FC2ブログ

あこがれの宮島 vol.2:再訪

平成26年6月24日
以前の記事で、恥ずかしながらタバコ屋は還暦を過ぎるまで宮島
を訪問したことがなかったことをお話しました。それは一昨年やっと
実現したのですが、今回ひょんなきっかけで再び宮島を訪問する
運びとなりました。ひょんなきっかけとは島で親しくしている方が
船を持っていて、仲間で一緒に宮島へ行こうや~という話になった
のです。もちろん一番行きたかった一人はこのタバコ屋ですが。
IMG_3183-1.jpg
一昨年初めて宮島へ行ったときはタバコ屋の愛車の初遠出も兼ね
て呉、広島経由で陸路訪問し、途中わがままな愛車赤いお嬢さん
ことフェアレディZ嬢にはシートベルトがいきなりロックしたり、宮島
バイパスではアルトのおばちゃんにス~ッと抜かれる等(SOLEX
どないなってますんや)等、プライドがズタズタに傷つくような散々
な目に逢ったのでしたが、今回はそんなまどろっこしいことはせず
海上ルートにて中島から宮島まで一気に直線コースを走ることに
なりました。
(関連記事:あこがれの宮島参照願います)
宮島3
突然の写真で恐縮ながら、そのオフネとはレジャーボートでもクルー
ザーでもありませんが、船主のご本人が普段釣りに使ったり、松山
への移動に使ったりしている実用船です。外観はややミニ・イージス
艦を思わせるような作りですが、中古の船を買ってキャビンは自分が
手作りで作ったそうで大したもんだと思います。エンジンがなかなか
凝っていて、何でもヤンマーかボルボかの大型ターボディーゼルを
組み込んでいて、30ノット(時速約60km)以上出るそうで、陸上の
感覚では80km以上で走っているように感じます。
宮島1
さていよいよ出発です。案の定島の外海に出るや否やその30ノット
で走り出したので、船尾の航跡は司馬さんの小説でもないですが
翔ぶが如く」の大変勇ましい景色となりました。この日はちょうど
梅雨の前線が通過中で生憎の天気でしたが強行出陣となりました。
宮島2
あっと言う間にとはこのことでしょうか。通常タバコ屋の島から宮島に
行くには一旦松山に行きフェリーまたはスーパージェットにて広島へ
さらに電車で宮島口まで行き、再びフェリーで宮島へ渡る訳ですが
今回は中島から一直線で宮島まで突っ走りました。距離にして90
km程度でしょうが約1時間30分で宮島桟橋に到着と相成りました。
宮島41
いよいよ2度目の上陸です。意外な事ながらタバコ屋の奥様も実は
宮島へ行ったことがないそうで今回初訪問を果たしました。港正面
の石柱モニュメントが歓迎してくれました。
宮島8
まずは順路として、海岸から一筋奥の表参道商店街(通称清盛通り)
を通って、遠いところから訪ねようということで大聖院(だいしょういん)
を目指したのですが、商店街には楽しいお店が沢山ありタバコ屋の
専門分野であるマーケティングの立場からはここに留まってゆっくり
見学したいところでしたが、仲間の方がいるので素通りし、厳島神社
等も後から参拝することにして小雨の中、大聖院を目指しました。
宮島5
ただ素通りと申し上げましても、時間が午前11時を回っており、お腹
がかなり空いてきた状態にて、「揚げもみじ」の店の前では誘惑に抗
し切れず、思わず「揚げもみじ5個下さい」と言ってしまいました。
若干お行儀は悪いと感じましたが、その揚げたてのもみじ饅頭を頬ば
りながら歩きました。それにしても「揚げもみじ」を発想したお方は中々
アイデアマンだと思います。昨今TV-CMで「揚げずに唐揚げ」という
のが流行っているようですが「揚げるもみじ」なかなかグッドアイデア
だと思いませんか。ま、タバコ屋が好きな揚げパンのもみじ版という
ことではありますが。
宮島9
和風でレトロな感じのムードに統一されていると感じる道筋で「岩惣
さんの案内看板がありました。皆さんご存知のごとく創業160年の
老舗旅館にて宮島を代表する宿ですが、タバコ屋はまだ宿泊した
ことがありません。また明治の世には時の宰相伊藤博文がお気に
入りの宿として度々投宿しその折に「もみじ饅頭」が誕生したという
逸話は有名ですよね。今回は「岩惣」さんがテーマではないので次
の機会にお話することもあるかと思います。
(関連記事:島のスイーツ開発 vol.2:タバコ屋のお気に入り
参照願います)
宮島10
15分ほどで「大聖院」さんの山門にたどり着きました。両脇には仁
王が仁王立ちに立っており真言の古いお寺であることを感じさせま
したが事実、宮島で最古の寺院だそうです。
かつて仏教も日本に渡来した遥かいにしえ飛鳥の時代にはモダン
な宗教として時の貴族が競って採り入れたものでしたが、時を経て
今ではクラシックで保守的な宗教となってしまいました。
(関連記事:校長先生の青春 vol.2後半部分参照願います)
宮島11
長い石段には手すり部分にこのような遊び心のあるしかけがありま
した。ローラーのようなものには一つ一つご寄進者の名前が刻まれ
ていて「揚げもみじ」とはまた違ったグッドアイデアが感じられました。
宮島12
境内到着です。中に入ると左手にお札の販売所と休憩所があり、
お札類にはあまり興味のないタバコ屋はもっぱら休憩所でお茶を
頂くことに関心がありました。何故かと申しますと、前回O氏のご
案内でここを訪れた時、お茶を飲みながらいろいろ語り合った楽し
い思い出があるからなのです。
宮島13
本堂右手の観音堂では般若心経のお勤めがされていましたが、
いろいろお祀りされている仏像を拝見すると中国の鍾馗(しょうき)
とか道教の影響を受けたと思われるものが多数あり、インドで生ま
れた仏教も、シルクロードを経てやがて中国に根付いたことにより
大幅にアレンジされ、オリジナル仏教とは似ても似つかぬものに
なったと想像されます。そもそも釈迦の起こした仏教は自己の悟り
を求めるもので、仏像を拝んだり、現世のご利益を願うようなもの
ではなかったのです。そのアレンジされたものが行き着く先として
極東の果て日本に伝わったということでしょうか。遠く平安時代に
はそのモダンな宗教を求めて命がけで唐に渡り日本に持ち帰ろう
とした学僧が多数いてその中でも天才、秀才と言われた「最澄」
「空海」がそれぞれ帰朝後、「天台宗」「真言宗」を起こしたことは
皆さんよくご存知の歴史です。尤も両雄並び立たずで二人は仲が
悪かったそうです。

幸せって何だろう」これはタバコ屋にとって人生最大のテーマでも
あるのですが皆それぞれの人生を生きて行くにつれて反目、争い
裏切り、いじめ、経済的破綻、病気、肉親の死、男女のもつれ等、
よもやまさかのつらい目に遭って来たはずです。遭わなかった方は
本当に幸せな方だと本心から思います。そのような時人間てホント
弱い動物で、自暴自棄になるかあるいは神、仏にすがりたくなるの
は自然の成り行きだと思います。その意味では仏陀=釈迦なんか
は稀な天才と言いますか、それを自力で解決し悟りの境地に達した
のですから大したもんです。普通凡人はそうはいきませんので、叶
わぬ時の神頼みという図式になります。当時の秀才、最澄と空海は
その絶えざる煩悩に一つの解答を与えたかったのかも知れません。
(関連記事:こまどり姉妹参照願います)

余談ですがタバコ屋は実母がクリスチャンであり、また多感な時期
を建学精神がプロテスタント・キリスト教の同志社大学で過ごしたた
め、仏教の救いよりもイエス・キリストによる慈悲の救いのようなもの、
賛美歌に歌われる「慈しみ深き友なるイエスは罪、とが、憂いを取り
去り給う、心の嘆きを包まず述べてなどかは下ろさぬ負える重荷を」
の世界だったので若干のアプローチの違いと言いますか感性のずれ
は感じます。この感性のずれと言うのは意外と大きなものです。
(関連記事:お尻だって洗ってほしい参照願います)
宮島17
元来た坂道をだらだら下り、厳島神社を目指そうとしたのですが
何分昼時にてお腹がすいてきたので安芸の宮島を代表する厳島
神社の大鳥居を横目で見ながらお目当てのお店を目指しました。
宮島22
そのお店は表参道商店街の入り口近くにあり結局商店街を再度
素通りすることになったものの無事到着致しました。「くらわんか」と
言う広島風お好み焼きのお店で、前回このお店のデザインを手掛け
た広島のO氏に連れて来て頂いた好印象があったので今回もここで
お好み焼きを頂くことにしました。
宮島マップ1
突然ですが、この詳細な宮島の観光マップはO氏が10年の歳月を
掛け宮島をくまなく歩き完成させた労作で、一軒ごとの家並みはす
べて手描きであり、全体は鳥瞰図のように立体的な構成となってい
ます。今回もこのマップをたよりに歩きましたが港に置いてあるので
皆さんも一度は利用されたことがあると思います。
O氏はこのマップ制作だけでなく宮島数ヶ所のお店のプロデュース
やデザインを手掛けており、宮島では皆顔見知りの有名人でした。
またご本業は主に広島を中心とした町村やメーカーの地域情報誌
制作、デザインでタバコ屋はひょんなご縁からお付き合いをさせて
頂くようになりました。
giant-cover2.jpg
手前味噌で恐縮ですが、タバコ屋は数年前この多忙なO氏にお願
いし、島の情報誌「中島ヂャイアント」という小冊子を作って頂いた
のですが、とても気に入っておりいずれ第二号を発刊したいと思っ
ています。尚情報誌のコンセプトは「思い出の島からこんにちは
というもので何故かほのぼのと懐かしい記事で埋められています。
(関連記事:札幌紀行 vol.1:お仕事参照願います)
giant-P03-04.jpg
宮島の面積はタバコ屋の島、中島の1.5倍程度だと思うのですが
その知名度、歴史、観光資源、訪問者の数は比較にならず数百倍
もの開きがありますが、宮島の観光マップになぞらえて中島の歩き
マップを作成して頂きました。写真がそのマップでそれなりに楽しく
デザインされていてO氏より「思ひ出はちまん通り」という命名まで
して頂きました。この場合もO氏が当地を実際に歩いて制作したも
のにて、いわゆるプロのオシゴトです。
宮島49
「くらわんか」に戻ります。広島と言えば牡蠣にお好み、もみじと相
場は決まっていますが、その牡蠣入りお好み焼きを注文しました。
てんこ盛りのお好みにプリプリの牡蠣が付いていて生のジョッキ片
手に頂くと食べ切れないほどのボリュームでした。
宮島48
5人でお邪魔しましたが、6mはあろうかという特注の鉄板カウンタ
ーに陣取り、普段関西風お好みに慣れている我々にとっては奇妙
な焼き方をする広島風が珍しく、出来上がるまで興味深く見学させ
て頂きました。元JRマンだった実直なご主人とベッピンさんの奥さ
ん相手にいろいろお話をし、O氏のことなどもお話したせいだと思う
のですが、差し入れにホタテの鉄板焼きを頂きました。この場をお
借りしてご夫妻に感謝です。ジョッキがもう一杯進んだのは言うま
でもありません。
宮島25
腹ごしらえも出来たところで、今度は厳島神社手前の「千畳閣」を
目指しますが、隣接の五重塔が目印です。皆さんご存知のごとく
千畳閣とは秀吉が晩年、いくさで亡くなった多くの兵士の霊を弔う
ため建立を命じた大経堂ですが、秀吉が完成を待たずに亡くなっ
たため工事は中止されたままになりました。当初は寺院だったも
のが明治の神仏分離政策により今度は神社に模様替えとなり
正式には豊国神社(とよくにじんじゃ)として今日に至っています。
神社に五重の塔があるのも変な話ですが、こと宗教に関しては
大らかと言いますか何でもありの日本らしいですよね。
宮島26
タバコ屋の奥様たちがご見学中ですがとにかく木造でこれだけの
ものを作るとなるとその基本設計はもとより柱や梁の調達だけでも
5年やそこらは優にかかったものと推察されます。
宮島24
中は千畳閣というだけあってだだっ広く何もない感じでしたが、梁
には数々の絵馬や文字額が飾ってあり、その中では比較的最近
奉納されたと思しき「全世界ヨ一(いつ)ニ帰レ」という立派な額が
印象的でした。不毛のレバノン、イラク方面では中々わかってもら
えないオコトバでしょうが・・・。
宮島27
千畳閣を下ればすぐそこが世界遺産登録「厳島神社」のエントランス
ゲートとなります。タバコ屋はいつも思うのですが、日本の民はとに
かく何もかも洗練、アレンジしなければ気が済まない民族らしく、もと
はと言えば、中国、朝鮮から伝わった仏閣建築も日本に来て随分
シンプルになったと言うか、洗練されたものになりました。兎に角
中国の仏閣建築と言ったらこってりモツ鍋みたようなもので、タバコ
屋などは思わず顔を背けたくなるようなしろものですから(失礼)。
いよいよメイン訪問先である、清盛ゆかりの「厳島神社」を参拝する
ことにしましょう。
宮島28
タバコ屋が若かりし頃、元気の良かったRENOWNのブランドでもな
いでしょうが、シンプルライフという言葉が思わず出てきそうな回廊の
佇まいです。洗練の民、NIPPONの面目躍如たるものではないでし
ょうか。
宮島29
うーん、イキでシックというのはこのことでしょうか。かつて平安の世
時、権力を一手に握った平清盛は宋との貿易で莫大な利益を上げ
その体制を磐石とするため、安芸の宮島に国家護持、平家一族の
安寧を願い「厳島神社」という荘厳な社殿を造営しました。日宋貿易
に当たり当時清盛は神戸の福原に本拠地を構え、瀬戸内海がその
貿易ルートの幹線でしたので、その中間地点である宮島に神社とも
迎賓館とも呼べるような厳島神社を造営することは意味のあること
でした。それは寝殿造りと呼ばれる、当時貴族が好んで用いた建築
様式を社殿に応用したもので、非常にスマートでイキな日本風パレス
とも言うべき建物で、世界遺産に登録されるのも納得がいきます。

蛇足ながら一つだけ言えることは、平清盛というのは権力者としての
評価は別にして、非常にハイカラで垢抜けたセンスの持ち主であった
と言うことです。彼は自分のイメージしたユートピアをこの宮島の地で
「厳島神社」というモニュメントによって彼なりに表現したかったのかも
知れません。

蛇足の付け足しながら、昔々タバコ屋がD大学自動車部在籍時代
コンパでいつも歌っていたざれ歌の歌詞は「大谷、龍谷センコ臭い
立命館はガラ悪い、京大府大はやぼったい、イキでシックな同志社
の学生さん
」と言うものでした。清盛公存命中はD大学などなかった
のですが、何かその心意気が通じ合うような気がします。
(関連記事:鉄腕ダッシュと水軍参照願います)
宮島31
当日は丁度神前結婚式が行われており、しばし見学させて頂きまし
た。タバコ屋の同行仲間にもご祈念希望の方がいてそれを待つ間
他の場所も見て回ることにしました。神事をサポートする巫女さん一
つをとっても日本はシンプルかつ清楚で中国のように刺繍だらけの
ギトギト衣装をまとったその類の方とはまったく趣を異にします。
日本の巫女さんの白地に朱の衣装を見ていると自然に「白地に赤く
日の丸染めてああ美しい日本の旗よ」という歌の台詞が浮かびます。

尚、新郎新婦さんに聞いたわけではありませんが、この後の披露宴
は例の「岩惣」さんあたりでやられるのではないかと推察致しました。
宮島32
海側から正面拝殿を眺めたところですが、雅楽、神楽用のステージ
があり、宋の使者や要職の一行をもてなす迎賓館としての性格が
よく出ていると思うのですがタバコ屋の私見にて、間違っている場合
はお許し願います。
宮島33
圧巻はこのアングルからの眺めで、時代は違え時の権力者平清盛
の「厳島神社」と豊臣秀吉の「千畳閣」が同時に見える好位置です。
「盛者必衰の理(ことわり)あり」とか「難波のことも夢のまた夢」とか
いう言葉が知らぬ間に出てきそうな気がします。
宮島35
せっかくなので、近くにある清盛神社を訪ねました。偉大なる平清盛
を祀る神社としてはあまりにも清楚というかショボいのでやや拍子抜
けしましたが、タバコ屋ご一行は皆で厳かに拝礼をして参拝を済ませ
ました。

さて今回2度目の宮島詣で、概ね見学したいところは回れたのであと
はタバコ屋お気に入りの表参道商店街散策を残すのみとなりましたが
紙数も尽きたようですのでその様子はVOL.2にて詳しくお話致します。
お楽しみに・・・。


コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
メニューの見方について
各カテゴリー別に最新記事10件が表示されます。10件以上の場合は最下行のホーム右の矢印で次のページをご覧頂けます。
記事の見方について
島のタバコ屋手帳のタイトルをクリックすると最新記事10件が表示されます。また個々の記事のタイトルをクリックするとその記事と投稿コメントが表示されます。
最新記事(30件)
月別アーカイブ
最新トラックバック
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる