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沖縄巡礼 vol.2

平成26年7月18日
沖縄中部の旅
一夜明けて沖縄研修旅行第2日のスタートです。昨日の
甘美な那覇の夜は各人さまざまな思い出が出来た事と
は思いますが、幹事長の立場としては本日またご一行
様には快適に研修頂けるよう、そこはかとなく気配りが
必要かと思われます。
DSCN0463.jpg
今回の研修旅行は添乗員のN氏の手配にて、中部観光
バスの大型リムジンバスが用意されていました。しかも
下ろしたての新車だそうでピカピカの車体にて運転手は
浜元氏、ガイドは大川さんというキャストで3日間お世話
になりました。彼女も当初の自己紹介では23歳とかいう
強気の発言でしたが、総代ご一行の自白強要により最
後はアラサーティどころかジャストーサーティであること
がバレてしまいました。
零戦-20
ところで、大型バスの排気量って皆さんご存知でしたか。
何と13リットル、つまり13,000cc前後だそうで、おそらく
V8エンジンだと思うのですが、我が零戦の排気量の約
半分です。零戦にはスーパーチャージャーという過給装
置がついていましたがバスにはおそらくターボチャージ
ャーという排気を利用した過給装置によりパワーアップ
し、あの大きなボディを軽々と走らせているのです。
零戦-11
余談になりますが、零戦は太平洋戦争初期、2,200km
に達する長大な航続距離及び20mm機関砲2門の重武
装や優れた格闘性能によって、米英の戦闘機に対し圧
倒的な勝利を収め、太平洋戦線の占領地域拡大に貢
献し、米英パイロットからは「ゼロファイター」の名で恐れ
られました。零戦の性能は太平洋戦争初期には米英戦
闘機を圧倒していましたが、大戦中期以降にはアメリカ
陸海軍の対零戦戦法の確立、及び新鋭機の大量!投
入により反撃され、逆に多数の熟練した零戦パイロット
の戦死によって零戦は劣勢に追い込まれました。大戦
末期には苦肉の策として、特攻機として使用されました
が無能な参謀本部のやったこととはいえ、かけがえの
ない若い命が大空へと散って行きました。ここ沖縄の空
でも最後の決戦に際し、迎撃よりは敵空母、戦艦への体
当たり特攻機として絶望的な戦いを繰り広げたのでした。
(関連記事:究極のレストア参照願います)
大和4
沖縄の窮地を救うため、当時世界最強の戦艦であり海
軍の虎の子だった「戦艦大和」も、戦闘機の護衛もろく
にない状態で、やられるとわかっていながら、それでも
かすかな望みを託し、やけくその出撃を実行し、結果は
沖縄に到達することなく3,000名!以上の尊い命とともに
海の藻屑と消え去った悲惨な歴史が物語るように、陸
海空にわたる無謀な戦略に対し、当時の参謀本部には
一大責任があるとタバコ屋は思います。
戦艦大和5
どうせなら、あまり勇ましくはないでしょうが母港の呉軍
港に繋いでおき、いざという時は迎撃要塞として使えば、
燃料はあまり使わなくて済んだでしょうし、3,000人も道
連れにすることもなかったかも知れません。またたとえ
撃沈されたとしても呉の軍港内であれば戦後引き上げ
ることも可能だったと思います。
(関連記事:高貴な色参照願います)
DSCN0531.jpg
さて2日目は南部地域を離れ中部地域を中心に廻るメニ
ューで、最初の訪問地は「琉球村」です。開園前に着い
てしまいやや待ってからの見学でした。横断歩道の向こ
うで添乗員のN氏が切符を手配して待ってくれています。
施設もさることながらこの建物の屋根のデザイン、タバ
コ屋はかなりお気に入りです。大きな庇も格子状のグリ
ルが貼られていて非常に特徴的です。
DSCN0533.jpg
沖縄でシーサーと呼ばれるこの置物は「獅子」がなまっ
たものだそうで建物の門前もしくは屋根に置かれる魔除
けだそうですが、神社の狛犬と同じ目的だと思われます。
つまり南国風狛犬という訳です。
DSCN0536.jpg
さてファサードの部分では沖縄の民族衣装を着たお二
人が沖縄三味線である三線(さんしん)と沖縄カスタネッ
トの三板(さんば)で賑やかに出迎えてくれました。
DSCN0555.jpg
ここからがエントランスでやはり両脇にはシーサーが鎮
座しています。「獅子」と言うからにははるか遠くエジプト
時代にはスフィンクスと呼ばれピラミッドを守った守護神
がルーツではないかと思うのですが絹の道シルクロード
を経て中国に至り、随分アレンジされてそれがさらに琉
球に渡りシーサーとなり、また日本では狛犬となり、ある
いは獅子舞いとなって今日に伝えられているように思い
ます。ただあくまでもこれはタバコ屋の推測です。
スフィンクス3
ちなみに古代エジプトでは動物を擬人化して表現する
風習があり、写真のスフィンクスも半獣半人の守護神と
なっています。それがギリシャ、アッシリア方面に行くと
リアルな造型となりやがてそれがシルクロードを経るに
従い完全な空想の動物化していきます。
キリンビールロゴ
特に中国という国はそれが得意な分野で、龍とか麒麟
もこの世に存在しない完全に空想の動物ですよね。
日本はそれに多大な影響を受け、襖絵や神社の狛犬等
あらゆるジャンルにその名残が残っています。キリンビ
ールなんかその空想の動物でショウバイしているのです
から大したもんです。
DSCN0540.jpg
かつて「琉球」と呼ばれていた頃の沖縄を再現するという
「琉球村」のコンセプトはタバコ屋の大のお気に入りと
なりました。その訳は、とにかく新たに作るというのは
その構想、企画には骨が折れるにしても、製作はある
意味簡単なのですが、こと古いものの再現、もしくは
修復(レストア)となると、その数倍大変なんです。
IMG_3183-1.jpg
余談になりますが、タバコ屋なんかよりによって今から
40年以上前に製造された昭和48年製のフェアレディZを
レストア(復刻)しようと思い立ち、幾度か折れそうにな
る気持ちを励ましながら5年!の歳月をかけてフル・レス
トアしたのです。
蘇る金狼でもないでしょうが「蘇る赤いお嬢さん」と相成
りました。故に琉球村の復元に際してのご苦労は陰な
がらわかるような気がします。
DSCN0542.jpg
琉球建築で特徴的だと思われたのは丸瓦を多用してい
ることでした。平瓦の境目ごとに丸瓦を重ねていくのは
それなりに堅牢で風速30m以上の台風が日常茶飯事の
琉球では効果的ではあるものの、かなり高価なものとな
り当時の琉球で一般庶民はなかなかこういう建物には
縁がなかったのではないかと思います。この下で暮らし
たのは当時のハイソサエティである、高官や大地主、豪
商だったのではないでしょうか。尚、これだけでは風速
30mには耐えられもせず、まわりは珊瑚が固化した岩を
使った堅牢な石垣で囲っていたことは言うまでもないこ
とです。
DSCN0551.jpg
タバコ屋が感心したのは、レストアされた琉球村の建物
のそこここにいろいろなお店が配置されていて総代ご一
行様のサイフをゆるめるには絶妙の仕掛けがされてあっ
たことです。高知のはりまや橋ではかんざしを買わなか
った土産嫌いのタバコ屋もシーサーの飾り物や紅型(び
んがた)のハンカチを買ってしまいました。誰に差し上げ
るのかは公表を控えさせて頂きますが・・・。
DSCN0557.jpg
元ゴフク屋のタバコ屋としては何と言っても気になったの
がこの店で「琉球紅型貸衣装店」でした。タバコ屋がかっ
て過ごした京都でも観光旅行の女性の間では舞妓さん
の衣装を着せてもらって舞妓さんのお化粧を施し記念
撮影をする企画が大人気だそうで、言わば沖縄版「舞妓
さん成りきり撮影」の専門店でした。
叶笑
ちなみにタバコ屋お気に入りの祇園の舞妓はんは「叶笑
(かのえみ)」言いましてそれはそれは可愛くも優しいお
子です。尚、写真左は同志社大学自動車部2期先輩の
山田氏、右はこのブログにも度々登場する一期後輩の
井村氏です。タバコ屋はこの向かいに座っている訳です
が「叶笑」ちゃんから、そんないけず言わんといてくれは
りますか~とか鼻にかかって言われると、もうヘロヘロ
になってしまうタバコ屋でありました。バカですよね。
(関連記事:終わりなき旅 vol.3:宴のあとさき参照願い
ます)
紅型2
紅型(びんがた)日本古来の伝統的な文様と南国風の
エキゾチックなそれがミックスされ輪郭のはっきりした独
特の力強い文様は縮緬(ちりめん)生地に染められ沖
縄のアイデンティティとして今日まで伝えられて来ました。
島の元ゴフク屋としてはこの情熱的な文様がとてもお気
に入りでしたが、いざ販売するとなるとクセがあるため
ほとんど売れませんでした。やはり一般の日本女性は
京友禅の繊細な優しさを好むのではないでしょうか。
DSCN0559.jpg
琉球村を後にし、やって来たのは「万座毛(まんざもう)」
という景勝地でした。タオルを首に掛けた総代会の若き
リーダー濱田氏は猛暑の中随分リラックスしてご見学中
のようです。自称23歳の大川嬢もにこやかにエスコート
を勤めてくれました。
DSCN0561.jpg
この景色を見る限り、地球は丸いのか四角いのかタバ
コ屋には判断がつきませんが、実は20数年前タバコ屋
はこの沖縄の地、万座毛と先ほどの琉球村との間の恩
納村(おんなそん)というところにある「ホテルムーンビー
チ」で一週間ほど過ごしたことがあるのです。
ホテルムーンビーチ3
阪神タイガースのキャンプ地としても有名な沖縄でも老
舗のリゾートで、ホテルと海水浴場がセットになっており、
とてもスケールの大きいトロピカルなイメージたっぷりの
豪華リゾートホテルでした。
ホテルムーンビーチ4
残念ながらロマンティックな滞在ではなく、若手経営者の
セミナー合宿でした。講師は当時流通業界においてダイ
エー、ヨーカドー等を指導していたカリスマコンサルタント
渥美俊一氏やそごう等百貨店業界を中心に指導してい
た船井幸雄氏、ではなくその2人のアンチテーゼとして
のある意味カリスマであった一倉定氏でした。

一倉氏は徹底してアメリカ式の経営手法をきらい、また
社長としての心得を説くにあたり、「経営計画書」という
社長にとってのバイブルを全身全霊で作成、実践する
ことによりその企業は発展するという理念を持っていま
した。また一倉氏自身は熱心な東洋医学の信奉者で、
陰陽学にもとづマクロビオティック(玄米を主食とした食
事)を実践し、合宿中の食事も沖縄料理が出ることを期
待していたにも関わらず毎日玄米和食料理ばかり食べ
さされ閉口したのを覚えています。
また講義の骨子はおもに社長のリーダーシップのあり方
についてと、環境整備の大切さ、またお掃除がすべての
基本であること等他では聞けない独特のセミナーでした。
いかりスーパー芦屋店1
一倉氏の講義はかなり偏向したもので、すべてが正しか
ったとは思いませんでしたが、話の中でスーパーの一つ
のモデルとして芦屋に本店のある「いかりスーパー」のこ
とがよく出てきました。
いかりスーパー芦屋店2
芦屋を中心に神戸~大阪間の阪急沿線に数十店舗を
展開する高級スーパーなんですが、他のスーパーとまっ
たく異なる点は生鮮品を除き、販売商品のほとんどが
自社製品(プライベートブランド)であることです。後日実
際に行って見て、どれもこれもアンカー(いかり)のマー
クがついているのには驚きました。もう一つ驚いたのは
駐車場に停まっているオクルマがほとんど外車でメルセ
デスを始めジャガー、レンジローバー、ポルシェ、BMW、
ボルボ等、芦屋の富裕層の奥様方御用達の店である
ことはそれを見てもよくわかりました。
いかりスーパー3
余談ながら、島のタバコ屋は後日、島の特産物である
みかんやその加工品であるジュース、ジャム等を独自の
「希望の島」ブランドで販売することになるのですが、沖
縄ムーンビーチでの研修の話が忘れられず、無謀にも
何の面識もご縁もないいかりスーパーへ飛び込みで営
業に行ったのです。目くら蛇に怖じずとはこのことでした
が数度の訪問の後、望外にもお取引をさせて頂けるこ
とになりました。
思えば20年前のお話ではありますが、今回はそのこと
がテーマではないので沖縄のお話しに戻ります。
DSCN0599.jpg
総代ご一行は中西部へと移動し、沖縄海洋博を記念し
て出来た記念公園内にある「美ら海・水族館」を目指す
ことになりました。昼食は隣接地にあるチサングループ
経営のチサンリゾートホテルでバイキングを頂くことにし
ました。
DSCN0566.jpg
ムーンビーチほどではありませんが海に面した広々とし
たレストランで皆さんくつろいでいます。例によって1ダー
ス以上のビールはあっという間になくなってしまいました
が、これから水族館の見学ゆえ、幹事長としてはこれ以
上の追加は控えることにしました。
DSCN0574.jpg
いよいよ「美ら海(ちらうみ)水族館」に到着です。巨大な
ジンベイザメが出迎えてくれました。
DSCN0590.jpg
その水族館を海側から見たところなんですが、傾斜地を
利用してかなり大規模に作られているのが見て取れると
思います。
DSCN0587.jpg
やはりここのウリはなんと言っても巨大なジンベイザメで、
ゆったりと滑るように泳ぐさまは鯨以外では海の王者と
言えるのではないでしょうか。
DSCN0596.jpg
またもう一つのウリはイルカショーで愛嬌があり俊敏で
賢いイルカはお子達はもちろんのこと大のオトナも十分
楽しませてくれました。最後には希望者に限り、イルカに
よる水掛けずぶ濡れショーまで用意してくれていました。
島の総代さんご一行は海の水には飽きているのでそれ
に参加する物好きはいなかったようです。
IMG_2212.jpg
ついでの蛇足ながら、実は昨年京都の西本願寺へご奉
仕団の一人として参加した際、その帰りに皆で京都駅梅
津車庫跡の広大な敷地に出来た「京都水族館」に立ち
寄りました。スケールは「美ら海」の方が随分大きいと思
いますが、コンセプトは全く同じで、おそらく京都水族館
を作るにあたってはオキナワを随分研究したのではない
かと思われました。不思議なご縁と言いますか、奇しくも
その時にご一緒した、同じ大浦地区の橘氏ですが今度
同じ総代仲間となりオキナワもご一緒した訳で、同釜意
識が高まりつつあるように思います。その彼が、「ちらう
み水族館」でタバコ屋の禿げ頭を不憫に思ってくれたの
でしょう、テンガロンハット風の麦わら帽子を買ってきて
そっと手渡してくれました。もうこれ以上は禿げないよう
にという心配りが嬉しく、イルカ君の水しぶきを浴びても
いないのにウルっとしたタバコ屋ではありました。
DSCN0577.jpg
紺碧の海を前にしてうだるような暑さのもと、広大な敷
地にある水族館を見て回るのは大変でした。ただ例に
よってご一行に多数存在する、アヘン患者達は滅多に
ない喫煙所を捜し求めて右往左往していましたが、自分
も含めてかなり惨めな気分がしなくもありませんでした。
何故ならば、くそ暑い中、アヘン(シガレット)を吸う様は
あまり格好の良いものではなくなりつつあるのです。
DSCN0601.jpg
「ちらうみ」にも別れを告げ、今度は中部方面にある「名
護パイナップルパークへ立ち寄ることになりました。
ショウバイのプロであるタバコ屋の目に映ったのは、外
観からしてすでに怪しげなムードの建物でした。怪しげ
ということは反面そそられるような魅力があるとも言えま
すが、まずは恐る恐る中に入ってみることにしましょう。
DSCN0602.jpg
総代ご一行の職業はみかん農家が多いのですが同じ
フルーツでもここはパッションフルーツのパイナップルに
て、珍しさもあってか勇んで中に入って行きました。
DSCN0603.jpg
広大なパイナップル畑が開けていると思いきや、何やら
中庭のようなところに様々なパイナップルが植えられて
いました。みかん同様パイナップルにも色々な種類があ
ることがわかり勉強になりました。
名護パイナップルパーク3
パイナップルのカッティングなのか搾汁なのかはたまた
選別のためのキカイなのかよくわからないものが並んで
いる工場です。これが通路の側面にありガラス越しに見
えるよう配慮されているのですが現代のたとえばアヲハ
タのジャム工場などを見慣れた目にはかなり違和感を
覚えました。製造設備自体はかなりレトロな雰囲気です。
名護パイナップルパーク11
一転、そこを通り抜けると別世界が広がり、パイナップル
ワールドと言いますか、これでもかと言うくらいパイナッ
プルを使った様々な製品が所狭しと並んでいました。
飲み物ではまずワインでパイナップルから始まりぶどう、
シークワーサー、またそれのミックス等、個性的な品々
が沢山並んでいました。
名護パイナップルパーク9
次はジュース類でワイン同様、オキナワ特産品を上手
に加工し、ずらりと陳列していました。
名護パイナップルパーク16
本命だと思ったのはスイーツのコーナーで、パイン入り
のカステラを売っていました。ここの特徴は試食品が豊
富に用意されていることで、パインの果汁のみが入って
いるタイプと果肉入りを食べ比べた結果、果肉入りを買
うことにしました。「パインカステラ」というネーミングもな
かなかいいですよね。
名護パイナップルパーク12
ただオキナワは大らかと言うか、国内では食品表示につ
いては厳しく規制されており「元祖」という言葉は誇大表
示ということになり使えません。ここのオーナーさんは知
ってか知らずかわかりませんが、お味の方は結構なもの
でしたので、元祖とか無理に書かなくても大丈夫なのに
とタバコ屋は思います。
名護パイナップルパーク17
沖縄特産黒糖を使った飴類とかもいろいろ売っていまし
たが、ここは足早に通り過ぎます。
名護パイナップルパーク10
もう一つの本命はパイナップルの生果実だと思いました。
ここでも地方発送のコーナーで多くの方が買っているよ
うでしたので売れ方はハンパではないように思いました。
名護パイナップルパーク15
修学旅行生さんも多く来ていたようで、やはり名所見学
だけでなくここのようにサイフのひもを徹底的にゆるめ
る場所も必要なんです。
名護パイナップルパーク14
かくして、土産嫌いのタバコ屋も「パインカステラもう5個
追加して下さい」などと結構あせって買いましたから他
の同行ご一行様も推して知るべしではないでしょうか。

さてこの一見怪しげな見世物小屋のような施設ですが、
当初の食べず嫌いの憶測と異なり、店を出る頃にはここ
がすっかりお気に入りになってしまったタバコ屋でした。
何故かと申しますと、商品が自社製造かOEM(委託製造
)かは別にしてほとんどが自社プライベートブランドであ
ることです。これって芦屋のいかりスーパーの沖縄版じゃ
ないですか。それもハンパな品数ではなく、これでもかと
いうくらいパイナップルもしくはオキナワ特産に関わる品
で埋め尽くしているのです。

以前から何度も申し上げていることですが、タバコ屋が
考える、あるべき小売業の姿というのは、今日のように
生産と販売が高度に分業化されてきているご時勢の中
でも、極力自社生産もしくは自社ブランドにこだわりそれ
をお客様に直接販売するというやり方が正しいと思って
います。

先日の宮島詣でと言い、今回の沖縄巡礼と言い、各地
には無数の実例、成功例が埋もれており、村おこし、
島おこし、商いのあり方、等々について深く考えさせら
れた島のタバコ屋ではありました。

さて沖縄中部巡礼を果たした中島総代会ご一行はこの
後再び那覇に戻り、魅惑の第二日の夜を迎えることとな
るのですが、あれこれ余談話を沢山書いたせいで、紙
数も尽きたようなので、その模様はVOL.3にて詳しくお伝
え致します。お楽しみに・・・。

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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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