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福井巡礼 vol.8:北ノ庄の夜は更けて

平成29年8月19日
迷宮(ラビリンス)をやっとの思いで脱出した巡礼団4人
衆は、次の目的地、東尋坊へと向かったのでしたが、
そこは気配りの人野尻君の粋な計らいにて、ご一行は
迷宮見物でさぞかし腹を空かせたであろうという思いや
りのもと、途中の海岸に面した彼のお友達の店「釣」とい
う海辺のレストランでしばし休憩ということになりました。
その場でお聞きしたところ、ここのご主人は「立っちゃん」
即ち立命館大学のご出身にて、タバコ屋も大学自動車
部当時は随分仲良くしていた大学ゆえすぐに親近感が
湧いた次第です。どうも福井というのは織豊の時代から
京都との交流が盛んで京大、同志社、立命館とのご縁
は相当深そうな印象を受けました。
DSCN3641-1.jpg
想定外なことに、普通おやつタイムの時間ながら、彼が
用意してくれていたのはご飯タイムのメニューでした。
カメラマニアの平尾センセは例によってゴッツイNIKON
の一眼レフカメラをご携帯です。テーブルにはこれまた
野尻君が地元のお友達の蔵元から調達して来たラベル
なしのマニアックな地酒(甘口、辛口2種)が用意されて
いました。この手のドリンクが嫌いではないタバコ屋は
おいしく頂いたのでしたが、東尋坊に行く前から酔っ払
ってしまうという事態になりました。
DSCN3638-1.jpg
おやつとは到底言い難い、贅沢な地元の海の幸を頬ば
った一行ですが、またもや野尻君の気配りによりご飯は
ごく少量の控えめでした。しかしタバコ屋は食べ切れませ
んでした。かつて香里の合宿所ではご飯は何度もおかわ
りした筈なんですけど、何故だろう。
DSCN3645.jpg
ご先達の平尾センセは校長時代に何度もこの方面には
お子達を連れて修学旅行に来たらしく、途中海岸沿いの
かつて宿泊した国民宿舎に立ち寄ったりした後、あっけな
く東尋坊に到着です。東尋坊に横文字は似合わないと思
うのですが、CAFEなんてこじゃれた看板がありました。
北海道遠征37
突然の写真で恐縮ながらこれは今から45年も前の東尋
坊付近でのお写真です。恥ずかしながら何やらクドクドと
前で喋っているのがタバコ屋で、もう忘却の彼方に消えて
しまったものの「おまえらな~、もうすぐ京都なんやから、
気を抜かんと、同志社大学自動車部のプライドを持って
運転せないかんぞ~」なんてことを言っていたのではない
かと推察致します。

聞く側から申しますと前列右端は京都洛北の元マドンナ
S嬢でかつて野尻君を悩殺したという殺し文句「あんたら、
早よ、しよし!」と言う名フレーズを発明したお嬢さんです。
お二人目は京都三条麩屋町の老舗のいとはん「福ちゃ
ん」ことF嬢です。彼女はその天性のふくよかな上半身の
ある部分の悩ましさにより自動車部はもとよりアメリカン
フットボール部に至るまで練習に身が入らないほどの
悩ましき魅力」を発散した張本人です。残念な事にタバ
コ屋はオクテだったためにその魅力に気付かずにあたら
青春を無駄に過ごしてしまったのでした。

そのお二人なんですが、察するにチャンタさんもつまらな
いことクドクド言わんと早よ~やめてくれはらへんやろか、
私らトイレ行きたいんやけど・・・。

余談ながら、ここだけの話しとしてそのS嬢には今でもタバ
コ屋のトラウマとなっているある出来事があるんです。
北陸遠征の途中だったと思うのですが、自動車部恒例
の抜き打ちランニング訓練において、S嬢が若き女性特
有のある生理現象中だったにもかかわらず、何も知らな
いタバコ屋は「今からマイクロバス降りて、迎えの車が停
まっているところまで走って来い!」と言ってしまったので
す。S嬢は泣く泣く走ったそうなんですが、ばかなことをし
てしまったと後で悔やんだタバコ屋なれど、もう手遅れで
すよね。それ以来、清張の「砂の器」でもないですけど、
S嬢に対し消し難き業を背負ってしまったタバコ屋でした。
もう地獄の業火に焼かれるしかないんだろうか・・・。
DSCN3655.jpg
東尋坊のはしょり訪問も終え、一行は福井市内へと戻り
ました。今晩のお宿は福井城祉そばのアネックスホテル
でお堀に面して福井城の石垣を眺められる野尻君お気
に入りのおすすめホテルです。

尤も、4人衆の一人福井出身の上山青年によるとこの福
井城祉が気に入らないそうで、歴史を辿れば家康の次男
である結城秀康が北ノ庄の藩主となり松平を名乗り、やが
て北ノ庄城(福井城)が築城されて以来、焼失するまでは
福井のシンボル(ランドマーク)であった訳で、その跡地
にこともあろうに県庁や県警本部など行政の施設を建て
るとはけしからんと憤慨するのです。彼によれば跡地に
は天守閣を再建すべきで、そうすることで福井の歴史文
化が保たれ、観光客もより多く見込めるということでした。
IMG_4385.jpg
福井藩とは近い親戚関係だった我が松山藩は幸い松山
城が焼失せずに残り、その優美な姿を後世に伝えていま
すが、上山青年に言わせれば松山がうらやましいとのこと
です。ま、隣の庭はきれいに見えるものでありまして・・・。
DSCN3660.jpg
さて、ホテルで一休みしたあと野尻君のご先導でお食事
会をということで福井駅前を目指します。
DSCN3663.jpg
福井駅には凄いものがありました。まるでジュラシックパ
ークです。さすが恐竜の街で、これ以外にもいろんな恐
竜の模型が並べられていました。上山青年の仰るように
これに福井城天守閣が加われば有数の観光都市になり
得ると思います。
DSCN3672.jpg
今では珍しくなりつつある路面電車がこの福井の地にも
走っていました。因果関係はないんでしょうが福井とは親
戚だった我が松山にも路面電車が走っています。
DSC_3187.jpg
地下鉄のない松山では路面電車とバスが市民の貴重な
足になっており近年は漱石にちなんだ「坊ちゃん列車」
を走らせたりして観光客を楽しませています。
DSC_3253.jpg
ただしこれは外観だけのレプリカで、実際の駆動はスチ
ームエンジンではなくディーゼルです。
左大文字-1
ところでこのお写真はどこの路面電車でしょうか。ヒント
がありすぎてもうバレバレですよね。山の中腹に大の字
があるということは京都の路面電車ですよね。

ネタを明かしますと、写真マニアの平尾センセより頂いた
恐らく昭和40年代中頃の懐かしい写真なんですが、恥ず
かしながら当時ジドーシャ部に所属していたタバコ屋は
この便利な路面電車を利用することがほとんどなく、帰省
時に京都駅まで行く時ぐらいしか乗った記憶があまりない
のです。やがて京都も路面電車が廃止となり、ズバリこの
型式の車両は現在松山市や広島市の路面電車としてそ
の余生を過ごしています。
DSC_0116-1.jpg
写真はこれまた平尾センセの撮影した広島市内の路面
電車ですがズバリ京都市電のお下がりですよね。
ちなみに日本で初めて路面電車が走ったのはどこの街
かご存知ですか、それは意外な事に京都市なんです。
明治28年(1895年)のことでした。
DSCN3677.jpg
またしても野尻君の気配りにて、北ノ庄ゆかりのお市の
方、及びそのお嬢さん方である、茶々、お初、お江の三
姉妹の銅像が佇む場所へ案内されました。柴田勝家公
が統治していた時代にはこの場所に北ノ庄城の天守閣
があったそうで、福井の街の原点ともいえる場所ですよ
ね。勝家公とお市の方の悲劇、及びそのお子達の波乱
の人生については小説やTVドラマで何度も取り上げら
れているので今回ははしょることに致します。
IMG_2484.jpg
さていよいよ今晩のお食事会場である居酒屋「わらび」
に到着です。福井のおいしい酒と肴で昔話に花が咲き
盛り上がったのは良かったのですが、野尻君が香里合
宿時代を懐かしみ、かつて悩殺されたS嬢と一目ならぬ
一言お言葉を交わしたいなどと言うものですから、タバコ
屋も不憫に思いS嬢のところ即ちご主人の和君こと奥村
氏にTELするハメになりました。S嬢は快く電話に出て頂
いたのですが、その後は野尻君との秘密の長電話とな
り何を話したのかわかりません。タバコ屋としてはせっか
くのお料理が冷めるので、野尻君に「早よ、しよし!」と
言いたい心境でした。

話しもお腹も満腹になったところで、野尻君の次なるプレ
ゼンテーションが行われました。近くに美人のママが経
営する会員制クラブがあるのでそこへ行きませんかと
仰るので、一同ついていくことにしました。しばらく福井
城祉のお堀端に沿って歩いたのですが、繁華街とは離
れて行くようでややおかしいなとは思いました。やがて
とある一軒の豪邸の前に到着しました。クラシカルなの
かモダンなのかトラディショナルなのかアバンギャルドな
のかよく分からないウッドを多用した豪邸でした。

不思議に思いつつラウンジ(お座敷)に通されたのでし
たがそこでやっと気が付きました。なんやここ野尻君の
ご自宅やんか!、ハメられたとは思ったものの後の祭り
でその後確かに美人のママ(奥様)がご挨拶に見えられ
三つ指つかれたのにはやや当惑しました。
IMG_2485.jpg
結局二次席は野尻君のご自宅でということで、高価な
ブドー酒の肴にはご当地名産の小さなイカ(ホタルイカ
?)の酢味噌合わせが出てきました。同行2人衆はおい
しく頂いたのですが、タバコ屋は島育ちにも拘らず生の
イカを食べると何故かトイレ直行現象を起こすのでご辞
退しブドー酒のみと致しました。

彼の粋な計らいでそこには自動車部当時のアルバムや
部誌「ウインカー」のバックナンバーが用意されており、
3月下旬とは言え、肌寒い福井の夜の更けるまで飽きも
せず、当時の思い出や今後のOB会のあり方等を語り合
ったのでした。

当初は平尾センセとタバコ屋がアオリ役でOB会のことや
らかなりアオッたつもりですが、途中からは野尻君の方
が積極的にあれこれアオッて来るようになり、イカづくし
の今回の旅で彼の学術名を正式に「越前アオリイカ殿
と命名し、一方アオリの世界ではすでに定評のある平尾
センセの学術名を「アオリイカ大魔王」と命名することに
致しました。上山青年についてはかねてよりそのアピアラ
ンスの特徴から「梅田のユル・ブリンナー」というお名前が
付いているので今更必要ないでしょう。

尽きない話に一応の区切りをつけ明日の「恐竜博物館」
見学に備えて野尻君宅を辞した3人衆でした。その後、
ホテルに帰った後、タバコ屋にはとんでもない事件が待
ち構えていましたが紙数も尽きたようですので、詳しいお
話は次回の記事にてお話致します。お楽しみに。

コメント

No title

チャンタクロースさん「北ノ庄の夜は更けて」の記事、立ち読みしました。黄門様御一行のお忍び福井旅、美味しい味処、美味い地酒、いいですね。羨ましいです。写真のエビ定食?いいね。野尻城主はエビに限らずご老公の好みをよく御存知で良い処を案内されていると思います。
 
東尋坊の写真が懐かしいです。腰に手を当てて説教タレているアンちゃんはチャンさんですね。京都の元マドンナS嬢さんは80周年大会で再会しましたが45年前と変わっていなかったと思います。いとはんF 嬢は近年大病をされ、体型がすっかり変わっていたと思います。黄門様は福井城にからんで地元愛媛PRのため松山城を登場させるなど、さすが松山藩の出城(中島城)の城主様?ですね!。
 
また福井駅前の3人連れは「ダフ屋」のおっさんみたいです。自分の元ケイサツの経験から申しますと、地元警察に職務質問されますよ。さらに路面電車にまつわる写真入りの内容いいですね。京都、松山、広島と話しが広がり勉強になりました。でも今では路面電車自体、走っている街が少なく絶滅希少品種ですよね。
 
居酒屋「わらび」での4人衆の会話で40数年前の「早よ、しよし!」の思い出話が発端で、それを黄門様が取り持った等いい話ですね!。最後のシメは福井城別邸天守閣での酒盛りいいですね。話もOB 会の内容で盛り上がったことと思います。また野尻君は「越前アオリイカ殿」、平尾センセは「アオリイカ大魔王」、上山君は「梅田のユル・ブリンナー」とのこと、チャンタクロースさんも「悪よのう~」。以上福井漫遊記、楽しく読みました。

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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
◆◆島のタバコ屋メニュー◆◆
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