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今出川慕情 vol.5:野尻君の青春2

平成29年3月4日
香里体育ハウスのこと
かつて50年近くも前、京都今出川キャンパスで広島出
身の和田先輩のおいしいお話しに誘われて(騙されて
、失礼)ついフラフラと同志社大学自動車部へ入部して
しまったタバコ屋でしたが、入ってみるとそこは体育会と
いう恐ろしいクラブでした。
同志社チアガール1
タバコ屋は田舎者ゆえ運転免許さえ取ればあとは他の
部員達と楽しく京都名所でもドライブさせて頂けるのかと
思いきや、来る日も来る日もトレーニングと洗車ばかりで、
入部前の淡いイメージは消し飛んでしまいました。
(関連記事:異説:007私を愛したスパイ参照願います)
IMG_6029-2.jpg
やがて体育会ゆえの恒例である強化合宿があることを
知りました。場所は京都と大阪の中間にある香里園で
「香里体育ハウス」という名前が付いていました。
何も自動車部専用合宿所ではなく、野球部やサッカー
部、アメリカンフットボール部が共同使用していたよう
に記憶しています。

ただ困ったことにタバコ屋は島育ちに似合わずアレルギ
ー体質で合宿が始まる前に下級生は先発でお掃除をし
に行くのですが、ほこりとカビだらけの合宿所は効果てき
めんで、合宿が始まるといつも鼻風邪状態の半病人とな
り、つらかった思い出があります。尤も3回生以降は体質
が変わったのかそれとも免疫が出来たのか何ともなくなっ
たのが不思議です。
香里体育ハウス12
それでは「香里体育ハウス」の全貌をご覧頂きましょう。
この写真は野尻君が撮影した貴重な映像で右の一階建
て部分が厨房、お風呂、管理人室等で、左の二階建て部
分の二階部分が合宿部屋だったと思います。
一階部分はさて何の部屋だったんだろう?。食堂とかトイ
レがあったようにも思いますが・・・。
(野尻君、正確なレイアウト覚えてたら教えて下さい)
二階の合宿部屋は真ん中廊下を挟んでそれぞれ数室づ
つあり、学年ごとに部屋が割り当てられていました。
後日追加資料
香里体育ハウス間取り2
ビックリポンなことに、その後程なく野尻君から詳細な
吉良屋敷ならぬ香里体育ハウスの見取図が送られて
来ました。彼の会社は福井ではコンクリート製品のトッ
プ企業であると推察されるため、クライアントは建設関
係の方も多いでしょうからこんな図面はお手のものなん
でしょう。

吉良屋敷の配置はこれでよくわかり、往時の思い出が
図面と共に再び蘇りました。やはりタバコ屋がぼんやり
記憶していたとおりで、1階部分にはかなり広い食堂が
あったんですね。トイレは確か男女兼用で特に男子用
は横一列にコンクリートの溝と壁があるだけという粗末
なものであった記憶があります。同期のギーちゃんこと
元兵庫県警のエライさんとはよく連れ〇〇〇に行った
もので、ある時など二人であまりお品の良くないオハナ
シをしていたところ、いきなり女子トイレから後輩の某女
史が飛び出してきて、双方ともビックリ仰天ながらしばら
く気まずい思いをした記憶があります。ギーちゃん、トイ
レではもっとウンチクのある高尚なオハナシをしましょう
よ。恥ずかしながら古き良き時代のオハナシでした。

残念なことにせっかく野尻君から往時の吉良屋敷の図
面を頂いたにもかかわらず、今では跡形もなくなってい
るためタバコ屋は再び殴り込みを掛ける事が出来ませ
ん。香里体育ハウスの思い出は遠い記憶の中だけに
留まることとなりました。
香里体育ハウス10
さて正面入り口です。表札左が野尻君で、右は森君だと
思われます。またそのすぐ左下には一期先輩の「パンタ
ロンな人」改め何とGAKURAN姿の上山青年が写っている
ではありませんか。一番前には細川君と下村君のお姿も。
香里体育ハウス13
同じく入り口で写した若き日の野尻君と森君です。
何と初々しいお姿でしょうか。それなりの若者特有の気
負いとツッパリも感じられるワンショットです。後ろの表札
にははっきりと「同志社大学香里体育ハウス」と書かれ
ているのが見て取れます。

当時1~2回生のやることと言えば、地獄のトレーニング
を挟んで食材の買出しと準備でした。それまで先輩達は
香里園駅前の昔ながらのお店で買出しをされていたので
はないかと思うのですが、タバコ屋が入部したその年に
当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったスーパーダイエーが香里
園駅前に超モダンな恐らくNIPPONで最初のアメリカンス
タイルのショッピングセンターをオープンさせたのです。
ダイエー5-3
詳しくは他の記事にも度々書いているので今回ははしょり
ますが、田舎出のタバコ屋にとってはそれこそまばゆいば
かりの近代的なお買い物センターでした。故に、タバコ屋
達1回生が部車のくたびれたコロナで買出しに行くのは
決まってこの「香里ショッパーズプラザ」でした。
(関連記事:大阪・京都・奈良・巡礼 vol.2参照願います)
香里体育ハウス11-3
さて、突然の写真で恐縮ながら、これはグンゼのカシミヤ
のもも引きの宣伝ポスターではありません。「君の名は」
と問いかけし時、その人の名は「春木のおっちゃん」こと
香里体育ハウスの管理人であり牢名主でもあった春木
為一氏その人のお姿です。別名「香里オペラ座の怪人」
とも言われていたようですが、管理人としてご赴任される
前はいろいろご苦労されて来た様で、そのいかつい風貌
に似ず、根は優しく部員の食生活、健康管理はもとより
場合によっては「恋の悩みのご相談!」にも乗っていた
ようで合宿所ではお父さんのように慕われていました。

タバコ屋は元々上山青年同様控えめな性格なので、夜
食事と入浴を済ませた後、春木のおっちゃんの部屋へ押
しかけたことは一度くらいしか記憶にありませんが、同期
や後輩の厚かましい連中は夜な夜な押しかけては未成
年の分際でウイスキーのサイダー割をおねだりしたり、
また昼間はカシミヤのもも引きで徘徊しているおっちゃん
も夜になるとたまには粋な着流し姿となり、くっ付き虫の
部員を連れて夜の香里園へ繰り出したと言う逸話を聞い
たことがあります。当然ながらタバコ屋は極めて控えめ
であり、そのような狼藉を働いた記憶はありません。
後日追加
香里体育ハウス17
上山、野尻両青年よりご指摘があり、特徴的なキャラに
は事欠かない春木のおっちゃんでしたが、すべてをまと
め直してみますと「オカマっぽいしぐさ、かつら、金の指
輪、カシミヤのもも引き、趣味の木目込み人形作り、ウイ
スキーのサイダー割り、夜の着流し」といったキーワード
で決まりではないかと思います。
(もっと詳しい内容は野尻君が投稿された長大なコメント
をご覧願います)
花の中三トリオ2
蛇足ながら一言申し添えますと、入浴と言うのは砂風呂
を意味しており、下級生にとっては先輩の入った後に入
るものなので、常に昼間の激しいトレーニングの後の砂
が浴槽に溜まった状態でした。当然ではありましたが、
女子組、花の3人トリオなどは入浴できる筈もなく、特権
としてオクルマ付きで香里園の銭湯へご通勤でした。

そんな面倒見の良い春木のおっちゃんも心を痛めていた
ことがありました。それは入部時はいつも50人以上入る
のにクラブ生活が始まり、特に強化合宿を経験すると部
員が大量に辞めて極端に減少してしまうことなんです。
香里体育ハウス11-1
管理人就任8年目に春木のおっちゃんが部誌WINKER
に寄稿された提言文を引用しますと「体育会のムード
が現代の学生気質に合わないのかよく考える必要があ
る。考えられることは、今に残る封建性と閉鎖性であり
それを取り除く事を望みます。厳しい中にもほんのりと
楽しさを味わえるクラブになるよう気を配り退部者を一
人でも少なくするよう努力願いたい。」
と述べられています。真理だとタバコ屋は思います。
夜の着流しは伊達ではありません。

長々と春木のおっちゃんのご紹介を致しましたが、合宿
中の食事の献立と主な調理指導はすべて春木のおっち
ゃんがしてくれていたように思います。「今日はオデンに
するから、これとこれを買って来なさい」といった調子で
出来上がるまで何かとさいきを焼いてくれるのです。
ちなみにタバコ屋が覚えているのはオデンとカレーなん
ですがそれ以外にもあれこれ作った筈なんですけど、
まったく覚えていません。何故だろう。
(上山センセ何作っていたか覚えていたら教えて下さい)
後日追加
やはり上山、野尻青年のご指摘にて、HOTEL KOORI
の定番メニューとして、オデンとカレー以外に、とんかつ、
釜飯、うどん、ハンバーグ、板ワサ、具なし味噌汁等々、
結構多彩なメニューを作っていたんですね。それにして
もタバコ屋は全く記憶がなく、得意技である丸投げを誰
かにしていたのかも知れません。ただはっきり覚えてい
るのは食事前には全員着座し「静粛!」「黙想!」「頂き
ます!」の儀式があったことでした。
(もっと詳しい内容は野尻君が投稿された長大なコメント
をご覧願います)
香里体育ハウス3
さて競技練習です。野尻青年が乗っているのは極めて珍
しい2シーターのランドローヴァーだと思うのですが、タバ
コ屋が現役当時はこのようなオクルマは存在せず、部誌
を拝見するとその後OBの方より寄贈されたもののようで
す。もともとファニーなボディスタイルにちょこんと顔を出し
ている野尻君がなんとも可笑しく笑ってしまいました。
(失礼)古きよき時代の一ページでしょう。
よくよく見ると、サイドウインドーガラスはスライド式?!
もう笑いを通り越して絶句です。
ランドローバー1
多分前から見るとこういうデザインのオクルマだと思いま
すが、ローヴァーはSUV大流行の今でこそその頂点に君
臨するプレステージSUVカーメーカーですが、元はと言え
ばイギリス・アーミー御用達の軍用車両メーカーであり、
武骨なオクルマばかり作っていました。それにしてもその
ローヴァーが自動車部の練習車とは・・・、マニアックです。
ただし、スペアタイヤが視界を遮り、練習にならないっち
ゅうの。
フィギュア
競技と言うのはフィギュア競技で、これも他の記事で詳
しくお話ししているので省略しますが、要するに運転免許
試験を3倍くらい難しくしたコースをいかにスムーズに早く
帰ってくるかという競技で、腕力、体力も要求されこれが
体育会である所以でもあります。
16071510.jpg
また競技のカテゴリーは小型乗用、普通乗用、小型貨物、
大型貨物、3種競技と多岐に亘りそれぞれ高度な運転ス
キルが要求され、しかもクローズドのコースで実施される
のでラリーのような事故の危険性も全くないため、タバコ
屋はこのフィギュア競技が今後も部活動の中心であるべ
きだと思います。
7月19日 (12)
たとえスピード競技でもダートであろうが舗装であろうが
完全にクローズドされたコース(例えばサーキット)で行
われるべきで、公道では如何なる私的な競技も行われ
るべきではありません。いやしくも大学の体育会自動車
部である以上、社会に対する責任と矜持が必要である
とタバコ屋は思っています。
香里体育ハウス7
血気盛りの若者が一つ屋根に1週間以上も過ごすので
すから、こういう場面はタバコ屋の時代も日常茶飯事で
した。野尻君がVサインをしているのが見て取れます。
ただ香里体育ハウスは他のクラブと共同使用のため、
合宿が重なることが多く、特にアメリカンフットボール部
とはしょっちゅう一緒でした。そのためこの写真のような
場面が消灯後に起こると問題となり、タバコ屋が1回生の
時にはアメリカンの連中がうるさいと言って襖を蹴破って
殴り込みに来たことがあります。乱闘になるかと思いまし
たが、双方の幹部のとりなしで事なきを得ました。
やれやれ。
香里体育ハウス15
もうすっかり忘れかかっていましたが、体育ハウスの向
かって右手にはガレージがあり、合宿中は整備等で使用
していました。正面奥のハッチバックリアゲートを開けて
いるのは野尻君のS30Zではないのでしょうか。
S30Z-2-1.jpg
忘れもしませんが、タバコ屋が卒業する時、大伴先輩か
ら大枚2万円で譲って頂き、同期の佐々木君と共有して
いた可愛らしいホワイトとライトブルーの2トーンに塗り分
けたHONDA-N360(通称Nコロ)をクラブに寄贈したので
すが、いよいよお別れで、最後に香里体育ハウスに出向
いた時このガレージに置かれていたのを覚えています。
その後このNコロは無残にも一期後輩で、仲の良かった
井村氏によっていたぶられることとなるのですが、井村氏
の名誉のためにあまり多くを語りますまい。
香里体育ハウス1
この写真は前々回の記事でお話しした一期後輩の小西
君のTOYOTA-S800の前で写したもので、左がおとなしく
控え目だった小西君、エンジンフードの上に無邪気にも
堂々と腰掛けているのは小西君と同期の上田君で彼の
飄々とした野生児の性格は今に始まったことではなく、
タバコ屋も泣かされたことが数知れずありました。
しかし残念なことに当時元気だった小西君は先年若くし
て天に召され、上田君は健在ながらもかつてのフサフサ
した頭髪は何処かへ消えていってしまいました。
DSC05827.jpg
この写真は5年前の平成24年10月に宝ヶ池のプリンス
ホテルでタバコ屋の一期後輩が同窓会をした時に単身
殴り込みを掛けた時のものです。中央の髪の薄いお方
が上の写真の上田君であると誰が信じてくれましょう。
尚その左は同じくずるむけ状態となった河合石油の御
曹司、河合君です。今は老人施設の理事長をされてい
るそうですが、ひょうきんでやや意味不明な言動は50年
前と全く変わりません。
蓮如2
余談ながら、上山青年と野尻青年という逸材を輩出した
北ノ庄、福井の地で親鸞の志を継ぎ、消滅しかかった
浄土真宗を再興した蓮如上人は5度の結婚をし、20人以
上の子を残したエネルギッシュな方で、織田信長、豊臣
秀吉が天下統一を目指す数十年前の時代に活躍した方
でした。その蓮如上人は有名な「御文章」と呼ばれる手
紙を残しそれが後年、門徒衆の半ばバイブルとして今日
まで伝えられました。
その中の有名な「白骨の章」という一文の中に、次のよう
な文章があります。
前略
「我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、遅
れ先立つ人は、元のしずく、末の露より繁しと言えり。
されば朝(あした)には紅顔ありて夕(ゆうべ)には白骨
となれる身なり

後略
まさにその通りですよね。タバコ屋を始め上山青年なんぞ
も頭がずるむけであろうがどうであろうが、元気で生かさ
れていることに感謝しなくてはなりません。婚活に於いて
も蓮如上人にあやかるべきで、それが成就するのであれ
ばツールとしてPORSCHEの1台や2台安いものです。
DSCN3286.jpg
どうでも良いことながら、先日倅の手伝いで松山市主催
の物産展に札幌東急に行ってきたのですが、宿泊の際
ホテルのエントランスにタバコ屋の赤いお嬢ちゃんの宿
敵であるPORSHEカイエンが威風堂々と停まっていまし
た。北の大地らしくつららがぶら下がっていましたけど。
香里体育ハウス16
さて懐かしの香里体育ハウスともお別れする時間が近付
いて来ました。この写真は推測ながらタバコ屋の一期後
輩の面々が卒業を間近にして香里体育ハウスグラウンド
で送別のセレモニーかなんかをやっているところでしょう
か。
正面には同志社大学自動車部が誇るマドンナKUMIこと
鈴木女史が愛くるしいポーズで写っています。これなら
夏目雅子ちゃんとも勝負出来ると思うんですが、どうな
んでしょう。彼女の口癖であった、特徴的な京女コトバ
である「早よ、しよし!」「そんなん、あかんえ!」とか言
われると野尻君なんかはそのはんなりした京コトバにう
っとりとして、わざと動作を鈍らせ、鈴木女史の次なる
叱咤激励のお言葉を待っていた「ふし」が伺えます。
だって野尻マー君の頭文字はMじゃないですか。

右にちらっと写っているのがカズ君こと奥村氏でその左
はかつて同志社大学自動車部女子部の栄光を担った
坪野女史だと思われます。彼女も高校時代バスケット
で鍛えたゴッツいオカラダの割にはオコトバはハンナリ
でした。「そんなん、いやや~!」とか、鼻に掛かって言
われると、ついその平常心が・・・。
IMG_1977.jpg
そのような彼女もご縁あって同期のキャプテン奥村氏
(通称カズ君)に見初められることとなり、遠く東広島の
地へお輿入れすることとなりました。広島男に京女の
すてきなカップルが誕生致しました。お輿入れに際して
は6トン車一杯の嫁入り道具を持って行かれたとか行か
なかったとか・・・。

写真はカズ君が3回生でタバコ屋が4回生の時一緒に行
った北海道遠征時のもので、左からフクちゃん、井村、
KUMI、カズ君ですが、この頃からAIが芽生えていたのか
も知れません。尚、この時の企画実行委員長はタバコ屋
が丸投げした井村氏だったのですが、その雄大かつ行き
当たりバッタリなプランにより散々な目に会ったことを申し
添えておきましょう。
(関連記事:今出川でのこと vol.3:地獄の北海道遠征
参照願います)
IMG_2285.jpg
尚、前の香里グラウンドでの写真には写っていませんが
同志社大学自動車部、花の3人トリオの一人だった福井
女史(通称フクちゃん)は京都の老舗のイトハンでもあっ
たので4回生になってからご両親がこのままだと嫁にも
行けんようになるとご心配され、泣く泣くクラブを去った
経緯がありますが、紆余曲折の後、現在はOB会で見事
に復活され活躍されています。

写真は今から4年前平成25年秋に実施された創部80周
年大会の準備のため役員会があった時のもので、キャ
プテンのカズ君こと奥村氏とご一緒に写したものです。
それにしても素敵なワンピースとブレザーをお召しです。
彼女はこう見えても現役の大学講師のセンセ!なんで
すよ。

余計なことながらそのカズ君もかつては紅顔の美青年
だった筈ですがご覧のとおりで卒業後は東広島市にご
奉職され、幹部としての激務がたたったのか、あるいは
京マドンナへの気遣いが過ぎたのか、近年大病を患い
生死の境をさまよいました。右に写っているタバコ屋の
同期のター坊こと井上氏も立て続けに御両親と愛妻を
亡くされ、ご苦労している筈なんですがその割には髪ふ
さふさで色艶も良く50年前とあまり変わっていません。
何故なんだろう?。
(関連記事:京都・静岡巡礼 vol.1:今出川慕情参照願
います)
北陸遠征2
蛇足ながら、現役時代のフクちゃんはその強大に発達
されたオカラダのある部分がトレーニング中やランニング
中に激しく上下バイブレーションを起こし、いつも練習が
一緒だったアメリカンフットボール部の連中の目がそちら
へ行ってしまい、練習にならなかったとつい最近人づて
に聞かされました。写真の左から3人目がフクちゃんで
当時流行っていたコッポリサンダルが何とも可愛らしい
ですよね。

さて今回は野尻君から頂いた懐かしい香里体育ハウス
の写真をもとに「D.U.A.C青春同窓会」を開催致しました
が、果たして読者の皆さんは楽しんで頂けたでしょうか。
ただ時は移り、懐かしの香里体育ハウスはその後取り
壊され現在は残っていません。50年近く前の香里での
出来事はまさしく「夢のまた夢」だった訳です。
DUAC同窓会3
最後になりましたが、未公開の写真をご披露してこの稿
を終えたいと思います。全関西をビビらせた往時の花の
3人組トリオ+三谷優子ちゃんです。ブラザーズフォアで
もないでしょうが「花はどこへ行った?」・・・のでしょうか。
3人組のLADYとは辛苦を共にしてきたので、感慨深い
ものがあり、年甲斐もなくウルウル寸前でしたが、意外
にも優子ちゃんとお話しすると「御仏かマリア様に抱か
れた」ような気分になるのが不思議でした。蛇足ながら
タバコ屋の場合は「髪はどこへ行った?」と自問したい
と思います。いずれにしても平成24年10月京都宝ヶ池
プリンスホテルに於ける「一期一会」の貴重なひと時で
ありました。

次回は野尻君の代の北海道遠征の模様をお伝えしよう
かとも思いましたが、写真ごとの場所や状況がわからな
いので、そのカケラを少し拾い集めてご紹介したいのと
野尻君の卒業後の愛車遍歴などを中心にご紹介して、
長かったこのシリーズをひとまず終えたいと思います。
お楽しみに。

コメント

No title

茶っす!
忘れないうちに書いときます。 蓮如が旅立ちの時に洞窟にかくまって世話をしたお婆さんとの別れの時に読んだ歌です。
「恋しくば南無阿弥陀仏と唱うべし、我も六字のうちにこそ住め」 
なんかわかりやすい感じで良いですね。 

時が流れると、人間も社会も変わってしまって面影もなくなってしまうと記憶と結びつかなくなってしまうのは残念ですし、面影を残せないのは人間が変わっているせいかも知れません。 パンタロンな人の面影はどういう角度から見ても現在には通じていませんね。 何事も強烈なイメージとか出来事や長時間の時空の共有がないと記憶も薄れていくもののようです。 野尻君の写真に写っている人達もほとんどは記憶がよみがえるのですが、やはり記憶がよみがえらない人もいるので、申し訳ないというか結構いい加減にクラブ活動していたのだなあと考えさせられました。
香里の強化合宿も結構きつかったから、それほどは覚えていないのも不思議です。 一階のレイアウトも記憶にないし、合宿の時の食事は、何を差し置いても「イタワサ」で、次にカレー、とんかつ、辺りまでしか思いつきません。 何故か「イタワサ」、イコール春木のおっちゃんに繋がります。 まさに写真そのままのイメージでで、
オカマっぽい、日本人形を自作していた、確か指輪をしていた、ももひき姿、 不思議な人だなあと思っていました。 今にして思えばたぶん複雑な人生で不本意のうちに香里体育ハウスの管理人をされていたんでしょうね。 
貴重な写真ばかりですが、パブリカスターレットは、富士吉田の合同合宿の時に夜に裏の林道を少しだけドリフトっっぽい乗り方をしてアクセルステアとはこんな感じなんだという経験をした記憶がよみがえります。 めちゃ扱いやすい車でした。 
もうこの車はどこを探しても無いでしょうし、同じように人もこの時代と同じにはなれないけど、記憶だけは当時にタイムスリップできることを証明してくれる貴重な画像です。
「花はどこへ行った」になぞらえると、「髪はどこへ行った」でしょうか。

ところで、チャンさんお気に入りのカイエンですが私はあのデザインは少しバランスが悪いと思っていて、むしろトウアレグの方がデザインバランスは良いのではないでしょうか? 北の大地には大自然と共存するようなガッシリしたデザインの方が良いとも思います。 野尻君が昔乗っていたランクルなんかは最高ですよ。


Re:偉大なる人たらし

拝復、ちわっすです。上山青年のコトバ遊びも板に付いてきたようで今度は「茶っす!」ですか、参りました。
ところで、蓮如上人はなかなかコトバの表現力が豊かな方だったようで「白骨の章」や上山青年ご紹介のおコトバを拝見すると、もともと頭で考えた(形而上の)フィクションである宗教をいかにも真実であるが如く直接心に響くコトバで巧みに表現し門徒の絶大なる信仰を勝ち得ていますよね。かつて政治の世界で秀吉がそうであったように蓮如も宗教の世界で偉大なる「人たらし」であったのかも知れません。そうでないと5人の女性と結婚し20人以上の子を残すことは出来ないと思います。ただそれは女たらしという意味ではなく、人間としての魅力に溢れたお方だったという意味です。

香里体育ハウスの上山青年のメモリアル拝見致しました。そうでしたか、お食事メニューの定番には板ワサとトンカツがあったんでしたね。春木のおっちゃんの印象についてはタバコ屋も同様で、オカマっぽいしぐさ、かつら、金の指輪、もも引き、木目込み人形、ウイスキーのサイダー割り、といったキーワードが決め手になるのではないでしょうか。

北の大地に似合うSUVとして上山青年はTOYOTAランクルとVWトゥアレグを提案されました。タバコ屋はランクルは嫌いですがトゥアレグはなかなか渋くてシンプルなデザインで好みです(特にコクピットがGOOD)。ただし両車ともかつての平尾センセのパジェロロングボディ同様、でかすぎてタバコ屋はやや腰が引けます。となると選択肢は同期の吉田(庄坪)氏ご愛用のVWティグアンしかないということになりますが、心情的には「腐ってもPORSCHE」というところでしょうか。

Re:追伸:意外な事実

ついでながら、PORSCHEといえば911を頂点とするスポーツカーメーカーのイメージですが、現在の売上及び利益の半分以上を稼ぎ出しているのは何とSUVのカイエンとマカンで、近年業績が絶好調なのもこの2車による貢献が大きいのです。かつての流行の最先端を行った「パンタロンな人」に言うのもおこがましいのですが、オクルマの世界に於いても流行と言うのは恐ろしいですよね。

香里体育ハウスのこと①

香里体育ハウスの内部構造は、平屋部分から入って右側に小窓があって受付のような設えがあり、右側全体が春木さんの居住区域でした。左側には厨房があって、突き当たりは足洗い場兼洗濯場。その左隣が浴場。右側には男女兼用のトイレがありました。女子部員が合宿に参加する事は想定外だったようです。  
2階建て部分の左側通路に進むと右側が食堂兼自習室。左側の部屋には余り記憶がないのですが、器具室だったように思います。
2階に上がると、突き当たりは開かずの間で鍵が掛かっていました。首吊り自殺した幽霊が出るんだと言われて前を通る時に嫌な気分になったのですが、春木さんに聞いても教えてくれなかった…。春木さんと一緒に入ったことがあり、単なる物置だったような気がします。
2階には右側に3部屋、左側に3部屋あり1番奥の部屋は女子部員の部屋でここは大奥なので我々は立ち入り禁止でしたが、反対側は4回生の部屋でここは叱られる時に呼び出される部屋でした。3回生の部屋にもお呼び出しがあってここに呼ばれると長~い説教をくらっていました。2回生は隣の部屋だったのですが、理不尽なことで叱られると1回生も黙っていられないので、部屋の前を一人で通る2回生を部屋の中に引きずり込んでは、ぼこぼこの布団蒸しにして溜飲を下げていました。何と言っても1回生の数の力でした。

香里体育ハウスのこと②

 食事は、春木さんの指導、監督の下で作っていました。何と言っても予算がなかったので粗食でしたね。献立は、釜飯、釜飯の素を使うのですが、説明書に書いてある人数分の倍くらいの米で作るので醤油を足して調味していました。板わさ(蒲鉾だけ)、こおろぎ飯(キャベツだけ)という質素を通り越したものから、定番の肉なしカレーライスや素うどん。ハンバーグを作るときは、上級生の分だけ洗濯に使う大きなタライを使って、足で踏んでこねていました。終わると、足がピカピカになっていました。当然、自分達の分は丁寧に清潔に作っていましたね。試合の前日はとんかつでしたね。味噌汁はしゃばしゃばで具なしでしたが、猫まんまにする必需品でした。野村先輩から差し入れで頂いた佃煮は嬉しかったですね~。
こんな食生活でしたから、娑婆の空気を吸える香里園のダイエーへの買出し当番は楽しみでした。また、夜中に抜け出して買い食いに行きましたね。夜の買い食いツァーは、夕食後の遅い時間にグランドの一番隅に置いておいた個人車を3~4人がかりでエンジンをかけずに押して行ってグランドから坂道にさしかかると、皆で乗り込み下まで降りるとエンジンをかけて出かけるのです。コンビニなんてない時代ですから専らミスタードーナツでしたね。
問題は帰りで、坂の手前までフルスピードで走り、エンジンとヘッドライトを切って惰性で坂を上るのですが、登り切れない時があって、皆で坂道を押して上がりましたね~。その坂の右側は鬱蒼とした溜め池があって、何度も落ちそうになりました。

香里体育ハウスのこと③

 香里体育ハウスを使っていたのは、航空部とアメフトでした。野球は岩倉だったと思います。
トレーニングは、早朝向こうの丘の上にある仏舎利塔までのランニングをして朝食。腕立て伏せや据え切り(停車したクルマのステアリングを左右にロックからロックまで切る繰り返し)、後は洗車をしたり、ジムカーナ、部内ラリーもやっていました。試合前は専らフィギュア練習に明け暮れていました。
立派なガレージがあって整備用に地上から掘り下げてあって、ジャックアップしなくても良いようになっていましたが、水が溜まっていたのを覚えています。
そのガレージにあったクルマで印象に残っているのは、カルマンギァクーペですね。丸っこい車体が綺麗でした。本田のS600もありましたね。これは動きましたので香里のグランドでジムカーナに使っていました。

香里体育ハウスのこと④

 春木さんとは、ダイエーの買出しに一緒に行ったりしていましたし、夜になると部屋に押しかけてウィスキーをご馳走になったりしていました。機嫌が良い時には、香里園の「さと」という和食屋さんに食事に行きましたよ。いつも河豚を奢ってくれたのですが、とても美味しかった記憶があります。
木目込み人形を作っていましたが、とても上手で副業にしていたのかな…。確か春木さんはズラ(かつら)だったと思うのですが…。よく叱られたけれど、物事をよく教えてもらいました。どういう経緯で職員になったのでしょうね。
やはり「オペラ座の怪人」でしょうか…。

No title

ちわっ!
人たらしは天賦の才能なので、簡単に身に付くものではないですから、生まれつき持っている人は羨ましいです。私もせめて10人くらいは・・・・と思ってしまいます。 ユ-ミンも自分を含めて才能のあるミュージシャンは皆人たらしだとラジオ番組で言ってましたよ。

流行というのはポリシーを持たない多くの人々が、皆が良いといているから良いんだと思い込んで形成される的なところがあります。
都会でSUVは必要ないし邪魔でもあるし、皆が同じ嗜好というのもどうかと思うのですが。 SUVにダウンサス入れたり超扁平タイヤ履いたりと訳の分からない乗り方してる人も結構いますよー。
そもそもポルシェがSUVを作るなら、911のイメージは一切感じさせない全然別のメーカーが作ったとしか思えないような本格的なSUVを作るべきです。 高速道をかっ飛ばすスピードは必要ないです。 結局買う側がポルシェのブランドネームが欲しいだけだと思うんですが。 なんでもかんでも他のメーカーの客を奪い取ろうとする(あるいは規模を小さくしたくない)資本主義の欠陥とつながっている部分がありますね。
猫も杓子もSUVという流れは高級メーカーだけと違います?
大きさに関しては、北海道は本州と感覚が違うようで、 山道も広いので大型SUVが大きいとは思わないそうなので、北海道以外は道が狭くてせせこましい道路事情だということでしょう。 
日本は道路と車のアンバランスがひどくなりつつあると経済産業省も国土交通省も思っていないのでは。

Re:オペラ座の怪人のこと

野尻君、島のタバコ屋手帳開設以来、空前絶後過去最大級のコメント速射砲攻撃を頂戴しまして、タバコ屋はバルチック艦隊のロジェストウィンスキー提督のごとく呆然と立ち尽くしています。しかしまあ40年前のことをよく覚えていらっしゃったもので、同志社大学自動車部OB会の貴重な財産となることでしょう。これが寝た子を起こすことになり、他のOB諸氏もこの日本海海戦にご参戦頂けると望外の喜びとはなりますが、さて。特に東広島市在住の某OB氏には是非オコトバを賜りたいところです。

Re:過激なるパンタロン氏

拝復、ちわっすです。
またもや上山青年より「SUV都会不要論」という新理論を発表頂きました。同志社大学大学院教授の浜矩子女史も我が意を得たりとご賛同頂けそうな内容です。しかし現実は高級であろうが大衆向けであろうが世界中のメーカーが血眼になってSUVを開発中であり、PORSCHEなんかは儲けの大半をそれで賄っている事実にはもう沈黙せざるを得ないのです。

タバコ屋としてはせめてもの抵抗としてダウンサイジングされた普段着用のSUV、それも10年落ちくらいの安価なオクルマをセカンドカーとして求めたいと思っています。ああ40才台の鼻息は頭髪と共にどこへ消えていってしまったんだろう。

No title

さらなる茶話っす!
まあベントレーもジャガーもマセラッティもSUVをラインアップに加えることにご執心という時世ですもんねー。

オンデマンド型のAWDなんかでお茶を濁されないことを祈ります。
ティグアンなんかの4motionはオンデマンド型のHALDEXベース、audiの小型車のエンジン横置きの車種はやはりhaldexベースのオンデマンド型のquatroなんで 本格的でないSUVってなんだろう? 紛らわしいからオンデマンド型はquatroとは別の名称にすべきですが、メーカーもブランドを利用したいのが見え見えです。 何も知らないドライバーはフルタイムと勘違いするでしょうに。 まあそれがメーカーの目論見でもあるんでしょうけど。

せめてドライバーの意思で4WDにできるようにしてもらいたいもんです。

Re:パンタロン氏の怒り

拝復、ちわっすです。
普段からマニアックで誠実さが売り物のVOLVOにお乗りの上山青年としては昨今のSUVブームに乗じてチャラチャラしたニセモノ4WDが、売らんかなの掛け声のもとに横行しているのが腹立たしいのでしょう。タバコ屋はメカオンチにて上山青年の発する専門用語が理解出来ていないのですが、昔は2WDと4WDがドライバーの意思で自由に切り替えられるパートタイム4WDが主流だったと思うのですが、AUDIがクワトロなんてこじゃれたネーミングのフルタイム4WDを流行らせたために世界中のメーカーが右へならえとなり、今度はオンデマンド4WDですか。タバコ屋得意のコンピューター丸投げ、お任せシステムとでも言いますか、それはそれで流行りものなんでしょうけど・・・。

タバコ屋なんかは毎日急傾斜の細い山道を2シーターのSUZUKIキャリーで防除用の重いタンク(500kgぐらい)と動噴エンジンを積んであくせく往復している訳で、もう4WDなんて必需品もいいとこなんですが、やはりシンプルなパートタイム4WDがベストだと思うんです。あ、やばいと思ったらレバー一つで頼もしい戦車に早変わりしてくれるんですから。以前2WDのトラックを短期間使ったこともありましたが、立ち往生で畑から帰還出来なかったことが何度かありました。

上山よ、腹は立つでしょうよ、浜教授もユニクロの柳井なんか国賊や、アホノミクスや!とか怒鳴り散らしてますし。そんな時は「腹立てば南無阿弥陀仏と唱うべし、我も六字のうちにこそ住め」のオコトバを思い出して下さい。「南無阿弥陀仏」が「南無妙法蓮華経」でも一向にかまわないとタバコ屋は思います。何故かと申しますと、どちらもかつてのNIPPONの秀才がアタマ(形而上)で考えたことなんですから、所詮はフィクションです。ただし後者の場合は7文字となりますよ。

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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
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