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アウディな人 vol.1:高砂での出来事

平成26年5月27日
アウディ(Audi)、言わずと知れた今を時めくドイツ野郎
のオクルマメーカーですよね。タバコ屋が若かりし頃の
アウディのイメージと言えば以前にも申し上げましたが、
堅牢性には定評があったもののデザインも性能も非常
に上品かつ控えめで、ユーザーと言えばお医者さんの
奥さんとか、ええとこのお嬢さんがおとなしく乗っている
イメージでした。
(関連記事:当世オクルマ寸評(復刻版)参照願います)
アウディ80-3
ところが経営者変われば品変わるという訳で昭和47年
(1972年)タバコ屋が同志社大学自動車部4回生の時、
ドイツ自動車業界の織田信長もしくは異端児と呼ばれる
フェルディナンド・ピエヒがアウディに開発担当重役とし
て入社してからと言うもの、それまでおしとやかだった
アウディ社は俄然ワイルドに変身を始めたのです。彼
がやろうとした事は、アウディ社をスポーツマインドな
プレミアムメーカーに変身させ、VWグループの中でも
際立った個性を持つメーカーに育てることでした。
フェルディナンド・ピエヒ1
元々彼はポルシェの創業者であり、VWビートルの設計
者でもあるフェルディナンド・ポルシェ博士の娘、ルイー
ズ・ピエヒを母に持ち、父はポルシェ博士のビジネス・
パートナーだった弁護士のアントン・ピエヒという血統書
付きの出自であり、ポルシェ博士の甥である彼が革新
を起こすには十二分な背景を持っていました。
(関連記事:ブランドに秘められたもの vol.2:外国車
参照願います)
アウディ80クワトロラリー3
彼はドイツ野郎らしい冷徹な構想と見通しにより、アウ
ディ社の開発担当者として2つの革新的メカニズムを持
ち込みました。一つは4WDシステムであり、もう一つは
常識外れの直列5気筒エンジンでした。
4WDシステムは軍用車等では当たり前でしたが、市販
のセダンもしくはスポーツカーにそのシステムを採用す
るのは意表を突くというか革新的でした。そら、後輪駆
動も前輪駆動も2つの車輪で地面を蹴る訳で、それを
4つの車輪で蹴ったほうが効率が良いことはコロンブス
に聞くまでもないことでした。
彼はそのシステムをクワトロ(quattro)と名付けたので
すが、何もイタリア語で4を意味するコトバをわざわざ付
けなくても良かろうにと思うのは素人の浅知恵かも知れ
ません。

また直列5気筒エンジンというのはバランスが悪く振動
等で問題ありと常識的には考えられていましたが、4気
筒エンジンのパワー不足を補えるのと、6気筒エンジン
より省スペース、軽量化を図れるメリットがありました。
彼はこの2つの武器を携え、昭和56年(1981年)頃より
WRCに殴り込みを掛けたのです。
旧ミニ・モンテ-11
かつてはBMCミニ・クーパーが席巻し、またその後は我
がDATSUN-240Zが果敢に挑戦したモンテカルロ、それ
以降ポルシェ911、ルノーアルピーヌ、ランチアストラトス
等、名だたる強豪がモンテカルロを頂点とするWRCに挑
みそれぞれ成功を収めました。
240Zモンテ5-1
名手R・アールトーネンの華麗なドライビングテクニック
(サイドブレーキターンまたはスピンターンと呼ばれる回
頭テクニック)によりFR車としては奇跡的な3位入賞とい
う偉業を成し遂げた我がDATSUN-240Zでしたが、直列
6気筒エンジン搭載のオハナの長いマシンでは到底勝ち
目はありませんでした。無論、コースの狭いモンテでの
お話であって見渡す限りの広大な原野を走り回るサファ
リにおいては別で、パワフルな240Zは初参戦にも拘わ
らず、PORSCHE等並み居る強豪を蹴散らし、見事総合
優勝を勝ち取りました。アウディがWRCに参戦したのは
それから約10年後のことでした。
アウディ80クワトロラリー2
最初はなかなか勝てなかったアウディ80クワトロでした
が、徐々に改良を重ね、またモンテの帝王ウオルター・
ロールをエースドライバーに抜擢したことにより昭和59
年(1984年)念願のモンテ初優勝を飾りました。
デルタインテグラーレ・WRC4
その後モンテはプジョーが台頭する中、ランチアがスー
パーマシン、デルタS4を投入したものの高性能すぎて
事故が多発し、その結果車両規定が変更され、より市
販車に近いものとなりました。ランチアはデルタHFイン
テグラーレを開発、投入した結果、何と破竹の6連覇と
いう偉業を成し遂げたのでした。
やがてその後はいよいよ我らがトヨタセリカGT-4の時
代へと移って行きます。昭和60年代前半のお話です。

ちなみにランチアデルタHFインテグラーレのメカは2L・
4気筒DOHCターボで4WDでしたがボディは偶然にも
アウディ80クワトロとよく似たデザインで一回りコンパク
トなしつらえでした。両車ともデザイナーがジウジアーロ
氏だったのでよく似るはずですよね。チューニングを担
当したのは毒さそりマークで有名なアバルト社でした。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)
DSCF4730.jpg
いきなりの写真で恐縮です。アウディとは何の関係もな
いのですがタバコ屋の一期後輩で高砂市にお住まいの
井村氏(愛称ヘータ君)のかつての愛車、SUBARUレガ
シイB4-RS30トミーカイラ仕様のフロントフェイスです。
どうも購入して間がない時期の写真のようで、ほとんど
改造の痕跡がありません。
IMG_2993.jpg
ところが、実は昨年の同志社大学自動車部80周年大会
記念イベントの「愛車ミーティング」にご出品の時には、
このようなお顔に変身されていました。彼もかつて高砂
市の神童と呼ばれた俊英にて、人並みのルックスでは
気に入らず、足回りの改造に始まってお顔の整形手術
まで敢行されたようです。もともとB4は高性能な上に、
トミーカイラというマニアックなチューナーの手に掛かっ
たものですが、かつて零戦を製造した日本最大の航空
機メーカー中島飛行機の末裔たるSUBARUのマシンを
戦闘機に仕上げた彼はさぞ満足だったに違いありませ
ん。ただ彼のオシゴトは教師なので、このオクルマを通
勤に使うとしたらかなり勇気がいるのではないかと推察
致します。
(関連記事:終わりなき旅 vol.2:愛車ミーティング参照
願います)
DSCF4923.jpg
またもや突然の写真で恐縮です。時は移り・・・と申しま
してもあれから半年も経たないうちに彼はその愛車レガ
シイB4-RS30を手放す決心をしたようです。どうも内部
情報ではかねてよりドイツ物に乗りたくてBMWとアウデ
ィどちらにしようかと随分迷われたようです。
結局迷った末アウディに決めたようで、わざわざ神戸ま
で行って購入引取りした新しい愛車アウディのお写真を
頂きました。彼がご購入されたのは、アウディA4アバン
トだと思うのですがどうなんでしょう。
アウディ80-6
フェルディナンド・ピエヒ博士に戻ります。4WDシステム
と直列5気筒エンジンという革新的なメカを引っさげて殴
り込みをかけてきた博士ですが、メカ以外でも特筆すべ
きものがありました。それはボディデザインで、当時は
やたらメッキしたパーツでライト回りをトリミングしたり
兎に角ゴテゴテしたデザインが主流でした。アウディは
フラッシュサーフェスという新しい手法で従来のデザイン
とは一線を画すクリーンなボディを表現したのです。
タバコ屋はアウディ100から始まったこのトレンドの中で、
アウディ80が出た時はジウジアーロの初代ゴルフ以来
の衝撃を受けたものです。特にこのリアビューは印象的
でメッキパーツを排した清潔なサーフェス(表面)には惚
れ惚れしたものです。パクリは世の常とは言うものの、
このトレンドはやがて我が日本の各メーカーも競って採
り入れる結果となりました。

余談ながら、このオクルマのサイドウインドウは左右合
計6枚あるのにお気付きでしょうか。この形状はシックス
ライトと言って主に高級車に使われる手法なんですが、
ピエヒ博士はアウディをプレミアムメーカーに育てるため、
ミドルレンジのアウディ80にあえてこのデザインを採用
し、高級感を演出したと言う訳で、後方視界も極めて良
さそうです。
アウディ80-7
フラッシュサーフェス、好みは人それぞれで、味気ない
という方もいらっしゃるでしょうが、以前から申し上げて
いるようにタバコ屋はこういう塊感の表現が大変お気に
入りでそれを阻害する一切の付属物は排除したいと言
うのが本音です。その意味で井村氏がアウディをご選
定されたことは喜ばしい限りです。
DSCF4925.jpg
英語表現ではステーションワゴン(即ち走れ幌馬車の世
界)と言われるこの形状はドイツではアバントと言われる
らしくまた日本では味気ない表現にてバンとか言われて
いるようですが、タバコ屋的表現ではマルチ・パーパス・
ヴィークル即ちMPVと呼ぶべきではないかと思うのです
が、皆さんはどう思われますか・・・。
アウディA3-1
それにしてもこの時期までのアウディはまだ初期の恥じ
らいと控えめな品性を保っていました。問題はBMWです。
その頃よりかなりエグイ路線を打ち出しつつあったBMW
は影響力が大きく寝た子を起こすような事になった結果、
アウディもそのエグイ路線に追随し今日のお口パックリ
お目々キラキラのかなり品性を欠いたものになりました。
BMWには責任を取ってもらいたいものです。
レクサスRC-2
悲しいことに後日その悪性ビールスはトヨタにも飛び火
し、レクサスシリーズではご覧のごとくプレデター顔と
なりつつあるのはアイデンティティの確立として喜ぶべ
きことなのかどうかですがタバコ屋はかなり否定的です。
(関連記事:好みの基準 vol.4:品性とダイナミズム
参照願います)

何はともあれ、井村青年は念願のアウディを手に入れ
ご満足だと思うのですが、今までNIPPON戦闘機ノリモ
ノに馴染んできたせいかアウディのソフトな乗り心地が
お気に召さないらしく、またまた病気が再発して年甲斐
もなくタイヤ&ホイールの交換や足回りの強化を目論ん
でいるらしく、前回のSUBARUレガシイB4-RS30同様、
次回拝見する時は別のオクルマに生まれ変わっている
やも知れません。
アウディA3-8
余談ながら、タバコ屋が親しくさせて頂いているペンネー
ムそろばんさんも昨年アウディA3スポーツバック?をご
購入されました。先般同乗させて頂きましたが、やはり
ドイツ物のソリッドな高質感というのは際立っており、
コクピットからシートからすべて国産車とは違う何かを
感じました。あえて国産車でこのテイストを持つメーカー
を挙げるとすれば、それは唯一SUBARUと言う事になる
でしょうか。
IMG_0831-1.jpg
ついでの話として、当時世界を席巻したとは言うものの、
タバコ屋の赤いお嬢さんフェアレディS30Zなんか、今と
なってはショボイ作りで40年の歳月をしみじみ感じさせ
られました。だって当時はエアコン、カーナビなどという
ものは夢のまた夢の時代でしたから。
IMG_3227-1.jpg
ただZのデザイナー松尾良彦氏の名誉のために申し添
えるとすれば若き頃日産ブルーバードB410のデザイン
を巡って世界の巨匠ピニンファリーナをぼろくそにけなし
た反骨精神は、彼の集大成とも言えるフェアレディZの
デザインに凝縮されており、ボディデザインと言い、コク
ピットデザインと言い、世界に通用するその熱きスポー
ツマインドは40年後の今となっても決して色褪せるもの
ではないとタバコ屋は思います。
オクルマとは関係ないですが、後方に写っているのは
呉港を出港したヘリコプター搭載護衛艦(実際はミニ航
空母艦)「いせ」だと思われます。多分2万トン近くあり
島ほどもある巨体で中島沖を悠々と航行していました。

先日、井村氏から頂いた写真をもとにアウディやらのお
話をさせて頂きましたが、ピエヒ博士がアウディ社に根
付かせたスポーツマインドはこれだけでは留まらず、
その後彼がアウディ社を去り親会社であるVWに移籍し
た後もそのチャレンジ精神は色濃く残りました。WRCで
頂点を極めた後、今度はルマン国際レースに挑戦する
ことになったのです。次回はそのあたりをもう少しお話し
たいのですが、今日のところはこの辺で終わりにしたい
と思います。

コメント

No title

ちわっす! 
もうAUDI編が始まってますが、ハイペースな更新の原動力はどこにあるのでしょう? 
私が20代のころは確かにAUDIはお嬢様車のイメージでしたね。赤のAUDIがて定番だったでしょうか。 その後は、我々には女性ラリードライバーのミシェル・ムートン(羊皮のように柔らかいイメージはないですが、恰好よくてすごいなと思ってました。) そしてラリー界で一躍トップを勝ち取ったクアトロです。 ラリー車の4WDが当たり前になっていったのもこの車でしたね。 
AUDIのイメージの一つでもあるクアトロ4WD、VWではSYNCROとして技術流用されていましたが、現在はVWは4MOTIONという呼び名に代ってしまい、4WDシステム自体もクアトロと同じでなくなってきていて、HALDEX(ハルダツインマスターを作っていた会社が開発した四駆システム用のセンターデフみたいなもの)を使っています。 さらに、AUDI自身も伝統的なトルクセンシティブセンターデフがクアトロシステムなのに、HALDEXを使っていながらクアトロの名前を使っています。 
そのフェルディナンド・ピエヒですが、私が知ったのはvwに移って、W型8気筒や12気筒エンジンを開発したり、高級路線を目指してフェートンなる高級車(ベンツのSクラスやBMWノ7クラス)まで開発して世に出しましたが、いづれも成功には結びつかなかったようです。 W型エンジンでは振動を打ち消すために相当なバランサーを取り付けているとどこかの記事に書いてます。 コンパクトでありながら大排気量化でき、VwパサートのW84MOTIONはとんでもない加速を味わうことができるそうです。ただし、固体差があり、当りが悪いと毎月修理の憂き目に合うとディーラーの人が言ってました。 フェートンは日本では存在を知らない人のほうが多いのではないでしょうか。
AUDIで勢い付けてVWでもというピエヒの思いはうまくいかなかった結果になってしまいました。
ピエヒが腕を奮ったAUDIのドル箱はやはりA4でしょう。 私も一時期 井村さんの購入したB6(A4)の一つ前のB5(A4)のクアトロに乗ってました。 ボディは剛性高く、クアトロは4WDを意識させなくて普通に乗っていましたが、雪道はやはりSUBARUと双璧をなす4WDシステムだと思います。
井村さんには足回りを強化して乗ってほしいですね。 デザイン的にはこのB6(A4)が私は一番好きです。 
B7(A4)になってチャンさん指摘の品のないグリルになってしまってエレガントさが消えて残念でした。
そのA4もモデルチェンジごとに大きくなり、現在のA4もはや昔のミディアムクラスの大きさになって扱いにくくなりつつあり、面白みも無くなってしまっているのではと想像してます。
4WDといえば、HONDAのSH4WD。熟成する様子がうかがえないのが残念でなりません。 オンデマンドカップリングの4WDでもSHシステムと組み合わせればより良い結果を引き出せるのではとひそかに期待しているのですが。
以上、思い付きで書いてみました。


Re:アウディな人:豊中編

拝復、ちわっすです。タバコ屋はもうビビッてしまいました。高砂どころか豊中にもアウディな人がいました。それもかなり過激なエンスーです。上山解説についていける人はもうピエヒ博士くらいしかいないのではないでしょうか。HONDA-4WDのことも解説されていましたが、ピエヒ博士もHONDAのことはとても気になっていたようで4WDではありませんが、HONDAの直列5気筒エンジンを搭載したインスパイアが発表された時はその性能を確かめるため秘かに来日し試乗したことは有名な裏話ですよね。

ミシェル・ムートン女史、たしかにタバコ屋も気にはなっていたのですが、今回の記事には至りませんでした。特別理由はないのですが、男勝りの彼女の迫力に呆然自失となったのかも知れません。ムートン女史に比べたらタバコ屋なんぞ陸ナマコみたいなもんですから。

とにかく、アウディを語らせたら「もうどうにも止まらない」という上山青年の熱きエンスーぶりがよくわかりました。脱帽です。

AUDI

タバコ屋 様
こんにちは、おひさしぶりです。
AUDI編が始まりましたので、ついつい読むだけに収まらず
コメントした次第です。
AUDIの歴史は、さすがタバコ屋さん良く調べられてますね~。
私はオーナーでありながらほとんど歴史は知りませんでした。
改めて勉強になります。<(_ _)>
私がAUDIにしたのは、どこかドキドキしない国産車をあきらめ
おもしろ半分で試乗をしたのがきっかけで、低排気量なのにいいレスポンスでトルク感が出てくるDSGシステム(人が行うクラッチ操作を機械で制御しちゃう。VWグループで搭載)が気に入ったからです。
これは同じ日にBMWを試乗しても味わえませんでした。
しかし、いかんせん新機能。
日本の風土(渋滞)には馴染まないところもあったようで
私の愛車もクラッチ強化版に早くも交換とあいなりました。(笑)
不具合も楽しめるのは車の魅力のせいでしょうか。
タバコ屋さんの淑女には負けますが・・・ハハ

またお互いカーライフを楽しんでまいりましょう。
では。(^_^)/~

Re:困った趣味

拝復、そろばん様。
アウディな人がアウディの記事を読んで頂き有難うございました。アウディとピエヒとの関わりについてかなり書いたつもりですが、気に入って頂いたようで何よりです。愛車のご購入に際してはエンスーだけあってBMWと乗り比べる等、さすがですね。強化クラッチ版にて快適な毎日と推察致します。

かく言うタバコ屋もアウディはお気に入りなのですが、赤いお嬢さんでは普段の足として乗り回すという訳にもいかず、さりとてスズキ軽トラックでお取引先訪問というのもいかがなものかという訳で、また仕事が一段落したらA1あたりに乗ってみたい気はします。確かA1は全長4m未満なので島のフェリー運賃が軽四規格で安いのです。ただ変なデザインのリアランプと睨み付けるお目々は何とかならないのかと思いますが。

ご無沙汰してます

AUDIと言えば・・・

1986 AUDI 90 quattro に乗っていました。残念ながらクーペには手が出せずセダンだったのですが・・・

人生初の4WD、人生初の5気筒エンジンを堪能しました。

維持費(修理代)がかかるようになって手放してしまいましたが、この車の影響で、後年レガシー B4にも乗りました。

WRX コンセプトにも期待していたのですが、ガッカリしています。

Re:明神下のアウディな人

うわー、お久しぶりです、などと梓みちよみたようなことを言いますが、ピエヒ博士も懐かしいお名前ながら、タバコ屋にとっては神田明神下のi@SFさんだって負けず劣らずビッグネームですから。

奇しくも明神下の~親分さんがかつてアウディ90クワトロをご愛用だったとは夢にも思いませんでした。そうだったんですか、クワトロならクーペだろうがセダンだろうがどっちでもいいじゃないですか。兎に角ヨンリンクドウ5発ですから。

その後、アウディ日本版たる(香りが似ているという点において)SUBARUレガシイB4をめとられたことはエンスー街道をひた走ったということの証明ではないでしょうか。タバコ屋の方程式ではアウディスト≒スバリストとなります。これは大学受験には出て来ない方程式ですので念のため。

インプレッサWRXコンセプト、世の中にタバコ屋以外でガッカリした人がいらっしゃったことがまず嬉しいです。タバコ屋だけが偏見の持ち主だとひがんでいたのですが、これで安心です。あまり安心でもなく実際は何故あのように魅力的なプロトタイプをそのまま市販車として発表しないのかということです。SUBARUにも抵抗勢力がいるんだと思います。役員会で「今度のWRX、あんまりにも過激やんか~、もっとおとなしめにせいや~」とか何とか言ってブチ壊したやつがいるはずです。多分デザイナーは草葉の陰で泣いているか、あるいはイタルデザインに移籍交渉しているか、それはタバコ屋の知るところではありませんが、少なくともあのまま市販されれば間違いなくタバコ屋はディーラーに飛び込み、「これ下さい」とか衝動的なことを言っていた可能性があります。バカですよね。

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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
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