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東京モーターショー異聞 vol.2:百花繚乱(前編)

平成25年11月30日
第43回東京モーターショーによせて
ここ数年景気の長期低迷と若者のクルマ離れにより自
動車産業は軒並み業績悪化や赤字に追い込まれ苦し
い戦いを余儀なくされて来ましたが、安倍政権発足以来
アベノミクス効果により俄然業績が回復し、以前の元気
を取り戻しつつあります。
第43回東京モーターショー
今年の第43回東京モーターショーもメーカーの業績をも
ろに反映しており、ここ数年は精彩を欠いていたものの、
今年は好景気と好業績を背景に各メーカーの鼻息は荒く、環境や省エネをテーマに
最新技術を駆使した自慢のコンセプトカーや発売予定車のオンパレ
ードとなり百花繚乱とも言えるほど華やかなものとなりました。
来場者数も20年前の200万人をピークに減り続け近年は80万人
止まりでしたが今回は場合によれば100万人の大台を回復するの
ではないかと期待されています。
以下、タバコ屋のガイドによる独断と偏見に満ちた第43回東京モー
ターショーのご案内を前編と後編に分けてお届けしましょう。
あくまでもタバコ屋の目に留まった限られた範囲でのご案内ですの
でそのことを最初にご了解頂きたいと思います。
前編はトヨタ、HONDA、ヤマハです。

トヨタ
ガリバートヨタは環境技術、省エネ技術、どれを取っても全方位で
先行しており、もうついて行けるのはHONDAくらいなものでは
ないでしょうか。
アクア3
写真は37km/Lという驚異的な燃費を誇りプリウスと共に今や
トヨタのドル箱となったアクアですが、かつて恐る恐る始めたHV
(ハイブリッドシステム)は今や主流となりつつあり、HV車でな
ければクルマにあらずという風潮さえ生まれつつあります。
トヨタFCV-5
次にトヨタが考えているのが燃料電池自動車(Fuel Cell Vehicle)
通称FCVで、これはハイブリッドとは異なり水素を燃料とした一種の
電気自動車なのです。具体的には燃料の水素を酸素と反応させて
発生する電気でモーターを駆動させるもので詳しいしくみはわかり
ませんが結果として排出するのは化学反応で出来た水もしくは
水蒸気のみと言う極めて環境にやさしい自動車であると言えます。
写真はトヨタのFCVコンセプトカーですが、デザインはかなりアクの
強いもので好みが分かれるところです。
トヨタFCV-4
皆さんも最近やたらと新しいメカが登場するので混乱するといけま
せんので、おさらいの意味で自動車の駆動方式についてのタバコ屋
なりのご説明をしておきます。(ここでは動力源のことをさします)
1.エンジンで動くもの
  A.ガソリンや軽油を燃料としてそれを燃焼させ動力源とするもの
  (例:レシプロエンジン、ロータリーエンジン、ジェットエンジン)
  B.水素を燃料としてそれを燃焼させ動力源とするもの
  (例:水素ロータリーエンジン、ロケットエンジン?)
2.モーターで動くもの(EV、FCV)
  A.蓄電池(電気を充電)から取り出した電気を動力源とするもの
  (例:ニッサンリーフ、三菱iMIEV)
  B.燃料電池(水素を充填)から取り出した電気を動力源とするもの
  (例:HONDAクラリティ、トヨタFCV)
3.エンジンとモーター併用で動くもの(HV:ハイブリッドカー)
  A.エンジンとモーター両方とも動力源とするもの
  (例:トヨタプリウス、HONDAフィット)
  B.エンジンは発電器として使いモーターで駆動するもの
  (例:アウディセダンの一部)
  C.コンセントから充電出来るタイプ(PHV:プラグインハイブリッド)
  (例:三菱アウトランダー)

細かく言えばまだまだ沢山あると思いますが大雑把には以上のよう
なものではないでしょうか。一部記憶違いによる間違った記述が
あるかもしれませんが読み物としてお許し願いたいと思います。
FCXクラリティ-5
さてトヨタとHONDAが今後力を入れようとしているのが一種の
EVであるFCVなのです。これは排出ガスを一切出さず、出るのは
水素と酸素が反応した後に出来る水だけという極めてクリーンな
近未来のシステムと言えます。ただ燃料が水素なので水素スタンド
の設置というインフラ整備が必要となり、ハイブリッドのように現在
すぐに使えるというものでなく、社会的な合意(コンセンサス)と
環境整備が必須であり、HVでも発売以来普及には16年も掛かっ
たことを考えると将来主流となるかどうかは全く不透明です。

タバコ屋は化石燃料が枯渇しないと考えており、そうなると莫大な
社会的コストを必要とするFCVよりもHVのさらなる改良を進めた
ほうが現実的だと思います。現に回生ブレーキ?(要するに減速時
エンジンブレーキが掛かる時のエネルギーのこと)を活用した発電
システムや蓄電池の飛躍的な性能向上によりその改良は着々と
進んでいるのです。
余談が長くなり退屈されたと思うのでお堅い話は以上に致します。
iROAD-1.jpg
トヨタの出品車でもう一つ気になったのが3輪EVであるiROADです。
これは以前の記事でもご紹介したのでご記憶の方もいらっしゃる
とは思いますが、全天候型の2人乗り高級ママチャリと言いますか
2人乗りマイクロスポーツカーと言いますか、使う方の用途により
さまざまな解釈が出来るフシギな乗り物だと思います。
iROAD-14-1.jpg
今回のモーターショーでは会場で実走行デモを行ったようです。
世にも不思議なこの乗り物を皆さん興味深々で眺めています。メカ的
にはそう複雑なものではなく要するにコンセプトが斬新なので、もし
これが実際に販売されたらヒット間違いなしと思うのですが・・・。
(関連記事:好みの基準 vol.3:レストアの時代参照願います)
タクシーコンセプト4-1
また変わったところでは、次世代タクシーのコンセプト車が出品され
ていました。フロントデザインは最悪なので見て頂く必要もないと
思いますが、全体の造形はタクシーに求められる機能をよく考慮
したものでグッドデザインだと思います。
タクシーコンセプト5-1
客室は左右スライドドアでリアの荷物室は跳ね上げ式のハッチバック
ドアとなっており、機能本位によく考えられています。
タクシーコンセプト9-1
肝心の客室は広々と開放的で、シートもスリムで機能的なデザイン
となっており、一般のセダンにも採り入れてもらいたいほどです。
タクシーコンセプト7-1
運転席も素っ気ないようでいてなかなかのもので、業務用とは言い
ながらシンプルかつ機能美を感じさせるデザインです。どうして
一般車にもこういうデザインテイストを採り入れないのでしょうか。
ま、実際は素っ気ないものは日本で売れないのかも知れません。
レクサスRC-1
トヨタの高級車チャンネル、レクサスで来年発売予定のRS300h
です。今主流となりつつあるハイブリッドカーで2.5L直列4気筒
エンジンとモーターの組み合わせによりこのミドルサイズスポーツ
クーペを活発に走らせるだけのパワーを生み出しています。
ただ、依然としてプレデター顔をレクサスの新しいアイデンティティと
信じて展開しつつあるのですが、ここだけの話、その品性のない
お顔は知的高所得者層には受け入れられないと思います。
(関連記事:好みの基準 vol.4:品性とダイナミズム参照願います)
レクサスRC-4
リアエンドのデザインも同様でとにかくテーマは目立つことのようです。
とても品性に溢れるデザインとは言えません。
レクサスRC-5
せめてもの救いはコクピットデザインで、機能性を前面に押し出した
スッキリしたもので、これなら妙に身構えなくても自然体でシートに
落ち着くことが出来ます。メーターも左にタコ、右にスピードの
アナログ表示メーターでオーソドックスながら好感が持てます。

HONDA
トヨタ同様、HONDAもHVの次に来る駆動システムはFCVだと
考えているようで、実はトヨタよりも早く研究を始めておりすでに
実験的な市販車としてFCXクラリティを完成させています。
FCXクラリティ-2
トヨタFCVの項でしくみはご説明したので、あとは社会の流れ
がどうなるかということで半ば様子見というところでしょうか。
FCXクラリティ-4
コクピットも外観に負けず劣らず最近のHONDA流近未来的な
デザインですが、ガンダム+家電製品のテイストはタバコ屋は
好きではありません。
FCEVコンセプト2
FCVにおいてトヨタより先行しているHONDAは2代目となる
FCEVコンセプトカーを東京モーターショーと同時に開催されて
いるロサンゼルスモーターショーで発表しました。未来的なフォ
ルムなんでしょうけどタバコ屋は好きになれません。駆け出しの
デザイナーの習作っぽいといったら言いすぎでしょうか。とにかく
無駄なラインを引きすぎるのです。結果、醜いものが出来上がる
という訳です。基本的にはいいデザインなのに残念です。
2L-VTECターボ1
FCVが近未来カーであるにしても、現実はハイブリッドが本命
でありさまざまな改良がされようとしています。HONDAはその
一次回答としてエンジンのダウンサイジング+ターボを打ち出し
ました。従来のターボは排気管の途中に巻貝のようなタービンが
付いておりそれによって空気を圧縮し吸気管に導く(過給する)
しくみでかなり大きなスペースを取っていましたが、今回発表
されたHONDAのターボエンジンはそのようなタコ足配管が見当
たらず、見たところエンジンにターボをくっつけて非常にコンパクト
にまとめています。このエンジンと電気モーターの組み合わせを
今後の主流にしようと考えているようです。
マクラーレンP1-6
もっとも、スポーツカーの最高峰の一つ、マクラーレンP1も排気量
こそ違え同じコンセプトにより同様の動力システム3.8Lターボ
エンジン+電気モーターを採用していますので用途は違うものの
ダウンサイジング+ターボ+モーターによるHVシステムと言うの
は一つの時代トレンドなのでしょう。ちなみにHONDAはこの方法
で軽に始まり1L、1.5L、2Lと展開していくようでやがては上級
の3.5Lまで拡大していくのではないでしょうか。
(関連記事:紅茶とハイブリッド参照願います)
HONDARA166(V6)-1.jpg
余談になりますが、2年後に復帰するF1で走る実験室を自認する
HONDAは1.6Lターボエンジンにより究極の性能を実証しようと
しています。写真は今から27年前の昭和61年HONDAがウイリ
アムズと組んで初めて世界チャンピオンを勝ち取った時の1.5L
V6DOHCターボエンジンRA166Eです。さて今度はどのような
ことになりますか・・・。
(関連記事:東京モーターショー異聞 vol.1参照願います)
S660-13.jpg
近々発売予定のHONDAビート後継車であるS660です。軽とは
思えないファッショナブルなデザインで、最近のHONDAデザイン
トレンドを採り入れています。
S660-8.jpg
リアもかなりアグレッシブなデザインで流行の最先端です。これは
これで若い人たちに支持されるのでしょうが、万博世代のタバコ屋
の感性ではもうついて行けなくなっています。非常にコメントし辛い
クルマで多分お値段は軽の枠を超えたものでしょうから、タバコ屋
の個人的な見解としてはライトウエイトスポーツカーの入門車として
外観もメカももっとシンプルにしボンビーな若者に安く提供すべきだ
と思うのですが、案外これ買うのは意に反してタバコ屋世代のおっ
さんだったりするんですよね。
ヴェゼル1
昔は新型車が発売されるとそれの派生車種としてクーペやワゴン
とかが定石でしたが、昨今では世界的な流行であるSUVが並行
して発売されるようになりました。新型フィットのSUV版が上の
写真のヴェゼルです。シビックのSUV版であるCRVの弟分として
ヴェゼルも多分ヒットするのではないでしょうか。
ヴェゼル2
デザインがどうのこうのという前に、まず流行りもののSUVを出さ
なくてはいけないのです。ショーバイですから。
ヴェゼル11
さすがNSXのデザイナーが関わっているだけあってコクピットも
以前のゴテゴテ風から大分改善されつつありますが、もう一歩
です。更なるリファインを期待したいところです。
(関連記事:感性の限界参照願います)

ヤマハ
4輪車が専門であるタバコ屋は今までヤマハを取り上げたことは
ほとんどありませんでした。ただし皆さんもご存知だと思うのです
が、あの不朽の名車トヨタ2000GTを企画し実際に製造したのは
トヨタの影武者ヤマハだったのです。
(関連記事:GTのお話 vol.1参照願います)
トヨタ2000GT-3
そのような輝かしい実績を持ちながら、4輪車にはその後ご縁が
なかったのか、参入する気がなかったのか、2輪車メーカーに徹
して来ました。今回異変が起こりました。4輪車への殴り込みを
発表したのです。
MOTIV7.jpg
MOTIV(モティフ)という不思議な名前の不思議な乗り物です。
どうも普通の自動車にもEVにもHVにも使える万能車体が売りの
ようで、メカの魅力が大きいとしてもこの変てこりんなデザインで
は売れるような気がしませんが、皆さんどう思われますか。
MOTIV10.jpg
これがその万能車体です。一般のクルマは現在モノコックボディ
が骨格になっていますがこれはレーシングカーなどで採用される
スペースフレームなのです。ヤマハらしくかなり凝ったやり方です。
どのようなパワートレーン、足回りにも柔軟に対応出来るのが
最大の長所で、多分普通のやり方では高価なものになるでしょう
からヤマハなりにコストを押さえた製造方法を考案したのでしょう。
これにはi-StreamというF1の設計思想が反映されているようで、
ちなみにその提唱者はかつてF1界で鬼才と言われた有名な設計
者ゴードン・マーレイで、その名を聞いてタバコ屋は仰天しました。
F1マクラーレンホンダMP4・4-1
マーレイはブラバム時代から傑出したF1設計者でしたが、その後
マクラーレンに移籍しあのHONDA快進撃の元となり年16戦中
15勝と言う驚異のポテンシャルを発揮したマクラーレンHONDA
MP4/4を設計したその人だったのです。もっともスチーブニコルズ
というパートナーと共同設計でしたが中心的役割を果たしたのは
ゴードンマーレイでした。軽量低重心のマシンコンセプトは大成功
を収めその結果としてマクラーレンとHONDAとアイルトン・セナに
世界チャンピオンのプレゼントをしたのは言うまでもないことです。
マクラーレンF1-1
マーレイは名作MP4/4の設計を最後にF1界から去り、その後
マクラーレン初のスーパーカー、F1(という名前)を設計しました。
浮世離れしたオクルマにて我々庶民には関係のないシロモノです
がマクラーレンはこのクルマのデビューでスーパーカーメーカーへの
仲間入りを果たしました。その後の後継車が上記のP1な訳です。

余談が長くなりましたが、そのゴードン・マーレイの設計思想が
採り入れられたヤマハMOTIV(モティフ)、まだプロトタイプなので
これから是非もっと魅力的なボディを再度デザインして頂き、さすが
あのトヨタ2000GTを作ったメーカー、ヤマハだと言われるような
個性的なクルマを発売してほしいと思います。今のままでは斬新
な基本シャシーとファニーな外観とがミスマッチのような気がします。
また今の今になって4輪車に参入する意味もないと言うものです。
TRICITYコンセプト1
それにも増して興味深かったのはこのTRICITY(トライシティ)で
いわゆる3輪バイクです。後ろ2輪の3輪バイクは今までも商用車
でありましたが、前2輪というのは大変ユニークです。
TRICITYコンセプト4
ヤマハはこれをバイクとして製品化し、一方トヨタは似たようなメカ
を3輪自動車として製品化しました。(トヨタの項、参照願います)
目論みはそれぞれなんでしょうが、さてヒットするかどうか。2輪
に大変疎いタバコ屋にもわかっていることは3輪バイクが前輪で
舵を切るのに対し、トヨタの3輪自動車は後輪で舵を切ることくら
いです。あまり無責任なことも言えないのでこれ以上のコメントは
控えさせて頂くことにしましょう。

以上片寄ったご案内となりましたが、紙数も尽きたようですので
前編はこのあたりで終わりにさせて頂きます。後編はSUBARU
ミツビシ等、皆さんの気になっているメーカーのご案内をしようと
思っています。お楽しみに。


東京モーターショー異聞 vol.1:20年前の出来事

平成25年11月24日
第43回東京モーターショーによせて
いよいよ今年の東京モーターショーが11月23日~12月
1日まで東京ビッグサイトで開幕です。今でこそ世界でも
有数の国際的モーターショーとなりましたが、第一回目
は何と昭和29年(1954年)!に全日本自動車ショウとい
う名前で、会場も東京日比谷の公園広場でつつましく
開催されました。思えば今から60年近くも前の出来事
です。
全日本自動車ショウ1
つつましくとは言っても10日間で50万人が押しかけたよ
うで、やがて迎えるモータリゼーションという熱病のよう
な時代よりかなり以前のお話ながら、娯楽の少なかった
当時としては格好のレジャーであったのかも知れません。
全日本モーターショウ2
余談になりますが、第一回の全日本自動車ショウをプロ
デュース(企画、立案)したのは、意外にも元日産宣伝
部社員で、その後アメリカ日産社長となり、やがてダット
サンP510ブルーバードやフェアレディ240Zをアメリカで
売りまくりダットサンブランドを確立、世界的ブランドに
育て上げた、片山豊氏その人でした。
写真はその会場風景ですが正面の戦士が車輪を引っ
張っているシンボルデザインは片山氏が手掛けたもの
だとか・・・。

ついでの裏話になりますが、フェアレディZの開発にあた
っては、当時気鋭の若手デザイナー松尾良彦氏がひそ
かに温めていたフェアレディZの原デザインを見てその
場で気に入り「これ買った!」と叫んだ話しは有名です
よね。その後片山氏はZの商品化を上層部に進言し発
売にこぎ着けるのですが、彼の予感(先見)は見事に的
中し、その後世界で最も売れたスポーツカーとして歴史
に名を残したことは知る人ぞ知る物語です。
(関連記事:荒ぶる心 vol.1:フェアレディZ参照願います)
ゴジラ1
娯楽と言えば当時はもっぱら映画鑑賞が主流で、日本
では懐かしい「ゴジラ」が封切られた年でした。ストーリ
ーは荒唐無稽な他愛ないものでしたが、その後シリーズ
化されたので、タバコ屋世代にはなじみ深いキャラクタ
ーです。
ローマの休日2-1
アメリカではその前年昭和28年(1953年)に、オードリー
ヘップバーン、グレゴリーペック主演の「ローマの休日」
がリリースされました。
これも現実ではありえない某国王女とそれを取材する
アメリカの新聞記者とのひと時の淡いラブロマンスを描
いた作品で、翌29年(1954年)には日本でも封切られ大
ヒットしたことは有名ですよね。
ローマの休日4
荒唐無稽なストーリーというのが大切なところで、観客
はその中でひと時の非日常的な夢を見る訳です。タバ
コ屋も含めて・・・。ペックとオードリーの何と若々しく初々
しいことでしょうか。
ローマの休日6
余談ながら、当時オードリーはまだ無名の新人で「ロー
マの休日」がデビュー作品だったのですが、その大ヒッ
トにより彼女は一躍トップスターとなり、夢ではなく現実
に映画界の女王となりました。
その清廉で知的な美貌はタバコ屋ならずともクラクラが
来てしまうのは無理からぬことです。

そんなこんなで娯楽の一つとして大人気となった全日本
自動車ショウですがその後東京モーターショーと改めら
れ、タバコ屋が同志社大学自動車部を卒業した昭和48
年(1973年)までは毎年開催されて来たものの、翌年オ
イルショックにより中止となり、それ以降は2年に一度の
開催となりました。
第29回東京モーターショー1
さて、話は20年前に溯ります。平成3年(1991年)のこと
ですが、その年はやや陰りは見え始めたもののバブル
の絶頂期であり、F1ではマクラーレン・HONDAが3.5L-
V12エンジンを搭載し天才ドライバー、アイルトン・セナ
を擁して4連覇を達成した頃の話です。(HONDAエンジ
ン自体は6連覇!)、ただこれが本当の絶頂期で、翌年
からは勝てなくなりバブルも終焉を迎えたためF1から撤
退することになります。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.4:絶頂期参照願
います)
IMG_3817.jpg
話しを東京モーターショーに戻します。当時開設されて
間もない千葉県の幕張メッセで、そのこけら落としともな
る第29回東京モーターショーが10月25日から15日間に
亘って開催されました。今から思うとその時の入場者数
は後にも先にも歴代最高で何と200万人以上が訪れた
そうです。
バブルを反映して各メーカーともコンセプトカーから発売
予定車からてんこ盛りで出品し、それを一目見ようと押
すな押すなの大盛況だった訳です。

タバコ屋はそれまで雑誌ではよく見ていたものの、実際
には東京モーターショーなるものには行ったことがなく、
半ば諦めていましたが、友人に誘われてだったのか自
分が意を決してだったのかもう忘れてしまいましたが、
そのモーターショーに行くことになったのです。以下は
その時の思い出話となります。
IMG_3818.jpg
当時から自称HONDA-PTA会長を自認していたタバコ
屋は迷うことなくHONDAコーナーへと向かいました。
そこには鈴鹿で見慣れたあのマクラーレン・HONDA-
MP4/6が誇らしげに展示されていて来場者の興奮を煽
るように仕掛けられていました。
IMG_3819-1.jpg
実は展示されていたのはF1だけでなく当時HONDAが
力を入れていたソーラーカーレースの世界大会優勝車
とその下には、記憶が曖昧ですが、1リットルのガソリン
で何キロ走れるかとかいうエコランレースの出場車?
だったように思います。(間違っていたらお許しを)
ともあれその3台が円筒形を半分にしたような所に飾ら
れていてかなり度胆を抜くディスプレイでした。芝居がか
った装置ではあったものの、HONDAとしては高性能の
追求と同時に環境への配慮や省エネへの取り組みもし
ていますよということを訴求したかったんだと思います。
(ソーラーカーの関連記事:近未来カー参照願います)
IMG_3822.jpg
二人の妙齢のお嬢ちゃんが、数十億円もするHONDA-
F1カーの横にお行儀悪く腰掛けているので、タバコ屋は
よっぽどそこからすぐに降りなさいと言いたかったので
すが、すらりと伸びたおみ足の露出が気になって、つい
言いそびれてしまいました。
IMG_3820.jpg
ウ~ン、どうにも思い出せないコンセプトカーです。プレ
ートにはEPXカーとなっていましたが、そのデザインモチ
ーフはその後のHONDA車にも反映されてないし、多分
コンセプトだけに終わった車だと思うのです。ちなみに
EPはefficient-personalの略で経済的で効率的なパー
ソナルカーとでも訳すのでしょうか。
IMG_3821.jpg
次はFSXと称するコンセプトカーでその後のHONDAの
セダンに採り入れられたデザインモチーフが随所にちり
ばめられており、こちらのほうが現実的でした。ちなみに
FSはfuturistic-sports-sedanの略で、近未来スポーテ
ィセダンのデザイン試作車ということだろうと思います。
IMG_3823.jpg
さて、今回の東京モーターショーのタバコ屋のお目当て
は実は発売間近の2代目レジェンドでした。その少し前、
雑誌等で既にアメリカでそれなる大型セダンがアキュラ
ブランドで発売されたことは知っていました。問題は日
本で発売されるかどうかだったのですが世はバブル期、
HONDAも大型セダンは不得意科目ではあったものの、
それまでローヴァーと提携してセダン作りのノウハウを
勉強して来たことやアメリカでBMW等ヨーロッパ勢を相
手に今後プレミアムセダンの領域でタフな戦いをしなけ
ればならないことを理解しており、2代目レジェンドのデ
ザインはアメリカンテイストながら国際的にも通用する、
当時の日本のクラウンやセドリックのお旦那仕様や、
お座敷仕様とは一線を画した意欲作であった訳です。
IMG_3824.jpg
タバコ屋は実車を見て、正直一目惚れ状態となりました。
サイズが全長5m近くありクラウンよりも一回り大きいの
で取り回しが難しいとは感じましたが、ボディデザインは
タバコ屋の好きな塊感があり、しかも無駄なラインがなく
またコクピットはヨーロッパ車を思わせるようにシンプル
かつ高質感があり、もう言うことなしです。
パワートレーンはどうもNSXと基本部分を共有している
らしく、V6-3.2LのSOHCながら非常にスムーズな高回
転が予想されるものでした。これは主戦場アメリカで直
接ライバルとなるBMW-5シリーズを意識したものである
ことは明らかで、日本での商売のことはあまり考えてな
いようです。それはデカすぎるボディサイズに明白でし
た。またシンプルなしつらえはタバコ屋の好みではあっ
ても一般の日本人好みではありませんでした。
IMG_3827-1.jpg
後のことながら、タバコ屋は東京モーターショーでレジェ
ンドの実車を見て以来、お気に入りとなってしまい思い
高じてとうとう購入するハメに陥るのですが、百聞は一
見にしかずという言葉を地で行ったような結果となりま
した。
写真はその納車時のもので色は上半分はガンメタで下
半分がシルバーメタ、またホイールは無理を言って選択
不可であったクーペ用アルミホイールを装着しています。
つまり日本でただ一台のレジェンドであった訳です。
店長に感謝。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)

かくしてタバコ屋は発売直前の2代目レジェンドにご対
面が叶い大満足にて、他のコーナーは見る気も起こら
なくなりました。ただ気はそぞろながらせっかく来たの
だから他社のコーナーも見て帰らねばもったいないとい
うものです。
IMG_3825.jpg
ベンツの2シータースポーツカーです。市販予定車では
なくNSXと同様ミッドシップレイアウトのコンセプトカーで
その後もこの形で発売されたような記憶がなく、単なる
ショーモデルだったのでしょう。
それ以外は写真に残っているものがなくやはりレジェン
ドを見た後は気もそぞろだったようです。もはやその記
憶さえもタバコ屋にとってはセピア色のレジェンド(伝説)
となりました。
青山本社ビル5-1
HONDAの青山本社ビルです。タバコ屋は東京モーター
ショーを見学した後、余勢をかって青山本社まで足を伸
ばしました。特別な目的はなかったものの自称HONDA-
PTA会長としては本社ビルも知らないようでは名が廃り
ます。
ちなみにこの立体的な(窓が凹んでいる)ビルは創業者
の宗一郎氏の発案で、地震の時に窓ガラスが地上に落
ちて外の人にケガをさせてはいけないという気配り設計
によるものです。流石ですがデザイン的にも、東京都内
で一際ハイセンスなビルだと思います。
IMG_3829-1.jpg
1Fのウエルカムプラザへ入った途端、タバコ屋は腰を
抜かしました。何とそこには歴代F1マシンと一緒に歴代
のHONDA-F1エンジンが所狭しと並べられていたので
す。それはもう関心のない方にはただの鉄クズですが、
HONDAファンにとっては宝石とも芸術作品とも呼べる
品々でした。
F1マクラーレンホンダMP4・6-1A
もう説明は不要ながら、写真後方はHONDAが初めて
世界チャンピオンとなった時のF1マシン、ウイリアムズ・
HONDA-FW11及びマクラーレン・HONDA-MP4/4、同
じくMP4/6と左から仲良く並んでいます。この3台で驚異
の6連覇を達成した訳ですが、それらのマシンに搭載し
たHONDA-F1エンジンを搭載年次順に言いますと
1.5L-V6・DOHCターボ、3.5L-V10・DOHC自然吸気、
3.5L-V12・DOHC自然吸気の3種のエンジンです。
クイズのようですがオクルマ好きの方ならどれがどれだ
かすぐに判別頂けると思います。また1.5L-V6・DOHC
ターボエンジンが2基ありますが、右がウイリアムズ用、
左手前がマクラーレン用です。尚、一番奥にはチラッと
初期のHONDA-F1に搭載された1.5L-V12自然吸気エ
ンジンも見えます。時間を忘れてしばしの間見学させて
頂いた後、後ろ髪を引かれるように青山本社を後にしま
した。
F1-4期復帰発表6
蛇足ながら、2年後には再びHONDAがF1にカムバックす
るようですが、その時は新しいレギュレーションにより
1.6L-V6・DOHCターボで参戦するのではないかと予想
されます。今時代はダウンサイジング+ターボがトレンド
になりつつあるのでその最先端技術をF1で競うことにな
ると思います。
ナチュラルハウス青山店1
後日談となりますが、この青山本社から西へ下った表
参道交差点のところにナチュラル・ハウスと言うオーガ
ニック食品専門全国チェーンの本社があり、ひょんなご
縁でタバコ屋の「フレッシュファクトリー」とお取引させて
頂くこととなりました。無農薬のみかんと自家製ジュー
スを買って頂いて来ましたが、つい最近残念なことにご
担当者が変わり、方針やお取引先も変更されるとかで
お取引が絶えることになりました。これも人生です。捨
てる神あれば拾う神あり、だれか拾ってくれませんかね。
フレッシュファクトリーロゴ1
ついでながらタバコ屋がやっている地元特産のみかん
に関わる事業は「希望の島」というブランド名なのですが、
会社名は「フレッシュファクトリー・トミナガ」という長たら
しい舌を噛みそうな名前です。
社名を付けた20年近く前の頃はファクトリーという名前
はオクルマ業界用語で一般の会社ではタバコ屋くらい
なものでしたが、最近はやたらとファクトリーという社名
が目立つようになりました。特にお菓子屋さん等に多い
ようですが、これも時代の流行でしょうか。
セゾンファクトリー
これは果物王国山形の高畠というところでジャムやジュ
ースを製造しているセゾン・ファクトリーさんのロゴマーク
ですが、全国の百貨店に出店しているので(京都では大
丸)ご存知の方も多いと思います。
タバコ屋は古くからのお取引先である東京のサン・フル
ーツさんのご紹介でご縁にさせて頂き、一度本社に訪
問したこともあります。ただ社名がよく似ているので、訪
問した時やや気恥ずかしい思いをしたことがありました。
コンセプトはどちらのファクトリーもよく似ており、作って
いるものも果物をベースにしたものなのでほぼ同じカテ
ゴリーで、東のセゾン、西のフレッシュといきたいところ
ですが、実力の差があまりにも大きく、タバコ屋は依然
として零細の域を出ることが出来ていません。

東京モーターショーのお話しがジュース屋のお話に脱線
してしまいました。今年の第43回東京モーターショーに
つきましては次回の記事にて詳しくお伝えしたいと思い
ます。お楽しみに。


オハイオの夢

平成25年11月14日
オハイオ・メアリーズビル」、HONDAとタバコ屋にとって
は特別の響きを持つコトバです。先日HONDAの創業者
宗一郎氏の右腕で2代目社長を勤められた河島喜好氏
が亡くなられたことは「独り言」のコーナーでお話ししま
したが、その河島氏が現役社長の時代にアメリカに工場
進出するかどうかの決断を迫られた時期がありました。
ホンダシビック8
それに溯ること数年前、昭和48年つまりタバコ屋が同志
社大学自動車部を卒業した年なんですが、(もちろんそん
な学部はありません)当時マスキー法という実現不可能
と思われるほど苛酷な排ガス規制をCVCCエンジンの開
発により世界で初めて見事にクリアしたHONDAはその前
年に発売開始したシビックに搭載し、おもにアメリカで爆
発的な人気を得ることとなりました。

余談ながらこのCVCCエンジンはそれまでのHONDAらし
いショートストロークの高回転馬力追求型とは180度異な
り、副燃焼室というユニークな二重燃焼室を持ち、ロング
ストロークで馬力を追求しないマイルドな性格を持ってい
ました。目的はクリーンな排気ガスを実現することであり
高性能追求ではなかったのです。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.3:混迷期参照願い
ます)
ホンダシビック1
排ガス規制をクリア出来なかったビッグ3は窮地に陥り、
リストラや規制緩和の陳情を行いましたが解決には至ら
ず、またHONDA以外でも小型で燃費の良いトヨタ、ニッサ
ン等日本車にシェアを奪われていきました。尤も、トヨタ、
ニッサンはエンジン本体での排ガス浄化が出来なかった
ので排気管の途中で触媒装置による排ガス浄化方式を
採りました。タバコ屋にとっては何かその場しのぎのやり
方に思え、一方HONDA方式はエンジン本体を改良する
もので、困難ながらも志の高さを誇らしく感じました。

その結果、アメリカ国内で労働組合を中心にジャパンバッ
シング
が起こり、日本車反対、輸入車反対の大合唱となり
ました。
それを打開するには日本メーカーがアメリカ国内に組立
て工場を作り、雇用を促した上でアメリカ車として販売す
る以外に手立てはありませんでした。
240Zモンテ8-2
その間ニッサンはP510ブルーバードやフェアレディ240Z
の国際ラリー等での活躍により販売でもアメリカで大成
功を収め、確固たるブランドイメージを確立しつつあった
にもかかわらず、間違ったブランド戦略によりダットサン
を廃止しニッサンに統一したため、販売はガタ減りとなり、
後発の新参者であるHONDAにシェアを奪われつつあり
ました。またトヨタは危険の伴うアメリカ工場建設には慎
重な姿勢をとっていました。
(関連記事:ブランドに秘められたもの vol.1:国産車参照
願います)
オハイオメアリーズビル工場6
そのような時代背景のもと、HONDA2代目、河島社長の
決断が迫られていたのです。誰が見ても安全で予測が
つくことを決定するのなら社長と言うものは要らない訳で、
こういう時の決断は随分苦しいものだったと思うのです。
オハイオメアリーズビル工場5
ただHONDAの強みは、それまで2輪車が本業であったの
で、まずバイクの生産でテストし、うまくいけばその後4輪
車を本格生産するというリスク分散をすることが可能でし
た。河島社長は決断し、昭和57年(1982年)日本メーカー
では初のアメリカ工場進出を果たしました。
オハイオ・メアリーズビル2
HONDAが工場進出したのはアメリカ東部五大湖の根っ
こにある自動車のメッカ、デトロイトのあるミシガン州の
南隣、オハイオ州メアリーズビルという町で当時の人口
がわずか7,000人余りと言うタバコ屋の住む中島に毛の
生えた程度の田舎町でした。
オハイオ・メアリーズビル
歴史のある町ではあったものの、HONDA進出のおかげ
で30年後の現在は人口が一気に増え22,000人と3倍にな
った訳で、神様、仏様、HONDA様と言ったところでしょうか。
まさしく現在はHONDAタウンと言ってもいいくらい活況を
呈しています。

ちなみにHONDAの組立て工場の場合、雇用者が大体
2,000人程度なので、やや荒っぽいですがそれに家族を
加えて3倍とすると6,000人がHONDAの関係者ということ
になり、メアリーズビルの3割にも達する人口です。
そこでのお買い物や各種サービス業への恩恵を加味す
れば、その町おこし効果は絶大で、また工場が町に支払
う事業税により住民の税負担は軽くなり、いいことずくめ
です。
タバコ屋の島にも本体工場はおこがましいながら、せめ
てママチャリ工場?でも出来てくれたら過疎の島とはお
別れすることが出来ます。
オハイオメアリーズビル工場9
ニッサンも後を追ってすぐにアメリカ・スマーナ工場を建
設するのですがトヨタは慎重で、まずGMと提携し共同
工場を作ったりして回りくどいことをしたような記憶があり
ます。
アコードハッチバック2
メアリーズビル工場開設当時に戻りますが、生産の主力
はシビックのやや後に発売されたアコードでした。大柄な
アメリカ人にはこのほうがジャストサイズであり、またシビ
ックの上級車種でもあったのでHONDAのイメージアップ
にも大きく貢献しました。
オハイオメアリーズビル工場10-1
写真はメアリーズビル工場のラインオフ第一号車、アコ
ードセダンでスピーチされているのは河島社長その人
です(ウーンお若い!)
その後アコードはアメリカで最も売れたミドルサイズカー
となりトヨタのカムリがそれに取って代わるまではアメ
リカ製日本車のベストセラーとなりました。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変暦参照願います)
NSXⅡ-31
突然の写真で恐縮ですがHONDAが近い将来発売しよう
としている次期NSXです。存在意義、デザインの良し悪し
は別にしてHONDAはこのオクルマを高級車販売チャン
ネルのアキュラにおけるフラッグシップカー(旗艦)として
売り出すつもりなのです。
(関連記事:燃えよ剣のNSXの項参照願います)
オハイオ・メアリーズビル工場2
問題はそれをどこで作るかということなのですが、アメリ
カ専用の販売チャンネルであるアキュラで売る以上、
アメリカで作るのが最上の選択でした。写真はそのオハ
イオ・メアリーズビル工場の正面に、誇らしく「新しいNSX
の近未来のふるさとはこの地です」という看板が掛かっ
ています。(タバコ屋の意訳です)
2代目レジェンド4
ちなみにタバコ屋のかつての愛車レジェンドは日本では
全く売れない代物でしたがアメリカでは結構人気があり、
次期レジェンドもNSXとパワートレーン等で共通性がある
と思うのでここメアリーズビル工場で作られるのか、ある
いは別の工場なのかその辺はわかりません。ただ日本
で作らないということだけは確かです。
(関連記事:好みの基準 vol.4:品性とダイナミズム参照
願います)
寄居工場7-1
またもや見慣れない写真で恐縮ですが、いきなり話は
日本へ飛びます。今年、平成25年の4月に竣工稼動を
開始したHONDA寄居工場です。
30万坪以上の広大な敷地に10万坪強という、気が遠くな
るような広さの工場が建設されました。年産能力20万台
といいますから年中無休として一日500台以上、時間当た
り20台!つまり3分に一台づつ完成するという、腰が抜け
そうなハイペースの生産が可能な最新鋭ハイテク工場
です。
寄居工場19
実は寄居という耳慣れない町は埼玉県熊谷市の近くの
山里にあり、東京から東武東上線の各駅停車でのんびり
行く様な場所でした。
もっとも、始発池袋からの途中にはHONDAにとっての重
要拠点である和光、朝霞、がありその延長線上にある終
着駅です。また、各地への高速道路の接続地点も近く、
その意味では戦略的な好立地にあると言えます。
寄居工場10
写真は工場の屋根に設置中のソーラーパネルで、世界
でも最先端の省エネ工場となっており、HONDAでは今後
建設する世界中の工場のモデル(マザー工場)と位置付
けているようです。
寄居工場4
当然工場内部も徹底的に省エネ化されており、ちなみに
従来の工場に比べ50~60%のエネルギー(炭素)消費で
賄える様設計されているそうです。おそらく他メーカーも
含めて、国内最後の新設工場になると噂されています。
IMG_3231-1.jpg
タバコ屋がそのような所を何故知っているかですって?。
それはかつて赤いお嬢さんフェアレディZのレストアを思
い立った頃ここ寄居の町で日本でも名の知れたレストア
屋さんであるN氏が営業をされており、東京へ行ったつい
でに何度かおじゃましたことがあるのです。
ご親切な方で、一度はレストアをお願いしかかったものの、
オリジナルの状態に復刻するにはいくらかかるかわから
ない!
と言われたものですから正直ビビッてしまい、若干
さわっては頂きはしましたが、恥ずかしながら以後足が
遠のいてしまった経緯があります。それ以降のことにつ
きましては別記事にて詳しくお話ししているとおりです。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照願い
ます)
寄居工場2-1
裏話となってしまいますが、かつてのバブル華やかなり
し頃、HONDAは高級車ブランド、アキュラを日本でも展
開しようと目論んでいました。そして次期NSXを始めレジ
ェンドその他のアキュラブランド車をこの寄居で作ろうと
考えていました。
しかしリーマンショックにより風船は一気にしぼんでしま
い、F1からの撤退を含め、その目論みはもろくも崩れ去
りました。
寄居工場11
時は流れ、塩漬けにされていた寄居工場プロジェクトは
再び蘇ることとなりました。今度はアキュラとは関係なく、
コンパクトカー専用工場として、また世界中のHONDAの
マザー工場として復活することになりました。写真は
ラインオフ第一号車のフリードですが、実はHONDAに
はもっと別の、ある目論見がありました。
新型フィット20-2
そうです、つい最近リリースされた新型フィットを製造の
中心に置こうと言うものです。ハイブリッド(HV)でなけれ
ばクルマにあらずという風潮のもと、一躍販売ランキング
トップに躍り出たフィット、まさに時代にフィットしている訳
ですが、寄居工場ではフル生産しても間に合わないほど
のバックオーダーを抱えているようです。
その意味で以前のアキュラ・プロジェクトの断念から一転
今回のHONDAの目論みはドンピシャだったと言えましょう。
(関連記事:感性の限界参照願います)
寄居工場12
写真は寄居工場で新型フィットのフル生産中の模様です。
モノ作り大国、NIPPONの技術はここまで来ました。恐ら
く現在ドイツ野郎を出し抜き、世界でトップの高精度かつ
高度省エネ技術及び高効率システムを備えた工場では
なかろうかと思います。
オハイオメアリーズビル工場3-1
思えば今は亡き河島喜好社長がオハイオに夢を託し、
また若かりし頃のタバコ屋もHONDAで、オハイオの地で
仕事をする夢を持った時期がありました。
工学系でも美術系でもなく商科系だったので恐らくマー
ケティングや販売網の構築、あるいはうまくいけば新車
開発の企画などに関わることが出来たのではないかと
秘かに思うのですが、それらのことも今となっては遠い
昔のはかない夢のまた夢のお話しです。
寄居工場18-2
今回、寄居工場が竣工稼動することになり、またかつて
HONDAが異国の地アメリカ・オハイオへ一念発起、雄飛
したことなどを思い起こすにつけ、過去の記憶のカケラと
最新の出来事を繋ぎ合わせてお話しした次第です。


島のスイーツ開発 vol.4:マリー・アントワネットのこと

平成25年11月04日
18世紀のヨーロッパと言えば、イギリスで産業革命が起
こり、生産力が飛躍的に向上したことにより、それを武
力を背景とした貿易により国外に売りさばくといういわゆ
重商主義政策が採られ、それ以前の大航海時代の覇
者であったスペイン・ポルトガル、その後のオランダが後
退し、代わりにイギリス・フランスが台頭してきた時代で
した。
(関連記事:農業とレストア vol.5参照願います)
産業革命1
写真はジェームスワットが発明した蒸気機関ですがこの
人工動力により大量に生産可能となった繊維製品を狡
猾なイギリスはまずアフリカ西部に武器等とともに輸出、
その足で何と黒人を奴隷として拘束し、ブラジル、西イン
ド諸島、アメリカに輸出?、またその足でアメリカの綿花
やカリブの砂糖(紅茶用)を本国に輸入すると言う、いわ
ゆる三角貿易なるものを発明したのです。
カティサーク号2-1
イギリスはそれだけでは飽き足らず、今度は西アジアに
触手を伸ばし、まずインドへ繊維製品や武器を輸出、
インドからは当時アジア最強の大帝国であった清国へ
こともあろうにアヘンを輸出、清国からは紅茶を本国へ
輸入(後日にはインドでも紅茶の生産を始めました)する
という新たな三角貿易を発明しましたが、これらはどれも
イギリスのみに利をもたらし、他の国は踏んだり蹴ったり
という身勝手な貿易というか泥棒に近い仕業でした。
その当時活躍したのが以前の記事でもご紹介した紅茶
専用の高速運搬船、いわゆるティークリッパーです。
その後、ウイスキーの銘柄ともなった、カティーサーク号
はあまりにも有名ですよね。
(関連記事:紅茶とハイブリッド参照願います)
フランス植民地主義2
また当時の日本でいえば江戸時代中期に当たり、鎖国
政策を採っていたため、このヨーロッパの新しい大きな
うねりを正確に把握することが出来ず、ただ長崎の出島
と言う針でつついたような小さな窓からかろうじて入って
くるオランダや清国の情報を伝え聞いていたに過ぎませ
ん。イギリスとともに台頭してきたもう一つの重商主義国
フランスも同様のことをやり、いわゆる植民地時代へと
突入して行きました。
マリーアントワネット2
突然で恐縮ですが、このあでやかな女性はマリー・アン
トワネットの若かりし頃の肖像画で、フランスのみならず
近世ヨーロッパにおいて最も歴史を彩った女性の一人と
して説明の必要もない程に有名ではないでしょうか。
彼女の生きた時代と言うのはまさに上記のような時代
背景がありました。
ヴェルサイユ宮殿3-2
彼女はオーストリアのハプスブルグ家の女性大公マリア
・テレジアの王女としてウイーンで生まれ成長、その後
政略結婚によりフランスのルイ16世と結婚し、少女時代
の名前マリア・アントーニアからフランス王妃マリー・アン
トワネットと改められることになりました。
ヴェルサイユ宮殿1
嫁いだ先のヴェルサイユ宮殿は太陽王と言われた先々
代ルイ14世の作った壮麗な城で当時のフランス民衆、
貴族から集めた莫大な富を惜しげもなく注ぎ込んだ、
浮世とは全くかけ離れた建造物でした。
当時は絶対君主の時代でしたからどの国の国王も多か
れ少なかれこのような気絶するがごとき宮殿を造営し住
み得たのでしょう。
ヴェルサイユ宮殿4
ヴェルサイユ宮殿の内部です。電気などなかった当時
室内照明はシャンデリア等を使用するにしても、その点
灯、消灯はどうやったのだろうかと思います。またビロウ
な話で恐縮なのですが、当主はもちろんのこと、家臣の
貴族や使用人、各国からの来客等相当な人数が出入り
していたはずなのですが、水洗システムの完備していな
かった当時、トイレの処理はどうやっていたのかも気に
なるところです。

調べてみてビックリしました。すでに下水道設備が施さ
れていたローマ時代以前に逆戻りしたかのような荒っ
ぽさで、要するにトイレというものは全く設置されておら
ず、簡易トイレ(オマル)のようなもので済ませるかある
いは宮殿周りの茂みへ野放図に・・・。ウーン壮麗な建
物とは裏腹に実態は無茶苦茶というに近いものでした。
話がそれてすみません。
マリーアントワネット3
結婚当時のマリー・アントワネットの肖像画です。様々
な足跡を残した彼女ですが後世言われているのは、
ジャクリーン夫人やダイアナ妃をはるかにしのぐ当時の
スーパーセレブであったこと、フランス革命時に夫ルイ
16世と前後して断頭台の露と消えた悲劇の女王であっ
たこと、またオーストリア(ハプスブルグ家)の風習(生
活文化)をフランスに持ち込んだ人、等様々な評価が
されています。
ルイ16世2
ルイ16世の生きた18世紀からその後の20世紀に及ぶ
ヨーロッパは近隣諸国との間に戦争が絶え間なく起こ
り各国は莫大な戦費が必要であったことと、宮殿造営
やその維持等で浪費を重ねたことにより国家財政は破
綻し、そのトップバッターとしてフランス革命が起こった
訳で、ルイ16世とマリー・アントワネット王妃はその悪し
き象徴として歴史の舞台から消し去られたと言うことで
しょうか。
マリーアントワネット9
歴史的には辛辣な評価をされているマリー王妃ですが、
中傷であったものも多く、財政の破綻にしてもそのほと
んどは戦争での多大な出費が原因だった訳で、今では
その名誉はかなり回復されています。その彼女も4人の
子女に恵まれ、女性としての幸せなひとときもありました。

さて今回はフランス革命史をお話しすることではなくて、
マリー王妃の秘められたあることについてのお話がテ
ーマです。
マリーアントワネット7
先ほど、マリー・アントワネットはフランス宮廷にオースト
リアの生活文化を持ち込んだ人と言いましたが、それは
衣食住全般にわたるもので、輿入れ時にはお付の侍女
が多数同行したことは想像されるにしても、服装や小物
類(例えばハンカチの形状等)、入浴のし方、香水(ムン
ムン系を嫌いサワヤカ系を好んだそうです)また部屋の
しつらえ、調度品の好み、庭のデザインや花の種類等
ことごとくオーストリア流を持ち込んだと言われています。
ヴェルサイユ宮殿14-2
今となってはフランスの重要な観光財源として有効利用
されているヴェルサイユ宮殿ですが、かつてはブルボン
家の個人所有でありルイ16世やマリー・アントワネットが
暮らしていた訳で、後年バロック・ロココ様式といわれる
壮麗でやや装飾過剰な独特の建築及び庭園様式はこ
の頃に出来上がったと言われています。
マリーアントワネットの食卓3
食事やデザート及びティータイムについても同様で特に
デザートやティータイムに付きもののスイーツについて
は多くの女性同様、マリー王妃にも特別のお気に入りが
ありました。それは古くからオーストリアのアルザス地方
に伝わる「クグロフ」という焼き菓子でした。
恥ずかしながらタバコ屋は「マリー・アントワネットのクグ
ロフ」と言うスイーツ好きなら誰でも知っている言葉さえ
知りませんでした。
クグロフ3
マリー王妃のおやつタイムのイメージです。右端がその
クグロフで、らせん形の模様があるのと中心部が中空で
あること、粉砂糖がかけられていることが外観上の大き
な特徴です。ただしこれは一例であり多くのバリエーショ
ンがあるのは言うまでもありません。
クグロフ5
サイズについても同様で、4~5人で取り分けて頂く大き
なものから一口サイズの小さなものまであり、どれが正
しいと言うことではありませんが、マリー王妃の時代は
比較的大きな取り分けのサイズだったようです。
クグロフ4
焼き目の色具合も、これが正しいというものはなく、写真
のように濃い目のものから薄色まで様々で、お好み次第
と言うところでしょうか。連想クイズのようですが、これが
何に見えるかと言われれば、歯車とか言う人もあるかも
知れませんが、一般には「僧侶の帽子」と言われていて、
その発音がよく似ていることからクグロフという名前の由
来となったようですが真偽の程は定かではありません。

話はうんと飛びます。
タバコ屋は島のスイーツを開発するに当たりまず特産
のいよかんを使った「中島いよかんマドレーヌ」を世に
出しました。
中島いよかんマドレーヌ2
島のお客様や島外の方々にも徐々に認知されていく中、
それに続く第二弾として何か別の意味で個性的なスイ
ーツをご用意出来ないか考えていました。この度、ひょ
んな御縁で中島の味のふるさとでもある三津浜(中島の
対岸松山地区)の老舗洋菓子店「メルヘン」さんを知る
こととなり、そのことをお話ししたところ、開発には協力し
ましょうと快く引き受けて頂きました。そこで開発のベー
スとして勧めてくれたのがメルヘンさんの定番商品でも
ある「クグロフ」でした。
IMG_2708.jpg
当初、恥ずかしながらクグロフという焼き菓子そのもの
を目にしたことも、聞いたこともありませんでした。しかし
一目見た途端、直感的にこれはいけると感じました。
その理由は味もさることながら、そのおむすびを伏せた
ような、あるいは小さな島を思わせるようなユニークな
形状にありました。せっかくメルヘンさんが勧めてくれる
ものでもあり、これを煮詰めていけば面白いものが出来
るのではないか、それが第一印象でした。
マリーアントワネット8-1
マリー・アントワネットとクグロフには切っても切れない
関係があるにしても、島のスイーツとクグロフに何の関
係があるのかと言われれば返事に窮するところですが
クグロフの歴史はともかくその形状にタバコ屋が一目惚
れというのが正直なところでしょう。
IMG_2998.jpg
開発の前提としてはいよかん又はレモンのピール(果
皮の甘煮)や果汁を使用して頂くことでした。それ以上
のことは言わずにまず数種類の試作品(プロトタイプ)
を用意して頂きました。

1.左下:メルヘン製定番クグロフです。一口サイズで非
常にコンパクトですが、身が詰まった感じで重いんです。
真ん中の中空部分には砂糖の溶かしたものを入れて
トッピングしています。

2.左上:中空部分にタバコ屋製(希望の島本舗製)の
いよかんピールをトッピングしたものです。発想はいい
のですがいろどりが良くないので没としました。

3.右上:果頂部に砂糖の溶かしたものをふり掛けたタイ
プです。その頂にはいよかんのピールを添えています。
北国のお菓子ならこれで白雪の山のイメージがありとて
も良いのですが、中島は南の島でありイメージが合わな
いので没としました。

4.右下:右上のタイプと同様なのですが、右上は強め
に焼いたもの、右下は弱めに焼いたもので、焼き色の
違いだけの差です。タバコ屋の好みとしては、弱めの
きつね色に焼いて頂くようお願いしました。
IMG_3058.jpg
プロトタイプ第二弾が出来上がってきました。白砂糖を
溶かした部分にもいよかん果汁を混ぜ、ややクリーム
色になるよう着色して頂きました。ピールもその中へ溶
かし込んでいます。また生地の中全体にいよかんピー
ルの細片を練り込んでいます。
欲を言えば、クグロフ独特のらせん形状をもっとクッキリ
させたいところですが、これは型の問題で仕方ないかも
知れません。これで全体のコンセプト「中島のイメージを
形で表現する
」というテーマは概ね達成出来たように思
います。

次は味と食味です。当初は濃厚な味+硬くてややパサ
ツキ感があるものでしたので以下のように改良して頂
きました。
1.甘さを抑えて後味の良いものにする。

2.適度な硬さでしかもしっとり感のあるものにする。

さすが老舗メルヘンさんで、以上の希望はかなえてくれ
ました。ここまでには何度も試作を繰り返し、ああでもな
いこうでもないと検討を重ねた結果であることは言うまで
もありません。
IMG_3771-1.jpg
さて、希望の島本舗スイーツ第二弾のベースは出来上
がりました。これからは生まれたわが子に名前を付け、
かわいいおべべを着せなければなりません。
先日、いつもお世話になっている広島の気鋭デザイナー
兼プロデューサーであるギミックの小原さんを三津浜の
メルヘンさんにお招きし、試作品を見て頂くと共に試食、
検討会を致しました。

小原さんも当初はクグロフという得体の知れないスイー
ツを使って開発を進めることにやや難色を示されていま
したが、現地でいろいろお話しをし、試食をして頂いた結
果、そのネーミングやパッケージングについてご協力頂
けることとなりました。感謝です。

ギミックさんのアイデアにより、素敵な製品が出来上がる
のを期待して今回のお話しはここまでと致します。


★★島のタバコ屋の独り言★★
【7月31日:ああ創業100年】 島のタバコ屋、即ち富永呉服店が創業100年を迎えたことは先般お伝えした通りですが、皆さんよくご存知の世界的宇宙物理学者、故ホーキング博士によれば、100年なんて宇宙的時間軸で言えば、一瞬のまばたきに過ぎない訳で「島でのことも夢のまた夢」ということになりましょう。それはともかく4才の頃から道端の草にも「コンニチハ」なんて愛想を振り撒いて来たタバコ屋にしてみれば「店は客のためにある!」以上、未来永劫、店の続く限りそのテーゼを実践し続けるしかないのです。京都で300年続く老舗料亭、老舗呉服問屋もその志があったのかどうか、お聞きしたことはありませんが、当らずとも遠からじではないでしょうか。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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