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今出川慕情 vol.3:野尻君の青春1

平成29年2月12日
世紀の大発見
これはタバコ屋の偏った歴史観ながら、19世紀末から20
世紀初頭に掛けて、歴史上の2大発見と言えばトロイヤ
の遺跡とツタンカーメンの王墓だと思うんです。
トロイア戦争1
皆さんご存知の如くトロイヤの遺跡はかつて紀元前8世
紀(西洋暦の紀元より800年前)頃に吟遊詩人ホメロス
によって伝えられたと言われる、トロイの木馬で有名な
トロイヤ戦争の前後を描いた神話絡みの叙事詩「イーリ
アス・オデッセイア」の舞台ですよね。
シュリーマン3
当初はあまりにも荒唐無稽な物語であったため単なる
神話と思われていたのですがハインリッヒ・シュリーマン
少年は母親からその物語を聞かされて育ち、これは史
実に違いないと確信するようになり、長じてショーバイに
よる莫大な利益を得た後、発掘に乗り出し、明治6年
(1873年)ギリシャの対岸トルコの南端部にあるヒッサリ
クの丘でついにトロイヤと思われる遺跡を発見したので
した。
トロイア遺跡1
しかし彼はショーバイ人上がりの俄か考古学者であった
ことや、功名心を焦ったため乱掘や発掘品の私物化が
甚だしく、その後ひんしゅくを買い晩節を汚しました。
しかしホメロスの描いたトロイヤの都市が現実にあった
ことを証明したシュリーマンは大したものだとタバコ屋は
思います。尚、シュリーマンはそれ以前に世界旅行の途
中、幕末の動乱期に来日しています。
HONDAオデッセイ2
ちなみに現代のNIPPONにおいて平成6年(1994年)当
時、オクルマの主流がそれまでのセダンや2BOXカーか
らミニバンに移行しつつあった頃、その波に乗り遅れた
我がHONDAは起死回生の策として「オデッセイ」を送り
出しました。想定外の大ヒットとなりその後のHONDAの
屋台骨を支えたのですが、オデッセイという車名はこの
「オデッセイア」から取ったネーミングであったことは皆さ
んご存知でしたか。
ツタンカーメン2-1
一方、ハワード・カーター博士が大正11年(1922年)に
エジプトの王家の谷で発掘したツタンカーメンの王墓は
紀元前14世紀という気が遠くなるような昔に栄えた古代
エジプト時代のもので、若くして亡くなった少年王ツタン
カーメンを葬った墓です。それまでエジプトの王墓はこと
ごとく盗掘されてしまい、完全な状態で保存されている
ものはありませんでしたが、この一大発見により当時の
エジプトの王家の暮らしぶりがどのようなものであった
のかが次第に解明されることになりました。現在では世
界各地で「ツタンカーメン展」が開催されており、皆さん
もご覧になったことがあるのではないでしょうか。

さて野尻君のことです。シュリーマンやカーター博士が
これらの遺跡を発見した時、「これは世紀の大発見だ」
と言ったかどうかわかりませんが、野尻君から最初メー
ルを頂いた後、かつて野尻君が今出川で過ごした青春
時代の貴重な写真が大量に送られて来たのです。
タバコ屋はその大量の写真を拝見して、独り言ながら、
これは世紀の大発見だ!と叫びたい心境でした。

何故かと申しますと、タバコ屋が現役当時カメラというも
のはまだ高級品でボンビー学生が気軽に所持出来るも
のではなく、当時の記録は遠征時とかごく限られた僅か
なものしか残っていないのです。しかし野尻君はお父様
がレントゲン技師だったそうで、撮影技術に長けており、
おまけに自宅には現像用の暗室設備があったと言いま
すからもうプロ並みですよね。そのご子息である野尻君
は自然カメラオタクになったという訳で、その彼のお陰で
タバコ屋の現役時代とも重なる同志社大学自動車部の
数々の懐かしい記録が蘇ることになりました。

長い前置きとなりましたがそれでは断片的ながら野尻
君が4年間を過ごした今出川での青春時代をご紹介さ
せて頂くことにしましょう。
(関連記事:混沌と秩序 vol.2:流通編(前編)参照願い
ます)
duac-03-1.jpg
いきなりの写真で恐縮ながら、これは同志社大学自動
車部の部誌であるDER-WINKERですが、昭和40年代
初期から昭和50年の野尻君の幹部時代までの6冊が
写っています。左下がタバコ屋の期のもので、編集長
は元兵庫県警のコワ~イおじさんで、現役時代のあだ
名はギーちゃんこと神戸っ子の森本氏でした。
7月21日 (1)-1
野尻君の期の第18号ですが、そこに残っている彼の紹
介文によると、カメラ、オクルマ大好き青年だった野尻君
は入部当初、家から持ち出したいすゞベレットに乗って
いたようです。その後ご両親におねだりをして、旧車ファ
ンなら誰でも知っているあの懐かしいTOYOTA-S800を
手に入れることになりました。
7月22日7
これは野尻君が購入当時、ドライブに行った時と思われ
る貴重な写真で、極めて斬新だったタルガトップのS800
(通称ヨタハチ)が写っています。このオクルマは当時の
若者のエントリースポーツカーとして、HONDA-S800と
ともに憧れの的でしたよね。石柱には法然院と彫られて
いますので、京都北西部の鹿ヶ谷にある浄土宗の寺院
の山門付近だと思われます。

ちなみに浄土宗の開祖、法然は鎌倉時代、比叡山での
難しい仏教の修行に嫌気がさし、「こんなもんやってられ
ますかいな」と言ったかどうかは知りませんが、それを
放棄し「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えるだけで、衆生
は幸せになりお浄土へ行けるんです、という当時として
は革新的な教えを広めました。同様に比叡山で悩んで
いたのが親鸞で、法然同様「こんなチンケな教え、人間
否定もええとこやんか!」と言ったかどうかは知りませ
んが、親鸞はこの法然の教えに共鳴し弟子となりその
後、浄土真宗を興しました。しかし世の中を乱すものと
して迫害され雪深い越後へ流されましたよね。
その間北陸一帯で布教し、一向衆の勢力が生まれるこ
とになり、やがて織田信長と対立したため長い抗争に
明け暮れた時代がありました。前の記事でお話した柴
田勝家などもその最前線にいた訳ですが、野尻君の住
む北ノ庄、福井の地も禅宗の一大修行寺院である永平
寺(曹洞宗)を擁しているものの、一般庶民にはこの一
向宗が広まったのではないでしょうか。

ついでながら、タバコ屋の家の宗派は浄土真宗です。
タバコ屋の一期後輩の和君こと奥村氏も安芸門徒で
有名な広島の地にお住まいなので、ご実家の宗旨は
浄土真宗の筈です。また同期の平尾センセの宇治の
ご実家の宗派は浄土宗だとお聞きしています。しかし
プロテスタント・キリスト教の流れを汲む同志社大学に
学び、家においては仏教でまつりごとをし、またお祝い
事は神道で行うというこのNIPPON人のチャランポラン
さはいかがなものかと思うと同時に、それはイデオロギ
ーに寛容な民族であるとも言え、争いを避ける知恵で
あるのかも知れません。
1607129.jpg
多分同じ場所で写したと思われる野尻君のS800です。
フロントには第4回と第5回の同志社ラリーの記念カー
バッジが誇らしげに装着されているのが見て取れます。
これはタバコ屋が現役の時、平尾センセ等熱心な部員
を中心に欲張って年に2回開催した時のもので、その後
社会情勢が事故の多発により公道でのラリー開催に否
定的な状況となり程なく警察から開催許可が降りなくな
ったのでその後は同志社ラリーも廃止されました。その
間、タバコ屋にとっては幹部としてリーダーとして、筆舌
に尽くし難い苦くも辛いトラウマもありましたが、もう言い
ますまい。
S800-1.jpg
実はタバコ屋の一期後輩の小西君もこのヨタハチをご
愛用でした。控えめな性格で皆から愛された小西君で
すが残念なことに創部80周年を迎えた頃難しい病気に
なり、その後若くして天国に召されてしまいました。
彼は元気な頃はポルシェを愛し、また晩年にはかつて
WRCを制した往年の名車TOYOTAセリカGT-FOURを
愛用するというカーマニアでした。
1607128.jpg
さてここに一枚の瑞々しい写真があります。この青年が
何を隠そう若かりし頃の野尻君なんですが、白のツナギ
に赤いヘルメットの出で立ちでなかなか決まっています。
野尻君がさりげなく腰掛けているオクルマがまた別格物
で、昭和44年(1969年)タバコ屋が同志社大学に入学し
自動車部に入部した年に発売されたNISSANフェアレディ
S30Zではないですか。当時タバコ屋世代にとってはまる
で「坂の上の雲」のオクルマであり、憧れを通り越して諦
めの存在であったと記憶しています。やや大げさな言い
方をすれば日本版のPORSHE911だった訳で、当時は
京都市内でも滅多に遭遇することはありませんでした。
従いましてボンビー学生がそのオクルマを拝見するのは
今出川キャンパス向かいの書店のおっちゃんのハタキ
を気にしながらカーグラフィックやオートスポーツを立ち
読みするしか方法がなかったんです。

このS30Zは野尻君の説明によると、クラブの先輩のオ
クルマだったようでもあり、正確には記憶不確かだそう
ですが(え~、タバコ屋世代前後の同志社OBでS30Zの
オーナーは聞いたことがなかったけどな~)
それはともかく、フロントバンパーはワークスタイプの一
段下がったものを装着し、シビエと思しき特大のスポット
もしくはドライビングランプがZのあご一杯に埋められて
いますよね。結局これが寝た子を起こす誘発剤となった
のかどうか、その後、野尻君の頭脳に化学反応が起こっ
てしまい、彼が3回生の時憧れのS30Zを入手することに
なるのでした。
サファリP510
余談ながら当時NISSANは世界に打って出ようと目論ん
でいる最中であり、世界に認めてもらう手っ取り早い方
法として、世界ラリー選手権に果敢に挑戦しつつありま
した。我らが裕ちゃんこと石原裕次郎が映画化した「栄
光への5,000キロ」で一躍有名になったDATSUNブルー
バードP510-SSSを擁し、エドガー・ハーマンのドライブに
より、昭和45年(1970年)悲願のサファリラリー総合優勝
を遂げることになりました。
240Zサファリ1-2
続く翌年、昭和46年(1971年)はポルシェ、フォード等他
のワークスチームが打倒DATSUNと言うことでパワーア
ップを果たし、優勝を狙っていました。NISSANはP510-
SSSではパワー競争に勝てないと判断し、発売されたば
かりのフェアレディ240Zを投入したのです。E・ハーマン
H・シュラーの前年同様のコンビは見事な走りでポルシェ
等他のワークスチームを蹴散らし、2年連続での総合優
勝を飾りました。
240Zモンテ6-2
続く翌昭和47年(1972年)雪のモンテカルロラリーで奇
跡の総合3位入賞を果たしたもう一方のヒーローである
ワークスドライバーの名手R・アールトーネン(サイドブレ
ーキターンで有名)の話しによればDATSUN-240Zは直
線では明らかにポルシェ911より速かったそうで、当時
の我等がNIPPON若者としては神様、仏様、240Z様の
心境でした。

このような快挙が、血気盛んなオクルマ好きの若者の心
を捉えない筈はなく、タバコ屋などは当時2回生だったと
思うのですが、カーグラフィックの速報記事を読んで、手
に汗握ったものでした。
(関連記事:今出川でのこと vol.1及び零戦の末裔参照
願います)
7月22日9-1
初志貫徹、遂に野尻君はフェアレディS30Zを手に入れ
たのでしたが、彼の説明によれば 立っちゃん(立命館)
の自動車部先輩からこのオクルマを譲り受けたそうで、
先ほどの白いS30Z同様、当時のZのラリー仕様ファッシ
ョンの定番だったモンテカルロタイプの段差バンパーに
シビエと思しき特大補助ランプを装着していますよね。
野尻君の得意満面な気分が伝わって来ます。
S30Z-3-3.jpg
う~ん、懐かしい新町キャンパスガレージです。タバコ屋
が現役時代はもっとみすぼらしかったと思うのですが、
お色直しがされているようで、庇の壁面には誇らしげに
D.U.A.Cの文字が描かれています。我々の時代までは
エルフの停まっている壁面には窓があったように思うの
ですがなくなっているようです。ガレージを拡幅したのか
も知れません。
(後日訂正:野尻君よりご指摘で、部室はそのままあり、
懐かしい鉄サッシの窓は残っていたそうです)

停まっているオクルマがまた錚々たるもので、正面には
野尻君のモンテ仕様風S30Zがドドーンと鎮座しており、
その横には同じくNISSANのもう一つの憧れのオクルマ
だった後期型スカイライン2000GTが停まっています。奥
のガレージにはミツビシランサーと思われるオクルマが
ジャッキアップされているようです。推測ながら1~2回生
の時は個人車を堂々と部のガレージに停めるなんてこと
は許されないことだったので、恐らくすべて幹部諸兄のも
のと思われます。
(後日訂正:野尻君よりご指摘で、スカイラインは1800GX
だったそうで、オーナーは衛藤君、またランサーGSRは
森君のかつての愛車だそうです)
16071220.jpg
これは推測ながら野尻君が福井のご実家へ里帰りした
時のものではないかと思うのですが、S30Zが一番美しく
見えるアングルから撮影されています。デザイナーはご
存知神戸出身の異端児だった松尾良彦氏で、当時新進
気鋭の若手デザイナーとしてNISSANに在籍し、不評だ
ったピニンファリーナデザインのブル410を改良したば
かりか、新たにSSSシリーズを発案し大ヒットしました。
その実績を買われたせいかどうか、秘かに開発されて
いた次期フェアレディであるS30Zのデザインをまかされ
たという訳です。しかし実際は松尾氏一人がデザインし
たものではなく、数人のチームであれこれアイデアを持
ち寄って最終デザインを決めたようです。ただモチーフ
としてあったのはジャガーEタイプ等の流麗なロングノー
ズショートデッキのファストバッククーペデザインだったと
思われます。
(後日訂正:野尻君よりご指摘で、この家は福井のご実家
ではなく、京都の下宿先の「忠兵衛」だそうで、主将の二
村君や樋口君も住んでいたらしく、タバコ屋世代で言えば
ガレージ向かいの小森酒店のようなもので、溜まり場だっ
たことでしょう。そこに同期の佐々木君と住んでいたタバコ
屋は同期後輩に関わらず、しょっちゅう誰かが出入りをし、
またマージャンなどという亡国の遊びを覚え、挙句の果て
は同期のあだ名付けの帝王佐々木から「チャンタ」などと
言う有難くもないあだ名を拝命してしまいました。お陰で
OB会では現在でも先輩から富永と呼ばれたことはなく、
ええ年こいだOSSANがいつまでもチャンタなんです。
ここだけの話しながら、今となっては出入りした連中に
俺の青春を返せ!と言いたい)
フェアレディアメリカ試走
余談ながら、初代フェアレディZは後年NHKのプロジェク
トXに取り上げられ、また専門誌がさかんに開発秘話を
掲載したためZに関心のあるお方はよくご存知だと思い
ますが、巷間言われているイメージは当時北米NISSAN
の社長だった片山豊氏が松尾良彦氏のZデザインに惚
れ込み、「これ買った!」という鶴の一声でZが出来上が
ったように思われていますが、事実はそうではなく車両
設計部の植村斎(ひとし)氏を中心とする設計陣により
コンセプトから始まり車両レイアウト、車両設計、量産シ
ステム、北米での実走テストに至るまで実施された後に
満を持して発売されたと言うのが真実です。尚、写真の
テンガロンハットを手に持っていらっしゃるのが植村氏
その人です。
フェアレディZ2
結果として世界一売れた!スポーツカーが我がNIPPON
から生まれた訳で、タバコ屋は一NIPPON人としてその事
を今でも誇りに思っています。ただその後のZについては
タバコ屋の期待をことごとく裏切り続け現在のチンケなZ
(オーナーには失礼)に至っているのですが、老いてます
ます盛んな松尾良彦氏も多分現在のZを嘆いていること
だと推察致します。タバコ屋と松尾氏がイメージするZとは
最新のテクノロジーで武装した、軽快かつ颯爽としたスポ
ーツカーですから。
(関連記事:東京大紀行 vol.3:上板橋にて参照願います)
16071221.jpg
野尻君のS30Zに戻ります。もうラリー好きの若者の好き
そうな基本アイテムはすべて揃っていて、フロントのモン
テ風ワークスタイプバンパーはもとより、フェンダーに貼
られているDUNLOPのステッカーが示すように、タイヤは
悪路走行用のラリータイヤに交換されています。
またホイールは当時珍しかった(ということは高価だった)
アルミホイールを履いています。車高は標準よりやや上
がった感じにてなかなか精悍です。多分ダンパーは固い
はずです。マッドフラップもセンス良く装着されていて、
当時の野尻君にしてみれば「どっからでも掛かって来い」
のご心境だったのではないでしょうか。

ただしタバコ屋の老婆心ながら里のご両親にしてみれば、
倅の雅人はこげな妙なクルマを乗り回していて、京都で
何か悪いものでも食べたのではなかろうかとご心配され
ていたことと推察致します。
大統領専用キャデラック3
事実、野尻君が帰郷後ご縁があってご結婚されたフィア
ンセは「このクルマ何だか変!」と言われたのかどうか
知りませんが、「こんな固いのいやや」とブーイングに逢
い、野尻君は涙ながらに愛車Zを手放したとお聞きして
います。野尻君に忠告しておきます。女性を乗せる場合
はキャデラックが一番なんです。このオクルマなら誰だっ
て気に入って頂けます。オードリーだってジャクリーン妃
だってはたまたトランプ夫人だって、キャデラックがお気
に入りなんです。蛇足ながら、写真のキャデラックはアメ
リカ大統領専用車なので、対テロ用にドアが金庫のよう
に分厚いですが、普通のキャデラックはこんなに大げさ
なものではありませんので念のため。こんなぶっといドア
レディではご自分で開けられないっちゅうの。

ただしタバコ屋の場合は、西山先輩がミナミですき焼き
おごったるわと言う甘言に惑わされて先輩のキャデラッ
ク・エルドラドを大阪まで走らせたという単純な理由に
過ぎませんが・・・。バカですよね。
(関連記事:今出川慕情 vol.2:野尻青年上洛す参照願
います)
240Zモンテ4
タバコ屋にとって初代フェアレディZのことを書き出すと
同級生の山本リンダ嬢でもないでしょうが「もうどうにも
止まらない」と言うことになり、卒業論文2個分くらいに
なってしまいますので、野尻君はもとより、読者の方々
にご迷惑を掛けてしまいます。本日は紙数も尽きたよう
なのでこれくらいにして、次回以降また野尻君の青春を
ご紹介したいと思います。ついでながら、次回は野尻君
にとってもタバコ屋にとっても少なからぬご縁があり、同
志社大学自動車部の同釜である上山青年のことを少し
お話ししてみたいと思っています。お楽しみに。

コメント

No title

ちやっす!
トロイの木馬ですが、この馬はハッタリの威嚇を目的としたものなのか、中に戦士が入っていたのかはっきり思い出しませんが、後者でした?
世紀の大発見は「DER WNKER」から始まっていますが、私らはずっとウインカーと呼んでいましたが、スペルからすると正式にはドイツ語ですよね? デルヴィンケル?? 
野尻君が18thということは私らの時は17th ちゃんと発行していたかは記憶にありません。

ところで、野尻君のヨタハチは少し記憶にありますね。 浄土真宗といえばわが故郷では蓮如上人です。 京都から逃れてきたときに今庄のもっと山奥の田倉村の人里離れた小さな集落に有った小さな洞窟におばあさんがかくまったという「蓮如窟」が今でも残されていて保存されています。 その集落は、はるか昔に廃村になっています。
ヨタハチは800cc、空冷水平対向エンjン、抜群の空力特性で確か野尻君が乗っていた時にリッター28km/L くらい走ると聞いた記憶があります。 この車を現代によみがえらせてくれたら、ハイブリッドなんかいらない省燃費車になるんですけどね。
白のZは私の記憶にはないので、野尻君が4回生の時ではないかと推測します。
懐かしいガレージの写真に写っている車はすべて記憶にありますが、 壁のDUACは私のころは「自動車部」と漢字だったような。
野尻君のZには彼が福井に帰省の折にわが故郷まで乗せてもらったことがあり、私の実家の近くになると「先輩、どこへ行くんですか?」ととんでもない場所に連れていかれると思ったのでしょう。
同じ福井県人でありながら、過疎地と県庁所在地に住んでいる感覚の違いにびっくりしたのは今でも頭の片隅に残っています。
少し運転させてもらったように思うのですが、ロングノーズのせいで前がみずらいなあという印象でした。
アルトーネンは、この車でモンテカルロラリーのあの狭い峠道をあの速度で走るなんて、やはり凄かったんですね。

Re:究極の省燃費車

拝復、ちわっすです。
トロイの木馬はオデッセイアによると兵士が中に潜んでいて、敵の油断した夜の間に城内に攻め入りギリシャ軍を勝利に導いたとされています。

ウインカーの件ですが、私見ながらDERと言うのは英語のTHEという意味ではないかと思うんです。THE WINKERと言うべきところを大先輩の誰かがしゃれ心でDERと表現したと思われます。

そのウインカー、正確には隔年号と言いますか、その時の3回生と4回生がセットで掲載されているように思います。従いまして第18号は正確には上山青年と野尻君の代の合同製作号ということです。

う~ん、タバコ屋の睨んだとおり、今庄の地はやはり隠れキリシタンならぬ、隠れ浄土真宗の地、だったんですね。それも浄土真宗中興の祖、蓮如にご縁の深い地であったとは・・・。

S30Zについては上山青年も野尻君を通じて少なからぬ思い出があったのですね。ご指摘の通りS30Zはロングノーズショートデッキにてお鼻が長いのでラリー車には適していませんでした。しかしパワフルであったのと極めて軽量であったためにパワーウエイトレシオは群を抜いており、確かにハンデはあったもののあのような世界的偉業を成し遂げたという訳です。

上山青年の、TOYOTA-S800究極の省燃費車理論ですが、尤もだと同感です。しかし上には上があるもので、現代における世界一!のエコノミーカーはタバコ屋の赤いお嬢ちゃんなんです。何故かですって、それは殆ど走らせることがないのでそもそもガソリンを使う必要がないのですから???。

う~ん、モンテマイスターであったアールトーネン、懐かしいビッグネームですよね。タバコ屋世代にとってはある意味ドラッカー教授よりも崇敬に値するお名前でした。今頃どうされているんだろう。

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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
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