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校長先生西瀬戸を行く vol.3:しまなみ編

平成26年4月13日
前回の記事でタバコ屋は平尾ご夫妻と黄昏の道後温泉駅でお別れ
した後、ややセンチメンタルな気分に浸りつつ島に帰ったのですが
その後、平尾氏よりその夜以降の写真を頂いたものですから、その
顛末と言いますか、暴露記事を書かない訳にはいかなくなりました。
歩音02
夜の食事まで時間があったものですから別れ際に道後界隈の散策
をお勧めしました。その一つに「歩音(あるね)」というお土産屋さん
兼和式パーラー(東広島のパチンコ屋さんではありません)もご紹介
していました。道後にもこんな店があるねという駄洒落にもならない
店名ですが、どうもそこへ立ち寄られたようです。
歩音06
ここは民家を改造したレトロな雰囲気の小じんまりしたお店で道後
温泉商店街に居並ぶ派手派手しい土産物屋とは全く雰囲気の違う
お店です。並べている商品もご当地土産ではあるものの女性店主
がこだわって選定した品が中心です。
DSC_3257.jpg
またしても手前味噌になってしまいますが、実はこの小さなお店
はタバコ屋のお取引先で、島のジュースや写真の島いりこ等を
販売させて頂いています。
DSC_3268.jpg
どうもその後、まだお時間に余裕があったらしく「道後ぎやまん
ガラス美術館
」へお立ち寄りになったようです。ぎやまんと言うと
何やら南蛮渡来のものを連想しますよね。
道後ぎやまんガラス美術館3 道後ぎやまんガラス美術館1
ギヤマンと言うのは鎖国時代の江戸日本においてオランダ語の
ダイヤモンドを意味する言葉でそれを使って加工したガラス製品
のことをギヤマンと言うようになったと伝えられています。
でも長崎ならともかく道後でギヤマンと言うのも長崎仕込みの
ポルトガル菓子、タルトにちなんだものでしょうか。
DSC_3270.jpg
そのエキゾチックなギヤマン屋敷の中庭です。中庭に面した池は
ライトアップされ大変ムーディな雰囲気を醸しています。癒しの
空間と言えましょう。まだあちこち散策されたようですがはしょる
ことにして、宿泊先の道後椿館にお帰りです。
DSC_3273.jpg
さて一風呂浴びた後はお食事タイムです。詳しくは存じ上げません
がどうも瀬戸内のお魚料理をメインに鯛のシャブシャブ?や伊予牛
の一口ステーキが見え隠れしているようです。至福の夜と言います
か甘美な夜と言いますか、もしタバコ屋なら吉田卓郎の「旅の宿
でも口ずさみたくなるような一シーンです。もっとも歌のなかでは
口ずさむのは「♪一つ俳句でもひねって~」なので松山ゆかりの
駄洒落になるでしょうか。
DSC_3410-1.jpg
かくして「旅の宿」は一夜明け、いよいよご出立です。早朝の道後
温泉本館前を通過し松山市内へと向かいます。愛車三菱ランサー
エボリューションXターボの重厚なエキゾーストノートを響かせて・・。

元校長先生の今回の旅は奇しくも西瀬戸の中島に始まって松山
探訪を果たし、余勢を駆って「しまなみ海道」を目指すことになり
ました。
DSC_3415-1.jpg
やって来ました。早朝の来島海峡大橋です。恐らく松山自動車道
から今治を目指したのだと思われます。しまなみ海道は正式には
西瀬戸自動車道という名称で今治を基点に大島→伯方島→大三島
→生口(いくち)島→因島→向島→尾道へと至る壮大なルートです。
生口(いくち)島が県境になっていてそれ以遠が広島県になります。
ちなみにこの来島海峡は潮の流れが早く複雑で海の難所となって
おり、500年前に中島の忽那水軍が滅亡した後はこの辺一帯を
拠点とする村上水軍が西瀬戸の覇権を握りました。

来島海峡大橋1
余談ながらこの来島海峡大橋は正確には3つの吊り橋からなって
いて、3連吊橋というのは世界初のものです。それぞれは1,000m
前後ながら全長は4,000m以上に及びます。建設は鹿島建設が
担当しましたが工事途中数名の犠牲者も出るなど大変な難工事の
末9年の歳月を要して平成11年に完成しました。ちなみに吊橋
単体として世界最長は我が日本の明石海峡大橋で約2,000mあり
ます。もの作り大国日本の面目躍如たるものではないでしょうか。
来島海峡大橋2-1
今回平尾氏は早朝の渡り初めだったのですが、もし夕刻であった
なら写真のような光景が目に入ったと思われます。それにしても
人間というのは素晴らしいものを作り出す動物ですよね。フ~。
ついでながら平尾氏はそのもの作りの心を次世代に伝える根っこ
のところで活躍されている訳ではありますが・・・。
DSC_3432-1.jpg
写真でおわかりのように四国から本州まで島がひしめき合っている
という感じで、タバコ屋は今でも島の名前と沢山ある橋の名前が覚
えられません。見所としては最初の来島海峡大橋と県境の大三島
と生口(いくち)島の間にかかっている多々羅大橋でしょうか。
DSC_3439-1.jpg
平尾氏の愛車の車窓から眺めた来島海峡大橋です。早朝にて橋は
平尾ご夫妻の貸し切り状態です。さぞかし快適なクルージングを楽
しまれたことだと思うのですが、スピードマニアの平尾氏にとっては
退屈なドライビングだったかも知れません。
IMG_2335.jpg
突然の写真で恐縮です。実は忘れもしない昨年の6月、元校長先生
とタバコ屋は2人でこの来島海峡大橋と似たような?伊勢湾岸道路
を40年前に製造された危ういオクルマで走行していたのです。静岡
から校長先生のご自宅のある京都宇治を目指していました。日も傾
いた頃、無事校長先生の2台の愛車が待つご自宅前に辿り着いたの
でした。奥様の入れて下さったコーヒーだったか紅茶だったかトテモ
美味だったことが思い出されます。とんでもない余談となりました。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願います)
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多々羅大橋の遠景です。来島海峡大橋同様吊り橋なのですが、橋脚
から直に多数のワイヤロープで支える方式で、橋脚自体もシンプル
ながら力強いデザインです。いよいよ広島県に入って来ました。
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元校長先生はその多々羅大橋のたもとでさっそく記念撮影です。
皆さんにちょっと注目して頂きたいのは石柱で、左に「平山郁夫
と書かれているのが見て取れるでしょうか。そうなんですこの石柱
の文字を揮毫されたのは日本を代表する日本画家の一人、平山
郁夫さんなんです。何故かと申しますとここ生口島の瀬戸田という
町が平山さんのふるさとであるためです。
DSC_3477-1.jpg
その生口島の海岸に佇む現代のゼロ戦です。この日は晴れていた
ものの波が立っているので風が強そうです。無敵のゼロファイター
にとっては横風によるふらつきなどとは無縁だったとは思いますが。
DSC_3471-2.jpg
平尾氏ご夫妻がしまなみ海道を目指したのには訳がありました。
実は平山郁夫さんのふるさと瀬戸田にある平山郁夫美術館を訪
ねてみたかったのです。その希望もまもなく叶えられそうです。
DSC_3487-1.jpg
いよいよ「平山郁夫美術館」に到着です。平尾氏のオクルマの趣味
については概ね存じ上げているつもりなのですが、こと絵画の趣味
についてはあまり話題になったことがなく、平山さんのどの絵が見た
かったのか想像するしかありません。
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もの静かな佇まいのエントランスです。平山さんが残された多くの
作品のうちどの程度が美術館で見れるのか期待が膨らみます。
平山郁夫美術館
松山の伊丹十三記念館は洋風のモダンな建物でしたが平山郁夫美術
館は純和風のシックな建物です。日本最高峰の日本画家の美術館
なので当然と言えば当然かもわかりません。
平山郁夫:流砂浄土変1
全く偶然なのですが、実はタバコ屋も若い時から平山さんの日本画
がお気に入りで特に写真のシルクロードを行く隊商を描いた「流砂
浄土変
」というタイトルの絵が最も気に入っているのですが、多分
NHKが放映した「シルクロード」にかなり影響されたと思います。
壁とか棚に飾り物を掛けたり置いたりが嫌いなタバコ屋もこの絵
だけは額に入れて飾っています。もちろん本物は数億円でしょう
から安物のプリント画であることは言うまでもありません。
月光ブルーモスク
平山さんの特徴は絵が静かで幻想的であると言うことです、温厚で
控え目だったご自身の性格によるものが大きいのでしょうが色彩の
美しさについては、生まれ育った瀬戸田の原風景がかなり影響して
いるのではないでしょうか。特にブルーが美しく平山さん独特の色
だと思います。写真は「月光ブルーモスク」というタイトルで月夜の
イスタンブールの回教寺院を象徴的かつ幻想的に表現しています。
蛇足ながら、この絵のプリント画をよっぽど部屋に飾ろうかと悩んだ
時期がありましたが、部屋が暗いムードになるような気がして結局
断念した経緯があります。
HONDAF1の挑戦
手前味噌もいいところなんですが、そのブルーモスクのかわり
に壁に飾ったのがこのポスターです。これは今から10年程前、
鈴鹿F1GPにおいて我がHONDAが新聞広告を出した時に
その新聞切抜きを後生大事に保存し、後日写真にプリントして
打ち出したもので、その内容はHONDAは昭和39年のF1初
挑戦以来、40年に亘ってF1に挑戦し続けてきました。今年の
鈴鹿F1決勝レースには期待して下さい。といった内容でいわゆ
るイメージ広告と言われるものです。タバコ屋の過ぎし日を振り
返り40年の挑戦というコトバが自分のこととオーバーラップする
ような気がしてあえて額に入れて飾ったという訳です。
大唐西域壁画
平山さんに戻ります。元々絵のうまさにかけては天才的なもの
があったのですが、何をテーマに描くのかということで随分悩み、
試行錯誤されたようですが、結局仏教にかかわるものあるいは
その教えが遥か天竺(インド)から西域、中国、やがては日本へ
と伝わったシルクロードに行き着きました。タバコ屋は平山さん
と言えば即ちシルクロードといったイメージがあります。
その平山ワールドの集大成として奈良薬師寺の玄奘三蔵院に
納められた「大唐西域壁画」は有名ですよね。左に立っておられ
るのは、もちろんこの壁画を描かれた平山郁夫画伯ご自身です。
平成の洛中洛外図
また写真の「平成洛中洛外図」といった大作もあり、現代の京都
を思いっきりデフォルメして大胆に描いています。京都生まれで
京都育ちの平尾氏にとっても感慨深いものがあると思います。
天かける白い橋2-1
これは「天かける白い橋」というタイトルで、雄大なしまなみ海道も
平山さんの手にかかるとこのような作品イメージとなります。
ただ当日美術館でこれらの作品が見られたかどうかタバコ屋には
わかりませんが恐らく素晴らしい作品に癒されたことと思います。
DSC_3491-1.jpg
ともあれ3日間に及んだ元校長先生の西瀬戸紀行は終わりました。
平尾氏ご夫妻にとって西瀬戸とはどんなところだったのでしょうか。
尚、タバコ屋は同行したわけではなくあくまでも想像の記事なので
逸脱した点がありましたらお許し頂きたいと思います。
写真は平山郁夫美術館の庭に咲いていたと思しき花ですが椿なの
か山茶花なのかさて、タバコ屋は花には疎いです。

後日談ながら、各方面よりご指摘がありまして、山茶花が今頃咲く
訳がなく、この花は「椿」であることが判明しました。
考えてみれば童謡「たきび」の歌詞2番でも、さざんか さざんか
咲いた道 たき火だ たき火だ 落ち葉焚き 「あたろうか」「あたろうよ」
しもやけ お手てが もうかゆい~。
ですから今頃咲く訳がありませんよね。


校長先生西瀬戸を行く vol.2:松山編

平成26年4月4日(元校長先生のお誕生日に寄せて)
3月19日の昨日は中島をご案内し、夜は昔話に花が咲きました。
今日は引き続き松山をご案内する予定です。朝早かったのですが
タバコ屋のホームセンターの前で家族とお別れしました。
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まず向かったのは元高校の教師で詩人だった故坂村真民さんの
業績を偲んで松山市の郊外に建てられた「坂村真民記念館」です。
坂村真民記念館-1
真民さんは詩人でしたが宗教についても幅広く研究されており、
タバコ屋の究極のテーマでもある「幸せって何だろう」を考え続けた
人でした。
それを「念ずれば花開く」という象徴的なコトバと詩で表現し、その
仏教的な世界観をベースにした謙虚で前向きな人生観が日本だけ
にとどまらず世界的な共感を呼び現在ではその石碑が世界中で
数百基に及んでいるとか。その石碑の前でたたずむ平尾夫妻です。
(関連記事:札幌紀行 vol.1:お仕事参照願います)
IMG_4353.jpg
ちなみに「念ずれば花開く」の石碑第一号は、京都の西北にある
常照寺さんの境内だそうで平尾氏も意外なご縁にしばし感じ入って
いるようでした。自称晴れ男の平尾氏の自信と期待を若干裏切り、
当日はあいにくの小雨模様でしたが、あまり観光客の訪れない
場所で静かに見学することが出来ました。
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次に行ったのはタバコ屋の先輩でもある元映画監督、故伊丹十三
さんを偲んでこれも松山市の郊外に建てられた「伊丹十三記念館」
です。伊丹さんのことにつきましてはタバコ屋のブログ記事にて
詳しくご紹介しているので今さらご説明する必要もないでしょうが
館長である奥様の宮本信子さんはあいにくこの日は来られてなか
ったようでした。
(関連記事:ハローたんぽぽ vol.1 .2 .3 .4参照願います)
IMG_4371.jpg
まず目に入ったのはカーマニアの伊丹さんのお気に入りだった
愛車ベントレーコンチネンタルを納めたガレージでした。
IMG_4357.jpg
伊丹さんとベントレーにまつわるお話はたんぽぽの記事で詳しく
書いたので、はしょることにしてさっそく館内へ入りました。
(関連記事:ハローたんぽぽ vol.5(完結編)参照願います)
IMG_4366.jpg
中村好文さん設計のこの記念館は外観同様中もモダンな作りで、
ダンディだった伊丹さんの遺品が整然と並べられていました。どれ
もこれも伊丹さんらしいセンスとエスプリに溢れていてエッセイや
映画に結びつく品々が並べられ、彼の直筆になる映画「タンポポ」
出演者の似顔絵も残されていてとても上手く、イラストレーターでも
あった彼の才能を彷彿とさせるものでした。
吹き抜けの中庭には所々にたんぽぽが植えられておりとても心安
らぐ空間でした。見学後はお土産コーナーに立ち寄りお土産嫌いの
タバコ屋もたんぽぽをデザインしたハンコを買い求めました。
IMG_4376.jpg
記念館を退出し外に出たのですが、やはりオクルマオタク平尾氏は
中の品よりもベントレーの方が気になるようで彼の愛車三菱ランサー
エボリューションXとともに記念撮影です。前回の記事でクイズの
ようなことを申し上げたガレージ正面の8の文字の謎ですが、もう
ここらでお答えしても良いでしょう。8の意味は伊丹さんの遺品の
整理ナンバーでベントレーは8番目という意味です。
後ろに見えている一六タルトの看板はこの記念館建設にあたり土地
を提供した一六本舗のもので、その本社がある場所です。つまり
隣接しているという訳です。
IMG_4379.jpg
次に向かったのは松山市の中心部で大街道(おおかいどう)と呼ば
れる繁華街です。タバコ屋は高校時代から松山に住んでいたので
期末試験が終わった時などはこの界隈で息抜きに映画(主にスペ
クタル物やマカロニウエスタン)を見に来ていました。その時友人と
よく立ち寄ったのが鍋焼きうどん屋の「ことり食堂」と「アサヒ食堂」
でした。ことりは以前のブログ記事でご紹介しているので、今回は
久しぶりにアサヒへ行くことにしました。
(関連記事:こまどり姉妹参照願います)
アサヒ食堂1
アサヒ食堂の創業は戦後間もなくの昭和22年でメニューは鍋焼き
うどんとお稲荷さんのみで当時は甘いものが貴重品だったため基本
は関西風の薄味ながらとても甘口の味付けで今日までその味は
頑固に守られています。
アサヒ食堂9 アサヒ食堂8
いりこと昆布のダシはとてもおいしいのですが甘口ゆえダイエット
実施中の平尾ご夫妻にはやや気が引けるメニューではありました。
ともあれ腹ごしらえも出来たところでいよいよ松山城に登ることに
しました。松山城へはロープウエイ、リフト、徒歩の手段があります
が、今回は行きはリフト帰りはロープウエイを使うことにしました。
IMG_4380.jpg
自称晴れ男氏のご提案で、小雨の間は他の建物とか見学し松山城の
頃には雨がやむというシミュレーションは見事に当たり雨はやんだもの
の黄砂が押し寄せていたためあいにくの景色でした。奥様も慣れぬ
乗り物にて心なしか不安そうです。
IMG_4385.jpg
やって来ました、松山城天守閣です。松山城は日本三大平山城
にも数えられる名城ですが、皆さんご存知のようにこの松山城を
作ったのは戦国時代の武将であった加藤嘉明(よしあきら)で、
もともと秀吉の家臣として賤ヶ岳の戦い等で武功を立て大名となり
朝鮮の役でも活躍しましたがその後石田三成と対立し関が原の
戦いでは家康派に属し戦功を立て、20万石大名となりました。
もともと朝鮮の役での武功により松山郊外の伊予松前藩の藩主と
なっていたためこれを機会に現在の場所へ引っ越し築城を開始、
自らその地を「松山」と命名しました。ただその完成を見る前に
会津藩に転封(転勤)となり、実際はその後を引き継いだ蒲生氏
によって江戸時代の初期に完成されました。
IMG_4390.jpg
その後紆余曲折があり最後は松平氏が藩主となって200年以上
徳川家の親藩としてこの地を治めましたが明治維新によってその
長い歴史に幕を閉じました。
IMG_4388-1.jpg
織豊時代には鉄砲が急激に普及する等、世界でもトップクラスの
軍事力を誇っていたのですが徳川家康はキリシタン等の異国文化
の流入による社会混乱を防ぎお家安泰を最優先するため鎖国とい
うばかな政策を採りました。おかげでその後急激な発展を遂げた
ヨーロッパ文明の恩典を受けられず、同じ鎖国政策を採っていた
中国、朝鮮同様、幕末頃には非常な脅威を受けることになり、結果
として開国、明治維新へと繋がる訳です。それに早く気付いた日本
はまだましで、頑なに鎖国を続けた中国、朝鮮はヨーロッパに蹂躙
されみじめな結果になりました。いつの世でもひきこもりというのは
良くないですよね。真似をし合うというのが人類進化の理由ですから。
現代のF1なんかひどいもんで、あるチームが革新的なメカをひっさげ
て登場したと思ったら翌月にはもう他のチームが真似ているという
具合です。

平尾ご夫妻の後ろの壁に四角い窓があるのは皆さんご存知でしょう
が、その鉄砲をうがつ窓です。奥様が持っておられるのは松山城の
絵葉書だと思うんですが・・・はて。ついでながら彼が肩からぶら下
げているのはメカマニアの平尾氏らしいNIKONの高性能カメラです。
DSC_3216.jpg
松山市を一望出来る天守閣に登りそのパノラマを楽しんだと言い
たいところなんですが生憎の黄砂でやや残念な結果となりました。
晴れた日は北西方向に西瀬戸を眺めることが出来るんですが・・・。
タルト3
余談になりますが、その間藩主が長崎の海上警備を命じられて
赴任した折に持ち帰った南蛮菓子がその後改良されて「タルト
というスイーツに生まれ変り現在では松山を代表する銘菓として
広く親しまれています。何が幸いするかわからないものです。
(関連記事:島のスイーツ開発 vol.3:続タバコ屋のお気に入り
参照願います)
明教館2
また手前味噌のような余談で恐縮ですが、藩主松平公の功績と
して江戸時代後期に文武振興のため藩校「明教館」を発起設立し
ました。明治維新後はその建物は松山中学に移築され後の愛媛
県立松山東高校へと引き継がれましたが、伊丹さんもタバコ屋も
その古びた建物を毎日見ながら通学したという古~いお話です。
IMG_4392-1.jpg
桜の開花にはやや早い時期ですが天守閣をバックに記念撮影です。
平尾氏のホームグラウンドの宇治には世界遺産の平等院鳳凰堂
あり、そのレストア(修復)が56年ぶりになされたそうで、タバコ屋
も来年には是非行ってみたいと思います。

ラリー競技で数々の輝かしい実績を持つ頭脳明晰な平尾氏の完璧な
シミュレーションのおかげで雨を避けることが出来たのでしたが
ロープウエイでの下山時には再び雨模様となり次の目的地「坂の上
の雲ミュージアム」に徒歩で移動する頃にはズブ濡れ状態でした。
IMG_4395.jpg
突然で恐縮なんですけど、雨宿りのつもりで入ったとあるビルの
エントランスに何とHONDA S800がお座りしていました。
正確にはS800-Mという最後期のタイプで自称ホンダPTA会長
であるタバコ屋も一時期真剣にこのオクルマの取得とレストアを
考えたことがありましたが当時(7年前)まだ見ぬ240Zにはまっ
ていたこともあり二兎を追うわけにはゆかず結局は赤いお嬢さんに
行き着いたというエピソードがあります。ただその後レストア地獄
なるものが待ち構えていようとは夢にも思いませんでした。もう
二度とあのような辛い経験はしたくないですが喉元過ぎればさて・・。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照願います)
坂の上の雲ミュージアム
さて松山城のふもとにある「坂の上の雲ミュージアム」にやって来
ました。この建物は皆さんよくご存知の小説家、司馬遼太郎さんの
同名小説をテーマにその主人公である正岡子規、秋山好古、真之
兄弟の遺品や資料を中心に明治の日本や松山のことを紹介して
いる博物館で設計は高名な建築家、安藤忠雄さんが手掛けたもの
ですが変な三角形のコンクリート打ちっぱなしの建物でタバコ屋
個人的にはこの設計は好みではなく大好きなジウジアーロかもしく
は伊丹十三記念館を設計した中村好文氏を起用したいところです。
写真では晴れていますが当日は雨で実はタバコ屋のカメラのバッ
テリーがなくなったため他から流用させて頂きました。
尚、これ以降の写真は平尾氏が写したものを使わせて頂きます。
(関連記事:203高地 及び博多・熊本巡礼 vol.3:蒙古襲来
参照願います)
DSC_3187.jpg
タバコ屋のスケジュールでは松山のご案内はここまでであとは
本日の宿泊予定である道後へご案内するのみとなったのですが
すでに松山城に登るまえから平尾氏はしきりに市内電車のこと
が気になっていたようで、あちこち写真を撮り始めなかなか動こう
としませんでした。奥様に聞くと旅先ではいつもこうなので今は
もう諦めていますとのオコトバでしたがやっと納得がいったのか
一路道後温泉を目指すことにしました。
DSC_3197.jpg
それでも途中いろいろなデザインの市内電車が通るのでやはり
気になって仕方がないような風情でした。彼はオクルマに限らず
動くものは何でも好きで、趣味が高じてこのオトシになってもお子
達相手に動くおもちゃの全国大会を目指して熱血指導をされると
言うのはただごとではないような気もします。
正岡子規記念博物館3-1
すでに日は暮れかかっていましたが、時間にやや余裕があったの
で、欲張って道後温泉入口手前にある正岡子規記念博物館にも
立ち寄ることにしました。
正岡子規
子規についてはもう皆さんご存知なので説明の必要もありません
が、松山が生んだ近代俳句の先駆者であるとともに随筆や絵も
得意で、また意外なことですが、現代の文章の書き方、表現の
仕方というのは明治時代この正岡子規や夏目漱石によって確立
されたと言われています。現代に残る子規の業績と言えば「野球」
という言葉の発明者であるとか「近代俳句」の祖であるとか言わ
れますが、最も大切だったのは現代日本語表現の基礎を作ったと
いうことではないでしょうか。教育者でもある元校長先生ご夫妻
を閉館前の30分であわただしくご案内して、本日のゴール道後
温泉へ向かいました。
余談ながら、平尾氏のお父様も教育者で校長先生だったとお聞き
していますが、正岡子規の信奉者で熱心な俳句のファンでもあり
ご自身の句集も随分残され、また松山及びこの子規記念館にも
何度も訪れていらっしゃるとか、世の中狭いです。
(関連記事:農業とレストア vol.7参照願います)
道後椿館2
本日のお泊り予定はタバコ屋お気に入りの「道後椿館」で平尾氏
から依頼されたのでご紹介致しました。支配人さんにもお二人を
ご紹介し快適な宿泊の旨お願いしておきました。
道後椿館4-1
道後椿館のエントランスロビーですが、吹き抜けでゆったりしており
レトロな感じがタバコ屋の大のお気に入りで、きっと平尾氏ご夫妻も
くつろいで頂けると信じてお勧めしました。京都リーガロイヤルほど
の格式はないものの、温泉地のホテルとしては清潔感とおもてなし
感が優れていると思うのですが、タバコ屋のいつもの思い込みかも
知れません。
IMG_2117-1.jpg
突然で恐縮ですが、実はこの写真は九州のラーメン王ことD大学
自動車部同期のSU氏(末永氏のこと)がご夫婦で一昨年中島に
行幸された時のものです。愛車はもちろんポルシェ997カレラ4S
でこのような恐ろしい戦闘機が中島に来ることはもうないと思って
いましたが今度は京都から現代のハイテクゼロ戦の殴り込みに会
い、タバコ屋はもうたじたじです。ちなみにこの2台合わせると
当時のゼロ戦の馬力とほぼ同等になるという凄まじさです。
(関連記事:究極のレストア参照願います)
IMG_2131.jpg
ご縁というのは不思議なものでそれより遡ること数年前、末永夫妻
が松山に宿泊された時ご案内したのも偶然ながらこの「道後椿館」
でした。楽しい一夜だったのは言うまでもありません。

余談が長くなりました。タバコ屋はもうそろそろおいとましないと
中島行きのフェリー便がなくなるのと、どうも夕食までに時間の
余裕がありそうだったので道後温泉駅まで3人で銀ブラならぬ道後
ブラをしながら坂道を下って行きました。
DSC_3224.jpg
すぐそこにはかの有名な道後温泉本館があり最近建物やこの周辺
一帯が大規模なリフレッシュにより生き返りました。丁度春のイベント
が行われていてトークショーや餅撒きが始まる予定でしたが時間が
ないので駅へ向かうことにしました。
DSC_3227-2.jpg
道後温泉本館の正面ですがこの日も多くの入浴客で混み合っている
ようでした。万葉集にも出てくる日本最古級の温泉とは言われるもの
の地元のタバコ屋などはいつでも入れるという安易な気持ちがあるの
で、今までで2~3回しか行ったことがありません。
DSC_3247-1.jpg
道後温泉の入り口にはからくり時計があり、D大学自動車部で
タバコ屋の一期後輩のT女史が嫁に行っている飛騨高山のから
くり人形ほどではないと思いますが、夕闇せまる道後の町で
なかなか風情のあるたたずまいでした。
DSC_3253.jpg
駅に到着です。ノリモノ好きの平尾氏はさっそく「坊ちゃん列車」が
気になって仕方がなく撮影に精を出されていました。これは飾り物で
はなく現役で市内を定期的に運行しています。もちろん燃料は石炭
などと野暮なものではなく恐らくディーゼルだと思います。
DSC_3242.jpg
タバコ屋は朝日は好きですがたそがれは嫌いで何となくうら寂しい気
がしてきます。D大学自動車部の一期後輩には「朝日堂のいとはん」
と呼ばれる爽やかI女史がいらっしゃいますが、やはり「たそがれ本舗」
より「朝日堂」のほうが断然いいですよね。平尾ご夫妻と昼飯食った
のも「アサヒ食堂」でしたし・・・。
DSC_3237-1.jpg
いよいよしばしのお別れです。これ以上まごまごしていると島に
帰れません。涙もろいタバコ屋は一瞬うるうるしかかりましたが
何とか笑顔でお別れをすることが出来ました。
平尾ご夫妻はこのあと甘美な道後の夜を満喫されたと思うので
すが、その後のお話は平尾氏から写真を頂いたので想像物語を
書かせて頂く事にして今日のところはこの辺で終わりにしたい
と思います。
平尾ご夫妻は2日間にわたるタバコ屋のつたないエスコートを
気に入って頂いたのでしょうか・・・さて。

★★島のタバコ屋の独り言★★
【7月31日:ああ創業100年】 島のタバコ屋、即ち富永呉服店が創業100年を迎えたことは先般お伝えした通りですが、皆さんよくご存知の世界的宇宙物理学者、故ホーキング博士によれば、100年なんて宇宙的時間軸で言えば、一瞬のまばたきに過ぎない訳で「島でのことも夢のまた夢」ということになりましょう。それはともかく4才の頃から道端の草にも「コンニチハ」なんて愛想を振り撒いて来たタバコ屋にしてみれば「店は客のためにある!」以上、未来永劫、店の続く限りそのテーゼを実践し続けるしかないのです。京都で300年続く老舗料亭、老舗呉服問屋もその志があったのかどうか、お聞きしたことはありませんが、当らずとも遠からじではないでしょうか。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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