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夏の日の思い出 vol.4:トライアスロン大会

平成26年10月25日
季節はずれの記事第3弾として8月24日にタバコ屋の島中島で
行われた第29回トライアスロン中島大会の模様をお伝えすること
に致します。
IMG_1585.jpg
何しろ第1回が開催されたのが昭和61年で今から28年前のこと
であり、当時はトライアスロンなんて競技は世間に全然知られて
なくて、その開催に当たりたとえ田舎の島とはいえ県道であるため
道路の独占使用許可を松山の警察から貰わねばならず、なかなか
許可がおりず実行委員のメンバーは苦慮したと聞いています。
当初の発起は商工会の若手メンバーが中心になり村おこしを目的
に立ち上げたのでしたが徐々に行政の理解が進み当時の中島町
が主催する全国に発信出来る島の最大イベントとして本格的な運営
を始めるに至りました。爾来28回を重ね今日では日本でも有数の
大会に成長しました。
IMG_1022.jpg
ところで、一般的にはあまり馴染みのないトライアスロンとはどういう
競技なのでしょうか。スポーツ競技といえばそのほとんどが舶来物
で相撲や柔道、剣道といったJAPANオリジナルを除けばほとんど
西欧から来たものと言っていいと思います。

さてトライアスロンですがその名は3つの競技という意味で、水泳、
自転車レース、長距離走の3つを順番にこなし総合順位を競うと
いうもので、近年ではオリンピック種目にも採用されています。
IMG_1825.jpg
トライアスロン競技のルーツは比較的新しくハワイ駐在のアメリカ
海兵隊の連中がアイアンマンレースとしてお遊び半分で始めたもの
で昭和49年アメリカで初の大会が開催されたそうです。したがって
タバコ屋がD大学自動車部在籍中はまだそのようなスポーツは発明
されておらず、卒業直後に始まったハイカラなスポーツな訳です。
今から40年前のことですが偶然にもタバコ屋が地獄のレストアを
経験した赤いお嬢さんことフェアレディS30Zが製造された年が
昭和48年ですので、その頃のお話ということになります。
IMG_3183-1.jpg
具体的には水泳(スイム)1.5km、自転車(バイク)40km、長距離走
(ラン)10km、合計51.5kmの距離で行うショートディスタンスが一般
的でオリンピックもこのスペックで争われます。その他スイム4.0km、
バイク120km、ラン30km、合計154kmを争うロングディスタンスも
あるようです。最も困難なのがスイム1.5kmで、みなヘトヘト状態で
陸に上がり続いてバイク、長距離走と続きます。そこが鉄人(アイア
ンマン)レースと言われる所以で、大変ハードな競技ですがオリン
ピック同様中島トライアスロン大会はショートディスタンスを採用して
います。リタイヤもかなり出るいわばサバイバルゲームでもあるの
です。
IMG_1836.jpg
ハードと言えばタバコ屋の若かりし頃D大学自動車部で過ごした4年
間を思い出します。何も知らない田舎者だったタバコ屋は入学直後
今出川キャンパスで繰り広げられていた各クラブの入部勧誘合戦に
遭遇し、「自動車部」という魅力的なコトバについフラフラと入部して
しまったのでした。女の子とドライブでも楽しめるんじゃないかという
下心があったのは言うまでもありません。ところがそこには地獄が
待っていたのです。入部の時「体育会自動車部」という文言を見落と
していたのです。何故体育会かということはやがて徐々に体で理解
していったのでしたが、とにかく来る日も来る日もトレーニングばかり
でオクルマなんぞに乗せてくれる気配はありません。そのうち新入生
歓迎合宿がありやがて夏合宿がやってきました。タバコ屋が入部時
新入生が40~50人いたと思うのですが、合宿ごとにリタイヤ組が
続出し1年経った頃には半分くらいになっていました。
ダイエー
合宿所は京都市内になく京阪電車で香里園まで行きそこに同志社
香里体育ハウスがあり、野球部、アメリカンフットボール部、自動車部
等が使用していました。夏の合宿は半端ではなく炎天下の香里園で
延々と走らされ、腕立て伏せから腹筋からフルコースのカラダいじめ
が待っていました。そのような訳で結局4年後の卒業時には8割近く
がリタイヤ(というか賢い人はアホらしくてやってられるかという・・・)
結果となりました。ちなみにタバコ屋の同期は卒業時13名でした。
余談ながら、当時急成長中だったダイエーが香里園に日本初の大
規模な郊外型ショッピングセンターを開店し、合宿の食事当番の折
にはそのSCにカレーの材料を買い出しに行ったものでした。
尚、今ではその店舗はもうないはずですが、写真はイメージで実際
はもう少し低層で屋上駐車場に車で上がれるスロープがあったよう
な気がしますが、40年前以上前のことにて記憶は不確かです。
フィギュア
何故そのような過酷なトレーニングが待っていたかと申しますと、
「体育会自動車部」と言うのはドライブクラブではなく「競技クラブ
だったのです。メインはフィギュア競技と呼ばれる運転免許試験を
3倍くらい難しくしたコースをいかに正確に短時間で帰ってくるかと
いう競技で、当時のオクルマにはパワーステアリングなどというもの
は付いておらずかなり体力のいるものでした。それを全国の大学の
自動車部が競技として競い合ったのです。手前味噌にはなりますが
同志社大学自動車部は当時フィギュア競技では関西で最強校の
一つだったと記憶しています。
学生ラリー1
また高度成長期に伴い、国策のモータリゼーションという背景や、
国産メーカーの海外でのレース、ラリーでの活躍が話題になりつつ
あった時代の真っ只中で大学の自動車部もボンビー故に金のかか
るレースはあきらめ比較的安上がりなラリー競技に熱中したもので
した。レースやラリーというものがモータースポーツと呼ばれるスポ
ーツの一種であることは自動車部での活動を通じて徐々にわかっ
た事柄ですが、とにかく当時の若者はオクルマを使って何かをしな
くては気が済まなかったのです。
有力な大学自動車部は自校でラリー大会を主催しておりD大学も
同志社ラリーという名称で当時関西ではかなりハイレベルなラリー
大会を開催していました。大会の運営を通じて、道路使用許可に
関する警察との折衝や、コース設定、スタッフの配置、またスポン
サーの獲得及び出場の勧誘等々疑似社会人体験をさせてもらう
という早熟なおまけもありました。
S575-1.jpg
写真はそのコース設定の試走時のもので左がこのブログに度々
ご登場頂いている京都在住で同期のラリーオタク平尾氏です。
元校長先生の何とお若いことか!。右はやはり同期のS氏です。
この試走に際して大活躍したのが以前の記事でもご紹介した
大阪日産から貸与された写真のチェリーX1でタバコ屋にとっても
思い出深いオクルマです。
(関連記事:校長先生の青春 vol.1:ラリーへの熱き思い
参照願います)
DSCN0057.jpg
蛇足ながらこれは同志社ラリー開催時、参加者に差し上げた記念
のカーバッジでタバコ屋は一部しか持っておらず、最近、その平尾
センセから特別にプレゼントして頂いたとてもレアな貴重品です。
右端はクラブの35周年記念のカーバッジであれから45年も経った
なんて自分でも信じられないくらいでつい昨日のことのように思わ
れ無性に懐かしさを覚えます。
D:クラーク記念館2-1
それやこれやでタバコ屋は徐々に「体育会自動車」というものを体で
理解
していったのでしたが、途中フランシスコ・ザビエルもナイチン・
ゲール女史も同情してくれるようなクラブに対する愛と忠誠の証と
して無償のバイトをしてクラブに貢ぎ続ける等の残酷物語があったり、
聞くも涙、話すも涙、今出川での狂乱の4年間を過ごしたのでした。
(関連記事:夏の日の思い出 vol.2:祇園祭の頃参照願います)
IMG_2245.jpg
余談ながら、その間主食は1回生時は学食での素うどん+ごはん、
2回生時はキツネうどん+カレー、3回生以降は幹部となるため
俄然出世して当時D大学自動車部御用達であった京楽(きょうらく)
食堂
の出前にてざるそば+親子丼であったことは言うまでもあり
ません。京楽のおっちゃん、いつも出前有難う、感謝してます。
IMG_2248.jpg
蛇足ながら、きょうらく食堂は今でも現役食堂として烏丸今出川を
少し上がった所、同志社大学今出川キャンパスの対面(といめん)
で頑張っています。当時急成長のダイエー今は亡く、同様マイカル
(旧ニチイ)今は亡き現在、きょうらく食堂が40年に亘って存続して
いるというのはリッパだと思うのはタバコ屋の単なるノスタルジー
なのでしょうか。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.1:今出川慕情参照願います)
IMG_1587.jpg
本題のトライアスロン大会に戻ります。今年で29回目を迎える中島
トライアスロン大会は、全国から老若男女合わせて750人余りが
エントリーしお盆明けの8月24日に残暑厳しい中、トレーニングの
成果を見せるべく覇を競い合いました。
IMG_1575.jpg
恒例の前夜祭の模様です、700人余りの参加者に加えその家族
やサポート隊やらで3,000人の島に2,000人くらいの人達がやって
来る訳で、瞬間的に人口が倍増します。この日は松山からTV局の
スタッフも泊りがけで取材に押しかけて来ているので大変賑やかな
ムードとなりました。
IMG_1580.jpg
鈴鹿のF1-GPでも本番の前に前座レースがあるのが通例ですが、
中島トライアスロン大会でも本番前に「ジュニア・アクアスロン」と言う
競技があります。小学生主体のスイムとランの競技で未来のトライ
アスリート登竜門といったところでしょうか。
DSCN1213.jpg
スイムとランを終えたお子達がここを駆け抜けてゴールへと向かい
ますが、愛媛トヨタさんもスポンサーとして応援しています。
DSCN1217.jpg
よく見えないと思いますがお子達の力走シーンです。トップランナー
が帰ってきました。間もなくゴールです。
IMG_1592.jpg
いよいよ鈴鹿F1-GPならぬ中島トライアスロン大会本番スタート
です。前述のショートディスタンスで島の地形を生かしたコース設定
がされています。さしずめ鈴鹿サーキットならぬ中島サーキットでの
ショートコースと言ったところでしょうか。
IMG_1582.jpg
何も鉄人というのは男性に限らずきょうびは女性の方が逞しい事例
がかなりあって、トライアスロンの場合も多くの女性が参加しています。
IMG_1588.jpg
いよいよ700人以上が一斉に海に雪崩れ込み競技スタートですが
順位が落ち着くまではF1でも一緒の現象にて押し合いへし合いで
頭を足で蹴られたり跳ね飛ばされたりで一種の格闘技となります。
F1では高速のオクルマなのでひとたび接触するとダメージが大きく
リタイアとなるケースが多いのですが・・・。
IMG_1586.jpg
1.5kmに及ぶヘトヘト大バトルの模様です。3種の競技を一度に
やる訳で、それぞれ得手不得手がありここで遅れを取っても後で
挽回のキャンスが沢山あるのがトライアスロンの面白いところです。
DSCN1221.jpg
スイムが終わると次の自転車レースのため自分のバイクを置いて
ある場所へまっしぐらに駆けて行きます。
DSCN1244.jpg
プリプリボインのお嬢さんですが、素早く着替えを済ませ鳥居ゲート
をくぐって発進です。(近くに神社があるためその鳥居を利用)
IMG_1606.jpg
競技でなければ多島美を満喫しながらの快適なツーリングといった
場面ですが、選手にとっては景色どころではなく必死のペダル漕ぎ
といったところでしょうか。
スーパートミナガ
カーレースの場合は丸い形のフルフェイスヘルメットを使用します
が、自転車の場合は水滴型の面白い形をしたヘルメットを着用して
空気抵抗を減らします。あちこち溝を切っているのは軽量化のため
でしょうか?。
IMG_1607.jpg
鈴鹿のS字コーナーにやや似た?坂道です。左が往路でもう少し先
に折り返し地点があり右が復路です。復路はかなりきつい勾配とな
っており各選手とも相当へばっているようです。1往復が20kmで
これを2往復し合計40kmを走破します。
IMG_1605.jpg
自転車競技のゴール地点間際です。40kmを走破した後自転車を
降り、またもや素早く着替えて最後のランに向かいます。
白バイ
突然の写真にて恐縮ですが、実はタバコ屋がまだ若かりし頃、中島
トライアスロン大会のごく初期に島の交通安全協会の役員をしてい
て大会のお手伝いをすることになりました。その時白バイ隊も来て
いて役得といいますかドサクサと言いますか、白バイ隊長にお願い
してHONDA CB750-FOUR 白バイスペックに乗せてもらったの
です。当時最新鋭のマシンでしたがドリューという凄味のあるエキゾ
ーストノートを忘れることが出来ません。
DSCN1257.jpg
タバコ屋のお取引先で島で唯一の銀行であるIYO銀行の支店長さん
がレースに出場しました。タバコ屋はエールを送るべく近くまで行き
このショットとなりました。がんばれS支店長!。
DSCN1250.jpg
各選手とも相当疲れてはいるものの、最後の力を振り絞っての力走
ということになるでしょうか。10kmというのが随分長い距離に感じ
られることでしょう。
TS12
レースも終盤です。マイペースで走るのはいいのですが制限時間
がありその時間内に帰って来れない場合はタイムオーバー失格と
なるので皆必死です。
DSCN1252.jpg
ラン競技を終えた選手は最後にここを走り奥のゴールへと向かい
ます。それまでひと時の静寂です。
DSCN1259.jpg
トップの選手が帰ってきました。いつもトップクラスの選手はお馴染
みさんでプロもしくはプロ級の方々ばかりです。
DSCN1265.jpg
続々とゴールし始めました。速い選手は2時間ちょっとで帰ってくる
のですが3時間台の選手が多いようです。赤いTシャツを着たボラン
ティアの女子中学生達がタオルとドリンクを持って出迎えます。
DSCN1267.jpg
家族で応援に駆け付けているケースが多く、最後のラストランは
御覧のようにお子達といっしょにほほえましい凱旋風景です。
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競技よりもコスチュームに熱心なおもしろおじさんも参加していて
毎回笑いをさそっています。ご本人もバカ受けするのでもうやめら
れないのではないでしょうか。これは前回のものです。
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トライアスロンに来て頂いたお客様の中でもユニークなのがこの
写真のお方で、左が毎年ご参加頂いている京都の某女史ですが
右はそのお嬢さんの現役舞妓はんです。これは数年前のものです
が、前夜祭では京の舞をご披露頂きました。
IMG_2796.jpg
手前味噌にて恐縮な写真ですが島のタバコ屋がやっているジュース
工場特製のジュースを売店のテントでボランティアの方々に売って
もらっているところです。鈴鹿F1-GPでの販売に比べればのどかで
お遊びのようなものですが、お土産のあまりない島での販売にて
少しは賑わいになったようです。これも数年前の写真です。
IMG_2840.jpg
かくして中島トライアスロン大会は無事終了しましたが、実を言いま
すと、タバコ屋は地区長として大会のお世話(走路での立ち番とか)
をしていたので移動が出来ず、あまり写真が撮れていないのです。
その結果、3年分くらいのものをミックスして掲載させて頂くことに
なりました。晴れだったり雨模様だったりしているのはそのせいで
お許し願いたいと思います。

コメント

No title

ちわっす! ご無沙汰です。
トライアスロンやる人は人間ではありません。 でもこのようなイベントが開催されるのは地域にとっては喜ばしいことで、自然に感謝ですね。 私の田舎ではイベント開催するような要素があまりないのでうらやましいです。 雪下ろしの早さ比べ競技なんてあれば地域の人には一石二鳥なんですが。
実は私はきょうらく食堂で食事した記憶がありません。 「キャンパス」のピラフが常食でした。 キャンパスはもうありませんが、きょうらく食堂が営業を続けているのは驚異的だと思います。
家賃・メニュー・味・値段・顧客層・出前・立地等がどのように絡み合って継続できているのか興味あるところです。

Re: うどん派vsピラフ派

拝復、ちわっすです。久々のコメント有難うございます。上山よトライアスロンやる人は人間です。驚くのは明らかにメタボと思しきおっさんや後期高齢者の方が出場していることです。よくやるな~といつも思います。最後のランなんかほとんど歩きに近いスピードで走って?いる方が多いです。う~ん上山青年のふるさとは雪下ろし競争向きですか。でもそのアイデア面白いと思うんですが、地域の恒例行事として人気になりそうな気がします。

あの聖地、きょうらく食堂へ行ってない自動車部OBがいたとはこれまた驚きです。今度行ってみてください。キャンパスはタバコ屋も時々行ったことがありますが、当時コーヒーがきらいだったのであまり利用しなかったのだと思います。それにしても懐かしい名前の数々です。またユニークな上山理論を聞かせてください。

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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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