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東京大紀行 vol.4:ウォーターフロント

平成29年1月20日
タバコ屋が40才の頃ということは今から25年以上も前
の時代ですが、ウォーターフロントと言う言葉(記号)が
盛んに使われたことがありました。湾岸、ベイサイド、等
色々表現方法はあるでしょうが要するに都市の海岸もし
くは港沿いまたは埋立地のことです。間違っても瀬戸内
海の島の波打ち際
のことではございません。
織田信長1
古い話で恐縮ながら、今から400年以上前の戦国時代
から織豊時代(安土桃山時代)にかけてのお話しになり
ます。当時は下克上の何でもありの時代でその混乱(カ
オス)の中から風雲児、織田信長が出現しその後継者
として取るに足らない一農民の倅だった豊臣秀吉の二
人が2代かかって天下統一を成し遂げたことは今さら言
うまでもないサクセスストーリーですよね。
(関連記事:終わりなき旅 vol.4:姫路での再会参照願い
ます)
安土城2

安土城3
その織田信長なんですが、出身が美濃であり美濃と言
うのは廻りが平野で交通の便がよく、古くから農業より
も広域の商業で栄えた地でした。ゆえに戦国武将として
は革新的な思想の持ち主で、当時築城は攻撃されにく
い峻険な山の頂上に造営するのが常識でしたが、天下
統一が近付いた頃、何と琵琶湖湖畔の安土に居城を
構えたのです。その理由は信長が商人的感覚を持って
おり、交易のための水上交通の要所に拠点を置くと言う
発想をしたことと、防衛についても片一方が水面なので
比較的守りやすいという、一石二鳥を狙っており、言って
みればウォーターフロント開発の先駆者でした。また志
半ばにて倒れはしましたが、その間約10年にもわたって
大坂石山の地にあった一向宗の本拠地(石山本願寺)
を執拗に攻略したのも、湾岸の大坂を貿易の一大拠点
として活用する構想があったためです。
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大阪城7
一方豊臣秀吉は信長の構想(ビジョン)を忠実に受け継
ぎ天下統一事業と並行してその大坂の地に空前絶後の
巨城「大坂城」を築き天下にその威を示したのでした。
それにより大坂の地は以前にも増して商業をベースに
して大繁栄を遂げ、また従来より貿易港として栄えた
大坂南郊の堺を控えており、大坂は名実ともに豊臣政
権の首都として最重要拠点となりました。また天下統一
直前に徳川家康に江戸入植を勧めたのも海に面した大
平野(湿地帯)を有していたからで、その後江戸幕府と
なり当時世界有数の大都市になったのも、その発想の
ルーツは豊臣秀吉でした。
安土城5
いずれにせよ、信長、秀吉の商人的、事業家的発想が
安土、大坂、引いては江戸に結びついた訳で、この二
人がNIPPONのウォーターフロント開発の元祖と申せ
ましょう。

さて話しはタバコ屋が40才頃の平成2~3年頃に飛びま
す。いわゆるバブル時代の末期に当たり金融や不動産
関係の業種は黄色信号が灯っていたのですが、流通業
は依然として急成長を遂げていました。
ダイエー1
代表的企業としてはダイエー、ジャスコ、ヨーカドー、ニチ
イ等々ですが、既にそれから遡ること20年以上前から全
国の駅前周辺に都心型の多層型(日本的)ショッピング
センターを怒涛の如く出店していました。
ダイエー5-3
忘れもしませんが、タバコ屋が同志社大学自動車部に
入部したての頃、合宿は京都大阪の中間にある香里に
合宿所があり、そこに通っていたのです。食事の買出し
と調理はもっぱら下級生の仕事で、よく買出しに出かけ
ましたがその入部した年、昭和44年(1969年)に香里園
駅の近くにダイエー香里ショッパーズプラザがオープン
したのです。
ダイエー5
これは後で知ったことですが、当時飛ぶ鳥を落とす勢い
だったスーパーのダイエーが、日本初の郊外型ショッピ
ングセンターを香里園にオープンさせたのです。1階が
食品で2階が衣料品、雑貨、3~4階が立体駐車場で、
何もかも安いプライスの品で構成され百貨店とはまた
違ったモダンでデイリー(カジュアル)な雰囲気を持って
いました。以後、ダイエーはこの店舗スタイルと徹底し
たディスカウンント商法により、全国の主要都市駅前を
席捲する事になります。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.2参照願います)
マイカル本牧1
全国の大都市駅前にショッピングセンターをほぼ出店し
終えた革新的流通勢力(総合スーパー)は次の戦略と
して、郊外に1万坪!程度の敷地を有し、ショッピング
だけでなく映画やレジャーが楽しめるアメリカ型の複合
ショッピングセンターを模索するようになりました。中でも
それに最も熱心だったのがニチイで開発には莫大なオ
カネが必要だったにも拘わらず果敢に挑戦しつつありま
した。横浜本牧のマイカルタウンなどがその走りでした
が、当時のオカネで1年間に500億円も投資していたよう
で、その金額は新日鉄とかNISSANなど大手メーカーと
ほぼ同額でしたからそのスケールはハンパではなかっ
たということです。(尚マイカルとはニチイの後日の社名
です)
スーパートミナガ2
一方ニチイはそれより10年程前から全国の主に地方の
小規模な小売業者を対象に商品供給や店舗運営ノウ
ハウを提供する独特なボランタリーチェーン(ゆるい提
携)を推進しつつありました。名称はニッポン・アライド
・チェーン(通称NAC)でしたが、ご縁あってタバコ屋は
そのNACに加盟させて頂き、昭和53年(1978年)瀬戸
内海の小さな島、中島に近代的な総合スーパーを開設
することとなりました。
(関連記事:人生いろどり参照願います)
マイカル宇多津1
そのニチイは後年、郊外型複合ショッピングセンターを
開発するにあたり、1万坪級!の広大な敷地は全国そう
ザラにある訳ではないので、湾岸埋立地に造られた既
存の造船所や工場が閉鎖や移転した跡地、いわゆる
ウォーターフロントを再利用しようとしたのでした。この
目論見は理に叶ったものであったにも拘わらず、何分
投資がハンパではなかったので持ちこたえることが出
来ず、結局破綻してしまったのでしたが、一時代を象徴
する出来事として、皆さんの知るところです。
マイカル茨木1
ちなみに当時マイカルが推進していたイメージコンセプト
はYMCAL(ヤング・マインド・カジュアル・アメニティ・ライ
フ)と言うややマニアックかつ難解なもので当時の社長
だった京都出身の小林敏峯さんの考えたことなんでしょ
うが、過ぎたるは・・・という結果になりましたよね。どの
ようなことであれ難解なものはダメです。シンプルイズ
ベストなんです。じかにお聞きした訳ではありませんが
MYCAL(マイカル)という社名自体も(マインド・オブ・
ヤング・カジュアル・アメニティ・ライフ)の略称だったの
かも知れません。

小林敏峯社長とは偶然同姓にてシャレにもなりません
が、オクルマ・ジャーナリスト業界でかつてはカリスマ的
存在だった故小林彰太郎さんの口癖であった「ヤング・
アット・ハート」という言葉(記号)も同様の意味があった
と思います。直訳すれば「熱き心に」ならぬ「若き心に」
とでも言うんでしょうか。
(関連記事:時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと参照願
います)

それにしてもSATYやVIVREなどというストアブランドは
若い方にはチンプンカンプンでしょうが、我々万博世代、
特に関西方面にお住まいの方にとっては懐かしいヨコ
モジ記号ではないでしょうか。

蛇足ながら、マイカルの崩壊はカリスマ社長だった小林
敏峯さんが難しいご病気で急逝したことにより求心力を
急激に失い、残された経営陣では彼の壮大なビジョンを
継承し発展させ得なかったというのが真相だと思います。
それは400年前の豊臣家が滅亡に至る過程にも似たよ
うなドラマがありましたよね。
イオン1

モール7
マイカルの志が途中で破綻してしまったのはストアコン
セプトが時代を先取りし過ぎていたとも言えますが、ある
意味その後今日に至る大規模複合ショッピングセンター
の礎となりました。
尚、どうでも良いことながら、近年ではショッピングセンタ
ーでなくショッピングモールと呼んでいるようです。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)

さてウォーターフロントをご説明するための長い前置き
となってしまいました。今回のお話は現代の大東京湾
岸(ウォーターフロント)での出来事なんです。
東京湾岸2
今話題の豊洲、築地等、大東京のかなりの重要部分は
広大な江戸湾の埋め立てを中心に、徳川時代に始まり
長い年月にわたって造成開発されてきた人工都市であ
ることは皆さんご存知の事ながら、今回はそのウォータ
ーフロントの一角にある大田市場訪問のお話しです。
DSCN8336.jpg
以前の記事にも書かせて頂き、このブログにも何度か
ご登場頂いている、同志社アーモストクラブ(通称DAC)
のOBでそのOB会報(DACニュース)の編集長でもある
吉﨑さんが川崎にお住まいで長きにわたり三菱銀行に
お勤めの後、今は奥様と悠々自適のご生活にて、時折
ふるさと大阪の緑地公園に所有されているマンションに
息抜きに帰られている由、また吉﨑さんにとってはご自
分の庭みたいな京都及びオーテス・ケーリ先生ゆかりの
アーモスト館にも度々行き来されている現況だとお聞き
しています。
(関連記事:京都・宇治・巡礼 vol.1参照願います)

今回の上京に当たり、第3日目の予定として、その吉﨑
さんに久しぶりにお会いしたかったのと、タバコ屋として
はまだ一度も見学したことのなかったウォーターフロント
の大田市場を訪問したいと思い、その旨を吉﨑さんに
ご相談したところ、吉﨑さんも興味を示されたようでトン
トン拍子に話が進み、一緒に見学することとなりました。
DSCN2512.jpg
前回の記事でCLUB-S30の昼食ミーティングの模様をご
報告しましたが、すべての予定が終わった後、銀座三越
の塩昆布?みたいな名前の婦人服ショップ(マーク・ジェ
イコブス)で店長を拝命している娘の陽子のところへ一
晩殴り込みを掛けたのでしたが結局HOTELに泊まる方
がまだマシだったくらいの高いお化粧料(おひねり)を渡
すハメになったのでした。娘に嫌がられつつも阿佐ヶ谷
での一夜を過ごしました。
DSCN9944.jpg
さて吉﨑さんとお約束した当日となりました。東京モノレ
ールの流通センター駅で待ち合わせることにしましたが
吉﨑さんがやや遅れるとのことで、タバコ屋は徒歩にて
大田市場を目指すことにしました。写真はその流通セン
ター駅を大田市場の反対方向に向けて撮ったものです。
DSCN9947.jpg
京浜運河に掛かる大和大橋を大田市場に向けてただひ
たすら歩きます。(後でわかりましたが、直通バスで行っ
たほうが時間も断然早く迷わなくてよっぽどマシでした)
DSCN9949.jpg
さすが大東京の台所を賄う大田市場の周辺です。途中
にはデッカイ倉庫群があちこち建っていてスケールの大
きさを感じました。
DSCN9952.jpg
かれこれ20分以上歩いたところにそれらしき看板があり
近付いてよく見るとそこは大田市場花き部とあり、花を
扱うところで目指す青果市場はもっと先だと守衛さんに
言われました。
DSCN9958.jpg
いよいよ大田市場と書かれた大きな建物が見えて来ま
した。もうすぐそこです。
DSCN9960.jpg
目指す大田市場到着です。建物には東京都中央卸売
市場 大田市場と書かれています。吉﨑さんが到着す
るまでしばらく休憩です。
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吉﨑さんが到着されました。息せき切っているのでお尋
ねしたところ市場に隣接する広大な野鳥公園の方向へ
行ってしまい、大回りとなったのでダッシュして来られた
とのこと。スマートな体型ながらお若いです。
DSCN9965.jpg
一昨年5月にはタバコ屋の住む中島へ遠路ご夫婦でお
越し頂き貴重なひと時を過ごさせて頂いたのでしたが、
その時以来にて懐かしい再会でした。
DSCN5967.jpg
話せば長くなりますが、このブログにも時々ご登場頂く
同志社自動車部の一期後輩で福ちゃんこと石川女史と
吉﨑さんの親友で同期の中山さんもご一緒で計4名で
のご来島でした。福ちゃんと吉﨑さんとのご縁と言うの
は福ちゃんの幼なじみである京都河道屋の植田さんが
吉﨑さんとは同志社香里の同期であり親友であったこ
とからソバボウロ繋がりで交流されているという訳です。

ご案内する所とて何もない島ながら一通り島内巡りをし
た後、タバコ屋のスーパーに戻り、恥ずかしながらオリ
ジナルの中島いよかんマドレーヌ等を品定めして頂い
たりしました。
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夜は倅のマー君やタバコ屋のカミサンも交えての楽しい
夕食会となり、その後2次会に繰り出したまでは良かっ
たのですが福ちゃんが得意の喉をご披露されている時、
ちょっとしたハプニングがありタバコ屋はそれがトラウマ
になりつつあります。何があったのかですって。それは
タバコ屋が福ちゃんのスカートを踏んづけてしまって彼
女共々転倒しかかったオソマツな出来事です。

翌日には司馬遼太郎さんの小説「坂の上の雲」の主人
公である秋山好古、真之兄弟の実家や松山城、あるい
は高校時代の先輩である伊丹十三記念館や同志社ゆ
かりの東雲(しののめ)女学校等をご案内致しました。
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松山城ではかつての自動車部時代の乙女に還られたの
かどうか、このようなお茶目なことをされる某女史もいら
っしゃいました。
(関連記事:校長先生西瀬戸を行く vol.2:松山編参照
願います)
ことり10

ことり5
お腹がすいたところで、かつて高校時代タバコ屋がよく
通ったことり食堂へご案内して昔懐かしい鍋焼きうどん
を召し上がって頂いたりもしました。ちなみに50年前か
らメニューも味も器さえも全く変わっていないのです!。

タバコ屋はかつてショーバイと言うのは時流適応業で
あると偉いコンサルのセンセから教わりましたが、ことり
食堂なんてその真逆のやり方で、それでも大繁盛してる
んですから世の中わかりませんよね。
DSCN5978.jpg
かくして、もう二度とない一期一会のひと時はあっという
間に過ぎてしまい、それぞれ帰途につかれたのでしたが
ただ残念なことに吉﨑さんのご親友の中山さんはその
後、難しい病気が急激に悪化し若くして天に召されてし
まったのです。まさに一期一会の貴重な旅となりました。
DSCN9967.jpg
話しが随分それてしまいました。大田市場に戻ります。
さすが日本一の青果市場だけあって上段に専用の見学
通路があり、係員さんの簡単な説明の後さっそく見て回
ることにしました。吉﨑さんは同志社ではタバコ屋より一
期後輩に当たりますが、同じ商学部にて、学んだ講義等
も似たようなものにて、見学当日もその当時の話題となり
「経済原論」の平山センセなんかカビの生えたような退屈
な講義をされていて、タバコ屋はあれで大学の講義に失
望したんですよと申し上げたら、吉﨑さんも同意見でした。

だってタバコ屋は一回生の当時、アメリカから導入されつ
つあった最新のスーパーマーケット理論を書籍等で既に
見聞していましたので、大学ではその最先端の知識が
吸収出来るものと淡い期待を抱いていたのです。それは
3回生の専門ゼミ課程でも満たされることはなく、例えは
悪いながらも、ジェット機の最新技術を学びに来たのに
プロペラ機の技術しか教えてもらえなかった訳で、その
反動が自動車部での精力的な活動源になったとも言え
ますがそれはもう言いますまい。
DSCN9970.jpg
とにかく見渡す限りの膨大なみかん、りんご、メロン、バナ
ナ等、この世のフルーツ全部集合です。特にみかん、りん
ごが量的には突出していました。東京の巨大な胃袋を満
たすためにこれだけの量が1日で消えてしまうとお聞きし
て2度ビックリでした。タバコ屋はみかんの産地で生まれ
育ち、また何の因果かみかんを扱う事業も手掛けている
のでこの日本一の市場は死に土産に見ておきたかった
のですが、これで思いが叶いました。ただしセリはもうと
っくに終わっていました。
DSCN9976.jpg
主に果物の部を見学したかったので、野菜の部は素通り
し、あとは仲卸さん達がズラリと入居している区域を見学
しました。
DSCN9978.jpg
その仲卸さんストリートを歩いている途中、全く予期せぬ
ビックリポン事件がありました。タバコ屋が数十年前から
お取引頂いており三越果物売場を運営されているサン・
フルーツさんの仕入れ担当で、中島にも度々お越し頂い
た事のあるMさんにバッタリお会いしたのです。
Mさんも20年以上お勤めされた名門サン・フルーツを
つい最近退社され第二の人生を模索中であることをお
聞きしていたのですが、偶然お会いしたことで双方懐か
しさが込み上げ近日中の再会を約してお別れしました。
(後日談ながらつい先日そのMさんが約束どおり中島に
視察訪問されました。かくなる上はタバコ屋も再度Mさん
のところへ表敬訪問する必要がありますよね)

蛇足ながら、ご一緒した吉﨑さんも三菱銀行東京勤務
時代、お歳暮等のギフトを発注するにあたって、神田明
神下のサン・フルーツ本社へは何度か足を運ばれてい
る由、タバコ屋も絡めて不思議なご縁としか言いようが
ありません。
DSCN9974.jpg
見学コースのうち屋上の通路沿い駐車場部分に福岡ナ
ンバーのハデなオクルマが停まっていました。これは
アメリカのかつてのビッグ3の一つクライスラー社(現在
はフィアットと合併したのでFCA社)の唯一まともに売れ
ている品(失礼)と言ってもよい300シリーズセダンです。
まるでエジプトのファラオの被り物のようなデザインの
ホイールと超扁平ワイドタイヤを装着しており、オーナー
さんのものすごい趣味の片鱗が偲ばれました。内装は
もう見なくてもわかります。
DSCN9983.jpg
かくして急ぎ足でしたが、念願の大田市場見学を終え
市場の裏側にあるバス停へと向かいました。2人とも往
路にこりて大森までバスで移動することにしました。
この後は地元川崎の吉﨑さんの気配りにて新橋へ、そ
の後浜松町界隈を散策することになりました。
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まずは新橋駅前の新橋マリンビルにある「せとうち旬彩
館」に向かいます。ここは愛媛県と香川県が合同で展開
している今流行のいわゆるご当地特産品のアンテナショ
ップで愛媛から上京したタバコ屋のために吉﨑さんが粋
な計らいをしてくれました。ちなみに吉﨑さんは三菱銀行
にご奉職されていた東京時代にここ新橋支店に2年間お
勤めだったそうで彼にとってこの界隈は庭みたいなもの
なんです。
旬彩館1
店内は愛媛と香川の特産品が所狭しと並べられている
のですが、実はタバコ屋の展開しているみかん事業の
「希望の島」ブランド商品の一部であるジュース類やレモ
ン果汁等を採用展示して頂いており、既に何度も訪問
している馴染みのショップでもあります。
旬彩館2
2階は「かおりひめ」という名前のせとうち郷土料理のお
店で満員の大盛況ではありましたがちょうどお腹もすい
てきたところだったのでここでランチタイムとなりました。
レーズンウィッチ1
食事後、吉﨑さんがおもむろに「有楽町で逢いましょう」
ならぬ「小川軒へ行きましょう」と言われるので、え?今
食事したばかりなのに、ラーメン屋か洋食屋へランチの
はしごかなと思いましたが、田舎者の早とちりにて、そこ
は有名な洋菓子屋さんだったのです。吉﨑さんは名物
のレーズンウィッチを買いたかったようでしたが、いつも
早々に売り切れるそうでこの日も売り切れにて仕方なく
他の品を買い求めました。
六花亭マルセイバターサンド1
ふと思ったのですが、以前から経営者研修セミナーの
同期生だったご縁で面識があった帯広の六花亭さんの
マルセイバターサンドとよく似た品だなと思いました。
小川軒さんはトビキリの老舗なので、似たような品であ
るとすれば、それは六花亭さんのパクリだと思います。
(関連記事:札幌紀行 vol.1:お仕事参照願います)
DSCN9985.jpg
次はタバコ屋の推測ながら、吉﨑さんの気配りでこの後
羽田へ向かうため近い場所がよかろうと浜松町へ移動し
「旧芝離宮恩賜庭園」を見学することになりました。
旧芝離宮恩賜庭園は江戸幕府の老中・大久保忠朝の
上屋敷内に造営した楽寿園を起源とする回遊式庭園で
明治以後は宮内庁管理の離宮を経て大正13年(1924年)
東京市に下賜され、旧芝離宮恩賜庭園として現在に至っ
ているそうです。
DSCN9989.jpg
さっそく入り口案内所を訪れたのですが、ここでビックリ
ポンなことが起こりました。というのは吉﨑さんが同志社
アーモスト館(学生寄宿舎)のOBであることはすでにご紹
介しましたがその一期後輩で大西君という方がこの施設
の庭園管理スタッフとして働いているというのです。ちょう
ど事務所にいらっしゃったのでお会いし、吉﨑さんは先程
小川軒で買い求めたお菓子を手土産に渡されつつ、タバ
コ屋に引き会わせてくれました。
DSCN9991.jpg
恐縮ながらその大西君が自ら園内を案内してくれること
になりました。その道すがら今度は2度目のビックリポン
な事が起こりました。その訳というのは、大西君がかつ
て同志社自動車部に数ヶ月ながら在籍していたと言う
のです。ということはタバコ屋が現役の3回生の時に1回
生として入部された筈であり後輩の肥塚、水谷、高須君
達と同期だった筈です。
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ごっつい体格の大西君でしたが、タバコ屋は痴呆がかっ
て来たのかどうか、当時のことがどうしても思い出せない
のです。多分今のご体格とはやや違っていたことと僅か
の期間の在籍だったので記憶に残っていないのかも知
れません。
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余談ながら大西君は昭和46年頃(1971年頃)には同志
社大学自動車部の部員としてまたその後はお聞きする
ところアーモスト館の寄宿生として、双方にご縁があっ
た訳で、奇しくもかつては同時期の創始にて今では80
有余年の歴史を有するアーモスト館と自動車部ではあ
りますが、タバコ屋や大西君が在籍していた当時、アー
モスト館館長としてまた自動車部の部長先生として随分
お世話になった故オーテス・ケーリ先生がその両方に
関わっていらっしゃったというのも数奇なご縁と申せま
しょう。
(関連記事:終わりなき旅 vol.3:宴のあとさき参照願い
ます)

その意味で、やや大げさながらケーリ先生同様双方に
関係していた唯一の生き証人として、大西君の存在意
義は大きいものがあると思います。歴史にIFはないもの
の、大西君が最後まで部活を全うしてくれていたら、また
別の物語となったことでしょう。
DSCN9998.jpg
ざっくばらんな大西君の薀蓄話として、江戸時代末期、
お台場が砲台として江戸湾の防衛拠点だったのに対し、
このウォーターフロントの美しく広大な庭園は、幕府の
要人の政治サロンだったそうで、よく手入れされたお庭
の一角で抹茶でも立てながら重要な政治案件が語られ
たことでしょう。「クロフネ来たけど一体どないすんねん」
とか。

ついでながら、このような名所旧跡を復刻(レストア)し、
維持して行くには古今東西を問わず、莫大な費用と手
間がかかる訳で、現在は樹木医の資格を持つ大西君
を始めとするメンテナンス専門部隊が常駐管理してい
るそうです。
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昨年訪問させて頂いた平尾センセの地元である宇治の
平等院も同様に数十人の維持管理スタッフが常駐して
お手入れをしている旨お聞きしました。まさにゴミ一つ、
チリ一つ落ちていない状態にて、究極の環境整備と申
せましょう

ま、それからすればタバコ屋の赤いお嬢さんのレストア
なんぞはままごと遊びの範疇かも知れません。
DSCN0002.jpg
大西君とお別れした後、タバコ屋は羽田に向かったので
したが、義理堅い吉﨑さんはわざわざ羽田まで見送りに
同行して頂きました。お茶でもと思いましたが出発ゲート
が混んでいて、時間も迫りつつあったので仕方なく断念し
ましたが、吉﨑さんとのあっという間の再会と別れとなり
ました。温かいお人柄に触れ機知に富んだお話しやおも
てなしに対し、タバコ屋はややウルッと来るものがあり、
吉﨑さんに感謝しつつ松山へと飛び立ったのでした。

いつもながら脱線だらけの長たらしい記事にて恐縮です
が、今回の東京大紀行4部作いかがだったでしょうか。
またご意見をコメント欄にご投稿頂ければ幸いです。

東京大紀行 vol.3:上板橋にて

平成29年1月15日
思えば、タバコ屋が平素親しくさせて頂いている静岡の
川嶋さんのご推薦で、新規入部させて頂いた初代フェ
アレディZオーナーズクラブであるCLUB-S30ですが、
事務局長遠田さんから10月始め頃、1通のメールが届
いたことに端を発します。
240Z-2.jpg
内容は11月27日(日)東京・上板橋でかつてのNISSAN
ワークスドライバー北野元(もと)氏やプライベーターな
がら240ZGを駆りワークスに伍して豪快な走りを披瀝し
た柳田春人氏、また当時のNIPPONのレース界の生き
字引みたいな方でかつてレーシングエンジンのチュー
ナーとして名を馳せた東名自動車の創設者のお一人で
ある久保靖夫氏を来賓としてお迎えし、昼食を頂きなが
ら当時のお話を交え懇親を深めようというものでした。
都平健二1
渡邉会長、川嶋副会長、遠田事務局長等クラブ役員さ
んの当初9月頃の構想では、上記の業界有名人に加え
同じく元NISSANワークスドライバーの都平健二氏、
長谷見昌弘氏、星野一義氏にも参加して頂くべく調整
されたそうですが、日程その他が折り合わず、結局
上記のご来賓のメンバーに落ち着きました。
マックーン5
蛇足ながら上の都平さんの写真、かつてS・マックイーン
が製作、主演した「栄光のルマン」のマックイーンのスチ
ール写真を思い出したのはタバコ屋だけではないと思う
んですけど・・・。映画製作はシロウトであったマックイー
ンはこの映画に入れ込み過ぎて(マニアック過ぎて)莫大
な費用がかかってしまい、興行的には成功したにも拘わ
らずマックイーンは破産してしまったのでした。どの世界
でも、過ぎたるは・・・のセオリーがあるようです。
マックーン7
ただ、マックイーンの隠れファンであるタバコ屋の老婆心
から申し上げますと、俳優さんというのは洋の東西を問
わず、金銭感覚は無きに等しいため、「栄光のルマン」
製作に当たってはちゃんとソロバン勘定を合わせられる
コンサルを雇うべきだったんです。それは我らが裕ちゃ
んの「栄光への5,000キロ」も同様にて、その際一言タバ
コ屋にご相談頂ければ、感動の映画製作と並行してソロ
バン勘定も合わせて差し上げられたのにと思います。
栄光のルマン4
「マックイーンさん撮影用ポルシェ917とフェラーリ512S
は合わせて10台も必要ないでしょうが」とか。
何、タバコ屋への謝礼なんてマックイーンさんも裕ちゃん
も考えなくていいんです。色紙と、にわか購入のヘルメッ
トにサインを頂けるだけでもう・・・、お宝ですから。
(関連記事:荒ぶる心 vol.4:栄光のルマン参照願います)
裕次郎記念館P510-0
ちなみにタバコ屋は過去から現在に至るまでこれほど迫
真的でスリリングなレース映画を見たことがありません。
我らが裕ちゃんの「栄光への5,000キロ」とともにタバコ屋
にとっては不朽の2大名作コンペティション映画です。
(関連記事:札幌紀行 vol.2:小樽へ参照願います)
栄光のルマン6
どうでも良いことながら、都平さん、マックイーン、裕ちゃ
ん演じる五代のヘルメットデザインがほぼ同じだと思い
ませんか。最初の写真、240Zのレースシーンで写ってい
るドライバーは北野さんですが、そのヘルメットもよく見
ると同じデザインですよね。
栄光のルマン2
タバコ屋は時代錯誤ながらも、この時代(昭和40年代)
に使用されたヘルメットデザインに強い郷愁と愛着を覚
えています。全く架空のお話しながら、もしタバコ屋が
死に土産に鈴鹿サーキットを赤いお嬢ちゃんで疾走す
るようなことがあるとすれば、そらもうエンジンも足回り
もヘナヘナでも何でもいいから、いの一番にこのデザイ
ンのヘルメットだけは使用したいものです。ま、その前
に購入する必要がありますけど・・・。
(マクラーレン・HONDA-MP4/4)
F1マクラーレンホンダMP4・4-1
(PORSCHE-917Kショートボディ)
栄光のルマン9-1
蛇足のつけ足しながら、タバコ屋が過去現在を問わず
最もお気に入りのレーシングカーは、かつてのF1で大
活躍し世界を席巻したマクラーレン・HONDA-MP4/4
及びマックイーンの「栄光のルマン」の時代にこれまた
F1とはカテゴリーは異なるもののスポーツカー分野で大
活躍したPORSCHE-917(特にショートボディの917K)
だと今でも思っています。
(関連記事:荒ぶる心 vol.5:ポルシェのこと参照願い
ます)
240Z-3.jpg
話しを元に戻します。来賓の北野元氏はCLUB-S30の
名誉会長でもあり、また柳田春人氏は名誉副会長、
久保靖夫氏は名誉会員兼当クラブ技術顧問という晴れ
がましいお立場です。ついでながら、その他の名誉会
員には、故人となられましたが、初代Zの生みの親であ
る片山豊氏を始め、Zデザイナーの松尾良彦氏、総括
設計者の植村斎氏、等々初代Zゆかりの錚々たる方々
が名を連ねています。

さて今回の上板橋ですが何故この地になったかと申しま
すと北野氏が板橋で2輪用タイヤショップ「ウルフ」を経営
されていてそのすぐ近くにある北野氏行きつけのお店で
もある「レッドロブスター」というアメリカンシーフードレス
トランをご紹介頂き会場はその場所に決まったようです。

前日平尾センセと新橋に宿泊したタバコ屋でしたが、当
日は二人して池袋経由で東武東上線に乗車し上板橋を
目指すことに致しました。東武東上線!懐かしい名前で
す。実は10年程前、還暦が近付いた頃タバコ屋は死に
土産に初代フェアレディZの取得を模索していましたが、
40年も前に製造されていた旧車にて市場にはほとんど
出回っておらず、安易には入手困難な状態でした。

そんな時、皆さんご存知の旧車専門誌ノスタルジックヒ
ーロー(通称ノスヒロ)誌上にちょくちょくお名前が出てい
たリバイブジャロピーさんが目に留まり、HPを拝見した
ところZとGTR専門のレストア屋さんであることがわかり、
また紹介記事もほのぼのとしてタバコ屋の好みだった
ので思い切ってオーナーの西通男さんに電話し諸々の
お話しをした結果、この方ならタバコ屋の希望を叶えて
くれると思ったので、後日訪問することに致しました。
その西さんの工房所在地が東武東上線の終点である
寄居町だったのです。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴及び
終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照願います)
(サン・フルーツ銀座三越店)
DSCN1688.jpg
(京橋千疋屋本店)
DSCN2501-1.jpg
前の記事でトウキョーはタバコ屋にとって外国だと申し
上げましたが、実はそれ以前よりタバコ屋が試みていた
中島特産みかんの産地直送事業によりそのトウキョー
にお取引先が出来、三越全店でフルーツ売場を展開さ
れているサンフルーツさんや京橋千疋屋さん等、著名
なお店とご縁を重ねつつありました。ですので商談上京
の折にその寄居町の西さんを訪ねることにしました。
(関連記事:千葉・東京巡礼 vol.2:銀座界隈参照願い
ます)

ホンダ2-1

余談ながら、東武東上線沿線はHONDAにとっては縄張
り地区で和光、朝霞、小川町の重要拠点を始め、将来
国内でのアキュラ展開を目指してその生産拠点として目
論んでいた寄居等、関西の鈴鹿周辺に次ぐ重要エリア
で、自称元HONDA-PTA会長のタバコ屋にしてみれば、
かなり気になっていた場所でした。
寄居工場7-2

寄居工場4
結局寄居はリーマンショック以降紆余曲折の末、アキュ
ラではなくフィットの専用工場としてまた今後の製造方式
のモデル工場(マザー工場)として平成25年(2013年)
に完成したのでした。賢明な選択ですよね。
(関連記事:オハイオの夢参照願います)

さてジャロピーさんです。実際お会いしてみてNISSAN
旧車専門のNISISANとはしゃれにもなりませんが、Iが
一文字増えはするものの誠実素朴なお方でした。後日
そのNISISANよりご連絡頂きフルレストアした240Zを
購入しませんかとのことで、次の上京の機会に再度訪
問致しました。さっそく拝見し横に同乗させてもらって試
乗にも出かけました。
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シルバーメタリックの240Zでしたが、さすが匠の手で仕
上げられたものにてコンディションは新車同然、ビス1本
に至るまでピカピカ状態でした。試乗に際してはレスポン
スが凄まじく踏めば即座に5,000回転くらいは回っている
ような感じを受けました。キャブレターはウエーバーの3
連装、排気はもちろん6気筒独立式(タコ足)で、サイレン
サーは縦2連のトラストマフラーが付いていました。
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タバコ屋は若かりし頃、かつて自動車部で所有していた
スカイライン2000GTの重くて眠いL型エンジンのフィーリ
ングしか知らず、L型エンジンってチューニング次第でこ
んなに軽やかに豪快に回るものなのかと驚きました。
ただ残念なことにトラストマフラーがけたたましい爆音を
発するのには閉口し、この状態では瀬戸内海のガラパ
ゴス島では走れないだろうな~という予感がしました。
またリミテッドスリップデフ(LSD)のカシャカシャ音も若干
気になりました。
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NISISANがご提示頂いたオネダンは非常に良心的で、
諭吉の100枚重ねの束を3つ程度用意すればよく、買え
ば買えない事はなかったのですが、当時のタバコ屋は
Zに関する経験と知識が全くなく、結局、マフラーやLSD
なんか取り替えれば済むのに、自分の好みにするには
ボディの再塗装も含め相当追加の費用が掛かるだろう
とビビってしまい、またその頃、下の倅が大学に行って
いて費用もかさんでおり、HONDAレジェンドを所有して
いる上にZを購入することについて、カミサンを説得する
自信をやや失ったせいもあって、あれこれ迷った挙句、
その極上の240Z購入を辞退してしまったのでした。

当然そのピカピカの240Zはすぐに売れ口が付きNISIS
ANにお聞きしたところでは三重県のさる外科医のドクタ
ーのところにお輿入れされたそうです。タバコ屋にとって
は今でもその極上品を購入出来なかったことがトラウマ
になっています。

例えは悪いものの恋愛や結婚においても「ああ、あの
時なあ」と言うのを経験された方も結構いらっしゃるの
ではないでしょうか。
納車後のZ
もうZの取得を諦めかかったタバコ屋でしたが、それから
1年程たった頃、松山の友人からZの出物があるけど見
に来ませんかとお誘いがあり拝見したところタバコ屋の
好みとは正反対のローダウン、チンスポ付きのS30Z改
2.8L湾岸ミッドナイト仕様でした。もうZのボディ自体の取
得が難しいと判断していたタバコ屋は気に入らないなが
らもベース車両と割り切って購入することに決めました。
その費用は車検も含めて諭吉100枚の束1つ程度でした。

さっそくNISISANに連絡し、これをベースにレストアを実
施して頂くよう依頼したまではよかったのですが、お送り
してみるとボディの程度が悪く、NISISANもフルレストアし
た場合はいくらかかるかわかりませんよと言われるし、
また遠方ゆえレストアの進捗をたびたびお邪魔して拝見
することもかなわず、遠交(援交とは違います)の限界を
感じて、結局NISISANからは純正シートやZ432用純正
マフラー等々、重要なパーツ提供と軽整備のみをやって
頂き、レストアは地元松山でやることになった訳ですが、
地方都市ゆえ信頼出来る専門業者など皆無ではあった
ものの、それからレストア地獄の5年間が待っていようと
は夢にも思いませんでした。

余談ながら、タバコ屋がCLUB-S30に入部後にわかっ
たことなんですが、リバイブ・ジャロピーのオーナー西さ
んはCLUB-S30の重要な会員さんのお一人でした。
ご縁と言うものはわからないもので、世の中案外狭いも
のですよね。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)
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DSCN9801.jpg

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目くら蛇に怖じずとはよく言ったもので、悪戦苦闘の末
何とかレストアを施し、タバコ屋の好みに仕上げたのが
現在の赤いお嬢さんなんですが、出来の悪い子供ほど
可愛いとは巷間よく言われることながら、フェアレディと
いう高貴なお名前に似合わず、タバコ屋にとってはまる
で悪魔の如きやんちゃなお嬢ちゃんです。
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東武東上線のことから話しがすっかり脱線してしまいま
したので元に戻します。タバコ屋と平尾センセは上板橋
の駅に到着し旧商店街を通って目指す「レッドロブスター
上板橋店」に到着です。時間も早かったので会員さんは
まだお見えになっていなかったようですが、ただお一人
群馬の前橋で歯科医ドクターをされている金子さんにお
会いし初対面ゆえご挨拶をさせて頂きました。
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やがて事務局の遠田さん、渡邉会長が到着されタバコ
屋は新入部員のため初対面だったのでさっそく今回の
ご好意(平尾センセと2名で特別参加させて頂いたこと)
に対して感謝とご挨拶を申し上げました。

ここでよもやまさかのことが起こりました。渡邉会長が
初対面の挨拶もそこそこに、いきなり「これから北野さん
をお迎えに行きますのでご一緒しませんか」と仰るので
す。タバコ屋と平尾センセは夢心地にて了解しすぐ近く
で北野さんが経営されている2輪タイヤショップ「ウルフ」
へ出かけました。
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結局歩いて5分程度の道を往復し北野さん、渡邉会長
金子ドクター、タバコ屋、平尾センセのメンバーで昼食
会場まで同行致しました。
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会場には川嶋副会長も到着し、会が始まる前にはタバ
コ屋が依頼していたロゴプリントと刺繍入りのクラブジャ
ケットを川嶋さん自らが持参してくれていました。
また想定外にも渡邉会長がZの設計者であり事実上の
開発総責任者であった植村斎さんが書かれたZ開発記
「フェアレディZ開発の記録」の直筆サイン入り本と色紙
を2人にプレゼントして頂いたのです。もう恐縮至極にて
返す言葉もなかったのですが、せっかくのご好意なので
有難く拝受致しました。
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いよいよランチミーティングが始まりました。各地から
というよりはおもに東京周辺から十数名のメンバーさん
が出席されていましたが、川嶋さんのお話によれば、
タバコ屋は最遠方からの出席者だと言うことでした。
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当然のことながら、まずは名誉会長の北野元氏よりご
挨拶がありました。タバコ屋が昔雑誌で拝見していた頃
の北野さんは口ヒゲを蓄え精悍で怖い感じの方でした
が現在は角が取れ?非常に穏かな印象でした。
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続いて雨の柳田こと名誉副会長の柳田春人氏より挨拶
がありました。かつて240ZGレース仕様を操りワークスに
引けを取らない活躍をされた名ドライバーです。
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奥のご来賓席は当然、久保さんを加えた御三家が着座
され、あとは渡邉会長、川嶋副会長、遠田事務局長が座
り、和やかに懇談が進むであろうと予測されました。
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しかしここでとんでもない事態が発生したのです。川嶋
副会長がそっと耳打ちし、ご遠方から来られたのでお2
人で北野さん達とお話されてはどうですかと言って新参
の2名のためにお席を用意して頂いたのでした。推測な
がら渡邉会長と打ち合わせての気配りだったのでしょう。
これには平尾センセ共々ビックリ仰天しましたが、2度と
ない機会だと思ったので僭越は承知ながら、有難く同席
させて頂くことにしました。
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当日のランチはシーフードのフルコースでディナーとも
言えるメニュー内容でした。メインディッシュは看板どおり
でっかいロブスターでしたが大変美味にてお酒も進むに
つれ、最初の緊張は解けご来賓や川嶋さん達ともお話し
をさせて頂くことが出来ました。
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以前から北野さんが京都出身であることは存じ上げて
いたのですが、お話しが進む中、君ら同志社自動車部
のOBですか。同志社ゆうたらええとこのボンが行く大学
と違いますか?とか仰り、やや事実とは異なるご認識を
されているようでした。実態はボンビー学生の集まりでし
たわと申し上げたかったのですが、ただ北野さんのお話
しを拝聴するに留めました。平尾センセは自称ミツビシ
PTA会長を自負するミツビシオタクにてワークスの増岡
氏他とも交流があり話題も豊富なので、いろいろお話が
はずんでいたようです。ただ一通りお話しと食事が進行
した後、新参の我々が来賓席を占拠していては他の先
輩メンバーさん達に申し訳がないので、お席を替わって
頂くことにしました。
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その後、写真の空飛ぶZ432オーナーこと奈良ご在住の
現役ANA国際線パイロット遠藤氏を始め各自が持ち寄っ
た思い出の品や本などにご来賓のサインをお願いされて
いました。
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ちょっとマニアックな持参品として、Z432搭載のS20エン
ジンのヘッドカバーにサインをすべく北野氏、柳田氏が
やや苦労されている様子です。
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変り種と言っては失礼ながら、240ZGを所有でイギリス国
籍のアラントーマス氏と思しき御仁も楽しそうに歓談され
ていました。
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壁にはクラブ20周年記念行事として現在進行中のフラッ
グリレーの旗も飾られました。恥ずかしながらタバコ屋も
先般倉敷にて旗の端っこの方にサインさせて頂きました。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ参照願い
ます)
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名誉会員でクラブの技術顧問でもある久保氏とお話しし
ているところですが、久保氏の着用されているのが今回
タバコ屋が購入したクラブジャケットです。メーカーはミズ
ノ製ですが、背中と胸には別注のロゴがプリントされ、袖
にはクラブロゴの刺繍ワッペンが貼られていてなかなか
マニアックなジャケットです。

肝心のお話しの中味はというと、かつてタバコ屋のZをレ
ストアするに当たり、エンジンのレスポンスが悪いので
どう改善するかとなった時、松山のエンジン屋さんはピス
トンリングが磨耗しているので交換ボアアプするしかない
という見解だったのに対しタバコ屋はおかしいと感じたの
で、当時思い余って、面識のない久保さんに飛び込みで
直接お聞きしたことがあったのです。久保さんの見解は
ピストンリングの磨耗なんてありえない、それはソレックス
キャブの調整不良です。と仰いました。実際その通りだっ
たのですが、松山の業者はリングのせいだと言い張り、
ボアアップ以外は請合わないと言い出したので仕方なく
3Lにボアアップした経緯があったのです。その頃の思い
出話しをした訳ですが、久保さんは多忙のためそのこと
は覚えていらっしゃらなかったようです。オクルマにしろ
ヒトにしろ藪医者にかかるととんでもないハメになるとい
う見本みたいな出来事でした。
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奈良から単駆Z432で駆けつけられた遠藤さんとのワンシ
ョットですが、タバコ屋はもともと細い目をつむってしまっ
ています。平尾センセもうちょっと何とかなりませんでした
かね。
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ランチミーティングは食事もお話しも進行し、いよいよ
コーヒータイムとなりました。タバコ屋はほとんどのメン
バーさんと面識がないのですが、皆さん楽しそうに歓談
されているところへ割って入るのもいかがなものかと思
い、今後に委ねることに致しました。つたない経験から
判断しても、学生時代4年間同じ釜の飯を食って初めて
同釜の親友ということになる訳ですから、何でも時間は
掛かるのです。
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楽しくも濃厚なランチミーティングもいよいよお開きの時
間となりました。皆で記念撮影です。平尾センセが写っ
ていませんが、ご自分のNikon一眼レフで撮影したもの
で写らないのは当然ですよね。正面左手前でフラッグを
持っていらっしゃるのが事務局長の遠田さんです。
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さてその後皆さん各地へ散っていかれましたが、川嶋さ
んは静岡から愛車のブリティッシュグリーンS30Zで来ら
れていたので記念に一枚撮らせて頂きました。
今時、ジャガーEタイプを彷彿とさせるメッシュホイールを
ご着用のオクルマなんてそうざらに見つかるものではご
ざいません。しかもボディカラーにジャストマッチで大変
渋いご趣味です。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.2:粋な別れ参照願い
ます)
IMG_2196.jpg
前述の奈良の遠藤さんもZ432で上京でしたが、平尾セン
セは初対面だったので、オクルマのご紹介をしたところ
根堀り葉堀り細部までご撮影に励む平尾センセでした。
手前味噌ながら、10年前寄居のNISISANちで拝見した
240Zもスペックこそ違え、ボディはずばりこのイメージ
及びコンディションでした。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照
願います)
IMG_2197.jpg
ホームステイ3人衆?の記念写真です。Zを巡る不思議
なご縁ですが、今後も大切にしていきたいものです。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願い
ます)
DSCN9917.jpg
また事務局長の遠田さんは都内新宿にお住まいのバリ
バリの江戸っ子にて愛車240ZGでお越しでした。
DSCN9926.jpg
川嶋さんと遠藤さんをお見送りしたあと、遠田さんをお
見送りしようとした時とんでもない事態が発生しました。
駐車場の床にあるフラップの昇降装置(赤い箱)の片方
がオクルマのサイレンサーに当たって出られなくなった
のです。遠田さんはお店の方にフラップを下げてもらい
脱出を試みましたが、BOXが当たっているのでうまくい
きません。見かねたタバコ屋達は手押しで左右に小刻
みに幅寄せを敢行し、大汗をかいた後、遠田さんの大
切なオクルマを傷付けることなく脱出に成功致しました。
DSCN9928.jpg
遠田さんには入部にあたり何かと親切にして頂いてい
るので、ささやかながらお役に立てたかな思い、赤いハ
ンカチならぬ白いハンカチで額の汗をぬぐったタバコ屋
でした。
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すべての行事が終わり、タバコ屋はもう一泊するものの
平尾センセは京都へお帰りになるので東京駅までご一
緒しそこで名残を惜しむことになったのでしたが、どうし
たことでしょう、東京駅の地下は来る東京オリンピックに
向けて大改装中で、まあえげつないほどショーバイっ気
丸出しで、お土産店のオンパレードでした。若いカップル
の立ち寄るカフェらしきものはちらほらあったものの全席
禁煙、お酒なしときては2人の取り付く島はありません。
ビール1
結局30分近く歩いた末、やっと万博世代の感性にピッタ
リのビヤホール銀座ライオンを見つけたのですがそれも
日曜日休館にて、途方に暮れかかりましたがやっと小さ
な中華料理店を見つけ、そこで今日の余韻を楽しみつつ
別れの杯ならぬビールで乾杯したのでした。

このあと娘の陽子のところへ殴り込みを掛けるのですが
長くなるので今回はこれで筆を置きます。次回 vol.4を
お楽しみに。

東京大紀行 vol.2:目黒界隈

平成29年1月14日
瀬戸内海のガラパゴス中島で生息している身とは言え
幼少時より年に一度は梅田HANKYUUの大食堂や枚方
パークで馴染んできたタバコ屋です。また長じては大学
生活を京都同志社で4年間過ごすことになりました。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.2参照願います)
阪急お子様ランチ
また卒業後も家業がゴフク屋兼総合衣料品店だった故
に京都室町、大阪船場へは足繁く通ったため、タバコ屋
にとっては大阪・京都というのは僭越ながら自分の庭み
たいなもので、愛着と郷愁を覚えます。
(関連記事:オハイオの夢参照願います)
ユニクロ1
ちなみにユニクロの柳井さんとは多分同年代で、彼の
実家は山口県光市のVANジャケットのメンズ専門店、
一方タバコ屋は瀬戸内海の小島の総合衣料品店という
違いはありましたが、考えていた事は似たようなもんで
す。だって同世代ですもの。
IVY-1.jpg
当時石津謙介さんの仕掛けたアイビーファッションが
一世を風靡しましたよね。ミユキ族とかハマトラとか。
ボートハウスも今となっては懐かしいブランドです。
オクルマ業界もその影響を受け、今はなき徳大寺有恒
さんこと杉江博愛(すぎえ ひろよし)さん達が創業した
オクルマ用品のファッションメーカーである「レーシング
メイト」なども懐かしい思い出です。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)
レーシングメイト2
話しが脱線してしまいましたが、一方東京というのは
タバコ屋にとって基本的に外国で、高校時代に修学旅
行で行ったくらいで、守屋浩でもないでしょうが「僕の恋
人東京へ行っちっち」程度のイメージしかありませんで
した。しかし大学時代ともなると自動車部の全国組織で
ある日本学生自動車連盟を介して全関西、全国大会と
いった全国規模の運転競技(コンペティション)が行わ
れ、トウキョーの明治、青学、慶応、早稲田といった連
中と覇を競いながらも交流を重ねることとなり、田舎者
のタバコ屋はトウキョーにも沢山の大学があることを知
りました。
フランシスコザビエル1
余談ながら、同志社は新島襄先生を創設者とするプロ
テスタント系キリスト教を建学理念とするのに対し、同じ
キリスト教系でも青学(青山学院大学)はフランシスコ
ザビエルのイエズス会を源流とするカトリック系キリスト
教がルーツであり、生い立ちを異にします。そのせいか
どうか、本来なら親戚付き合いをしてもよさそうなのに、
タバコ屋の記憶では青学とはまったく交流がなく、逆に
建学のルーツはキリスト教とは全く関係のない明治大
学の自動車部と親戚付き合いをしていました。何故な
んだろう。今から思えば富士吉田での合同合宿時や
東京以北の遠征時は明治に随分お世話になったもの
でした。
(関連記事:異説:007私を愛したスパイ参照願います)

長い前置きはさて置き、今回のお話しの主題である「全
国少年少女チャレンジ創造コンテスト全国大会」のこと
です。前述の平尾センセからのご案内によると11月26
日の開催で、偶然にもCLUB-S30の昼食ミーティングが
翌27日だったので、両方に参加することにしたのは前
稿でお話しした通りです。

会場は目黒区、大岡山にある東京工業大学キャンパス
内体育館となっていました。はて東京オンチのタバコ屋
にとっては目黒なんて山手線の駅があることくらいは知
っていましたが行った事もなく、ましてや大岡山なんて
生まれて初めて訪問する場所でした。
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やって来ました大岡山、東京工大キャンパスです。つい
最近この大学の栄誉教授である大隅 良典(おおすみ
よしのり)先生の長年の研究成果である「細胞が自らの
タンパク質を食べて栄養源にする自食作用『オートファ
ジー』の仕組みを解明した」ことにより一部のガンの治
療に道を開いたとして平成28年度(2016年度)ノーベル
生理学・医学賞を受賞されたのですが、大学の正面に
はその垂れ幕が大きく飾られていました。

タバコ屋は医学のことはわかりませんが、自分の体内に
ある正常細胞が、遺伝子の故障によりガンとなってしまっ
た異変細胞を食べてしまって消滅させ、正常に戻すこと
が出来るとすれば、そら天照大神が天の岩戸からお出ま
しになって以来の一大事件と申せましょう。
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キャンパス入り口には親切にも大会会場の案内板が
あり、それに沿って会場へと向かいます。
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京都チームを引率されている平尾センセはタバコ屋が多
分迷子になるであろうと思いわざわざ大岡山の駅までお
出迎え頂いたのですが、センセとご一緒に会場に向かう
途中、東京工大自動車部の宣伝?看板を目ざとく見つ
け記念に1枚写すことになりました。免許が安く取れま~
すなんて効能書きがありましたが、これを見てかつての
タバコ屋も同志社大学自動車部に入部したての頃、先
輩にグラウンドで免許特訓をして頂き、帰省した時に松
山の試験場で1発合格した思い出があります。従いまし
てコストは試験場での受験費用のみで大変安上がりな
免許取得ではありました。

どうでもよいことながら、彼がぶら下げているぶっとい
一眼レフカメラはNikonなんですが、センセはNikonク
ラブの会員で結構オカネ掛かっていると推察致します。
ちなみに我々万博世代の3大趣味と言えばオクルマ、
カメラ、オーディオあたりではなかったかと思いますが、
そのどれもが現在では当時と全く様変わりのスペックと
なり時代の流れを痛感します。だって45年も前のことで
すから。ただしタバコ屋を含むボンビー学生はそれらを
雑誌でただ見てるだけ~でしたが。
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いよいよ会場到着です。タバコ屋は以前京都で恒例開
催のやはり動くオモチャを使用した創造性表現及びエキ
サイティングな走行スピードを競う(ミニ四駆的)「トイコン
テスト」という大会に同志社のアオリイカこと平尾センセ
に煽られて(強制されて)見学に行ったことがあるのです
が、今回の全国大会はオクルマ業界用語で言えばそれ
のデチューン版(ゆるくしたもの)とも言えるものでした。
(関連記事:校長先生の見果てぬ夢 vol.1:プロローグ
及び校長先生の見果てぬ夢 vol.2:晴れ舞台参照願い
ます)
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全国から集まったお子達が体育館に所狭しと集結です。
引率のセンセも自校の生徒が冷静に競技に向かえる様
アドバイスしながらも内心気が気ではありません。
選手宣誓
熱血指導を実践している平尾センセ始め京都教育陣の
スタッフが指導するお子達は優秀でないはずがなく、常
に強豪チームの一角を占めており、今回も女子チーム3
名が試合に先立ち選手宣誓をしました。

ちなみにこの全国大会は公益社団法人発明協会が主
催運営している恒例行事で、お子達の創造性を高め
未来のノーベル賞をも受賞出来るような人材を育むこと
が目的です。
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競技の方法は、まず予選段階において審査員スタッフ
の前でチームメンバーが自分達の創作した作品のコン
セプトとからくり?の作動説明(プレゼン)をした後、実際
に作動させながら規定時間内にゴールを目指すというも
ので、スペック通りに作動しなかったり、時間内にゴール
出来なかった場合は減点され、勝ち残ったチームが決勝
へ進むという方式です。
DSCN9830.jpg
競技前の京都チームの事前メンテナンス状況です。本番
で、あれ動かないとかがあっては最悪なので念入りに調
整しているようです。
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京都は強豪なのでワークス部隊?を2チーム派遣して
いました。一つは電車をテーマにしたもので、もう一つ
はかぐや姫をテーマにしたものでした。
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甲乙付け難かったものの、決勝にはかぐや姫チームが
勝ち残り、入賞の運びとなりました。お子達とは言え浴
衣がチームユニホームとはなかなか平尾センセも粋な
計らいをするものです。
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全国大会ゆえに各地から様々な工夫をこらした作品が
登場していて、ご紹介すればキリがないのでやめてお
きますが、お子達とは思えない程ハイテクメカが搭載さ
れた作品がありました。京都はもとより愛知なども地元
有力メーカーがかなり肩入れをしていて舞台裏ではその
メーカーさん派遣のアドバイザーがあれこれ助言をして
おり、コンセプトは子供らしいものの、そのメカは非常に
高度なものだとタバコ屋は感じました。
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競技の直前、引率の平尾センセがお子達にアドバイスを
しているところです。「君ら、普段通りにやれば絶対うまく
いくんやからあわてんようにな」とか何とか言われている
のでしようがタバコ屋には聞こえませんでした。また隣の
同じく引率のTセンセも心配そうな表情です。また手前は
島津製作所OBで愛媛県出身!のアドバイザーY氏です。
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愛媛県松山市のチームは決勝に残れなかったので早々
と作品を荷造り撤収の準備です。タバコ屋は地元なので
放っておくわけにはいかず思わず声をお掛けしたところ
松山市南郊の砥部小学校からのご参加でした。ご苦労
様です。平尾センセがかつてタバコ屋のところへ訪問頂
いた時「念ずれば花開く」の句碑で有名な坂村真民先生
の記念館にお立寄り頂いたのですが、その地区にある
小学校です。
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電車チームは残念だったものの、かぐや姫チームは決勝
で入賞を果たしました。平尾センセにしてみれば開会式で
京都チームが選手宣誓をしているだけにベスト3とか行き
たかったのではないかと推察しますが、まあこれも人間の
欲と煩悩の世界にてキリがないことです。
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競技も無事終わり表彰式の風景です。
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タバコ屋の不確かな記憶ですが、愛知の小学校が優勝し
たと思います。勝手な想像ながら、やはり大トヨタが控え
ているだけに側面のバックアップも半端ではなかったので
はと思います。
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戦い済んで日が暮れて・・・。平尾センセはこの足で京都
へ帰る同僚のセンセ達をお見送りしたあと、タバコ屋と一
緒に今夜の宿泊地新橋へ移動することにしました。

余談ながら、京都御所に隣接する真っ平な敷地の同志
社とは異なり東京工大のキャンパスはブラタモリのタモ
リさんが喜びそうなかなりの高低差(アップダウン)のあ
る敷地で、初めて訪問したにも拘わらず印象的でした。
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新橋到着後、今夜の別予定である同志社大学自動車部
OBで3期先輩の石原さんと夕食を共にすべく恵比寿へ移
動です。東京にお住まいの石原先輩は広島に本社がある
精密機器メーカーの会長さんなのですが、恵比寿駅近く
の広島県人が経営されている居酒屋で石原先輩、平尾
センセ、タバコ屋の3人が落ち着きました。ただし怖い先
輩でしたので終始緊張の数時間後、2次会には近くのテ
キーラ専門のバーへ連れて行って頂きました。近況やら
今後のOB会のことやら夜の更けるのも忘れて楽しく語り
合ったのでした。
sekai-boeki011.jpg
ようやくお開きとなったまでは良かったのですが、タバコ屋
は大ポカにて持参していた石原先輩への手土産を渡し忘
れていることに気付き、あわててタクシーで西麻布のご自
宅までお届けするという事態となりました。結局タクシーも
頼りないおっちゃんでしたが、恵比寿から西麻布周辺を走
りまくって新橋に帰った時は野口英世の肖像のお札が5枚
程度消失することになったのでした。バカですよね。

次回はいよいよCLUB-S30の昼食ミーティングの模様を
ご報告致します。お楽しみに。

東京大紀行 vol.1:プロローグ

平成28年1月8日
皆さん明けましておめでとうございます。今年もポジティ
ブで楽しい記事をお届けしたいと思いますのでよろしく
お願い致します。
clubs30.gif
さて、昨年の11月東京でのある昼食会のご案内が届き、
それに出席することになりました。その昼食会とは初代
フェアレディZオーナーズクラブである「CLUB-S30」主催
の昼食ミーティングで「日産ワークスドライバー&メカニッ
クを囲む会」というテーマで元日産ワークスの北野元氏
やプライベートの強豪、柳田春人氏、また元レーシング
メカニックとして高名な久保靖夫氏をゲストにお迎えして
昼食を共にするというものでした。
240Z-1.jpg
青春時代を京都同志社でオクルマと共に過ごしたタバコ
屋にとっては当時のNISSANワークスという名前は憧れを
通り越して坂の上の雲の上の存在でしたから、そのゆか
りの方々にお会い出来ることは、千載一遇の機会であり
この際、死に土産に行ってみようと思いました。

また広島に本社があるものの年の半分以上東京在住と
お聞きしている同志社自動車部OBで3期先輩のトテモ
怖かった石原先輩にお会いしたく、僭越は省みずお願
いしたところ快くご了解を頂きました。
平尾(生き方探求館)
一方、このブログの常連ゲストでありタバコ屋の同志社
自動車部時代の同釜である京都の元校長、平尾センセ
は日頃「京都まなびの街 生き方探究館」にてお子達相
手にご自分のライフワークである動くオモチャ制作を通じ
て創造性を育むべく熱血指導をしているのですが、今度
東京でその動くオモチャを使った創造性を競う全国大会
があり、京都チームの引率として出場するので応援をよ
ろしくというご案内がありました。
著作4
両方の日程をよく見ると何と1日違いで前後しているでは
ありませんか。これはひょっとすると両方に参加出来る
かも知れないと思い、センセにCLUB-S30のミーティング
のことや日程のことをお知らせすると平尾センセは元々
「ネジお父さん」という異名があるくらいのオクルマエンス
ーゆえに、逆に2人で2ヶ所へ相互乗り入れはど~やと
言い放ちました。アオリイカこと平尾センセのポジティブ
な発想の面目躍如と言ったところでしょうか。

ただしCLUB-S30のミーティングは会員制なので、原則
会員しか参加出来ないのですが、タバコ屋の赤いお嬢
さんをホームステイさせたご縁で親しくさせて頂いている
静岡の川嶋さんが偶然ながらCLUB-S30の副会長をさ
れており、また赤いお嬢さんを引き取りにお邪魔した時、
平尾氏も同行してもらったので川嶋さんとは面識があり
ました。
IMG_2321.jpg
そこで今回のミーティングにタバコ屋と平尾センセと2名
で特別に参加させて頂けないでしょうかと恐る恐るお願
いしたところ、原則会員制ゆえに平尾さんは姿が見えな
かった(透明人間?)ということにして、参加して頂いて
結構です。ということになりました。どうも会長や事務局
長にも根回しして頂いたようで、川嶋さんの粋な計らい
により実現の運びとなりました。
DSCN8336.jpg
さらに、普段瀬戸内海のガラパゴス中島にて文明と旧友
に飢えているタバコ屋はこの際同志社アーモストクラブ
(DAC)OBでDAC及び自動車部両部の創部80周年記念
大会が前後して行われて以来、双方に深いご縁のある
オーテス・ケーリ先生繋がりでご縁になり親しくさせて頂
いている川崎在住の吉﨑さんにも翌日お会いして、まだ
一度も見学したことのない全国の野菜果物の一大集荷
場であり東京の台所でもある、大田市場の見学その他
で旧交を温めたく思いました。幸い吉﨑さんも快諾して
頂きました。
DSCN5960.jpg
太田市場の見学を思い立ったのはタバコ屋が島の特産
品であるみかんの販売や加工製造事業を長年手掛けて
来たにも拘わらず、日本一の青果市場である大田市場
を訪問したことがなかったためで、これもNISSANワーク
スの方々との面会同様、死に土産にしようと思ったのと、
吉﨑さんも行ったことがないらしく興味を持たれていた
ようなので、実現に至った次第です。
クラブS30表紙1
欲張りなタバコ屋は結局、CLUB-S30から配達された1
通のメールから3日間に及ぶ東京大紀行を実施するに
至った訳ですが、その詳しい模様はCM2の後で、では
なくvol.2以降の記事にてご紹介したいと思います。

★★島のタバコ屋の独り言★★
【7月31日:ああ創業100年】 島のタバコ屋、即ち富永呉服店が創業100年を迎えたことは先般お伝えした通りですが、皆さんよくご存知の世界的宇宙物理学者、故ホーキング博士によれば、100年なんて宇宙的時間軸で言えば、一瞬のまばたきに過ぎない訳で「島でのことも夢のまた夢」ということになりましょう。それはともかく4才の頃から道端の草にも「コンニチハ」なんて愛想を振り撒いて来たタバコ屋にしてみれば「店は客のためにある!」以上、未来永劫、店の続く限りそのテーゼを実践し続けるしかないのです。京都で300年続く老舗料亭、老舗呉服問屋もその志があったのかどうか、お聞きしたことはありませんが、当らずとも遠からじではないでしょうか。
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