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アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ

平成28年7月24日
生命(いのち)に終わりがある、恋にも終わりが来る~~
・・・泣かないで、泣かないで、粋な別れをしようぜ。
冒頭から恐縮ながら、これは昭和40年(1965年)浜口庫
之助作詞作曲により我らが石原裕ちゃんがリリースした
「粋な別れ」の歌詞の一部なんですが、もう足の長さは
タバコ屋の1.5倍はあろうかと言う当時の裕ちゃんは理屈
抜きにメチャカッコよかったですよね。
今回の倉敷アイビースクエアでの出会いと別れも裕ちゃ
んに倣って最後は「粋な別れ」としたいものです。
(関連記事:札幌紀行 vol.2:小樽へ参照願います)
粋な別れ1-1
CLUB-S30ご一行は地元佐藤さん駆るイエローのZ432
の先導でそのアイビースクエアに到着しました。
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う~ん、一度訪問したことはあるのですが、そのエントラ
ンスゲートはなかなかトラディショナルな風情にてタバコ
屋好みです。
みなさんご存知のことながら、このアイビースクエアは元
々、明治22年(1889年)倉敷紡績(クラボー)創業時に建
てられた工場跡地で、昭和48年(1973年)、ということは
タバコ屋が同志社大学自動車部を卒業した年、及び愛車
の赤いお嬢ちゃんが製造された年に観光施設&ホテルと
して復刻(レストア)された由緒ある施設ですよね。
余談ながら平成19年(2007年)には国の近代化産業遺産
にも認定され、言わば西の「富岡製糸場」といった感じで
しょうか。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願います)
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ご一行は旅装を解いた後夕食まで時間があるので生憎
の雨ではあったものの、倉敷美観地区を見学かたがた
そぞろ歩きをすることにしました。静岡の川嶋さんと観音
寺の宮武さんが何やら話しながら歩いています。会話は
想像ながら「江戸時代から栄えた倉敷がこうやって当時
の街並みを大切にレストア保存しているように、我々も
初代フェアレディZを大切に守り保存して次世代に伝えた
いですよね」と、どちらからともなく話し掛けられているよ
うです。ちなみに右の川嶋さんご着用のTシャツのバック
デザイン、なかなかおしゃれですよね。CLUB-S30のロゴ
がしっかり入っています。ただし今ではもう手に入らない
プレミアム品です。
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風情にあふれた倉敷の美観地区を歩いたあと、市内の
中心部に移動し、夕食は地元の佐藤さんの娘婿さんが
営業している居酒屋でお世話になることにしました。
岡山特産のままかりの開き等々、地元の海鮮品を肴に
お口に広がる瀬戸内海を堪能しながら、夜が更けるまで
Zにまつわる表話から裏話まで熱く語り合いました。
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さて一夜が開け、お別れの朝が訪れました。お遊びで正
面玄関から撮ったエントランスゲートです。こじつけながら
アルハンブラ宮殿にも似た風情があると思いませんか。
蛇足ながら、イスラーム建築様式の特徴はR(円弧)を多
用していることですよね。
(関連記事:混沌と秩序 vol.2:流通編(前編)参照願います)
DSCN8977-1.jpg
せっかくの再会なので川嶋さんが2台のZを撮影しましょ
うということになり、そのアングルを思案中です。タバコ屋
もその横で覗き込んでいます。架空の会話ながら「川嶋
さんもうちょっと前のほうがいいんじゃないですか」とか。
ちなみにメカマニアの川嶋さんのお気に入りのカメラは
オリンパスの一眼レフでした。
DSCN8979.jpg
ブリティッシュグリーンと赤の2台のZです。なかなかこの
ような組み合わせの色での撮影は機会がないと思われ
る貴重なワンショットです。
余談ながら、川嶋さんとタバコ屋の好みが似ていると感じ
たのはフロントバンパーに付いているオーバーライダー
(縦方向の補助バンパー)で、本来は輸出仕様の240Zに
しか付いていないのですが、偶然にも2人ともそれを敢え
て装着しています。またバンパー下にはシビエの補助ラ
ンプが装着されていて、現在では生産されていないため
かなり入手困難な品です。タバコ屋もいずれ付けたいと
思っている品にて、羨ましい思いがしました。
注意深い読者は地元の佐藤さんの黄色いZ432が見当た
らないと思われるでしょうが、Zを保管しているガレージが
やや遠方にあるらしく、この朝は違うオクルマ(クラウン)
で来られていたので3台での撮影は成りませんでした。
DSCN8981.jpg
最後の行事としてサインをし終えたCLUB-S30のリレー
旗を皆で持っての記念撮影です。左から佐藤さん、宮武
さん、川嶋さんです。川嶋さんは今度新しく製作したクラ
ブTシャツにお召し替えをされていました。
DSCN8982.jpg
さて、その後はティファニー改めアイビーで朝食をという
ことになりました。佐藤さんは地元の旧車コンンクールで
上位入賞しその時の盾やらご持参頂きました。
CLUB-S30創部当時からの生え抜きのメンバーさんだけ
にいろいろ面白いお話も聞かせて頂き2,000円の朝食も
高く感じなかったのはタバコ屋だけではないと思います。
(関連記事:
4千坪のガーデニング vol.2:ティファニーで朝食を
参照願います)
DSCN8981-2.jpg
さていよいよ出立です。2頭の悍馬にムチを入れ今まさに
ジュリアス・シーザーがローマの凱旋門から出陣なんて
いう荒唐無稽なシーンを思い浮かべたりしますが、現実
は川嶋さんはこの後鳴門経由で元来た道を静岡まで自
走して帰られ、タバコ屋は反対方向に走り、松山経由で
島の波打ち際に帰るという算段です。冒頭のサブタイトル
粋な別れ」というのはまさにこのシーンのことを言うのか
も知れません。
DSCN8981-3.jpg
ここだけの話しながら、アイビースクエア開設以来、こん
なシーンは2度と撮れませんから、初代Zのデザイナーの
松尾良彦さん及び設計者の植村斎(ひとし)さんにプレゼ
ントしたいくらいです。
DSCN8985.jpg
昨日走った倉敷への道を逆走し水島インターに向かい
ます。先導は佐藤さんのクラウン、川嶋さん、タバコ屋、
宮武さんと続きます。
DSCN8987.jpg
佐藤さんとは水島インターでお別れし、今度は川嶋さん
の先導で瀬戸大橋を渡ります。川嶋さんは丁寧な走り
ながらも結構ハイスピードで走行されます。橋を渡り終
わったところの坂出ジャンクションでいよいよ本当のお
別れとなりました。お互い手を振りながら再会を誓った
のでしたが、タバコ屋はウルッと来るものがありました。
でも「粋な別れ」に涙は禁物ですよね。
DSCN8990.jpg
旧車持ちにとっては最もいやな雨が落ちて来だしました。
途中豊浜サービスエリアで休憩を兼ねて給油です。
ガソリンタンクは50Lあるはずなんですが、まあ減るのが
早いこと、エコランを心掛けてはいるものの300km程度の
航続距離でしょうか。
DSCN8992.jpg
いつもの中島行きフェリー乗り場のある三津浜港に帰っ
て来ました。楽しかった2日間はあっという間に過ぎてし
まいましたが、川嶋さんとのご縁から新たに奈良の遠藤
さん、倉敷の佐藤さん、観音寺の宮武さんともご縁を頂き
快い疲れでフェリーの時間待ちをするタバコ屋でした。

2回にわたる倉敷訪問記、いかがだったでしょうか。いつ
もの長たらしい記事で恐縮ながら、長時間のご精読有難
うございました。

(尚、記事中の写真の一部は川嶋さん、宮武さんが写さ
れたものを使用させて頂きました)

アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ

平成28年7月13日
今月の気になる写真の欄にもご紹介しましたが、実は
姫路での同志社大学自動車部OB会の興奮醒めやらぬ
20日ほど後、今度は倉敷にてCLUB-S30というクラブの
ミーティングがあり、タバコ屋はそこへ出掛けることに致
しました。
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話せば長くなるのですが、遡ること5年前、丁度タバコ屋
の赤いお嬢ちゃんのレストアが終わりかかった頃でした
が、エンジンや足回りのデリケートな部分が気に入らず
思い悩んでいたところ、ひょんなきっかけで静岡の川嶋
さんという、Zのエンスーと知り合いになりました。あれこ
れメールでやり取りしているうちに、彼も大学は関東の
某国立大学ながら同じ自動車部の出身で、しかもタバコ
屋同様、当時学生ラリーを主催していろいろ深刻なトラブ
ルも発生し、タバコ屋もそうでしたがホロ苦どころか激苦
の経験の持ち主でした。その意味では一種同釜の戦友
として急速に交流が深まりました。
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お仕事もオクルマの製造設備やメカに関わる基幹部品を
製造するメーカーにお勤め後、定年退職し、その後は趣
味のオクルマ、特にフェアレディーZに関係するミッション
やパーツの製作、修理及び場合によれば丸ごとレストア
も請け合うという、言ってみれば初代Zを保存維持し後世
に伝えると言う、崇高な理念に基づくオシゴトや活動をさ
れています。ビフォー・アフター風の表現で恐縮ながら、
私は彼のことを敬意を込めて初代Zの伝道師、または
静岡のフランシスコ・ザビエルとお呼びしたいと思います。
フランシスコザビエル1
ちなみに彼のオクルマやバイクの大好き度はハンパで
はなく初代フェアレディZを3台!所有されているのを皮
切りにSUBARUレガシイ・ブリッツェン仕様車、同フォレ
スター、及びスズキ・ジムニーをお持ちです。またバイク
のことはわかりませんが3台程度お持ちのようです。

余計なことながら、人間がおサルさんと決定的に異なる
道を歩み始めたのは道具(火を含む)の使用だと何かの
本に書いていましたが、彼のFACTORYの壁にはオクル
マをさわるのに必要なツールがずらりと並んで壮観でし
た。整然としている中に適度な散らかりも見られ、彼の
お人柄そのままのぬくもりが感じられます。
(彼のHP:ビンテージクラフト・イーザ参照願います)
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レストアの最後の段階で悩んでいたタバコ屋は大学こそ
違え、同じ同釜の元自動車部だった親近感もあり、思い
切って箱入り娘の赤いお嬢ちゃんを遠い異国の地静岡
の彼のところへホームステイに出すことを決めました。
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約一ヵ月後、彼はメカオンチのタバコ屋にもわかりやすく
説明頂きながら見事に何ヶ所もの気に入らない所を修復
してくれました。ディーラーの1級整備士が何人かかって
もやれないような(やりもしませんが)部分をていねいに
それこそ名医が執刀するごとく、また匠が複雑な木組み
を組み合わせるが如く、赤いお嬢ちゃんをローマの休日
改め老婆の休日??状態から蘇らせてくれました。
もっとも彼にしてみれば、3台も同じようなお子さんを抱え
ているのですから、ホームステイのZ嬢のしつけはお手の
ものだったのかも知れません。
IMG_2320.jpg
余談話ながら、ホームステイに際しては行きは陸送でし
たが帰りはお嬢ちゃんに面会方々直接引き取りをする
ことにしました。何分不安だったので、同期で京都在住
の平尾センセにご相談したところ、俺も行ったるわ!と
男気を出してくれたので、その好意に甘えることにし結
局2人で訪問し、訪問記念に川嶋さんのZと仲良く地元
の景勝の地、日本平(にほんだいら)へヒルクライムを
実施しました。
IMG_2321.jpg
帰りは腕利きの平尾センセのドライヴで、試乗を兼ねて
京都宇治まで帰り、奥様から歓待を受けた後大阪港から
フェリーで無事島まで帰還したという訳です。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願い
ます)
clubs30.gif
後で知ったことなんですがその彼は日本で最も権威の
ある初代フェアレディZオーナーの愛好会であるCLUB
-S30の副会長さんだったんです。ビックリ・ポンです。
タバコ屋もそのクラブの存在は以前より知っていました
が、敷居が高くて尻込み状態でした。しかし最近になっ
て雑談中に、良かったらクラブに入りませんかとお誘い
頂き、推薦しても頂いたので思い切って入会することに
決めたのです。間違ってもかつて今出川キャンパスで
先輩からのイケイケ詐欺同然で自動車部に入部した時
の状況とは異なり、月とスッポンでした。
(関連記事:異説007私を愛したスパイ参照願います)

そのCLUB-S30ですが今年が20周年だそうで記念企画
として、クラブの旗を全国(及びアメリカ)のメンバーさん
でタスキリレーをし、各々がそれにサインをするという壮
大な計画がスタートしたそうで、川嶋さんはその言い出
しっぺとして、東京スタートの旗を静岡から倉敷まで運ぶ
聖火ランナーを引き受けられたようです。彼から倉敷で
お会いしませんかとの連絡を頂き、かつてお世話になり
親しくさせて頂いている川嶋さんのお誘いゆえ、後先考
えず即座に「倉敷に参ります!」とご返事したのでした。
吉田松陰1
かつて吉田松陰は親友との旅行の約束を果たすため、
脱藩までしたそうですが、そこまで思い詰めずとも、延々
500km以上を手弁当で単独走破してくる川嶋さんに対し
せめて倉敷でお迎えするのが人の道筋であろうとタバコ
屋は思いました。姫路の旅装も解くか解かぬかのうちに
再出撃となったのは以上の理由によるものです。
(関連記事:終わりなき旅 vol.4:姫路での再会参照願い
ます)

実は倉敷には京都在住の私の従兄弟夫婦がお住まいで
今回の倉敷巡礼に際しては知らせようかどうしようか迷い
ましたが、目的が異なるので二足のわらじはどちらかに
ご迷惑をかけると思い従兄弟への知らせは断念しました。
ちなみに長岡京市在住のその従兄弟はお互い小さい頃
から兄弟のようにして育ったのですが、今ではパンパー
スの主たる材料である高分子吸収体等のケミカル製品を
製造する日本触媒という国際特許だらけのメーカーの偉
いさんで、現在は倉敷の子会社の社長として赴任してい
ます。
(関連記事:夏の日の思い出 vol.1:プロローグ参照願い
ます)
DSCN8881.jpg
長い前置きとなりました。いよいよ6月27日当日、倉敷に
向け出発です。40年以上前のオクルマであり最近やっと
i-パッドを流用してカーナビを装着したくらいで、ETCなど
という文明の利器を持たない赤いお嬢ちゃんは高速道
路は苦手で、しばらくは下道を走ったのですが約束の時
間に遅れてもいけないので、伊予小松インターから高速
道路に乗り、途中石鎚サービスエリアで休憩しました。
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いよいよ瀬戸大橋です。久しぶりの走行ですがガラ空き
状態で快適に走れました。皆さん信じないでしょうがこの
時のエンジン回転数は5速1,500rpmで速度は約80km
です。タバコ屋は普段はエコランを心掛け、アルトのおば
ちゃんが抜いていこうが、リーゼントのレクサスのお兄さ
んがすっ飛んで行こうが気になりません。お先にどうぞ。
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瀬戸大橋も渡り終え、約束の水島インターに到着です。
ここを降りたところで待ち合わせることになっています。
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話しは並行しますが、川嶋さんに連絡すると現在吉備イ
ンターまで来ているとのことで、単独かと思いきやどうも
Z-3台コンボイでの編隊走行をしてこちらへ向かっている
ようです。
DSCN8903.jpg
待つこと30分、来た、来た~。川嶋さんを先頭に計3台の
Zとの遭遇です。挨拶やら名刺交換もそこそこに、さっそく
お互いのオクルマの観賞大会となりました。
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向かって左から地元倉敷の佐藤さんの黄色いZ432です。
続いてブリティッシュグリーンの川嶋さんのZ、タバコ屋の
赤いお嬢ちゃん、手前は奈良!から駆けつけて来られた
遠藤さんのシルバーのZ432です。
DSCN8914.jpg
佐藤さんのZ432のエンジンルームです。後からお聞きし
たお話しですが佐藤さんのZは昭和44年(1969年)発売
当時のニッサン広報車だそうで、当時のカー雑誌のイン
プレッションはほとんどこのZを試乗して書かれていると
言う、訳あり、いわくつきのオクルマでした。また旧車専
門誌のノスタルジックヒーロー(通称ノスヒロ)にも7年程
前に掲載されたことがあるそうで、そう言えばタバコ屋も
どっかで見た記憶があったのはそのせいでした。
旧プリンスが開発しR380に搭載されたレーシングエンジ
ンを市販用にデチューンして当時のGTRとZ432に搭載さ
れた名機S20エンジンです。こんなの実物は滅多に見ら
れないのでタバコ屋は佐藤さんにおねだりしてボンネット
フードをご開帳頂き、しげしげと拝見させて頂きました。
DSCN8905.jpg
次は奈良の遠藤さんのZ432です。驚いたことに当時メー
カーオプションだった純正のマグネシウムホイールを装
着されていました。これは確か神戸製鋼製で当時アルミ
ホイールはまだ普及していなかったので、このマグホイ
ールは足回りの軽量化には貴重なアイテムだったので
すがとても高価で、一般庶民には手が出ないしろもので
した。
DSCN8908.jpg
同様におねだりしてボンネット開けてもらって、もうビック
リポンを通り越してビックリ仰天しました。何これ、博物館
かメーカーのミュージアムからいきなり抜け出てきたよう
な目も覚めるほどに素晴らしいコンディションのエンジン
ルームではないですか。それもよくある過剰にレストアし
キンキラピカピカにしたエンジン廻りでなく、製造工場で
作りたてがそのまま出てきたような清楚な佇まいなんで
す。ツインカムエンジンのヘッドカバーがまた素晴らしく
グリーンがかったグレーの結晶塗装が何とも美しい!。
DSCN8909.jpg
反対側から見たエンジンルームですが、ソレックスの3連
装キャブレター及び赤い純正のエアクリーナーBOXと合
わせ工業製品を通り越した機能美に溢れていますよね。
もうこうなったら何馬力あろうが、ゼロヨン何秒かかろう
がどうでもよくこの景色を眺めているだけで一幅の名画
を拝見しているようであり、タバコ屋はしばし時間を忘れ
て見とれてしまいました。ちなみに遠藤さんのご職業は
ANAの国際線パイロットだそうで、そのセンスの良さが
滲み出ているようでした。
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尚、蛇足ながら遠藤さんは静岡の川嶋さん同様、計3台
の初代Zをお持ちだそうで、タバコ屋はこのカテゴリーの
お方のことを敬意を込めてスーパーエンスーと命名する
ことに致します。ただし子育てや親の介護でオカネに余
裕のない方はこのようなマネは決してしないで下さいね。
DSCN8902.jpg
CLUB-S30の副会長でもある静岡の川嶋さんのZです。
3台ご所有のうちツーリング用にしつらえたノーマルに
近いZだそうですが、確か静岡へお邪魔した時はL型2L
エンジンにウエーバーキャブが3連装で付いていました。
偶然ながら川嶋さんを含め今回4台のZのエキゾースト
エンドはすべてZ432純正の縦2本(縦デュアル)マフラー
が装着されていました。また渋いご趣味を反映してか、
ブリティッシュレーシンググリーンの洋服にメッシュのス
ニーカーを組み合わせるというシックなしつらえでした。
DSCN8900.jpg
タバコ屋のZはこのブログで何度もご紹介しているので
気恥ずかしいですが、一応簡単に再紹介しておきます。
10年程前、ポンコツの湾岸ミッドナイト仕様のZを入手し、
タバコ屋が若かりし頃、キラ星の如く輝いていた栄光の
DATSUN240Zサファリラリー・ワークスカーのイメージ
に近付けようと5年がかりで地獄のレストアを行ったもの
のエンジンや足回りが気に入らず、結局静岡の川嶋さん
ちでホームステイをさせて頂きチューニングを施した結果
やっとまともに走れるようになったという経緯があります。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照願
います)
DSCN8880.jpg
余談ながら、クラブ会員さんでまだ面識の無い池内ドクタ
ーなどは、思い高じて本物そっくりのワークス240Zを復刻
製作し、クラシック・モンテ等に出場されているのは有名
ですよね。しかしタバコ屋はそのようなことが出来る身分
でもないので、せめて外観のムードだけでも楽しむことで
ヨシとしています。
エンジン
エンジンは購入時L型2.8L改でしたが3Lにボアアップし
現在に至っています。それも見掛け倒しで、ソレックス
キャブのチューニングがうまくいってなければまともに
走ることもままならず、その結果アルトのおばちゃんに
スッと抜かれていくという有様でした。ま、川嶋さんの手
でファインチューニングを施してくれたおかげで、その事
態は免れるようになりました。
しかし悲しいことに人間の欲望は限りがなく、子育てに
おいても這えば立て、立てば歩めの親心と申しまして、
次々にエスカレートしていくのです。その具体的なケース
は図らずもこの後のシーンで露見することとなりました。

今回のミーティングに参加されたもうお一人は、会員さん
で以前Z432に乗られていた観音寺市の宮武さんですが
残念なことに現在は手放されているそうで、別のオクル
マで参加されました。でも元オーナーだけあってZ432に
ついてはメチャお詳しい方でした。
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さて名画改め名車観賞会も終わり、近くの鷲羽山ドライブ
ウエイを山頂までヒルクライムしましょうということになり
ました。地元の佐藤さんの黄色いZ432が先導することに
なり、佐藤さんはゆっくり行きますから飛ばしたい人は先
に行ってもいいですよと仰ったので、のんびりモードかと
思いきや、何が何が、とてつもないハイスピードではない
ですか。この場面は3速で4,000rpm、速度は??ですが、
佐藤さんと遠藤さんのツインカムZ432はコーナーからの
立ち上がり加速が凄いんです。完全に置いて行かれそう
になり途中で一旦追い付くものの次のコーナー立ち上が
りでまた遅れるという有様でした。タバコ屋は3Lエンジン
ゆえトルクには自信がありましたがそうでもなさそうです。
特に4,000rpmを過ぎるとしんどそうに吹け上がるのです。
ガソリンがうまく来ないのか、排気がふん詰まり状態なの
か、とにかくハイチューンエンジンとは言い難いパワーの
出方です。先日宇治を訪問し平尾センセにご試乗頂いた
時は、センセ曰く、あんまり欲出したらあかんで、これぐら
いでヨシとしようや、車重が軽いんやからパワーばっかり
上げると足回りがついていけんようになるんやから、と仰
っては頂いたのですが、う~んこうなればまたいつか川
嶋さんちでエンジンの吸気と排気をよりスムーズにしたい
という更なる煩悩と言うか欲が出てきてしまったようです。
ここだけの話しながら当分はお浄土もしくは天国へ行け
そうもありません。
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ついでながら、以前自称HONDA-PTA会長を拝命し、20
年も連れ添った2代目レジェンドに乗っていた頃、3.2Lの
SOHC-V6エンジンながら7,000rpmくらいまでスムーズに
吹け上がっていた記憶があるだけに、ややの歯がゆさを
覚えたタバコ屋でした。
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山頂のホテル到着です。やれやれでした。せっかくなの
で、Z4台が仲良く並んで記念撮影となりました。
DSCN8928.jpg
偶然ながら、緑、赤、黄色と交通信号みたいにそれぞれ
個性的なボディカラーが揃い、こんな光景は滅多に見れ
ないタバコ屋は、しばしうっとりのお時間でした。
DSCN8930.jpg
一部の読者はお気付きのように車高は皆さん標準かもし
くは下げているのに、タバコ屋は逆に上げておりやや背
高で気恥ずかしい気もしないではありませんでした。
それはさておき、お昼時でもありホテルでランチをと言う
ことになりましたが見晴らしの良い所だったせいかお値
段は聞いてビックリ5,000円だったのでご辞退することに
し、市内に下って佐藤さんの親友の片山さんと言う方が
やっているレストランで昼食を頂くことにしました。

なお、残念なことに奈良の遠藤さんはお仕事の都合で
(ANAの国際線パイロット)奈良に引き返さねばならず、
ここでお別れすることとなりました。
DSCN8942.jpg
ここに到着してからがまたビックリポンで何と駐車場には
レストランオーナーの所有車であるミツビシ500が停まっ
ているではないですか。はっきり言ってこのオクルマは
タバコ屋が小学生の頃に走っていたしろもので、50年以
上経った今、走行出来る状態で残っているというのは奇
跡に近いと思います。佐藤さんのお話ではこのオーナー
は地元の三菱クラブの会長さんだそうで、ここ倉敷市は
ミツビシの水島製造所があるところでもあり、何やかや
でミツビシとはご縁が深いのだと思いました。
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さっそく店内をお借りしてタスキリレーの旗へめいめいが
サインしていきます。観音寺市の元Z432オーナー宮武
さんが真剣な顔つきでサインされています。
宮武さんの後ろは左からレストラン「ワーゲン」のオーナ
ー片山さん、真ん中は佐藤さん、右が川嶋さんですが、
佐藤さんと川嶋さんはCLUB-S30の特製Tシャツをお召し
です。これがまたカッコ良く何でも6年程前に某スポーツ
メーカーで作ってもらった特注品らしく、生地も機能的で
しっかりしたものゆえ、タバコ屋はよそ行き用にほしくなり
ましたがもう絶版品にて、無いものねだりとなりました。
ついでながら三菱クラブの会長さんのお店がワーゲンな
んてちょっと笑ってしまいますよね。せめてコルトとか。
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サインし終わったクラブロゴ入りのフラッグです。これから
全国(アメリカを含む)を巡礼した後にはもう書き込みの余
地がないほどになることでしょう。ちなみにCLUB-S30のロ
ゴの真下にサインされているのは初代Zの設計者である
植村斉(ひとし)氏のもので、今後名誉会員で元NISSAN
ワークスドライバーの北野元氏等のお名前も刻まれること
でしょう。
DSCN8949.jpg
余談ながら、岡山、特に倉敷市を中心とする周辺地域
はかつて学生服の一大産地であり、戦後のいわゆる団
塊の世代と呼ばれるベビーブーム、お子様ブームの時
には一大繁栄を誇りましたが、それが去った後、今度は
ジーンズの産地として再興を果たしました。そのブームも
今では過去のものとなりつつありますが写真はこのレス
トランンのオーナーである片山さんが道楽で三菱ならず、
かつてジーンズの有名ブランドだったビッグジョンの私設
応援団長も務めており、今でもジーンズの名を冠したラリ
ーを開催されているようです。
富永商店3-1
突然の古い写真で恐縮ながらこれは昭和38年(1963年)
戦後荒れ果てた商業の啓蒙、指導者として全国の若き
商業者達に商いの正しい道を説き、その弟子のダイエー
を初めイトーヨーカドー、ジャスコ、ニチイ等の流通革新
者(イノベーター)を生むに至った精神的支柱として、神
の如く尊敬された、雑誌「商業界」主幹(エディター)であ
った故倉本長治先生が、こともあろうにタバコ屋の島、
中島へ訪問視察された時のものです。
話せば長くなるお話ながら、タバコ屋は元々ゴフク屋で
100年前からこの西瀬戸の島、中島で商いをさせて頂い
て来ました。先代は戦後の混乱期に若者らしい正義感
から、闇市の横行や販売価格の無秩序さに疑問を持ち
ふとしたキッカケで雑誌「商業界」を読むに至り、倉本
編集長の熱心な支持者(弟子)になったと言う訳なんで
す。その意味ではダイエー、ジャスコ、ニチイの創業者と
同じ体温だったのではないでしょうか。
(関連記事:混沌と秩序 vol3:流通編(後編)参照願い
ます)
倉本先生視察10
そのようなご縁で、倉本主幹がご夫婦で西瀬戸の小さな
島を訪問視察された訳ですが、先代にすればもう天にも
昇る気持ちではなかったかと思われます。だって師とも
神とも仰ぐお方が、よもやまさか自分の島を訪問し、目の
前の自分の店に立っていらっしゃることは夢か幻かの如
く感じたのではないでしょうか。
蛇足ながら当時NHKでは「夢であいましょう」が放映され
ており、最近泉下の人となられた永六輔氏や中村八大
氏、黒柳徹子さん、坂本九ちゃん等々、が大活躍してい
ました。タバコ屋の先代も倉本師と夢でしか逢えなかっ
たものが現実となった喜びはひとしおであったと思われ
ます。
この写真は視察後、記念公演をされた時のもので、看板
には商人の父と書かれていますよね。こうなったらもう技
術うんぬんの話しではなく宗教、神のカテゴリーのお話し
になると思います。真ん中のサングラスを掛けられた方
が倉本師でその左端がタバコ屋の先代です。先代の嬉
しくてたまらない表情が見て取れます。だって主イエスに
等しい方とひとときを共に出来たのですから。
トト姉ちゃん1
倉本長治先生の業績を長々と申し上げるのはこの稿の
趣旨ではありませんが、わかりやすく言えばただ今NHK
朝ドラで絶好調のトト姉ちゃんのパートナーであった異
色の編集者、プロデューサー、花森安治氏の「暮しの手
帳」に通じる精神をお持ちで、今から思えば花森さん同
様生活者サイドに立ったお店のあり方を模索されたの
だと思います。
暮らしの手帳1
ちなみに倉本先生の指導理念は「店は客のためにある
という簡潔な言葉に集約されており多分その理念は花森
安治さんの「生活者特に世のご婦人方に正しい生活知識
を広めたい」と言う理念と同様のものであったと思います。
(関連記事:人生いろどり参照願います)

あらぬ方に脱線してしまいました。最初の富永商店の写
真に戻って頂きたいと思います。写真奥にトンボ学生服
の看板が見て取れると思いますが、そのトンボとは岡山
の学生服三大メーカーの一つ、帝国興業といういかめし
い名前のメーカーの愛称ブランドでした。
タバコ屋を始めとする全国の戦後団塊世代はメーカーは
別にしてほとんど倉敷周辺の岡山のメーカーの学生服を
愛用して育ったんです。
余談ながら、富永商店は先代がいち早くトンボ学生服を
導入、拡販したため本社から表彰され当時のタバコ屋を
含む島の小学生50人くらいが今流行の本社工場見学に
招待された淡くも楽しかったセピア色の記憶が今でも脳
裏に残っています。
DSCN8943.jpg
一風変わったレストランでの出来事に話を戻します。
サイン大会の後、レストランオーナーのご好意でジュー
ジューの鉄板ステーキ定食を破格の2,000円で頂いたご
一行でしたが、先ほどの鷲羽山ホテルとの格差を思い、
ああ「店は客のためにある」とはこう言うことなんやと、
変に独りよがりの納得をしたタバコ屋でした。
小林彰太郎1-1
ついでの話しとして、カテゴリーは異なるものの日本の
自動車ジャーナリストの草分けで、かつてのタバコ屋世
代のバイブルでもあったカーグラフィック初代編集長だ
った故小林彰太郎氏のいつもの口癖というかオクルマ
の評価基準は「VALUE FOR MONEY」でした。わかり
やすく言えば今をときめくニトリでもないでしょうがおネダ
ン以上、即ち価格に見合う価値があるかどうかということ
でしょうか。小林先生程の教養も見識もないタバコ屋で
もわかるような気はします。
ポールフレール1
余談ながら小林彰太郎氏の親友は故ポール・フレール
氏で日本のモータリゼーションの質的向上は彼を抜き
にしては語れないと思います。特にHONDAとMAZDAに
とっては流通業における倉本長治師の如くでした。
ポールフレール8
言葉は悪いですが当時のオクルマ世界ではカッペだった
NIPPONの2社は、かつてルマン24時間レースにおいて
フェラーリを優勝に導く等、輝かしい実績を持つポール・
フレール氏のアドバイスは神の声に等しい響きを持って
いたと思います。その神の声を素直に聞いたHONDAと
MAZDAの純真さに対し、タバコ屋は素直にエールを送り
たいと思います。
ポール・フレール氏が発した神のアドバイストとは一体
何だったのでしょうか。これはあくまでもタバコ屋の推測
に過ぎませんが、それは「人馬一体」という思想ではな
かったかと思うんです。それを世の人々はスポーツカー
と申します。
img6[2]
ちなみにHONDAの初代NSXの開発に当たってはポー
ル・フレール氏の的確なアドバイスにより、フェラーリに
匹敵する高い評価を得たことは知る人ぞ知る裏話です。
(関連記事:鈴鹿サーキットのこと vol.2:発展期参照願
います)
DSCN8953.jpg
さてサイン会と腹ごしらえの終わった一行は一路倉敷市
へと向かいます。ここは土地勘のある倉敷在住の佐藤さ
んの黄色いZ432に先導して頂きます。
DSCN8956.jpg
タバコ屋もジュージューステーキ定食でお腹が一杯で、
やや眠くなるのを我慢しつつコンボイ走行です。後ろから
は気を使いつつ伴走頂いている川嶋副会長、しんがりは
観音寺の宮武さんです。

この後、ご一行は倉敷市内へ殴り込みと相成るのですが
例によってタバコ屋の寄り道が多く、紙数も尽きてしまい
ました。この続きはvol.2にてお伝えしたいと思いますので
お楽しみに。

(尚、文中の一部の写真については川嶋さんのHP及び
彼から頂いた写真より流用させて頂きました)

島のビックリポン酢開発 vol.4

平成28年7月3日
島の特産品であるいよかんを使ったビックリポン酢を作
りたいという構想は実は5年ほど前から温めていたんで
すが自社製造という訳にもいかないので、古くから当社
とお取引のある松山三津地区の村要本店さんにお願い
しようと決めていました。折に触れての村上社長とのお
話しで、そのうち、あすなろ、で3~4年ほど経ち、タバコ
屋の内部体制も整ってきたので、昨年正式にお願いし
たところ快諾頂き、約1年を要して試作を重ねやっと満
足出来るものが仕上がりました。
あさが来た6
商品プロデュース及びパッケージデザインについては
これも以前からお世話になっている広島のギミックさん
にお願いしたところ快く引き受けて頂きました。商品試作
と平行して作業を進めて頂いた結果、この度デザインも
仕上がり、いよいよ我が子を世に出す運びとなりました。
あさが来た18
さてパッケージデザインです。タバコ屋がぼんやりとイメ
ージしていたのはかつて幼かった頃、昭和30年代の原
風景、即ち三丁目の夕日の世界の瀬戸内海版でした。
あさが来た24
モチーフとしては朝ドラのあさが来たのタイトルバックが
大好きなんですがこれはタバコ屋と同級生の副田高行
さんがプロデュースし、7才年上の藤枝リュウジさんとい
うおじさんがイラストを担当しました。
副田高行3 藤枝リュウジ
意外でしょうが、言ってみればタバコ屋と同世代のおじさ
ん連中が創作したものであるからこそ、共感出来るもの
があるのかも知れません。
秋元康 AKB48山本彩
またテーマ曲は作詞が今をときめく秋元康さん、作曲が
角野寿和・青葉紘季さんの共作で、歌うのは山本彩さん
を中心とするAKB48の皆さんということで意表を突いた
構成ですよね。
島ぽんPOP1
そのタバコ屋のささやかな願いをギミックさんに託して待
つこと数ヶ月、デザインが出来上がりました。ギミックさん
はやってくれました。力作です。タバコ屋の祈りのような
思いをズバリ表現してくれました。VERRY GOODです。
(関連記事:島のビックリポン酢開発 vol.3参照願います)
キャッチ
最重要なキーワードとして「お口に広がる瀬戸内海」の
キャッチコピーが採用されました。これは今回が初めて
ということではなく、スイーツを中心とするタバコ屋の加
工製品に一貫して使用されてきたもので、お口の恋人
ロッテの玉置さんでもないでしょうが、京都出身の名コピ
ーライター、仲畑貴志さんの代表作である「お尻だって洗
ってほしい」にひけを取らない作品であるとタバコ屋は秘
かに思っています。
お尻だって洗ってほしい
ここだけの話しながら、TOTOはこのキャッチコピーにより
ウォシュレット市場で爆発的な売上とシェアを獲得するに
至った訳で、仲畑さん様々だった訳ですが、タバコ屋にも
同様のことが起こるやも知れないのです。しかしそれは
獲らぬ狸の皮算用と申しましてタバコ屋は初めからそん
ないかがわしい考えは持ち合わせていません。
だって人生は紙飛行機、風の中を力の限りただ進むだ
けなんですから。
(関連記事:島のスイーツ開発 vol.1:プロローグ参照願
います)
島ぽんラベル2
さて肝心の商品名ですが、島のビックリポン酢のコンセプ
トにちなみ「ほやけん島ぽん」に決定致しました。当初は
「ほやけん島ぽん酢」というネーミングも検討されましたが
インパクトに欠けるので「島ぽん」でいくことにしました。
ところで頭にほやけんというのが付きますが「ほやけん」
というのは伊予ことばで「だから」という意味なんです。
特別な意味と言うよりは伊予の中島らしいネーミングを
ということでギミックさんが頭を捻ってくれました。
「ほやけん島ぽん」何か懐かしいほのぼのとしたノスタル
ジー(郷愁)を感じませんか。

キャラクターとして、可愛らしいAKBならぬ中島きよみさん
を抜擢しました。今回製造を担当して頂く村要本店の若
奥様のイメージにもやや似たところがあり、気に入って
います。奥様の名誉のために申し添えますと、実際はず
っとお綺麗なお方です。

ビンのデザイン及び容量は村要本店さんの充填キカイ
の制約があり、360ml入りのシンプルなものとなりました。
尚、キャップはヒンジ式で少しづつふり掛けられる切り口
のものを採用しました。
島ぽんしおり1
ここまで来て、ギミックさんは粋な計らいをしてくれました。
販売時に添えるしおりのデザインもして頂いたのです。
タイトルは「思い出の島からこんにちは」で、このコピー
も他のスイーツ製品に使用されている一貫したものです。
そこには、かつてタバコ屋が運行していた島の三輪バス
ヂャイアント号や汽船のはやとり、くれひめ、また村要本
店さんのマツダ三輪トラック等、昭和30年代前半の懐か
しい風景が散りばめられています。このような環境の中
で、ボクらは育ったんです。
(関連記事:あこがれの宮島 vol.2:再訪参照願います)
島ぽんPOP2
このブログをご覧頂いているご縁の方々には随分気を
揉ませましたが、1年近くに及ぶ開発を経ていよいよこ
れで島のいよかんポン酢の完成です。
まだあげ初めし前髪の乙女の如き恥じらいの香り立ち
ゆく「ほやけん島ぽん」
、今後一体どのような評価を頂く
ことになるのでしょうか。

さて我が子を世に出すにあたりいくらのおネダンにする
かですが、大量生産のミツカンさんなどは比較にならず、
また関西では有名な旭ポン酢さんが同容量で700円程
度(税別)でお売りになってはいますが、知名度は比較
になりません。島ぽんは自家製造品ではなく一部の原
材料を村要本店さんに持込み製造して頂くいわゆる委
託製造品であるため、おネダンも全くの自由にはなりま
せん。色々迷った挙句、600円(税別)程度でスタートさ
せて頂けないかと思っています。実質ハンドメイドの品
ゆえ割高なのは重々承知ながら一度ご試食頂き、ご意
見を賜りたいと思っています。

島のビックリポン酢開発ストーリー、今回を以って取りあ
えずの区切りと致します。長期間のご精読有難うござい
ました。

(尚、NHK朝ドラ「あさが来た」に関連する写真は、ヤフー
画像より流用させて頂きました)

終わりなき旅 vol.8:姫路城でのこと

平成28年7月2日
限定読者向け、青春ノスタルジック劇場その5
楽しかった同窓会もあとは姫路城の見学を残すのみとな
りました。宴会が終わって各期部屋に帰った後も話は尽
きず、就寝は多分午前2時過ぎで、皆さん寝不足状態だ
と推察致します。
DSCN8692.jpg
ホテルのビュッフェでバイキング朝食後、いざ出発です。
昨日同様、昭和46年組と48年組は一緒に見学すること
にしました。今日は日差しが強いので、BMW隊はオープ
ントップを閉めてお出かけです。メタルトップなので閉め
ると普通のセダンに早変わりと言うスーパーマジックをご
披露頂きました。
DSCN8608.jpg
姫路城の手前にある公園、参道?に到着です。とても綺
麗に整備されていて、建物のイメージも統一され好感が
持てました。最近はどこの都市でもそうなんでしょうが、
電柱が1本もなくすっきりして広々感がありました。これで
松山のようにチンチン電車が走っていれば申し分のない
風情ですが、そのような歴史にはならなかったようです。
DSCN8698.jpg
姫路城エントランスです。ここでタバコ屋はやや細かい芸
を披露し、道中のエナジー補給にと皆さんにアメを配りま
した。ただしムチは持って来ていませんでした。
DSCN8702.jpg
どうも大手門らしき菱の門と呼ばれる大きな門をくぐりま
した。左手看板には「国寶(宝)姫路城」と書かれている
のが見て取れます。
姫路城1
皆さんご存知のように姫路城のルーツは遠く600年以上
前の南北朝時代に、赤松貞範が砦もしくは館を造営した
のが始まりとされ、その後戦国時代にこの辺一帯を支配
していた小寺家の家臣黒田重隆により城としての体裁が
整えられさらにその孫の黒田孝高(よしたか)通称官兵衛
の代には天下統一の途にあった羽柴秀吉と呼応し、その
参謀(ブレーン)になるとともに、自身の城を秀吉に提供し
より本格的な城へと拡充していきました。
姫路城7
西の毛利勢、九州の島津勢、及び四国の長宗我部勢に
睨みを利かす西端の戦略拠点として姫路城は重要であっ
た訳で、ちなみに有名な秀吉の中国大返しの時にはここ
がその合戦準備の出発拠点となりました。秀吉も姫路城
がなければ途中もうへとへとで、合戦どころではなかった
と思います。写真左が現在の姫路城天守閣で右が秀吉
当時の天守閣です。スケールの差はあれ、戦略上の重
要度は一緒でした。
姫路城2
関ヶ原の合戦後、徳川時代には戦功のあった池田輝政
が城主となり、今日のようなさらに大規模な城へと改修
され、その後家康の孫で当初は豊臣秀頼の正室であり
大阪城落城時に助け出された千姫が再度嫁いだ本多
忠刻(ただとき)の本多家が治めましたが、重要な戦略
拠点であったことから、有能な藩主が求められ、その後
榊原、酒井、松平家と頻繁に城主が変わりました。
姫路城はその都度、整備拡充がされ、明治以降は陸軍
の連隊本部として使用されました。また先の大戦の空襲
から奇跡的に逃れることが出来、今日見るような一大ス
ケールの城郭が構築、保存されたという訳です。
姫路城11
当然ながら遺構はすべて国宝または国の重要文化財と
なっており、その秀麗な外観から別名白鷺城とも呼ばれ
ますよね。今回の大規模な修復作業(レストア)で往年の
輝きを取り戻した姫路城です。森と泉に囲まれたブルー
シャトウでもないでしょうが、海と田園に囲まれたホワイト
キャッスル(白亜の城)と言ったところでしょうか。ただし
白く輝き過ぎて白鷺城改め白スギ城という意地悪な声
も一部にはあるようですけど。
IMG_4392-1.jpg
余談ながら姫路城は名古屋城、大阪城とともに日本三
名城の一つとして、また津山城、及びタバコ屋の地元
松山城とともに三大平山城として有名ですよね。写真は
我が松山城で、手前味噌で恐縮ながら先般平尾ご夫妻
が、中島、松山を訪問された時のものです。その天守閣
はコンパクトながら縦横、石垣の傾斜等、バランスの取
れたGOODデザインだと思うんですが・・・ね。
(関連記事:校長先生西瀬戸を行く vol.2:松山編参照
願います)
DSCF2299-1.jpg
これは若干違う角度から松山城天守閣を望んだものです
が、実は平尾センセご夫妻のご訪問時の翌年、福ちゃん
こと石川女史がご友人達(オーテス・ケーリ先生ゆかりの
アーモスト館OB吉﨑さんご夫妻、他)とともに中島、松山
へ行幸された時のもので、千姫に勝るとも劣らぬ品性と
知性を兼ね備えた福ちゃんにもこのような茶目っ気たっ
ぷりの一面があることに驚かれるOB諸氏もいらっしゃる
のではないでしょうか。
D002.jpg
実は今回の見学に際し、同期の平尾センセとギーちゃん
こと森本氏は少し遅れて参加したと前の記事で申しました
が、我々が前日書写山円教寺の見学をしている間、彼ら
が到着し、先に姫路城を見学し、同窓会に出た後とんぼ
返りするという強行スケジュールとなりました。
D006-1.jpg
かつては一緒に学生ラリーに参加し、数々の優秀な成績
を収めて来た元戦友、姫路城にて相集うの図ですが、お
互い気持ちはヤングアットハートなれど、外観はご覧のと
おりにて、年は争えません。タバコ屋もしかりですが。
DSCN8704.jpg
さて地元の庄坪氏のお奨めで本丸へ行く前に西の丸を
目指すことにしました。正室の千姫は高層の本丸が峻険
なのであまり好きではなかったらしく、もっぱら低層の西
の丸を愛用されたとか。女性でなくても普段の非戦時下
に天守閣での生活というのは現実的ではなかったと思い
ます。第一、天守閣だけでなく城郭そのものが城主の威
容を示すためと、戦闘、籠城のためのものなので、食事、
風呂、トイレといった住生活面の配慮は設計時にあまり
真剣には考えられていなかったと思います。
ヴェルサイユ宮殿4
余談ながらフランスを代表するパリのヴェルサイユ宮殿
もルイ16世とその夫人マリーアントワネットが住んでいた
18世紀頃には信じ難いことにトイレなどなく、広大な庭の
茂みで用を足したりオマルを使っていたと言いますから
もう無茶苦茶ですよね。お尻だって洗って欲しいなんて
悠長なこと言っている場合じゃなかったんです。
マリーアントワネット2
マリーアントワネット妃が用を足された後、お尻は誰が
きれいにして差し上げて、またオマルは誰が片付けてい
たんだろう?などとタバコ屋は余計な空想をしてしまいま
す。但しタバコ屋は変態ではなくただ好奇心からその~。

ところで、世界で一番清潔好きな民族は昔も今も我が
NIPPON民族であることは皆さんご存知でしたか?。
だって秀吉当時すでに厠(かわや)=トイレというものが
水洗ではないものの立派に存在していましたから。
(関連記事:
島のスイーツ開発 vol.4:マリー・アントワネットのこと
参照願います)
DSCN8705.jpg
西の丸へ行く途中からみた天守閣です。はるか向こうに
霞んでいますから、そら千姫様だって行きたくなかったと
思います。
DSC08012.jpg
余談ながら、西の丸の天守には千姫とそのお嬢さんの姫
君が百人一首かもしくはカルタ取りをして遊んでいる等身
大の人形が飾ってあったのですが、それを見学していた
さるご婦人が、あれ花札やってんのやろか?と申されたの
には思わず苦笑してしまいました。やんごとなき姫君殿が
花札などする訳ないっちゅうの。
DSCN8707.jpg
西の丸を大急ぎで見学した後、いよいよ本丸天守閣へ
向かいます。ター坊こと井上氏もやれやれと言った面持
ちで振り返っています。
DSCN8712.jpg
いよいよ天守閣に到着です。エヴェレスト登山でもあるま
いに、登頂記念に案内旗と一緒に天守を写しました。

余談ながら、この日はものすごく日差しがきつかったの
で屋外での写真がことごとく色が飛んでしまいました。
タバコ屋のカメラはNIKONのデジカメなんですけど、セン
サーの性能が良いのか暗いところは抜群にきれいに撮
れるんですけど極端に明るいところは光を拾いすぎて
うまく撮れません。
DSCN8708.jpg
天守閣に入るとお城を中心にした当時の姫路城下町の
模型がありました。
DSCN8709.jpg
昭和の大改修時に天守閣の骨組みを徹底調査したそう
ですが、それはその時の検討用模型だそうです。外観は
5層ながら内部は6層という凝った構造で、当時の城郭建
築技術の粋を集めたものだと思います。

蛇足ながら、タバコ屋がやや気になったのは、天守部分
が上下に大きいので基礎に対して頭でっかちのように感
じます。何故なのかと思いましたが、シロウトなりに答え
が見つかりました。皆さん何故だと思いますか。

お答えします。それは基礎の石垣の傾斜角度が立ち過
ぎているからなんです。それで天守部がやや窮屈な感じ
になっています。従って基礎部分のスカートの傾斜をも
っと緩やかにしてやれば、今以上にバランスの取れた
天守閣が出来上がります。尚、戦略的には角度を緩や
かにすると敵がよじ登りやすくなるので現実的ではない
かも知れません。
DSCN8710.jpg
午前10時を過ぎてくると空いてるはずの天守閣も混み始
め、只今世界中から観光客が押し寄せているため、国際
色豊かな方々が押し合いへし合いの見学となりました。
おかげで、天守の最上階の6階では一時立ち往生で見学
を待たされることになりました。
DSCN8711.jpg
トコロテン式の見学をやっと終え、天守閣の広場で休憩
です。これからは46年組と48年組は別行動にてやや早
い昼食を摂ることにしました。我々はふもとにある好古園
という庭園内の活水亭というレストランでランチタイムと
なりました。
DSCN8724.jpg
昼食後、庭園の見学をしましたが、やはりお殿様の作っ
た庭園と言うのはどこでもそうでしょうが財力に物を言わ
せたビッグスケールの物が多く、ここも例外ではありませ
んでした。
DSCN8727.jpg
手前味噌ながら、タバコ屋も只今3,000坪余りのガーデ
ニング(別名みかん栽培)を展開中ですが、優雅な平地
でのお庭とは異なり急傾斜地の山でのことで、悪戦苦闘
をしています。ちなみに同期生の庄坪氏を始め、佐々木
氏や一期後輩の奥村氏等もオシゴトのかたわらもしくは
退職後、農業にいそしんでいるようです。ただし彼らはお
米のカテゴリーで、みかん農業はタバコ屋だけではない
でしょうか。
(関連記事:4千坪のガーデニング vol.1:3種の神器参照
願います)
DSCN8721.jpg
優雅な庭園の見学も終わり、お別れの時間が近付いて
まいりました。姫路駅へ移動し純喫茶で一服することに
致しました。その理由は約2名アヘン患者がおり、純喫
茶なら必ず喫煙OKだからです。ちなみに純喫茶などと
いう言葉は今時もう死語だとは思いますが・・・。
P1010239-1.jpg
いよいよお別れです。楽しかった同窓会もあっという間
に終わってしまいました。三々五々各地へ散って行きま
したが、タバコ屋は夜遅くに大阪南港から東予港行きの
フェリーに乗るため梅田へと向かいました。
DSCN8729.jpg
新装なった梅田のJRターミナルビルです。タバコ屋は元
ゴフク屋であったため月に1度は大阪、京都へ仕入れに
来ていましたので、慣れた街ではありますがそれにして
も、その変貌ぶりにはとまどってしまいます。
DSCN8736.jpg
地下鉄の御堂筋線に乗り、大国町経由で大阪南港に向
かいます。
DSCN8742.jpg
大阪南港に到着です。前回宇治の平尾氏邸訪問時は
ここからZ嬢で乗り込んだのでしたが今回は徒歩ですの
でガス欠やバッテリー上がりの心配もなく、お気楽モード
です。
DSCN8748.jpg
夜10時の出航にもかかわらず、早くから乗船出来るので
船内で入浴や食事をすることが出来るため、タバコ屋は
結構気に入っています。ちなみに料金は会員ですと往復
2割引となり何と10,000円程で行って帰ることが出来ます。
夜間の移動ですので泊り代はほぼタダという感じでしょう
か。でも早く移動したいというイラ助の方にはあまりお奨
め出来ない方法です。
IMG_2411-1.jpg
何やかやで、懐かしくも楽しい同窓会旅行でした。帰り際
には、もう年も年やしメンバーが減ることはあっても増え
ることはないんやから、せめて年に1回は同窓会をしよう
や~という意見が圧倒的であり、架空の会話ながら隣の
庄坪氏が「おいチャン太よ、今度の姫路同窓会えらい好
評やったけど次どないすんねん」と言っている様な気が
します。麦藁帽子のおっさんは、いずれ松山道後での同
窓会をお世話するハメになるのではなかろうかと悪い予
感が頭をよぎったのでした。

今回の同窓会5部作いかがだったでしょうか。私的なこと
がほとんどで、また仲間のことゆえ、気安さから失礼な
表現があったやも知れませんが、同釜ゆえにお許し頂き
たいと思います。長時間のご精読有難うございました。

(尚、記事中の写真の一部は平尾氏や三宅氏から頂いた
ものやウィキペディア等から流用したものを掲載させて頂
きました。また歴史や人物にかかわる記述の一部はタバ
コ屋の私見であることを御了解願います。)

★★島のタバコ屋の独り言★★
【7月31日:ああ創業100年】 島のタバコ屋、即ち富永呉服店が創業100年を迎えたことは先般お伝えした通りですが、皆さんよくご存知の世界的宇宙物理学者、故ホーキング博士によれば、100年なんて宇宙的時間軸で言えば、一瞬のまばたきに過ぎない訳で「島でのことも夢のまた夢」ということになりましょう。それはともかく4才の頃から道端の草にも「コンニチハ」なんて愛想を振り撒いて来たタバコ屋にしてみれば「店は客のためにある!」以上、未来永劫、店の続く限りそのテーゼを実践し続けるしかないのです。京都で300年続く老舗料亭、老舗呉服問屋もその志があったのかどうか、お聞きしたことはありませんが、当らずとも遠からじではないでしょうか。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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