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島のスイーツ開発 vol.2:タバコ屋のお気に入り

平成25年8月30日
スイーツ開発第2弾の火蓋は切って落とされようとして
います。アニメ映画の巨匠、宮崎駿(はやお)さんとはレ
ベルもラベルも格段に違い異次元のことながらタバコ屋
なりにとてもクリエイティブな仕事だと思っています。
ただ生み出されるであろう新製品に対し、自分なりのモ
チーフと言いますか基本コンセプトと製品イメージがなく
てはなりません。今回は開発の前にそのモチーフとなる
であろうカケラをいくつかご紹介してみたいと思います。
それは即ちタバコ屋のお気に入りの品ということになりま
すが。
ドラ焼き4
1.ドラ焼き
好みから言えば生地はややもっちり感があって中には
小豆の粒餡(あん)が入っているタイプです。
実はこれには事情があり、以前「たんぽぽ葬儀社」で会
葬みやげを選定する時、マドレーヌとともにドラ焼きも入
っていたのです。しかし例のガンコ親父さんが夏は暑い
と言い、冬は寒いと言い、注文に応えてくれなかったの
で、やむなく定番からはずした経緯がありました。ドラ焼
きであれば万人受けがして喜ばれると思ってのことでし
たが、うまくいかなくて残念な思いでした。
ドラ焼き3
こういうシンプルな商品で、特徴を出すにはまず味の良
さが一番でしょうが、ディテールの面では写真のように
端っこが開いているタイプではなく最初の写真のように
閉じたタイプが好みです。また上面には例えば「希望の
島」とかのロゴマークを焼印で押せば特徴が出て非常
に良いと思うのです。
大丸饅頭3
2.大丸饅頭
関西方面の方にはおなじみの大丸梅田店のお菓子売り
場で製造実演しながら売られている饅頭(ミニ太鼓饅)で
北海道十勝産の手亡餡(てぼうあん)という白餡を使用
したこだわりの饅頭です。
この大丸饅頭は、50年ほど前に神戸大丸で販売を開始
し地元で愛されて来た饅頭ですが阪神大震災で機械が
壊れ休業となりました。しかしファンの要望が強く平成17
年に復活し大丸梅田店及び福岡天神店の定番商品とし
て再販売されるようになりました。
瀬戸内海の島のタバコ屋はめったに食べる機会がない
ですが、大阪に出かけた時は買うようにしています。
キモはなめらかな白餡のおいしさと、一口サイズで食べ
やすいことでちょっとしたお土産にも喜ばれるというところ
でしょうか。レトロな大丸のロゴマークもお気に入りの一
つです。
もみじ饅頭1
3.もみじ饅頭
ご存知安芸の宮島名物と言えば「もみじ饅頭」ですよね。
ある調査によると饅頭では全国一の知名度だそうで、広
島と言えばお好み焼きかこのもみじ饅頭のイメージが浮
かぶと思います。今では宮島の枠を超えて広島を代表
するお土産菓子になりました。

ついでながらもみじ饅頭の歴史は伊勢の赤福のように
300年とかの遠い昔ではなく、明治の後期に宮島のお土
産菓子として発案されたらしく、それには当時宮島ファン
で度々来訪していた宰相伊藤博文が旅館「岩惣」の茶屋
の給仕娘の手を見て「何と可愛いもみじのような手じゃ、
焼いて食べたらさぞおいしかろう」と軽口を言ったのを
女将が聞き留め、これをヒントに出入りの菓子職人、
高津常助なるものが製品化したとも言われています。
(関連記事:あこがれの宮島参照願います)

タバコ屋がもみじ饅頭を好きな理由は、まず生地に弾力
性があり味に癖がないこと、また餡を小豆とか抹茶入り
とかに替える事や挙句の果ては天ぷらのように丸ごと
揚げるとかで同じ基本型から様々なバリエーションが作
れることです。デザインも奇をてらうことなく、もみじを型
どったシンプルな造形でそれゆえ飽きられることなくロン
グセラーに成り得たと思います。

それにしてもその誕生以来100年以上は経過している訳
で、誕生時のエピソードといい、いわゆるブランド品として
の物語性(アイデンティティ)は十分ではないでしょうか。
阿闍梨餅6-1
4.阿闍梨餅(あじゃりもち)
京都銘菓と言えば、一般的には生八つ橋の「おたべ」
あたりが思い浮かぶことでしょうが、もみじ饅頭と違い、
意外にもあまり知られていないのが「阿闍梨餅」でしょう
か。餅米をベースにして、氷砂糖や卵といったさまざまな
素材を練り合わせた生地に丹波大納言小豆の粒餡を包
んで焼いた餅皮饅頭?で実際は焼き面とその内側の餅
面と粒餡の3層構造になっておりそのもっちり感がなんと
も言えず、数ある京都銘菓の中でもタバコ屋の最も好き
な一品となっています。
満月店舗1
この品はタバコ屋の母校同志社大学のある今出川通り
を東方向へ百万遍方面に向かい京大近くに本店のある
満月」さんが作っています。江戸末期の安政三年の創
業とかなり古いのですが大正期に開発された阿闍梨餅
のヒットにより現在の名声が確立したようです。

蛇足ながら、タバコ屋が同志社大学自動車部現役の頃、
校舎横の部室から毎日トレーニングに通っていた相国寺
までの走りなれた道筋に「雲龍」で有名な「俵屋吉富」さ
んの本社がありました。またやや離れたところには「鶴屋
吉信」さんの本社もあり、同志社界隈はさしずめ京銘菓
老舗のシリコンバレー(密集地)といった趣でした。
千日回峰1
味もさることながらそのデザインもシンプルかつ独創的
であり中央部が盛り上がった形は比叡山で千日回峰修
業を行なう阿闍梨がかぶる網代笠をかたどったもので、
厳しい修行中に餅を食べて飢えをしのいだことにちなん
で考案されたと言われています。
ここでもやはり「阿闍梨餅」誕生にまつわる物語性(アイ
デンティティ)といったものが十分に感じられます。
阿闍梨餅7
パッケージにもその網代笠のモチーフが反映されていて、
京銘菓らしく控えめな中にも個性的なデザインとなってい
ます。長い歴史のフィルターを通して生き残ったものには
何かしら共通のホンモノ商品といえるような品性と重みが
あり一朝一夕では真似の出来ないことですよね。
えん餅2
5.えん餅
九州福岡に本社のある「もち吉」さんが作っている「えん
餅」です。タバコ屋はこの「阿闍梨餅」のコピーとも言える
商品にあまり好感を持てません。ご存知のように「もち吉
」さんは全国展開をしている「あられ」のチェーンストア
(広域暴力団)なので販売力があり、「満月」さんの何十
倍も売っていると思います。しかし他店のコピー商品を
売るという発想は志があまりにも低いと思うのです。
タバコ屋の最も嫌いなパターンです。仙台の「萩の月」が
大ヒットした途端、全国にコピー商品が続々生まれたの
と似たようなことではありますが、何もデザインまでそっ
くりにする必要はないでしょうに・・・。
アンリ-マドレーヌ
6.アンリシャルパンティエ
饅頭ばかりも面白くないでしょうから洋菓子のことをお話
ししますと、タバコ屋のお気に入りは芦屋のアンリシャル
パンティエのマドレーヌでしょうか。
味は甘すぎず、またしっとりとした食感が絶妙なのですが、
シェルをモチーフとしたその外観デザインがとても個性的
でGOODです。
アンリ-ロゴ1
アンリシャルパンティエとは舌をかみそうな長たらしい社
名ですが、創業は意外に新しく昭和44年(1969年)で、
阪神芦屋駅前に開いた喫茶店がそのルーツです。奇し
くもその年はタバコ屋が同志社大学に入学した年でもあ
り、そうはいっても40年以上は経っている訳です。
アンリ-ロゴ3
創業当時はどこもそうですが、ささやかにつつましくスタ
ートし、発展する店とそうでないところに分かれてしまう
のが世のならいではありますが、アンリさんの場合は今
ではクオリティにおいて日本を代表するような洋菓子店
へと成長しました。
アンリ-きのこパイ3
アンリさんのボルチーニ(きのこ)パイです。今はもう廃番
となり購入することは出来ませんが10年前までは売って
いて、どうでもアルプス地方に古くから伝わるきのこの形
をしたパイだそうでそのユニークで個性的な形状で人気
商品でした。
アンリ-きのこパイ1
別名「きのこの傘」とも呼ばれていて、その話題性から
お土産商品として引っ張りだこで、これも古い話になりま
すが東京でお世話になっている三越のフルーツショップ、
サン・フルーツさんにご挨拶で上京した時に、このきのこ
パイを持参しました。SFさんは果物業界では千疋屋さん
等とともに日本を代表するハイクオリティなお店ですが
世界のフルーツの取り扱いはもとより、フルーツを使っ
た自社製のスイーツをはじめオリジナル商品を多数製
造販売されている老舗専門店です。
その時、若きI社長がお気に召したかどうかは聞き逃しま
した。しかし後日談ながらアンリさんも何故人気のきのこ
パイをやめてしまったのかタバコ屋は不思議でなりませ
ん。
(関連記事:千葉・東京巡礼 vol.2:銀座界隈参照願い
ます)

余談ながら、芦屋といえばタバコ屋の古くからのお取引
先であるいかりスーパーさんも芦屋が本店でその品揃
え内容は自社製造品が70%以上でほとんどがオリジナ
ル商品という異色のスーパーとして有名ですよね。
アンリさんといい、いかりさんといい、芦屋という土地柄
がこういうハイカラなお店や個性的でハイクオリティな商
品を生み出すのでしょう。
(関連記事:ヤマトとラムネ参照願います)

蛇足ながら、芦屋へはいかりスーパーさんとの商談で何
度も足を運んでいますが、実はそれ以前にタバコ屋の大
阪船場のお取引先で衣料品問屋のY社とはじっこんにし
ていたのですが、ある日、そこの社長さんが日頃のお礼
の意味で芦屋の自宅へ泊まりに来ませんかとお誘い頂
きました。若かりしタバコ屋は喜び勇んで同行したのは
言うまでもないことですが確か黒塗りのクラウンロイヤル
サルーンで社長さん自身のドライブだったと記憶してい
ます。
芦屋高級住宅21
おじゃましてビビリました。そこは芦屋の山の手にある高
級住宅街の一角でしたが、豪邸でした。その社長さんは
阪大卒業後、丸紅に奉職されましたが後に家業の衣料
品問屋(寝具、布帛類)を継がれたとお聞きしました。
ご馳走で歓待を受け竜宮城の夢見心地で一夜を過ごし
た訳ですが、ひのきの香りが漂うお座敷で泊まらせて頂
き、芦屋というところは関西の上流階級の方々が住んで
いる場所であることを体で体験した貴重なひと時でした。
尚、その後大阪船場も不景気となりそのY社も廃業され
貸ビルとなってしまったのは残念です。

お菓子の話がとんでもない方向に脱線してしまいました。
まだまだ最中や羊羹あるいはゼリーなどのこともお話し
たいと思いますが今日はひとまずこのくらいにしたいと
思います。これらの思い出や体験が今後のスイーツ開
発に役立つのかどうかわかりませんが、コンセプトを明
確にするという作業には若干の手助けになるような気が
します。


島のスイーツ開発 vol.1:プロローグ

平成25年8月24日
島のタバコ屋がお菓子に挑戦
話せば長くなるのですが、島のタバコ屋が経営するスー
パーは昭和53年(1978年)にオープンしました。それ以来
30年以上の長きにわたり島で唯一の洋菓子屋「フランセ」
さんはテナントとして営業してきました。若い頃東京で修
行されたご主人の腕は確かで、舞台裏から褒めるようで
言いづらいのですがふんわか柔らかショートケーキの味
は島の洋菓子屋さんとは思えないほど洗練されていまし
た。
フランセ店舗1
ところが一昨年、晴天の霹靂とはこのことでもう廃業する
と言い出したのです。何も問題はなかったのでしたが、
もうのんびりしたいとのことでした。お年も70才前で引退
とはちと早すぎると思いましたが、どうしても辞めたいと
の一点張りで引き止めることは出来ませんでした。ご主
人の趣味は囲碁だそうですが、これからを囲碁三昧で
過ごすにはもったいないと思いました。
IMG_0706.jpg
タバコ屋をはじめ島の女性方のお気に入りだったショー
トケーキです。それ自体はどこにでもある種類のものでし
たが、お味が抜群で固定客が沢山ついていただけに残
念でした。
媛みかん1
また「フランセ」さんは島で唯一のお土産菓子といっても
いいようなお菓子を販売していました。「媛みかん」と名
付けられたそれはスポンジケーキの中にみかんのピー
ルを刻み込んだシンプルな焼き菓子でしたが、盆暮れ
の帰省客の方々には中島の特産品でもあるみかんに
ちなんだお土産菓子として随分喜ばれました。
媛みかん3
商品自体はともかく、タバコ屋はそれ以前よりジュースや
ジャムの自家製造と販売を手掛けていましたので、パッ
ケージングに関してはかなり物足りないものがありました。
島の洋菓子屋さんゆえ、あまりハイカラなのも違和感が
出るでしょうが、田舎は田舎なりにもう少しインパクトの
あるデザインがしてほしかったです。
ま、お金も掛けてないでしょうし、30年も続いたお土産の
定番ですからこれはこれで良しとしておきましょう。

さて犬のお巡りさんなら困ってしまってワンワンワンで済
むのですが困り果てたのがタバコ屋です。一大事です。
このままだと島のお土産菓子が消滅です。有償で結構
なので技術をうちの社員に教えてほしいとご主人にお
願いしましたが、それもダメでした。かくなる上の選択肢
はもう自社開発するしかありません。

そこでハタと思い出したことがありました。実はタバコ屋
は「たんぽぽ」という社名の葬儀社もやっているのです
が、ご葬儀の会葬のお土産にマドレーヌがよく使われて
いたのです。これは島のもう一軒のお菓子屋さん兼よろ
ず屋さんのような店で作ってもらっていました。
そうだ、これに工夫をして中島の新しいお土産にしようと
思い立ったのです。Kさんという高齢のガンコおじさんは
最初渋っていたもののこちらの熱意に負けて、中島産
いよかんのピールと果汁を利用した特製マドレーヌを作
ってくれることになりました。
(関連記事:あこがれの宮島参照願います)
IMG_0650.jpg
最初の試作品にて何やら見かけが悪いですが、コンセ
プトは明快で中島産のいよかんピール(皮の甘煮)と果
汁を使った焼き菓子ということで、具体的にはスポンジ
生地の中にピールの刻んだものを練り込み、表面には
スライスしたピールをトッピング、また香り付けにいよか
ん果汁を生地の中に少量加えるといった内容です。
このままではダメなので、ガンコな親父さんをなだめすか
して味を変更したりピールをもっと使って、外観にボリュ
ームをつける等の改良を重ね、概ね満足のいくレベルに
仕上がりました。
中島いよかんマドレーヌ1
ここまでは何とかたどり着きましたが、幸いパッケージ袋
や箱は以前たんぽぽ葬儀社でギフトとして使っていた規
格のものがそのまま同サイズで使えそうなので余分な心
配をしなくてすみました。

さて問題はネーミングとパッケージデザインです。ここで
も以前からお世話になっている広島のデザイン会社であ
るギミックさんの小原さんにお願いすることにしました。
小原さんは中島にも何度か来て頂いており、またご専門
が地域情報誌の制作なので、島のお店はすでに全部取
材調査済みでした。ここだけの話ですが彼は、昨今全国
的に有名になりつつある広島県三原市の「八天堂」さん
のクリイムパンその他の商品開発を成功させた影の仕
掛け人で、その実力はハンパではありません。
IMG_1531.jpg
タバコ屋が以前フランセさんの「媛みかん」でそのパッケ
ージングに何か物足りなさを覚えていたモヤモヤを小原
さんは見事に吹き飛ばしてくれました。期待していたイメ
ージ通りのデザインです。
ネーミングは「中島いよかんマドレーヌ」に決定、そのパッ
ケージデザインコンセプトはずばり「何故かしみじみ懐か
しい」、即ち昭和30年代の3丁目の夕日のイメージです。
中島いよかんマドレーヌ2
商品個々に貼るシールはもちろん、化粧包装紙、しおり
に至るまで昭和レトロのほのぼのイメージで統一されて
います。GOODです。タバコ屋は大気に入りです。
ついでながら、小原さんはこの際お菓子屋らしい店名を
と「希望の島本舗」というネーミングとロゴデザインを考案
してくれました。
尚、希望の島本舗のキャッチフレーズは、「お口の恋人」
ロッテの玉置さんのパクリでもないですが「お口に広がる
瀬戸内海
」です。これもすごく気に入っているコピーです。
手前味噌ながら、TOTOさんの傑作コピー「お尻だって
洗ってほしい」にひけを取らない出来栄えだと思います。
ちなみに「お尻だって・・・」の傑作コピーは京都出身のコ
ピーライター仲畑貴志さんの作品であること皆さんご存
知でしたか。
(関連記事:お尻だって洗ってほしい参照願います)
マドレーヌ売場3
さて半年以上かかった島のスイーツ開発はいよいよ発
売の運びとなり、タバコ屋のスーパー店内で商品を並べ
る前にいろいろ陳列のテストをしているところです。
これで、お土産が消滅するという恐怖からは開放されま
した。日持ちがするといっても生鮮食品に変わりはなく、
これからは不良品を出さないよう品質管理に気を配らな
くてはなりません。さあいよいよこれからです。

次回はスイーツ開発第2弾についてお話させて頂きます。
今日はこのあたりで・・・。


近未来カー

平成25年8月10日
ブログ開設一周年及び閲覧者8,000人突破記念号】
思えばちょうど一年前の今頃、自社のHPや楽天での店
舗以外に自分で気ままに思いの丈を書き綴り、しかも親
しい方々にも見て頂ける様な媒体はないものかと思って
いたところブログなるものがあることを知り、広島でデザ
イン等お世話になっているG社にご相談したところ、聡明
な社員のM子嬢から手ほどきを頂き60の手習いにてスタ
ート致しました。1年間やってこれたこと、G社のO編集長、
M子嬢はじめ、つたない記事を読んで頂いた全国の読者
の皆様に感謝したいと思います。
今回はブログ一周年を記念してということでもないのです
が伊勢巡礼の記事の後なのでタバコ屋はやや神がかっ
てはいるものの違う話題を取り上げてみたいと思います。
コーヒータイムならぬ冷抹茶タイムとしませんか。
アテン神5
伊勢巡礼でやたらアマテラスやら古代エジプトのアテン
神やら太陽の神様が出てきた訳ですが、近年太陽エネ
ルギーの有効利用が見直され、その一例としてソーラー
パネルによる太陽光発電が行われるようになりました。
ソーラーカー1
近未来のジドウシャを考える場合、その動力源として太
陽光発電による電気でモーターを駆動するソーラーカー
が考案されました。
一種のEV(電気自動車)な訳ですが、現状の実用車では
ソーラーパネルはまだ電力が弱く実用的ではないので
使用せず、バッテリー(蓄電池)にためた電力で走行する
ようになっています。それをガソリン自動車と併用してい
るのが現在主流となりつつあるハイブリッドカーと言われ
るものですよね。この分野の技術では日本は世界のトッ
プに立っています。嬉しいことです。
ソーラーカー3
写真はHONDAがオーストラリア大陸横断ソーラーカー
レースのために開発し優勝もしたオクルマですが、その
上の東海大学チームのクルマと合わせて競技用のオク
ルマでありとても実用車とは言えません。いずれ高性能
なソーラーパネルが発明され実用的なソーラーカーの時
代が来るかも知れません。
どうでもいいことですが、東海大学のいかにも素人くさい
デザインに比べてクルマ作りのプロであるHONDAのデザ
インは垢抜けています。これが出来るのに実用車はどう
してあの醜いガンダムデザインになるのか、タバコ屋は
理解が出来ません。
近未来カー1-1
いきなり荒唐無稽な写真ですみません。これは一種の
パロディなんでしょうが、車体が地上から浮いて走るとい
う発想はとても魅力的だと思います。
蛇足ながら写真のオクルマはアメリカの老舗メーカー、ク
ライスラー社が平成17年(2005年)にリリースした「300C」
というセダンで、たそがれのクライスラー社にあって唯一
売れ線のオクルマです。かの有名なアイアコッカ氏が社
長をしていた時代は鼻息荒かったのですが「驕る平家は
久しからず」といったところでしょうか。
尚この浮き上がるクルマについてはクライスラー社は何
もタッチしていないと思います。現実かどうかもわかりま
せん。
リニアモーターカー3
地上から浮いて走ると言えば元祖は「リニアモーターカー
」でしょうか。長い実験期間を経て次世代の新幹線に採
用されようとしています。そのメカニズムと言いますか磁
力の反発を利用して車体を浮かせるという発想が魅力
的で、リニアカーはレールの代わりのベースと車体に反
発の仕掛けがしてあるのでしょうが、もし近い将来地球の
磁場に反発する物質が発明されればそれを車体に取り
付けるだけでよく、あとは前進後進のための推進エンジ
ンを考えれば良いということになります。
近未来カー5
このチンケな乗物はアメリカのテレフギアという会社が
作った空飛ぶ自動車だそうですが、実際どういくしくみな
のか、市販されるのかどうかもわかりません。タバコ屋の
私見ではジドウシャは何も高い空を飛ぶ必要はなく、ただ
地上から少し浮いて走るだけでいいと思います。
近未来カー27
日本では昭和53年(1978年)に初公開され、空前の大ヒ
ット映画となった皆さんご存知のジョージ・ルーカス制作
スターウオーズ」です。
映画の説明はくどいでしょうからやめておきますが、実は
地上を浮いて走るノリモノがこの映画に出てきましたよね。
勇ましい戦闘機とかではなく、ルークがゲタ代わりに乗っ
ていたアレです。
近未来カー23
その名は「ランドスピーダー」と言います。まさしくこのマ
シンは地上から浮き上がって空間を自由に移動出来る
夢のノリモノです。
スターウオーズロボット2
確か映画では若きルークがR2D2やC3POやらのロボット
を乗せて砂漠の中をスイスイ走っていたのが印象的でし
た。エキゾースト音もシュイーンとかいう感じでタバコ屋
の赤いお嬢さんZのような爆音はせず、極めて静かでし
た。ただし競走となると赤いお嬢さんなどはいくらソレック
スで武装しようとも、あっという間に後ろの方に取り残さ
れる結果となるでしょうが・・。何しろ相手はタイヤという
抵抗の塊みたいなものがありませんから。
ランドスピーダー5-1
このようなノリモノが実現するとなると、それを取り巻く
インフラや自動車産業そのものに大変革が起こります。
ブリヂストンさんには悪いですが、まずタイヤが不要です。
ショックアブソーバーも不要となりカヤバさんなんかは転
職を考えたほうが良くなります。逆に磁場に反発する反
重力装置のメーカーは笑いが止まらないどころか生産が
間に合わず半泣きとなるかも分かりません。
近未来カー20
夢のノリモノ「ランドスピーダー」はタバコ屋がイメージす
る近未来のノリモノにドンピシャでお気に入りの一つです。
ちなみに後ろに並んでいるのはかつてのドリームカー「デ
ロリアンDMC-12」ですが、当時の新興メーカーでタバコ
屋のお気に入り、ジウジアーロがデザインし、メカの設計
はロータスが担当しました。しかし新興メーカーの悲しさ、
品質の悪さで短期間のうちに倒産してしまいました。
近未来カー7
現実に戻ります。まるでマグロのような奇妙なノリモノで
す。実はアウディとイタリアの大学が共催したデザインコ
ンペで最優秀となった作品で、トルコの若きデザイナー
カジム・デューク氏によるものです。コンセプトモデルなの
で詳細はよくわかりませんがどうも一種のホバークラフト
らしく、地上から浮いて走るというコンセプトはスターウオ
ーズの「ランドスピーダー」と同じです。
近未来カー6
そのリアデザインも超個性的かつ十分近未来的でインパ
クトがあります。ホバークラフトなので浮くのでしょうが推
進装置はどうなっているんだろう。
近未来カー11
タバコ屋はマグロかと思いましたが、ネーミングはシャー
クとなっていますので、サメをイメージしたものでしょう。
とにかく今まで見たこともないようなノリモノです。
またもやドイツ野郎に先を越されて悔しいですが、アウデ
ィもなかなかやるもんです。これを本気で発売しようとして
いるのであれば敵ながらアッパレと言わざるを得ません。
ソーラーカー6
我がHONDAよ、ソーラーカーではあれほどGOODデザイ
ンかつ高性能なものが作れるのだから、今度はアウディ
をあっと驚かすような「ランドスピーダー」を発明して下さい
よ。向こうがサメならこっちはヒラメでもエイでも何でもいい
ですから。

(尚、写真の一部はウィキペディア他から流用させて頂き
ました。またメーカーの思惑等についての記述はタバコ屋
の個人的見解であることをご了承願います。)


伊勢巡礼 vol.3:太陽の神

平成25年8月6日
第62回神宮式年遷宮 御白石持行事】によせて
伊勢巡礼2日目はいよいよ本命の「お白石持行事」に参
加です。皆さんよくご存知でしょうが、知らない方のため
に若干の説明を致しますと、これは一連の遷宮諸行事
のひとつであり、新しい御正殿の敷地に敷き詰める「お
白石」を奉献する民俗行事で、宮川より拾い集めた「お
白石」を奉曳車・木そりに乗せ、沿道や川を練り進み神
域に入ってからは、一人ひとりが白布に「お白石」を包み
遷宮後は立ち入ることの出来ない新宮の御垣内、真新
しい御正殿の近くまで進み、持参した「お白石」を奉献す
る行事です。
天照大御神1-1
神道は伊勢神宮「内宮」がお祭りする神であり天皇家の
祖神でもある「天照大御神」を中心に八百よろずの神々
で構成されていますが、この天照大御神は太陽神であり
神話のイメージとしては女性神であるようです。
天照大御神2
日本の古代神話「古事記」における「天岩戸(あまのいわ
と)」伝説はあまりにも有名なので説明の必要もないでし
ょうが、太陽神である天照大御神の弟スサノウノミコトが
乱暴を働くので腹を立てたアマテラスが天岩戸に引きこ
もる訳ですが、この世が闇となり災い多く困った八百よろ
ずの神々が天岩戸の前でダンスを踊って騒いだところ
(神楽の起源)何ごとかと思ったアマテラスが天岩戸から
出てこられ、高天原(タカマガハラ)は再び光に包まれた
という、太陽神の伝説にふさわしい物語です。
ツタンカーメン2-1
話は飛びますがかの有名なツタンカーメン王が生きた時
代のお話です。気が遠くなるようなはるかな昔、紀元前
14世紀、日本ではまだ縄文の長き原始の時代が続いて
いた頃、古代エジプトでは一大文明が栄えていました。
第18王朝の王(ファラオ)でツタンカーメンの父であった
アメンホテプ4世はそれまでの国教であるアメン神(太陽
神の一種)を中心とする多くの神々を祭る原始多神教か
ら、太陽神の一種ではあるもののややコンセプトの異な
るアテン神(タバコ屋はその違いについての説明が出来
ないので早稲田の吉村教授にお聞き願います)のみを
祭る一神教に改めました。一種の世界初の宗教改革
言えるでしょうが、自分の名前もアクエンアテンとアテン
神にちなんだ名前に変えるほどの懲りようでした。
アテン神1
しかしいつの時代でも出るクギは打たれるもので、その
息子であるツタンカーメン王の時代には神官達、抵抗勢
力の圧力により再びもとの多神アメン教へとリバウンドし
てしまいました。ことの是非はともかく、時代は1,000年以
上離れ、エジプトと日本の違いはあるにしても、古代より
太陽が崇拝の対象であったことは共通しています。
モーゼ3
またもや話が飛びますが、そのツタンカーメンの時代か
ら1世紀ほど後の時代にモーゼと言われる預言者が現
れました。ヘブライ人ともユダヤ人とも言われていますが
数奇な運命を経て、一種の民族指導者として当時の奴
隷階級であったヘブライ、ユダヤ人をエジプトから脱出
させ、途中紅海の奇跡が起こるなど苦難の旅を重ね理想
の地(カナン)を目指したと「旧約聖書」の「出エジプト記」
に書かれています。そもそもモーゼのエジプト脱出があっ
たのかどうか、また出エジプト記の時期やその時のファラ
オが誰であったのかについては諸説あり本当のことは
わかっていません。宗教の恐ろしいところは、たとえそれ
がフィクションであっても真実としてただ一心に信じなさい
と断定することです。

余談ですが、アメンホテプ王が推進したアテン神信仰(一
神教)はその子ツタンカーメンの代に元のアメン神(多神
教)に戻されたのですが、当然アテン神信仰グループは
アメン派から迫害される訳で、実はモーゼはエジプト人
でありそのアテン神信仰をユダヤ人達に伝え広めたため
に危険人物とされユダヤ人とともにエジプトから追放され
たのではないか?。アテンを信じたモーゼの教えが、後
のユダヤ教の唯一神ヤハヴェやキリスト教のゴッド(ゼウ
ス)の一神教の概念に繋がったと大胆な推測をする人も
います。
話が大分それました。伊勢神宮「お白石持行事」に戻り
ます。
IMG_2607.jpg
当日朝はホテルで朝食を取っていたのでは間に合わな
いのでバスの中でお弁当が支給されました。これを食べ
ながらいざ出陣と気分は高まります。
IMG_2608.jpg
「内宮」のおかげ参道と呼ばれるメインストリート目指して
この地下道をくぐり抜けます。
IMG_2611.jpg
現場は早朝だと言うのにすでに熱気で溢れていました。
タバコ屋にとっては見るもの聞くもの初めてのものばか
りで、しばし見物したかったのですが、所定の場所(お白
石が入った樽を満載した台車?の引き手が全部で4隊あ
る内の1番隊先頭グループ)へ移動しなくてはならず先を
急ぎました。
IMG_2710-1.jpg
その認識票です。「奉御白石」と書かれており上に玉が
1個付いているのは1番隊であることを表しています。
IMG_2614.jpg
台車の構造は極めてシンプルかつ頑丈なもので、オクル
マの専門用語で言えば、2輪リジッドアクスル(固定懸架)
方式でサスペンションがなく、車輪も木製の輪っかにタイ
ヤを巻いただけの、よく言えば伝統にのっとった、悪く言
えば稚拙な形式のものでした。積荷が石なのでこれでよ
いものの人間では乗り心地が最悪で乗れるようなしろも
のではありません。
また方向転換装置もなく前後八方に伸びた白綱で引っ
張りながら方向を保ちます。500年以上も続く伝統行事で
あり有形文化財として当初の姿を残していくべきものな
のでしょう。
IMG_2617.jpg
引き手の配置完了です。皆さん朝日がガンガン照りつけ
る中、本番を控えて緊張気味です。
IMG_2619.jpg
高ぶる気落ちを和ませてくれたのが、近在の有志の方々
による木遣り甚句のパフォーマンスでした。多分これも
我々同様ご奉仕で練習を重ね本日に至ったことでしょう。
同志社チアガール1
蛇足ながらタバコ屋の母校である同志社大学体育会で
はこういう場合、妙齢のチアガールなるお嬢さん達が、
悩ましい太ももをあらわに目一杯跳ね上げて踊ってくれ
るのですが、ここは神聖なる太陽神「天照大御神」のお膝
元ゆえそういう訳にはいきません。
IMG_2622.jpg
具体的には全身白装束の「特別神領民」数千人がこの
白綱を持ちいっせいに引っ張ってこのおかげ横丁参道
を練り歩き「内宮」を目指します。
IMG_2628.jpg
創業宝永4年とありますから今から300年以上も前、江戸
時代初期の頃、江戸で三越の前身である越後屋が江戸
本町で小さな呉服店を開業した約30年後になりますが、
ここ伊勢の地で「赤福」が誕生しました。ここは本店と思し
き店ですが以来全国から来るお伊勢詣での参拝客に親し
まれ今では有名ブランド品として全国にその名が知られ
ています。

ついでながら、その越後屋の創業者、三井高利も伊勢
松阪の出身でこの地方は当時からそういったベンチャー
ビジネスを輩出する気風があったのかも知れません。
ちなみに流通業界で日本最大となったイオングループの
前身ジャスコのそのまた前身である岡田屋呉服店は同
じく伊勢四日市市が創業の地であり、伊勢の地は「神道」
だけでなく近江商人と並ぶ「革新的商人」輩出のメッカで
もありました。
(関連記事:千葉・東京巡礼vol.2:銀座界隈参照願います)
赤福5
商品は極めてシンプルで要するにあんころ餅でそのネー
ミングに際してはあんこを餅でくるんだ大福に対し、赤い
あんこでくるんだ餅なので赤福と命名したとか、ダジャレ
にもならない由来です。しかしそのお味の方は飽きが来
ないように長年研究が重ねられ今日に至っています。
日本神道のメッカである「伊勢神宮」を背景としたこの「赤
福」にはブランド品としての必須条件である物語性(アイ
デンティティ)は十二分だと思います。
H7第9回F1日本GP2
余談の裏話になりますが、日本で始めてF1-GPが開催
され、その後下火になったとはいえ現在も開催されている
国際レーシングコース「鈴鹿サーキット」は伊勢の北方に
ありタバコ屋が長年通った聖地でもあります。そこのお土
産ショップで初めて赤福なるものを知ったのでしたが、飛
ぶように売れているのを見て、最初は指をくわえているだ
けだったものの数年後一大決心をしHONDAの施設購買
課と掛け合い、我がふるさとの「中島みかん」を売らせて
もらうことに成功しました。よく売れたのですが、そのうち
購買本部が栃木県に新設されたツインリンクもてぎに移
転するのを機に、この出張販売は立ち消えとなりました。
若き日の気負いの物語です。
F1マクラーレンホンダMP4・5-2
ちなみにF1-GPは3日間開催され、決勝レースの日は入
場者数が15万人程度だったと記憶しています。一過性の
興行とは言うものの当時の若者にとっては一種の宗教も
しくは熱病のようなものだったと思います。写真は「瑞穂
の国」で生まれ、世界に羽ばたいた我が日本のHONDA
がマクラーレンとコラボで世界の強豪を蹴散らし破竹の
快進撃を続けていた頃の1シーンです。尚パイロットは
不世出の天才ドライバーであった若きアイルトン・セナで
あることを申し添えておきます。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.4:絶頂期参照願い
ます)
IMG_2636.jpg
さて再び「お白石」の行進です。途中には伊勢神宮御用
達と思しき老舗酒造メーカー「白鷹」の店(本社は西宮市)
もありました。
IMG_2637.jpg
やや意外だったのが、ファミマのショップがあったことで、
そこはよく考えられていて、看板や、店舗入口はこの参
道のクラシックなイメージに合わせたデザインがなされ
ていました。感心!。
IMG_2642.jpg
ゴールが近くなってきたところに、これも老舗と思しき「岩
戸屋」さんがありました。お土産と食事の大型店舗で我々
の指定昼食場所でしたがそれよりも店のキャラクターで
あるこのお多福さんがとても気になりました。広島のオタ
フクソースさんのキャラと似ていなくもないような・・・。
IMG_2646.jpg
いよいよゴールです。えんや、えんや、の掛け声で白綱
を巻き取っていきます。
IMG_2649.jpg
これより正面エントランスゲートをくぐり、五十鈴川に掛か
る宇治橋を渡って「内宮」へと向かいます。
IMG_2651.jpg
途中「外宮」と同じように神楽殿がありお札やお守りの販
売所もありました。チラッと見ただけなのですが「天照皇
大神」と書かれた掛軸に数万円のプライスタグが付いて
いました。
お白石2
途中で「お白石」を受け取りお祓いを受けて「御正殿」へ
と進みます。今回はわが中島軍団の一部のお方が途中
で違う方向に進まれあわや「お白石」を受け取らずに「御
正殿」へ進みかけ、慌てて引っ返し、事なきを得たハプニ
ングもあり、中々波乱に富んだ道行きとなりました。
IMG_2655.jpg
この総ヒノキ作りのエントランスゲートより中が「御正殿
の神聖域となりものものしい警備の中、撮影は一切禁止
です。
お白石持行事2
タバコ屋が撮影した訳ではありませんが、我々もこのよ
うにして敷地内にそっとお白石を奉納し、今回のご奉仕
の主目的である「お白石持行事」を無事終えることが出
来ました。
IMG_2656.jpg
出口ゲートですが、信仰心の厚い方が多く静かに拝礼し
て立ち去る方が多く見られました。
IMG_2669.jpg
皆さん一大イベント行事を無事終え、特設テントで一休
みです。お茶はもちろんお菓子やフルーツも振舞われ、
地元スタッフの方々のとても親切な応対に感激しました。
なお熱中症対策としてコース途中でポカリスエットや冷茶
があちこちで振舞われ、また空きボトルも片っ端から回
収されていてその手際の良さと言うか配慮の数々にタバ
コ屋は脱帽でした。とにかく数千数万の人が集結してい
るのにどこにもチリ一つないのですから。
IMG_2670.jpg
また休憩中は近在の方々が木遣り甚句のパフォーマン
スを披露して頂き、皆をねぎらってくれました。仲間の方
々と冷えたバナナを頬張りながらしばしの憩いです。
IMG_2674.jpg
例の岩戸屋さんで昼食のあと引率の大宮宮司さんのお
気に入りの店で、おかげ参道の中ほどにある赤福直営
の「五十鈴茶屋」に御案内頂きました。
IMG_2675.jpg
とてもシックで落ち着いた数奇屋造りのお庭付き座敷で
冷抹茶と赤福をご馳走になりました。宮司さんのお心遣
いに感謝です。
IMG_2677.jpg
その頃、隣の五十鈴川では近在の方々がお子達を交え
て「お白石」を樽詰めにして川沿いに続々と運んでおりこ
の界隈はもう伝統行事「お白石持」一色の様相でした。
まだまだ始まったばかりなのです。
伊勢神宮1-1
いずれにしても神道の聖地「伊勢神宮」に初めて参拝さ
せて頂いたことにより遠く縄文時代の自然崇拝や畏敬
に始まり、遥か中国雲南の地より起こった稲作文化の
日本への伝来を経て弥生時代の到来による太陽神「天
照大御神」を中心とする八百よろずの神々崇拝に至る
日本人の心の原点を垣間見たような気がしました。
瑞穂の国5
簡潔に言えば神道の原点は自然への畏敬、崇拝と恵み
(米)への感謝ではないでしょうか。また遷宮という極めて
ユニークなシステムには自然との共生という考え方が濃
厚に感じられ「瑞穂の国」日本のバックボーンになってい
ることは言うまでもありません。

かくして今回の聖地「伊勢」巡礼の旅は無事終わりました。
今回のご奉仕に特別の配慮を頂いた大宮宮司さんはじ
め、松山三津地区のお世話人さん、同行の先輩諸氏の
皆さんには感謝申し上げたいと思います。

(尚、写真の一部や歴史記述の一部はウィキペディア他
から流用させて頂きました。また特殊な歴史考察や宗教
観についての記述はタバコ屋の個人的見解であることを
ご了承願います。)


伊勢巡礼 vol.2:海辺の神々

平成25年8月3日
第62回神宮式年遷宮 御白石持行事】によせて
IMG_2578.jpg
午前中外宮参拝のあと、二見プラザという巨大なレスト
ラン兼お土産デパートで昼食をとり、午後は二見ヶ浦
浜参宮参拝です。レストランは2階にしつらえられており
1階のお土産デパートを通過しなければ上りも下がりも
出来ない構造になっていて上手く考えられているなあと
思いました。1階のお土産フロアには数え切れないくらい
の種類があり、全国からのお客様に対しこれでもかとい
った具合でやや食傷気味でした。もちろん「名物にうまい
もんなし」といった格言はここでもやや通用するかも知れ
ません。

余談ながら、我が中島にはお土産が極めて少なく、タバ
コ屋がやむにやまれぬ気持ちで開発に至った「中島いよ
かんマドレーヌ」以外はこれといったお菓子土産がなく、
タバコ屋は現在秘かにお土産スイーツ第二弾を開発しよ
うとしています。タバコ屋がお菓子の開発をするなんて少
しヘンだと思いませんか・・・。
もっともタバコ屋の仕入れ元であるJTもドリンクから冷凍
食品まで手掛けるご時勢ですから驚くにはあたりません。
IMG_2581.jpg
明治大正の風情の残る旅館や、まったく売る気のないよ
うな土産物屋が両脇にあるやや狭い道を通り抜けて浜
参宮を目指します。
IMG_2582.jpg
途中には明治の中頃に建てられたという賓日館(ひんじ
つかん)がありました。おもに当時の皇室をはじめハイソ
サエティ用の宿泊施設でしたが今はややくたびれてはい
るものの一般客用に開放使用されているようです。
IMG_2585.jpg
海辺の参道にやってきました。皆さんどこかで見られた
風景に似ていると思いませんか。そうです正解は「宮島」
です。タバコ屋が昨年訪れた宮島の海岸風景によく似
ていると感じました。左手に海、石灯篭に松並木、右手
は旅館と土産物屋、レイアウトもそっくりです。ただ伊勢
にはもみじ饅頭とお好み焼き屋さんはないようでした。
(関連記事:あこがれの宮島参照願います)

伊勢にしてもそうですが西日本特に瀬戸内界隈に住ん
でいる方々で宮島に行ったことがないのはタバコ屋だけ
ではないかと思われるくらい名所旧跡には縁がありませ
んでした。もともと嫌いだったせいもありますが、全国の
テーマパークや百貨店、スーパーやショッピングセンター
を見て回るのが好きでもあり性に合ってました。そちらは
かなり詳しいです。
IMG_2590.jpg
いよいよエントランスゲートをくぐって海辺の神様を参拝
です。ここにも狛犬は一匹もいませんでした。
IMG_2595.jpg
二見輿玉神社に参拝したあと、いよいよお目当ての夫婦
岩へと進みます。
IMG_2597.jpg
ここだけの話です。海辺の神様を参拝に来た海辺の民は
正直あまり感動がありませんでした。これくらいの岩なら
夫婦であろうが親子であろうが、タバコ屋の島の周辺で
見かけることが出来るのです。しかしここは西行法師の
仰る「何ごとのおわしますかは知らねども・・・」の伊勢の
国であり散在する神々の中の一つ、海辺の神様なので
有難く遥拝させて頂きました。

とにかくビックリしたのがこの周辺は神様だらけで、お聞
きすると天照大御神をお祭りする「内宮」またその身の回
りのお世話をする神様、豊受大神をお祭りする「外宮」を
中心にしてその周辺広範囲に神々の棲む社(やしろ)が
全部で125もあるそうです。こうなると「内宮」「外宮」の両
巨大百貨店を中心に、同系列の中小スーパー、コンビニ
が100以上集中出店しているようなもので、他の宗教なん
か入り込む余地がありませんよね。

一言で言えば「お伊勢ワールド」でしょうか。中世から江
戸時代にかけてはその「ドリームランド」を紹介したり、参
拝や宿泊のお世話等を引き受けた「御師(おんし)」と呼ば
れる旅行代理店のような業態が大繁盛した時代がありま
した。
IMG_2599.jpg
二見ヶ浦を参拝した後、同系列支店の一つである「伊雑
宮(いざわのみや)」を参拝しました。ここは唯一神田(し
んでん)を持ち毎年盛大な御田植式が行われるので有
名だそうです。
280px-Izawa-no-miya_01[1]
社殿は極めて清楚であり、神がひっそりと棲んでいると
いう感じを受けました。隣はまもなく行われる遷宮のため
の建替用の更地で、あくまでも清潔に掃き清められてい
ました。
IMG_2604.jpg
伊勢巡礼の一日目も無事終わり、ずっと南に下って志摩
スペイン村にほど近い伊勢志摩ロイヤルホテルに到着し
ました。明日はいよいよ内宮にて始まる「御白石持行事」
に参加します。その模様はvol.3にてお話致します。


(尚、文中の歴史や宗教観についての記述はタバコ屋の
個人的見解であることをご了承願います。)

★★島のタバコ屋の独り言★★
【7月31日:ああ創業100年】 島のタバコ屋、即ち富永呉服店が創業100年を迎えたことは先般お伝えした通りですが、皆さんよくご存知の世界的宇宙物理学者、故ホーキング博士によれば、100年なんて宇宙的時間軸で言えば、一瞬のまばたきに過ぎない訳で「島でのことも夢のまた夢」ということになりましょう。それはともかく4才の頃から道端の草にも「コンニチハ」なんて愛想を振り撒いて来たタバコ屋にしてみれば「店は客のためにある!」以上、未来永劫、店の続く限りそのテーゼを実践し続けるしかないのです。京都で300年続く老舗料亭、老舗呉服問屋もその志があったのかどうか、お聞きしたことはありませんが、当らずとも遠からじではないでしょうか。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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