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時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと

平成28年8月19日
最近のNHK朝ドラはビックリ・ポンのあさが来たを始め
ヒットの連発で、只今放送中のとと姉ちゃんも大人気に
て、タバコ屋も前回のあさちゃんのめざましい活躍以来、
毎朝TVにかじり付いています。
今は故人となりましたが、京都長岡京に在住だった叔父
がお勤め中はTVなんか見ない人でしたが、定年退職後
は当時の朝ドラにかじり付いていたのを思い出し、ああ
自分もそのような年になったのかと感慨深いものがあり
ます。
(関連記事:島のビックリポン酢開発 vol.4参照願います)
とと姉ちゃん2
さてこの物語は戦後荒廃した日本の日常生活を憂い、
衣食住にわたりその生活文化の検証と提言及び啓蒙
に多大な影響力を及ぼした雑誌「暮しの手帖」を創刊し
た大橋鎭子とそのパートナーだった花森安治が苦闘を
重ねた実話をもとにしていますよね。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照
願います)
とと姉ちゃん7
高畑充希(たかはた みつき)さん演じるとと姉ちゃんこと
小橋常子は幾多の困難を乗り越えて「あなたの暮し」と
いう雑誌を支えていくのですが、これは今風に言えば
生活情報発信誌とも言える斬新なもので、当時の生活
者、特に女性からは圧倒的な支持を受けました。
とと姉ちゃん9
只今ドラマは佳境に入りつつありますが、そのキモは
2つあり一つは雑誌に広告を載せないということで、広
告を載せるとそのスポンサーからの影響を受け記事内
容が歪められるおそれがあったからです。
二つ目は戦後当時粗悪商品の多かった時代にあって
メーカーに頼らず自社で商品テストを実施し、雑誌を通
じて読者に商品の優劣やその選択及び正しい使用法
を啓蒙したことでした。
暮しの手帖1
そのような熱き編集理念を実践した雑誌ですから当時
公平な情報など皆無に等しかった生活者から圧倒的な
支持を得たことは当然だったのかも知れません。
朝鮮戦争特需1
「暮しの手帖」が創刊されたのは昭和28年(1953年)で
すが、昭和30年代に入ると朝鮮戦争による特需により
日本が奇跡的な復興を果たし、高度成長を始めた頃で
白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫が3種の神器としてもては
やされました。
(関連記事:初夢、イノベーション・オブザイヤー vol.1
参照願います)
零戦-11
話しはいきなり飛びます。戦争により完膚なきまでに破
壊された航空機産業は戦後アメリカにより、封印されて
しまった訳ですが、そのかわりに台頭してきたのがオク
ルマ産業で、行き場を失った多くの優秀なヒコーキ技術
者が心機一転、今まで培った技術を駆使して国産車の
開発、製造に乗り出すことになりました。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
アメリカンドリーム3
皆さん意外でしょうが、当時オクルマで世界最高峰の技
術と品質を誇っていたのはアメリカでした。2番3番はな
きに等しい状態でしたが、しいて言えば大衆車の分野で
イギリス、フランス、ドイツが続いていたくらいでしょうか。
つまり戦争により国力を消耗し尽くしてしまっていた各国
はオクルマをまともに作る力が残っていませんでした。
唯一アメリカだけはあれほどの戦争でもびくともせず逆
に戦後の一大繁栄を謳歌した訳です。
(関連記事:混沌と秩序 vol.3:流通編(後編)参照願い
ます)

しかし時間が経つにつれ、アメリカ以外の戦勝国も敗戦
国も徐々に国力を回復し、国産車の開発、製造により
急速に力を付け、果ては豊かな国アメリカへの輸出を
開始するに至りました。

奇跡の復興を遂げた日本も例外ではありませんでした
が、戦時中世界でもトップクラスの技術を誇った航空機
はともかく、オクルマでは欧米各国に比べ歴史と技術の
蓄積がなく、国産車とはいえお粗末なものしか作る能
力がなかったのです。
CG創刊号1-2
そのような時代背景のもと昭和37年(1962年)ジャーナ
リストの小林彰太郎氏を中心とするメンバーにより二玄
社からCARグラフィックが創刊されました。
その編集理念は「暮しの手帖」とよく似ており、厳正中立
な評論と豊富な海外レース情報を中心に、美しい写真で
紙面を飾るというもので、ややこじつけながらオクルマ版
「暮しの手帖」とも言えるものでした。
小林彰太郎1-1
ただ編集長の小林彰太郎氏はイギリス車の熱心な信奉
者であり、創刊当時から一貫してイギリス車はもとより
ヨーロッパ車は大絶賛で、一方国産車はボロクソという
評価でした。当時日本はそれだけの実力しかなかった
訳で厳正中立な評価と言う点では当然でした。
当時の国産車メーカーの技術者はCARグラフィックの記
事により随分悔しい思いをしたと思うのですが、それが
バネともなり、短期間で飛躍的な性能向上を果たすこと
になります。
つまり「暮しの手帖」が日常生活のバイブルならCARグラ
フィックはオクルマのバイブルであり啓蒙書でもあった訳
です。
(関連記事:アイビーで朝食を vol.1:いざ倉敷へ参照願
います)
CG2
その後、昭和40年代に入りタバコ屋が同志社大学自動
車部に在籍していた頃には誌名もCAR GRAPHICと改
められ、我々オクルマ好きのビンボー学生にとっても
バイブルとなっていきました。ただし当時かなり高価な
雑誌だったので常時は購入することが出来ず、今出川
キャンパスに程近い本屋のおじさんのハタキを覚悟で
立ち読みをさせて頂いたことは1度や2度ではありませ
んでした。
CG5 雑誌NAVI-4
やがてCAR GRAPHICは絶頂期を迎え、昭和59年(19
84年)には姉妹誌としてNAVIを創刊しました。
CAR GRAPHICがハードウエア主体の記事に対しNAVI
はソフトウエア主体の記事で、各界専門家の対談やエッ
セイ等、ユニークな記事が満載でした。
著作1
今は故人となりましたがヘタウマ漫画やマルビ・マルキ
ン等のおもしろ流行語を発明する等で有名だったナベゾ
画伯こと渡辺和博氏が「エンスーへの道」というタイトル
のコラムにユニークな漫画入りの記事を連載していまし
た。
著作4
ちなみに、今では当たり前となったオクルマ・オタクを指
すエンスージアストを略した「エンスー」という流行語は
渡辺氏が発明したものです。
(関連記事:島のスイーツ開発 vol.5:ナベゾさんのこと
参照願います)

「暮しの手帖」の最大の特徴であった独自の商品テスト
を行い公正な評価をするという点においてはCAR GRA
PHICでも自社で最新のオクルマを購入し長期テストに
よる性能の総合評価を実施していました。
ただとても高価な商品なので注目されている一部の車
だけを購入しあとはメーカー広報車を借り出してその性
能をチェックする現実的な方法を採っていました。
暮しの手帖3
さて現在です。商品は過剰なほど溢れ返りまたその品
質も戦後当時とは雲泥の差で向上しました。またそれ
を伝える雑誌等の情報も同様に溢れ返り、おまけに
インターネットという瞬時に世界を駆け巡る情報伝達手
段が普及するに及んで、「暮しの手帖」やCAR GRAPH
ICのような雑誌による情報発信は時代の役割を終えた
ように思います。両方とも存続しているものの、かつて
我々が熱病にうなされるように読みあさり、影響を受け
たそれらの雑誌は時代の主役ではなくなりつつあります。
(注:NAVIは平成22年(2010年)より休刊)

ただいくら時代が変わろうとも、生活者、消費者に正し
い情報を伝えたいという熱い理念は残るべきで、その
手段は雑誌ではなくインターネット(WEB)によって引き
継がれていきつつあるのだと思います。

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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
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