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蘇る青春 vol.1:ああクラシックカー

平成28年11月23日
予告記事にてお話ししたとおり、昨今全国各地で様々
な団体主催のクラシックカーショーが大盛況ですよね。
ただクラシックカーと申しましても我々万博世代がイメー
ジするのは例えばブガッティとか言うような戦前の主に
欧米の純粋なクラシックカーではありません。
ブガッティタイプ35-5
また戦後の昭和20年代から30年代(1950~60年代)の
キャデラックなどのアメリカ車でもなくその後、高度成長
期の昭和40年代(1970年代)に生産された国産車及び
外車のことを指します。正確にはクラシックカーまでには
至らず、言わばネオクラシックカーとでも呼ぶようなオク
ルマ達です。その時期は国産車が力を付け世界に羽ば
たこうとした時期でもあり、我々万博世代にとってはキラ
星のごとく魅力に富んだオクルマが数多く輩出した時代
でした。
トヨタ2000GT-3
トヨタ2000GTを筆頭にS800やコロナ、セリカ、NISSAN
スカイラインGTやフェアレディZ、ブルーバード1600SSS
サニー、チェリー、HONDA-N360やS800、1300クーペ、
三菱ギャラン、ランサー、SUBARU-1000、いすず117
クーペ、ベレットGT、マツダコスモスポーツを始めカペラ
サバンナGTともう宙暗記ですらすらと車種名が言えるく
らい、あの熱病にうなされたような10年間(昭和40年~
50年)は国産車の夢の時代とも言え、その後は世界的
に排気ガス規制が厳しくなってその夢の時代はついに
終わったのでした。
(関連記事:GTのお話し vol.1参照願います)
懐かしの風景1
ちょうど我々戦後団塊世代の端世代である万博世代
(タバコ屋の造語です)はその頃に青春時代を過ごした
訳で、忘れようたって忘れられるものではありません。
やがて就職、結婚、子育てと無我夢中で走ってきて
ふと気が付くと人生の黄昏を迎える年となり、かつて若
かりし頃のホロ苦くも甘酸っぱい思い出に浸ることが多
くなっているのはタバコ屋だけではないと思います。
(関連記事:ダウンサイジングのススメ vol.2参照願い
ます)
梅ちゃん先生16-1
そんな頃を見計らって、各地でクラシックカーショーなる
青春思い出フェスティバルが開催されるとなると、その
かつては若かったおっさん連中が殺到するのも無理は
ないと思うんです。一服の清涼剤の如くそこに行った間
だけでもかつての青春時代が蘇るような気がするので
はないでしょうか。
(関連記事:好みの基準 vol.6:セカンドカーのこと参照
願います)
著作4
余談ながら様々な趣味のカテゴリーにおいて、特別な
こだわりを持つ人のことを一般的にはマニアと言います
がオクルマ業界ではイラストレーターの故渡辺和博さん
が発明した用語のエンスー(エンスージアストのこと)と
言ったりします。また昨今ではオタクと言ったりしますよ
ね。そのエンスーやオタクのおっさん連中が我先にと集
まるのが昨今のクラシックカーショーなんです。
(関連記事:時事雑感 vol.8:とと姉ちゃんのこと参照
願います)
IMG_0686.jpg
長い前置きとなりました。恥ずかしながらタバコ屋はつい
昨年までそのクラシックカーショーなる思い出フェスティ
バルに行った事がありませんでした。それをそそのかし
た人がいるんです。松山市にお住まいのTさんと言いま
すがどうせわかるのでバラしますと辻田さんという方で
す。もう10年以上のお付き合いでそもそもタバコ屋の店
(スーパー)の食品売場の冷蔵、冷凍ケースをやりかえ
る時、ご縁あって施工頂いた業界大手の福島工業と言
うメーカーの担当者だったのですが、ウマが合ったのか
その後もお付き合いが続き、最近では数年前、弊社の
ジュース製造工場の冷凍庫もその方のお世話になりま
した。
IMG_0681.jpg
その辻田さんは私より数年先輩のおっさんで若かりし頃
はMAZDAのディーラーメカニックを皮切りにオクルマ業
界を歩き、最後は冷蔵庫屋さんに落ち着いたと言う変り
種です。ちなみにお住まいは道後の奥の溝野辺という地
区の大地主さんで定年退職後はタバコ屋同様、農業に
チャレンジしています。ちなみに彼の愛車は多分MADE
IN大英帝国のローヴァー400だと思うのですがそうだと
するとかつて我がHONDAがローヴァーと親戚関係にあ
った頃の作品で、エンジンはHONDA製ということになり
混血ハーフレディであると申せましょう。タバコ屋が「これ
下さい!」などとHONDAディーラーで叫んだ初代レジェ
ンドが開発された頃、ローヴァーサイドが発売した懐かし
いオクルマです。辻田さんのご趣味を反映しているのか
どうか、このオクルマは大英帝国製らしく押し出しは控え
めでお品がよく、俺が俺がと言ったドイツ野郎のアクの
強さは微塵も感じられません。
ちなみに彼の以前の愛車はオースティン・ミニでゲタ代わ
りにHONDAモンキーを3台所有また奥様は初代MAZDA
ロードスター御用達につき、相当なエンスー一家と言わ
ざるをえません。
DSCN7163.jpg
その辻田さんが昨年、松山城のふもとの公園で恒例行
事として「四国松山ノーマルレトロカーミーティング」とい
うのがあるんやけど一緒に見に行きませんかとお誘い
がありました。彼もバリバリのエンスーにて3度のメシよ
りオクルマが大好きにて、タバコ屋が地獄のレストアを
経て赤いお嬢ちゃん(フェアレディZ)を所有していること
は承知の上でのことでした。それまでレストアのことで
頭が一杯のタバコ屋でしたが、その地獄の5年も一段落
したため、意を決して見学に行くことにしました。
タバコ屋の場合島からフェリーで松山まで渡る必要が
あり、結構手間のかかる事ながら楽しみのためなので
苦にはなりませんでしたが当日のフェリーは半ば貸切り
状態でした。東京お台場等で開催される大規模なミーテ
ィングには程遠いもののそれなりに風情があり結構はま
ってしまったタバコ屋でした。
DSCN9577.jpg
さて今年のレトロカーミーティングです。例によって辻田
さんからお誘いがあり、出かけることになりました。
いきなりMAZDAロータリーコスモスポーツが鎮座してい
ました。当時はコスモの名の通り宇宙船か何かのイメー
ジがあり、浮世離れしたオクルマとしてタバコ屋はただ
雑誌等で見てるだけ~の存在でしたが、今現実に拝見
しても現実生活とはかけ離れた夢のオクルマとしての印
象が強かったように思います。ちなみに後方にその辻田
さんと親友のオジサンが写っています。
DSCN9585.jpg
懐かしの先代スカイラインGT-Bです。NIPPONのレース
草創期に式場壮吉氏操るポルシェ904と生沢徹氏の駆る
GT-Bが日本GPで大接戦を演じ、ただ1周だけポルシェ
を抜きその前を走ったということで当時の観衆が熱狂し
たというレジェンドを持つオクルマですよね。しかしポル
シェ904は純粋なレーシングカーでありGTBはいくらチュ
ーニングしたところで所詮は実用セダンであったため、
レースは当然ポルシェの勝利でした。
DSCN9592.jpg
その後継車であり桜井真一郎氏率いる旧プリンス技術
陣の渾身の作品であるスカイライン2000GTRです。これ
は箱スカと呼ばれる初代でも後期タイプで最も洗練され
たデザインを持っています。いわゆるネオクラシックカー
を代表するオクルマの一つでしょう。
DSCN9587.jpg
エンスーの皆さんには見慣れた風景ながらGTRの心臓
部はレーシングカーR380の直系であるS20エンジンで
す。今でこそあまりビックリするものではありませんが、
当時としてはレーシングエンジンをデチューンしたものと
して夢のようなエンジンでした。それにしても当日のオク
ルマは素晴らしいレストアコンディションで博物館レベル
だと思いました。余計なことながら当時のGTRにはストラ
ットタワーバーは付いていません。
DSCN9593.jpg
サニー1000です。もう懐かしくて涙が出そうになるオク
ルマです。何故かと申しますと私の父が初めて買った
乗用車がこのサニー1000-4ドアセダンで、タバコ屋が
同志社大学自動車部に入部したての頃で、島でもまだ
乗用車は珍しい時代でした。父親も嬉しかったのでしょ
う、用もないのによく島内を乗り回していたのを覚えて
います。うっすらと記憶にあるのはタコメーターが備わっ
ていたのでデラックスタイプを奮発したのだと思います。
チェリーX1-17
それにしてもこの初代サニーはとてもシンプルなライン
と面で構成されていて、今見てもGOOD-DESIGNだと
思います。このいじらしいほどのつつましいデザインの
おかげで非常に軽量で1,000ccのOHVエンジンながら
極めて軽快な走行フィールだったように記憶しています。
後からわかったことですがそのエンジンはA型エンジン
と呼ばれNISSANの傑作エンジンの一つに数えられ、
その後の意欲作、チェリーにも搭載されました。
(関連記事:好みの基準 vol.5:懐かしのチェリーX1
参照願います)
DSCN9601.jpg
言わずと知れた初代カローラです。いにしえより三河武
士は家康を筆頭に底意地が悪くえげつないことで知られ
ていますが(豊臣家を騙し滅亡に追いやった超A級戦犯)
この尾張名古屋製のカローラもプラス1,000ccの余裕と
いうキャッチフレーズで、排気量を1,100ccとし、サニーを
出し抜き一躍日本を代表するファミリーカーにのし上がり
ました。サニーも負けじと1200ccにアップし「隣のクルマ
が小さく見えま~す」なんてCM流しましたがもう手遅れ
で、その顧客ファーストの巧妙なプチ贅沢スペックにより
サニーはもう二度と覇権を取り戻すことは出来ませんで
した。

それはともかく、良くも悪くも当時の日本を代表するオク
ルマであるカローラはあれよあれよという間に世界でも
NO.1の量産車となり世界のベストセラーVWビートルや
ゴルフを差し置いて世界で最も沢山生産されたオクル
マとなりました。これは我々NIPPONの誇るべき出来事
ではないでしょうか。

原点に返れとは巷間よく言われる言葉ですが、この初
代カローラのデザインは今改めて見ると、シンプルで
余分なラインがなく、また日本の感性を表現したとも思
えるやわらかな曲線を多用していますよね。世界のベ
ストセラーとなったのも頷けるようなGOOD-DESIGN
だと思います。
2 花脊峠
このブログに度々ご登場頂く京都の平尾センセもかつて
紅顔の美青年だった頃、即ち同志社大学自動車部1回
生の頃に、多分ご両親におねだりして買ったのだと思う
のですが、そのカローラの新車(多分スポーツタイプ)を
購入し、さっそくラリー車に改造、その後大学主催ラリー
を荒らしまわり、同志社に平尾ありと言われる素地を作
ったいわくのオクルマが京都の山奥の雪道で悪戦苦闘
しているシーンです。
(関連記事:校長先生の青春 vol.1:ラリーへの熱き思い
参照願います)
DSCN9620.jpg
トヨタカリーナSRハードトップです。このオクルマ自体は
セリカの兄弟車で、地味なのがお好みのお方はこちらを
どーぞといって開発されたオクルマなんですが、エンジ
ンルームを拝見してビックリ仰天しました。
DSCN9619.jpg
もうこの世のものとは思われないような磨き方をされて
いて、どこもかしこもピカピカ状態、指紋も手垢もオイル
のシミも皆無で、しかも各部が顔が映るくらいに磨き込
まれていました。ここまでくるともうやり過ぎというもので、
ちょっと腰が引けましたがそれもそのはず、実はキカイ
の研磨剤を売り込むメーカーさんが出品していたデモカ
ーだったんです。そらもうガマの油売りの大道芸人よろ
しくセールスのおっさんは得意げに説明していました。
見物の数人は「それ下さい!」と言っていたみたいです。
DSCN9622.jpg
わざわざ神戸から松山までお越しの2代目フェアレディZ
嬢です。アメリカで爆発的に売れた初代を引き継ぎ、主
に空気抵抗の軽減を図った改良を施したモデルです。
オーナーさんには申し訳ないのですが、確かに空気抵
抗係数は格段に向上したのでしょうが、初代Zの軽快で
躍動感溢れるデザイン
は消滅しダルくて(失礼)鈍重な
イメージとなってしまいました。2代目は初代の大ヒット
を受け継ぎ、販売台数は過去最大を記録した成功作で
したが、その後のオイルショック等により初代Zのコンセ
プト即ち軽量スポーツGTカー(タバコ屋の造語です)か
らお座敷仕様の鈍重なGTへと変身していくプロローグ
となったオクルマでした。すみません酷評で。
(関連記事:好みの基準 vol.7:カーデザイン参照願い
ます)
DSCN9617.jpg
サニー1000同様涙が出るほど懐かしいHONDA-N360
(通称Nコロ)です。その訳は以前の記事で何度もクドク
ドと取り上げていますので、改めて申すことでもありませ
んが、タバコ屋が地獄の自動車部3回生の時、卒業され
る大伴先輩より大枚2マン円で譲り受けたオクルマだっ
たからです。
DSCN9616.jpg
4サイクルOHC2気筒エンジンは正直バイクエンジンで
非常にレスポンスがよく小気味良く7,000回転くらいまで
吹け上がるソレは当時の若かりし頃のタバコ屋にとって
はとても魅力的で、他の国産軽四カーとは一線を画して
いたと思います。おっさん世代に今でも熱烈なHONDA
ファンが存在する原点は案外このNコロあたりにあるの
ではないでしょうか。
(関連記事:好みの基準 vol.2:愛車変歴参照願います)
DSCN9595.jpg
はるばる福岡からご出品頂いた、ご存知HONDA-S800
です。Nコロ同様HONDA-DNAの原点とも言えるオクル
マで、タバコ屋の独断ながら本田宗一郎はこのS600、
800でまず世に自らの志を示し(ショーバイ抜きで)、次
にN360でショーバイのネタにしたというところでしょうか。
ショーバイ抜きだけあって、エンジンはわずか800ccなが
ら当時としては高度なメカであったDOHCを採用し8,000
回転くらいは軽く回せるというこれもバイクエンジンの
四輪車版でした。余計なことながらS600、800の基本設
計は元航空エンジニアでHONDA-F1の総監督も務めた
中村良夫さんだとお聞きしています。
(関連記事:零戦の末裔参照願います)
DSCN9597.jpg
余談ながら10年ほど前に、還暦を間近に控えたタバコ
屋は死に土産として手に入れるオクルマとして、今まで
乗った事のないこのS800かそれともフェアレディZか随
分迷ったのでしたが、結局S800はあまりにもサイズが
可愛らしすぎるので、若干の実用も考えてフェアレディZ
に決めたのでしたが、その決断が5年間のレストア地獄
を招こうとは当時夢にも思いませんでした。
DSCN9626.jpg
ダイハツ-ミラの商用パネルバンです。出品車ではありま
せんでしたが、どうもこのイベントにピザか何かを売りに
来ていた業者さんのオクルマのようでしたが、タバコ屋が
以前から気になっていたシロモノです。ショーバイ用に割
り切った非常に合理的なデザインがされており、フランス
のシトロエンにも通じるエスプリが感じられます。でも実
際の使い勝手というか荷物の収容能力は大したことは
なく現代の軽四ハイトワゴンにははるかに劣ります。
要するに横文字ショーバイのお店や花屋さんあたりが
おしゃれに荷物を運ぶためのファッションカーというのが
真相です。
DSCN9611.jpg
やや興ざめしたのは会場の特等席に現代NIPPON最先
端のスーパーカーであるNISSAN-GTRがドンと飾られて
いたことです。もう何もかにもが超弩級スケールでそこの
けそこのけGTR様のお通りである、といった風情でただ
息を飲むばかりと申しますか、息苦しくなるというのが正
直な実感です。
DSCN9612.jpg
タバコ屋を含む万博世代が知っているGTRと言うのは、
当時としては腰を抜かすほどの高性能、大迫力のオク
ルマではあったものの、現代のGTRから見ればそれは
それは、ささやかで控えめなマシンであったことが今更
ながら思い起こされます。う~ん、体力はニューNSXと
互角なんでしょうけど、3丁目の夕日トレンドのタバコ屋
としては両車ともどうしても馴染めないのはお年のせい
なんでしょうかね。
(関連記事:品性とダイナミズム vol.2:NSXどうやねん
参照願います)

会場にはまだまだ沢山の興味深いオクルマが出品され
ていましたが、例によってタバコ屋流の長たらしい記事
になってもいけませんので、今回はこの辺で留めておき
ます。というのも例の辻田さんが今度は高速道路沿い
の石鎚山サービスエリアでこれまた毎年開催されてい
る別のクラシックカーショーにも行こうや~と言いだして
(クラシックカーショーのはしご)それがこのイベントの翌
日ときたもんですから、タバコ屋はモノ好きなことに松山
に泊りがけで翌日のショーへも行くことになったのです。
バカですよね。その模様は次の記事にて。お楽しみに。

コメント

No title

ちわっす! 
懐かしの」クラシックカーですが、あらためて見ると個性的なデザインで好感が持てます。 現代の物真似デザインや個性のないデザインにはない魅力があります。 昔の車は単純に機械だったからでしょうか。 現代は家電化してきているもの、豪華主義や快適性が幅を利かせすぎとかの感は否めませんね。 スカイラインGT-BがどうしてGT-Rのような車になるのかは理解できません。 鉄の塊のようにとても俊敏には見えないし、これを俊敏に扱える人はほとんどいないでしょう。 天才だけですね。
次に何が出てくるか楽しみです。

Re: 万博世代の嘆き

拝復、ちわっすです。上山青年よ、記事をご覧頂き有難うございました。上山理論で言うクラシックカー=キカイ、現代車=家電、論はなかなかユニークで言い当てているとタバコ屋も思います。初代GTR=魅力的なキカイ、現代のGTR=鉄塊の化け物、論も同感です。

古い奴ほど新しいものを欲しがるものでございますというのは某ヤクザスターの有名なセリフですが、私ら古い奴ほど新しいものは拒否するのかも知れません。上山青年を含む我々万博世代の美的価値観を全否定したとしても現代の国産車デザインは醜悪だと思います(特に軽四全般及びトヨタ、ニッサン、ホンダの一連のヘンテコデザイン)。それにひきかえ、ボルボ、ローヴァー、ジャガー、ポルシェ、アウディ等ヨーロッパ車の何とアカ抜けしていることか。

以前週刊誌のベストカーに4代目フェアレディZ(Z32)をデザインした故前澤義雄さんの辛口批評が連載されていましたが、同感しつつ拝読していた記憶があります。前澤氏同様、腹立たしいほどチンケなカーデザインが横行している今日ですが、別にそれに腹を立てても自分の懐が暖まる訳でもないので、もう知らんプリを決め込むしかないでしょう。

余談ながら、先日平尾センセと一緒に東京でタバコ屋が入会しているCLUB-S30のランチ・ミーティングに参加して来ました(平尾センセは内緒の飛び入りです)。当日のゲストは元追浜ワークスのエースドライバーで240Zマイスターの北野元氏、雨の柳田で有名だった同じくプライベート240Zの雄、柳田春人氏、また元東名レーシングでメカとして活躍していたニッサン系エンジンの権威、久保靖夫氏の3名でした。当時の裏話等をお聞きし、大変貴重なひと時ではありました。前後合計3日間の長逗留でしたのでその詳細はまたブログでご紹介致します。

春にはご一緒に上山青年のふるさと福井へ野尻君への訪問も兼ねて殴り込みをしたいと思っていますので、よろしくお願い致します。お預かりしているスーパーオスカーは余り長くなるとまずいので近日中にご返却致します。

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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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