立ち寄る余裕が殆
んどありませんでした。時は過ぎ、今回、今浦島にて懐か
しの場所を訪れ、またお世話になった方々に再会するこ
とが出来、無上の喜びを感じています。あの若かった頃
は二度と戻りませんが、その一時期を今出川で過ごした
懐かしい思い出だけはセピア色になりつつあるタバコ屋
の脳裏にはっきり焼き付いています。

鮭が生まれ育った川から大海に泳ぎ出し、後年再び生ま
れ故郷の川に戻って来るように、我々同釜の仲間たちも
卒業後は全国各地に散り、各々が様々な経験を経て数
十年後鮭が再び生まれ故郷に帰って来るごとく思い出の
地で再会を果たすことは意義のあることだと思います。


4千坪のガーデニング vol.2:ティファニーで朝食を

平成25年6月7日
ティファニー”タバコ屋にとっては本店に行ったこともな
いのに何故か懐かしいような、神聖なような不思議な響
きの言葉です。
ティファニーで朝食を2-1
団塊世代の皆さんには「ティファニーで朝食を」というタイ
トルの映画はなじみ深いものですよね。デビュー間もない
若き日のオードリーヘップバーンが、かつて我々がそうで
あったごとくマルビゆえ(最近はボンビーとも言うようです
が)ティファニーのショーウインドーの前で、いつか目の
前の高価な宝石を身に付けることを夢見ながら、朝食の
パンを頬張るという、荒唐無稽ながらも何やら胸キュンと
なるようなシーンでしたよね。
ティファニーで朝食を16
ご存知のようにティファニーは宝石店であり、レストラン
ではないので、朝食とはまったく結び付かないと思うの
ですがそこは作者一流のユーモアと言いますかパロディ
と言いますか、日本人ではとても思い付かないようなスト
ーリーです。
ティファニーで朝食を6
マルビながらもセレブを気取り、夢見ている乙女をオード
リーが天性の茶目っ気たっぷりの演技で好演し世界中の
ファンを魅了しましたよね。
ティファニーで朝食を9
テーマ曲は今さら説明の必要もない名曲「ムーンリバー
でオードリーが窓辺で物憂げに歌って、映画と同じくらい
大ヒットしました。
ティファニーで朝食を9
共演のジョージペパードがこれまた格好よく、今時の韓
流スターなんぞ及びもつかないほどオーラというか存在
感がありました。
ティファニーで朝食を14
物語の結末は、マルビのオードリーの夢だったセレブの
牧場主との結婚が実現しかかったものの結局はこれま
た売れない作家のペパードのもとに帰り、ハッピーエンド
で結ばれるという古き良き時代のアメリカを象徴するよう
な映画でした。そこに流れているのは、恥じらいのあるウ
イットと言いますか、ユーモアに溢れた品性の香りと言い
ますか、タバコ屋はそういうものを強く感じました。
(関連記事:予期せぬ出来事参照願います)

話はうんと飛びますが、みなさんのおうちのご宗派は様
々だと思います。キリスト教の方もいれば、学会の方、
仏教各派の方、それこそ日本は幸せなことに宗教の自由
が保障されている以上、百花繚乱、千差万別でお考えも
しきたり作法も様々です。

以前から折に触れてタバコ屋は宗教にかかわることを
お話してきましたが、我が家の宗派は浄土真宗本願寺
派(お西さん)で、菩提寺は地元の浄玄寺さんです。
タバコ屋は分家筋で、創業者たる先々代からのお付き合
いですが、本家筋も同じ菩提寺なのでそれから数えると
数百年になるのではないでしょうか。

余談になりますが、日本人は何でもありの民族で出産の
お宮参りから始まり、キリスト教会で結婚式、亡くなれば
仏式でのお葬式と宗教の百貨店です。しかも神道はおお
らかな八百よろずの神であり、節度がないとも言えます。
タバコ屋の個人的な見解としては日本人は大らかであり
また賢いので、それを信条とか教義とか堅苦しいドグマ、
イデオロギーとせずに、身にまとう衣装のごとく祀りごと
としての使い分けをしてきたように思います。おかげで
一部の外国のように宗教をめぐって殺し合いをすること
も滅多になく平和で豊かな国を実現出来たのだと信じて
います。
浄土真宗荘厳2 真言宗荘厳1
ご本尊のまわりや御仏壇をおごそかに美しく飾り整える
ことを荘厳(しょうごん)と言いますが、これもある意味、
品性の表現であるように思います。そのお荘厳のことな
のですが、お仏壇をお飾りする場合、宗派に関係なく一
定の法則があります。
簡単にご説明しますと、上から下、もしくは奥から前に向
かって高貴な、もしくは大切な品の順で飾っていくのです。
まずはご本尊及び創始者の像(御影)です。次にご先祖
の位牌(もしくは過去帖)、次に香炉(フレグランス)です。
あとはご飯(仏飯)、茶水(真言のみ)、お餅(又は団子)、
お菓子、お花と続きます。これを見ると、お供えでは香り
(フレグランス)
が一番高貴で大切なものであることが
わかると思います。
レモン2
飛んだ話がまた飛びますが、以前タバコ屋は4,000坪の
柑橘畑を持て余し、どうすべきか深刻に悩んだことがあり
ましたが、香りをコンセプトに再構築(レストア)し、4,000
坪のガーデニングを目指すことをお話しました。それだけ
の面積があればあらゆる香りの柑橘を植えることが出来、
その広さが生かせると思うのです。ただほとんどが傾斜
地にあるため、平地のバラ園という訳にはいきません。
まずはいよかん、レモン、だいだいを手始めにゆず、キン
カンなども植えてみたいと思います。
(関連記事:農業とレストアvol.4~vol.7参照願います)
山椒4
また意外なところでは伝統的な香りの一つである山椒も
手掛けてみたいですが、皆さん山椒は柑橘の一種なの
をご存知でしたか。タバコ屋は知りませんでした。
山椒7
”サンショは小粒でピリリと辛い”とは昔から言い古され
た言葉ですが、山椒の用途はとても広く、葉っぱはお寿
司や小鉢の添え物として、また花芽は和え物に、小さな
果実は香辛料や佃煮の大切なパートナーとして捨てる
ところがないほど利用価値が高いものです。また昨年よ
り柑橘ではないものの、かつて中島の特産物であった
生姜(しょうが)の有機栽培も試みており、将来の夢は
香りの百貨店」などと大それたことを考えています。
(関連記事:農業とレストア VOL.7参照願います)
帆船9
かつての大航海時代、金より高価だった香辛料をめぐり
スペインやポルトガルが、またオランダ、イギリスがその
争奪のために命がけで覇を競ったごとく、現在の果物離
れしつつある日本で、香りの柑橘やそれに類する作物が、
やがて見直される日が来ることを夢見るのも一興ではな
いでしょうか。

(尚、写真の一部はウィキペディアより引用させて頂きま
した。宗教の記述についてはタバコ屋の個人的見解であ
ることをご了解願います。)


★★島のタバコ屋の独り言★★
【7月31日:ああ創業100年】 島のタバコ屋、即ち富永呉服店が創業100年を迎えたことは先般お伝えした通りですが、皆さんよくご存知の世界的宇宙物理学者、故ホーキング博士によれば、100年なんて宇宙的時間軸で言えば、一瞬のまばたきに過ぎない訳で「島でのことも夢のまた夢」ということになりましょう。それはともかく4才の頃から道端の草にも「コンニチハ」なんて愛想を振り撒いて来たタバコ屋にしてみれば「店は客のためにある!」以上、未来永劫、店の続く限りそのテーゼを実践し続けるしかないのです。京都で300年続く老舗料亭、老舗呉服問屋もその志があったのかどうか、お聞きしたことはありませんが、当らずとも遠からじではないでしょうか。
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