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あこがれの宮島 vol.3:表参道

平成26年6月25日
今回2度目の宮島訪問を果たしたタバコ屋は清盛神社に参拝した
後、すぐ近くの宮島水族館が気にはなりましたが、次回のお楽し
みということにして、再び元来た道を引き返しました。
生憎の小雨模様だったのでなるべく短時間で回れる場所を選んだ
ため名所の一部しか訪問出来ませんでしたが、タバコ屋にとって
はもう十分な内容でした。あまり欲張らないほうがいいのです。
宮島18
タバコ屋にとっては一番気になっている表参道商店街を今度は逆
方向から散策することになりました。丁度商店街の出口のところに
ある昔ながらのお土産屋さんです。店内にはもうキーホルダーから
ぬいぐるみから、もみじ饅頭から、これでもかというくらい飾り立てて
いましたが、どこの観光地にもこういうスタイルのお店はあるものの
だんだん時代には合わなくなっているような気がします。
宮島19
「だいだい醤油」を売っている醤油屋さんがありました。「だいだい」、
タバコ屋の島では「カブス」と言います。九州大分ではやや小振りな
品種「カボス」を栽培し特産品となっていますが、だいだいは日本で
も最も古い柑橘の一種で、その果実が回生することから古来、代々
子孫が繁栄することになぞらえ縁起の良い柑橘として珍重されてき
ました。
しめ飾り1
お正月に玄関に飾るしめ飾りとしてタバコ屋は子供の頃から馴染ん
で来ましたが、関西の習慣かも知れず関東方面の方はどうなんで
しょうか。真ん中の朱赤の柑橘がだいだいで食用でなく高貴な飾り
用に使われるとは、だいだい君も大したもんです。

余談ですが、タバコ屋はマーケティングが専門にてついショウバイの
ことを考えてしまうのですが、みかん農家にとって無理に食べる柑橘
を栽培しなくてもこのように高貴なお飾りとして使用するものや、香り
を楽しむ柑橘を栽培すれば多分オネダンも高いでしょうし、やりがいの
ある農業経営が出来ると思うのですが、皆さんはどう思われますか。
だいだい2
インドのアッサム地方原産のこの芳香系柑橘はレモンと同様シルク
ロードを経て地中海沿岸に伝わりビターオレンジという呼び名で知ら
れています。片や中国経由で極東の島国日本に伝わったこの柑橘
は香りが日本人の感性にマッチしたようで、爾来だいだいは和食の
引き立て役としてなくてはならないものとなり酢の物、鍋物、ポン酢
等に重用されて今日に至っています。牡蠣の本場、広島ではこの
だいだいはとても大切な名脇役ではないかと思います。その理由
は米酢とか他のお酢と違い、味がまろやかで香りが良いからです。

ここだけの内緒話ですが、実はタバコ屋もこの「だいだい」を生かした
万能調味料を開発したいと思っています。醤油、ソースのごとく何に
でも手軽に使用出来、また素材を引き立てる香りの良さを併せ持っ
たドレッシングでもない醤油でもないソースでもない調味料です。
歯がゆいことながらそれは高知の馬も通わない人口1,000人の村
[馬路村」でゆずをベースにした「ゆずの村」という万能ポン酢によって
既に実現されているのです。タバコ屋よ、中島よ、何してんねん・・・。
(関連記事:農業とレストア vol.6参照願います)
宮島21
広島と言えば牡蠣ですが、表参道のここそこに焼き牡蠣のお店が
ありました。タバコ屋は恥ずかしながら島育ちと言えども元ゴフク屋
にて牡蠣のことには疎く、このお店の前も匂いを嗅ぐだけで素通りと
なりました。正直なところタバコ屋の好きなアイテムではありません。
タバコ屋が好きなのは生牡蠣でも焼き牡蠣でもなく牡蠣フライなの
です。これならそれこそゲップが出るほど頂いてもOKなのですが
何せ牡蠣フライは高級品ゆえ豪快に食べた記憶はありません。
宮島59
尤も、今でこそ我々庶民がゲップが出るほどふんだんに食べること
が出来るようになったこの牡蠣も昔は洋の東西を問わず、貴重な
グルメだった訳で、ちなみにはるか2,000年前の紀元前後、栄華を
極めたローマ時代に夜ごと繰り広げられた貴族のパーティにおいて、
牡蠣は孔雀の肉やチョウザメの卵(キャビア)、などと並び珍重され、
食べてはわざと吐き吐いては食べ、また飲み、という狂乱が繰り広
げられました。
宮島57
笑ってしまいそうですが、当時のローマでのディナースタイルは寝
そべって食べるのが正しいマナーだったとか。所変われば品変わ
るということでしょうか。嘔吐を促しそれを始末する専門の給仕も
いたと言いますから、奥ゆかしい我が日本民族ではとても考えら
れない仰天のライフスタイルです。

そんなことやってるうちにかつてシーザーが征服したガリア(今の
フランス)や、北方から南下してきたゲルマン系の野蛮とされてき
た民族から大逆襲を受けることになり「ローマは一日にしてならず
と言われていた空前絶後の大帝国もやがて滅び去る日がやって
来るのでした。(正確に言えば紀元5世紀頃滅びたのはローマが
中心の西ローマ帝国で、分裂した東ローマ帝国はその後も15世
紀頃!まで生き長らえました)
宮島20
読んで字のごとく、文字どおり「杓字(しゃもじ)の家」です。正確に
は杓文字だと思うのですが、この宮島が杓字のルーツらしく琵琶の
形をモチーフにしたご飯をよそおうキッチンツールとして江戸時代に
ここ宮島で考案されたものだとか。
宮島56
すぐ近くにはその杓字の展示場があり全長7m以上はあろうかと
いうその展示品はそれなりに見ごたえがありましたが、島おこしに
杓字が一役買うとはその考案者である神泉寺の僧・誓真も夢にも
思わなかったに違いありません。
宮島4
変わったところでは、写真のようにお地蔵さんをストアコンセプトにした
ユニークなお店もありました。お地蔵さんにちなんだいろいろな雑貨
を売ろうという目論見のようです。前回の記事でご紹介したお好み
焼き屋「くらわんか」のご主人によると、年間数百万人が訪れる宮島
に於いても、うまくいっているのは食べ物屋、菓子屋、旅館で、民芸
品等を売る店や何屋かわからないような種々雑多な品揃えの店は
あまり流行ってないそうです。その点このようにコンセプトのはっきり
している店は食べ物屋でなくても結構いけるのではないでしょうか。
宮島37
まだまだお店は沢山ありましたが、タバコ屋一行は表参道より一筋
奥側の町屋通りを散策することにしました。意外でしたがもみじ饅頭
の老舗「藤い屋」さんの本社工場がありました。このように町屋の中
にFACTORYがあるという風情はかつてタバコ屋がD大学在学中の
頃、京都今出川界隈の西陣と呼ばれるところで下宿生活をしていた
ので帯屋さんとか老舗の京菓子屋さんの工房があり、懐かしい思い
がしました。
宮島60
日本に観光土産は数々あれど、もみじ饅頭は全国一の知名度だ
そうで、広島といえばお好み焼きかもみじ饅頭のイメージが浮か
ぶと思います。

ついでながらもみじ饅頭は明治の後期に、宮島の土産品として発
案されたようで、それには当時、宮島がお気に入りだった宰相伊藤
博文が度々来訪し投宿した旅館「岩惣」の給仕娘の手を見て、何
とかわいいもみじのような手じゃ、焼いて食べたらさぞおいしかろう
と軽口を言ったのを女将が聞きとめ、これをヒントに出入りの菓子職
人、高津常助なるものに依頼して製品化したと言われています。
つまり、もみじ饅頭のルーツは「岩惣」だったということになります。
宮島38
前回広島のO氏といっしょに町屋通りを歩いた時、普通の町屋造り
ながらとても垢抜けた旅館へ案内されO氏とは顔なじみのご主人
とお話をさせて頂きました。そこである謎が解けたのですが、宮島
の町並みが今日のようにすべて清楚で和風レトロな雰囲気になる
よう仕掛けたのはどうもこの「菊がわ」という旅館のご主人だそうで
町の皆に呼びかけ統一イメージを作り上げていったそうです。

宮島の町並みは何故このように和風レトロに統一されているのか
というタバコ屋が不思議に思っていた謎は一気に解けた訳ですが
その町並みデザインコンセプトにはO氏が深く関わっていることは
申し上げるまでもありません。
宮島51
その「菊がわ」の館内ロビーですが、シックで落ち着いた雰囲気で
前回訪問時、O氏と一緒に美味しいコーヒーを頂きながらしばし楽し
いお話を聞かせて頂きました。外国の観光客の方も泊まられていて
結構繁盛されているご様子でした。今回はやや遠慮があり外観を
拝見するだけに留めました。
旧新島邸1
ふと思い出したのですが、かつて新島襄と八重が新婚時ともに暮ら
した「新島旧邸」の応接室がやや似た雰囲気で、和風モダンな外観
も同様のテイストが感じられ明治時代を彷彿とさせる趣がありました。
(関連記事:八重のこと(付録)参照願います)
宮島40
さて町屋通りも尽きたところで表参道に下り、丁度入り口付近にある
もみじ饅頭の老舗「やまだ屋」さんに立ち寄りました。ここでは無料で
冷茶サービスや休憩スペースが設けられており、見学で疲れた体を
ここで休めつつお土産をどっさり買って頂くというお店の目論見にまん
まと乗せられた格好となりました。しばしの休憩の後、皆さんの買い
っぷりが良かったのは言うまでもありません。同行の一人でもみじを
10個以上買った人もいて、タバコ屋はややビビりました。
もみじ饅頭1
もみじ饅頭のルーツは「岩惣」だと申し上げましたが、実際にショウバ
イとして製造・販売を始めたのは「やまだ屋」「藤い屋」といった今では
老舗の和菓子屋ですが60~80年前の創業時は今で言うベンチャー
だった訳で、どの業界でも革新(イノベーション)が大切であることは
タバコ屋が崇拝する現代経営学の父と呼ばれるドラッカー教授の言、
事業の本質とは新しい顧客を生み出すことである」というオコトバを
持ち出すまでもなく、「やまだ屋」「藤い屋」さんはそれを実際やって
のけた訳です。いくら目もくらむような神社仏閣や絶景があろうとも
もみじ饅頭がなければ宮島は何と寂しい島になっていたことでしょう。
(関連記事:人生いろどり参照願います)
宮島62
もみじ饅頭のトラディショナルなイメージとは裏腹に、「やまだ屋」の
FACTORYは対岸の沖塩屋という所にあり超モダンな建物です。
タバコ屋はあまり好きなセンスではありませんが、中では最新の
衛生的な設備で日々もみじ饅頭が製造されています。

TOTOの名キャッチコピーに「お尻だって洗ってほしい」というのがあ
り、一世を風靡しましたが「タバコ屋だってこれくらいのことはやって
みたい」と秘かに思ったりして来ました。
オハイオメアリーズビル工場6
かつてタバコ屋が若かりし頃夢見たHONDAオハイオのファクトリー
やマクラーレンの工場とはいかないまでも、せめてささやかなハンド
メイドの食品工場くらいは作れるのではなかろうか、そう思って15年
間やってきました。地獄もありました、よもやまさかも沢山ありました。
でも今はやや薄っすらと一筋の光が見えてきたような気がします。
オハイオ・メアリーズビル工場2
アメリカのベストセラーカーとなったアコードを中心に生産してきた
オハイオ・メアリーズビル工場は新しい時代を迎えつつあり、今後は
次期NSXの生産も行うようでその看板が誇らしげに立っています。
(関連記事:オハイオの夢及び「希望の島物語」1参照願います)
マクラーレン本社ビル1
写真はマクラーレンの本社兼工場ですが、異常なほど清潔好きで
有名なロンデニスの作ったファクトリーだけあってどこもかしこもピカ
ピカです。また建物のデザインも斬新でとても工場とは思えません。
斬新とはいってもチンケでないのがタバコ屋のお気に入りの点でも
あるのです。
MP4・12C-15-2
この工場からはマクラーレンの意欲作MP4-12Cが生み出されてい
ます。尤も随分浮世離れしたオクルマと工場なので皆さんにご紹介
すること自体、ご迷惑な話かも知れません。

蛇足ながら、奇しくもこの2社は来年からF1で再びタッグを組み無敵
のマクラーレンHONDA-F1という往年の夢を再現しようとしています。
(関連記事:荒ぶる心 vol.6:マクラーレン物語参照願います)
宮島44
いきなりの写真で恐縮です。かくして2度目の宮島訪問は無事終わ
ったのですが、やや時間もあったので仲間の一人、船のオーナー
さんのご提案で帰路、呉に立ち寄りヤマトミュージアムの近くにある
クレイトン・ベイ・ホテルで歩き疲れた奥様連にティータイムのご奉仕
をすることになりました。このホテルは店名のごとく船で横付けして
そのまま利用出来るのがミソで、すでに泊まっていたYAMAHAの高
級クルーザーほどではありませんでしたが、ややリッチな気分を味わ
うことになりました。それにしても写真の海のGTは多分ロールスロイ
ス・ゴースト1台分のお値段かと思われます。具体的には2千万以
上だと思いますが、オフネのことは疎いので値段については当てず
っぽうです。タバコ屋にとってはこの浮世離れしたしろものは目の毒
というもので見てみぬふりをして上陸しました。。
(関連記事:ハローたんぽぽ vol.5(完結編)参照願います)
宮島43
終日小雨模様だった梅雨空も帰るころにはすっかり回復し、西に傾き
かけた午後の日差しを感じながら、また今日一日の楽しかった宮島
訪問を語りながらホテルオリジナルのケーキに舌鼓を打つ奥様連で
した。
宮島63
尤もタバコ屋はスイーツよりも泡の出る別の飲み物の方がご所望で
海軍さんの町呉らしく「海軍さんの麦酒下さい、あの日本風のやつ
とか言ってしまいました。日本風と言うのはピルスナーのことで洗練
の民、日本人が西洋人の飲み物であるビールをまたしても日本風に
改良したものです。
宮島45
ほろ酔い気分となったタバコ屋は広島出身でタバコ屋世代のビッグ
スターであった吉田拓郎の「旅の宿」でも歌いたい気分でしたが、
時間も迫ってきたのでお開きとし、一路中島を目指すことになりまし
た。帰路もやはり「翔ぶが如く」の勇ましいクルージングになったこと
は言うまでもありません。

今日一日を振り返り、以前の記事でも書かせて頂いた「今が最高の
幸せと思う心
」が大切だと帰りの船中でふと思いました。宮島への
最短コースの旅を実施して頂いた船長さんには感謝あるのみです。
(関連記事:こまどり姉妹参照願います)


コメント

宮島いいですね

中島からの船旅、それだけですごいですね!
呉にも寄られて楽しそう。
くらわんかにも行かれて、お好み焼きもおいしそうでした。
何より、撮られた写真がおもしろいです。
楽しいブログ、ありがとうございました。

Re: 宮島いいですね:一つのモデル

OKIさん、コメント有難うございます。おもしろ写真と楽しい記事と言って頂いてとても嬉しくまた恐縮しています。タバコ屋にとって宮島は一つの教科書といいますか、島興しの特大のモデルだと思うのです。中島は宮島とは比較にならないまでも何か得るものはあるはずです。これからも折に触れて訪ねたいものです。OKIさんにお仕事をお願いする際のモチーフと言いますか、ヒントが隠されているかも知れないからです。

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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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