FC2ブログ

校長先生西瀬戸を行く vol.1:中島編

平成26年3月28日
たんぽぽにまつわる記事を5つも書いてややお疲れ気味、食傷
気味のタバコ屋ですが「友あり遠方より来る、また楽しからずや」
という論語の言葉が現実となるような出来事が起こりました。
IMG_3475.jpg
以前から折に触れてご紹介しているD大学自動車部でタバコ屋
と同期だった京都のH氏(どうせこのブログをご覧になるのは彼を
知っている方がほとんどでしょうからバラしますと平尾氏ですが)
彼がタバコ屋の島に夫婦で殴り込みを敢行することとなりました。
(関連記事:終わりなき旅 vol.3:宴のあとさき参照願います)
平尾ギャラン2
工学部出身で学生時代はタバコ屋と同じ自動車部に所属し折から
盛んになりつつあったラリー競技に熱中、学生ながら名だたるラリー
大会に優勝、入賞を重ねる等、同志社に平尾ありと言われた存在
でした。写真は昭和46年彼が初めてナイトラリーで優勝した時の
勇姿です。マシンは当時最新鋭だった三菱ギャランGSです。

タバコ屋も何度かギャランには乗った経験がありますが、今のハイ
テク車と異なり複雑なデバイスがない時代で軽やかなエキゾースト
ノートを奏で、心なしかギャラーンという心地良いサウンドだったよう
な洒落にもならない遠い昔のセピア色の記憶が残っています。
(関連記事:復刻と改造参照願います)
DSC_0037-2.jpg
写真は近年、東京モーターショーの特別コーナーで思い出の愛車
写真展に彼の写真が掲示された時のもので嬉しそうな彼の表情が
伝わって来ますよね。彼の名誉のために付け加えますと、この頃
からダイエットに励み出し今では随分スリムなオカラダに変身して
います。奥様もお付き合いしたそうで同様にスレンダーな軽快ボディ
にご変身されています。ご飯を減らすのがコツだそうです。

話を戻しますと大学卒業後は某大手製薬会社に玉の輿で入社した
にもかかわらず、気侭な彼は1年持たずに自主退社、お父様が校長
先生で教育者だったためか彼も一念発起、バイトをしながら教師の
資格を取り、センセの道を歩むことになったのでした。その後は良き
伴侶にも恵まれトントン拍子に出世、京都市内で小学校の校長先生
を定年退職後、専門主事(エキスパート)として京都市教育委員会に
転出、現在は「京都まなびの街 生き方探究館」というところで勤務
しています。
IMG_0886-1.jpg
皆さんご存知のように、京都という町は伝統文化・工芸と最先端
ハイテク技術の両分野においてものづくり大国日本を象徴するよう
なところで、「生き方探究館」は京都を代表するようなメーカー各社
の展示ブースを作りそこから情報発信することでこれからの子供達
にそのエッセンスを教え広めようとする、言わば啓蒙センター的な
位置付けとなっています。
(関連HP:京都まなびの街 生き方探究館参照願います)
平尾(生き方探求館)
アタマの回転が早く、手先も器用な元校長先生はお子達をその気
にさせるのがトテモお上手で、また自らの趣味が高じた熱血指導に
より「動くおもちゃ作り」トイ・コンテストGP競技会に出品する作品を
指導する等、精力的な活動をしているちょっと変わった元校長先生
なんです。
平尾(ランエボターボ仕様
前置きが長くなりました。その校長先生ご夫妻は早朝に宇治を出発
し、愛車三菱ランサーエボリューションX(10)を駆って京滋バイパス、
名神、中国道を爆走、瀬戸大橋経由で一路松山へ・・。想像ですが
多分平尾氏にとっては爽快なクルージングだったと思われるものの
横に乗っている人にとっては「あんまり飛ばさんといてね・・」とか
控えめに言ったもののかなり不安な道中であったと推察されます。
IMG_3553.jpg
何はともあれ早々と松山にご到着。イラ助の平尾氏らしいですが、
その沖10kmに浮かぶ西瀬戸の島「中島」へとやってきました。
フェリーより静々と降りてきたそのランサーエボリューションですが
現代版「天孫降臨」と言えばやや持ち上げすぎでしょうか。
IMG_3557-1.jpg
読者の方にはどうでもいいことながらフロントグリルに誇らしく取付
けられているカーバッジは左が同志社大学自動車部創部35周年
(46年前!)の時のもの、右が昭和46年?我々D大学自動車部
が主催した第4回同志社ラリーの記念バッジです。多分平尾氏に
とっては掛けがえのない思い出の品で、彼にとってはある意味
愛車よりも大切な品であろうと推察されます。
ついでながら車両登録ナンバーは前出のラリー大会で初優勝した
昭和46年即ち1971年をもじったものだそうでマニアックな彼らし
いこだわりぶりだと思います。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照願います)

お疲れだとは思いましたが、午後2時を過ぎていましたので日が
傾かない内にさっそく島内をご案内することにしました。先導は
恥ずかしながらタバコ屋の愛車赤いお嬢さんことフェアレディZで、
2台仲良く編隊走行です。
IMG_4272.jpg
まず、今を遡ること800年の昔、鎌倉時代後期から南北朝時代に
かけてこの西瀬戸一帯に覇を唱えた忽那(くつな)水軍の武将だった
忽那義範」を顕彰した石碑を訪ねました。
IMG_4273.jpg
その顕彰碑はちょっとしたミニ公園の中にあり40年前のオクルマと
現代のハイテクゼロ戦が仲良く駐車しました。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
IMG_4271-1.jpg
この石碑以外は何もない所ですがまずはその前で記念撮影です。
さて忽那義範は南朝方の武将として楠正成らと力を合わせよく戦い
後醍醐天皇の嫡子懐良(かねよし)親王が征西大将軍として九州に
向かう時には途中の中島で3年間保護し、その後機を見て懐良親王
に同行、九州での南朝方勢力の拡大に尽力した話は有名ですが
その後の消息が定かでないため最後は北九州で倭寇(海上ゲリラ)
となって高麗や元、その後の明に対抗したのではないかとも言われ
ています。(詳細は北方謙三氏の「武王の門」に書かれています。
皆さん信じられないでしょうけど、中島の覇王、忽那義範のことが
北方氏の小説に出てくるのです!!。)
(関連記事:鉄腕ダッシュと水軍参照願います)
忽那義範公顕彰碑
この石碑は昭和の世になって軍国主義華やかなりし頃建てられた
ものでその忠臣ぶりが当時の軍部によって政治宣伝に利用された
一面もあります。
IMG_3016.jpg
余談ながら800年前に何故西瀬戸一帯が栄えたかという謎ですが
それは交通にありました。現在は陸上や空の交通が中心ですが
当時は京の都と九州を結ぶ交通路は海でした。道路はろくに整備
されておらず海の方が断然早く移動出来たのです。その瀬戸内海
の西のゲートに当たるのが中島で、言ってみればJR海上新幹線の
特急駅のようなものでした。そこに「忽那水軍」という武装集団が
勃興したという訳です。
IMG_3559-1.jpg
次に向かったのはこの石碑のすぐ近くにお住まいの金本先生宅で
先生は平尾氏及びタバコ屋の母校である同志社大学の応援団OB
で8つ程も先輩ですが、ご卒業後はこの中島を中心とする地域で
教師生活を送られタバコ屋の母校中島中学校の校長や教育委員会
のトップ及び松山市教育長等を歴任された実力者で、場所と年代
は異なるものの平尾氏とは経歴がやや似ています。

金本先生は中島の児童向けの歴史解説書をはじめ多数の著書を
執筆されており、以前平尾氏にもその本を差し上げていたご縁も
あり、今回ご訪問ということになりました。しばしの間、同志社大学
のことや教育のことで話に花が咲きました。
尚、左端はタバコ屋の奥さん、真ん中は平尾氏の奥さんで、右端
が金本先生です。
IMG_4276.jpg
次に、先般のクグロフ開発にまつわる記事でもおなじみの小島
「城」を訪れました。今回は丁度引き潮でフランスのモンサンミシェ
ルとは比較にならないもののやや風情のあるたたずまいでした。
(関連記事:マリーアントワネットとフェアレディZの謎参照願います)
IMG_4283-1.jpg
この日は中国から黄砂が大量に押し寄せていて景色は最悪で喉
がいがらっぽく奥様連はマスク着用と相成りました。日もかなり
傾いてきたのでタバコ屋はやや焦り気味です。
中島地図2
島は菱形のような形をしているのですが、その左半分を回り縦貫
道をショートカットしてタバコ屋の住む大浦地区に戻って来ました。
ついでながら、地図をご覧になればわかるように島の東側の大浦
湾は天然の良港で冬の北風、西風が当たらず水軍の根拠地として
も最適だった訳です。
IMG_4317.jpg
さっそくタバコ屋直営のファクトリー(みかんの出荷場やジュース・
ジャム工場があります)をご案内することにしました。後ろの建物
は2つある建物のうちのジュース・ジャム工場でこれから見学して
頂くことになりました。
IMG_4294.jpg
この日はちょうどいよかんを搾汁しているところでこの写真は
事前にいよかんを洗浄する工程です。この後リフターでとなりの
搾汁室へ送ります。
IMG_4302-1.jpg
送られてきたいよかん果実は奥のプレス機で搾汁されますが、果皮
の苦味を抑えるためゆるく搾るので品質は良くなるものの効率は最
悪です。ちなみに搾汁率は30%程度で大手メーカーの約半分です。
IMG_4299.jpg
搾った果汁はドラム状の振動濾過機(バイブレーター)で濾します。
細かなメッシュ状のステンレス網を張ったふるい器のようなものが
二重に重ねてあり振動させながら果汁以外の異物を濾過するという
メカニズムです。これが結構高価なしろもので数百万円もします。
IMG_4306-1.jpg
プラスチックの四角い容器に果汁を入れすぐ隣にある冷凍室で
零下20度まで冷やし、製品にするまで一旦保存します。
IMG_3789.jpg
この日はビン詰め作業が行われていませんでしたが、本来は写真
のような充填機を使って各種のビンに加熱殺菌後の果汁を充填しま
す。オクルマ好きならおわかりのように、外観は昔のOHVもしくは
SOHC6気筒エンジンを彷彿とさせるデザインで、長いノズルの先
から果汁が出てきます。シンプルですが使いやすく優れものです。
尚、この工程をハンドメイドでなくフルオートにする場合は1,000万円
かかるので、今のところは躊躇しています。
IMG_4310.jpg
そのような訳で本当は果汁のビン詰め工程をお見せしたかったの
ですが、この日はやっていなかったのでここまでとしました。
工場の前でさっそく記念撮影です。となりのオクルマは倅の日産
ジュークで(ジュースではありません)おやじの骨董グルマとは
大違いの最新鋭ハイテク車です。
IMG_4308.jpg
この見慣れない額は工場内に飾ってあり「全身是良心」と揮毫さ
れています。これはタバコ屋の母校同志社大学の創始者である
新島襄が「良心の全身に充満したる丈夫(ますらお)の起り来た
らんことを」と書かれた「良心の碑」をタバコ屋がもじったもので
島のタバコ屋の恩師、俊成先生に揮毫して頂いたものです。
恥ずかしながら、タバコ屋にとってはこの工場を作った意味と
言いますかバックボーン(理念)のようなものになっています。
(関連記事:八重のこと vol.1参照願います)
大浦湾遠景3-1
次は見晴らしの良い所をと思い島で一番高い泰ノ山(たいのやま)
にご案内しました。高いといってもたかが300m弱なんですけど。
前出の忽那水軍の時代にはここに山城があり見張り台として東西
南北に睨みを利かせていたそうです。言うまでもありませんが当時
の通信手段は「狼煙(のろし))」で、煙の種類によっていろいろな
合図を使い分けていたようです。
水軍合戦4
その頃は今の平和な時代と異なり、いくさが日常茶飯事だった訳
で、気の休まるヒマもなかったと思われます。
隆盛を誇った忽那水軍でしたがその後、室町、戦国時代を経て
織豊時代には、天下平定を目指す秀吉に逆らったためその下請
軍団であり現在の広島県三原に本拠を構える小早川隆景の軍団
によって攻め滅ぼされることになりました。
それ以降、再び立ち上がることは出来ずやがて同じ西瀬戸の今治
方面を拠点とする村上水軍に取って代わられることになります。
今から500年前のお話です。
IMG_4325.jpg
山の上から西瀬戸の海を眺め800年前の出来事に思いを馳せた
ところで下山し、ホームセンターの2階にあるタバコ屋の自宅で
休んで頂き、学生時代のことや昨年秋のD大学自動車部80周年
大会のことやらで話がはずみました。
IMG_4328.jpg
せっかくなので暫くタバコ屋のスーパー店内をご案内することにし
希望の島コーナーの前では京都目線で商品チェックを受けている
最中です。蛇足ながら彼が着用している黒いジャケットには三菱
のマークが入っており、中央にはWRCのロゴが書かれています
よね。確かお聞きしたところでは三菱ワークスラリーチーム用の
もので、もちろんスーパートミナガで販売しているようなものでは
ありません。いわゆるプレミアム商品と言われるアイテムです。
IMG_4333.jpg
夜は近くの「よろいや旅館」に泊まって頂くことにし、そこで食事を
ご一緒することにしました。
IMG_4337.jpg
持つべきものは学窓仲間で、当日はこのブログに度々ご登場頂
いている東広島の行政の偉いさんO氏(奥村氏のこと)に酒所
賀茂・西条の美酒を差し入れして頂きました。
また高砂市にお住まいの元神童I氏(井村氏のこと)からは初獲
れのいかなご稚魚のしらす佃煮を頂きました。紙面をお借りして
お礼申し上げます。
IMG_4342.jpg
その夜は倅のマー君も同席させて頂き、話がはずんでなかなか
お開きとなりませんでしたが、明日は松山のご案内を予定して
いるので程々のところで切り上げることにしました。

松山での出来事についてはvol.2で詳しくお伝えすることにし、
今日のところはこの辺で終わりにしたいと思います。


コメント

No title

こんばんわっ!
平尾さんの登場ですねー。 にこにこした顔の裏側に潜むスピード感覚は才能の無い一般人には無縁のように思えます。
ランエボもかっこ良いのに、日本では販売終了というアナウンスが聞こえてきました。
そのランエボが上陸した中島ですが、歴史のある土地柄とは失礼ながら全然知りませんでしたし、歴史に触れて新鮮な感じです。
また、地元産の魚介類など新鮮な食べ物であふれているようなイメージです。

ところで私は昔から徹夜が出来ない軟弱な体ですが、ラリーで夜中走り続ける人達はどうなっているのかと不思議でに思ってました。 これについて、どうも人はもって生まれたエネルギーの総量が皆違うのではと思っています。 オーラが出ているというのも並外れたエネルギーを持っているから自然と感じ取られるのではないでしょうか。
平尾さんもエネルギーをもてあましているのでは?

Re:ゼロ戦との遭遇

拝復、そうなんです。現代のゼロ戦が中島に殴り込みをかけてきました。80周年大会の頃より一度行ってみたいと聞かされていましたが、今回それが実現致しました。それも奥様ご同伴で。

島をご案内する時、オクルマを取替えっこして恐る恐るゼロファイターを操縦させて頂いたのですが、さすが現代のチューニングカーだけあってとてもパワフル(350馬力以上)で剛性感があり、40年前の赤いお嬢さんなどはソレックスで武装しているとはいってもブリキ細工と精密機械の差があるように感じました。

余談ですが5点式のシートベルトを装着しているのには80周年大会で拝見してはいるものの再度驚きました。赤いお嬢さんなどは購入時2点式のしょぼいシートベルトしか付いておらず後付けで3点式に交換したもののショルダー部の支点が構造上取り付け出来ず、シート後部にスチールのアングルを立てやっと取り付けられたという裏話もあります。

でもランエボの生産中止は残念ですよね。一つの時代が終わったと言うことでしょうか。多分すでにハイブリッド版次期ランエボが秘かに開発されているのは間違いないでしょうけど。

中島の歴史に関心を持って頂き有難うございました。今は全国共通現象の過疎化、高齢化が進んでおりそれに耐えられないタバコ屋は流れに棹差そうといろいろ試みてきましたが・・・。

エネルギッシュな平尾氏ですが、そのパワーはお仕事のみならずオクルマ好きの方にかなり注がれていて、奥様も閉口と言うか諦めておられるようです。

Re:訂正

先程、平尾氏のランサーエボリューションは5点式シートベルトだと申し上げましたが4点式の誤りです。それにしても本格的な競技用のしかけにて、奥様は装着がさぞ煩わしかったと思いますが、タバコ屋の考えすぎでしょうか。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
メニューの見方について
各カテゴリー別に最新記事10件が表示されます。10件以上の場合は最下行のホーム右の矢印で次のページをご覧頂けます。
記事の見方について
島のタバコ屋手帳のタイトルをクリックすると最新記事10件が表示されます。また個々の記事のタイトルをクリックするとその記事と投稿コメントが表示されます。
最新記事(30件)
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる