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校長先生西瀬戸を行く vol.3:しまなみ編

平成26年4月13日
前回の記事でタバコ屋は平尾ご夫妻と黄昏の道後温泉駅でお別れ
した後、ややセンチメンタルな気分に浸りつつ島に帰ったのですが
その後、平尾氏よりその夜以降の写真を頂いたものですから、その
顛末と言いますか、暴露記事を書かない訳にはいかなくなりました。
歩音02
夜の食事まで時間があったものですから別れ際に道後界隈の散策
をお勧めしました。その一つに「歩音(あるね)」というお土産屋さん
兼和式パーラー(東広島のパチンコ屋さんではありません)もご紹介
していました。道後にもこんな店があるねという駄洒落にもならない
店名ですが、どうもそこへ立ち寄られたようです。
歩音06
ここは民家を改造したレトロな雰囲気の小じんまりしたお店で道後
温泉商店街に居並ぶ派手派手しい土産物屋とは全く雰囲気の違う
お店です。並べている商品もご当地土産ではあるものの女性店主
がこだわって選定した品が中心です。
DSC_3257.jpg
またしても手前味噌になってしまいますが、実はこの小さなお店
はタバコ屋のお取引先で、島のジュースや写真の島いりこ等を
販売させて頂いています。
DSC_3268.jpg
どうもその後、まだお時間に余裕があったらしく「道後ぎやまん
ガラス美術館
」へお立ち寄りになったようです。ぎやまんと言うと
何やら南蛮渡来のものを連想しますよね。
道後ぎやまんガラス美術館3 道後ぎやまんガラス美術館1
ギヤマンと言うのは鎖国時代の江戸日本においてオランダ語の
ダイヤモンドを意味する言葉でそれを使って加工したガラス製品
のことをギヤマンと言うようになったと伝えられています。
でも長崎ならともかく道後でギヤマンと言うのも長崎仕込みの
ポルトガル菓子、タルトにちなんだものでしょうか。
DSC_3270.jpg
そのエキゾチックなギヤマン屋敷の中庭です。中庭に面した池は
ライトアップされ大変ムーディな雰囲気を醸しています。癒しの
空間と言えましょう。まだあちこち散策されたようですがはしょる
ことにして、宿泊先の道後椿館にお帰りです。
DSC_3273.jpg
さて一風呂浴びた後はお食事タイムです。詳しくは存じ上げません
がどうも瀬戸内のお魚料理をメインに鯛のシャブシャブ?や伊予牛
の一口ステーキが見え隠れしているようです。至福の夜と言います
か甘美な夜と言いますか、もしタバコ屋なら吉田卓郎の「旅の宿
でも口ずさみたくなるような一シーンです。もっとも歌のなかでは
口ずさむのは「♪一つ俳句でもひねって~」なので松山ゆかりの
駄洒落になるでしょうか。
DSC_3410-1.jpg
かくして「旅の宿」は一夜明け、いよいよご出立です。早朝の道後
温泉本館前を通過し松山市内へと向かいます。愛車三菱ランサー
エボリューションXターボの重厚なエキゾーストノートを響かせて・・。

元校長先生の今回の旅は奇しくも西瀬戸の中島に始まって松山
探訪を果たし、余勢を駆って「しまなみ海道」を目指すことになり
ました。
DSC_3415-1.jpg
やって来ました。早朝の来島海峡大橋です。恐らく松山自動車道
から今治を目指したのだと思われます。しまなみ海道は正式には
西瀬戸自動車道という名称で今治を基点に大島→伯方島→大三島
→生口(いくち)島→因島→向島→尾道へと至る壮大なルートです。
生口(いくち)島が県境になっていてそれ以遠が広島県になります。
ちなみにこの来島海峡は潮の流れが早く複雑で海の難所となって
おり、500年前に中島の忽那水軍が滅亡した後はこの辺一帯を
拠点とする村上水軍が西瀬戸の覇権を握りました。

来島海峡大橋1
余談ながらこの来島海峡大橋は正確には3つの吊り橋からなって
いて、3連吊橋というのは世界初のものです。それぞれは1,000m
前後ながら全長は4,000m以上に及びます。建設は鹿島建設が
担当しましたが工事途中数名の犠牲者も出るなど大変な難工事の
末9年の歳月を要して平成11年に完成しました。ちなみに吊橋
単体として世界最長は我が日本の明石海峡大橋で約2,000mあり
ます。もの作り大国日本の面目躍如たるものではないでしょうか。
来島海峡大橋2-1
今回平尾氏は早朝の渡り初めだったのですが、もし夕刻であった
なら写真のような光景が目に入ったと思われます。それにしても
人間というのは素晴らしいものを作り出す動物ですよね。フ~。
ついでながら平尾氏はそのもの作りの心を次世代に伝える根っこ
のところで活躍されている訳ではありますが・・・。
DSC_3432-1.jpg
写真でおわかりのように四国から本州まで島がひしめき合っている
という感じで、タバコ屋は今でも島の名前と沢山ある橋の名前が覚
えられません。見所としては最初の来島海峡大橋と県境の大三島
と生口(いくち)島の間にかかっている多々羅大橋でしょうか。
DSC_3439-1.jpg
平尾氏の愛車の車窓から眺めた来島海峡大橋です。早朝にて橋は
平尾ご夫妻の貸し切り状態です。さぞかし快適なクルージングを楽
しまれたことだと思うのですが、スピードマニアの平尾氏にとっては
退屈なドライビングだったかも知れません。
IMG_2335.jpg
突然の写真で恐縮です。実は忘れもしない昨年の6月、元校長先生
とタバコ屋は2人でこの来島海峡大橋と似たような?伊勢湾岸道路
を40年前に製造された危ういオクルマで走行していたのです。静岡
から校長先生のご自宅のある京都宇治を目指していました。日も傾
いた頃、無事校長先生の2台の愛車が待つご自宅前に辿り着いたの
でした。奥様の入れて下さったコーヒーだったか紅茶だったかトテモ
美味だったことが思い出されます。とんでもない余談となりました。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.2:静岡詣で参照願います)
DSC_3464-1.jpg
多々羅大橋の遠景です。来島海峡大橋同様吊り橋なのですが、橋脚
から直に多数のワイヤロープで支える方式で、橋脚自体もシンプル
ながら力強いデザインです。いよいよ広島県に入って来ました。
DSC_3459-1.jpg
元校長先生はその多々羅大橋のたもとでさっそく記念撮影です。
皆さんにちょっと注目して頂きたいのは石柱で、左に「平山郁夫
と書かれているのが見て取れるでしょうか。そうなんですこの石柱
の文字を揮毫されたのは日本を代表する日本画家の一人、平山
郁夫さんなんです。何故かと申しますとここ生口島の瀬戸田という
町が平山さんのふるさとであるためです。
DSC_3477-1.jpg
その生口島の海岸に佇む現代のゼロ戦です。この日は晴れていた
ものの波が立っているので風が強そうです。無敵のゼロファイター
にとっては横風によるふらつきなどとは無縁だったとは思いますが。
DSC_3471-2.jpg
平尾氏ご夫妻がしまなみ海道を目指したのには訳がありました。
実は平山郁夫さんのふるさと瀬戸田にある平山郁夫美術館を訪
ねてみたかったのです。その希望もまもなく叶えられそうです。
DSC_3487-1.jpg
いよいよ「平山郁夫美術館」に到着です。平尾氏のオクルマの趣味
については概ね存じ上げているつもりなのですが、こと絵画の趣味
についてはあまり話題になったことがなく、平山さんのどの絵が見た
かったのか想像するしかありません。
DSC_3488-1.jpg
もの静かな佇まいのエントランスです。平山さんが残された多くの
作品のうちどの程度が美術館で見れるのか期待が膨らみます。
平山郁夫美術館
松山の伊丹十三記念館は洋風のモダンな建物でしたが平山郁夫美術
館は純和風のシックな建物です。日本最高峰の日本画家の美術館
なので当然と言えば当然かもわかりません。
平山郁夫:流砂浄土変1
全く偶然なのですが、実はタバコ屋も若い時から平山さんの日本画
がお気に入りで特に写真のシルクロードを行く隊商を描いた「流砂
浄土変
」というタイトルの絵が最も気に入っているのですが、多分
NHKが放映した「シルクロード」にかなり影響されたと思います。
壁とか棚に飾り物を掛けたり置いたりが嫌いなタバコ屋もこの絵
だけは額に入れて飾っています。もちろん本物は数億円でしょう
から安物のプリント画であることは言うまでもありません。
月光ブルーモスク
平山さんの特徴は絵が静かで幻想的であると言うことです、温厚で
控え目だったご自身の性格によるものが大きいのでしょうが色彩の
美しさについては、生まれ育った瀬戸田の原風景がかなり影響して
いるのではないでしょうか。特にブルーが美しく平山さん独特の色
だと思います。写真は「月光ブルーモスク」というタイトルで月夜の
イスタンブールの回教寺院を象徴的かつ幻想的に表現しています。
蛇足ながら、この絵のプリント画をよっぽど部屋に飾ろうかと悩んだ
時期がありましたが、部屋が暗いムードになるような気がして結局
断念した経緯があります。
HONDAF1の挑戦
手前味噌もいいところなんですが、そのブルーモスクのかわり
に壁に飾ったのがこのポスターです。これは今から10年程前、
鈴鹿F1GPにおいて我がHONDAが新聞広告を出した時に
その新聞切抜きを後生大事に保存し、後日写真にプリントして
打ち出したもので、その内容はHONDAは昭和39年のF1初
挑戦以来、40年に亘ってF1に挑戦し続けてきました。今年の
鈴鹿F1決勝レースには期待して下さい。といった内容でいわゆ
るイメージ広告と言われるものです。タバコ屋の過ぎし日を振り
返り40年の挑戦というコトバが自分のこととオーバーラップする
ような気がしてあえて額に入れて飾ったという訳です。
大唐西域壁画
平山さんに戻ります。元々絵のうまさにかけては天才的なもの
があったのですが、何をテーマに描くのかということで随分悩み、
試行錯誤されたようですが、結局仏教にかかわるものあるいは
その教えが遥か天竺(インド)から西域、中国、やがては日本へ
と伝わったシルクロードに行き着きました。タバコ屋は平山さん
と言えば即ちシルクロードといったイメージがあります。
その平山ワールドの集大成として奈良薬師寺の玄奘三蔵院に
納められた「大唐西域壁画」は有名ですよね。左に立っておられ
るのは、もちろんこの壁画を描かれた平山郁夫画伯ご自身です。
平成の洛中洛外図
また写真の「平成洛中洛外図」といった大作もあり、現代の京都
を思いっきりデフォルメして大胆に描いています。京都生まれで
京都育ちの平尾氏にとっても感慨深いものがあると思います。
天かける白い橋2-1
これは「天かける白い橋」というタイトルで、雄大なしまなみ海道も
平山さんの手にかかるとこのような作品イメージとなります。
ただ当日美術館でこれらの作品が見られたかどうかタバコ屋には
わかりませんが恐らく素晴らしい作品に癒されたことと思います。
DSC_3491-1.jpg
ともあれ3日間に及んだ元校長先生の西瀬戸紀行は終わりました。
平尾氏ご夫妻にとって西瀬戸とはどんなところだったのでしょうか。
尚、タバコ屋は同行したわけではなくあくまでも想像の記事なので
逸脱した点がありましたらお許し頂きたいと思います。
写真は平山郁夫美術館の庭に咲いていたと思しき花ですが椿なの
か山茶花なのかさて、タバコ屋は花には疎いです。

後日談ながら、各方面よりご指摘がありまして、山茶花が今頃咲く
訳がなく、この花は「椿」であることが判明しました。
考えてみれば童謡「たきび」の歌詞2番でも、さざんか さざんか
咲いた道 たき火だ たき火だ 落ち葉焚き 「あたろうか」「あたろうよ」
しもやけ お手てが もうかゆい~。
ですから今頃咲く訳がありませんよね。


コメント

No title

ちわっ!
松山観光も終わり連絡橋のオンパレードですね。、景色としては綺麗ですが心配性の私としては数十年後のメンテナンスや架け替えはどうするのかと気になります。 
それはさておいて、平山郁夫さんの絵は幻想的で、目の前で見てみたいです。 2~3年前に日経新聞の連載小説で長谷川等伯が取り上げられ、私の履歴書には小泉淳作が登場したりというのもあってか、ちょっと日本画に興味が湧いてます。
平山美術館の花ですが、この時期であれば ”椿”でしょうか。
山茶花は冬前に咲き、椿は春前に咲きます。 また山茶花は花びらが落ちていきますが、椿は花ごと落ちます。 私の田舎の家の小さな椿は先週3分咲き位でした。

Re:杞憂

拝復、ちわっすです。莫大な投資による国家プロジェクト「しまなみ海道」、その後のメンテナンスどないすんねん、というご指摘です。古代中国戦国時代の思想家「列子」が書き残した「天端の故事」にある寓話は有名ですが、昔「杞」の国に「もし天が崩れ落ちてきたら、それこそどないすんねん」と心配し食事も喉に通らなかった男がいたそうですが、さらにまたおせっかいやきの男がいて「そんなこと心配せんでもよろし、悠久のいにしえより天が崩れることはなかったしこれからもそんなことありえへんのやから」と言って聞かせたそうです。心配性の男はそれで安心したそうですが、爾来その故事にちなみ将来のことをあれこれ心配し取り越し苦労することを「杞憂」と言うようになったそうです。でもしまなみ海道に関しては、人間の作ったものなのでいつかは壊すか作り変えるかする時が来るでしょうね。首都高速では既にそのことが現実問題になっていますよね。それこそ杞憂が現実になるということだと思います。

平山郁夫さんの絵、気に入って頂いたようですね。ゴッホのような荒々しいエネルギーは感じませんが、神秘的、幻想的な安らぎというものを感じますよね。それが平山ワールドの真骨頂なんでしょうけど。

平山郁夫美術館の庭に咲いていた花について、それは「椿」であるというご指摘有難うございました。実はご当人の平尾先生からも同様のご指摘を頂きまして、記事に加筆しておきました。タバコ屋もオクルマに関しては結構几帳面に、例えば初代ゴルフのデザイナーがジウジアーロであること等は覚えているのですが、こと花のことになるとからっきしで天は二物を与えずというのはこのことを言うのではないでしょうか、こじつけですけど。

No title

こんばんわ! 
ちょっと前に衛藤征四郎議員がテレビの特集かなんかで、四国の佐田岬半島の辺りから大分にかけてトンネルでつなげば九州にもっと人が来る、借金して作っても将来の子供に財産を残せるからこういうこともあっていいと思うんですということを話してました。 借金しまくって作るだけ作って返せないほどの金額になっているのに私には??ですが、現在の政治家は皆同じでしょうか。すでに日本はだんだんお金持ち国ではなりつつあるのに政治が変わって行かないかぎり全てのインフラを維持できるとは思えません。 永久に借金できるのであれば問題ないのですが。

話は変わりますが、実は私が花を好きになったのは最近なんです。 山茶花と椿の違いを知ったのもほんの数年前です。
先ほどまで実家に帰っていましたが、去年植えたカタクリが可憐な花を咲かせていました。

Re:過ぎたるは・・・

拝復、四国九州間にそういう構想があるとは知りませんでした。ただ九州にはどんどん人が行くようになるでしょうが四国はますます過疎が進行すると思います。それが証拠にしまなみ海道沿線の島々は橋が出来て便利になった代償として過疎が急加速化しているそうです。タバコ屋個人的にはもうこれ以上瀬戸内海に橋はいらないと思います。ここだけの話ですが岡山の瀬戸大橋は経済的にペイしているもののしまなみ海道はまったくダメだそうで本当は必要なかったのかも知れません。

カタクリを植えられて花が咲いた由、タバコ屋は今「香りの百貨店」のコンセプトを実現すべくレモン、柚子、ライム等の苗を定植中です。

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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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