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福井巡礼 vol.9:出会いと別れ

平成29年9月3日
福井巡礼初日はあっという間に終わったものの、記事
においては8編を要することとなり、その中身はと言うと
日本自動車博物館のオクルマに関することがかなりの
部分を占め、タバコ屋のお好きなカテゴリーとは言え、
ちと度が過ぎたようにも思います。
DSCN3679.jpg
さて、初日の夜も更け3人衆各自ホテルの部屋でご就寝
となった訳ですが、前回記事で予告したように、深夜とん
でもない事件が起こりました。その事件とはまずこむら返
りで足が引きつり、その痛みで深夜飛び起きてしまったこ
とです。別に勝家公の怨念でもあるまいに、しばらく部屋
でストレッチしたりして痛みはなんとか治まりました。しか
しそれから程なく午前3時過ぎだったでしょうか、突然左
胸の腕の付け根あたりが鈍く重い痛みに襲われました。
別に重いものを持った訳でもないのに何故だろうと思い、
水を飲んだり部屋の中をうろついたりしましたが、中々
収まりません。よっぽど隣室の平尾センセを呼ぼうと思
ったりもしましたが、彼も何でも出来るスーパーマンなが
らドクターではないのでご迷惑だと思い、辛抱していると
やっと収まったので事なきを得ました。尤も、かつて若か
った彼も今では高齢者の仲間入りで午前4時頃には目が
覚め、福井城祉のお堀端を散歩でうろついていたそうで
すので声を掛ければ良かったのでしたが・・・。

後日談として、タバコ屋は島に帰った後、再び深夜に同
様の痛みに襲われ島の病院でドクターに相談したところ、
「多分、このままですと今晩死ぬかも知れません」などと
言う物騒なことを宣告され、慌てて松山の総合病院で再
検査したところ、同様の診断結果にて即、心臓のカテー
テル手術となりました。病名は初期の「狭心症」でした。
狭心症1
つい最近まで心臓手術と言えば胸をかっさばいて行う恐
ろしい大手術というイメージがありましたが、タバコ屋が
受けた手術は手首の付け根から細い管を血管に挿入し、
それを心臓まで送ってつまりかけた血管を風船と呼ばれ
る拡張器で膨らませ、再びしぼまないようステントと言う
金属メッシュの管を挿入するというハイテク手術で、今で
はあたりまえの手術となっているそうです。万博世代の
タバコ屋にしてみれば「すごい」の一言に尽きるのですが
レオナルド・ダビンチもビックリポンの急速な医学(医術)
の進歩には驚かされますよね。
レオナルド・ダビンチ2
余談ながら、術後タバコ屋は生まれて初めてICU(集中
治療室)なるところを経験しました。とにかくかみさんに
も知らせずに来たものですから完全看護は有難かった
のですが、尾篭な話しながら尿意を催した時が困りまし
た。絶対安静にてトイレに行くのが禁止!なのです。従
ってベッドの上でYARUしか選択肢はありませんでした。
ナース1-1
うら若き(多分25才前後の)ナースが、ご自分で出来なけ
れば私が尿瓶(しびん)をそっとあてがって差し上げます
よと優しく囁いては頂いたものの、奥ゆかしいタバコ屋と
してはLADYの介添えで堂々と放水する勇気はありませ
んでした。結局ドクターから特別許可を得てベッドのそば
で一人で立って放水作業をすることで事なきを得ました。
スッキリ!。
DSCN4026.jpg
術後の後日談として、手術の翌日ドクターに退院したい
旨申し入れたのですが、いくら手術が簡略化されたとは
言え、翌日退院した患者は今まで皆無だそうで数日は
静養して退院されては如何ですかと勧められましたが、
翌日には倅、若嫁、初孫と一緒に花見の食事を約束し
ていたので、可愛らしいナースには後ろ髪を引かれつつ、
一方的に退院することにしました。結構無茶なおっさん
ですよね。
ミクロの決死圏1
遠い昔の記憶ながらタバコ屋が高校1年生だった昭和41
年(1966年)に「ミクロの決死圏」というSF映画が封切ら
れました。ストーリーは荒唐無稽なもので近未来に物質
をミクロ化する技術が実現されたのですが、ミクロ化は1
時間が限界でそれを越えると元に戻ってしまうのです。
アメリカはこの限界を克服する技術を開発した東側の科
学者を亡命させるものの、敵側の襲撃を受け科学者は
脳内出血を起こし意識不明となりました。科学者の命を
救うには、医療チームを乗せた潜航艇をミクロ化して体
内に注入し、脳の内部から治療するしかないのです。
はたして1時間のタイムリミット内で、チームは任務を遂
行し体内から脱出出来るのか・・・と言うアクションSF映
画でした。
ラクエルウエルチ1
タバコ屋の記憶に残っているのはその奇想天外なストー
リーもさることながら、体内に潜り込む決死隊の一員だ
った肉体派女優のラクエル・ウエルチでした。名前から
してもうムチムチしていますよね。
ラクエルウエルチ6
ここだけの話ながら、タバコ屋の1期後輩で京都の老舗
和紙店のいとはんF嬢はウエルチと互角のプロポ-ショ
ンにて合宿中の男子部員を随分悩ませたと聞き及んで
います。

今回の手術に際しふと昔の映画を思い出したタバコ屋
でしたがもしナースがこのようなお姉さんだったとしたら、
翌日退院するようなバカなまねはしなかったと思います。
DSCN3680.jpg
さて長い前置きとなりましたが、福井巡礼2日目はまず
地元野尻君の経営する野尻コンクリート工業を表敬訪
問することにしました。彼の会社は道路に使うコンクリー
ト製のU字溝やその蓋、取水マスあるいは山間部の土
止め用ブロックやその他建築現場で使用するあらゆる
コンクリートパーツを作っている会社で、福井県でも有
数もしくはトップ企業だとお見受けしました。

ついでながら、彼は県内外で交流が広く近々福井葵ライ
オンズクラブの会長を拝命されるとのことで、多忙に輪を
かけることになると推察致します。
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梅田のブリンナーこと上山青年が一期後輩の野尻君と
何やら話し込んでいるようですが、察するに「野尻よ、
すまんがこの車止めブロック1セット分けてくれんやろか、
俺近々BMWの4WD買うんやけど、マンションの車止め
壊れてるんや」とか・・・。
DSCN3684.jpg
アオリ大魔王こと平尾センセはと言うと、察するに「いや
実は京都府庁横の俺んとこの事務所もな~元中学校の
再利用なんやけど、取水マスがあちこち壊れてんねん、
野尻よ、すまんけど見積り貰えへんやろか」とか・・・。
DSCN3687.jpg
以前野尻君の青春オデッセイアの記事でご紹介をしたこ
ともある懐かしのご実家です。昭和40年代は日本国中ど
こも新築と言えばこのようなデザインの家でした。ショウ
バイ道具が所狭しと置かれていますが、その脇には朽ち
果てつつあると思われるかなりクラシカルな年式の軽四
バンが止まっていました。何故ここにあるんだろう?。
ちなみに当時の三種の神器は3C即ちカラーTV・マイカ
ー・クーラーでしたよね。エアコンなんてずっと後のお話
です。
DSCN3686.jpg
朝日を背に受けて本社ビルをパチリ、この建物はもとよ
り美人ママ(奥様)の住む豪邸もすべて彼の設計だと言
いますから、ちょっと職業間違えたかも知れませんよね。

ちなみに島のタバコ屋は他の人の仕事を奪ってはいか
ん!という固い信念のもと、今まで行った数々の投資
(店舗等)をはじめ、古いオクルマのレストアに至るまで
すべて丸投げを徹底してきたため、いつしか人知れず
島の丸投げ王」と呼ばれるようになったとか。
DSCN3704.jpg
さて巡礼団4人衆は本日の最初の目的地「恐竜博物館」
に到着です。お出迎えは恐竜のモニュメントでしたが、そ
の近くにはオクルマ業界の恐竜であるTOYOTA・FJクル
ーザーが停まっていました。とにかくデカイです。パワー
、トルク、図体、どれを取っても恐竜並みです。

蛇足ながら、同行の平尾センセもつい最近までこれと同
等のパジェロ4ドア・ロングボディなる獰猛な恐竜を飼育
されていましたが、恐竜時代の終わりを悟られて泣く泣く
手放されたという噂です。
DSCN3694.jpg
巨大なエントランスの吹き抜けを下り、いよいよ恐竜の
ご遺骨?の展示場へと向かいますが、エスカレーターを
降下中の野尻君と上山君はお線香とお数珠は持ってな
いようです。
DSCN3699.jpg
ありました。ありました。皆さんよくご存知のように恐竜
は中世代と呼ばれる今から2億年前という気が遠くなる
ような昔の時代に生息繁栄したイキモノなんですが、そ
れでも地球の誕生が45億年前だそうですのでそれから
見ればごく最近ということにはなりますよね。
DSC_3991-1.jpg
その中世代でも後半の白亜紀と呼ばれる1億年前前後
が最も栄えたらしく写真のティラノサウルスやステゴサウ
ルス等我々になじみの深い恐竜が王者としてのし歩い
ていたようですが、当時は我々人類の祖先である哺乳
類なんていうのは今で言えばアリンコ程度の存在で、
恐竜様の天下が長く続いたのでした。しかしある日突然
大異変が・・・、その後のことは皆さんよくご存知なので
申し上げるまでもないのですが、当時「奢る平家は久し
からず」なんて諺はなかったものの同じことが起こった
訳でして。
DSC_4015.jpg
とても短時間では見学しきれないご遺骨の数々を前に
野尻君とタバコ屋は1億年前の地球に思いを馳せたの
ですが、架空の会話ながら「野尻君、こんなんにガブッ
とやられたら一たまりもないやろな」親鸞、蓮如ゆかり
の地、福井の人である野尻君は「チャンさん、そんな時
はもう南無阿弥陀仏と唱えてお浄土へお参りする覚悟
を決めるしかないでしょうね」
DSC_3988-1.jpg
見学を終えた島の丸投げ王は恐竜博士と仲良く記念撮
影となりました。「おぬしも福井のために励まれよ」とか
言葉を掛けたのかどうか忘れましたけど。
DSC_4021.jpg
恐竜の聖地から下山途中、立山連峰を背後に望む白
山勝山スキー場に立ち寄りました。3月下旬とはいえ雪
深い景色は南国中島では考えられない異国の風景でし
た。みやげ好きのタバコ屋は、先般札幌東急百貨店で
催事をしたばかりでしたが、同じ東急の経営するリゾー
トホテルでお土産に白山ワインを買い込みました。誰に
差し上げるのかと申しますと、札幌の帰り際に催事を
手伝って頂いたマネキンのおばさん方にワインを送る
約束をしていたのを思い出したのでした。
DSC_4031.jpg
今回の巡礼テーマは教育者である平尾センセの発案で
おもに科学に関する施設を訪問しましたが、地元野尻君
にしてみればまだまだご案内したい場所は沢山あったと
思います。時間もないのでそこらは素通りということにな
りました。写真は鎌倉時代、親鸞や日蓮などと同じく当
時の国立大学であった比叡山延暦寺の古臭くカビの生
えたような教義内容に失望した道元が創業した曹洞宗
の総本山である「永平寺」山門で、代表的な禅宗寺院と
して有名ですよね。
20150602_1646441-1.jpg
いささか古い話しで恐縮ながら、今から35年程前タバコ
屋が30才前半の頃、業界雑誌「商業界」の主幹倉本師
が主催する後継者育成グループに参画していた時期が
ありました。内容は経営コンサルタントを中心とする各
界有識者の講義と合宿実習や社会見学でした。1年間
のコースで延べ12回に亘ったのでしたが多感な時期で
もあり、後の経営観に随分影響を受けたと思います。
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そのセミナーの一環で東京西麻布にある永平寺別院
で数日間体験入山をしたことがあったのです。内容は
もう忘れてしまいましたが午前3時に起床し、洗面、極
めて清楚な朝食のあと座禅、清掃、講義、再び座禅と
いったようなもので、夜は8時か9時頃?にはもう消灯
だったように思います。印象的だったのは食事で一汁
一菜とかいった極めて清楚なメニューはもとより後始
末はたくあんで器をふき取りそれを食べ、最後はフキ
ンのようなものでキレイにしてから箱膳にしまい込む
というやり方で、究極の簡素化、合理化を感じました。
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また、座禅以外はお掃除がおもな日課で、皆がそれを
やるので、建物やそのまわりは古いながらもいつもピカ
ピカの状態が保たれる訳です。タバコ屋がいつも申し上
げているカンキョーセイビの究極の姿がそこにありまし
た。

ここだけの話しながら、数年前、自動車部創部80周年大
会の帰途、久しぶりに懐かしの京田辺キャンパスにある
自動車部のガレージに立ち寄った際、あまりの荒廃ぶり
に驚き、失望しブチ切れてしまったことは以前の記事で
お話したとおりなんですが、その背景にはこういう体験が
あった訳なんです。そのせいかどうか、その後ガレージ
を綺麗にするための環境整備委員会が発足し、本来の
姿に戻りつつあるのは大変喜ばしいことだと思います。
IMG_4406-1.jpg
手前味噌になりますが、この写真は京田辺キャンパスに
自動車部ガレージが出来た当時のもので今から約30年
程前のものです。ガレージもピカピカ、我々昭和48年卒の
同釜もピカピカで、多分自動車部創部50周年大会の終了
後、皆で殴り込みを敢行した時のものだと思われます。
DSCN3718.jpg
さて「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」とは松尾芭蕉
がおくのほそ道紀行で平泉を訪れた際に往時の藤原一
族の栄華とそこで悲劇的な死を遂げた義経に思いを馳
せて詠んだ有名な俳句ですよね。
DSC_4040.jpg
我々巡礼4人衆は奥州の覇王、藤原氏とまではいかな
いものの、戦国時代に一乗谷城を中心に越前国を支配
した戦国大名朝倉氏が信長によって滅ぼされ家臣の柴
田勝家が北ノ庄に越前の首邑を構えるまではこの狭隘
な谷が天然の要害となり栄華を誇った一乗谷朝倉氏遺
跡を訪れました。尤も平尾センセはお子達を引率して何
度も訪問されているでしょうから「トロイヤの遺跡」を発掘
したシュリーマンのような感動はないと思うのですが・・・。
DSC_4044.jpg
短時間ながら一行は駆け足で見学をさせて頂きました。
ただ困ったことに上山青年はトイレを見つけることが出
来ずにあちこち徘徊したようで、集合時間がやや遅れた
のでしたが、遅れついでにタバコ屋は芭蕉気取りで日向
ボッコをしながら一句捻りました。
「春草や、上山トイレは早よ、しよし!」
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野尻君ご推奨場所の見学も終え、一行は福井市内へと
逆戻りです。途中で道の駅っぽいJAさん経営の「愛菜館」
に立ち寄りました。想像ながら「平尾先輩、この店無茶苦
茶流行っているんですわ、市内のどのスーパーより客が
多いんですよ」それに応えて「野尻君、俺もな~ヨメはん
と一緒にアッシー君兼ねてしょっちゅう宇治のスーパー通
ってる買い物おじさんなんやけど、そらちょっとホラっぽい
んと違うか」・・・。
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タバコ屋が気になったのはご当地グルメの「おろし餅」で
した。大根おろしに味付けしたタレで餅をまぶしただけの
シンプルな食べ物ですが、何故か一番印象に残りました。
正岡子規の後輩であるタバコ屋としては、ここで一句捻る
べきだと考え、ひとしきり悩んだ末の句が以下のもので、
「餅見れば、腹が減るなり愛菜館」でした。
DSCN3726.jpg
そのような訳で、お昼時を迎えた一行は「愛菜館」のすぐ
隣の「蔵」というトンカツ専門店に向かいました。お聞きす
るとここのオーナーは野尻君とはかねてよりのご親友で、
奥さん同士も職場で元同僚という少なからぬご縁のある
ご夫婦が経営しているお店らしく、既に予約されているよ
うでした。
DSCN3731.jpg
もちろんトンカツ定食を頂いたのでしたが、聞くところに
よると福井の地はトンカツソースではなくウースターソー
スを掛けたソーストンカツが名物だそうで、それを頂くこ
とにしました。タップリのカツに目玉焼きが載せられ、ボ
リューム満点で、タバコ屋には多すぎる量でした。
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尚、昔話しで恐縮ながら、同志社大学自動車部在籍中
の4年間、今出川キャンパスの向かいにあり新町ガレー
ジからも程近いところにあった「京楽食堂」がタバコ屋唯
一の御用達食堂であったのですが、卒業後オハイオ・
メアリーズビルのHONDA社員食堂でサラ・メシを食べる
夢を投げ捨てたタバコ屋は、数年後大阪京都を股に掛
けゴフク屋、衣料品屋のバイヤーとして各地に出没する
ことになったのでした。その当時、お気に入りは大阪本
町の「自由軒」の元祖ハヤシライスと船場の「マツバヤ」
の鍋焼きおじやうどんだったでしょうか。京都室町では
ほとんどゴフク問屋さんが仕出しの幕の内弁当を用意し
てくれるので食べに行く必要がありませんでした。

余計なことながら、その昼食時にうら若き社員のお嬢ち
ゃんが、「ごゆっくりしていっておくれやす」とか言ってお
茶などよそおって引き下がると、要らないものまで余計
に仕入れてしまうタバコ屋ではありました。
DSCN3734.jpg
福井名物ソーストンカツを頂いた後、しばしの休憩です。
まったくの想像の会話ながら「野尻君、今回は俺の我儘
なプランをよく調整してくれて素晴らしい出会いの旅にな
ったと思うんやけど、お世話になりました。この調子で今
後も自動車部OB会のために尽力してくれんやろか。また
チャンタが今回どうしても上山君のご実家へ行きお母様
に一言ご挨拶したい言うてんのやけど・・・。ちょっと上山
よ、俺の話聞いてんの?。」
DSCN3735.jpg
腹ごしらえも終わり、再び福井の中心部に帰ってきました。
美人ママがお住まいの某豪邸に立ち寄りおいとまをする
ことにしました。ご夫婦揃ってスリーポインテッドスター印
のオクルマをご愛用です。
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少し時間の余裕があったので、野尻君のご自宅のすぐ
近くにある福井市立郷土歴史博物館に立ち寄りました。
またせっかくなので隣接する旧福井藩主松平家の別邸
である「養浩館庭園」も見学しました。日本の名園の一つ
らしく平尾センセの薀蓄話しによれば、天井に写る水面
(みなも)の明かりが風情のあるものだそうで、この写真
は平尾センセの撮影されたものです。

このような風情ある場所を訪れるとふと思い出すのが、
タバコ屋が自動車部4回生の晩秋に訪れた京都洛北、
岩倉にある円通寺の借景です。訪れたのにはある意味
もあったのですが、忘却の彼方にしまい込み多くを語り
ますまい。
DSCN3741.jpg
その床の間ですが、室町時代に確立されたと言われる
日本建築様式を代表するような佇まいにて、簡素化され
た中に洗練された美を感じますよね。ただしこの違い棚
にシャケを咥えた北海道の熊や布袋(ほてい)さんその
他ご趣味の品を所狭しと雑多に並べてあるおうちを拝見
したりすると幻滅の悲哀を感じる時があります。何も飾ら
ないのがベストですがあえて一品飾るとすれば備前焼の
壷くらいでしょうか。
DSCN8594-1.jpg
ついでながら、備前焼の壷をご所望の場合はタバコ屋
の同期で、岡山在住の三宅裕氏にお願いするとお値打
ち品が入手出来ます。ちなみに彼はかつて岡山の神童
と言われ、蝶よ花よともてはやされ、京大を蹴って同志
社大学にご入学、栄えある自動車部卒業後は地元岡山
高島屋にご奉職、外商部に配属されトップの成績を収め
山陽新聞にデカデカと掲載された記事の切抜きを貰った
ことをタバコ屋は昨日の事のように覚えています。写真
真ん中のアーティスト風変なおじさんが彼です。
DSCN3743.jpg
さて短くも味わい深かった福井巡礼の旅も、まずは野尻
君とお別れの時が来ました。「♪松風さわぐ丘の上~」と
はいかないまでも現代の福井城天守閣を仰ぎつつ再会
を期してしばしの別れと致します。野尻君お心尽し有難う。
DSCN3753.jpg
タバコ屋の我儘な希望ながら、帰り道でかねてより親し
くさせて頂いている上山青年のご実家に立ち寄り、お母
様に一言ご挨拶をさせて頂くことにしました。上山青年
のご実家はかつて京都、敦賀方面から北国街道へ向か
う要衝の宿場町として栄えた今庄にあり、その役割を終
えた今は山間の静かな町となり、タバコ屋の中島同様
過疎化が進んでいるようです。
DSC_4056-1.jpg
全く意外でしたが、今庄にはオートパーク今庄というダー
トコースがあり上山青年の案内で見学しました。何でも
日本屈指の有名なコースだそうですが、恥ずかしなが
らタバコ屋は生まれて初めてダートコースなるものを見
聞しました。
DSC_4058-1.jpg
各地からその道のオタク連中が集まって走行練習をし
ていました。中でも平尾センセ御用達の現代の零戦こと
ミツビシランサーエボ10と同じタイプのオクルマは一際
精悍で存在感を示していました。このオクルマは一旦生
産中止となったのですが、ファンの熱い期待に応えて再
びカムバックするという噂です。ただ残念な事にNISSAN
と親戚になったせいでエンジンはルノー製になるとかなら
ないとか、ルノーランサー?、ミツビシオタクにとっては耐
えられない屈辱かも知れません。

それはさておき、今回の巡礼のもう一つの目的である
上山家訪問とお母様へのご挨拶がやっと実現しました。
ついでながら、せっかくなので仏間へ通して頂きお線香
を上げさせて頂きました。
DSCN3748.jpg
上山青年から亡きお父様の思い出話やら聞かせてもら
ったあと望外にもお母様手作りの手打ち蕎麦が出てきま
した。何でも近くの道の駅で販売している今庄名産手打
ち蕎麦の製造指導部長さんだそうで、素朴な中にも腰の
ある美味な蕎麦でした。
DSCN3749.jpg
それで終わりかと思いきや、今度は蕎麦のエビセンの
ようなおつまみと、蕎麦入りのお稲荷さんが出て来まし
た。もう蕎麦尽くしの歓待にて恐縮してしまった同行2人
?ではありました。また別れ際にはその手打ち蕎麦や
お稲荷さんをお土産に頂き、お母様の優しいお心遣い
に二度恐縮をしてしまいました。
DSCN3754-1.jpg
今庄駅から敦賀行きの列車に乗る予定でしたが上山
青年のご好意で敦賀まで彼の愛車VOLVOで送って頂
くことになりました。せっかくなのでしばし駅を見学して
歴史ある町、今庄に別れを告げました。
DSC_4091-1.jpg
敦賀駅で上山青年とはしばしの別れとなりました。駅の
売店で平尾センセと車中で一杯やるべく缶ビールとつま
みを買い込み、これより特急サンダーバードにて一路、
京都、大阪を目指します。ただフランシスコ・ザビエルで
もあるまいに、かつてはフサフサしていた体のある部分
は一体何処へ行ってしまったんだろう。
DSCN3758.jpg
やがて大阪行きの特急列車が入ってきました。あっとい
う間の2日間でしたが、感慨深い巡礼の旅にて車中2人
で飲んだ缶ビールは心なしか酔いが回るのが早かった
ようです。
DSC_4112.jpg
鉄道マニアの平尾センセはタバコ屋が乗ったこともない
デラックスなグリーン車指定席を取ってくれていて、2人
でビールを飲みながら今回の旅を振り返りました。尚、
F・ザビエル風の頭髪とは不釣合いの派手なジャケット
はタバコ屋が所属している初代フェアレディZのオーナ
ーズクラブであるCLUB-S30の会員用のものでロゴや
ワッペンだらけで知らない人が見たらNISSANの廻し者
かと思いますよね。
clubs30.gif
列車は途中、平尾センセのお嬢さんが嫁いでいる琵琶
湖、湖北の永原を通過しやがて京都に到着、同行2人
(どうぎょうににん)の一人平尾センセともしばしのお別
れとなりました。別れに際しこの濃厚な2日間のことを思
うとタバコ屋は一瞬ながらウルッとくるものがありました。
DSCN3761.jpg
終点大阪駅に到着です。ここまで来るとタバコ屋の庭み
たいなもので、何も考えずに南港方面に移動です。
DSCN3764-1.jpg
途中、駅中を通過中タバコ屋の古くからのお取引先で、
芦屋に本店のあるいかりスーパーさんが目に留まりまし
たが、お疲れモードにて素通りすることにしました。
DSCN3770.jpg
大阪南港フェリーターミナルに到着です。夜の10時出港
ながら8時頃から乗船させて貰えるので、タバコ屋はそそ
くさと乗船し、展望浴場へ直行、その後は定番の泡の出
るドリンクにて疲れを癒すことに致しました。
DSCN3773.jpg
早朝の愛媛、東予港に到着です。いつものようにこれか
らバスで松山まで移動し、島に帰ります。

思えば今回の福井巡礼の旅はわずか2日間だったにも
拘わらず、ブログ記事においては何と過去最高の9編
にも及びました。比較的筆まめなタバコ屋も今回は疲れ
ました。次回はちょっと一服で、短い記事をご紹介したい
と思います。尚、今回の長たらしい福井巡礼シリーズを
最後までご精読頂いた読者の皆様には感謝致します。

コメント

No title

こんにちはチャンタクロースさん、福井巡礼最終章、立ち読みしました。読み始めからいきなりこむら返り、胸の激痛など大事件が起こり、帰宅後病院で検査の結果「狭心症」とのこと大変でしたね。ICUに入って絶対安静、トイレも写真のような若い美人のナースさんに尿瓶を介添えされて「早よ、しよし」と言われても・・・。息子がリッパならこれ見よがしにYATTEもいいですけど・・・。手術後の経過も良好で良かったです。そう言えば「ミクロの決死圏」の映画も有りましたね。チャンタクロースさんはナイスバデーの女性(ウエルチ)が好みなんですね!。鼻の下びょ~んと伸びていませんか?。しかしまあ少しは年齢ちゅうもんを考えたらどうですか。
 
続いて野尻氏の会社訪問時に、訪問した各々が必要な部品を調達するところの会話が「絶妙」で面白いです。笑いました。恐竜館での見学も良かったですね。恐竜の写真を見て私も行ってみたくなりました。チャンタさんが恐竜と並んだ写真、一体何を会話したのですか?。恐竜の方がチャンタクロースさん見て「お前も現代の恐竜や!」と言ってませんでしたか。
 
永平寺に寄られたんですね。お互い若かりし頃、チャンタさんは永平寺別院で修行僧の体験をされたとか、素晴らしい経験です。その経験は何かのときにふと甦ると思います。京田辺キャンパスでの我々同期のメンバー写真、若くて凛々しいです。平泉のお話も歴史をよく調べていてわかりやすく理解出来ます。また朝倉遺跡で写ってる写真はまさに「武者小路禿篤」ですね。
「上山氏のトイレの一句」も爆笑してしまいました。
 
福井名産の餅の一句「餅見れば、腹が減るなり愛菜館」も笑ってしまいましたが、私の返礼句は「餅食えば、喉に詰まらすジージかな」。昼食のトンカツ定食ボリュームあって美味しそうです。福井はウースターソースが定番なんですね!。懐かしい今出川の「京楽食堂」も出て来ましたね。
 
松平家の「差浩館庭園」見学とのこと。床の間の講釈はなかなかのものです。さらに備前焼から岡山百貨店王の三宅氏も登場、意外でしたがこれで三宅氏も福井巡礼に間接参加です。また、ランエボが復活との話、情報が早いですね!。最後は今庄、上山城に乗り込んで御台様のおもてなしを受けたとのこと、良いことをしましたね。遠藤君の「ナンミョー」のあだ名も懐かしいです。
 
敦賀駅の「サンダーバードと禿オヤジ」の写真絵になります。車内のジャケット姿も板についてます。残念ながら頭髪の方はまだ肌についてませんね!。あとは大阪南港から一路中島へ・・・。2日間の長旅?お疲れ様でした。いつもながら重いテーマをおもしろ可笑しく書かれるチャンタクロースさん。今回も楽しく立ち読み致しました。頭少しふさふさしてきた神戸のギーちゃんより。

Re:ボクらの時代

ギーちゃん、いつもながらダジャレやギャグ大盛のコメント頂き、有難うございます。ところでタバコ屋の文章と言うのはまじめに書こうとすればするほどギャグっぽくなり、またつい常連の読者へのサービス精神からあれこれ余談を書き足すので長たらしくなり、おまけに余計な裏話等で登場人物の繊細なお気持ちを傷つけることもあるようで、反省しています。

それにしても細部までよく精読頂いており、時に俳句の返礼句まで頂いて恐縮です。よわい60も半ばを過ぎますと、楽しかった青春時代(ボクらの時代)の思い出を辿ることと、食い物くらいしか楽しみがなくなってきつつあるのを感じます。

「YOUNG AT HEART」タバコ屋の好きなコトバですが、実践はさて・・・。

No title

ちわっす!
長編お疲れ様でした。 ストレスにならないブログ書きにする必要がありませんか? 病気と性格も関係しているでしょうし、現代のタバコは火薬が混ぜてあったり、葉っぱもコストダウンでどんな栽培してるかもわかりませんから止めるか高級葉巻に替えられてはどうでしょうか?
永平寺は時間の関係で拝観できなかったのは残念でしたが、特別な門は通常は公開していないし、寺院としての造りも同じようなものなのでということで、また機会があれば。
宗教も会社も創業者(教祖)がなくなると、後継者等は自分達の都合の良いように理念やらを使い回して創業者や教祖の目指した方向とは違う方向に走ってしまうのが常のようです。 残念なことですが。 宗教なんかでも内部分裂していないところは全体的に案外本物なのかもしれません。

ところで、「円通寺」は正確には「圓通寺」のようです。
何年か前に訪れる機会がありましたが、寺の周りは住宅開発で民家が立ち並び、比叡山の借景は見事なんですが、どうしても住宅が見えてしまい残念な感じでした。


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★★島のタバコ屋の独り言★★
【4月10日:ああ創業100年】    島のタバコ屋は先々代が呉服屋を創業以来3代目となり、その間戦後間もない頃には島のバス運営事業を試みる等様々な営みを経て今日に至っています。皆さんよくご存知のNIKONも創業100年なんですが、比較にはならないものの同じ時代を生きてきた訳です。かつてオハイオのメアリーズビルで活躍する夢を抱いたこともあった青年も年を取りました。さて今後の100年をどのように生きて地域のお役に立っていくか、タバコ屋にとっては後継者である倅への「死に土産」としてそのコンセプトを確立しておく必要があると考えています。しかし倅にとっては年寄りの余計なおせっかいに写るかも知れませんよね。
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