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今出川慕情 vol.1:プロローグ

平成29年2月4日
それは昨年7月、島のタバコ屋手帳に、ある一通のメー
ルが送られてきたことに端を発します。そのメールとは
同志社大学自動車部時代の後輩である、福井在住の
野尻君からでした。彼は昭和52年(1977年)卒ですの
で、タバコ屋よりも4期後輩ということになります。
IMG_3663.jpg
タバコ屋のイメージとしては、NOJIRIと言う名前は我々
の神(GOD)であり、現在同志社大学体育会自動車部
といういかつい名前の組織のOB会副会長をされている
野尻先輩のビッグネームと言うことになるのですが、
そのようなことで最初野尻君からメールを頂いた時は
ややビビりました。ひょっとして野尻先輩の従兄弟か、
甥っ子ではないのかと。しかしそれは間もなく杞憂に終
わりました。
(関連記事:終わりなき旅 vol.3:宴のあとさき参照願い
ます)
DUAC80thロゴマーク
その彼のことです。現在は郷里の福井で家業のコンクリ
ート2次製品や生コン製造(要するにコンクリート製品の
デパート)会社の社長をされていて現役バリバリの実業
家であり、お話しによると息子さんも親子揃って同志社
MANだそうで、現在後継者としてご一緒に活躍されて
いる由、理想的なパターンですよね。多分彼は福井で
は名士と呼ばれるカテゴリーに属しているのではない
でしょうか。
浜矩子2
福井の地は同志社大学自動車部とはよっぽどご縁が
あるのかどうか、野尻君の1期上の先輩にはタバコ屋も
親しくさせて頂き、またタバコ屋のブログでも常任コメン
テーターとして鋭い舌鋒を振るわれている公認会計士
の上山氏がいます。彼はユニクロ亡国論で有名な同志
社大学大学院教授の浜矩子(のりこ)女史か、あるいは
憂国の政治評論家、桜井よし子女史に匹敵する論客に
て(タバコ屋の私見)、上山センセの論文によりNIPPON
の将来が大きく変わろうかという程の有能かつ過激なお
方です。ちなみに彼の論旨は「資本主義自己中論」です。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.1及びvol.2
参照願います)
柴田勝家2
さて皆さん意外に思われるかも知れませんが、福井と
タバコ屋の地元である松山とは深いご縁があるのをご
存知でしたか。古いお話しで恐縮ながら、今から400年
も前の戦国時代には越前の国、北ノ庄(福井)は朝倉
氏が治めていたものの全国制覇を目論む織田信長に
より滅ぼされ織田軍北陸方面総司令官だった柴田勝家
が北ノ庄を本拠地としました。
お市の方3
その後勝家は、朝倉氏攻略の際、朝倉氏に加担したた
めこれまた信長により滅ぼされた浅井氏のもとへ嫁い
でいた信長の妹で当代随一の美女と謳われた「お市の
方」と結婚した訳ですが、最後は秀吉との壮絶な権力闘
争の末、お市の方ともども滅び去ったという悲しい物語
があります。

どうでもよいことながら、「お市の方」という超ブランド品
を妻にめとった勝家は戦に明け暮れる荒武者だった故
に高貴な女性の扱いには慣れてなかったはずで、さぞ
かし気苦労が多かったものとタバコ屋は推察致します。
えてしてこの手の女性は扱いにくい一面があるもので
すが、同志社自動車部OBの中にもそういうご経験をさ
れた方がいらっしゃるかも知れません。
(関連記事:終わりなき旅 vol.4:姫路での再会参照
願います)
結城秀康2
時は移り江戸時代の初期、関ヶ原の戦いで武勲のあっ
た徳川家康の次男結城秀康が北ノ庄の地を治めること
になりました。秀康は家康の子供の中で最も優秀だった
と言われており、一旦は秀吉の養子となりその後結城
家の婿養子となった経緯がありますが、江戸幕府となり
北ノ庄に赴任した後は、姓を松平姓に改め越前松平家
を興しました。
IMG_4385.jpg
一方伊予の国松山は戦国時代、安芸の国(毛利氏及び
小早川氏)の勢力下にありましたが、関ヶ原の戦い後、
武功のあった加藤嘉明が治めることになりました。以降
紆余曲折があった後、桑名藩の当主であった松平定行
が松山藩を治めることになったのですが、松平定行は
父定勝が徳川家康の異父弟であったため家康の甥っ子
にあたり、福井藩の始祖である結城秀康(松平秀康)と
は従兄弟になる訳です。福井藩と松山藩には深いご縁
があると申し上げたのはそういう理由によるものです。

以後福井、松山両藩は明治維新まで続くのですが、双
方がどのような交流があり親戚付き合いをしていたのか
についてはタバコ屋は知る由もありません。
タルト3
余談ながら、伊予のお殿様松平定行公はなかなかアイ
デアマンであったらしく、長崎の警護を仰せつかった時
長崎の地で見かけた南蛮渡来のスイーツ「タルト」を松
山に持ち帰った後、元々パイのような形状であったタル
トをロール巻きにし中にあんこを入れるという斬新な改
良を施し、松山藩の銘菓として普及させたという逸話が
残っています。今ではその「タルト」が愛媛・松山を代表
するスイーツとなり、かつてはタバコ屋の高校時代の先
輩である伊丹十三氏がユニークな伊予弁でそのCMに
一役買った時代もありました。
(関連記事:校長先生西瀬戸を行く vol.2:松山編及び
島のスイーツ開発 vol.3:続タバコ屋のお気に入り参照
願います)
マイカル宇多津2
また私事で恐縮ながら、前の記事でタバコ屋がかつて
ニチイ(マイカル)の主宰するボランタリーチェーンNAC
に加盟していたことは申し上げました。その間タバコ屋
が島興しのためもあって特産品のみかんを全国に販売
する事業を立ち上げるにあたり、チェーンの仲間の方々
にも買って頂く運びとなりました。その際当時福井県や
お隣の石川県でスーパーを展開されていた「だいとら」
さんその他のお店にみかんを買って頂いた懐かしい思
い出があります。今となっては20年以上も前のことであ
り記憶も薄らいでしまいましたが、訪問した時は南国の
中島とは異なり雪深い地であったような色褪せた記憶
があります。
(写真はマイカルの店舗で直接関係ありません)
(関連記事:東京大紀行 vol.4:ウォーターフロント参照
願います)

またお取引はなかったものの、経営者育成セミナーで
同期だった金沢の三崎君(三崎ストアー)等も懐かしい
かつての仲間でした。他の同期には帯広の「六花亭」
さんや静岡の「ちゃんこ江戸沢」さんなんかもいて、僅か
1年間のお付き合いでしたが島のタバコ屋にとっては貴
重な体験となっています。当時は若かった三崎君も今
ではいい年こいだOSSANになっていると思うんですが
今頃どうしているんだろう?。

長い前置きとなりました。そのご縁のある北ノ庄、福井
から、しかも同志社大学自動車部の後輩野尻君から届
いた一通のメールを巡ってその後驚愕の過去が次々に
明かされることになります。長たらしい記事になるといけ
ませんので本日はこの辺で失礼致しますが、詳しいお
話はVOL.2以降にさせて頂こうと思います。お楽しみに。

コメント

No title

ちわっす!
浜矩子教授、良いですねー大好きな論客です。
人間は一定の状況の中にいると良いことにも悪いことにも鈍感になって行くような気がします。 その中で現状を鋭く見つめて分析しながら行く末を予想するのは漫然と生活していては無理でしょう。 環境に慣れてしまうのが人間で、たとえそれがおかしかったとしても皆がそうしていればそれがスタンダードになったりもします。 農家が補助金もらうのが当たり前に思っているのもこんな感じではないでしょうか。 御用評論家も同じようなものでしょう。
そんなことに流されずに自分の分析により導き出されたことを堂々と主張する姿は尊敬に値すると思います。

経済も政も歴史の流れの中で分析・検証の対象になっていると思われますが、私は歴史に弱く、この年になるまではそれほどの興味はなく知識も郷土の歴史さえもほとんどありません。
思えば学校で地元の歴史を学んだ記憶がないというのが正直なところです。
福井は松平家なのに、なにゆえに質素でセンスのない華のない県になっているのは何故なのか疑問です。
 愛媛県と比べたら足元にも及びません。 福井城址を見れば愕然とするでしょうね。

Re:質実・清楚

拝復、ちわっすです。
そうでしたか、上山青年も浜矩子教授がお気に入りでしたか。タバコ屋もいわゆる資本主義におけるやり手の一人勝ちみたいなのは肌に合いません。国を思い故郷を思い、自分の置かれた立場の中でまわりの人々と共存共栄を計る、これはきれいごとではなくタバコ屋が心からそう思っている事ですが、生き馬の目を抜く梅田界隈では青臭い理論かも知れませんよね。ただそれによって萎縮する必要はなく、世のため人のため自分の持つ力、能力を最大限発揮する積極性は必要だと思います。

さて上山青年の「北ノ庄地味過ぎ」理論ですが、そうとも言えないと思います。もともと普段の生活はどこでも地味なものですし、南国伊予の国と違って灰色の曇り空に覆われることの多い北ノ庄では自然、アッハッハ、ケセラセラみたいな風土が生まれにくいのではないでしょうか。でもどの家でも地味な家ほどいざという時にはキチンとお金が用意出来るとか、良いところは無数にあると思いますが・・・。言っておきますけど越前北ノ庄と伊予の国松山は親戚です。

No title

ちわっ!
福井には文化とかセンスとかが不足しているんです。
福井城址はお堀と石垣までは文化遺産として残っていますが、
城が建っていたところには、コンクリート10階建て以上の県庁舎がそびえ建っているんです。 芦原温泉も道後温泉みたいな文化遺産はは無いですしね。 道路行政もイマイチだし、原電で相当なお金が入っているはずなのに、どこにお金を使っているんでしょう。

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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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